778 / 856
第775話◇
「玲央が、元気で外で頑張ってるならいいとは思うんだけどね」
クスクス笑いながら希生さんがオレを見つめる。
「自分の若い頃も、おんなじように外に出てたししょうがないし」
「それを言ったら、オレも、一人暮らししてから、そこまでは帰れてないかも……」
「帰ってあげたら喜ぶよ」
「そうですね」
頷きながら、玲央にも帰ってあげたらって、あとで言おうと心に決める。
「とりあえず、お茶とピアノ、玲央にお願いしないとですね」
「そうだね」
二人で顔を見合わせて、ふふ、と笑った時、ドアが開いた音がした。
「和室に居る?」
玲央の声だ。ぱっとふすまの方を見た後、もう一度二人で顔を見合わせてしまった。
「やっぱここか。開けるよ」
脱いだスリッパを見たらしい玲央が、静かにふすまを開けて、顔をのぞかせた。
「なんだよ? 邪魔しに来た?」
希生さんがからかうみたいに言うと、玲央が、何言ってんの、と苦笑する。
「全然帰って来ないからさ。二人で上に行ってから、どれ位経ったか知ってる?」
「分かんない。どれくらい??」
答えたオレに、玲央は笑いながら「一時間は余裕で回った」と言う。
え、ほんとに? と、驚いてるオレにクスクス笑いながら、玲央が近づいてくる。
「もう全部見てまわった?」
「んと、絵の部屋と、ここだけ」
そう言うと、玲央はオレをぱっと振り返った。
「……は? 二部屋目?」
「……う。うん、そう……」
噓だろ、と玲央が笑う。
「どんだけゆっくり回ればそうなんの」
玲央に言われて、希生さんと顔を見合わせる。
「優月くん、そんなに経ってると思ってた?」
「……全然」
「全然戻ってこないなーって、下で言ってたんだけど」
玲央が呆れたように笑いながらそう言う。
「分かったよ」
希生さんも笑いながら頷くと。
「玲央、残り案内してあげて。先に戻ってる」
「分かった。つか残りって、見たの二部屋って……ほぼ残ってるじゃん」
「まあ、ざっと見てきたらいいよ」
玲央の言葉に笑いながら言うと、希生さんはオレを見て微笑む。
「優月くん、どこでも好きに見ていいからね」
「はい」
返事をして、希生さんが和室を出ていくのを見送って、ドアが閉まる音がした。
今度は、玲央と二人きり。
「一時間以上、何話してたの?」
「んー……色々? あ、絵も見てたからかな。でもほんとに、そんなに経ってると思わなかった」
「楽しかった?」
「うん。すごく」
「なら良かったけど」
玲央がクスクス笑って、オレを見つめる。
「希生さんのおうち、すごいね。さっきの部屋は美術館みたいだし。ここ、旅館みたい。ピアノもあるって聞いた」
「じーちゃんの好きなものが全部入ってるんじゃないかな」
「そうなんだー。すごいね、いいねー」
「でもまだ二部屋なんだろ。色々あるから、見に行こ」
「うん」
頷いて、部屋を出ようと歩き始めた瞬間。
手を取られて引き寄せられて、むぎゅ、と抱き締められる。
「玲央?」
「……少しだけ、補給」
クスクス笑う、優しい囁き声が、耳元で響く。
「オレを補給……?」
ふふ、と笑ってしまう。
「そ。優月を補給」
ちゅ、と頬にキスされて、嬉しくて玲央を見つめると。
「さっき、頭、勝手に撫でてた」
笑みを含んだ言葉に、オレも笑ってしまう。
「希生さんもびっくりしてた」
「……オレもびっくりした」
「うん。そんな顔してた」
「撫でるつもり、無かったからさ」
言いながら、ナデナデ、頭を撫でてくれる。
「撫でるのが当たり前になってるみたいで、驚いた」
クスクス笑う玲央。
そんなの言われると、ただただ、めちゃくちゃ嬉しい。
ともだちにシェアしよう!