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第775話◇

「玲央が、元気で外で頑張ってるならいいとは思うんだけどね」  クスクス笑いながら希生さんがオレを見つめる。 「自分の若い頃も、おんなじように外に出てたししょうがないし」 「それを言ったら、オレも、一人暮らししてから、そこまでは帰れてないかも……」 「帰ってあげたら喜ぶよ」 「そうですね」  頷きながら、玲央にも帰ってあげたらって、あとで言おうと心に決める。 「とりあえず、お茶とピアノ、玲央にお願いしないとですね」 「そうだね」  二人で顔を見合わせて、ふふ、と笑った時、ドアが開いた音がした。 「和室に居る?」  玲央の声だ。ぱっとふすまの方を見た後、もう一度二人で顔を見合わせてしまった。 「やっぱここか。開けるよ」  脱いだスリッパを見たらしい玲央が、静かにふすまを開けて、顔をのぞかせた。 「なんだよ? 邪魔しに来た?」  希生さんがからかうみたいに言うと、玲央が、何言ってんの、と苦笑する。 「全然帰って来ないからさ。二人で上に行ってから、どれ位経ったか知ってる?」 「分かんない。どれくらい??」  答えたオレに、玲央は笑いながら「一時間は余裕で回った」と言う。  え、ほんとに? と、驚いてるオレにクスクス笑いながら、玲央が近づいてくる。 「もう全部見てまわった?」 「んと、絵の部屋と、ここだけ」  そう言うと、玲央はオレをぱっと振り返った。 「……は? 二部屋目?」 「……う。うん、そう……」  噓だろ、と玲央が笑う。 「どんだけゆっくり回ればそうなんの」  玲央に言われて、希生さんと顔を見合わせる。 「優月くん、そんなに経ってると思ってた?」 「……全然」 「全然戻ってこないなーって、下で言ってたんだけど」  玲央が呆れたように笑いながらそう言う。 「分かったよ」  希生さんも笑いながら頷くと。 「玲央、残り案内してあげて。先に戻ってる」 「分かった。つか残りって、見たの二部屋って……ほぼ残ってるじゃん」 「まあ、ざっと見てきたらいいよ」  玲央の言葉に笑いながら言うと、希生さんはオレを見て微笑む。 「優月くん、どこでも好きに見ていいからね」 「はい」  返事をして、希生さんが和室を出ていくのを見送って、ドアが閉まる音がした。  今度は、玲央と二人きり。   「一時間以上、何話してたの?」 「んー……色々? あ、絵も見てたからかな。でもほんとに、そんなに経ってると思わなかった」 「楽しかった?」 「うん。すごく」 「なら良かったけど」  玲央がクスクス笑って、オレを見つめる。 「希生さんのおうち、すごいね。さっきの部屋は美術館みたいだし。ここ、旅館みたい。ピアノもあるって聞いた」 「じーちゃんの好きなものが全部入ってるんじゃないかな」 「そうなんだー。すごいね、いいねー」 「でもまだ二部屋なんだろ。色々あるから、見に行こ」 「うん」  頷いて、部屋を出ようと歩き始めた瞬間。  手を取られて引き寄せられて、むぎゅ、と抱き締められる。 「玲央?」 「……少しだけ、補給」  クスクス笑う、優しい囁き声が、耳元で響く。 「オレを補給……?」  ふふ、と笑ってしまう。 「そ。優月を補給」  ちゅ、と頬にキスされて、嬉しくて玲央を見つめると。 「さっき、頭、勝手に撫でてた」  笑みを含んだ言葉に、オレも笑ってしまう。 「希生さんもびっくりしてた」 「……オレもびっくりした」 「うん。そんな顔してた」 「撫でるつもり、無かったからさ」  言いながら、ナデナデ、頭を撫でてくれる。 「撫でるのが当たり前になってるみたいで、驚いた」  クスクス笑う玲央。  そんなの言われると、ただただ、めちゃくちゃ嬉しい。

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