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第795話◇
ほんと、変なの。オレ。
ピアノ弾いて、泣きそうになったことなんかない。
うまく弾けたら、嬉しくて嬉しくてすっごい幸せだったのに。
あ、違うか。今もすごい幸せなんだけど、
なんでか、じーんとしちゃう。玲央と居ると。
ゆっくりと、玲央が弾き始めた。
弾き始めから、思う。奏でる音が好きって。
軽やかで、華やかで、でも力強いとこも、玲央らしい音。
希生さん嬉しそう。久先生も心地よさそうに聞いてる。
蒼くんは何枚か写真を撮ってから、ソファに腰かけた。
難しい曲だったから、最初はオレも緊張してたけど。
でも、弾いてる玲央を見つめてると、楽しそうで、途中からはなんとなくもう安心して、ただ見惚れる。
玲央、少し下を向いてる感じだから、伏し目がち。カッコいいな、玲央。一枚の絵、みたい。
速いテンポの部分とかは、脚の上で少し手を握ったまま、玲央を見つめる。
二曲の演奏が終わって、最後の音が響く。
……すっごいなぁ、玲央。
間違いもなく、弾き終えた。
ピアノの音の余韻が消えると同時に、希生さんが拍手をした。
「なんだ、弾けるんだな、玲央」
なんて、そんな感じで普通に言ってるけど、すごく嬉しそうなのはオレにも分かる。
玲央も「なんとか弾けたけど」なんて苦笑しながら、ほとんど見なかった楽譜を閉じた。
久先生も拍手をした後、希生さんを見てクスクス笑う。
「希生、そんなこと言って、感動してるくせに」
敢えてそう言って、希生さんに微笑んでから、玲央を見る。
「すごく良かったよ。ね、蒼」
「ああ。玲央らしいピアノだった」
クスクス笑いながら、蒼くんが玲央に言う。
「普段はピアノは弾いてないのか?」
「こないだ優月と連弾しましたけど。それまであんまり……あ、でも、キーボードは曲作りにも使うので、全然弾いてない訳じゃないです」
「ライブとかでも弾けばいいのに」
「あー……そう、ですね、考えてみます」
少し頷きながらそんな風に言った玲央は立ち上がり、ふっと、固まってるオレに気づいた。
「――――……」
ちょっと首を傾げながら、楽譜を椅子の上に置いて、玲央が歩いてくる。
「優月?」
玲央の声に肩が震えたのが、自分でも、分かる。
動いたら泣きそうで、なんだかどうしたらいいか分かんなくて固まっていたのだけど。
目の前の玲央を見上げて、なんとかにっこりして見せる。
「すっごく、良かった」
言った瞬間、ぽろ、と涙が零れ落ちて。
何でオレは一人で泣いてるんだーとめちゃくちゃ焦った瞬間。
ふ、と笑った玲央に、頬に触れられて、涙をぬぐわれる。
「何泣いてンの」
言いながらも、なんだかめちゃくちゃ嬉しそうな顔で微笑んで、オレを見つめる。
うー、もう、なんかもう。
玲央の顔が優しすぎて、息が止まりそうだし。
周りに希生さんたちがいるのにこんな風に触られて、と思うのに、
「ごめんね……なんか良すぎて、勝手に……」
「そっか」
ぷ、と笑う玲央。
「弾いた甲斐、すげーあるな?」
玲央の優しい顔に今度は本当に嬉しくなって、頷きながら微笑んで見せる。
ふと笑い合った後、玲央が手を離したので、クスクス笑ってる希生さんと久先生に、すみません、と言うと。
久先生に「久しぶりに泣いてるの見た」と言われる。
「昔は泣き虫だったもんね、優月」
クスクス笑う久先生。オレが苦笑していると、いつのまにやらすぐ近くに来てた蒼くんが、ははっとおかしそうに笑いながら。
「優月、今また泣き虫に逆戻りしてるもんな」
クスクス笑われて、そんなことないもんと言いたいけれど、でもそういえば蒼くんの前でも何回か泣いてしまってるから、特に何も言えずにいると。
「泣き顔撮っていてやった」
「え」
楽しそうな蒼くんの言葉にびっくりして、すぐに「消しといてね?」と言うと。
「玲央に聞いてからにするか」
なんて蒼くんは言う。そしたら、玲央も楽しそうに、「見たいです」とか言って蒼くんに近づいていってしまった。
(2024/1/5)
まだ色々落ち着いた気分ではないのですが…
どんな感じで書いていくか、ブログを一読いただけたらと思います…✨
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