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第796話◇
「――――蒼さん」
「ん?」
「オレ、もう完全に蒼さんのファンです」
「何その宣言」
蒼くんのカメラの写真を見た玲央が、ふと蒼くんを見つめて言ったセリフに、蒼くんが苦笑い。
オレは泣き顔やだなーと思ってるから、見に行きたいけどなんか見たくなくて、うずうずしていたら、希生さんと久先生が、どれどれ?と近寄って行ってしまう。
わーん、皆でオレの泣き顔見てるとか、なんかとってもやなんだけど。
心の中で言いながら、皆が丸くなって盛り上がっているのを後ろから見つめていると。
「優月、こっちおいで」
玲央がオレを手招きしている。のだけれど。
ええー見たくないんだけど。
「変じゃないからおいで」
玲央においでって言われるの、すごく好き。
抗えず、ゆっくり近づくと玲央にそっと引き寄せられて、蒼くんに、ほら、とカメラを見せられる。
「――――……」
写真を半ば嫌々目に映したのだけれど。
あれ。
確かに泣いているのだけれど、オレがボロボロみっともなく泣いてる写真ではなくて……。
泣いてたオレが、玲央と話して、玲央を見上げて笑い合ったあたりかな。
オレの頬に玲央が触れてて、少し俯いて笑ってるオレを見つめて玲央が優しく笑ってる、そんな写真が、明るい光の中で、すごくアップで撮られていた。
もうなんていうか。
本当に、柔らかく綺麗に撮れていて、自分の泣いてるのとかはどうでもいいくらい、綺麗に映っていた。
「蒼くん」
「ん?」
「元々ずっと前からだけど……オレも、蒼くんのファンだよ」
オレもそう言ったら、蒼くんは、ぷ、と笑った。
「じゃあ消さなくていいってこと?」
「絶対消さないで、くださいね?」
玲央が間髪入れずに答えて、皆がからかうように笑う。
久先生は、もう一度写真を見ながら、しみじみと。
「蒼は、撮る対象によって、腕が上がったり下がったりするからなぁ」
ちょっと苦笑いも浮かべてる。
「まあ。思い入れの違いだし。誰でもそうだと思うけど」
「蒼は特にそんな気がする」
「んー? ……そうか?」
久先生に応えずに、蒼くんは、ちらっとオレを見て、聞いてくる。
「うーん……そう、な気もする。ていうか、蒼くん、相手のこと嫌だと、仕事受けない時もあるもんね?」
そう言うと、蒼くんは、また少し考えながら、ぽりぽりと頭を掻く。
「まあそうか。……つか、やっぱ、気に入って撮る写真が、売り物になるって気がするから」
「うん、分かる気はする」
「優月だって、嫌いな奴の絵とか描けないだろ?」
「……うーん。嫌いな奴……?」
嫌いな奴かぁ……色々考えた後。なんとなくオレを待ってくれてる皆に微笑んでから、蒼くんを見上げた。
「苦手な人でも、オレは絵には描けるかも。見たままを描くから。でももしかしたら、苦手なとことかが強調された絵になっちゃうかなあ? どうだろ、分かんない。それだと描かない方がいいかな?」
うーん、と困りながら、答えていると、蒼くんが少し笑って、玲央を見た。
「優月、嫌いな奴ってとこで、すげー考えてるし。しかも苦手な人って言い換えてるし……あいつ、アレでマジだからな。聞く相手間違えた」
そんな蒼くんに、はは、と玲央が笑う。
「んん? どういう意味?」
「優月、身近に嫌いな奴居る?」
「……嫌い?」
嫌いっては考えないかも……。
ちょっと苦手なとこがあるってだけ。
「身近な友達には、あんまり居ないかなあ……もしかしたら、お仕事として描くような、関係の薄い人のことは、好きも嫌いも最初はないから、誰でも平気かな」
「……マジだもんな、お前」
蒼くんが苦笑しながらそんな風に言う。
「蒼くんはぱっと見で色々分かっちゃうから、好き嫌いが出ちゃうんだろうなーって思うよ? 鋭すぎるの、大変だね。もういっつも、オレのことも、何も言わなくてもなんか色々バレちゃうしさ……」
そう言うと、蒼くんは、はいはい、もういいよ、と笑ってから、改めて玲央を見る。
「ちょっと変わってるけど。気に入ってるからさ。このまま可愛がってやって」
言いながら蒼くんは、玲央の肩をポンポン、とたたく。
玲央は、はい、とか頷いてるし。希生さんも久先生もクスクス笑ってる。
「とりあえず、ちょっと休憩にしよ?」
玲央がオレの頭を、優しく、ぽん、と叩くので、うん、と頷く。
「あ、じーちゃん、満足した?」
玲央の問いかけに。希生さんは、ふ、と微笑んで頷いた後。
「たまに聞かせてくれていいよ」
そんな風に言った希生さんに、玲央は、はいはい、と笑った。
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