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第797話◇

 ……もう泣かないようにしよっと。  ほんとオレってば、最近、涙腺がやばすぎる。  玲央とピアノ弾くとか。玲央の一生懸命なのとか見ると、なんか感動しちゃうのはもうしょうがないにしても、泣くのはないよね、オレ一応十九歳だし、子供じゃないんだし……。  ピアノを片付けて希生さんの書斎を後にして、廊下を歩きだしてすぐに、ちょっと冷静になった。  このままでは、泣き虫っていう印象がトップにきてしまいそうな気がする。  ちょっとそれは嫌だもんね。よし、気合!  ……ていうか。オレの涙腺がおかしいんだ、玲央に会ってから。ほんと、それまでは泣いてなかったんだよって言っても、オレも信じられなくなってきたような……。  苦笑してしまいそうな気持ちで、隣にいた玲央を見つめたら、玲央は、ん? と微笑んでくれる。  ……そもそも玲央が、何だか強烈にオレの感情を左右するから、こうなってるんだよね。  泣くほど嬉しくなるのもすぐだし、泣くほど感動しちゃうのもすぐだし。  玲央ってすごいなあ……。なんて思いながら。 「玲央、ノーミス、すごかったね」  そう言ったら、玲央は「危ないとこあったけど」と笑う。 「あった? 分かんなかった」 「ギリ大丈夫だったから」 「ギリギリなんて思わなかったよ」  ギリギリ弾いてる顔なんて全然してなかったから。 余裕そうに弾いてたように見えた。  そういうとこ、かっこいいなあと改めて思う。 「玲央が焦るとこが想像できないかも」 「ん? 焦る?」 「玲央がわたわたすることなんてあるのかなあ?」  そう言いながら、その可能性がありそうなことを、んー、と考える。 「人前慣れてるから緊張もしないでしょ?」 「そう、だなぁ……うろたえはしないかな」 「だよね……あとなんだろう??」  オレだったら、焦るとこ……いやオレ、今も緊張してたから、問題外だな。 「何かの本番だとなんか緊張して焦るとか……?」 「んーどうだろうな……」  先を歩いていた三人が部屋に入っていったのを目に映しながら、考えてるっぽい玲央に視線を向けた。  何かあるのかな、玲央が緊張してワタワタしたりすること。  なぜかちょっとワクワクしながら、待っていたら、玲央が何を思ったのか、ふ、と笑って、オレを見つめた。 「何か思いついた?」 「ん」 「何々???」  ワクワク。もうすでにものすごくワクワクしながら、玲央を見つめ返していると。 「優月が、別れようとか言ったら、すっごい焦るかも」 「え」 「それはもうめちゃくちゃ焦って、理由とか問い詰めそうな気がする」  ぷぷ、と玲央が面白そうに笑ってる。 「えと……」  何それ。  わ。……不意打ちすぎて。  なんだかもう、ものすごくときめいてしまう。  だってなんか。  ……嬉しい。  ぽわぽわとした気分で玲央を見つめたまま、何も返せないでいると、玲央は、クスクス笑った。 「だから、なるべく言うなよな」 「――――……え」  何を??  と一瞬、ぽわつき限界だったオレは何を言われたか分からず、一生懸命会話を巻き戻した末。 「言わないよ、絶対!」  勢い込んで答えると。 「ん。絶対な?」  ふ、と嬉しそうに笑う玲央。  ……ああ、ずるいな、もう。カッコよすぎるし、なんか、そんなので焦るとか言ってくれるの、なんだかもう、可愛くも感じちゃうし。  ていうか、オレが別れるって言ったら、焦るって。  何にも動じなそうな玲央が、それで焦ってくれるって。  …………嬉しすぎる。 「優月、行こ」 「あ、うんっ」  もう、なんだか嬉しくて、地面から浮いてるイメージで歩いてるオレを見て、玲央がまた笑う。 「嬉しそう」 「だって、嬉しい」  言うと、よしよし頭を撫でられて、ますます嬉しい。  

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