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第802話◇

 最初は良い感じで並んで走っていたのだけど、だんだん玲央が前になって、少し離れたところで、玲央が振り返って止まった。  追いついたところでオレも止まって、はあっと息をついて、膝に手を置いて身をかがめた。 「ひゃー辛い……!」  息を整えながら、顔を上げて振り返ると、スタート地点はかなり遠い。 「優月、結構速いよな」 「っ全然、玲央の方が速いし」 「速さじゃなくて、スタミナの話じゃないか?」  そんな風に言って、玲央はクスクス笑う。 「最初は良い感じでオレの側に居たじゃん。……そういえば、会った頃、優月、オレから逃げたよな」 「え?」 「食堂から、クロのところまで」  言われて、そういえば……と思い出す。 「あん時、結構速かったよな」 「あの時は、あんなに必死で走ったのいつぶりだろうって気分だったよ」 「オレ、逃げられるとか、初めてだった」  クッと可笑しそうに笑って、口元を手で押さえてる。 「追いかけたのも、初めてだったな」 「オレも、人からあんな風に逃げたの、初めてだったよ」 「今となってみると、思い出すと、すげー面白かったな」 「え、そう?」 「なんか、ぴゅーって。効果音ついてそうな勢いで、優月が走り去っていくのを、オレが呆然と見送る図? 面白いだろ」 「うん。面白い。絶対玲央の顔に、青ざめる時に使う縦線とか入ってそうだよね」 「冷や汗みたいなのも書いとかないと」 「あは。そうだね」  整ってきた息に、最後に深呼吸をして、笑いながら玲央を見上げる。 「歩く?」 「うん」  並んで歩き始めながら、まだ玲央がクスクス笑う。 「あん時の全力疾走、面白かったな」 「オレ、すごい頑張って走ったの覚えてる」 「あの時は、優月とこんな風になるとかは思ってなかった」 「うん。オレも」 「誰かと付き合うなんて、思ってなかったし」 「オレも、男の人と付き合うとか。しかも、玲央みたいな人がオレと付き合ってくれるなんて」  そこまで言って、何だか楽しそうにオレを見ている玲央を見つめ返した。 「でも、あの時からもう、玲央と居たいなって思ってたけど」  ふふ、と笑ってしまいながらそう言うと、玲央の綺麗な瞳が優しく緩む。  玲央の瞳、綺麗だなあ。なんて思っていたら、ぷに、と頬をつままれた。  「庭ど真ん中でキスしたくなるから」  ふ、と笑う玲央は、ぷにぷにと頬を摘まんでからそっと離した。  「今優月と付き合ってて、じーちゃんに会いに来てるとかさ」 「ん」 「すげー不思議」 「うん」  頷いてから、オレは、玲央を見上げた。 「玲央、もうオレの実家来ちゃったしね。実家が異空間だった、玲央が居るから」  あはは、と笑ってしまいながら言うと、玲央も、確かになと笑う。 「まあ、そう言う意味ではまだちゃんと挨拶できてないけど」 「なんとなくバレてるけど」 「樹里にはBLって言われたしな? まあ、正しい」  クックッと笑いながら玲央は言って、ひとつ息をついた。 「ここまであっという間すぎてさ、不安だったりする?」 「不安?」 「オレが、また前みたいな奴になったら、とか。思う?」 「――――……」 「オレは今優月が好きだけど。ずっと居るつもりだけど、ほんの少し前の自分と違いすぎるから……優月に心配させてないかな、とかはちらっと思う。なのに、やることだけ急いでて。嫌じゃない?」  そんな風に聞かれて、ちょっとびっくり。  玲央が前みたいな奴になったら?? 「今のぼせてるだけかも、とか、心配じゃない?」 「……玲央?」 「ん?」  ぷに、と玲央の頬を摘まんで、ちょっとだけ引き延ばす。 「オレが好きになったのは、前みたいな玲央、の時だよ」 「――――……」 「セフレがーとか色々言ってた時から、好きなんだよ?」 「優月……」 「なので、心配じゃないよ」  ぱ、と手を離して、なんか不思議なものを見る目でオレを見る玲央に苦笑い。 「なんでそんなに不思議そうなのか分かんないけど……確かに前の玲央とは違うかもだけど、そんなの誰だってずっと一緒じゃないし。もし、これから玲央がオレに飽きて、とか嫌いになって、セフレさんたちを作ろうって思ったとしたら、その時は、オレを好きじゃなくなっちゃっただけだから。それは寂しいけど、諦めるよ。でもだからって、今からそんなこと不安とかないし、前の玲央にもどったらとか心配もしないし……」  不思議そうな顔が、聞いてるうちにちょっとずつ笑顔になってくのを見つめながらそこまで言った途端。  むぎゅ、と抱き締められてしまった。 「あの」 「ん?」 「庭のど真ん中……」 「別にいいや。見られても。……どうせいつか、結婚したいし」 「――――……」  笑いを含んだ玲央の言葉に、何度か瞬き。くすくす笑ってしまった。 (2024/1/31)

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