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第808話◇
希生さんたちのテーブルに近づく途中で、二人の間に将棋盤があることに気づいた。
「優月くん、何か飲む?」
「あ、今は大丈夫です」
「喉乾いたら冷蔵庫からなんでも出していいから」
優しい希生さんに、お礼を言ってから、「将棋、懐かしいです」と近づくと。
「お酒飲みながらね。そこ座ったら」
久先生がクスクス笑いながら隣に目を向けるので、先生の隣に腰かけた。
「飲み始めてから、久がやろうっていうからだろ」
「まあね」
穏やかな会話を聞きながら、盤を見つめてると、希生さんがオレを見た。
「優月くん、懐かしいって……将棋、分かる?」
「あ、はい。子供の頃におじいちゃんとしてたので」
「そうなんだ」
ふふ、と希生さんが笑う。
「おじいちゃん、て……可愛いね。玲央の呼び方と大分違う」
「玲央くんの、じーちゃん、て? でもあれもなんか可愛いけどね?」
久先生が笑いながら、希生さんに視線を向ける。希生さんは「可愛いか?」と苦笑しながら。
「でも、あれだな、玲央に、おじいちゃん、なんて呼ばれたら、かなり引くかもな。……熱でもあんのか?ってなりそうだ」
確かに玲央は「おじいちゃん」って感じではないかも。
「オレはまだ、おじいちゃんって呼んでた頃に、亡くなってしまったからそのままなのかも……もうちょっと大きくなってたら呼び方変わってたかも……?」
「じーちゃんて? 玲央みたいに?」
「んー……」
ちょっと考えて、どうでしょう??と笑ってしまう。
「将棋がすごい強いおじいちゃんだったんですよーあと、時代劇が好きで。オレ、一緒に時代劇見ながら、将棋してました」
ふふ、と思い出して笑っていると、二人も、穏やかに微笑んでくれる。
「優月くんが勝つことはあった?」
「はい。あ、でも、わざと負けてくれてたんだろうなーって、大きくなってから思いましたけど。あの頃は、オレが勝ったらおやつを買いに連れていってくれたので、オレ、ほんと一生懸命おぼえたんですよね。それで、商店街の駄菓子屋さんに一緒に行くんですけど……おじいちゃんは知り合い多すぎて、全然帰れなくて」
懐かしいなぁ、と笑っていると。
「不思議だね」
希生さんが、クスクス笑い出した。
「? 不思議ですか?」
希生さんが、一口お酒を口にしながら、頷く。
「今の話だけで、優月くんのおじいさんがどんな人か、分かったよ」
どんな人か? と希生さんに視線を向けると。
「時代劇が好きな時点で、勧善懲悪が好きなんだろうから、まっすぐな人かな。将棋が好きで強いのに、孫にも分からないように勝たせてあげて、一緒に駄菓子屋さんに行く途中で友達がたくさん、とか。……な?」
希生さんは言いながら目を細めて、久先生を見て笑う。すると、久先生も顎に手を当てて、可笑しそうに笑った。
「優月がそんな感じなのが、分かるね……優月は、帰れない商店街で、一緒に楽しんでたんでしょ?」
「……そう、ですね。皆優しくて。今でも結構、知ってる人多いです」
ふ、と二人が笑って、頷く。
「おじいさんに、似てるって言われたことない?」
「……言われてました、けど」
「だろうね」
希生さんが言って、久先生も頷いてから、オレを見つめる。
「喜んでたでしょ、おじいさん」
「子供のオレは、オレはおじいちゃんじゃないのにーて言ってましたけど」
思い出すと、ふふ、と笑ってしまう。二人もクスクス笑いながら顔を見合ってる。笑顔のまま、なんとなく将棋の盤に目が行くと。希生さんがふとオレに「優月くん、将棋強い?」と聞いてきた。
「うーん……長くやってないので」
「覚えてるでしょ。一回覚えたものってなかなか忘れないよね」
「覚えてはいますけど」
「今どっちが有利か分かる? 次は久の番だけど」
「……んーと……」
どうかなあと、盤を見つめる。
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