832 / 860

第838話◇

「じゃあオレ、そろそろ行く」  そう言って蒼くんが立ちあがったので、オレ達も見送りに行くことにして、皆立ち上がった。部屋に荷物をまとめに行った蒼くんを、リビングで待っていた時、希生さんが玲央とオレを見て言った。 「今日はもう帰ったらどうだ?」 「ん?」  玲央が、希生さんを見て少し首を傾げた。 「今日はもう待っても玲央の両親は遅そうだから優月くんは会えないし、昨日早くから来てもらったしな」  希生さんに、ふ、と微笑まれて、オレが何と返事したらいいのかなと思っていたら、玲央はオレを見つめてくる。 「今日は、帰ろうか」 「いいの?」  オレが聞くと、希生さんが苦笑して言うことに。 「早く二人になりたいとか、そんな感じだろ、お前は」 「…………別に?」  結構長い間の後にいったセリフに、ますます苦笑する希生さんと、横に居た先生も同じ感じで笑いながら。 「昨日たくさん付き合ってもらったし。優月と、その恋人と、お泊り会なんてする日がくるとは思わなかったけど、楽しかったしね」  そんな風に先生が言う。お泊り会ってなんか可愛い、先生……と思っていると、ちょうど戻ってきて聞こえたらしい蒼くんが、めちゃくちゃ苦笑いで「お泊り会って」と言いながら近づいてきた。 「あ、なあ。オレ今日絶対無理だから、渡しとく」  蒼くんが手に持ってたチケットを、玲央に渡した。オレも隣から覗き込むと。 「何組かのバンドが集まる、コンサート。デビューしたばっかりの奴とか、売り出し中の奴とからしい。こないだ撮ったバンドの後輩たちとか言ってて、くれたんだけどな」 「――――……」 「玲央達のと、系統はおんなじな気がするから。もし参考に見るなら」  蒼くんの言葉に、どこでなの? と聞くと、玲央が場所を見て、ここから三十分くらいかな、と言う。 「行っても行かなくてもどっちでも大丈夫だから」 「ありがとうございます」 「ありがと、蒼くん」  ん、と頷いて、蒼くんは「じゃあ希生さん、お邪魔しました」と挨拶。それから、「父さん、オレ今日遅いから」と先生にも一言。 「じゃあ、またな」  玲央とオレを見て笑う。 「仲良くしろよな……って、するか」  クスクス笑いながら、蒼くんがオレの肩にぽん、と手を置いた。  あれ。――――……少しだけ、違和感。 「昨日撮った写真、後で送る」 「あ、うん、ありがと。楽しみにしてるね」  出ていく蒼くんについて、玄関の方まで出て、バイバイ、と手を振って皆で見送った。それから、部屋に戻りながらふと、さっきの違和感を思い出した。  ――――なんか、さっきみたいなああいう時、今までなら絶対、オレの頭撫でてきた気がする。ここに来てからも、ポンポンとかされてた気がするから、絶対やめようとか思ってる訳じゃないんだろうけど、でも、あれなのかな。  玲央の前だから、撫でるのはやめたのかな。  そう思うと。  なんか少し不思議な気分。ずっと、「お兄ちゃん」だったから。蒼くん。  部屋に戻ると、玲央がオレを振り返った。 「優月、行きたい?」 「今から間に合うの?」 「午後だから、余裕」 「玲央がちょっとでも見たいなら、行こ?」  そう答えると、玲央は、「どっかデート、とか言ってたのにいいの?」と笑うので、うん、と頷く。 「オレ、ライブとか、こないだの玲央たちのが初めてで、楽しかったから。見たいし。玲央も今度のライブの前に見るのもいいのかなって」 「ん、じゃあ……付き合ってもらう。ありがとな」 「うん!」  ふふ。  一緒に行くんだし、見てみたいんだし、全然いいのだけど、  玲央にありがとって言われるのは、嬉しい。 「てことで、ライブ行くことになったから、もうこのまま出て、そっちで車停めてから、昼食べることにする」  玲央が希生さんにそう言って、ふ、と微笑む。 「また来るから」 「――――ああ」  希生さんがちょっと苦笑なのは、今まであんまり来てなかったからかな、と思ったら、玲央もそう思ったみたいで。 「もう少し、顔見せにくるから」  クスクス笑いながら、玲央が言うと、希生さんと先生も微笑む。 「優月も引き連れてちょこちょこ、来るし」  玲央が、な、とオレを見るので、嬉しくなって、うん、と頷く。 「何なら、バンドの皆も連れてくるよ。久しぶりに会いたい?」 「はは。そうだな」 「じゃあ皆、連れてくる」  ――――……そんな風に言ってる玲央に、「また今度」の、その時が、  もう今から楽しみになってしまう。

ともだちにシェアしよう!