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第862話◇

  「優月、コーヒー買いにいこ」 「うん」  玲央の言葉にオレが頷くと、男の子も、「僕もアイス買うの」と言って、わーいとばかりに一緒にコンビニに入る。  玲央の隣に並んでるその子を、後ろから微笑ましく見てたら、お母さんが「すみません」と苦笑してる。 「全然。可愛いですね」  そう言うと、また、お母さんは苦笑する。 「アイドルが大好きな子なんです。自分もそうなりたいみたいで」 「あ、なるほど……なれそうですね。めちゃくちゃ笑顔、可愛い」  「いえいえ、そんな……外から、カッコいいお兄ちゃんたちが居るって言ってはいたんですけど、まさか話しかけちゃうとは思わなかったです」  すみません、と笑って、お母さんはぺこ、と頭を下げる。 「ママ―、アイス―!」 「あ、はいはい――あ、すみません。髪のカラーって、おいくらですか?」 「あ。いらないと思います。もうオレ達、使わないので。今日はライブを見に行くのに使っただけだし……」  多分、玲央は、自分からあげたもののお金は貰わないと思うんだけど……と思っていると、玲央と目が合った。話は聞こえてたみたいで、玲央がコーヒーのカップをふたつ持って、やってきた。 「大丈夫です。可愛いからあげたので――というか、勝手にあげてすみません」 「いえ、そんな」  ――ぜったいこのお母さん、玲央のファンになってそうな気がする。  目がキラキラしている。  分かる……。ただひたすらに、ときめくよね。うん。 「お兄ちゃん」  玲央の腕を、くいくいとひっぱる男の子。ん? と玲央がまたしゃがむ。 「お兄ちゃん、なんの歌、歌ってるの?」 「ん。ああ。じゃあ――」  玲央は鞄から財布を取り出して、一枚の名刺を取り出した。 「この名前で、あとでお母さんに検索してもらって。歌ってる動画が見られるから」 「何ていうの、お名前」 「Ankh……アンク、だよ」 「あんく?」 「「生命」とか「生きること」っていう意味」 「生きる……」  多分意味は全然分かってないと思うんだけど、男の子は、ぱぁぁぁ、と顔を輝かせている。 「お兄ちゃんのお名前は?」 「玲央」 「れおくん、カッコいい……」  キラキラの笑顔。 「お兄ちゃんは?」  笑顔がオレを見上げてきたので、「優月だよ」と伝えると、「ゆづきくん」と唱えて、にっこり笑った。 「僕、|葵《あおい》!!」 「いい名前。カッコイイね」  そう言ったら、めちゃくちゃ嬉しそうに、またキラキラな笑顔をオレに向けてくる。  お互い買い物を終えて、コンビニの前で握手して別れた。  何度も振り返るので、見えなくなるまで見送って、玲央と顔を見合わせる。 「可愛かったね。あの子、アイドルになりたいんだって」 「顔、可愛かったし。キラキラしてたから、なれるかもな? おぼえとこ」 「キラキラしてるって、玲央も思うんだね」  二人、歩き出しながら、クスクス笑う。 「あれは、キラキラしてたな」 「玲央は、いっつもキラキラしてるけどね」 「あんな感じで?」 「んー……玲央の方がもっとキラキラして見えるかなぁ」 「そう? あれより?」 「うん。玲央のキラキラはいつも、なんか……輝いてる? というか。強いキラキラだから」 「強い……?」 「いいの、オレにしか見えてないかもだし」  不思議そうな玲央を笑って見上げると、玲央はオレと視線を合わせて、ふ、と微笑んだ。 「優月、アイドルって言われてたな」 「髪と服装とアクセサリーだから」 「そう? 顔も可愛いからだと思うけど」 「ううーん……? 顔だけなら言われてないと思うけど」  あはは、と笑って玲央を見つめると、ぷに、と頬をつまむ玲央。 「オレが、こんなに可愛いと思ってるんだから――自信もって」 「…………っ」  覗き込まれて、じっと見つめられて、そんな風にささやかれると。  息が止まるんだけど……。かぁ、と赤くなってるオレに、更に目を細めて笑うと。 「とりあえず、オレは可愛い優月を、心置きなく可愛がりたいから――早く、家に帰ろ」    ――もうほんとに、瞬きしかできない感じになるのだけれど。そんなオレにクスクス笑う玲央は、オレの肩を抱いて、いこ、と歩き始めた。  

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