856 / 856
第862話◇
「優月、コーヒー買いにいこ」
「うん」
玲央の言葉にオレが頷くと、男の子も、「僕もアイス買うの」と言って、わーいとばかりに一緒にコンビニに入る。
玲央の隣に並んでるその子を、後ろから微笑ましく見てたら、お母さんが「すみません」と苦笑してる。
「全然。可愛いですね」
そう言うと、また、お母さんは苦笑する。
「アイドルが大好きな子なんです。自分もそうなりたいみたいで」
「あ、なるほど……なれそうですね。めちゃくちゃ笑顔、可愛い」
「いえいえ、そんな……外から、カッコいいお兄ちゃんたちが居るって言ってはいたんですけど、まさか話しかけちゃうとは思わなかったです」
すみません、と笑って、お母さんはぺこ、と頭を下げる。
「ママ―、アイス―!」
「あ、はいはい――あ、すみません。髪のカラーって、おいくらですか?」
「あ。いらないと思います。もうオレ達、使わないので。今日はライブを見に行くのに使っただけだし……」
多分、玲央は、自分からあげたもののお金は貰わないと思うんだけど……と思っていると、玲央と目が合った。話は聞こえてたみたいで、玲央がコーヒーのカップをふたつ持って、やってきた。
「大丈夫です。可愛いからあげたので――というか、勝手にあげてすみません」
「いえ、そんな」
――ぜったいこのお母さん、玲央のファンになってそうな気がする。
目がキラキラしている。
分かる……。ただひたすらに、ときめくよね。うん。
「お兄ちゃん」
玲央の腕を、くいくいとひっぱる男の子。ん? と玲央がまたしゃがむ。
「お兄ちゃん、なんの歌、歌ってるの?」
「ん。ああ。じゃあ――」
玲央は鞄から財布を取り出して、一枚の名刺を取り出した。
「この名前で、あとでお母さんに検索してもらって。歌ってる動画が見られるから」
「何ていうの、お名前」
「Ankh……アンク、だよ」
「あんく?」
「「生命」とか「生きること」っていう意味」
「生きる……」
多分意味は全然分かってないと思うんだけど、男の子は、ぱぁぁぁ、と顔を輝かせている。
「お兄ちゃんのお名前は?」
「玲央」
「れおくん、カッコいい……」
キラキラの笑顔。
「お兄ちゃんは?」
笑顔がオレを見上げてきたので、「優月だよ」と伝えると、「ゆづきくん」と唱えて、にっこり笑った。
「僕、|葵《あおい》!!」
「いい名前。カッコイイね」
そう言ったら、めちゃくちゃ嬉しそうに、またキラキラな笑顔をオレに向けてくる。
お互い買い物を終えて、コンビニの前で握手して別れた。
何度も振り返るので、見えなくなるまで見送って、玲央と顔を見合わせる。
「可愛かったね。あの子、アイドルになりたいんだって」
「顔、可愛かったし。キラキラしてたから、なれるかもな? おぼえとこ」
「キラキラしてるって、玲央も思うんだね」
二人、歩き出しながら、クスクス笑う。
「あれは、キラキラしてたな」
「玲央は、いっつもキラキラしてるけどね」
「あんな感じで?」
「んー……玲央の方がもっとキラキラして見えるかなぁ」
「そう? あれより?」
「うん。玲央のキラキラはいつも、なんか……輝いてる? というか。強いキラキラだから」
「強い……?」
「いいの、オレにしか見えてないかもだし」
不思議そうな玲央を笑って見上げると、玲央はオレと視線を合わせて、ふ、と微笑んだ。
「優月、アイドルって言われてたな」
「髪と服装とアクセサリーだから」
「そう? 顔も可愛いからだと思うけど」
「ううーん……? 顔だけなら言われてないと思うけど」
あはは、と笑って玲央を見つめると、ぷに、と頬をつまむ玲央。
「オレが、こんなに可愛いと思ってるんだから――自信もって」
「…………っ」
覗き込まれて、じっと見つめられて、そんな風にささやかれると。
息が止まるんだけど……。かぁ、と赤くなってるオレに、更に目を細めて笑うと。
「とりあえず、オレは可愛い優月を、心置きなく可愛がりたいから――早く、家に帰ろ」
――もうほんとに、瞬きしかできない感じになるのだけれど。そんなオレにクスクス笑う玲央は、オレの肩を抱いて、いこ、と歩き始めた。
ともだちにシェアしよう!