859 / 860

第865話◇

【side*玲央】  駐車場に車をとめて、優月とエレベーターに乗り込む。二人きりの空間に、何だか少し、鼓動が速まる気がする。  ただ廊下を二人で並んで歩くだけ。  優月は楽しそうにオレを見上げてくる。 「なんか、週末、盛り沢山で、ほんとに楽しかったね」  優月は、よくオレに、「キラキラしてる」とか言うけど――純粋にキラキラしてるのは、絶対優月だと思う。  楽しそうで嬉しそうで、可愛い。 「そうだな」  ――ほんと楽しかったけど。でも、やっと、帰ってきた、気がする。  といっても、実際には、昨日の朝、じいちゃんちに向けて出発して、たった一泊なのだけれど。  二人で歩く靴音が、やけに響く気がする。触れようと思えばすぐに触れられるくらい、優月は近くにいるけれど。  まだ廊下だし――落ち着けよ。自分に向かってそう、心の中で唱える。  なんか廊下、長ぇな……。  荷物を抱え直した優月の頭が、オレの肩にコン、と当たった。「いて」と咄嗟に言った優月が、ふ、とオレを見上げて、目が合う。「ごめんね、ぶつかっちゃった」と小さく笑う優月。  いつも思う。優月の周りに漂う雰囲気は、ひたすら柔らかい。  とげとげしたものが、全く無い。オレはそれに――ガラでもないけど。ものすごく、心が落ち着くみたいで。  ――でも心が落ち着くんだけど、今は、何だか。  触れたい、と思ってる。 「玲央、運転疲れたよね。混んでたし――混んでると、疲れるんでしょ、父さんとか渋滞は好きじゃないって」 「まあ、走れた方がストレスはないかもな」 「あとで、肩もんであげるねー。なんか、よく、父さんにやってたんだよね」 「上手なのか?」 「さあ……? なんか、こう、もんであげるという行為で、癒されてたみたい」  上手かは分かんない、と笑う優月に、「すげー分かる」と言うと、ん? と不思議そうに見上げられる。 「すげー分かっちゃう?」 「分かる」  運転して疲れてても、優月みたいな、しかも小さいバージョンの優月が、可愛く肩をもんでくれたら、どれだけへたくそだろうが、癒されるだろうし、疲れなんて吹っ飛びそう。  可愛かっただろうし。優月。――でも多分、あんまり顔、変わって無さそうだよな……。このまんま、少し丸かったり……?  なんて可愛い想像をしながら、ドアの前で立ち止まり、鍵を開ける。――鍵を開けた音が、やけに響く。やっと、帰ってきた。  オレがカギを引き抜いたドアを開けて、優月を見ると、「ありがと」と言いながら先に部屋に入っていく。  二人きりの空間に入ったその後ろ姿を見ているだけで――胸の奥が、熱くなる。  ほんと――オレ、ヤバいな。  今日、昼間、ホテルに連れ込んだのに。 「ただいま~」  優月が家の中に向かって、そう言いながら、玄関の電気をつけた。  ドアを閉め、鍵をかけて――外の空間から、二人きりの部屋に。  ――靴を脱いで、優月が家に上がった。  引き止めて、抱き締めて、キスしたいと――思うのだけれど、待てよ、と自制する。  疲れてるよな。優月。 「やっと帰ってこれたって、気分だね……」  荷物を降ろしながらそう言った優月に、やっぱりそうだよなと思う。  早く、荷物片づけて、シャワー浴びて――元気そうなら、せめて、ベッドでだよな。  散々いろいろ付き合わせたんだし、明日学校だし。  ――と、こんなことを真剣に考えてる自分がマジで、謎だが。  やっぱり優月が可愛くて、無理させたくないから、そっち優先だな。  一瞬でいろいろ考えた末、大人しく靴を脱いで揃えて振り返った瞬間。   「玲央」  優月がオレの胸にすぽ、と抱き着いてきて、背中にぎゅっと腕を回してくる。 「ごめんね、肩、後で、もんであげるから――ちょっとだけ」 「……優月?」 「――玲央と、くっつき、たくて」  どんな意味で言ってるのか、分かんねえな、優月の場合。  このまま、緩く抱き締め返してほしいだけかも、とも、思うけど。 「くっつくだけで、いいのか?」 「――」  そう聞いたオレを、ふ、と見上げてくる優月。 「オレと――何か、したい?」  かああ、と真っ赤になる優月。 「ご、めん、疲れて、るのに」  その言葉と表情は。  ――ただ抱き付きたいだけじゃないよな、と思って。「疲れてないよ」と言いながら、優月の顔に触れて、まっすぐ見つめ返す。 「あのね……玲央が、あとで、めいっぱいするって言ってから――」 「ん」 「……なんか――キス、したくて……」  耳まで赤いの――可愛すぎ。  優月の項に手を置いて、上向かせて、その唇に、唇を触れさせた。 (2024/12/8) 次ページはこないだの続きの後書きです。

ともだちにシェアしよう!