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第865話◇
【side*玲央】
駐車場に車をとめて、優月とエレベーターに乗り込む。二人きりの空間に、何だか少し、鼓動が速まる気がする。
ただ廊下を二人で並んで歩くだけ。
優月は楽しそうにオレを見上げてくる。
「なんか、週末、盛り沢山で、ほんとに楽しかったね」
優月は、よくオレに、「キラキラしてる」とか言うけど――純粋にキラキラしてるのは、絶対優月だと思う。
楽しそうで嬉しそうで、可愛い。
「そうだな」
――ほんと楽しかったけど。でも、やっと、帰ってきた、気がする。
といっても、実際には、昨日の朝、じいちゃんちに向けて出発して、たった一泊なのだけれど。
二人で歩く靴音が、やけに響く気がする。触れようと思えばすぐに触れられるくらい、優月は近くにいるけれど。
まだ廊下だし――落ち着けよ。自分に向かってそう、心の中で唱える。
なんか廊下、長ぇな……。
荷物を抱え直した優月の頭が、オレの肩にコン、と当たった。「いて」と咄嗟に言った優月が、ふ、とオレを見上げて、目が合う。「ごめんね、ぶつかっちゃった」と小さく笑う優月。
いつも思う。優月の周りに漂う雰囲気は、ひたすら柔らかい。
とげとげしたものが、全く無い。オレはそれに――ガラでもないけど。ものすごく、心が落ち着くみたいで。
――でも心が落ち着くんだけど、今は、何だか。
触れたい、と思ってる。
「玲央、運転疲れたよね。混んでたし――混んでると、疲れるんでしょ、父さんとか渋滞は好きじゃないって」
「まあ、走れた方がストレスはないかもな」
「あとで、肩もんであげるねー。なんか、よく、父さんにやってたんだよね」
「上手なのか?」
「さあ……? なんか、こう、もんであげるという行為で、癒されてたみたい」
上手かは分かんない、と笑う優月に、「すげー分かる」と言うと、ん? と不思議そうに見上げられる。
「すげー分かっちゃう?」
「分かる」
運転して疲れてても、優月みたいな、しかも小さいバージョンの優月が、可愛く肩をもんでくれたら、どれだけへたくそだろうが、癒されるだろうし、疲れなんて吹っ飛びそう。
可愛かっただろうし。優月。――でも多分、あんまり顔、変わって無さそうだよな……。このまんま、少し丸かったり……?
なんて可愛い想像をしながら、ドアの前で立ち止まり、鍵を開ける。――鍵を開けた音が、やけに響く。やっと、帰ってきた。
オレがカギを引き抜いたドアを開けて、優月を見ると、「ありがと」と言いながら先に部屋に入っていく。
二人きりの空間に入ったその後ろ姿を見ているだけで――胸の奥が、熱くなる。
ほんと――オレ、ヤバいな。
今日、昼間、ホテルに連れ込んだのに。
「ただいま~」
優月が家の中に向かって、そう言いながら、玄関の電気をつけた。
ドアを閉め、鍵をかけて――外の空間から、二人きりの部屋に。
――靴を脱いで、優月が家に上がった。
引き止めて、抱き締めて、キスしたいと――思うのだけれど、待てよ、と自制する。
疲れてるよな。優月。
「やっと帰ってこれたって、気分だね……」
荷物を降ろしながらそう言った優月に、やっぱりそうだよなと思う。
早く、荷物片づけて、シャワー浴びて――元気そうなら、せめて、ベッドでだよな。
散々いろいろ付き合わせたんだし、明日学校だし。
――と、こんなことを真剣に考えてる自分がマジで、謎だが。
やっぱり優月が可愛くて、無理させたくないから、そっち優先だな。
一瞬でいろいろ考えた末、大人しく靴を脱いで揃えて振り返った瞬間。
「玲央」
優月がオレの胸にすぽ、と抱き着いてきて、背中にぎゅっと腕を回してくる。
「ごめんね、肩、後で、もんであげるから――ちょっとだけ」
「……優月?」
「――玲央と、くっつき、たくて」
どんな意味で言ってるのか、分かんねえな、優月の場合。
このまま、緩く抱き締め返してほしいだけかも、とも、思うけど。
「くっつくだけで、いいのか?」
「――」
そう聞いたオレを、ふ、と見上げてくる優月。
「オレと――何か、したい?」
かああ、と真っ赤になる優月。
「ご、めん、疲れて、るのに」
その言葉と表情は。
――ただ抱き付きたいだけじゃないよな、と思って。「疲れてないよ」と言いながら、優月の顔に触れて、まっすぐ見つめ返す。
「あのね……玲央が、あとで、めいっぱいするって言ってから――」
「ん」
「……なんか――キス、したくて……」
耳まで赤いの――可愛すぎ。
優月の項に手を置いて、上向かせて、その唇に、唇を触れさせた。
(2024/12/8)
次ページはこないだの続きの後書きです。
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