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第877話◇

 玲央は、面白そうに瞳を細める。 「何にドキドキ?」 「――オレが乗ってればいいって言った時の玲央……」  じ、と見つめて、「かっこいいんだもん」と付け足すと、玲央が、ふっと優しく微笑んだ。 「つか、ドキドキするって面と向かって言ってくんの――ほんと可愛いよな」  オレをぐりぐり撫でてる玲央に、なんだかとっても嬉しくなって、もうこのままずっと一緒に居たいなぁなんて思っちゃうのだけれど、昼休みはもう少し。玲央と同じ授業とってたら一緒に授業行けたのになぁ、なんて思ったりする。……まあ学部、違うから仕方ないけど。ふと、そういえば、と思うまま、玲央を見上げた。 「ね、玲央さ、これからしばらく忙しいでしょ?」 「ん? あぁ、ライブとか?」 「うん。練習とかも、結構あるよね?」 「そうだな、新曲だしなー……練習は全員納得いくまでするから。そこらへんは真面目なんだよな」  笑いながらそんな風に言う玲央に、「皆いつも真剣だよ」と返すと、ふ、と楽しそう。 「まーそうなると、夏休み前までは忙しいの続きそうだよな」 「そう、だよね。オレも教習所入ったら、忙しくなると思うし。学校行きながらだと空き時間があんまりないからなあ……」  手に持ったパンフレットをパラパラ開くと、玲央が「だよな」と頷く。学生とか社会人が通うプランの見本のページを見つけたので、指差しつつ、玲央にもちょっと見せてみる。 「平日とか通うなら、どこもこんな感じのスケジュールみたい。平日は夕方から受けに行って、土日は長くって感じかなぁ……平日、少し遅くまでやってるところを選ぼうかなって思ってるんだけど……」 「とりあえず、夏休み前に取れたら、地方の空いてる道路とかで走れるかもしんないもんな」 「うん。やっぱり気持ち的にも取っちゃってから行きたいし。空いてる道も走ってみたいし」  玲央の言葉に、ちょっとワクワクしながら返した後、でもこのスケジュールでいくとなると、と考える。 「でもあれだね。しばらくお互い忙しくて、寂しいよね」  何気なく言ってしまってから、言った瞬間に胸が少しざわつく。  ――あれ、これって言わない方が良かったかな……?   忙しいのはお互いさまだし、仕方ないってこともちゃんと分かってる。  だったら、寂しいとか言わないほうがいいのかも。  ……あ、でも。玲央、寂しいって思うなら言ってって、前言ってくれたし……。  でも、これはほんとに言っても仕方ないことだしなぁ……と、心の中で、ぐるぐる考えていると。 「――んー、まあ……そう、だよな」  なんだか妙なところで言葉を切りながら、玲央が小さく頷いている。  でも仕方ないと言っても、やっぱり寂しいって思っちゃうのは、ずっと一緒に居すぎてるからかも。  付き合ってたって、普通はこんなに一緒に居れないだろうし。なんか今って、とっても贅沢かもだし……。  そんな風に思いながら、少し黙ったまま歩いて、さっきのベンチにたどり着いた。 「あ。クロ、寝てた」  さっきのまま、クロがちょこんと眠ってるので、その隣に二人でそっと腰かけた。クロはオレの声に少しだけ目を開けたけど、そのまま、また眠ることにしたみたい。 「可愛いなぁ……」  よしよし、とクロの背中をそっと撫でていると、「優月」と玲央に呼ばれた。背中に置かれた優しい手に、なんだか暖かい気持ちになりつつ、ふと振り返る。寝ているクロを避けて座ってるので、玲央との距離がとっても近い。  ほんとに、まっすぐで吸い込まれそうな綺麗な瞳に、どき、と胸が弾む。  ―――だけど。あれ? なんだか玲央、ちょっと困った顔をしているような……? (2025/5/4)

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