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第887話◇

 体を洗ってから、お湯に浸かると、さっき恥ずかしすぎて熱くなった体温が少し和らいで、ふう、と息が零れた。  玲央は何事も無かったみたいな顔して、バスタブによりかかって、こっちを見て笑ってる。 「玲央って、オレのこと、からかうの、好きだよね」  むう、とふくれながら、顎までお湯に浸かると、玲央の瞳が面白そうに細くなった。 「からかってないだろ? 事実を言っただけだし」  そう言いながら濡れた髪を片手でかき上げる仕草が色っぽくて、息が止まる。 「……」  なんだか直視していられなくて、お湯を見る振りで、目を逸らした。  ほんと、見てるだけで熱くなってくる。 「……それが、やばいんだってば……」  じとっと睨んでも、玲央はおかしそうに笑うだけ。  ……事実かぁ。  玲央がオレので、オレが玲央の。って。  言ってくれてたなあ。それが、事実。  ……めちゃくちゃほっこりする。  ただ、言葉はほっこりなのだけれど、言い方っていうか、その時、触れてた感じがね。  ほっこりとは対照的なところにあるものだから……もうなんか、湯気が出そうになってたけど。  でも。言葉だけ思いだしてみるとね。  胸の奥からゆっくり。ほっこりした幸福感で満たされていく。  ふふ。  お風呂に浸かったまま、玲央から目をそらしたまま、ほっこほこの気持ちになっていると。 「なんか笑ってる」  ちょっと覗き込むような感じでオレを見てくる玲央と、近いところで目が合う。 「わ、笑ってた?」 「ふ。笑ってた」  面白そうに微笑みながら、玲央はまた背中、寄りかかる。  その胸から肩まで濡れた肌を見ていると……濡れてるとなんか余計に綺麗に見える。  ……オレが真剣に鍛えたら、この感じになれるんだろうか……?  身長差はちょっと見上げるくらいなんだけどなあ。って別に、筋肉を競い合いたい訳じゃないな……。 「優月さ」 「うん?」 「……今の時点でいいんだけど」 「うん」 「一生、オレのでいてもいいって――本気で、考えられてる?」 「……え?」  一生玲央のでいてもいいって……。  心臓がとくんと跳ねて、頭が一瞬、真っ白になる。  でも気づけば、迷いなんてなく。 「うん」  すぐに頷いた。  玲央がふっと笑って、「躊躇いが全然ないな」と呟く。 「え……だって無いよ?」  むしろ、なんで「今の時点」なんだろう。  そう思って、じっと見つめる。 「……玲央は、違うの?」 「違くないよ。オレはそう思ってる」  まっすぐな視線に、迷いとかは見られない、と思う。  ……じゃあ何が聞きたいんだろう? と思っていると。 「お互いの周りと家族とか……引っ越しとか、これから、一気にすすめようとしてるだろ、今」 「うん」 「なんか、お湯に沈んで、にこにこ幸せそうな感じを見てたらさ。優月が少しでも不安があるなら、もう少し、今のままでもいいなって少し思っただけ。オレ、急がせたりはしてない? 大丈夫か?」 「……玲央に急いでって、言われてないよね?」  ふふ、と微笑んでしまう。  最初から、強引で。熱っぽくて。なんかものすごく。引力、ある人なのに。  こういう肝心なところで、引いてくれる。  そんな玲央に、胸がきゅっとなってしまう。 「……オレ、玲央が居てくれたらなんでもいいよ」  そう笑ったら、玲央の目がさらにやわらいで。  「分かった」って、頬に触れてくれる手の温度に、胸の奥まであたたかくなる。  玲央の隣に移って、膝を抱えて座る。玲央は、オレをじっと見つめながら、言った。 「優月って、オレとの将来のこととか、具体的に考えてることある?」 「えーと……」  不意打ちの言葉に、思わず目を瞬かせる。  将来。  少し黙ったあとで、ぽつり。 「玲央と、ずっと一緒に居て……お互い、何してても……おはようとおやすみは、言えたらいいなって」  玲央が、ふっと目を細める。  ほんとに嬉しそうに笑ってくれるから、胸があったかくなる。 「じゃあ安心。オレも同じ」  頬に触れる手の温もりと、笑った顔。オレはクスクス笑いながら。 「結婚? て少し思っちゃった。将来とか言うから」 「あ、それでも別に良かったけど?」 「ふふ」  クスクス笑いながら顔を見合わせる。 「よし、髪、洗ってやるよ。こっちに頭出して」 「いいのー?」  わーい、と頭だけバスタブから外に出す。玲央はお風呂の椅子に座って、オレの方を向いた。  手ぐしで髪を梳かれるだけで、妙にくすぐったくて、ドキドキしてしまう。  良い香りのシャンプーが泡立てられた。

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