892 / 892

第897話◇

「あの子が、誰かと一緒に暮らしたいて言うなんて驚いてしまって」  ……まあ、それは分かるような。  玲央をよく知る友達がそろってびっくりしてる訳だから、お母さんの立場からもそうなのかも。 「実家のこと、少しは聞いてるでしょう?」 「はい」 「――あの子には、いろいろ与えすぎちゃったかなと、私は思っているの」  その言葉の真意がよく分からなくて、少し首をかしげると、玲央のお母さんは続ける。 「一人息子だからね。ほしいと思うようなものは、先回りして、全部与えてしまったし――習い事もたくさんさせて、出来ることがすごく多すぎちゃったりして……」 「……はい」 「できないこととか、手に入らないものがね、あまりなかったと思うの」  玲央のお母さんはそこまで言うと、ふ、とため息をついた。 「だから――欲しがらない子になっちゃった気がして……だからね。私、顔を出せる時は、玲央の学校とか音楽活動とか、そういうところに顔を出すようにしていたのね。幼稚園から一緒の、家族ぐるみでお付き合いしてる子も多いから、行くと、皆、いろいろ私に話しかけてくれるから」  頷きながら聞いていると、玲央のお母さんはまた苦笑した。 「もちろん私に全部は言わないけど……なんとなく、玲央が皆にどう思われてるか、どんな人間関係なのかは分かるのよね」 「――はい」 「友達がいるのは知ってるし、自分からバンドを始めてくれて仲良く頑張ってるみたいだし、よかったなと思ってるの。ただ、余計にモテすぎちゃうせい、なのか……」  息をついて、オレをまっすぐにじっと見つめる。 「――あの子の周りの子が、あの子を、どう思ってるか……特に、恋愛とかの件でなんだけど。あ、勘違いしないでね。男の子が相手だから、とかじゃないの。玲央がどちらでも恋愛対象になるっていうのは知っているし」 「……はい」  オレが頷くと、玲央のお母さんは小さく頷いてから、少しだけ視線を落とした。 「花宮くんは、多分……いい子だと思うの。今話した感じもそうだし――見るからに、素直そうだし」  最後の方は、オレを見つめて、微笑しながら言った。 「こんなこと聞くのは、どうかと、思うんだけど……」 「いえ。なんでも聞いてください」  オレが色んな覚悟をしながらそう言うと、少し間を置いてから、ゆっくりと、質問の続きを口にした。 「――玲央とで、あなたは、大丈夫?」  まっすぐな視線を見つめ返して、オレは、唇を少しだけ噛んだ。  ――玲央が言ってた、友達に挨拶して回るっていう意味。  なるほど、そういうことなんだ、と思った。  与えすぎ、かぁ……。  確かに、習い事の話とか。すごかったイメージは、ある。  マンションふたつ、とかのことだけだって、結構すごいし。  玲央とで、あなたは、大丈夫?  ……玲央が大丈夫、じゃなくて、オレのことを心配してる。  玲央にオレが釣り合わないとかじゃなくて――オレが素直そうに見えるから、大丈夫かって……。  玲央の恋愛のこと、何となくでも、知ってるお母さんだから。  一緒に暮らすとか言ってるけど、ほんとにいいのかって、オレに聞いてる。  ――だったら。  だったら、それに対する、オレの返事は、決まってる。 「あの……大丈夫です。オレは――玲央のこと、大好きなので」  そう言ったら、玲央のお母さんは、びっくりした顔をして、オレを、その大きな瞳で見つめた。  それから、「でも……」と口を開いたのを見て、オレは、自然と微笑んで、首を振った。 「玲央自身が、あまり執着しなかったり――すごくモテすぎてそれに疲れてたり、っていうのは聞きました。まわりの友達との会話でも、そういうのは皆が言うので、オレも知ってます。……あと、玲央が自分でも言ってました。だから結構……いろいろ、オレは知ってると思います」 「――」 「でもオレ、一緒にいる時の玲央が好きなので、大丈夫だと思ってます」 「……不安とかは、ないの?」 「不安……?」  不安かぁ……。  不安……。 「えっと……もしなにかあって、そういう日が来ても、たぶんオレ後悔しないと思うんです。 だって、今すごく幸せだなって、思ってるので」  この返事で、大丈夫かな。お母さんの心配、少しは減るかなと、少し心配になったけれど、でも、どう考えても、それ以外の答えは何も浮かばないので、そう言ってみた。  少し見つめ合って――ふ、と微笑んだその目が優しくて。  玲央に似てると、また思った。 (2026/2/15)

ともだちにシェアしよう!