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第897話◇
「あの子が、誰かと一緒に暮らしたいて言うなんて驚いてしまって」
……まあ、それは分かるような。
玲央をよく知る友達がそろってびっくりしてる訳だから、お母さんの立場からもそうなのかも。
「実家のこと、少しは聞いてるでしょう?」
「はい」
「――あの子には、いろいろ与えすぎちゃったかなと、私は思っているの」
その言葉の真意がよく分からなくて、少し首をかしげると、玲央のお母さんは続ける。
「一人息子だからね。ほしいと思うようなものは、先回りして、全部与えてしまったし――習い事もたくさんさせて、出来ることがすごく多すぎちゃったりして……」
「……はい」
「できないこととか、手に入らないものがね、あまりなかったと思うの」
玲央のお母さんはそこまで言うと、ふ、とため息をついた。
「だから――欲しがらない子になっちゃった気がして……だからね。私、顔を出せる時は、玲央の学校とか音楽活動とか、そういうところに顔を出すようにしていたのね。幼稚園から一緒の、家族ぐるみでお付き合いしてる子も多いから、行くと、皆、いろいろ私に話しかけてくれるから」
頷きながら聞いていると、玲央のお母さんはまた苦笑した。
「もちろん私に全部は言わないけど……なんとなく、玲央が皆にどう思われてるか、どんな人間関係なのかは分かるのよね」
「――はい」
「友達がいるのは知ってるし、自分からバンドを始めてくれて仲良く頑張ってるみたいだし、よかったなと思ってるの。ただ、余計にモテすぎちゃうせい、なのか……」
息をついて、オレをまっすぐにじっと見つめる。
「――あの子の周りの子が、あの子を、どう思ってるか……特に、恋愛とかの件でなんだけど。あ、勘違いしないでね。男の子が相手だから、とかじゃないの。玲央がどちらでも恋愛対象になるっていうのは知っているし」
「……はい」
オレが頷くと、玲央のお母さんは小さく頷いてから、少しだけ視線を落とした。
「花宮くんは、多分……いい子だと思うの。今話した感じもそうだし――見るからに、素直そうだし」
最後の方は、オレを見つめて、微笑しながら言った。
「こんなこと聞くのは、どうかと、思うんだけど……」
「いえ。なんでも聞いてください」
オレが色んな覚悟をしながらそう言うと、少し間を置いてから、ゆっくりと、質問の続きを口にした。
「――玲央とで、あなたは、大丈夫?」
まっすぐな視線を見つめ返して、オレは、唇を少しだけ噛んだ。
――玲央が言ってた、友達に挨拶して回るっていう意味。
なるほど、そういうことなんだ、と思った。
与えすぎ、かぁ……。
確かに、習い事の話とか。すごかったイメージは、ある。
マンションふたつ、とかのことだけだって、結構すごいし。
玲央とで、あなたは、大丈夫?
……玲央が大丈夫、じゃなくて、オレのことを心配してる。
玲央にオレが釣り合わないとかじゃなくて――オレが素直そうに見えるから、大丈夫かって……。
玲央の恋愛のこと、何となくでも、知ってるお母さんだから。
一緒に暮らすとか言ってるけど、ほんとにいいのかって、オレに聞いてる。
――だったら。
だったら、それに対する、オレの返事は、決まってる。
「あの……大丈夫です。オレは――玲央のこと、大好きなので」
そう言ったら、玲央のお母さんは、びっくりした顔をして、オレを、その大きな瞳で見つめた。
それから、「でも……」と口を開いたのを見て、オレは、自然と微笑んで、首を振った。
「玲央自身が、あまり執着しなかったり――すごくモテすぎてそれに疲れてたり、っていうのは聞きました。まわりの友達との会話でも、そういうのは皆が言うので、オレも知ってます。……あと、玲央が自分でも言ってました。だから結構……いろいろ、オレは知ってると思います」
「――」
「でもオレ、一緒にいる時の玲央が好きなので、大丈夫だと思ってます」
「……不安とかは、ないの?」
「不安……?」
不安かぁ……。
不安……。
「えっと……もしなにかあって、そういう日が来ても、たぶんオレ後悔しないと思うんです。
だって、今すごく幸せだなって、思ってるので」
この返事で、大丈夫かな。お母さんの心配、少しは減るかなと、少し心配になったけれど、でも、どう考えても、それ以外の答えは何も浮かばないので、そう言ってみた。
少し見つめ合って――ふ、と微笑んだその目が優しくて。
玲央に似てると、また思った。
(2026/2/15)
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