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第901話◇

 玲央が下のエントランスを通ったらしい。 「思ったより早くて、よかったですね」 「ふふ、でも今日は優月くんに会いにきたから、もういいんだけど」 「ちょっと迎えに行ってきますね」 「あ、優月くん」 「はい?」  ドアを開けたところで呼び止められて振り返ると。香澄さんが、しー、と人差し指を口に当ててる。 「玲央が気づくまで、私のこと内緒にしてくれる? びっくりさせたいから」 「えっ……でも靴ありますよね」 「隠しといてー」 「えええ??」 「サプライズ~」  ふふふ~と楽しそうな香澄さんに苦笑してしまう。  お茶目だ。可愛い。なんか、喋れば喋るほど、黙ってる時とのギャップがすごい気がする……。  くすくす笑ってしまいながら、香澄さんの靴を下駄箱の空いてるところにしまった。  サプライズ……。ふふ。玲央、びっくりするかなあ~。するよね、それは。  オレだって、母さんが突然ここに来てたらびっくりするもんね。  鍵を開けて、ドアを開けて覗くと、玲央が歩いてくるのがちょうど見えた。  ――カッコいいなぁ。歩いてくるだけでと、感心してしまう。  玲央がふとオレに気づいて、にこ、と笑ってくれると、嬉しい。  嬉しいし、今はちょっと、香澄さんがいるから、ちょっとワクワクしてしまってて、ひそかに、とってもテンションが高い。  オレ、サプライズとかできないんだけどー。顔に出ちゃうからもう、やるなら喋らない、を徹底しないと、昔から無理だったんだけど、どうしたら……。と思ってる内に、玲央が近づいてきた。 「ただいま、優月」 「おかえり」 「連絡したんだけど気づかなかった?」 「うん、ごめんね、今気づいたところだったの」  答えながらも、ついつい、めっちゃ笑ってしまう。  わー、笑いすぎ、オレ。バレるって。  顔を引き締めながら先に中に入ると、玲央も続けて中に入ってきた。 「優月」  むぎゅ、と抱き締められる。  うわぁ!! だめだ、それ、玲央……!!  予想外の展開に目を見開く。  いや、予想外じゃないかも、いっつも玲央、こんな感じかも……!  わー、オレのバカ―! 「何めちゃくちゃにこにこしてんの。可愛いんだけど」  うう、香澄さんがいるからだよう、わーん、離してー!  慌ててじたばたしてると、玲央が「あ、ごめん」と手を離した。 「お風呂入ってんのに。オレもシャワー浴びてからにする」 「…………っっ」  シャワー浴びてから、何をするんだよう、っていうようなことを、今、言わないでよう……!  玲央が、あわあわしてるオレを見て、ぷっと笑う。 「あ、あの、玲央、あのね、今」 「どした? ――つか、そのシャツ、マジで可愛い。似合うし」 「……っっっ」 「ていうか、風呂、一緒に入りたかったのに――あ、もう一回、入る?」 「…………っっ」  ぶんぶんと顔を横に振る。 「てか、カレーの匂いする。作った?」 「つくった……!!」  これは答えられる。ぶんぶんと大きく縦に首を振ると、玲央は、ちょっと止まってオレを見て――。  ぷ、と笑いながら、口元を押さえた。 「なに、どした? なんか変だな――なんかあった?」 「っうん! あのっ――かす」  めちゃくちゃ頷いて、香澄さんが、と言いかけたその時。 「うわ、ごめんね、優月くん……これは、居た堪れないよね……」  呆れたような香澄さんの声が、後ろから響いた。ひえ、と体が大きく震える。  玲央の顔を咄嗟に見ると。  いまだかつて見たことがないほど真顔の玲央。 「は……? なに……」  それだけ言った後。  彫刻みたいに綺麗な顔の玲央が、しばらくずっと固まってて。  それから、「……え?」と、ゆっくりとオレの方を見つめてくる。  もうオレは。  こくこくこくこくこくっと。  よく分かんないけど、とにかく、頷くことしか、出来なかった。 (2026/2/28) ふふ。笑

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