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第906話

 玲央に服を置いてからリビングに戻ると、香澄さんがさっきの席に座っていた。  戻ったオレを見ると、少し苦笑しながら肩を竦めさせた。 「びっくりさせようとは思ったけど……私がびっくりしちゃったわ」 「――」  ……ど、どれにだろう。  って、もう全部かなと思い、詳しくは聞けないでいると。 「私、玲央があんな風に話すの、初めて聞いたかも……誰? って思っちゃって、出るに出られなくてごめんね」 「……なんか……すみません」  そう言うと、香澄さんは、オレをマジマジと見つめてから、あはっと笑い出した。 「優月くんが謝ることはひとつもないわよ。というかむしろ――」  そこまで言って少し考えている香澄さんの、次の言葉を待っていると。 「玲央が少し大人になったというか……ちゃんと大事にしたい人、見つけたのかなと、思えたの」  大事にしたい人。  それはオレも、そう思ってる。  ――香澄さんの目から見て、そう見えたのかなと思うと、それは、すごく嬉しかった。  思い返せば、出会ってから怒涛だった。  最初は本気になったら終わりだと思ってたのに。  でも今は、不安なんてないくらい、隣にいてくれる。  出会ってからのことをふと思い出していたら、ドライヤーの音が聞こえだした。  カレーをよそって、お水とかサラダとかも準備。せっせと準備していたら、香澄さんの視線に気づく。 「あ、紅茶でもいれますか?」    そう言うと、香澄さんはにっこりして、頷いた。 「ミルクとかお砂糖はどうしますか?」 「ストレートで」 「分かりました」  お湯を沸かして、カップを温めて、紅茶の準備。  今日、こんな風に玲央のお母さんと、一緒に過ごすなんて、数時間前のオレは、なーんにも考えてなかったよな。今の状況が、不思議すぎるけど。  すると、玲央がドアを開けて、入ってきた。シャワー浴びたてで、髪はまだ完全に乾いてはいない。ちょっと濡れた感じと、なんだか少し呆れた感じの視線が。――んん。カッコイイ。  オレ達の様子を見て、玲央はちょっと笑いながら、まだ濡れてる髪をタオルで拭いた。 「ありがと、優月」 「ううん。今紅茶入れてるから、食べて。玲央も紅茶飲む?」 「飲む。ありがと」  言いながら席についた玲央は、目の前の香澄さんに視線を向けて、一度黙った。 「――どんくらい前からいるの?」 「二時間くらい前からかしら?」  時計を見ながら聞かれて、オレも「多分」と答える。  ……いや、もっと、ずーっといるような気もするし、でも逆にまだちょっとしかいないような気も。  なんかすごく、おかしな感覚になってる。  最初は、緊張もしてたからなぁ。 「いただきます」  玲央がそう言って手を合わせたので、「どうぞ」と返す。食べ始めてすぐ、「おいしい」と、玲央が言ってくれた。 「うん。ありがと」  えへへ、と笑って返すと、香澄さんも、ふふ、と笑った。 「ねーおいしいわよね」 「――は?」  食べていた玲央は、ぴた、と固まって。  それから、玲央は、スプーンを置いて香澄さんを見上げた。 「おいしいわよねって――まさか、食べたの?」  ちょっと首を傾げながら、聞いてる。  香澄さんは、大きく頷いた。 「そう。優月くんの夕飯と一緒に、ごちそうになっちゃった」 「はー……?? 一緒にカレー食べてたの?」  呆れたように言って香澄さんを見たあと、ちらっとオレに視線を流してくる。 「う。うん。食べた、けど……え。だめだった?」 「だめってわけじゃないけど――いや。そんなこと、ある?」 「そんなことって……」 「……初対面の、彼氏の母親と、カレー食べてるって」  言いながら玲央が、ふっと噴き出して――顔を逸らして、口元を押さえた。 「しかも、オレ、いないのに……」  言いながら、玲央の体が震えている。 「確かに……そんなにないとは思うけど……ちょうどカレーが出来てて……聞いたら、香澄さんも食べるって言ってくれたから」 「それ」  今度はぱっと振り返って、じっと見つめられる。 「それって?」 「香澄さん。って――なんで呼んでんの?」  玲央はずっと、笑いたいのを我慢してるのか。……というか、笑っているけど。我慢できてませんが。  ずっと軽く握った手を口元に当てている。 「私がそう呼んでねって、お願いしたの。ね? だって、玲央のお母さん、って長いでしょ」 「――もう自然に呼んでるもんなぁ……」  はー、と笑いを含んだため息をつきながら、カレーを食べるのを再開して、ぱくぱく。あっという間に平らげた。サラダも食べ終えると、そのまま、食器を運んできてくれる。 「ごちそうさま」 「うん。あ、あとで洗うから、紅茶、持っていこ。お話、するでしょ」 「ん」  流しに食器を置いて、淹れ終わった紅茶を、玲央が香澄さんに持っていく。 「紅茶、ありがと」  香澄さんの言葉にうなずきつつ、オレも自分の紅茶とお砂糖とミルクを運んで、テーブルに置き、玲央の隣に腰かけた。 「さて――と……優月にどこまで聞いた?」 「そう言われると……どこまでかな。――でも聞きたいのは、今はひとつかな」 「何?」  玲央が聞くと、香澄さんはくすっと笑って、一度視線を落として。  それから、まっすぐに玲央を見つめ返した。 「玲央にとって、ほかの子と、優月くんと――何がちがったの?」  香澄さんのまっすぐな視線を受け止めて。  玲央は少し黙ってから、ふとオレに目を向けた。

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