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第906話◇

「楽しかった~ありがとうね、優月くん」  玄関まで歩いていって、香澄さんの靴を出したオレに、玲央が「靴……」と呟いた。 「あ。あの……サプライズって言っててね、靴、隠してて……」 「……ああ、確かに、靴なかったよな……」 「く……靴、あったら気づいた?」  ちょっと引きつりながら聞いたオレに、玲央はちょっと考えた後。  ふ、と苦笑した。 「優月の服と顔しか見てなかったから、出てても気づかなかったかも」 「――」  お母さんの前でも、そういうの普通に言っちゃうんだ、と。  なぜか言われたオレがめっちゃ照れていると、香澄さんがくすくす笑った。 「はいはい。優月くん、照れちゃうからほどほどにしなさいよ」 「――」  その言葉で玲央と目が合って、ふ、と微笑み合う。 「照れてるのも可愛いから」 「――はいはい」  呆れたように笑う香澄さんが、オレを振り返ってまっすぐ目の前に立った。 「下まで送ります」 「いいの、駐車場で運転手が待ってるから。エレベーター下りてすぐだから」  えっ。  ……ずっと?? ずっと待ってたの? 運転手さん……。 「あのね、優月くん」 「あ、はいっ」 「私ね……玲央でいいのかなって。相手の子、大丈夫かなって……思って来たんだけどね――玲央が、優月くんじゃないとだめなのね」  見つめ合うその瞳が細められて、優しい笑みに見とれるくらい。 「――オレも。おんなじ、なので」 「ほんとに、玲央のこと、よろしくね?」  そう言うと、香澄さんは、またふんわりと微笑んだ。 「お父さんも会いたがってたのよ。でも本当に忙しそうでね。それに、あの人こういうの、ちょっと苦手だからね。先に私が来ちゃったの」 「――親父は、もうちょっと、いっしょに居る時間とか、実績みたいなの積んでから会った方がいいかなって思ってたんだけど」 「実績って。仕事じゃないんだから。お父さんは、昔から玲央を信じて好きにさせてたでしょ。ちゃんと話せば大丈夫よ」 「――ん」 「私、お父さんと優月くんが会える日、すごく楽しみになってるわ」  ふふ、と微笑んで、香澄さんはオレをじっと見つめた。   「じゃあね。名残惜しいけど、またね。連絡するね」 「あ、はい。オレもします」  オレ達のやりとりに、「れんらく……?」と呟いてる玲央に、香澄さんが声を掛ける。 「またね、玲央」 「ん。あんまり運転手さん、待たせるなよな」 「だって、こんなに長居するとは思わなかったから」 「あとサプライズやめてね」 「ふふふふ。じゃあね」  返事はせず、意味深な笑みを残して、オレと玲央の顔を見ながら、香澄さんは出て行った。  不意に静かになる、室内。 「えと……」  さっき、連絡先、て呟いてたなあ、と思いながら、玲央を見上げると。玲央は、ふー、と息をついた。 「連絡先って?」 「……えと。交換したの」 「――母さんから、だろ?」 「あ、うん。それはそうなんだけど……でも、オレも、ぜひぜひ~ってのりのりで交換してしまったような……」  ちら、と玲央に見下ろされる。  なんとなく、にこ、と笑ってみた瞬間。  引き寄せられて、玲央の腕の中にすっぽり納まる。 「――」  きゅ、と胸が締め付けられる。玲央の匂い。玲央の熱。  背中に手を回して、ちょっとしがみつくと。  玲央の体が、くっくっと、揺れている。  ――また笑ってる。  ふふ、とオレも笑ってしまう。 「――何であんな、仲良くなってるんだよ」 「う、ん。仲良くなったかな?」 「なってた。……ていうか、母さん、優月のこと、可愛いって何回も言ってたし」 「――服のこと言ってたね。玲央と同じ好みなんだね」  くすくす笑ったオレを、ぴた、と止まった玲央が見つめてくる。 「ちょっと待てよ――オレ、その服が好みで可愛いんじゃなくて。それを着てる優月が可愛いんだけど、分かってる?」 「……あ。」 「母さんも、服がってことじゃなかったと思うけど。好みが一緒、としても、服じゃなくて、優月だからな?」  ちょっとしばらく考えて、あ、なるほど。と。頷く。 「玲央も意外とこういうの好きなんだ~って思ってた。クロのことも可愛いって言ってたし、可愛いものも好きなんだなあって」 「いや、可愛いは可愛いけど……ま、いいか――」  そう言って笑う玲央に、またすっぽり抱き締められる。

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