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第907話◇
少しの間、抱き締められていて、そっと見上げた。
「――ありがとね、玲央」
「……ん。なにが?」
至近距離の瞳が優しくゆるむ。
「香澄さんに言ってくれたことね、なんか、嬉しかった」
「――ちゃんとしたいってやつ?」
「うん。それも。ていうか、ぜんぶ」
見つめ合ったまま、お互い微笑むと、玲央のキスが唇に触れた。
目を閉じて受け止めていると、玲央は少しだけ離れた。
そっと頬に触れられて瞳を開ける。
「急に来て、びっくりしたよな」
すり、と触られて、まあびっくりはしたなぁと頷いたら、そのびっくりを、すっごく思い出した。
「そうなんだよ、あのね、カレー作って、ご飯炊いてる間にお風呂入ってのんびりしてたの。それで出てきたら電気がついてたから、もう玲央なんだと思って、おかえり早かったねって喋りながらドアを開けたら、香澄さんが立ってて」
「……ますますびっくりだな」
「そう。ピンポンきて、とかより、ほんとびっくりした~」
思い出して可笑しくなってくる。
「めっちゃ綺麗な人がオレを振り返ってじっと見ててさ。一瞬、ああいうシチュエーションてさ、玲央の付き合ってた人、とか。って思ったんだけど……」
「彼女って思ったの?」
「……綺麗だったし……でも年が違うかなって気づいて、そしたら、あっ似てる……て思って」
「ああ。……似てるか?」
そうかな、と笑う玲央に、オレは大きく頷いた。
「もうさ、玲央と並んでもらって、絵を描きたいなあって、思っちゃって」
「――んん? その時、そんなこと思ったのか?」
「うん。すごく綺麗で、なんだろうね、目元かなあ。並んでほしいなぁって思ってた」
オレに触れてる玲央の体が、ちょっと揺れる。
……笑ってる。
「びっくりしてても、優月は落ち着いてるな」
「ううん、落ち着いてはなくて……心のなかはほんとびっくりしてたんだけど。綺麗すぎたんだよね」
「んで……一緒にカレー食べたわけだ」
言いながら、くっくっと玲央の体が揺れる。
「んー……そう、だね」
「はは。おもしろ」
ぐりぐりと頭を撫でられる。髪の毛くしゃくしゃ。……でも、嬉しい。
玲央がオレの肩に手を置いて、そのまま一緒に歩き始める。
「優月、もう寝たい?」
「ううん。も少し話したいかも。玲央は?」
「オレも。じゃあ、ノンカフェインのお茶でも入れるか」
「うんうん。そうしよ~」
そのまま手を引かれて、キッチンに戻った。
お湯とカップを用意しながら、ふ、と口元に笑いが零れた。
「玲央のお母さんがさっきまでここにいたと思うと、なんか不思議……」
さっきまで香澄さんが座っていた席を見ていると、オレをちらっと見た玲央が。
「優月が香澄さんって呼んで、いっしょにカレー食べたって聞いて、連絡先まで交換してたことが、オレは不思議」
そんな風に言われて、オレは、玲央を見つめ返す。
「うん。……そだよね」
あは、と笑って頷くと、また玲央は苦笑しながら。
「ていうか、マジで――母さんの声がした時は……ここ何年かで、いっちばん驚いたかも……」
「……うん。だよね……」
「靴しまったの、だれ?」
「あ。オレ……」
「優月なのかよ」
「サプライズしたいからって言われて、靴しまってーって言われて、はいはい、と……」
ふ、と玲央が笑い出した時、ちょうどケトルが止まった。
玲央がティーポットに、静かにお湯を注いだ。
ふわりと香ばしい紅茶の香りが広がる。
「いい匂い~」
ふふ、と微笑むと、玲央の手が頬に触れて、引き寄せられる。
そっとキスされて、じっと見つめられる。
「――ありがと。母さんと楽しそうに居てくれて」
そんな風に言ってくれるのが嬉しくて、ん、と頷いて。
「オレもいろいろ話せて楽しかったし――玲央のこと、大事に思ってるの、すごく分かった」
「――そう?」
「うん。そう。玲央が愛されてたの、すごく分かって、なんか……すごく話せて、よかった」
玲央は一瞬だけ目を見開いて、それからちょっと観念したようにふっと息を吐いた。
「絶対母さん、優月の味方になってるよな……泣かせるなって」
「……また言われてたね」
二人でクスクス笑い合う。
「泣かせたくないって、誰よりオレが思ってるっつーの……」
そう言うと、玲央は目を細めて――今度はさっきよりも深いキスをくれた。
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