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第909話◇
腕の中からちょっと抜け出して、紅茶を飲んでいると、玲央が、あ、と声を出した。
「そうだ、今日、打ち合わせ行っただろ」
「うん。なんだった?」
「まあいろいろあったんだけど……いっこ、報告があってさ」
「うん?」
楽し気に言う玲央に、なんだかすごくワクワクしながら待っていると。
「北海道と京都は、決まった」
一瞬きょとんとしてしまった。北海道と京都?
「――っあ。夏休み?」
「そうそう」
「わあ、そうなんだ! え、そうなのー?」
「行ったことある?」
そう聞かれて、「京都はあるよ」と答える。玲央も、そうだよな、と微笑む。
「修学旅行で行くもんな。オレも京都は行った」
「そうそう。京都と奈良は一緒に行ったんだけど。北海道は行ったこと無いんだ~」
「そっか。じゃあ楽しみだな」
「うん! ……って、それ、オレほんとに一緒に行ってもいいの?」
そう聞くと、玲央は、ん? と首を傾げている。
「いいって言うか、優月と楽しもうって始まってんのに」
「いや、でも、お仕事でもあるでしょ?」
「仕事でもあるけど、夏休みの遊びでもあるから」
そう言ってくれて、うんうん、と頷いた。
「楽しみ~北海道調べよう~」
紅茶をおいて、ソファに置いてあったクッションを抱えて、背中をソファに沈める。すると、玲央もカップを置いて隣に沈んだ。
「修学旅行、京都は、どこ行った?」
「んーと……清水寺とか三十三間堂とか……金閣寺……」
「オレも行ったな……うちの学校は、ほとんど自由行動だったから好きに回ってた」
「そうなんだ。オレは班行動だったなぁ。奈良公園も行ったなぁ……懐かしい~」
そこまで言ったら、ふと思い出した。
あは、と笑ってしまうと、玲央も面白そうな顔で覗き込んでくる。
「いま何を思い出した?」
「うん。あのね……奈良公園で集合写真撮ったんだけど」
「ん。オレも撮ったかも……」
「なんかオレ、餌をあげた鹿にものすごい懐かれちゃってさ」
「あぁ。鹿せんべい?」
「そうそう」
「鹿せんべい持って歩いてたの?」
そう聞かれて、ううん、と首を振ると、玲央がちょっと首を傾げる。
「それがさ、持ってなかったのに。なんかずっとついてきてさ。ずっともう無いよーって、手を見せたりしてたんだけど、それでさその後、集合写真を撮ろうってことになってさ。オレ、背低かったから一番前だったんだけど……」
「うん」
なんだかオチが見えてきたのか、玲央はもう、ちょっと笑っている。
「その鹿が、ずーとオレの前にいてね。先生とかがシッシッてやるんだけどさ、オレの前から動かないの。ちょっと追い払われてもすぐ戻ってきちゃってね。カメラマンさんは、鹿は端っこには入れたいらしかったんだけど、ど真ん中にいてさー」
「結局どうしたんだ?」
「うん、結局ね、一緒に写真撮られたんだよね。オレはまあ顔が映ってればいいやって感じになって、あの集合写真は、オレとオレの近くの人たちだけ、顔しか見えないの」
くすくす笑いながら最後まで言うと、玲央もおかしそうに笑った。
「優月の周りの奴は巻き込まれた感だな?」
「そうなんだよね、あの話になるたび、オレのせいで半分隠れてるーみたいな話になってさ。ていうか、オレのせいじゃなくて、あの鹿のせいなんだけどねぇ」
懐かしいなあなんて、思い出す。
「そうだ、もう、その時はみんな、爆笑しちゃっててね。まぁすっごくいい写真には、なってたかも」
「優月のおかげで?」
「うん、そう。……いや、鹿?」
ちょっと誇らしげに頷いた後、肩を竦めた。
「そうそう、しかも、ちょうど鹿も前を向いたもんだから、そこだけ切り取ったら、オレと鹿のツーショットみたいで」
玲央が、唇に手の甲を当てて、肩を震わせている。
「……なんか想像ができすぎて、おかしい……」
くっくっと笑いながら、玲央がオレの肩を抱いた。
「あの鹿、今も元気かなあ」
オレがそう言うと、玲央が急に立ち上がって、スマホを見ながら戻ってきた。
「十年から十五年だって、寿命」
「へえ! じゃあ元気かもね」
「奈良公園の方まで行くか?」
「……ふふ。うん! って、会ってもその子か分かんないけど」
クスクス笑い合いながら、遠い奈良公園を思い浮かべて。
「楽しみ」
オレは、もう一度、そう言った。
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