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幕・7 わるくちよりうたがききたい
× × ×
日の出の時間。
洗い立ての真っ白なシーツがたなびく合間。
褐色の肌の青年が、鼻歌交じりに歩いている。
長身。
首には、革の首輪。
楽し気な瞳は濃紺。
懐っこそうな笑みを浮かべた唇からは、歌が呑気で惚けた旋律に乗って零れる。
機嫌の良い声は、優しく柔らかかった。
手には大きな空の籠。
着ている衣服は簡素でみすぼらしいが、清潔だ。
格好など特に気にしていないのだろう、彼の黒髪は、あちこち跳ねていた。
それを撫でつけるためか、無造作に前髪へ伸ばした手の下、何を見つけたか、濃紺の瞳が一か所に固定される。
歌が止まる。
続いて、足も。
次いで、唇の端だけ上げて彼は笑った。
「なんだ、今日も来てたんですか」
シーツを干している近くの、木の根元。
五歳くらいの子供が、膝を抱えてうずくまっている。
膝の間に顔を落としているから、表情は見えない。
輝くような銀髪が、春でもこの時間はまだ冷たい風にさらさらと揺れている。
「また一人ですか。せめて侍女の一人でも連れて歩いてくださいって言ったでしょう」
離れた場所から子供を見遣り、青年。
呆れた声。
敬語ではあるものの、敬意と言ったものはない。
ただ含まれるものは悪い感情ではなく、近所のお兄さんと言った雰囲気。
気安い態度に子供が返す反応も、幼子らしいものだった。
「…みんなわるくちばっかりだもん。どうせきくなら」
ぼそぼそと不貞腐れた声で、子供。
「あなたのおうたがいい」
「悪口って?」
気楽な青年の問いに、子供は顔を上げた。
その瞳は、黄金。
鏡のような澄んだ双眸に映ったのは青年の姿―――――だが。
朝の光の中、青年の足元に伸びる影は、人の形をしていなかった。地面へ向いた青年の目が惚けた様子で瞬くなり、それは人の形を取り戻す。
気付いた様子もなく、子供がわずかに逡巡。すぐ、思い切った態度で一息に言った。
「母上が、父上をころそうとしているって」
「安心してください。そんなの、」
そんな話、天気の話と一緒と言った態度で、青年はにこり。
「言うほど簡単な話じゃないですよ」
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