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幕・8 冒涜の時間、或いは餌の時間

× × × 皇帝の執務室の椅子に座る機会がある人間など、この世に何人いるだろう。 しかも、室内には皇帝本人がいた。 にもかかわらず、奴隷のヒューゴは椅子に堂々と腰掛けている。 皇帝のリヒトはと言えば。 どっかと腰掛けたヒューゴの足の間に、足を組んで腰掛けていた。 彼は机に向かって真面目に万年筆を滑らせている。執務の真っ最中だ。ただ。 白い頬には、微かに血の色が上っている。気のせいか、息が乱れていた。 伏せられた目は潤み、時折焦点が合わなくなる。 そして、落ち着かないように、先ほどから、足が何度も組みなおされていた。 その背にヒューゴは伸し掛かるようにして、足の間に座る彼の耳へ後ろから唇を寄せる。 まだ昼食には早い時間帯、朝の光の中、耳たぶに息を吹きかけるだけで、腕の中にいるリヒトの肩が跳ねた。 「そういや、約束してなかったか?」 ふと、ヒューゴは尋ねる。声は、平静。 その声に我に返ったか、気を取り直すような態度で、震えながら、組んでいたリヒトの両足が解かれた。 後ろからリヒトの身体に回ったヒューゴの腕、その指先は、リヒトの胸元に伸びていた。 長い指が器用に、シャツの上から何かを揉むように動いている。 ヒューゴの指先の下にあるのは―――――勃起したリヒトの乳首だ。 それを、リヒトがまた足を組みなおす直前。 ヒューゴは、ぎゅぅっと叱るように摘まんで捻りあげた。 衝撃を受けたように、目を瞠ったリヒトは何かに耐える態度で、強く顎を引く。 「ぅ、あ」 刹那、眼下に見えるリヒトの左右の内腿が、打ち付けるようにぎゅうと押し付け合われた。 そして前を突き出すように、腰が浮く。 彼は射精するとき、無理に足を広げさせていなければ、だいたいそんな姿勢になる。 腰が震え、とうに濡れてしみが広がっていたズボンの前がまた、しみを広げたようだ。 今足を広げさせれば、勃起している性器の形が、よく分かっただろう。 乳首への刺激だけで、射精したリヒトの身体から、やがてぐったりと力が抜ける。 それを体中で感じながらも、ヒューゴは刺激を止めない。 「や、くそく…」 呟きながら、リヒトは手元の書類に目を落とした。 その頬は上気し、息は弾んでいる。 リヒトはそれでも、苦行のように万年筆を動かし、書類の末尾に署名を入れた。文字には一つの揺らぎもない。 整然とサインが入れられたそれが、どのような状況で作成されたかを、後で確認する相手が知らないで済むのは幸いだろう。 それが右前の箱へ入れられるのを見ながら、ヒューゴはリヒトの両方の乳首を肌の内側にグッと押し込んだ。 そのまま、柔らかな乳輪ごと円を描くようにして押し揉む。 「は、ぁん…っ」 悦かったか、たまりかねたようにリヒトが自身の内腿をすり合わせた。 その淫靡な動きを満足げに見下ろした後、ヒューゴは鍵のかかった扉に視線を向ける。 「将軍だよ、リカルド。今日の午前中に、話があるとか言ってなかったか?」 もう昼は近いが、まだ来ないとなると、あちらも忙しいのだろう。 帝国将軍リカルド・パジェスの名に、快楽に朦朧と酔ったようだったリヒトの目に、微かに正気が戻る。 だがその正気が煩わしいと言わんばかりの息を吐き、リヒト。 「まだ…余裕はある」 理性的な声で、一言。とはいえ、これは。 だからもっと、と。 続きを促す言葉だ。 ヒューゴは不思議な気分になる。 していない時も、行為のはじまりの時も、リヒトはむしろ交わりを蔑視しているような態度を取る。 なのに、最中はこうだ。行為を止められるのを嫌がる。 だが確かに、快楽を気に入っていなければ、毎日のようにまじわりはしないだろう。 いや、自分のペット、即ち、ヒューゴへの餌が十分でないと判断している可能性も高い。 とはいえ、今のリヒトのように、毎日、ほぼ一日中、悪魔のヒューゴと交わりを続けるなど、荒淫にもほどがある。 人間が悪魔に付き合うなど不可能だ。死んでしまう。普通なら、身体も心も壊れるだろう。 それがリヒトは、まったくの健康体だ。 一日中シても足りないと言うほどになった現在も、壊れない理由は。 元からの神聖力の高さのせいもあるが、ヒューゴの行いのせいでもある。 ヒューゴは、リヒトから放たれる精気を、ヒューゴは神聖力に耐えうるだけの力を保てるだけの量と、満腹にさえなれば、それ以上は食べない。 余分に放たれた精気はリヒトへ返し、彼の補修へ使われるように循環させている。 結果、ただでさえ強いリヒトの神聖力はより磨き抜かれていた。 その影響で、肉体面においても、細胞レベルで言えば赤子なみの若さ・瑞々しさだ。 歳をとっているはずなのに、逆に若返っている。 いつもリヒトとつながっている場所など、爛れるどころか…と、うっかり考えさし、ヒューゴは首を横に振った。 リヒトの中の感触を思い出しただけで、兆しそうになったからだ。 (神の力とされる神聖力をこんなことに使ったやつなんて、今まで一人もいなかったんだろうなぁ…冒涜だろこれ) 悪魔だから恐れ入ったりはしないが。むしろ悪魔らしいじゃないか、と自画自賛。 とはいえ、たぶんヒューゴは自分で自分の首を絞めている。が、リヒトを壊したくはない。ジレンマだ。 何かを諦めた目で、ヒューゴは腕の中のリヒトを見下ろす。執拗に手を動かし続けながら。 「着替えの時間が必要だろ」 今のリヒトは人前へ出られる姿ではない。 リヒトはヒューゴと触れあっている背中を、先ほどからずっと強く押し付けてきている。 離れたくないと言いたげな、これは無意識だ。気付いていないふりで、ヒューゴは続けた。 「今日の目標は…十回だったか」 目標。乳首だけで射精する。それも、十回。 ばかばかしいことを言い出し、勝手に実行したのはヒューゴだが、止めなかったリヒトも同罪だと思う。 ただ、まだ目標回数の射精はしてはいない。 だが、『中』でもリヒトが達していることには、気付いていた。それも含めれば、十回は達しているだろう。 ピンと立った乳首をいたずらに弾けば、 「…く、」 堪えるようにリヒトが息を詰めた。 こんな反応なものだから、永遠にむつみ合っていたいのが本音だけれど。 ヒューゴは、名残惜しい気分で、リヒトの胸から指を離した。 後ろから胸に腕を回し、ぎゅうっと抱きしめて頬にキス。 「目標は達成してるだろ。それに俺は満腹だ」 ペットに餌をやる飼い主の義務ならもう果たしている。 「ほら、やるべきことはちゃちゃっと終わらせるぞ」 「あ、」 (名残惜しそうな声を上げるんじゃない)

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