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幕・30 おかしてください
× × ×
ここは、魔竜の自室だ。
彼は人間として、この帝国では奴隷の身分。つまりここは、奴隷の部屋。
奴隷が個室を与えられることは珍しいが、当然、質素で狭い。とはいえ。
悪魔という存在にとっては、他よりまだ安全と言えた。少なくとも、このオリエス皇宮内では。―――――そう、考えていたのに。
今、そこには、魔竜以外の悪魔がいた。ただし、断片である。
本体は、先ほど、魔竜に蒸発させられた。
そう、その悪魔は、先刻、オリエス帝国の皇子を攫おうとした悪魔―――――の断片―――――である。
ぎりぎりで、一部だけ逃れていたわけだ。
それがどうして、魔竜の自室にいるのか。
理由は、後ほど語るとして。
悪魔の断片は現在、部屋の片隅、それも机の下の角で小さくなって硬直していた。
意外なことには、その周辺には魔竜の結界が中の悪魔を守るように張り巡らされている。
ただし、守られていると同時に、逃げようがない状態だ。
アメーバのような、スライムのような悪魔の姿の中に、目はない。だが、視覚なら存在する。
それがしっかりと捕らえている光景が、ちゃんと見えていながら、ちょっと現実とは信じられなくて、悪魔は混乱していた。
たった、数刻前だ。
圧倒的な神聖力でもって、悪魔を消滅させようとした、―――――恐ろしいばかりのオリエス帝国皇帝の実力を目の当たりにしたのは。
その、彼が。
奴隷扱いの悪魔―――――魔竜の上に跨って、腰を蠢かしている。
そう、跨って―――――つまりは、皇帝の身体は、今。
人間の姿を取った魔竜のイチモツに真下から貫かれた状態だ。
雄同士の交わりというのは、悪魔にとって、今更驚くようなことではないが。
皇帝は、着込んでいたいっさいを、シャツを残して脱ぎ捨てている。
露になった裸の下半身、その白い内腿で魔竜の身体を挟み込み、腹部に両手をついて。
中に納まった魔竜の剛直が、心地よくて擦り付けずにいられない、と言わんばかりのなまめかしい動きで、腰を揺らしている。
興奮に染まった荒い、皇帝の息遣いが、闇の中、燃えるような熱を感じさせた。
悪魔の視界の中。
皇帝の、白くまろい尻が、後ろに振り立てられた。
かと思えば、すぐ、ほどよく引き締まった彼の腹が、前へ押し出される。
その動きで、勃起して濡れそぼった皇帝自身の陰茎が突き出された。
従順、と言っていいほど、積極的に快楽を求める激しい動き。
それは獣じみているはずなのに、…なぜだろう、彼の場合には、びっくりするほど品があった。
獣に堕すことがない姿は、逆に、快楽を武器に、弱いところを限界まで苛め抜きたい衝動を見る者に与える。
…奴隷の自室にあるベッドの上での行為だ。
動くたび、ぎしっ、ぎしっ、とベッドが悲鳴を上げた。
前後運動の中、こらえきれないような吐息をこぼしながら、皇帝は閉じていた眼を開く。
闇の中、黄金の目が、真っ直ぐ魔竜へ注がれた。
体内に納まった魔竜の怒張に必死で奉仕する淫靡な動きに、しかし魔竜は動く様子を見せない。
またがる皇帝の腿に手を添えたきり、じぃっと彼を見上げている。
その姿は、人間の姿をしていながら、野生動物のようだ。思考が、読めない。
「ヒューゴ」
皇帝の、強請るような声。どこか、遠慮がちな。
だが、まだ魔竜は動かない。
とたん、皇帝は、萎れた花のように悲し気な表情になる。ほんの、一瞬だけ。
「…お願い、だ」
止めることができない、と言いたげに、腰をふりながら、皇帝は懇願に近い声を上げた。
「―――――イけない、から…っ」
その言葉に、そういえば、と悪魔はあることに気付く。
皇帝が魔竜に跨り、健気に腰を振り出してからずいぶん経つが、まだ達していない。
皇帝も、魔竜も。
皇帝の陰茎は、だらしないほど快楽の汁をこぼし続けている。
だが、一度も射精していなかった。
根負けした態度で、皇帝は続ける。
「ヒューゴに突いてもらえないと、イけないから、」
だから、と言葉を継ぐなり、ぽろりと目尻から涙がこぼれた。そのくせ、
「早く、うご、け」
どこまでも『皇帝陛下』である傲慢な彼の表情を目にするなり。
―――――魔竜は微笑んだ。
この場合に、甘やかすような、励ますような、笑みだ。
「違うだろ?」
優しい声で、何を言うのかと思えば。
「犯してください、だ。…へ い か」
その台詞は、底抜けに相手を甘やかすようで、同じくらい、弄ぶ響きが満ちている。
むしろ、弄ばれることこそが快楽の呼び水になると言わんばかりの表情で、皇帝は操られるように口を開いた。
「は…っ、許す」
そして、挑戦的に笑う。
「私を―――――犯せ」
皇帝が口にしたのは―――――命令。
この場合に、どこまでも不遜に。
対する魔竜は、と言えば。
「いいだろう」
その命令をこそ、待ち望んでいたかのように不敵に笑って、腰を。
突き上げた。
皇帝の、中へ。そして、
「ぅ、あんっ!」
弾むように持ち上がった彼の腰を掴み、強引に引き留める。
魔竜の剛直が、皇帝の中へ、根元まで埋まった。結果。
彼の切っ先は、皇帝の体奥へ届いたろう。
―――――たまらず仰け反った皇帝が絶頂する。刹那。
(あ)
狭い室内に、ばっと広がった極上の精気が、…びしり、悪魔の周囲の結界にひびを入れた。
皇帝が絶頂したのは、分かった。
この精気がそれを示している。だが、これは。
…極上ではあっても、普通の悪魔にとっては、猛毒だ。
それを、悪魔は悟らずを得なかった。
性交の際の精気であるのに、満ちた神聖力が濃厚すぎた。
即ち、コレは、快楽を求める単なる欲望によって放たれたものではない。
悪魔が恐れおののき嫌悪する―――――■■によって、あますところなく満たされた、ほぼ完璧な、『聖なるもの』だ。
濁った欲望、など。とうの昔に昇華、されたような。
いやこれは、異様に純化された欲望とも言い換えることができるものかもしれない。
…ゆえに、魔竜の結界にさえひびが入った。
悪魔は思わず、皇帝の表情を確認する。
その、見惚れるほど整った面立ちに浮かんでいる表情は。
何も知らない者でも、心奪われそうな―――――。
肉体があれば、悪魔は冷や汗をかいていたに違いない。
心臓があれば、止まっていただろう。
猛毒どころではない。これは、…これは。
正しく悪魔を殺すものだ。
確かに、ソレは神聖力のようなシロモノではない。
神聖力のように有無を言わさぬものではなく、もっとたちが悪いことに。
悪魔が根底に持つ、恐怖。
それを極限まで煽るモノだ。つまり。
それを向けられたなら、悪魔は自らの恐怖によって、自らの命の活動を停止する。
そう、なる前に。
本能的に悪魔は■■を破壊すべく動く。
魔竜はそれに気づいているのかいないのか。
否、気付く前に、これほどの精気にさらされたなら、とっくの昔に消滅しているはず。
それとも、力が強い悪魔なら、平気でこんなものも食べられるのだろうか。
信じられないが、きっと。
それが正解だ。
魔竜の力の強さが異常であるゆえに、これほどの神聖力を持つ皇帝をも平気で食えるわけだ。
頭が痛くなる事実である。
―――――神聖力は心底美味い。
そのように言った自身を、悪魔は殴りたくなった。
オリエス皇帝のものは、美味いどころではない。
確実に、悪魔にとっての毒薬だ。
悶々とした悪魔が見つめる先で。
魔竜は。
「…はっ、じょうずに、中でイけたな?」
彼に跨り、満たされ、朦朧とした表情の若い皇帝を眩し気に見上げ、親が子を褒める表情で優しげに告げる。
「よくできました」
「…ん…っ」
そのくせ、限界まで結ばれた結合部を、いたずらに揺らしていた。
そのたび、ぐちゅ、ぐちゅ、と濡れた音があがる。
皇帝が震えた。心地よさからくる、隠しきれない震えだ。
二人の様子に、傍から見ていた悪魔は、さらに愕然となった。
まさか、…魔竜は。
こんな行為に耽っていながら、皇帝がまだ、幼い子供だと思っているのだろうか。
傍目にも明らかな、皇帝が魔竜に向ける感情を、だから。
―――――幼子の独占欲か何かとはき違えて、いるのでは―――――…。
ゆっくり考え込む暇はなかった。なにせ。
「あ、はぁ…、あっ、あ!」
皇帝の腰を掴んだまま、魔竜が彼の身体を勢いよく責め立て始めたからだ。
その、容赦ないとも取れる、一突きごとに、皇帝は。
自由な上半身をくねらせ、達した。後ろで。前で。
そのたびに、放たれる、精気が。
―――――びしり、びしり。
魔竜の結界を崩していく。
―――――どうしてこうなったのか。
悪魔は、結界に入っていくヒビを見ながら、数刻前のことを思い出す。
悪魔はただ、逃げていた。必死で。
肉体が消滅した刹那、契約者とのつながりは完全に断たれた。
というよりも、あの衝撃で契約者は死んだ。
だが、ある悪魔からの助言通りに、保険をかけて置いたおかげで、一部、逃れることができた。本当に、ほんの『一部』だが。
何をしたのかと言えば、―――――肉体に浸透した契約の一部を、書き換えた。
完全に人間を信用したわけでないなら、そうしておかなければ簡単に命を握られる。
そういうプレイを愉しんでいるのでもないなら、逃げ道は作っておくべきだ、と。
手を貸してくれたのは、銅色の瞳をした、ヒト型の悪魔。
彼は簡単に、契約者に気付かれないように、契約が浸透した悪魔の肉体の一部に、空白を作った。
そこへ書き換えた契約には、このように記した。
命が危うくなった時、即座に、この一部分だけ地獄へ帰還する。
書き換えた、一部分。それは、悪魔の核だ。
だが、悪魔に訪れた命の危機―――――起こった場所が問題だった。
よりによって―――――強固な結界で守られた、オリエス皇宮内とは。
逃げようにも逃げられない。
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