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幕・33 撫でてほしい

× × × 確かに、ヒューゴは食わせろ、と言った。だがそれは、単なる挑発だ。 まさかリヒトが応じるとは思ってもいない。どころか、静かに怒って出ていくと思った。 にもかかわらず。 リヒトは一瞬も悩まなかった。 ヒューゴが「お前が食わせろ」と言うなり、順番に服を脱ぎ捨てていく。 まるで待ち構えていたように。 きらびやかな上着。 繊細な刺繍が施されたベスト。 スラックスも下着も脱いで床へ放り出す。 リヒトの所作は常に品があるのに、脱ぎ捨てる姿はなんだか、豪快で男らしかった。 ヒューゴは戸惑いながら思う。…これは、ご機嫌取りだろうか。 リヒトには自覚があるはずだ。 自身が、ヒューゴを痛めつけた自覚は。実際、ヒューゴは泣かされている。 悪友の中には、ヒューゴの反応が面白い、と冗談半分で泣かしにかかってくる相手がいるが、リヒトの場合は一片の冗談もなく本気なのだから始末に負えない。 戸惑いながらも、無表情で見守っていたヒューゴの内心はと言えば。 …口を挟まないでいるのに苦労した。 (ちゃんと畳んでせめて椅子の上に置くか、ハンガーに引っかけて…あぁもう) まさにオカンの心境。 とはいえ、さすがにリヒトも素っ裸になることはできなかったらしい。 シャツだけは身に着けた格好で―――――その下から伸びた脚がやたらきれいで、それが逆に扇情的なわけだが―――――ぎしりとベッドを軋ませ、乗り上げてきた。 まず、ぎこちない手つきでヒューゴのイチモツを取り出す。そして、そのまま。 ヒューゴの視線の先で、ためらうことなくソレに口づけた。 まだ芯の入っていないそれを手で支え、思わぬほど美味そうに、ざらりとした舌の表面で裏筋を舐め上げる。 彼の様子に、まるで拒否感はない。 表情はどこか事務的だが、ただ。 目、が。 隠しきれていない。期待を。興奮を。 リヒトの、残酷な命令を平気で飛ばすが、感触は柔らかい弾力に満ちている唇が亀頭を食む。 それを見下ろしながら、ヒューゴは、 (そういや、リヒトは) ―――――ヒューゴのイチモツをいっきに喉奥まで咥え込んだリヒトの表情に、あることを思い出した。 (口の中も、敏感だった、な) 敏感どころか。 性感帯と言ってもいい。 リヒトは今、うっとりと、蕩けた表情だ。溺れている。口の中で生じる快感に。 ヒューゴのイチモツにちろちろと舌が絡んでくる。 明らかに、ヒューゴの性器の感触を楽しんでいた。…口の中で。 つい、その喉奥を突いてしまいたい衝動が湧いたが。 かろうじでヒューゴは堪えた。 その時点で、自覚する。 (…あーぁ) 勃った。 拗ねていようと怒っていようと、刺激に素直に反応する自分の身体には、ヒューゴはほとほと呆れる。 いや、リヒトにどんなひどいことをされて悪感情を抱いたにせよ、リヒトの顔を見れば、すべて、水に流れてしまう心のありさまの方が現金というかなんというか。 思う間にも、ヒューゴの陰茎に芯が通り、支えられる必要もなく、むくりと起き上がった。 力を持ったヒューゴのそれに、リヒトの表情が、切なげになる。 今にも泣きだしそうに、目が潤んだ。 次いで、より以上に丁寧に舌を這わせる。 唇で扱く合間に、極まったような息が鼻から抜けるのが、滴るような色気に満ちていた。 放っておけば、ずっとしゃぶっているかもしれないほど、なんだか夢中の様子に、 「なあ」 ヒューゴは冷静に呼びかけた。 その声の感情のなさに叩かれたように、リヒトの動きが止まる。 「俺の食事はいつだ?」 尋ねながらも、思う。 (このまま続けても食えそうだな) 二人の位置からして、ヒューゴから見えはしないが、リヒトの身体から相当の興奮が感じられた。 とっくに勃起しているだろう。 咥えるだけで放つかもしれない。実際、リヒトは口でヒューゴに奉仕するだけで射精したことが幾度かあった。 リヒトが目を上げる。ヒューゴを見遣った。 月明かりがあるとはいえ、カーテンが開いているわけでもない夜だ、ヒューゴの表情は分からなかったのだろう。 諦めたように、リヒトの視線が、横へそれた。 目の先には、ヒューゴの手。 視線は、しばらくそこに固定された。そのとき、 (…なんだ?) リヒトの目が、寂しそうに細められた意味を察したのは、彼がヒューゴから名残惜し気に唇を離した時だ。 (あ、そう言えば) ―――――ヒューゴは、この部屋で行為が始まってから、リヒトに一度も触れていない。 リヒトが口でするときは、大体、ヒューゴは褒めるように頭を撫でる。 ゆっくりと、愛撫するように、艶やかな黒髪を乱す。 それに対してリヒトから今まで何かを言われたことはないが、 (あ、まさか、アレ、…好きなのか?) ヒューゴにとって、それは無意識の行動だ。 気にしたことはなかったのだが、もしかするとリヒトは気に入りなのかもしれない。 だが今更動くことはできなかった。互いに、できるような雰囲気でもない。 気のせいか、微かにこわばった表情で、リヒトは身を起こす。 濡れた唇を手の甲で拭い、ぎこちなくヒューゴの腹に跨った。 シャツの下でぎりぎり隠れているが、わずかに垣間見えた袋が揺れる。 勃起しているのだろう、陰茎は見えず、ただ、内腿がしとどに濡れているのが、暗がりの中でも悪魔の目にはよく見えた。 あれはおそらく、先端から溢れた先走りだろう。 どうりで、口で咥えているとき、執拗に内腿同士をすり合わせていたわけだ。 ヒューゴを跨いだリヒトは、背後から下ろした手で、ヒューゴ自身に触れた。 …先刻、皇帝の私室で睦みあったばかりだ。解す必要はないだろう。 力が入らないのか、リヒトはがくがくと内腿を震わせる。 どうにか膝立ちになった状態で、ヒューゴの切っ先を入り口にあてがった。 「…っあ」 孔への刺激だけで、いっとき、腰砕けになったか、へたり、腹の上に座り込む。 その尻肉の間を、ぶるんっ、と勃ちあがったヒューゴの陰茎が叩いた。 その刺激にか、わずかにリヒトの尻が痙攣する。 腹の上に落ちた、彼の肉の感触を楽しみながら、ヒューゴは素っ気なく言った。 「できないなら、やめるか」 とたん、涙目で睨まれる。 だが、眼差しは縋るようで、だから、ヒューゴは強引に終幕を告げることはできない。 「…続けるのか? でも俺はいつまでも待ったりしないぞ。そうだな…」 平静に考え込むふりをしながら、ヒューゴは耐えていた。 リヒトの睨んでくる顔が、信じられないくらい可愛い。半分、拗ねているのが分かる。 品のない呟きを、深刻な気分でヒューゴは心の中でこぼした。 (はー、ち〇こ痛ぇ)

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