33 / 215
幕・33 撫でてほしい
× × ×
確かに、ヒューゴは食わせろ、と言った。だがそれは、単なる挑発だ。
まさかリヒトが応じるとは思ってもいない。どころか、静かに怒って出ていくと思った。
にもかかわらず。
リヒトは一瞬も悩まなかった。
ヒューゴが「お前が食わせろ」と言うなり、順番に服を脱ぎ捨てていく。
まるで待ち構えていたように。
きらびやかな上着。
繊細な刺繍が施されたベスト。
スラックスも下着も脱いで床へ放り出す。
リヒトの所作は常に品があるのに、脱ぎ捨てる姿はなんだか、豪快で男らしかった。
ヒューゴは戸惑いながら思う。…これは、ご機嫌取りだろうか。
リヒトには自覚があるはずだ。
自身が、ヒューゴを痛めつけた自覚は。実際、ヒューゴは泣かされている。
悪友の中には、ヒューゴの反応が面白い、と冗談半分で泣かしにかかってくる相手がいるが、リヒトの場合は一片の冗談もなく本気なのだから始末に負えない。
戸惑いながらも、無表情で見守っていたヒューゴの内心はと言えば。
…口を挟まないでいるのに苦労した。
(ちゃんと畳んでせめて椅子の上に置くか、ハンガーに引っかけて…あぁもう)
まさにオカンの心境。
とはいえ、さすがにリヒトも素っ裸になることはできなかったらしい。
シャツだけは身に着けた格好で―――――その下から伸びた脚がやたらきれいで、それが逆に扇情的なわけだが―――――ぎしりとベッドを軋ませ、乗り上げてきた。
まず、ぎこちない手つきでヒューゴのイチモツを取り出す。そして、そのまま。
ヒューゴの視線の先で、ためらうことなくソレに口づけた。
まだ芯の入っていないそれを手で支え、思わぬほど美味そうに、ざらりとした舌の表面で裏筋を舐め上げる。
彼の様子に、まるで拒否感はない。
表情はどこか事務的だが、ただ。
目、が。
隠しきれていない。期待を。興奮を。
リヒトの、残酷な命令を平気で飛ばすが、感触は柔らかい弾力に満ちている唇が亀頭を食む。
それを見下ろしながら、ヒューゴは、
(そういや、リヒトは)
―――――ヒューゴのイチモツをいっきに喉奥まで咥え込んだリヒトの表情に、あることを思い出した。
(口の中も、敏感だった、な)
敏感どころか。
性感帯と言ってもいい。
リヒトは今、うっとりと、蕩けた表情だ。溺れている。口の中で生じる快感に。
ヒューゴのイチモツにちろちろと舌が絡んでくる。
明らかに、ヒューゴの性器の感触を楽しんでいた。…口の中で。
つい、その喉奥を突いてしまいたい衝動が湧いたが。
かろうじでヒューゴは堪えた。
その時点で、自覚する。
(…あーぁ)
勃った。
拗ねていようと怒っていようと、刺激に素直に反応する自分の身体には、ヒューゴはほとほと呆れる。
いや、リヒトにどんなひどいことをされて悪感情を抱いたにせよ、リヒトの顔を見れば、すべて、水に流れてしまう心のありさまの方が現金というかなんというか。
思う間にも、ヒューゴの陰茎に芯が通り、支えられる必要もなく、むくりと起き上がった。
力を持ったヒューゴのそれに、リヒトの表情が、切なげになる。
今にも泣きだしそうに、目が潤んだ。
次いで、より以上に丁寧に舌を這わせる。
唇で扱く合間に、極まったような息が鼻から抜けるのが、滴るような色気に満ちていた。
放っておけば、ずっとしゃぶっているかもしれないほど、なんだか夢中の様子に、
「なあ」
ヒューゴは冷静に呼びかけた。
その声の感情のなさに叩かれたように、リヒトの動きが止まる。
「俺の食事はいつだ?」
尋ねながらも、思う。
(このまま続けても食えそうだな)
二人の位置からして、ヒューゴから見えはしないが、リヒトの身体から相当の興奮が感じられた。
とっくに勃起しているだろう。
咥えるだけで放つかもしれない。実際、リヒトは口でヒューゴに奉仕するだけで射精したことが幾度かあった。
リヒトが目を上げる。ヒューゴを見遣った。
月明かりがあるとはいえ、カーテンが開いているわけでもない夜だ、ヒューゴの表情は分からなかったのだろう。
諦めたように、リヒトの視線が、横へそれた。
目の先には、ヒューゴの手。
視線は、しばらくそこに固定された。そのとき、
(…なんだ?)
リヒトの目が、寂しそうに細められた意味を察したのは、彼がヒューゴから名残惜し気に唇を離した時だ。
(あ、そう言えば)
―――――ヒューゴは、この部屋で行為が始まってから、リヒトに一度も触れていない。
リヒトが口でするときは、大体、ヒューゴは褒めるように頭を撫でる。
ゆっくりと、愛撫するように、艶やかな黒髪を乱す。
それに対してリヒトから今まで何かを言われたことはないが、
(あ、まさか、アレ、…好きなのか?)
ヒューゴにとって、それは無意識の行動だ。
気にしたことはなかったのだが、もしかするとリヒトは気に入りなのかもしれない。
だが今更動くことはできなかった。互いに、できるような雰囲気でもない。
気のせいか、微かにこわばった表情で、リヒトは身を起こす。
濡れた唇を手の甲で拭い、ぎこちなくヒューゴの腹に跨った。
シャツの下でぎりぎり隠れているが、わずかに垣間見えた袋が揺れる。
勃起しているのだろう、陰茎は見えず、ただ、内腿がしとどに濡れているのが、暗がりの中でも悪魔の目にはよく見えた。
あれはおそらく、先端から溢れた先走りだろう。
どうりで、口で咥えているとき、執拗に内腿同士をすり合わせていたわけだ。
ヒューゴを跨いだリヒトは、背後から下ろした手で、ヒューゴ自身に触れた。
…先刻、皇帝の私室で睦みあったばかりだ。解す必要はないだろう。
力が入らないのか、リヒトはがくがくと内腿を震わせる。
どうにか膝立ちになった状態で、ヒューゴの切っ先を入り口にあてがった。
「…っあ」
孔への刺激だけで、いっとき、腰砕けになったか、へたり、腹の上に座り込む。
その尻肉の間を、ぶるんっ、と勃ちあがったヒューゴの陰茎が叩いた。
その刺激にか、わずかにリヒトの尻が痙攣する。
腹の上に落ちた、彼の肉の感触を楽しみながら、ヒューゴは素っ気なく言った。
「できないなら、やめるか」
とたん、涙目で睨まれる。
だが、眼差しは縋るようで、だから、ヒューゴは強引に終幕を告げることはできない。
「…続けるのか? でも俺はいつまでも待ったりしないぞ。そうだな…」
平静に考え込むふりをしながら、ヒューゴは耐えていた。
リヒトの睨んでくる顔が、信じられないくらい可愛い。半分、拗ねているのが分かる。
品のない呟きを、深刻な気分でヒューゴは心の中でこぼした。
(はー、ち〇こ痛ぇ)
ともだちにシェアしよう!