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幕・34 よくできました

押し倒して問答無用で貫きたい衝動が、腹の底から沸騰した。 堪えながら、もう少し頑張るリヒトを堪能したくて、意地悪く告げる。 「一分以内に挿入れられたら、満足するまで付き合ってやる」 ふぅ、とリヒトは上がりそうになる息を落とすように、一旦、深く吐きだした。その上で。 ぎしり。 安物のベッドを軋ませ、また膝立ちになる。 がくがくと笑いそうになる膝に唇を噛んだ。転倒を堪えるように腹に力を入れ、また後ろ手に手を伸ばす。 下ろした手で、ヒューゴ自身を掴んだ。握りこむ力が強いのは、ちょっとしたし返しだろうか。 もう何度もつながったのだ、ヒューゴのきっさきをあてがう場所など、見ずともリヒトはわかるのだろう。 迷うこともなく、入口へ押し当て―――――ぶるりっ、と全身を絞り上げるように震わせながら、強引に腰を落とす。 …いっきに飲み込むことはできない。 ただ、カリまで飲み込めば、自重でどんどんヒューゴはリヒトの中へ入っていく。 「んん、ん…っ」 自分自身を、ヒューゴのソレで串刺しにしながら、リヒトの表情が陶然と蕩けた。 わずかに仰け反った顎。上気した頬。いつもキツい印象の眦が、とろりと溶けて。 ヒューゴ自身が、彼の中へ根元まで埋まるなり。 リヒトは大きく息を吐いた。 腹を撫でながら、喜悦が滲んだ言葉を、至福に満ちたやさしげな表情で囁く。 「…はぁ…っ、おかえり…」 ―――――これで理性が飛ばない男がいたらお目にかかりたい。 かろうじでヒューゴは堪えたが、なんで堪えているのか自分で自分がよく分からなくなる。 (何してるんだろう、俺) 結局、自身にもよくわからない情けない気持ちが、興奮に水をかけて収まったが。 そこからのリヒトの動きが、また心底、煽情的だった。 どうにか、腰を上下に動かそうとして、結局じょうずにできないことを悟ったリヒトは、性器を前へ突き出すようにして、今度は腰を前後に振り立て始めた。 その合間に、シャツの合間から桃色に染まった陰茎が顔を出す。 きれいに剃毛された性器が、だらだらと涎を垂らすさまは、闇の中も見通す悪魔の目にはよく見えた。 淫らな動きは、下品になりそうなものだが、どういうわけか、獣のように理性をなくした様子で腰をふりながらも、リヒトは清楚にすら見える。 ヒューゴは、自然と見惚れた。 こういうときは、いつも以上に、…匂い立つ花のようで、見ているだけで快感に痺れそうになる。 (一晩中だろうと一生だろうと、眺めていられるくらい) 身体をくねらせ、汗を滴らせるリヒトの肉体を、心地よさの中、うっとりと見上げていれば、 「…ヒューゴ」 きれいな顔を切なげに歪ませ、リヒトは懇願に似た声を絞り出した。 「…お願い、だ」 止めることができない、と言いたげに、腰をふりながら、彼は訴える。 「―――――イけない、から…っ」 言われて、ヒューゴは我に返った。 (そう言えば、イってないな) ヒューゴは視線を、繰り返し、前へ突き出されるリヒトの腰に向ける。 自身が吐きだす汁で濡れそぼち、前後に振り立てられる腰の動きに合わせ、ぷるぷると揺れる勃起した陰茎は、この部屋で行為が始まってから、一度も白濁を漏らしていない。 「ヒューゴに突いてもらえないと、イけないから、」 だから、と言葉を継ぐなり、ぽろりと目尻から涙がこぼれた。 「早く、うご、け」 ―――――子供のような我儘な表情が、リヒトの整った顔に浮かぶ。 ヒューゴは面食らった。 誘うにしたって、その台詞はどうだろう。 (いやいやいや、俺が動かないとイけないってことはないだろ) 決め手となる刺激がないから、達せないだけだ。 とはいえ、先ほどからずっと、ヒューゴを包み込む粘膜の動きがすごい。 締め上げ、うねり、ヒューゴにこれでもかとばかりに射精を促してくる。体奥へ、精液を渇望し、搾り上げる動きだ。 ここで負けてもいいが、どうせなら。 「違うだろ?」 微笑み、励ますようにヒューゴは甘やかす声で告げた。 「犯してください、だ。…へ い か」 「は…っ」 リヒトの、遊びがない欲望をからかう態度。 弄ぶ声音に感じた様子で、リヒトの目が一瞬霞んだ。 同時に、振り立てられるリヒトの腰が、いっとき、止まる。とたん、突き出された性器の先端から、透明な体液がぴゅっと飛んだ。 次いで、どっと大量の先走りが溢れ、幹を伝い落ちていく。 滴り落ちる様は、もうおもらしでもしてしまったかのようだ。 しばし、痺れたように腰を震わせ、リヒトはそれでも、不遜な態度で。 「許す、私を――――犯せ」 …命じた。 (最高) つい、ヒューゴは不敵に笑い、 「いいだろう」 間髪入れず、真下から腰を突き上げた。 正直、限界だったのは、リヒト以上にヒューゴの方だ。 興奮しすぎて痛みさえ感じる剛直を、思い切りねじ込む。 「ぅ、あんっ!」 快楽の声を放ったリヒトの尻が、弾むように打ち上げられる。 その腰を左右から掴み、ヒューゴは強引に引き留めた。引き寄せる。 その上で、さらにヒューゴは腰を突き入れた。 たちまち、ヒューゴの剛直が、リヒトの中へ根元まで埋まる。 結果―――――切っ先は、リヒトの体奥へ届いたろう。 「や、奥ぅ…っ」 その感覚を待ち焦がれていたのだろう―――――リヒトの喉奥から込み上げたのは、蕩け切った喜悦の声。 たまらず仰け反ったリヒトが絶頂する。刹那。 彼から、濃密な精気が放たれた。 ヒューゴにとっては、最高のご馳走。 瞬く間に、神聖力に縛られることで、内側に負った痛手は癒えたが。 頭の片隅にあった、結界と悪魔の存在がふと引っかかった。 (これは、…やばいか?) ―――――消滅したかもしれない。結界も、悪魔も。 とはいえ。 リヒトのこんな姿を見たのだ。かわいそうだが、生きて帰す選択肢はなかった。 シャツの下から覗くリヒトの性器を見遣れば、まだ勃起している。射精した様子はない。 どうやら、体奥で絶頂したようだ。 リヒトは射精するとき、反射で足をきつく閉じるが、中で達する場合は、逆だ。 限界まで足を広げる。 見せつけるように開ききった滑らかな内腿を撫でながら、ヒューゴは囁いた。 「…はっ、じょうずに、中でイけたな?」 彼に跨り、満たされた表情で、リヒトは朦朧とした目をヒューゴに向ける。 彼を見上げ、ヒューゴは親が子を褒める表情で優しげに告げた。 「よくできました」

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