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幕・44 御使い曰く数多の奇跡、悪魔曰く変な結果

「一方は、確かに、御使いだが」 言いながら、黄金の目が、ユリウスを一瞥。その目が転じて、 「もう一方は」 サイファを映すなり、物騒に細められた。 「―――――…『何』だ? 答えられる者は?」 エミリアが息を呑んだ。 ユリウスの身が微かに震える。 実のところ、…本来は。 聖女の従者として同席する御使いは、ユリウスだけだった。 神殿が許可したのも、楽園が遣わしたのもユリウスひとり。 ならばなぜ、サイファはここにいるのか。 …サイファが望んだからだ。 彼は、ユリウスの昔なじみだった。 ユリウスが、この、無理な頼みを聞き入れるくらいには、仲の良い。 そんなサイファの頼みゆえに、ユリウスはエミリアに頼み込んだ。 彼の願いを、昔から知っているためでもある。 その願いが、もしかしたら、叶うかもしれないと言われたなら、一肌脱ごうと言う気にもなろう。 エミリアは、サイファが何者かも知らない。 だが、ユリウスを信頼して、サイファの同席を受け入れた。 ―――――…確かに。 サイファは、御使いではない。ただし。 (悪魔でもない) 大体、悪魔ならば、このような神聖力に満ちた場では消滅してしまうだろう。 (皇帝はそれを見抜いている…いや、見極めようと、している。その上で、どう出るか) そこまでは読めない。 いざとなれば身を挺してでも、彼を逃がさなければ。 ユリウスならば大丈夫だ。いくらなんでも、御使いを殺せる人間はいない。そう、思ったのに。 「では、自ら明かします。発言を、お許しいただけますか、陛下」 実直な態度で、サイファ。 その声は、広い謁見の間に、良く響いた。 尋ねた張本人だと言うのに、さして関心もなさげな態度で、皇帝は鷹揚に頷く。 「許す」 「感謝致します」 一度深く頭を下げ、サイファはゆっくりと頭を上げた。次いで。 彼は、銅色の目を真っ直ぐ、皇帝へ向ける。 眼差しは一つも揺るぎない。 友人ながら、ユリウスはつい、その豪胆さに感心してしまった。 彼のこういった態度は、昔から少しも変わらない。 「私は、かつて御使いだった者」 サイファは、少しも恐れず、はっきりと言い切った。ユリウスは目を瞠る。 思わず、サイファへ顔を向けた。まさか。 (正直に、告げるつもりか) ―――――サイファが一体、『何』であるか。 引き留めるべく口を開きかけ、ユリウスはぐっと言葉を飲み込んだ。 今、ここで割って入っては、さらに皇帝の不興を買う。 それが分からないほど愚かではなかった。 だが、サイファの身の上は、劇薬。 いや、待て。 ユリウスはエミリアを横目にした。 皇帝にはむしろ、正直に出た方が吉と出る可能性が高い。ただ警戒すべきは。 (神殿) 思うなり。 ―――――本能的に、ユリウスは空間を遮断した。 正確には、空間の位相をわずかにずらす。 そのことで、時間の流れを束の間、ユリウスとサイファから切り離した。 気付いたサイファがユリウスに顔を向ける。 「明かすのかい、サイファ。それが自身を危地に追い込むかもしれないのに」 半ばあきらめながら厳しく言えば、サイファは落ち着き払った態度で首を横に振った。 「止せ、ユリウス。この『場』は早く解いた方がいい。―――――見つかる」 ユリウスは眉をひそめる。 「『何』にだい?」 警戒するようにサイファは周囲を視線で流し見た。 「かつて」 彼はひそやかに声を紡ぐ。 「私を助け、」 サイファの態度は、どこまでも超然として。 「…助けることで、今の私と言う存在を生み」 ユリウスはふと、眉をひそめた。当時のことを思い出したからだ。 構わず、サイファは言葉を続ける。 「生きた竜を食らい」 …魔竜の話なら、有名だ。 予測では、オリエス帝国に捕らわれている悪魔こそ、その魔竜。 それを確認するために、ユリウスは皇宮内へ遣わされた。 思う間にも、サイファの言葉は続く。 「地獄の底で精霊を生み、力がすべての悪魔たちの序列を覆した存在に、だ」 淡々と、聞き流した後。 ユリウスは首を傾げた。 そういうことをなした悪魔の話は聞いたことはある。ある、が。 思わず、ユリウスは優しげな顔を歪める。 「…まさか。そのすべてが、たった一人の存在によってなされるわけが」 サイファが上げた話は、ほぼすべて、奇跡に近い、いや、奇跡そのものと言っていい出来事だ。 となれば、そのすべてを為した存在は、神に勝ると言えないか。 「精霊が生じた場所に魔竜が住み着いたんじゃなくて? 力をつけた一族が魔竜の守護を得たって話でもなく?」 サイファは首を横に振った。 「順序が逆だな。…地獄の情報を少し整理してみろ、答えはすぐ出る」 あり得ない。 だが、今はそんなことで問答している場合ではなかった。 とにかく重要なことは。 「いいや、それより…なら、魔竜は…魔竜が、お前が捜していた、悪魔なのか。本当に?」 可能性はある、と聞いたからからこそ、サイファの、同席したいという願いにユリウスはうなずいたわけだが。 本音のところでは、もう諦めてほしかったから、そうしたのだ。 なのに。 「間違いない」 サイファは薄く笑った。カミソリのような笑みだった。 「魔竜は、そのすべての奇跡を行った存在だ。そして今」 位相のずれた空間の中から、遥かな玉座に座す皇帝を見遣り、 「皇帝ではあるがただの人間にしか過ぎない存在を」 一呼吸おいて、サイファは重々しい声で告げた。 「―――――神にしようとしているのも」 ユリウスが頭を抱える。 思わず、唸った。 「お前もそう感じるか」 そう、この世で最も神に近い、どころか、今の皇帝は。 ―――――神、そのもの。 既に神格を保有していた。 きっかけさえあれば、人間の肉体など、一瞬で脱ぎ去ってしまうだろう。 「あの皇帝は、明らかに、人間の域を超えようとしている」 「それを為したのが魔竜と言うなら」 ユリウスは遠い目になった。 「…―――――魔竜は何を考えているんだい」

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