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幕・102 トモダチを紹介した結果

リュクスが無防備な様子を見て、ヒューゴは内心、よっしゃと叫んだ。 同時に、自身が腰に差した剣を意識する。 この一週間、努力した甲斐あって、どうやら、剣を持つなり死神めいた気配を放ってしまう無意識の反射は薄れたようだ。兎のように逃げ出していたリュクスが、今、嘘のように無防備なのがその証拠だ。 騎士の振る舞いが必要である以上、常に周囲から怯えられていては困る。 「ラクしたいから魔法を使うって言うならともかく、リュクスはどうしてしんどくなる方向に使おうとするんだ?」 差し出されたリュクスの両手に書類を乗せた時、ようやく宰相の視線がヒューゴに向いた。 半ば閉じかけていた瞼が持ち上がる。 「あれ、ぼくの目が悪くなったのかな…ヒューゴの肩の上にすごい目つき悪いカラスが乗ってるみたいに見えるんだけど」 「夢でも見てるんじゃないか?」 通じるとは思わないまま、冗談半分、ヒューゴは返した。とたん、 「ああやっぱり?」 ……………信じた。 どうやら、疲労が深刻なレベルにある。リュクスは首を横に振り振り、 「よくない傾向だな、仕事は終わらないけどそろそろ一度家に帰らないと」 ぶつぶつ言いつつ、席へ戻ろうとするリュクスの背中に、ヒューゴはため息交じりの声をかける。 「冗談だから。乗ってるよ、カラス。俺の肩に」 ぴたり、動きを止めるリュクス。 すぐ、しかめっ面で振り返った。 「何遊んでんのさ」 いや、このカラスはヒューゴと遊んでくれない。 答えるより先に、リュクス。 「ヒューゴが動物好きなのは知ってるけど、カラスはないんじゃない?」 「…ただのカラスなら俺もよかったんだけどさ」 「―――――想像と違うなぁ」 二人の会話に割り込む形で、カラスが言った。 「コイツがお前の契約者か、魔竜」 またすごい勘違いをしたな、とヒューゴはカラスを横目にする。とたん、 「………カラスが喋った?」 リュクスのしかめ面が深刻になった。 今度は、諦めたようなため息を長く吐きだす。 「そうか、ぼくに気を使ってくれてるんだね、ヒューゴ。ぼくが幻を見てるんなら、正直に言ってくれていいんだよ」 「大丈夫だ、リュクス」 ヒューゴは、下から持ち上げた拳で、カラスのくちばしを軽く押した。 「お前は少しもおかしくない」 カラスはされるがままだが、にやにやしている。確信犯だ。 「でもカラスが喋るなんて」 周囲の席に座っていた文官たちの様子も、夢現という状態。 何かを諦め、悟った顔だ。 「―――――紹介しよう」 仕方ないな、とヒューゴは親指でカラスを示した。 「コイツは混沌、悪魔で、俺の悪友だ」 聞くなり、ぼんやりしていたリュクスの目が、 「……………………………………悪魔、混沌」 次第に見開かれていく。 「よお、はじめましてだな、人間」 笑いを含んだカラスの濁った声に、リュクスは頬をひきつらせた。 その上で、恐ろしく冷たい声で一言。 「すぐ捨ててきなさい」 容赦なし。 この状態のリュクスに強く出るのは逆効果だ。ヒューゴは姿勢を正す。 「そうしたいのは山々なんだけどさ」 そんなヒューゴの態度を面白がったカラスがまた口を挟んだ。 「オレさまを野良猫扱いかよ、さすが、肝が据わってんな、契約者」 「違うからっ!?」 小柄な身体全部を使って、叫ぶリュクス。 「違うのか」 小首を傾げるカラス。その仕草は完全に鳥だ。それを尻目に、 「リュクス、いきなり興奮すると身体に悪い」 はらはらとヒューゴ。 「誰のせいだと思ってんの!」 「俺のせいです、ごめんなさい」 真面目に言えば、リュクスは気が抜けた態度で、額を押さえた。 書類片手に、机にもたれかかる。 その様子に、ヒューゴは本気で心配になった。 「…分かってるよ、ヒューゴが帝国の害になることをするはずないって。でも悪魔・混沌はない。お近づきになるのは危険すぎるから」 「うんうん、だよな、悪かった」 ヒューゴは両手を挙げる。 「悪いが混沌、今日は帰ってくれるか?」 「待て待て、オレさまも用事があって来たんだ」 「用事? じゃ、手短に頼む」 ちらとリュクスや周囲の文官を見遣り、カラスは呟いた。 「わかった。人間は脆いからな」 元来、混沌は、弱者のことなど知ったことではないが、ヒューゴがか弱いものを気遣う性分だと言うことをよく知っている。 ヒューゴを無用に刺激するつもりは混沌にはない。 即座に本題に入った。 「魔竜は中間界に来てから長いだろう? その間、御使いに会ったか?」 「御使い?」 思わぬ単語に、ヒューゴは目を瞠る。ひとまず、素直に答えた。 「…ああ、中間界では、この間はじめて会ったけど」 「会ったのか。話したか?」 「うーん…、対話らしい対話はしてないな。どうした?」 悪魔と御使いが仲良く話し込む間柄でないことは、混沌とて承知だろう。 「ここのところ、地獄で立て続けに変なことが起こっていてな」 地獄はいつもおかしい。 だが、混沌が言いたいのは、そういうことではないのだろう。 「楽園の様子はどうか知りたかったんだが」 「『どう』って?」 「地獄と似たことが起こってないかを聞きたい」 「起こってる、変なことってなんだ?」 変なことが起きてばかりの地獄に慣れた混沌が、そんなことは承知の上で、さらに変わったことが起きた、と告げた。 ―――――これは大事件だ。 とは思うものの、まだ深刻になるべきか、笑うべきか、迷っているヒューゴの耳に、 「地獄から悪魔が消える」 いまいちぴんと来ない台詞が届いた。 「なんだって?」 きっぱりしたカラスの断言に、ヒューゴは眉をひそめる。 「消えるのはいつものことだろ? 殺し合いなんて日常なんだし、地獄の世代交代は激しい」 「そういうのならオレさまも気にしないさ」 蹲っていたカラスが、ヒューゴの肩の上で立ち上がった。 両足で、もどかしそうに足踏み。 「どうも、攫われているみたいだ」 ヒューゴは呆気にとられた。 「攫う?」 念押しのように繰り返し、深刻になり切れないまま、首をひねる。 「悪魔が悪魔を? 殺し合って勝負するって言うんじゃなくて?」 「悪魔同士の小競り合いじゃないな」 「なら、…誰に。どこへ。どうやって。何の目的で?」 悪魔を攫って何の得があるのか。 「まったくわからん。が、目撃者が多くてな、雰囲気がひたすら不穏だ。落ち着けねえ」

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