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幕・128 手遅れであっても本望
「うそだろ、まさかアンタ、魔竜と」
きっと誰も、想像すらしないだろう。
悪魔を一瞬で蒸発させ、魔法のいっさいを存在するだけで無効化する、それほど強力な神聖力を持つ人間と、天性の魔法使いである悪魔が交わるなど。
真実なら、どっちもイカレている。
しかもこの様子だと、…間違いない。―――――魔竜がこの、皇帝を。
その理解が、きちんと脳にしみいる寸前。
魔法使いの胸の中央。
そこへ、背中から――――――凄まじい衝撃が、貫いた。
それとほとんど同時に、耳に届いたのは、ガラスが割れ砕ける音。
祭壇の後ろにあった礼拝堂のステンドグラスが粉々になって、床に乱れ落ちる。その中で。
「…あぁ?」
脅しつけるような低い声が、魔法使いの耳に届いた。
刹那、祭壇を睨むように見上げていた皇帝の、黄金の双眸が、一際はっきりと、濡れひかる。
歓喜に。
その瞳に映っていたのは。
「てめぇなに他人さまのモンに手ぇ出してんだ―――――もう死んどけ」
近衛騎士の姿―――――魔竜。
今彼は、濃紺の瞳にギラギラした怒りを宿らせ、飄然とした普段の言動からは想像もつかない冷酷さで、魔法使いの背後に立っている。
その右腕は、魔法使いの胸を、背後から貫いていた。
図らずも先日、彼が聖女にやられたことを、他の誰かにやり返した形だ。
実戦慣れしていない、勘違いした騎士などは、背後からの攻撃は卑怯だと言い出しそうだが。
そんなもの、ヒューゴは知ったことではない。
なにより、この魔法使いは、…正確には、この肉体は、どうやら。
「おい、なんだお前?」
魔法使いは、拳の力ばかりではない、魔力もふんだんに乗せたヒューゴの打撃に、肋骨を花開かせ、既に虫の息となっている。
彼の様子に、ヒューゴは、納得がいかない、と言いたげな態度で首を傾げる。
「人間じゃねえな。…人造人間かよ。魂がない―――――本体は別、ってか」
クソが。
口汚く罵るなり、魔法使いの身体を振り払うようにして、ヒューゴは腕を引き抜いた。
床の上に、その肉体が叩きつけられる。
それを尻目に、ヒューゴは祭壇からひょいと飛び降りた。
彼の視線が、真っ直ぐ、リヒトに向く。
肌を撫でる眼差しにすら、感じたかのように―――――はぁっ、と蕩けるような息が、リヒトの唇からこぼれた。
「ヒューゴ」
子供のような頑是ない呼びかけに応じるように、ヒューゴは大股で彼に近づく。
ただ、その顔からは、怒りが抜けていない。
「何だ、その顔、―――――だらしねえ」
腕が伸び、乱暴にリヒトの腰を攫った。
背中を支えるようにすれば、リヒトの足から、安堵したように一気に力が抜ける。そこを、
「あ」
リヒトの足の間に腰を割り込ませるようにしてヒューゴはその身体を支えた。
慌てて、足先が床から離れたリヒトが、腕を伸ばしてヒューゴの背にしがみつく。
既に張り詰めているリヒトの腰に、自身の腰を打ち付けるように動かし、
「なあ、なあ、なあ? リヒト?」
動きに合わせ、戸惑ったように、あ、あ、と色のにじんだ声と、弾む息をこぼすリヒトに、ヒューゴは意地が悪い言葉を投げかけた。
「俺以外にもそんな顔簡単に見せるんだな? おい、声まで聴かせるな」
台詞の後半は、まるで恫喝だ。
リヒトからすれば、それすらただただ胸が苦しくなるような心地にさせるもの。
容赦なく命じる声に、それだけでリヒトは達しそうになった。
「…っ」
もっと、と声を上げかけたリヒトは、寸前で、奥歯を食いしばる。
まだ見られていることなど、どうでもよかった。
というか、意識から消えていた。
目の前にヒューゴがいるのだ。それで、リヒトの世界は完結している。
色々ともう手遅れで、手遅れであっても、本望だった。
「ああ、責めてるんじゃない。この中、変なにおいが充満してるしな。このせいだろ。それに」
不意に、ヒューゴが優しげな声を出す。
リヒトが泣きそうだと思ったのかもしれない。
確かに、吐く息にすら、涙の揺らぎが生じている。
だが隠しきれないこれは、怖がったり怯えたりしているわけではなかった。
震えそうな快感のせいだ。
ヒューゴが見ていない場所で、リヒトがこのような状態になっていることに、彼は怒っている。
これは、独占欲だろうか。
だから、彼の怒りを感じても、嬉しくて、くらくらする。それ以上に、
(きもちいい)
リヒトの反応を、どう勘違いしたか、ヒューゴはリヒトの耳元で、宥めるように囁いた。
「淫乱だって知ってるのに、躾をし足りなかった俺が悪い」
自分が悪い、と言いながら、しっかりと言葉でリヒトを嬲っている。
思わずリヒトはヒューゴの背にしがみついた手で、近衛の制服をぎゅうと掴みしめた。
つい責めるような目で睨んでしまう。
「誰の、せいで…っ、こんな」
リヒトがこんな身体になったのは、ヒューゴのせいだ。
受け入れてしまったリヒトにも責任の一端はあるだろうが。
分かり切った反論に、うんうん頷き、ヒューゴは悪びれもせず告げる。
「俺好みに育ってくれて満足だけど」
(…好み)
その一言で、リヒトは全部を許してしまう。はっきりと見て取れる心の変化に、自分でも呆れる。
この悪魔に、どこまで支配されているのか。
分かっているのかいないのか、ヒューゴはもう片方の手で、リヒトの尻肉を淫猥に捏ねながら、
「…甘やかしすぎたから、今日からメリハリをつけような?」
甘やかすように、リヒトの髪にキスを落とし、
「イきまくるの禁止」
とんでもないことを、冷酷な声で告げた。
「俺がダメって言ったら、絶対ダメ、我慢だ。いいって言ったら、イっていい」
「…コントロール、できる、ものじゃ」
「できるさ」
ヒューゴはにっこり。
「リヒトがこんなふうになったのが俺のせいなら、今言ったことだって、できないわけない」
ヒューゴの余裕な態度に、逆に妙な本気を感じて、リヒトは嫌そうな顔になる。ただ、胸の内は。
ずっとヒューゴから離れない黄金の目に浮かぶのは、安堵と許容だ。
「ちゃんと躾けるべきだったのに…ずっと、好きなだけお漏らしさせっぱなしで」
ヒューゴは冷めた目を魔法使いへ向けた。
正確には、そこに転がっているのは人造人間の肉体だ。
おそらくは製作者と五感がつながっているのだろう。いや、ともすれば。
(―――――感覚は寸前で切ったかもしれないな)
「おい、まだいるか、クズ野郎」
他人にそう言えるほど、ヒューゴは立派ではないが、この魔法使い、最低限の礼儀すら守りたい相手ではない。
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