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幕・137 足りない

机にしがみつくようにしたリヒトは、頬を上気させ、いっとき、唇を震わせる。 次いで、息を乱しながら、慌てた態度で顔を横に振った。 「いや、だ」 「なにが」 「く、れ、…ないと」 「…くれ?」 良く聴こえない、とヒューゴは囁く。 続きを促すように口を噤んで微笑んだ。 それは、どこか余裕のない笑みだ。彼に背を向けているリヒトには、見えないが。 リヒトにわかるのは。 彼の中で、ヒューゴがはち切れんばかりに膨らんでいることだけ。 リヒトはこれがほしかった。 欲しかったのだ。 ようやく得られた。 なのに、まだ足りない。 「めいれい、だ」 リヒトは泣くような息を吐きながら、 「さっさと」 怒りに近い声で、強く告げた。 「僕の中を、ヒューゴの精子で、濡らせ!」 心の底から、リヒトは思う。 足りない。 粘膜を濡らされ、混ざり合う感覚が足りない。 肉をこすり上げ、内臓を突き上げてほしい。 早く、強く、何度も。 切ない。 もどかしい。 「はやく…!」 どこかが壊れたような心地になりながら、リヒトは尻をヒューゴに押し付けた。 「く、…っ」 締め上げてくる感覚に、ヒューゴは小さく呻く。 思わず腰を引いた。 とたん、リヒトの粘膜が絡みつき、引きとめようと蠢く。 咄嗟に、誘われるまま、また強く突き込んでしまった。自身を、根元まで。 こういうとき、まったく、ヒューゴの意思に反して、操られている心地になる。 間髪入れず、ヒューゴのイチモツ全体が、蠕動する粘膜に、ちゅうちゅうと吸い上げられる。 奥へ、奥へと。 自覚はあった。この感覚にヒューゴはほとんど病みつきになっている。 刹那、腰砕けになる心地よさに、我を忘れた。 欲しくて、欲しくて。 獣そのものの動きで、リヒトの奥を突き上げる。 入ってはいけないところまで、先端が埋まったような気もするが、止める気は全く起きなかった。 ―――――身体の下で、蕩けるような、それでいて、悲鳴に似た声が上がっていることは、意識の端で感じていた。 が、むしろそれは限界以上を望む態度で、ますます止められなくなる。 ヒューゴが正気に戻ったのは。 リヒトの中を二度ほど濡らした後だ。 我に返ったヒューゴは、自身がリヒトの背中にぴったり張り付いていることを自覚した。 その方が、リヒトの身体の震えがより一層感じられるからだろう。 リヒトの、快楽による痙攣と、張り詰めた筋肉の感覚が、ヒューゴの身体にひどく心地が好いのだ。 そして、彼の両手は。 リヒトの服の下へ潜っていた。 指先で、ぷっくり膨らんだ乳輪を弄んでいる。 硬く尖った肉粒を、しつこいほどこね回していた。 実のところこれも、ちょっと癖になっている。 飽きたことは、一度もない。 変な自信だが、何度だって弄べる。 乳首への刺激と、凶暴に内側をこすりたてられる感覚に、ヒューゴの身体の下で、無抵抗に感じるほかなくなったリヒトが立て続けに中イキするのを感じながら、 「…なぁ、リヒト」 荒い息の下、ヒューゴは改めて問いかけた。 「なんで、一人で、出た?」 昼間。 結果的にあのような状態のリヒトを、他の誰にも見られなかったのはまだ良かった。 しかし、他の誰かがあの場にいたならば、リヒトは簡単に命が危険にさらされることはなかったはずだ。 「…他が、いれ、ば」 リヒトは素直に答えた。 今の彼は、快楽によって従順になっている。 こういう時に質問するのは、卑怯だという自覚ならあった。だが、どうしても知りたい。 律動が中途半端に止まったのを、もっと、と請うように、リヒトの腰が淫猥にくねった。 「邪魔…っ」 「―――――盾にはなるだろ」 残酷なことを告げるなり、ヒューゴはまた、リヒトの中へいっきに押し入った。 「あ―――――っ、ぃ、や…」 リヒトが消え入るような息をこぼすのに、 「死にてえの?」 耳元で囁く。 だが、今までずっと一緒に暮らしてきて確信したことだが、リヒトに自殺願望はない。 おかしいなあ、とヒューゴは眉をひそめた。 ああいう場合、一人で動く危険性を、リヒトは十分承知のはず。 だからこそ、危険がある場所へは、ヒューゴがいればいつもヒューゴを連れて行くのだ。 なのに、今回、リヒトはわざわざ一人で行動した。 「だったら、このままヤり殺そうか?」 リヒトは首を横に振る。 「死にたい、わけっ、が」 「死んじゃったら、気持ちいいことできないもんな?」 耳元で囁けば、カッとリヒトの耳が赤くなった。まあ冗談は置いておくとして。 「だったらなんでだ」 「信じ、…られな、かったから」 リヒトの奥まで先端を届かせるように、根元まで自身を埋めながら、ヒューゴは考える。 ―――――『信じられない』。 それは、後ろから斬りかかられる心配をしているのだろうか。 確かに、その可能性もないとは言えない。 それ以外に『信じられない』何があるかと言えば、…騎士たちの実力だ。 いや、そもそも、実力があったとしても、精神を操る魔法を行使された場合、敵が倍に増える場合もあった。 (リヒトがいる場所で、魔法が容易く行使できるとは思えないけど) リヒトが信頼できないとするなら、その辺りだろうか。思いながら、尋ねる。 「人間を? それとも、実力を?」 「―――――両、方…あぁ…っ」 もっと奥へ、もっと奥へ、と根元まで埋まっているにもかかわらず、ぐいぐい腰を押し付ければ、リヒトの背中が、しなやかに仰け反った。 快楽に痙攣する身体はとてもきれいで、目を離せないまま、ヒューゴは締め上げてくる粘膜の感覚に酔った。 ねちねちと咀嚼されているようだ。 しばし、動きを止めて。 身を起こす。 同時に、イチモツを引き抜いた。 「ぅく…っ」 リヒトが弱く喘ぎ、 「抜く、な…、」 皆まで言わせず、ヒューゴはリヒトの身体を反転させる。 「あ、」 向き合う格好で、幾許か乱暴に、リヒトの背を机の上へ倒した。 その背が机の上にあったわずかな書類をぐしゃぐしゃにする。それを視界の隅に収めながら、 「ひ、あぁ…!」 持ち上げたリヒトの腰、その奥へ、また突き込んだ。 ―――――顔を見ながら話すべきだと思ったからだ。 さて、『信じられない』…そうは言っても、近衛騎士は実力派揃いだとヒューゴは思う。 ともすると、リヒトが求めるレベルが高すぎる可能性があった。 そう言えば、振り返ればいつも、リヒトのそばにはヒューゴがいたわけだ。 ヒューゴを基準に考えられては困る。 ―――――ヒューゴは悪魔なのだから。

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