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幕・138 自分から罠にかかるように

そして、悪魔だったなら、一人でもいいだろう。 だが、リヒトは人間だ。 人間は、…群れで過ごす生き物。 「俺みたいな力を持った騎士が他にいないんだから、ある程度で妥協すべきだろ皇帝陛下」 冗談めかして言った後で、おやと思う。 あることに気付いたのだ。 刹那、小さく呻いた。 これだ。―――――これが、真相だ。間違いなく。 リヒトは、ヒューゴに慣れている。 ヒューゴの存在が当たり前で。 …ヒューゴのレベルを他にも求めているのだ。 (いやいやいやいやでも、常識で考えればそんな) ヒューゴが感じた深刻さを知ってか知らずか、浅く息を刻みながら、リヒトが冷めた声で言う。 「ヒューゴがそばにいればよかったのだ」 フィオナについて出かけろと命令したのは、リヒトだ。 そう言いたかったが、おそらく、そういう問題でもないのだろう。 ―――――しかし、これは。 (…これは少し、おかしくないか?) この状況。 リヒトとヒューゴの関係は。 …すべて、今更だが。 よくよく考えれば、多いのだ。 ヒューゴがいなければ、リヒトができないことというのは。 だが、やろうと思えばきっとリヒトはなんでもできる。それなのに、しない。ヒューゴに任せきりで。 なぜだろう。 思えばリヒトは、昔から、自分から罠にかかるように、一つ一つ、不自由になって行った。 ヒューゴに任せる。 ヒューゴがしてくれるから、やらない。 人間は、普通。 ―――――自立しようとするものだ。 生活の中、自分でできないことがあれば、成長するにしたがって、不安にもなる。 だから通常、子供は、自分でするから、できるから、もういい、と言い出すものだ。 結果的に、親の役目は少なくなっていく。 その点、リュクスやリカルドはうまくヒューゴと距離を取っていた。 彼が悪魔であるということも弁え、相応の態度で接していた。 ところが、リヒトときたら。 ヒューゴの存在に雁字搦めになっている。 ほとんど命を委ねてるほどに。 特に、もう毎日になっているセックスの時間。 もし数日でも、ヒューゴにされなければ、リヒトの身体は狂ってしまうだろう。 リヒトにそれが分からないわけがない。 ならば自ら望んでそうなったとしか考えられなかった。 そのくせ。 リヒトがそうした結果、ヒューゴはますますリヒトから離れられなくなったわけだ。 離れたら死んでしまうことが確実な相手を、どうして見捨てられるだろう。 まして、情がある相手なら。 それが、現実だった。泥沼である。 (…その泥沼の中に、俺も一緒に沈められた気分だ) 果たして。 逃げられないのは、追い詰められているのは、どちらなのか。 だが、―――――リヒトはどういうつもりだろう。 神聖力の鎖で縛るだけでなく、リヒトのそばにヒューゴがいなければならない、そのような状況を捨て身で作り上げ、こうしてさらにヒューゴを縛った理由。 こんな状況で、リヒトは何を望むのか。 そう、思うなり。 「…?」 今まで想像もしなかった考えが、脳裏に閃いた。 (まるで、共に死ぬつもり…、) 思いさした気持ちが、すぐさま翻る。 ―――――あ、違うな、これは。 その考えは、自然と浮かんだ。 「お前、俺を殺したいのか」 その言葉は、何の気負いもなく紡がれた。呆然と。 ヒューゴは呆気にとられる。 ふ、とリヒトの黄金の目が、ヒューゴを見つめた。 情欲に濡れた目が、ひどく真剣にヒューゴを射抜く。 たまに、こうしてリヒトはヒューゴを睨むように見つめる。 だがこれは。 意に染まない行為を強いる相手を憎む目、などではない。 限界以上に―――――欲する目だ。ヒューゴを。 嫌いというわけではない。 憎いというわけでもない。 悪魔を殺すのが世のため人のため、なんて、自分だけの正義に酔った独りよがりの思い込みでもない。 もっと、ずっと、貪欲な―――――むき出しの欲望。 リヒトはヒューゴが欲しいのだ。欲しいから、―――――殺したい。 そうすれば完全に、相手は自分のモノになる。 ヒューゴは身震いした。知らず、口元が笑みを描く。不敵に。 ああ、そうだ、それでこそだ。それでこそ―――――悪魔の手で育てられた存在。 『面白い』 つい、使い慣れた言語を口にしながら、ヒューゴは身を乗り出した。 拍子に、リヒトの中に埋まったものが、もっと奥へ進み、リヒトは切羽詰まった息をこぼす。 『幼子よ、我を獲物と見るか』 悪魔は、壊し、殺し、食う。 理由は、強くなるためだ。強くならなければ、環境が劣悪な地獄では生きていけないからだ。 強くなるために、食った相手の力を取り込み、自身の力とする。 殺したいという欲求は、悪魔にとっては、馴染みのもの。 ゆえにヒューゴは、リヒトの殺意を前に、自然とその考えに行き着いたのだが。 リヒトは、何か、諦めたように、そのくせ、挑むようにヒューゴを見上げた。 「そうだ、僕はヒューゴを自分のモノにしたい」 断言には、特に力がこもっていたわけではないが、 「他の誰にもやるつもりはないんだ」 どこまでも自然体なのが、逆にリヒトの中では決定事項なのだと聞く者に悟らせた。 そのことが、 「はは、は」 ―――――ヒューゴを酷く高揚させる。乾いた笑いを上げた。 「…っ?」 リヒトの身体が、びくん、と跳ねる。 彼の中で、巨きいヒューゴが、なお一層質量を増したのに、無意識に、身体が逃げを打った。 それを逃さぬよう、ヒューゴは、 「すこぅし、」 リヒトの膝を肩に引っかけ、両手を彼に肩にかける。 下へ、引き寄せるように。 その上で、歯をむき出しに笑って、告げた。 「苦しいかも、しれないぞ?」 ―――――逃げられない、その体勢で。 がつん、と奥まで一気に進んだ。 身体を折り畳まれたリヒトが声なく仰け反る。 だがその苦しさもまた、すぐ、快楽にとって代わって。 リヒトの両手が、溺れるようにヒューゴの背に縋った。 「ぅ、あ」 悲鳴のような、喘ぎをこぼす唇を、その息すらもったいなくて、ヒューゴは思わず吸い付く。 ―――――かわいい、かわいい、かわいい。 その存在全部が、ヒューゴにとって、気持ちがいい。 どうやって可愛がろうか、触れるたび不埒なことを考えてしまう。 胸元を飾る固い肉粒を、捏ねるか、転がすか、揉むか、圧し潰すか。 足の間で濡れそぼち、屹立する肉茎を、扱くか、縛るか、玉ごと押し揉み、擦りたてるか。 尻のあわい、一番敏感な肉壺を、突き上げるか、こね回すか、いじめるのは、入り口か、―――――奥か。 そのすべてにリヒトは感じて、ただ、それぞれに感じ方が違う。 「リヒトはきれいだ。気持ちいい時が、一番きれいだ」 だからいっぱい感じて見せて。 うっとりと囁きながら、邪悪な笑みを口の端ににじませた。 「それで?」 どこか試すように、それでいて、子供のようにヒューゴは焦れた声で囁く。 「どうやって、俺を殺すんだ?」 その、好奇心が―――――己を殺すものとも知らず。

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