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幕・184 着替え中の日常風景

× × × 「神殿は何を考えてるんだろ」 背中からリヒトの旅装を中途半端に解いた状態で、ヒューゴは唇を尖らせた。 「北部の空気のおかしさから考えて、…もしかすると手遅れかもしれない」 深刻、というよりも、子供が拗ねた語調。そして、寂しさが滲む声。 大事な友達がいなくなったような。 感じた寂しさを埋めるように、ヒューゴはぎゅうと背後からリヒトに抱き着いた。 「手遅れ…何が、だ」 リヒトはと言えば、頬は上気し、どこか上の空だ。 夢見心地な様子で、背後から腹と胸に回されたヒューゴの腕を、落ち着かせるように撫でる。 撫でる端から、改めてヒューゴの全身に、神聖力の鎖が巻き付いて行った。 それを感じ取っているだろうに、ヒューゴはリヒトを抱きしめたまま離れない。おとなしかった。 リヒトには、意外なほど。 なにせヒューゴは、自由を愛する。 抵抗するなり、不満を示すなり、して当然のことを、今のヒューゴは雰囲気にすら醸し出していない。 神聖力の鎖が全身に巻かれていては、彼は竜体になれない。 つまり、今回の北部への移動中、ヒューゴは神聖力の鎖から自由だった。 でなければ、ヒューゴは飛べない。 ただ、ヒューゴを信用しきれないリヒトは、その首に一筋だけ神聖力の鎖を巻いていた。飼い犬のように。 それは。 ―――――何かあれば一瞬で、首を落とすぞ、という無言の脅しだ。 そのくせリヒトはと言えば、…不安で、何度も空を見上げてしまった。 ヒューゴは自由に焦がれている。それを、リヒトは縛り付けているのだ。 鎖が解けたのをいいことに、リヒトの下から飛び去ろうとヒューゴが考えたのは、つい先日の話である。 リヒトが賭けて負けたのは事実だ。 それでも、リヒトはヒューゴの竜体での移動など許したくはなかった。不承不承ながら、許可したのは。 …ヒューゴに変化を感じたからだ。この悪魔は、何かが変わった。 なにが、と聞かれたなら、巧く説明することはできないが、少なくとも。 解放と同時に地獄へ立ち去る、そのようなことはしないだろう。 その確信があるからこそ、鎖をほとんど解いた。それでも、落ち着かなかったのは、仕方がない。 ―――――ようやく、また、この悪魔を縛り付けることができる。 やはり、雁字搦めにしている方が安心だ。 鎖が絡みついていくヒューゴの腕を、うっとり見下ろすリヒトの視界の隅に。 ―――――丸出しになった彼自身の性器が映る。それは、とっくに腹まで反り返ってだらだら涎をこぼしていた。 うっかりすれば、リヒトの口からも唾液が滴りそうになる。 ズボンと下着は、脱ぎかけで、中途半端に腿の半ばで蟠っていた。 そして、見ることのできない、リヒトの『中』に。 ヒューゴがいた。 もう全身が心地よくて、内腿の痙攣がやまない。 鎖が絡んでいくのに、ヒューゴは離れるどころか、ますます強くリヒトを抱きしめた。 同時に、密着した腰を、リヒトの身体を持ち上げるように突き上げる。 「はぁっ」 心地いいとばかりに声を上げ、リヒトの顎が仰け反る。 床から浮いた両足、その足指が拳を握るように丸まった。 寒い北部というのに、リヒトの全身が汗で濡れている。 「北部には、山腹に精霊王がいる…それが怒り狂ってるってことだけど、…事情がなんなのか、状況からして、精霊王の存在自体が危ぶまれる」 つまり、手遅れなのは、―――――精霊王。その存在、ということだろうが。 「精霊王が、…消滅、する…など、有り得るの、か?」 「この地で、世界初の前例ができるかもね」 振り向かなくとも、リヒトには分かる。ヒューゴは渋面だ。 「結果として、これを神殿は放置したってことだ」 巨大な精霊が消滅などすれば、何が起こるのか。 リヒトが尋ねる前に。 …ぐちり。 ヒューゴの動きに合わせて、粘着質な音があがる。 「意図的かな、知らなかったのかな…まあ、いいか」 また、リヒトの足先が、床から離れた。ひぅ、と息を吸ったリヒトの喉が鳴る。 とたん、難しい顔をしていたヒューゴの眉間から皺が消えた。 はあ、と腰砕けになりそうな熱い息がその唇からこぼれ落ちる。 「リヒトのお腹の中、きもちいい。出たくない。ずっと犯してて、いい?」 「だ…っめ、だ…!」 リヒトは反射で厳しく言った。ずっと、だなんて、そんな。 (おかしくなる、狂う、何もできなくなる、コレしか考えられなくなって―――――) すぐそばにある、ヒューゴの身体、体温、リヒトの内部を穿つ―――――ソレ。何もかもが最高だった。これ以上なく、リヒトを満たす。 嫌なわけがない。だからこそ、ダメだった。 リヒトは他の一切を忘れて溺れて死ぬだろう。なんて誘惑。 「…ふ、」 ヒューゴは後ろから、否定ばかりのリヒトの口の中へ長い指を突っ込んだ。その指で、舌を扱くように動かして。 「ああ、いいよ、答えなくて。いいって、中が言ってる。ほら」 ぐちゅ、くち。 「ぅ、く…っ」 ヒューゴが突き上げるたび、二人の結合部から、体液の雫が飛び散った。 止めなくてはいけないのに、こう、切羽詰まったような、落ち着かな気なヒューゴは珍しく、リヒトは懐いてくるのを突き放せない。 どころか嬉しいと思ってしまうリヒトは、突き放すふりをしながらも、宥めるようにご機嫌を取るしか方法がなかった。 悪魔でありながら、魔竜はどちらかと言えば、獣に…自然界に近い生き物だ。 そんなヒューゴが、このように落ち着きをなくすほど、北部には何か不自然なことが起きているのだろう。 それについても考えなくてはならないのに、思考がまとまらない。 この状況では、後回しにするほかなかった。 ヒューゴよりも、リヒトの方が、離れたくないという気持ちがきっと強いはずだ。 だがそれを知られたなら、このまま永遠に押し切られそうな心地もあった。 もうそれでいいじゃないか、と思う自身の気持ちから無理に目を逸らして、リヒトは悦楽に悶える。 ずっと、この腕の中にいたい。 だが、すぐにガードナー家の面々との対面が待っている。蕩けてはいられない。 …にもかかわらず。 口の中の、ヒューゴの指に、舌を懸命に絡めてしまう。溢れる唾液を啜った。 下から突き上げられる心地よさに、自然と腰を押し付けてしまう。 強請って媚びる動きになるのは、仕方がない。 特に、最近のヒューゴのやり方は―――――まるで、求めあって、愛し合っているようだ。 ヒューゴの声に、息に、今まで以上の、かつてない甘さが滲んでいた。 キスなどされたら終わりだ。すべてが、以前と完全に違っていた。 不意に、ヒューゴが口を開く。 「なあ、リヒト。お願いがあるんだけど」 今回の北部行きの件といい、―――――ヒューゴのお願いはろくなものではない。 まず聞きたくないと思うが、口の中にヒューゴの指がある状態では、何も言えない。噛んでやろう、とそれを実行する寸前。 「一回、地獄に帰ってもいいか? 悪魔が攫われる件を、そっちから調べてみたいんだ」 タイミングを見計らったように、ヒューゴが言った。

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