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幕・201 戦闘狂の騎士と苦労性の姫君
内心の高揚を押し隠し、ミランダは渋面で咳払い。
「それはそうだけど…ん、待って」
つい、胡乱な目をレオンに向けた。
「そもそもレオンはどうして魔竜に会いに行こうとしているの」
レオンはガードナー家の後継者らしく、冷静沈着な青年に見えて、その実剣術バカの戦闘狂だ。
そんな彼が魔竜を名指しで会いに行くとすれば。
「昼の、陛下を歓待する会食でな」
話がいきなり飛んだ。
「はぐらかしても無駄よ?」
レオンは実直なようで、都合の悪いときはとぼける。逃がすか、と思ってすかさず言えば、
「はぐらかしていない」
真面目に返してきた。レオンのことだ、嘘は言わないだろう。
ならば耳を傾けるしかない。
(それにしたって、昼の会食かあ)
はぐらかされるわけにはいかないと思ったミランダの意識の方が、ふと、よそへ飛ぶ。
城内が静まっているからには、無事終わったのだろうが―――――セッティングしたのがミランダである以上、全体の反応が彼女は気にかかった。
だがミランダがそれを尋ねる前に、
「あの席で、魔竜と剣を交わす機会があった」
レオンが目を細める。
ひどく満足そうで、それでいて狂的だが、…物騒なそういう表情にこそ、彼は強烈な色気がにじむ。
ミランダは一瞬見惚れ―――――その言葉に、棒立ちになった。
「魔竜とぉ!?」
いったい何がどうしてそうなったのか。
立ち止まったミランダを促すように手を引いて、歩き出させながら、レオンはすぐ乾いた顔になる。
「ほんの一瞬だった、逆に物足りないから、夕食までの時間、時間が空いているなら手合わせでもどうかと誘いをかけようと、な」
(この、戦闘狂)
ミランダは内心で毒づいた。しかし、レオンはもともとこういう男だ。仕方がない。それよりも。
ミランダは気持ちを無理やり切り替えた。
「今からあの方に会いに行くって、それはつまり」
ごくり、喉を鳴らしてしまう。
「陛下のところに行くということね」
さすがに表情が固まってしまった。
魔竜と言えば、皇帝、皇帝と言えば、魔竜である。これは鉄板だ。
あの皇帝陛下の護衛を務められるのは魔竜しかいない、というよりも、自身の護衛を魔竜にしか許可しないらしいのだ、あの皇帝は。
皇帝の許可がない以上、魔竜は彼から離れられない。
ふと、レオンが思慮深げな声を出した。
「ミランダが陛下を恐れる理由はわかるが、三年前はともかく、今はもう大丈夫だろう」
何を根拠に、とミランダは思ったが、本当に彼女の命が危険と判断すれば、レオンはミランダを皇帝の元へ連れて行こうとはするまい。
ミランダは、レオンにそっと握りこまれた自分の手を見遣る。
今すぐレオンの手を振り払って逃げたい気分をぐっとこらえ、
「…根拠は?」
ミランダは辛抱強く尋ねた。
「陛下のヴァレシュ嫌いは…誰にも理由がわからないが」
こうしている間にも、二人の足は着々と皇帝のために用意した部屋のほうへ向かっている。
「朝、お会いした時、ミランダに向ける目は、三年前より、柔らかかったように思う」
内心、ミランダは悶えた。
視線だけで殺しそうだった、あれが? なら三年前はどれほどだったのか。
だが確かに、考えてみれば、三年前のミランダは皇帝を直視できなかった。
怖すぎて。
ゆえに、レオンのように、比較しようがなかった。
今回、目を見返すことができたのは、自身がそれなりに図太くなれたからだと思っていたのだが、それだけでもなかったらしい。
「そりゃ、いくら陛下でも、気に食わないからって面と向かって首を落とせとかは命じないでしょうし」
いつ言われるかと正直ひやひやしているというのは秘密だ。
そのように命じられれば、即座に従いそうな者が北部には大勢いる。
頭上で、レオンがそっと目をそらしたことに、幸いにもミランダは気づかなかった。
だが、微々たるものであれ、皇帝の態度の変化があった理由がわからない。
「陛下はあれで、細部まで気を配ってくださる方だ。北部におけるミランダの行いも、きっとご承知だろう」
彼女とて、わかっている。知っている。
為政者として、オリエス皇帝は素晴らしい。というか隙がない。
そして誰かの功績を認めることに、躊躇しない男だった。
しかし、ミランダはこの三年、じたばたしていただけで、彼女の行動が実を結んだことはほとんどない。
目立った功績と言えば、どうにか北部になじめた、その程度だ。
レオンはどこか不器用な様子で、言葉を重ねる。
「皇帝の変化は、あなた自身が勝ち取ったものだ、ミランダ」
あれで。
異論を並べ立てたい気持ちでいっぱいの胸の内にはふたをして、ミランダは頷いた。
「あなたはあなた自身が思うより、たくさんの貢献をしてくれている。たとえば、今日の歓待の宴」
宴、というには、こぢんまりとした、接待の場だったが。
ここぞとばかりに、ミランダは尋ねた。
「あっ、どうだったの? 辺境伯さまや古株の方は聞かれたら答えてくださるけど、基本、ノータッチだったから心配だったんだけど」
席順、配膳、食事の種類。一から決めるとなるとかなり大変だった。
ミランダがわかる限りの範囲では、抜かりはなかったはず。
ただし、ミランダは貴人の接待の経験がなく、目の行き届かないところが多かったろう。
レオンと共に駆け回って、経験者に助言を求めながらの準備だった。
唯一気になっていたのは、場のセッティングを、狩猟民族から成りあがったヴァレシュ神国でメインだった形式をとったことだ。
皇帝の反感を買わないか、と不安だったのだが。
急に不安が増すミランダ。不安要素はまだある。
「…ルークがいたでしょ。大丈夫だった?」
ミランダとしては、レオンがルークに何かされなかっただろうか、とそこが心配だったわけだが。
正確に察したレオンは、咳払いをして、明後日の方向を向いた。
「あいつときたら、何を考えたか、陛下の命令に異を唱えた」
「は?」
「色々あったが、最終的に退室を命じられ、陛下の面前には二度と顔を出さないことで落ち着いた」
レオンは今、成り行きをものすごく端折ったが、―――――おそらく、そのせいなのだ。
レオンと魔竜が、剣を交えた、というのは。
何がどうしてそうなったのかまではまるきり想像がつかないが。
レオンがこうして五体満足なら、それ以上をミランダは知る必要がない。
「じゃあ、ルークは今、相当荒れてるんじゃない?」
ルークはわかりやすくミランダを見下している。
だが、わかりやすいからこそ、憎めないところがあった。
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