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幕・213 信頼に値するもの

で、あるならば。 ヒューゴの気分が、いっきに物騒な方へ傾いた。 獲物を前に、冷静に爪を研ぐ猛獣の気配が自然と彼の周囲に漂う。 彼が自分たちのために、リヒトを始末したいというなら、いっそ。 ―――――ヒューゴが先に、彼らを。 思うなり。 「ヒューゴ?」 リヒトの声が、思わぬほど間近で、ヒューゴを呼んだ。 知らず止めていた息を、思わず吸った、直後。 しん、とした沈黙が耳を打つ。あれほど騒がしかった呪詛の囁きが掻き消えた。一瞬で。 ヒューゴは目を瞬かせる。とたん、視界が切り替わった。その瞳に。 身体の上にのしかかったリヒトが映る。 ―――――戻った。 へたり、ヒューゴの身体から力が抜けた。 とはいえ、彼の意識がこの場を離れていたのは、ほんの一瞬だろう。 ミサキが遠い昔、世界に放った怨嗟…呪詛。 それをたどった先で、見たもの―――――あれは。 今、ヒューゴが見たことを、リヒトに話さなければならない。 だが、すぐには何も言葉にならなかった。何をどう話せばいいのか、思考がまとまらない。 黙っているヒューゴをどう思ったか、いつだって動じないリヒトの顔に、次第に心配と不安が浮かんでくる。 見上げながら、ヒューゴは不意に泣きたい気持ちになった。 早口に呼びかける。 「なあ、リヒト」 もしかすると、ヒューゴは。 何かが違っていれば、先ほど垣間見たあの少女のようになっていたかもしれない。 おそらく、あの少女は。 幼い命に執着され、束縛され、還れなくなっているのだ。 世界の巡りの中から、強制的に離脱させられてしまった。 本来なら、ヒューゴはそのようにされた可能性のほうが高い。 望まぬまま、地獄から連れ出されたのだ。 帰れなくなるどころか、その場で封印されていたっておかしくなかった。 そうなれば悪魔は、召喚され、好きな時好きなように使われる道具になる。 それも仕方がない、悪魔など、人間から見れば信用できない生き物だ。 人間に捕らわれた悪魔の末路は、古今東西、悲惨の一言に尽きる。なのに。 リヒトは―――――なぜ。 どうして、悪魔のヒューゴを、最初からあれほど簡単に受け入れられたのか。 それとも、簡単ではなかったのだろうか? ヒューゴのなにが、リヒトの信頼に値したのか、未だにわからない。 今はともかく、ヒューゴは最初の頃、幼いリヒトが隙を見せるたび、今なら殺して逃げられる、とたびたび考えていた。 結局、そうしなかったわけだが。 いかに魔竜とて、所詮、一匹の悪魔。 リヒトの行為はあまりにも考えなしで、危険だった。 聡明な彼に、そぐわない行動だ。 「リヒトは、どうして」 ヒューゴは、純粋な疑問を抱いた子供の顔で、上目遣いにリヒトを見遣った。 「最初から、俺を信じてくれたんだ?」 それでもなんとなく、禁止された質問をする態度になってしまう。 自然と、小声になったヒューゴに、リヒトは微かに目を瞠る。驚いたようだ。 確かに、いまさらの質問だった。 「あ、答えにくい質問なら忘れて」 やっぱり、訊いてはいけなかったかな、とヒューゴは反省。 これはただの好奇心だ。生存に必要不可欠の情報ではない。なのになぜ、知りたいと思うのだろう。 ヒューゴは好奇心に蓋をしながらも、すぐ開きそうになるそれを頑張っておさえこむ。 ぷるぷる首を横に振ったヒューゴに、リヒトは珍しいものを見る目を向ける。 「…興味があるのか?」 「うん」 誤魔化すことでもない。素直にヒューゴは頷いた。 「そうか。…ふむ」 なぜか、リヒトは満足そうだ。かと思えば。 ぐ、とヒューゴの腹に、足の間のものを押し付けてきた。 見せつけるような淫猥な動きで、ゆっくりと腰を揺らす。 リヒトの唇から、上ずった、気持ちよさそうな息がこぼれた。 「ヒューゴの好奇心が僕に向くとは…ん、それだけで、イきそうだ、な」 よくよく見れば、リヒトの頬が上気している。 身体が興奮しているのも、見ればわかった。 だが理由がわからない。 「? ? ? …いつもリヒトに興味は持っているし、気にしてるよ?」 それと今と、何が違うのだろうか。 ヒューゴに理解できるのは、目に見えるリヒトの、ふるいつきたくなるほど上品な色気だけだ。 毎回だが、リヒトのそれは殺人レベルだと、そろそろ自覚してほしい。 だが、何が、リヒトをこういった気分にさせたのかに、ヒューゴは思い至れない。 たまに、リヒトが何を求めているのか、ヒューゴにはわからなくなる。 これは種族の違いのせいか、単に、ヒューゴが死ぬほど鈍いからなのか。 はだけた胸元から覗く、リヒトの胸の肉粒が勃起している様に目を細めたヒューゴは、ちょっと斜め上の解釈をした。 答えをはぐらかしたいから、リヒトはこういう行動に出たのだと。 「ええと、嫌なら答えなくていいから」 リヒトの腰の動きがひどく淫靡で、つい触れたくなったヒューゴは手を伸ばす。 服の上から撫でさすれば、びくびくっとヒューゴの脇を挟むリヒトの内腿が痙攣した。 「あ…っ、ふ、ぅ…っ」 その身体の反応と、ヒューゴを見つめる厳しい眼差しが一瞬信じられないほど甘く潤んだことで、リヒトが浅く達したのが分かる。 (いま、目を…舐めれば甘いのかなぁ) 「ん…っ、待て、早とちりするな、嫌ではないし、隠してもいない」 しどけない姿のまま、リヒトはヒューゴの顔を上から覗き込んだ。 「そうなの?」 首を傾げれば、軽く唇にキスされた。離れるなり、催促の気配を感じ、お返しをする。 しながら、掴んだリヒトの腰を、ヒューゴの身体へぐっと強く押し付けた。 直後、ヒューゴは、真下から腰を突き上げる。 ほぐれたリヒトの尻肉の間を、布の下で窮屈に勃起したヒューゴのイチモツがこすりつけられた。 たちまち、リヒトがひどく感じ入った吐息をこぼす。 それは、経験のない童貞なら、その心地よさげな息を聴くだけで、達する危険がありそうな、つい背筋が震えるほどの色香に満ちた喘ぎだ。 (あー…、イイ、声) ヒューゴはうっとり、耳を澄ませる。 「あぁ…っ、く、あまり、動くな…ソレしか考えられなく、したいのか…っ」 厳しい表情を向けてくる割に、リヒトの腰が甘えるように動いた。 尻の間にヒューゴのモノをさらに押し付ける動きを見せる。 ヒューゴは最初の一度以外は動いていないのに、リヒトは自身が動いている自覚がないのか、責める目を向けてきた。 ここでそれを指摘すれば、リヒトは一気に拗ねてしまうだろう。 リヒトが、ヒューゴが動いているというなら、それで構わない。ただ。 リヒトの淫靡な動きは、ヒューゴの興奮を、残忍な方向へ高める。 これを指摘するべきか、せざるべきか。―――――悩みどころだ。 「なら」 噛みつきたい衝動をこらえる、どこか凶暴な目で、ヒューゴは薄く微笑んだ。 「ほぉら、早く、…教えて」 リヒトの動きに合わせ、ヒューゴは一点へ狙いを定めて突き上げる。 …いつも、美味しそうにヒューゴを咀嚼する肉の穴、その入り口を。

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