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番外一 白く、そして赤く
白く、そして赤く
「なあ、イーサン。あんた、魔狩人だったんだって」
チャールズ・クラウチは一糸まとわず、ベッドの上にあおむけになっていた。チャールズにはもう、服を着る必要がなかった。首から下の体は、白い人型の灰になって、シーツの上で真珠色に光っている。
「残念だったな。あんたが殺さなくても、すぐに滅びる」チャールズは、イーサンの顔を見なかった。天蓋の飾りを眺めている。話すたびに、ひび割れた唇がほろほろと崩れていく。
イーサンはカーテンを閉めようとした。日光を遮断すれば、少しはましになるかもしれなかったので。しかし、チャールズの部屋にはカーテンがなかった。レースの柔らかい布が、申し訳程度に窓を覆っている。イーサンは自分の上着を脱いで、窓枠に引っ掛けた。
「止せよ、無駄なことだ」
「しゃべらないで、クラウチさん」
チャールズは瞼を閉じた。瞳の赤が失われると、壊れた石膏細工のようだった。イーサンはどうすればいいのか考えた。部屋を見渡し、愛しいひとを助ける手立てを探した。
『吸血鬼は復活する。銀の矢を打ち込み、白木の杭で胸を貫き、頭を潰したとして。人の生き血さえあれば、たとえ、灰の一掴みからも蘇るのだ』
皮肉にも、魔狩人である父の教えだった。
イーサンはナイフを取り、腕を傷つけた。そして崩れかけた唇に、赤い雫を一つ、二つ、三つと垂らした。
灰が集まり、糸を縫い合わせるようにして、チャールズ・クラウチの体は人の形を取り戻していく。真珠色に輝く肌、灰色だった髪は黒檀の艶をもって濡れ光り、唇は血で赤く染まっていた。まごうことない、魔物の姿。イーサンは安堵よりも、怖れを覚えた。怖れよりなお、情欲に駆られた。これが、ずっと愛してきた人の本当の姿なのだ。
イーサンは生まれたばかりの体に、腕をかざした。薄い胸に血の雫を落とす。起伏の少ない胸のわずかなくぼみを伝って、血が下の方へ流れていく。みぞおちの少し下で、流れは一旦止まった。イーサンは人差し指でそっと血溜まりに触れ、臀部のほうへ線を描いた。
「ああ、くそったれ」チャールズは突然、瞼を開けた。イーサンは指を離した。
「クラウチさん。大丈夫ですか」
「多分な。邪悪な魔物がいよいよ滅びを迎えようってのに、眼の前にいる馬鹿のせいで台無しになっちまった」
「そんなことを言わないでください。クラウチさんが好きなんです。ずっと前から。あなたが滅びるなんて、考えられない」
チャールズはイーサンの肩を押しのけ、気怠そうに起き上がった。
「とにかく、腕の手当、しないと」
俺のことなんて――イーサンはベッドから降りようとするチャールズの肩を掴んだ。
「ねえ、クラウチさん。いいことを思いつきました」
「何だよ……」億劫に呟き、溜息をつくチャールズの口元に、イーサンは腕の傷を差し出した。
「舐めてください」
「はあ」
「舐めて」イーサンはチャールズの体を抱きすくめて、逃げられないようにした。
「放せよ」
「舐めてくれたら放します。だってあなた、お腹が空いてるでしょう。丁度いいじゃないですか」
「舐めないったら」チャールズはシーツで体を隠しながら、弱々しく抵抗した。耳朶を舐めるほどに唇を近づけて、イーサンは抑えた声音で囁いた。
「ねえ、舐めてくれないなら、俺がクラウチさんの全身を舐めまわしますよ。いいんですか」
「何でだよ」
「俺の血で蘇った体なんですから、舐めたっていいでしょう」
「どんな理屈だ」
イーサンは腕の力を強め、尖った耳の先を咥えた。
「ひゃっ……わかったよ。わかったって」
仕方なく、チャールズはイーサンの傷口を恐る恐る舐めた。血はもう流れておらず、ほとんど渇いていた。あまり深く切ってはいないので、治りも早いだろう。チャールズはほっとして、唇を離した。
「舐めたぞ。もういいだろ。後でちゃんと傷薬塗っとけよ」
「はい」イーサンは満足したのか、すんなりとチャールズを開放した。
「なあ、イーサン」
「はい」
チャールズはシーツを頭まですっぽりとかぶって、膝を抱えている。
「こう見えても、あんたには、幸せになってもらいたかったんだぜ。だからやっと、自分で死ぬ決心もついたってのに」
「俺は幸せですよ。クラウチさんが俺の恋人になってくれて。クラウチさんがいなくなったら、不幸になるだけです」
「あんたのほうが……先に、いなくなるだろ」
イーサンはシーツの塊を抱きしめた。
「クラウチさんが望むなら、いいと思ってます。その、あなたと同じ体になること」
「ミイラ取りがミイラになるってか。笑えない冗談だ」チャールズはイーサンの胸に背中を預けた。『同胞』にする決心はつかなかったが、イーサンが最後を迎える時まで共にいられたらと、願った。
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