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番外六 愛し合う魚
愛し合う魚
夏が過ぎ去り、既に水は冷たいが、チャールズは裸足で砂浜に立っていた。サクサクと白い砂を踏み、先ほど片づけた半魚人族――マーマンの死骸を避けながら歩く。
沖合に船の一つでも見えればよかったのに、人の気配すらないのだから、まるきり文明から取り残された気がする。村の猟師たちは、マーマンを怖がって家に閉じこもっている。だからこそ、冒険者が呼ばれたのだ。
「吸血鬼は流れる水が苦手なんでしょう」
イーサンはマーマンの死骸をナイフで細かく切り刻んでは、海へ放り投げている。所詮は魚。海のものは海へ返せば、蟹やヒトデたちがきれいさっぱり片づけてくれるだろうから。
「吸血鬼じゃなくたって、水に沈めば溺れ死ぬよ。魚だって溺れ死ぬこともあるさ」
「溺れ死ぬ魚がいるんですか」イーサンはツボに入ったのか、肩を震わせて笑った。
「あんたの故郷に、海はあったのか」
「ええ、ありましたよ。こんなに綺麗な青ではなくて、濁った灰色をしていました。用水路みたいな」
「その綺麗な青い海を薄汚い血で汚してる俺たちはなんだ」チャールズは微笑み返し、迫ってきた波につま先をゆだねた。
「さあね。さしずめ、汚し屋ってところですか」イーサンは大きな緑色のヒレを投げ込んだ。ヒレはちゃぽんと音を立て、水しぶきを散らしながら沈んでいった。
「ご苦労だったな、汚し屋さん。ここで生臭い戦いがあったなんて、誰も気づかないだろう」
「やれやれ」イーサンは海水でナイフと手を洗った。「魚を捌くのにもすっかり慣れてしまいました」
海は規則正しく波打っている。敗者の亡骸を包み込み、何事もなかったように穏やかな姿で。
チャールズは足の親指で砂に文字を書いた。砂も指も白いのに、爪は返り血のように赤かった。
「何書いてるんですか」横からイーサンが覗き込む。
「別に」
「祈りの文句ですね。クラウチさんは魚人も我が主、我が神の創造物だと考えてるんですか。天国に彼らが行けると」
「多分な。生き物はみんなそうさ」チャールズは書きかけの文字を足で擦り消した。「これはただのらくがき。いくら俺が吸血鬼だってなあ、足で聖句を書くもんかよ。罰当たりな」
「いってることがメチャクチャです」イーサンはチャールズを横抱きにして笑い転げた。「ああもう、おかしい」
「笑ってられるのも今のうちかもな」チャールズは、懐に潜り込んできたイーサンの手を掴んだ。「生き物を殺して金を貰ってる。冒険者は地獄行きかもしれないぜ」
「いいじゃないですか、地獄。案外楽しいかもしれませんよ。誰かのために手を汚して、それで地獄行きなら、行ってやろうじゃないですか。あなたと。ねえ」
イーサンは片手でベストのボタンをはずした。チャールズはいたずらな手を押しとどめようと弱々しく抵抗したが、シャツのボタンをはずされ、肌着に触れられると、観念して腕を下ろす。
「冷たい体ですね、クラウチさん。魚みたいです」
「あんたは血生臭いぞ、魚みたいに」
「じゃあ丁度いいじゃないですか、魚同士で」イーサンは肌着の中に指を滑らせ、うすっぺらい胸をさらりと撫でた。「ねえ、クラウチさん。今すごく、いつもよりクラウチさんに触りたいです。俺って、変態ですか。地獄行きより……まずいですよね」
「好きにしろよ。なんなら俺を魚人みたいになます切りにして、海にぶちこんだっていいんだぜ」
「すぐおっかないこという」イーサンはチャールズの耳の裏に口づけた。「ねえ、さっき、魚だって溺れるといってましたよね」
「うん」
「俺だって、溺れてみたいです。クラウチさんに。でも優しくしたい、傷つけたくないんです。ねえ、どうすればいいんでしょう」
体が浮くほど抱きしめられ、チャールズはつま先で踏ん張った。
「ロマンチストめ……俺は別に、傷ついたりしないよ」
「クラウチさんは傷つきやすい。優しいんです。魔物や悪党にだって、救いがあると信じている。戦わなくては解決しないから傷ついているんです。そうでしょ」
「あんただってそうだ。吸血鬼を殺すだけの仕事が嫌で、逃げだして、今も俺を殺せないどころか、自分の手を汚したのが怖くて震えてる。祈りたいのは俺じゃない、あんただろ」
イーサンは抱きしめるのをやめて、チャールズの手を握って指を絡ませた。寒くもないのに、体の芯から震えているのが伝わった。戦いが終わってから、イーサンがずっと震えているのをチャールズは知っていた。
「わかっちゃうんですね」
「こんなに近けりゃ、隠してもわかるよ」
「クラウチさんに、どうしてもわかってほしかったんです」
「何をだ。あんたが甘ったれのぼうやだってことか」
「……そうです」イーサンは目を閉じて、熱っぽい息を吐いた。「こうして触れているのに、あなたがそばにいると、まだ実感できない。クラウチさんをもっと知りたいのに、消えてしまいそうで怖いんです」
「試してみればいいじゃないか。消えるかどうか」チャールズはイーサンの腕からするりと抜け出し、上着を脱いで、砂の上に放り投げた。
次いでシャツもパンツも、下着さえ脱いで、一糸まとわぬ姿になった。
「クラウチさん」
「ほら、日光に当たっても消えない」チャールズは腕を広げて、伸びをした。「あんたも脱げよ。魚人野郎は全部片づけた。今なら誰も見てやしないぜ」
イーサンは慎重に武装を解き、えいやと全部の服を脱ぎ去った。
「どうだい、潮風が気持ちいいだろ」
「ええ。少し、冷たいですけどね」イーサンは恋人の体を観察した。血色がなく、首から下の毛は全く生えていない。作りものみたいだった。
「クラウチさんは、俺が知ってる吸血鬼とは違うんです」
「へえ、どこが違うんだ」西日のまぶしさに、チャールズは目を細めた。
「今まで見て来た吸血鬼は、邪悪なんです」
「俺だって邪悪だ」チャールズは腰に手を当て、胸を張って見せたが、イーサンの反応がいまいちだったのでまじめに聞くことにした。
「俺が知ってる吸血鬼は、なんていったらいいか、おぞましくて、生に執着して、醜い。人を脅かす悪なんですよ」
「ふうん。俺は違うってのか」
「違いますよ」思わず荒くなった声を抑え、イーサンは言葉を選んだ。「クラウチさんは綺麗です。自分を犠牲にしても、人を救ってる」
指先だけを絡め、イーサンはチャールズの手を引き寄せる。
「クラウチさんは、俺を救っているんです」爪にそっと唇を当て、戻す。
「いくら善良でも吸血鬼は滅びなきゃならない」チャールズは海に向かってサクサクと歩く。「一度死んだ人間が生き返って、また地上を歩くなんて。そりゃ、神様だけに許された特権だ。そうだろ」
振り返ると、イーサンは捨てられた犬のような顔で突っ立っていた。
「何て顔してやがる。どこにも行かないよ、あんたが滅ぼしたいと思うまでは」
「あなたを滅ぼすくらいなら、世界を滅ぼす方がまだ簡単です」イーサンは手を伸ばした。「クラウチさん、来て」
「ロマンチスト」チャールズは両手を広げ、イーサンを迎え入れる。背中に手を回し、なだめるようにぽんぽんと叩いた。
「なあ、試してみろよイーサン。俺が消えないかどうか」
イーサンは静かに瞬きした。金色の睫毛が揺れ動く。どう返事していいか、迷っているようだった。
「ここで、あの、するん……ですか」
「臆病なぼうやは自分の部屋でも俺に手出しできないもんな。じゃあ、こんなのはどうだ」チャールズは指をくねらせた。
砂が舞い上がり、糸のように折り重なって、二人を覆い隠す。瞬く間に砂の家と砂のベッドができた。
「ねえ」
「何だよ、不満か」
イーサンはほんの数時間前に、百体近いマーマンの群れが、一瞬にして隆起した砂に埋もれて窒息させられたのを思い出していた。
「いいえ」
「誰も来ないよ。日没までに片づけるっていっといたろ。つまり日没までは誰も来ない」
チャールズは顎をしゃくった。砂のベッドにあがれよという意味だ。イーサンは手で押して、砂が崩れないか確かめ、ベッドに寝そべった。
「不思議な感触ですね」
「砂のことならお手の物だ」チャールズはイーサンの下腹に跨った。「で、どうするんだ」
「どうしましょうか」イーサンはチャールズの腰に触れ、親指で腹筋のくぼみをなぞる。
「おっ、やる気はあるじゃないか」背中に当たる、固く湿った感触。チャールズはイーサンの根元を掴み、尻の割れ目に挟んでこすった。「入れてみるか」
「無理です……入らないですよ」
「試してみよう」チャールズは先端を当てて、腰を落とそうとした。押し返すばかりで、少しも入ってこない。「ううん、ちょっと無理」
「ほら」
「ほらじゃないよ。あんたのがでかすぎるんだろ。握って親指と中指がつかないって、でかいにもほどがあるんだよ」
強めに掴むと、浮き出た血管が脈打つ。
「クラウチさんっ……」イーサンは息を飲んだ。
「ううん、唾で濡らせば入るかな」チャールズはイーサンのほうにお尻を向けた。「あんたも協力しろ。やる気はあるんだろ」
「あります。何でも協力します」イーサンは迫ったお尻を凝視した。柔らかい二つのクッションの間に、自分のものと比べればかなり小さく、白いものがぶら下がっている。
「よし、その意気だ。とりあえず、あんたも指とかでどうにかして濡らしてくれよ。吸血鬼になってから排泄もしなくなったからさ、別にそこまで汚れてはないと」
「はい」会陰を舐め、後ろから袋を口に含む。ちゅるっと吸い込むと、全てが口に収まった。
「ひ、そこじゃなくってぇ、尻だよ尻」
イーサンは無視して、舌で二つの膨らみを転がした。皺が少なく、すべすべした口当たりをたっぷり堪能する。チャールズはそそり立つものを両手で握ったまま、太腿を震わせた。
「お尻の穴もいっぱい舐めてあげますね」
「別に、直接舐めるんじゃなくたって、ふうぅ……」
皺の一本一本をほぐされ、舌先でほじくられる。同時に前を擦られ、弄ばれて、チャールズは身もだえながら、イーサンの鼻面に尻を擦り付けた。
「クラウチさんも舐めてくれるんでしょ。がんばってくださいよ、ほら」
穴を広げられ、中を舐められる。ヒクヒクと震える入口を吸われて、唾液が注ぎ込まれた。
「ひいっ、わかったから」
チャールズは竿をしごきながら、エラ張った傘を丁寧に舐めた。とても口に含めるサイズではなかった。無理やり咥えようとすれば、鋭い歯が邪魔をする。
「イーサン……どうだ」
「気持ちいいです……こんなの想像したこともないです」
――いつもどんな想像してるんだ。気にはなるが、それどころではなかった。イーサンの鈴口から、さするたびに透明な粘液がとろとろあふれ出てくる。
「なあ、これ大丈夫かな。すごく出てるけど」
出て来た粘液を手のひらでぬるぬるとなすりつける。
「ふは、それだめです、気持ちいい」
「だ、だめなのか。気持ちいいのか、どっちだよ」
「ごめんなさい、いいです、もっとしてください」
チャールズは一生懸命にイーサンの良いところを探った。お尻に当たる息が熱い。
「イーサン、すごくトロトロだし、もしかしたら、入るかも」
「でもクラウチさんは」
「いいからやってみようぜ。今度はあんたが試してみろよ」チャールズはイーサンの腹から降りて、仰向けに寝た。
「じゃあ、ちょっとやってみますね。痛かったらやめますから」
イーサンは片手でチャールズの腰を支えて、小さな入口にぬるついた先端を当てた。先ほどよりも柔らかいが、無理に入れれば裂けてしまいそうだ。
「やっぱり、入らないですよ」
「いや、いける気がする。そのまま、真っ直ぐ押し込め」
イーサンは深呼吸した。できるだけ負担をかけないように、ゆっくりと、太い頭を埋めていく。
「う」
「クラウチさん……痛いですよね」
「大丈夫だ、そのままいけよ。変なところでやめるな」
励まされて、イーサンは入りかけたエラを中まで押し込んだ。中はぬるいが、うねって柔らかい。太い箇所が通りすぎれば、後はすんなりと入ってしまった。
「クラウチさん、入っちゃいました」
「ケツの入口は痛いが、中は案外痛くない。だが、圧迫感がすごいな。死んでから初めてクソが詰まってるような感じを味わってるぜ」チャールズはこれ以上ないほど眉間に皺を寄せている。マーマンを窒息死させた時よりも緊迫した表情だ。「すまん。色気もクソも……ああ、クソはもういい」
「……裂けてないですかね」
「平気だ。ほら、まだ入り切ってないだろ。ちゃんと奥まで入れろよ」チャールズはふくらはぎでイーサンの腰を叩いた。
イーサンは腰を進めた。幾重にも隆起した粘膜を無理に分け入る感覚。誰も踏み入れたことのない未開通の道を暴いていく。根元まで入れる寸前、ぴったりと壁に当たった。押しても、これ以上は開かない。
「全部……入っちゃいました」
「すごいな、あのでかいのが俺の中に入ってるのか。なんだか、内臓に届いてる気がする」下腹をさすりながら、チャールズはイーサンの背中に脚を絡ませた。「よし、あんたの好きに動いていいぞ」
「な、内臓ですか……なるだけ、クラウチさんが辛くないようにします。ね、それより、キスしていいですか」
「いいよ」
イーサンはチャールズに覆いかぶさって、軽い口づけをした。その首に腕が回される。体を重ねて、深く、互いの唇を貪る。
「動きますね……」
「うん」
イーサンは唇を舐め、つばを飲み込んだ。丁寧に、ヒダの一つ一つ味わうように、粘膜へ自身を擦りつけた。こどもの頃からずっと妄想していた。チャールズ・クラウチを愛し、命を注ぎ、自分の物にすることを。
「ああ、クラウチさん」
「気持ちいいか」
イーサンは恍惚な眼差しで、何度も頷いた。珠の汗が砂のベッドに染みを作る。
「すごくいいです。どうしよう、もう出そうで。外に出さないと」
「いいから続けろよ。中に出してもいいから」
「でも」
チャールズはイーサンを抱きしめた。より体が密着するように。
「出せよ」
「ああ、でも、すみません、あ――あっ」イーサンは全身を震わせ、奥の壁を揺さぶった。
「ん、なんだ、すご……あ、どうしよう、あんたの吸ってる、止まらないんだ」
「俺も吸われてる、まだ出るのが止まらないんです、どうしましょう」
射精は驚くほど長く続いた。ドロドロと煮詰まった濃い精液が、勢いよく飛び出すのではなく、ゆっくり、血が染みこむように溢れ出るのを感じた。チャールズの中が先端に吸いつき、うまそうに啜っている。男の精液を採取するためだけに作り替えられた、体内の唇で。管に残った精液まで絞り取ってしまうと、肉壁はようやく吸引をやめた。
「イーサン、もしかして俺」
「はい、多分」
チャールズの素肌は、上質な真珠玉の艶を宿している。精液をお腹いっぱい啜って、ぼんやりと光るほどに滑らかさを増した。透き通るような白肌に、乳首だけが色味を増して赤く熟れている。
「ケツからあんたを吸血、いや、吸精というべきか」
「はい」
「なんてことだよ」
深くため息をつくチャールズの前髪をイーサンは優しく横に払った。
「嬉しいです」
「なにが」
「クラウチさんと繋がれただけじゃなくて、命を与えられるなんて。きっと世界中で俺だけですよ」
「はぁ……あんたってほんと、ロマンチストだな」
ちゅ、と頬にキスを一つ。
「ねえクラウチさん。今度はちゃんと気持ちよくしますね」
「さっきも充分気持ちよかったぜ」
「まだし足りないんです」
首にキスし、食むように鎖骨へ移動していく。無い胸を撫でまわし、唯一膨らんだ先端に口づける。
「あ……」
イーサンはもったいぶるように、胸郭からねっとり舐めあげていった。すぐ感じるところには触れないで、乳輪のきわを舌先でなぞっている。片手でわき腹から、胸筋の形に添って指を這わせる。指先と舌が、同時に敏感な箇所を捉え、チャールズはヒクッと体を震わせた。
「ここって、気持ちいいんですか」
「うん……んっ」
強く吸われて、背中がのけぞる。赤い膨らみがうっ血してより赤くなった。
「クラウチさんのおっぱいは絶対人に見せたくないです」
「胸板だよ。あんたのほうがでかいだろ」
イーサンの胸筋は、叩くとぱちんと良い音がした。
「ねえ、もう一回しますね。大丈夫ですか」
「好きにしな」
イーサンは再び恋人に覆いかぶさった。前回よりも引っかかりがなく、すんなりと入った。中はよりトロトロになって、自ら誘い込むように吸い付いてくる。
「ああ……」イーサンは感嘆の吐息を洩らした。チャールズの尻肉を掴んで、結合をより深く密着させた。
「イーサン、もっとおく、トントン、ってして」
「っ、はい」イーサンは少し抜いて、体内の唇に口づけるように、ふたたび押し付けた。
「んっ、それ」
イーサン専用の蜜壺は、優しくかき回すたびにミチミチといやらしい音を立てる。千枚の舌が折り重なっているような感触。どこまでも奥へ誘い、抜く時は絡みついて離さない。根元まで差し込むと、ぬめった唇が吸い付いてくる。イーサンはすぐ達しないように、必死で我慢した。
「クラウチさん、痛くないですか」
「痛くないよ。あんたのこと、もっと欲しいんだ」
イーサンは泣くように息を震わせ、奥の唇に優しくキスを続けた。
「も、イキそうです、クラウチさんっ」
「いいよ……ちょうだい。飲ませて」
「んっ――」イーサンはチャールズを抱きしめながら、ビクビクと痙攣した。注がれた命が、文字通り愛する人の血肉になっている。イーサンは幸福に満たされながら、脱力した。下にいるチャールズにそっと口づけて、頬に額を擦りよせた。
「クラウチさん、愛してます」
「俺も、愛してるよ」
イーサンとチャールズは体の砂を落とし、元通り服を着て、依頼人に仕事の報告をしに行った。見られていたはずはないのに、気恥ずかしかった。猟師の依頼人は、泊まって食事していくように勧め、二人はその言葉に甘えた。
「しちゃったな」
「はい」
二人はこっそり手をつないで寝た。隣の部屋では猟師と家族が寝ている。
「ああ、すごくしたい」
「俺もです。でもだめですよ、隣に人が寝てますから」
「わかってるよ」
にぎ。イーサンはチャールズの手を揉んだ。
「よせよ、イーサン」
「わかってますよ」
薄い壁の向こうから、寝返りを打つ音が聞こえた。
「クラウチさん……一緒の布団でくっついて寝るだけって、だめですか」イーサンは足の指でチャールズのふくらはぎをつついてくる。「ねえ」
「絶対それで終わらないだろ。寝ろって」
チャールズは手をほどいて、イーサンに背を向けた。
潮臭くて、パサパサした手触りの毛布は寝心地が悪い。イーサンが布団から這い出る音がした。チャールズは目を瞑って、寝たふりをしている。
「クラウチさん……」耳元でイーサンが囁いた。「寝てないでしょ」
後ろから抱きしめられ、首すじに髭を当てられて、チャールズは寝たふりをやめた。
「ちくちくする」
「ほんとに一緒に寝るだけです、いいでしょ」
「わかったよ」
イーサンはチャールズを横抱きにして、髪に何度もキスした。
「クラウチさん、消えないで」
「消えないって。寝ろよ」
「はい」イーサンは安心して瞼を閉じた。
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