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番外七 石は星の夢を見る
石は星の夢を見る
「なあ、イーサン。石になったらどうかな」
イーサンは振り返り、恋人の真意を測りかねるといったふうに、首を傾げた。
「石って」
「そりゃあ、石だよ。ごつごつして硬い。人体なら炭素か。ダイヤモンドのほうがいいかい」チャールズは覗きこんでいたルーペを置いて、標本箱にルビーの原石を戻す。痩せた眼孔の奥に光る眼は、濁った原石なんかより、余程赤い。
「何が、どうして石になるんですか」
「あんたと、俺が。永遠のために」
イーサンは髭を指でしごいた。厄介な件について考える時の癖だった。恋人のチャールズは度々病にかかる。突拍子もなく、薄暗い夢に浸ろうとするのだ。
「クラウチさん」イーサンはチャールズの両肩に手を置いた。「何を考えていたのですか」
「いつも通りさ。昨日あんたに抱かれながら、この瞬間をいつまでも続けるにはどうしたらいいか、考えていた」
「その答えが石になる、ですか」
「うん。あんたの体温が離れる前に石になったら、俺たちはずっと離れないで繋がっていられるんじゃないかって」
上品な燕尾服の肩に皺が寄る。薄い骨は、力を込めれば割れてしまいそうだった。乾燥しきった貝の死骸みたいに。イーサンは強い感情を表さぬよう、己を抑えた。
「ねえ、クラウチさん。俺は石になる以外の方法がいいです」
「石は嫌いかい」
「好きですよ。あなたの好きなものなら何でも好きになりたい――だけど」イーサンは腰を落とし、上目に見てくるチャールズと視線を合わせた。「できればこうやって、向き合いながら話をしていたいんです」
「俺だってそうだよ。あんたが人間じゃなきゃ、俺が化け物じゃなきゃ、普通に生きて普通に死んで、また一緒になれたかもしれないのに。それなら、石のほうがましだろ。雨風に晒され、波に削られ、いつかなくなるまで離れないでいられる」
チャールズは涙を流した。一筋伝い落ちる雫は、すぐに白い灰へと変わった。
「クラウチさんは乾いているのですね。どれだけ愛を注いでも、欲しいのでしょう」
「欲しいだなんて」
「恥ずかしがることはありませんよ。俺はもっと貪欲です。石が朽ちる年月なんて、まるで足りないんです。光がやっと届くほど遠くの星より、なお遠い星が生まれて消える年月ですら、俺にとっては短い」
「星なんて、想像もつかないな」
「そうでしょう。石は星から生まれた一部なんですから。未来がどうなるかなんて、想像がつかないものです。だからクラウチさん、心配しないで。必ずあなたと本当の永遠を手に入れますよ」
「ああ」チャールズはいびつに唇を曲げながら、真珠色の頬を拭った。
イーサンは瞼を開けた。半透明の白い幕が見える。天蓋だ。白い布地に木目が透けて見える。だとしたら、ここは自分のベッドではなくて、恋人の――チャールズの部屋だ。
寝返りを打つと、カーテンから差し込んだ光がまぶしくて、顔をしかめた。皺になったシーツの感触が直接感じられる。服を着ていなかった。下着は……かろうじて身につけている。
起き上がると、チャールズがベッドの端に座っていた。壁を背にして、水たばこをふかしている。寝る前と同じ格好だ。真珠色のスリップから、黒いガーターベルトとストッキングが透けていた。明るいために、体の形すらはっきりと見えてしまう。意識を手放す瞬間まで溺れていた感触を思い出し、イーサンはつばを飲み込んだ。
「おはよう、イーサン」チャールズは口から白い煙を吐き出した。
「おはようございます」
向こう脛にストッキングがこすれた。チャールズがふくらはぎを乗せて来たのだ。
「昼前だぜ」
「えっ、もうそんな時間ですか」
「そんな時間」
イーサンは手櫛で髪を整えた。鏡がなくても生え際がめちゃくちゃになっているのがわかった。できるだけ恰好悪いところを恋人に見られたくなかったが、チャールズは気にしていないようだった。
「クラウチさん、いつ起きたんですか」
「さっきかな。気持ちよさそうに寝てたから、起こさなかったよ」ふわっと吐き出された煙から、かすかにバニラが香る。
チャールズの水たばこに、煙草の葉は入っていない。木やハーブに香油を混ぜたものを高価な白炭で焚き、水にくぐらせた煙。イーサンにとっては嗅ぎ慣れたにおいだった。セントベルの魔狩人が使っている、邪悪な魔を払う香。つまり、吸血鬼にとっては毒に等しい。
「平気なんですか、クラウチさん」
「なにが」
「それ」イーサンは水たばこを指差した。
「ハイになりすぎたからな、少し抑えてる」チャールズはイーサンをまたいで、水たばこをサイドテーブルに置いた。イーサンはすかさずその腰を捕まえて、スリップの上からお腹を撫でた。
「なんでハイになってるんですか」
「あんたとやりまくったせいだよ」
「百回くらいしましたっけ」
「そこまでしてないけど」
抱き寄せると、チャールズは大人しく腕の中に納まった。
「疲れてないのかよ」
「ちっとも」
イーサンは少し嘘をついた。石騒動から丸一日。無限に衝動が沸いて、止めどころが分からないまま何度も絶頂し、気絶した。こんなのは初めてだ。性欲なんて愛情のおまけみたいなものだと思って生きて来たのに。
「あんたが起きるのを待ってたんだぜ」チャールズはにやつきながら、パンツの紐に指をかけた。
「やる気満々じゃないですか」
「だから言っただろ。ハイになってるんだ」レースのついた薄い布が投げ捨てられる。「あんなので清めようったって、効きやしないよ。邪悪すぎてさぁ……そうだろ」
チャールズは起き上がりかけたイーサンの胸を押して、ベッドに寝かせた。
「イーサン、このままだと俺、永遠の前にあんたを殺しちまうかも」
「それはまずいですね」イーサンは腹の筋肉を使って、チャールズごと起き上がった。後ろ向きに倒れる恋人を胸に抱きなおし、額に軽く口づけを落とす。
「クラウチさん、俺ってすぐ考えが変わるんです。星の年月はやめました」
「俺が嫌になったかい」
「まさか。星の一生なんて、まだ短いかなあって。宇宙が生まれて消えるより、もっと長くないと、永遠とはいえないでしょう」
瞼に、鼻に口づける。チャールズはくすぐったそうに身を捩った。
「確かに短い。ちっとも足りない。あと一回シてから考えようぜ、あんたの宇宙計画ってやつをな」
「やれやれ」
イーサンは伸ばされてきた赤い舌に、優しく吸いついた。
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