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番外八 爪の先まで愛してる

 爪の先まで愛してる  山奥の村にある、小さな宿。  イーサンは床の上に背嚢を下ろし、土埃にまみれた外套を脱いだ。 「やれやれ、よく歩きましたね」 「そうだな。なかなかいい部屋じゃないか」チャールズもトランクを外套掛けの下に置いて、部屋をあちこち観察する。  イーサンとチャールズは四時間の登山を経て、ようやくひと心地ついていた。部屋数と懐に余裕があれば、仲間と別の部屋をとることにしている。仲間たちも二人の関係を知っているので、文句を言われることはなかった。  イーサンのえんじ色をした旅装は、あちこち泥がはね、草でこすれた跡がついているが、チャールズの黒い燕尾服や、紫色のハイヒールは少しも汚れていなかった。魔法の砂で作った防壁が、あらゆる汚れや障害物から身を守ってくれるのだ。 「クラウチさん、そんなに踵の高い靴だと疲れませんか」  チャールズは窓を開け、空気を入れ替えていた。 「ああ、平気さ。これはな、妖精の街で作った靴なんだ。頑丈だし靴擦れもしない。今度あんたも連れて行ってやるよ」 「へえ~ 妖精の靴ですか。人間のお金って使えるんでしょうかね」 「使えるさ。靴職人は人間の作った金が大好きだからな」 「へえ」  上等とはいえないベッドに座り、チャールズは踵だけ使って器用にハイヒールを脱ぎ落とす。イーサンもブーツを脱いで、汗の染みた靴下を履き替えた。 「クラウチさんは靴下じゃなくてストッキングなのに、破れたりしないんですね」 「ストッキングも特別製だからな」チャールズはうつ伏せになり、ベッドに寝そべった。「やっぱり疲れたよ」  イーサンは無造作に放り出されたハイヒールを揃え、ふ、と笑みを漏らす。泥のついた頑丈なブーツと比べれば、あまりに小さく、妖精みたいにかわいらしかったので。  靴の主も妖精みたいですね――恋人のまろやかな腰のラインを目で追い、光沢のある布に包まれた脚線から、無防備に天井を向いている足の裏まで眺めた。 「足裏マッサージをしましょうか」 「あんたも疲れてるだろ」 「あなたに触ったら、元気になれそうなんです」 「ふうん、元気ね」  にやにや笑うチャールズの足首を持ちあげて、胸元まで持ってくると、イーサンは足裏をほどよい力で指圧しはじめた。 「どうです、痛くないですか」 「全然。気持ちいいよ」  むにむに。イーサンは指の付け根をひとつひとつ、丁寧に揉み解していく。 「痛いところはありませんか」 「ないねえ。後であんたにもしてあげたいな」 「俺の足裏はいいですよ、臭いので」 「じゃあべつのところ……ん、気持ち良くしてあげる」  イーサンは静かに唾を飲み込んだ。このひとは本当に、男を煽るのが巧いのだ。 「クラウチさんて、足の爪も赤いですよね」  黒い生地から透けて見える爪先を指の腹で押してみる。チャールズはもぞもぞと指先を丸めた。 「そりゃ吸血鬼だからな」 「汗、かいてないですね」 「吸血鬼だからな」  イーサンはチャールズのふくらはぎを持って、足裏にそっと鼻を近づけた。 「へえ、足の裏もいい匂いなんですね」 「足なんて嗅ぐなよ」  踵に顎髭が当たる。チャールズはくすぐったそうにしたが、顎を蹴るまいとされるがままになっていた。イーサンは土踏まずあたりを押さえながら、中指にキスをした。 「髭が当たってる」 「ちくちくですよね」  悪びれもせずイーサンはキスを続け、親指からぱくりと咥えた。丸まった関節をこじ開けるように舌でほじくり、指の一本一本を念入りにしゃぶる。 「マッサージはもう終わりかい」 「最後の仕上げですね」 「……ご丁寧なことで」  小指にキスし、イーサンは名残惜しそうに唇を離した。 「もういいですよ、クラウチさん」 「いいのか」チャールズは体を返し、腰を起こした。「それじゃ、次はあんたの番だ」 「俺はいいですよ。足も臭いですし」 「遠慮するなって」  四つん這いでじりじりと近づいてくるチャールズに負け、イーサンはベッドの上に倒された。 「さーて、どこが凝ってるのかな」  筋肉がのった分厚い肩や胸の上を細い指が撫でていく。いつも通り、黒い手袋をしたままだ。冷たく弱々しい触れ方は、実体無き氷のよう。冷ややかな指の温度とは反対に、イーサンの体は触れた箇所から熱を持っていく。 「おやぁ、一番かたくなってるところ、見つけちまったぜ」  服の上からでも、明らかに形を持っているそこに触れる。イーサンはハッ、と息を飲みこんで、叱られた犬のようにチャールズの目を見上げた。 「これをどうしてやろうか。手で優しくマッサージしようかな」  手袋越しの爪が、下から上までゆっくりとなぞる。 「今日は足がいいですね」 「ふうん。なんだか踏みつけるみたいで勿体ないが、いいぜ」  二人は向き合って座り直した。イーサンが性急に腰ひもをほどき、前ホックを開くのをチャールズはのんびりと待った。 「相変わらずでかいなぁ。俺の足よりでかいだろ。湯気が立ちそうだし。なあ、本当にいいのかい、足で」 「お願いします」 「お願いされちゃ、仕方ないな」  チャールズは足を揃えて、イーサンの熱く凝りかたまったものを挟んだ。 「足の裏でこするのって難しいな。こんなので本当に気持ちいいのか」 「気持ちいいですよ……難しく考えないで、クラウチさんの好きに動かしてください」 「まあ、あんたがいいなら」  チャールズは一生懸命足裏を使って、イーサンを刺激した。力をかけすぎないよう、それでいて弱すぎないように、指の股で挟んでみたり、先端を包んでみたり――  手に比べれば拙いが、イーサンはかえって興奮した。なにより、チャールズがいつもにも増して工夫を凝らそうとする姿が、愛おしかった。 「あっ、クラウチさん、もうダメです」 「そうかい」 「そのまま。お願いします、そのままで……っ」  指の間から白濁液が溢れ出て、黒いストッキングを濡らしていくのをチャールズは黙って見守った。 「はあ……クラウチさんのストッキング、ベタベタにしてしまいましたね」 「舐めた時点でベタベタだったし」足の裏を広げ、ドロリとこびりついた液を見せつけるチャールズ。「いっぱい出したな、ぼうや」  イーサンは恥ずかしくなって、熱い頬を触った。

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