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番外十三 チャールズの妄想

 チャールズの妄想  服越しにもわかる、固くてごつごつした手だ。敏感な内腿の付け根を後ろから撫でられている。相手の男は見えない。チャールズは柔らかい絹のスカーフで目隠しをされていた。  肉の薄い体の中で、唯一張った臀部を撫でさすられる。 『いや』口に出そうとしたが、銜えさせられた物のせいで声は出せない。男の布手袋を詰められているのだ。手袋は少ししょっぱいような、汗の臭いがした。  無遠慮に尻肉を撫でまわした後、手は中心に移動した。一番長い、中指で割れ目をこじ開けてくる。下着が食いこむ不快感、他人の指から無理やり与えられる圧力。恐ろしい。チャールズは逃げようとして、身を捩った。男はすかさず前を握りこんだ。勃起していないとはいえ、男の手の平は陰嚢まですっぽりと覆ってしまう。  なんて大きいのだろう。チャールズは涙がスカーフに滲むのを感じた。 『いや』もう一度訴えようとした。手首は革ベルトで結ばれている。耳元をねぶられた。熱い舌が、イヤリングごと耳朶を苛む。男はうなじにキスを落とし、指の股で陰茎の形を何度もなぞった。  チャールズは服が汚れるのを気にしていた。全身オーダーメイドの礼服なのだ。下着ですらも。男は美しい礼服を乱さないようにしているつもりなのか、激しくこすりはせず、丁寧に力をかけて行った。  布がこすれる音に混じって、首すじに熱のこもった息遣いを感じた。背中に燃えるような体温を。男が手を動かすたびに、柑橘の皮のような、燻した香木のような体臭が鼻をつく。甘苦い、他人の香り。  男も礼服を纏っていたはずだ。チャールズのように仕立てのよい服ではないが、浅黒く逞しい体を包むのには十分だった。  チャールズは思い出して、冷や水を浴びせられたように身を震わせた。白い歯を見せた、あの笑顔。こちらを射抜くような目付き。頬に優しくキスをされ、目隠しすることに合意してしまった。 「ゲームですよ」男は言った。「目隠しをして、相手を捕まえるんです」  チャールズは男を信じた。ダンスを申し込まれたのは産まれて初めてだったから。男を探すために伸ばした腕を取られ、手首を封じられた。 「捕まえた」 「捕まえるのは、俺のほう――」最後まで抗議する前に、口に手袋を詰め込まれた。  はじめは全身を撫でられていた。痩せた体の輪郭を確かめるように。次いで髪の匂いを嗅がれた。耳の後ろに鼻をこすりつけて、ゆっくりと。髪を整えるワックスは無香のはずだし、チャールズには体臭がなかった。  男の力強い手が敏感な部分に触れた時、チャールズは喉の奥で悲鳴を洩らした。ようやく男が何の意図をもって拘束したのか、わかったのだ。  枷を引きちぎって逃げ出そうとしたが、体がすっかり固まって動けなかった。この男のものになることを体が決めてしまったようだった。  排泄器として機能しなくなって大分経つ肛門を揉みこまれると、痛みよりもじんじんとするむずがゆさが広がった。 『そんなところ、だめ』首を振って訴えるが、伝わるはずもなかった。  前を擦る指も乱暴ではなく、ごく優しかった。人差し指で先をつうっと撫でられると、背筋がぴりりとした。 「クラウチさん」男の低い、湿った声。「優しくしてほしいですか」 『して』チャールズは頷いた。つもりだった。代わりに、男の手に尻をこすりつけて、ひくひくと腰を震わせていた。 「クラウチさん」声は笑っていた。服の上から触れられただけで達した、はしたない体を叱咤するように。  両手が剥がされる。蒸し暑いほどの体温が離れ、チャールズは寒いと感じた。すぐに、手よりも熱と質量を持った塊が尻に押し付けられた。腰を抱えられて、相手の体と密着させられる。割れ目にぴったりと沿い、鋼のような重いソレをこすりつけられる。 『かたい』チャールズは鋭い歯で手袋を食い締め、唾を飲みこんだ。  男の熱ですっかり蒸れた布地まで、互いの皮膚になってしまったようだ。男の動きは確かに優しい。相手の形まではっきりわかるほど敏感になっているのに、布ずれの音すらごく密やかで、ただ当てているだけと何ら変わりなかった。  膝が崩れそうになるのを抑えて、腰を上下に揺らす。チャールズは繊細な装飾が施されたハイヒールを身に着けていた。ダンスのために作られた靴で、淫らに踊った。背後の男を喜ばせるために。男は分厚い手で腰を抱いて、踊りを助けた。チャールズが動くに合わせ、決して乱暴にしなかった。 「クラウチさん、"好きです"」 『俺も好き、あんたが』 「好きです」記憶にある男の声を反芻する。繰り返し、脳で咀嚼する。好意の言葉以外は流れて行った。波が砂を攫っていくように。  チャールズは男が達するのを待った。細い体をしならせ、男が我を忘れて愛をぶつけてくれる瞬間をひたすら待った。空想の中ですら、男は穏やかだった。チャールズは罪悪感に満たされながら、二度目の絶頂を迎えた。  男の背中に包まれてひとしきり泣いた後、瞼を開けた。天井の梁が見える。部屋の中には他に誰もいない。 「……ごめんなさい」チャールズはベッドの上で涙を拭った。手も口にも枷はなく、自由だった。 「ごめんなさい、何でもするから」 『あなたの本に感銘を受けました。石の人が好きです。石ゆえに旅先で合う人の心の有り方を理解できないと嘆く様は繊細で――』男の声を反芻する。穢れない、青い瞳を。まっすぐにぶつけられる好意を。 「愛して」  利己的な願いを聞いている者は、やはりいなかった。

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