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第16話
石の人 十六
おばあちゃんに会って暫く話した後、二人は貿易都市への帰路に着いた。両親曰く、イーサンは既に除名扱いとなっており、魔狩人として働く義務はないとのことだった。
両親の優しさが身に染みた。イーサンは晴れて、身も心も自由を得たのだから。
賞金稼ぎや冒険者の仕事は、考えてみれば稼業より余程辛いことばかりだ。収入は安定しないし、魔狩人をやっていた頃より危険な相手はごまんといる。
精神的に苦しい仕事も多かった。今回のように、単なる配達のつもりが、依頼人に重苦しい説明をしなければならないこともある。なんとか依頼人に、娘は引っ越したということで誤魔化した。女性の安全を守りたかったから。
家業より苦しくても、イーサンが冒険者として暮らすことを選んだのは、自由に選択する権利があるからだ。
イーサンはあくまでも、自分で人生を選択して生きたかった。何より、今はチャールズがそばにいる。どんなに困難な状況が待ち受けようとも、愛する人が共にいるのだ。
イーサンはチャールズや仲間と共に、貿易都市の周辺だけでなく、世界へ羽ばたいた。
チャールズはイーサンから日々血を供給されてどんどん美しく、魔力を取り戻した。イーサン自身も新しい経験を積み、力を増して行く。
もはや、人生は幸せそのものだった。今までの苦労が報われ、光り輝いている。
このままチャールズと結婚して、幸せに年を取って、いつか終わりの時まで――
ふと、そこまで考え、違和感が宿った。
イーサンはとても幸せだ。愛する人と死が分かつまで共にいられて。では、その後は。
チャールズは、その後どうするのだろう。イーサンの血しか吸わない、イーサンの愛だけを頼りに生き長らえる、チャールズは。イーサンの亡骸を前に悲しみ続け、魔力が尽きるまで世界に尽くし、灰になって滅びるのだろうか。
「石になればいいと思うんだ」
ある日、チャールズはイーサンの心を見透かしたようにぽつりと呟いた。
「石ですか」
「そうさ。だって他に、永遠なんてないだろ。俺は化け物で、あんたは人間。俺はあんたを化け物にしたくないし、あんた以外の血を吸って生きるなんてまっぴらなのさ」
できるだけ平静を装った。それは、イーサンが前々から思い悩んでいたことに他ならなかったから。
「けど、俺は石になって朽ちる年月なんて、足りないんです。ずっとクラウチさんと向き合って話していたいんです」
「うん、そうだよな。俺だって、足りないよ」チャールズの眦から、涙がこぼれ、すぐに真珠色の灰へ変わった。
――石。他に一つだけ、方法があった。
錬金術師が目指す、最終目標。永遠の命すら叶える方法。
それは賢者の石と呼ばれている。
お父さんは昔、こう語った。
『賢者の石は確かに人が手にできるものだろう。しかし、誰も本物を見たことがない。イーサン、人には分相応がある。世界の理から外れると、居場所を失ってしまうのだ。我々黄金の鐘は、人の分を弁えなければならない。でなければ身を滅ぼす。不死者のように、行き場を失くしてしまう。命の水は神のみが持ちうるものなのだ』
その時、まだ幼かったイーサンは賢者の石が恐ろしくて仕方なかった。
しかし永遠を求めるなら、チャールズと時間を共有し続けるなら、世界の理に反したとしても、求める価値があるだろう。
イーサンは寿命が尽きて死ぬまでの間、冒険の片手間に錬金術を研究し続けた。しかし、賢者の石らしきものはついに完成しなかった。
いつまでも若いチャールズは、イーサンが老いてもなお血の力を取り込んで、美しくなり続けた。そしてイーサンが命尽きると、愛する人の墓石を抱いて自ら石になった。
イーサンは瞼を開けた。半透明の白い幕が見える。天蓋だ。白い布地に木目が透けて見える。だとしたら、ここは自分のベッドではなくて、愛する伴侶の部屋だ。
おかしい。頭がぐるぐると回った。長い夢を見ていたのだろうか。確かに命尽きて死んだのだ。前回はそう、何事も無く、寿命が尽きるまで添い遂げた。
起き上がると、水煙草を吸ったチャールズがうっすらと微笑んでいる。
真珠色のスリップに、黒いガーターベルトとストッキング。
チャールズは決まってこう言うはずだ。
「おはよう、イーサン。もう昼前だぜ」
「もうそんな時間ですか」
――またやりなおし。焦るな。時間は十分にある。
イーサンは唇を舐めた。
しかし、もしも根本から間違っているのだとしたらどうだろう。チャールズが吸血鬼でない未来があったとしたら。
それが正しい時間軸だとしたら。
まだあれは完成していない。要素が足りないのだとしたら。
「どうかしたのかい」
「あのね、クラウチさん。俺、星の年月はやめたんです」
「俺が嫌になったのかい」
「まさか。星の一生なんて、短いんですよ。本当に短い。宇宙が生まれて消えるより、もっと長くないと、永遠とはいえないでしょう」
チャールズの瞼に、鼻に、唇を落としていく。何度も何度も、慈しみを込めて。
「あんたの宇宙計画はさ、壮大すぎてわからないよ。けど、俺にも手伝わせてくれるんだろ」
「もちろんです。クラウチさんがいなければ、始まりませんから」
イーサンはチャールズの開いた唇に、舌を滑り込ませた。
並行世界を滞りなく正当な分岐へ導くためには、極力その世界に元々あるものを利用するのが一番だ。外部から手を加えすぎると、異分子と認識された枝は簡単に世界から切除される。
計画のためには、手始めにハッガスを殺す必要があった。ハッガスが寝ているチャールズ・クラウチの腹を蹴り起こした、そこから地獄の分岐が始まったのだ。
心配するな。安心しろ。二人の未来は正当なものだ。イーサンは自らに言い聞かせる。何故なら、正当な未来である確定世界から渡って来たのだから。
重戦士ハッガスは『腐り華』で最も間抜けな人間だった。チャールズ・クラウチが何故ハッガスの暴力に甘んじていたかというと、仲間、特にリリカを守るためだった。
遺跡に仕掛けられた罠に、現地の材料で調合した毒を塗っておいた。調合方法はただでさえ門外不出。この時代で解毒する方法は皆無だ。
墓に葬られたハッガスは毒のためグール化し、蘇った。
次いで村の館を占領したレッサーヴァンパイアを支配した。偽りなき本来の討伐対象。ドラゴン、ロードヴァンパイア、魔神すら退治した『腐り華』――否、チャールズ・クラウチであれば敵にもならない相手。
今からお前たち凡人は、身の丈に合った力でザコに殺されるのだ。イーサンは仮面の下で顔を歪めた。
『腐り華』はうろたえていた。
神聖な術のみならず、吸血鬼に効果的なあらゆる術はロードヴァンパイアに効果を及ぼさなかったから。
当然だ。イーサンは人間なのだから。仮面を被り、認識阻害の魔術をかけ、吸血鬼らしい衣装を着ただけ。グールとレッサーヴァンパイアが倒されぬよう、防御結界は張ってはいるが。
まずは元王国騎士のアロイジオ。こいつは真っ先に殺しておきたい。何故なら、チャールズ・クラウチの初めてを奪い、殺した男だから。
妻の仇討ちだなんて笑わせる。妻に毎日暴力を振るい、ついには殺した。それを何者かのせいにして追及を逃れ、ほとぼりが冷めた頃仇討ちを果たしたと称し、騎士の座に戻るつもりだったのだろう。
アロイジオはチャールズ・クラウチの思慕を利用して、言葉巧みに誘惑して強姦した。甘い言葉と暴力を使い分け、幾度となく慰み者にした。殺した妻の代わりに。そして、殴られることも愛だと思い込まされたチャールズ・クラウチは、妻と同じように耐え続け、嬲り殺されたのだ。
イーサンはアロイジオを盾ごと串刺しにした。屋敷に飾ってあった甲冑の槍。実戦に使える強度ではないが、肉体強化と物質硬化のエンチャントを使えば、プレートアーマーの元騎士を貫くなどわけもないことだ。
『イーサンと出会ったチャールズ』は、アロイジオに殴られず、凌辱もされなかった。仲間を尊敬したままだ。
次は白魔導士リリカ。お前はチャールズ・クラウチを利用しましたね。リリカは比較的悪くない。チャールズの心の支えになっていた。けれど、チャールズ・クラウチがリリカを庇うために何度ハッガスに暴力を振るわれていたか、知っても見て見ぬふりをした。
ハッガスばかりではない。結局、チャールズ・クラウチは足手まといのリリカを庇うために二万六千七百四十八回も命を投げ出した。リリカはチャールズ・クラウチの葬儀を終えた後、八千五百三十五回呟いた。「ハッガスより気持ち悪い男だった」と。
イーサンはグールと化し、元仲間にもその正体が判別できないほど変わり果てたハッガスをリリカにけしかけた。
――さあ、ハッガス。お前の求めていたものがそこにありますよ。好きにしなさい。
『イーサンと出会ったチャールズ』は、リリカの本性を知らない。仲間が誰にでも優しく、決して外見で人を差別しないと信じたままだ。
今度はシーカー、お前だ。チャールズ・クラウチと傷を舐め合っていた、偽名の盗賊。
その傷ついた皮膚を剥がしてあげましょう。二度と、チャールズ・クラウチと薬を塗り合い、肌を重ねて慰め合わないように。
チャールズ・クラウチは薬品で爛れた顔の傷を気にし続けた。シーカーが治りもしない偽薬を塗ってやるせいで、毎日意識を傷に向けなければならなかった。
シーカーは結局、チャールズ・クラウチを性欲のはけ口にしただけ。名前も偽りならやっていることも、甘い言葉もすべて偽物。化けの皮を剥がされるがいい。
『イーサンと出会ったチャールズ』は、シーカーを信頼している。偽薬を徐々に麻薬へすり替え、廃人にして殺した仲間の所業など知らない。
そして、剣士アルシェ。実力もないくせに、お膳立てされたリーダー。アルシェの選択が、指揮が未熟なせいでパーティーは何度も壊滅した。
多くの場合仲間を――特にチャールズ・クラウチを犠牲にして、アルシェだけは逃げ伸びた。顔がいいだけの、口八丁な男。責任はすべて人になすりつけていましたね。
さあ、お似合いの死に方をしろ。今度は誰もお前を庇わない。確実に息の根を止めてあげますから。
レッサーヴァンパイアの群れがアルシェに襲いかかった。チャールズ・クラウチなら、この程度の敵は一瞬で始末できる。アルシェはやはり、未熟だ。リーダーとしてふさわしくなかった。
この『ヴァンパイア討伐依頼』がなかったとしても、終わりだったのだ。
けれど『イーサンと出会ったチャールズ』は、仲間を最高のリーダーと評価したままだ。光栄に思えと、イーサンは挽肉と化したアルシェに冷たい視線を向けた。
最後はカタリナ。チャールズ・クラウチの相棒。いつもチャールズ・クラウチを庇い、守っていた。ああ、それは嘘です。チャールズの援護と強化エンチャントがあってはじめて、お前は前線に立てた。
戦士気取りが片腹痛い。竜のブレスに焼かれなかったのも、魔神を一刀両断できたのも、チャールズ・クラウチが特にお前を援護していたからだ。自分に気を回す余裕がないほど、カタリナを守り抜いていたからだ。
ファビナが何故死んだのか知っていますか。『腐り華』が今まで何故ファビナとハッガス以外の犠牲者を出さなかったかわかりますか。常にチャールズ・クラウチの魔法が届く範疇にいたから。ファビナのように、チャールズを嫌って離れていれば、ハッガスのように単独行動すれば、凡人を英雄にするほどの強化エンチャントも、治癒結界も届かない。
盾代わりなら木偶の坊でもできる。チャールズ・クラウチが無数に呼び出したゴーレムの一体より役に立つ自覚があるなんて、驚きですよ。
ならば、盾の代わりに砕けて死になさい。こちらからも強化エンチャントをかけ、お前の意識が最後まで飛ばないよう、少しずつ殺してやる。
『イーサンと出会ったチャールズ』は、カタリナが命を懸けて守ってくれたと勘違いしている。仲間が木偶の坊ではなく、唯一無二の相棒だと信じたままだ。
残ったのはチャールズ・クラウチ。まだ愛を知らない石の人。
何度他人のために犠牲になれば気が済むのですか。あなたの心は石でできているのですか。イーサンは仮面の下で涙を流す。数百、数千を超える世界を渡り『イーサンと出会わなかった人間のチャールズ』を見てきた。
数万の世界で死を看取ってた。チャールズが死んでも仲間は生き続けた。幸せになる道があり、華になる未来があった。けれど、チャールズ・クラウチは華になれなかった。ただの一度も。『イーサンと出会わなかった人間のチャールズ』に、幸福の未来は無かったのだ。
何度も足手まといの仲間に利用され、慰み者になり、傷つけられ、殺された。道端の石ころみたいに蹴飛ばされたのに、チャールズ・クラウチは千の世界、万の世界において、誰も憎まなかった。
「そなたはことさら醜い。より醜く、怪物のように生きよ」
イーサンはチャールズに、もっと貪欲に生きてほしかった。誰かを憎み、踏みにじってでも。
だからチャールズの首に噛みついた。人間の血を一滴残らず摘出し、イーサンが研究し続け、万の世界で試験を重ねた吸血鬼ウイルスを定着させた。この時間においては遥か未来の医学を極めた未知の術。高名なる司教でも解呪することはできない。
そして顔の傷痕、全身の傷や痣に、霊薬エリクシールを塗った。賢者の石を作る過程で出来た、副産物だ。チャールズが気にしていた傷痕は、跡形もなく消え去った。
ねえ、憎んで良かったのですよ。仲間を殺した怪物を。自分を怪物にした吸血鬼を――チャールズ・クラウチの幸福な未来を開くためには、できるだけチャールズの仲間を残酷に殺さなければならなかった。自分たちの未来一つを勝ち取るために、イーサンは万の世界を滅ぼし、剪定した。
それなのに、チャールズ・クラウチは自分を憎んだ。イーサン・セントベルと出会うまでずっと、自分一人を呪い続けた。
『イーサンと出会ったチャールズ』は、仲間を殺して吸血鬼化することが数万の分岐でたった一つだけ幸福になる道だと知らない。知ったとしたら、より自分を呪う。そんな人物だ。
並行世界を渡る力を身に着けたのは偶然だ。思えば確定世界における必然だったかもしれない。冥府の暗き道に落ちた時、ホゥロンがイーサンの穢れを吸い、浄化してくれた。
その時、星界を渡り時を駆ける龍の力、そして冥界の生と死の理にほんの少し触れた。
瞑想を重ね、冥府と神龍の力を取り出したイーサンは、手にした能力についてひた隠していた。何度か死に、時間が戻っても実感がなかった。それは錬金術における最終目標、賢者の石に近いものだったから。
しかし、手にした賢者の石らしきものは不完全だった。イーサンは死を免れたが、人の寿命は延ばせない。世界の中で未来を得ることはできず、ただ、死の理から外れて世界の上層をさまよう結果になった。
賢者の石を完成させれば、チャールズ・クラウチと永遠に生き続けられ、自らの未来を取り戻すことができるだろう。
チャールズが過去について告白した時、もしもチャールズが吸血鬼にならなかったら、より確定した永遠があっただろうかと妄想した。
実際は不幸しかなかった。人間のチャールズ・クラウチには死か破滅の未来だけが待っていた。
イーサンだけがチャールズを幸せにできる。それは決して、妄想ではなかった。
一つ目の分岐では、ヴァンパイアを退治した『腐り華』一行は、より強力な敵へ向かった。邪教徒によって召喚された魔神は、リリカに憑りついて喰らおうとし、チャールズ・クラウチは仲間を守りながら戦った。いくら英雄とはいえ、凡人どもを守りながら魔神と戦うなど無謀でしかない。
チャールズ・クラウチは魔神を倒し、リリカを解呪したが、魔力の使い過ぎで心臓が止まった。リリカは葬式の後「執念深く気持ちの悪い男だった、ハッガスのほうがまし」とつぶやいた。イーサンは地の底に眠る禁じられた核熱で星を爆破し、彼らの未来を断った。
二つ目の分岐。邪教徒を殺しておいたので、邪神が目覚めることはなかった。
シーカーが、傷痕を目立たなくする良い薬があるとチャールズ・クラウチを誘った。効果もない偽の薬を使われたにもかかわらず、すっかりシーカーと共感したチャールズ・クラウチは、麻薬を盛られ、強姦されたショックで死んだ。シーカーはチャールズ・クラウチの死体を昔のツテで売り払い、逃亡した。イーサンは泣き叫びながら星を爆破した。
三つめの分岐――アロイジオは酒に酔い、なにかと仲間に絡むようになった。チャールズ・クラウチは酔ったアロイジオを宥める役を毎回引き受けていた。アロイジオは日頃の態度を謝りながら、チャールズ・クラウチを強姦した。
その日からチャールズ・クラウチは暴力と暴言に耐えながら何度も犯され、魔術をうまく操れなくなったことを咎められ、殴り殺された。イーサンは星を爆破した。
気が狂いそうな並行世界を破壊し続けた。チャールズ・クラウチにこんな仲間は不要だ。正しい確定世界なら、マグリヤが、ビアスが、ホゥロンが、マルコフが、ワータが、その他大勢の優しい仲間がチャールズを理解し、意思を尊重し、守っている。
ただ始末しただけでは、世界は変わらなかった。特別な条件がある。『ヴァンパイア討伐依頼』――例の、チャールズ・クラウチが人間をやめて吸血鬼になったあの出来事を忠実に再現しなければ、救われはしない。
イーサンは悩んだ。チャールズを吸血鬼にし、仲間を殺して苦しめるなんて。それが正しい選択だなんて。他にもっと良い方法があるのではないか。
結局、何万回も世界を渡り、極力穏便な方法で仲間と別れさせても、チャールズ・クラウチは救われなかった。
死ぬ未来しかないのなら、新しい命を与えるしかない。ああ、きっと。そういうことだったんですね。幼い頃から思い描いた、命を与えるとは――チャールズの人生を奪って、自分のものにすること。
仕事は終わった。
イーサンの気持ちは晴れ晴れとしている。
今まで繋がらなかった糸がようやく繋がったような、パズルの最後のピースがはまったような。
結局、何万回と繰り返したチャールズの過去は、賢者の石とは関係がなかったが、二人の出会いのために必然であることを理解したからだ。
「イーサン、嬉しそうだな。どんな夢を見てたんだい」
チャールズはいつものように、気だるげな調子で微笑む。数万年ぶりに会う、懐かしい伴侶。しかし、この世界の時間は1秒も経っていない。
「夢の中で悪者を退治してきました。世界のために戦ってきましたよ」
「そうだなぁ、あんた正義の味方だもの。けど、たまには俺もついて行きたいよ。だめかい」
「だめじゃないですよ。クラウチさん、人が死ぬのを見るのはあまり好きじゃないでしょう。殺さずに捕まえるのが難しい場合もありまして」
チャールズは顔の横で人差し指を立てる。変わらない癖だ。
「問題ない。あんただって嫌だろ。悪党だとしても、人が死ぬのは。だからそばにいてやろうかなって」
「優しいですね。愛してますよ、クラウチさん」
抱き寄せて、髪に口づけた。
「はいはい。俺も愛してるよ、優等生」
「ねえ、クラウチさん。抱きしめていいですか」
「ん、いいけど」
冷えた体を抱擁する。二度と離さないほどに、包み込む。
「クラウチさん、愛してます」
「うん、俺も愛してる」
「愛してます」
「ふふ、どうしたんだよ」
「嬉しいんです、ずっとあなたといられて」
「俺もだよ、イーサン」
賢者の石が完成するには、何度人生を繰り返せばいいのかわからない。過去に取り戻さなければならない分岐があるのかもしれない。けれど、必ずチャールズを幸せにし、永遠を手に入れると誓う。
「あなたを石になんて、しませんよ。もちろん俺も、墓石の中に入るつもりはありません」
「なんだ、まだ言ってるのか、ふふふ。宇宙計画なんだろ、俺も乗ってやるからさ。続きはまたシてから、考えようぜ」
首に腕を回され、再びベッドに沈む。幸福な人生は、まだ始まったばかりだ。焦ることはない。
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