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第3話

14:00 アラームの音で目が覚める。 「ふ~ん!すっごい沢山寝ちゃった!」 気分爽快で両手を上に上げて伸びをした。こんなに沢山寝たの…いつぐらいだろう! ベッドから降りていつもの様にシャワーを浴びる。 歯磨きをしながら窓の外を覗く。 毎日違う人が歩いてる筈なのに…いつもと同じ風景に見えるのは…どうしてだろう。 不思議だ… 鏡に向かって睨めっこする。 「ふぅん…もう色落ちしたような気がするけど?」 そう言って髪を摘まんで指で捩じる。 黒く染めた色が少し落ちて、うっすらと赤い元の色が見える。 「早くない?落ちるの早くない?」 そう言って頬を膨らませて、鏡の中のオレに話しかける。 「早いよ…色落ちするの早い。きっと髪が痛んでんだ…」 鏡の中のオレはそう言って肩を落とした。 いつもの黒いダメージジーンズと大きめのTシャツを着て、ストレッチする。 黒髪によって自分よりも湊くんに見えてしまうから、着る物と行動で自分を取り戻す。 湊くんはこんな事出来ないだろ?そう思いながら逆立ちをして頭に血が上るまで耐える。 アラベスクをして体幹を鍛える。窓の映る自分の姿勢が美しくてほれぼれする。 良いね! 足を広げて仁王立ちになると両手を上に突き上げる。手の力を抜いてユラユラと揺らして落として自分の頬を包む。そのまま首、胸に這わせて膝をゆっくりと落としていく。体を仰け反らせながら、腰まで下ろした両手で股間を撫でる。ゆるゆるといやらしく腰を動かして、顔を上げながら喘ぐ。 「ん…気持ちいい…はぁはぁ…」 そして天井を見つめて思うんだ… 今日も調子がいいぞ!たんまりチップを貰おう! 支度を済ませて防犯要素の少ない玄関から出て、もうし訳程度の鍵を閉める。 耳にはイヤホン。MJを大音量で流して階段をかっこよく降りる。 「フォーッ!」 つま先立ちでそう言って決めポーズするオレは、絶好調だ! 睡眠って大事だね。こんなに体が軽くなったの久しぶりかもしれない。 季節の変わり目…肌寒い風に持ってきたパーカーを羽織った。 半そでで十分だったのに…もう秋めいて来た。 肌にあたる風の種類が変わったんだ。 もう秋だ。 東京に来てから目に見える季節感が無くなった。 ただ、寒いか暑い。その感覚で季節を感じてる。 風情が無いけど、毎日同じ事を繰り返して生きているオレにしてみれば、風情も娯楽も季節もゆとりも、贅沢な感覚だ。 これらは余裕のある人が嗜むものだって気が付いた。 生きていく事で精いっぱいだよ。 18:00 三叉路の店にやって来た。 「シロ~、初めてのお休み何に使ったの?彼女?彼氏?」 支配人が興味津々で前のめりで聞いて来る。 「ちょっとね~。」 オレはそう言って手のひらをヒラヒラさせると階段を降りた。 知らない人にベロチューされてました…なんて言えないよね~。 控え室のドアを開いて中に入る。 まだ智は来ていないみたいだ。 鏡の前にメイク道具を出して椅子に腰かける。 上に着たTシャツを脱いでリュックの上に放る。 下地をぬって化粧を始める。 片膝を立てて鏡に近付いてアイラインを引いて行く。 黒髪のせいか…アイラインを引いて赤いシャドウを乗せると湊くんが目の前に現れた。 オレはね、君にはしばらく会いたくないんだ… メイク落としで目元を拭いて、再び乗せるのはブラウンのシャドウ。 綺麗にグラデーションになる様にぬって、アイラインを太目に引いた。 「う~ん、シロだ。」 オレはそう言ってメイク道具をしまうと、ズボンを脱ぎながら本日の衣装を探し始める。 厳つい黒のブーツは絶対履くって決めてんだ!だから、それに合う衣装を探してる。 手に取ったのは脇にジップが付いた黒い革パンと、大きめの黒いシャツ。 下着はギリギリ見えるか見えないかの…際どい紐パンだ! 「あはは!良いね。これ。」 紐パンを合わせて、鏡を見ながら笑う。 ストリップなんてお仕事してるだろ?だからアンダーヘアはツルツルにしてあるんだ。 我に死角なし! ふふふ…おっかしいよね。 最後はこの紐パンと…厳ついブーツ姿になるんだ… それは滑稽に見えるけど、ショーの間はそれがエロく見えるってオレは知ってる。 衣装に着替えて鏡の前で確認する。 両手を上に上げて体を伸ばす。そのまま前屈して両手を床に付いた。足をゆっくりと上げて逆立ちする。腕を曲げて体を反らしてしゃちほこみたいになる。腕をもう一度伸ばして足を背中の方へ落としていく。ゆっくりと立ち上がって鏡の前でポーズする。 丸太の上でやっても揺るがない自信がある。 ふふん! 19:00 ピッタリにお店の中へ向かう。 「お!今日も可愛いね!」 そんな支配人の合いの手を背中に聞いて、片手を上げて答える。 エントランスから店内へ入って、階段を降りていく。 開店と同時に入店するお客さんはよっぽど暇か、お目当ての子が居る人だ。 「シロ君。」 ニコニコ笑顔の向井さんが声を掛けて来た。 あぁ…オレはあんたに会いたくなかった! 今日も素敵なオーダーメイドのスーツを着こなして、飄々とした雰囲気を纏いながら、食わせ者の顔をした彼が、カクテルなんて飲みながらステージ前の席に座っている。 「何でいるの?もう会いたくないのに…」 オレはそう言って、向井さんの近くまで歩いて行く。 「ふふ…おいで?」 向井さんはそう言って笑うと、オレに手を伸ばして、下から上へと舐めるように見て来る。 それ、自然にやってるの?だとしたら気を付けて?相当、気持ち悪いよ? 彼の手が届くか届かないかの所で立ち止まって、まじまじと見ながら言ってやった。 「向井さんて、いやらしいよ…?」 それは親切心だ。こんなしょっちゅう誰彼構わず発情してるみたいにいやらしい目で見つめるんだ。オレのように水商売をしている人ならかわしてあげられるけど、普通の人にやったりしたら、只のどスケベにしか見えない。気付かないでやっていたとしたら、可哀想だろ? 「ふふ…そう思うのはね、俺にいやらしい事をされたいっていう願望があるからなんだよ?」 向井さんはそう言うと自分の足の間をトントンと叩いてオレを見た。 …そこに来いってか? とんでもないスケベ野郎だ! 「んふふ…分かった…。向井さんはね…いやらしいなんて上等なものじゃない。ただのどスケベなんだ。だから、顔からスケベが溢れてんだ。あはは!あはははは!!」 向井さんの顔に指を差して大笑いしてやる。 顔からスケベが溢れてるって…凄い悪口だ! そのスカした雰囲気、ぶち壊してやるよ? 「そうかな?」 向井さんはそう言って首を傾げると、足の間をしきりにトントンし続けてる。 ウケる! でもね…この人はダメだよ。面白がっても、気を抜いたらダメな人なんだ。 こんな風にとぼけた振りをしてもオレは知ってる。 この人がとんでもない食わせ者だってね。 「そうだよ?だからいやらしいなんて上等なものじゃ無いんだ。どスケベはね…誰の後ろにも付いて回って、すぐにズボンを下げるような奴だからね?自覚無いの?」 オレはそう言いながら彼の足の間に入ってあげた。 「ねぇ?ここに来て欲しかったんだろ?どスケベ~?」 挑発する様に彼の顔を見つめて口元を緩めて笑った。 ここではオレがお前を馬鹿にしてやるよ?だって、ここはオレのホームだ。 「…ふふ、シロがここに来たかったんだろ?」 へぇ… 向井さんの体から香水の香りがしてオレの体に纏わりついて来る。 オレの顔に顔を近づけて、挑発するみたいに微笑みながら囁き声で言う。 「だって、こんなに嬉しそうに笑ってるじゃない…?俺の事が、好きなんだろ?」 「違うね!向井さんがボンゴ奏者みたいにいつまでも椅子を叩くから、可哀想で来てやったんだよ?」 オレはそう言うと、彼の肩に両手を置いてもっと顔を近づけてあげる。 ここまで来ると引けない!チキンレースだ!! 焦点が合わなくなるまで顔を近づけてやる! 勝負とか、勝ち負けの問題じゃない!これは意地だ! 「シロ…舌出して?」 死ねよ!どスケベ! オレは顔を少し引いて向井さんを見つめた。 うっとりした顔でオレの髪を撫でる向井さんの手を払い除けると、顎を上げて煽る様に見て言った。 「オレの前でオナニーしたら、舌を出してあげるよ?」 出来ないだろ?どスケベの癖に出来ないだろ!?ふふん! 何も言わなくなった向井さんを見つめて、口元を上げて笑う。 オレの勝ちだな!どうするの?向井さん、もうお終い? 「…二人きりなら出来るよ?」 「そういうんじゃないだろ?馬鹿なの?」 そう言って彼の胸を押して、足の間からとっとと退散する。 つまんないこと言ってんじゃないよ。今、目の前でやれって言ったんだよ。馬鹿タレ。 体に纏わりついた彼の香水の匂いを振り払う様に、ピルエットしてDJブースへ向かう。 「今日はどうするの?」 そう尋ねるDJに首を傾げながらUSBを渡す。 「ん、今日は…何も思いつかないんだ。だから、その中からランダムで良い。」 オレがそう言って見上げると、DJはオレの肩の向こう側を見て首を傾げてる。 視線の先を追ってみると向井さんがこちらを見ていて、オレと目が合うとニコニコ笑って手を振った。 「あれ、シロの彼氏?」 「嫌だ…!」 ゾッとするよ。 オレは身震いするとDJの顔を見て言った。 「絶対、無理!」 あんなどスケベの彼氏なんて、最悪だ! 「シロ~後で飲みにおいで~?」 そう言って奥へ行く常連さんに愛想を振りまきつつ、ステージの真ん前に陣取った彼の背中を見つめる。 あの人の前で脱ぐの…やだなぁ…帰らないかな… 何しに来たんだろう…もう、やだなぁ… 「ねぇ、今日はどうして来たの?」 向井さんに再び近づいて、声を掛けた。 もし、オレに用があるんなら、とっとと済ませて帰って欲しかったんだ。 「ん?戻ってきたの?可愛いね?やっぱり、俺の事が好きなんだ。」 もう…!むかつく! オレは頬を膨らませて言った。 「違う!オレに何か用があるのかと思ったの!」 怒ったオレをクスクス笑いながら抱き寄せて、足の間に連れ込む。 もうダメだ! この人のペースに巻き込まれる。 オレは必死にもがくと、彼の体の中から逃げ出そうと試みる! 「ほっ!とうっ!なんの!これしき!」 絡まった腕を解いて、体を反らして、彼の長い腕から逃げ続けるけど、彼はどスケベの手練れだ…オレの努力空しく、あっという間に向井さんに掴まって体の中に納まってしまった。 「かわい…」 そう言ってオレの体を後ろから抱きしめると、囁く様に向井さんが言った。 「今日は何の用もないよ…。ただ、シロに会いに来た。」 ふうん!そうなんだ! ムスッとした顔のオレの事なんて意に返さない様子で、ギュッと強く抱きしめてくる。 「シロ、そろそろ。」 怪訝な顔をした支配人がオレを呼びに来た。 それを聞くと、あんなに絡まりついていた向井さんの腕が解けて、解放される。 なんて蛇みたいな奴なんだ…オレのみかわしの術でも彼の長い腕をかいくぐる事は難しかった。 なんて手練れなんだ… 「あれ、シロの彼氏?」 支配人がそう言ってオレの顔を覗き込んで来る。 なぜ?みんなそう思うのか…? 「違うよ。ただの…知り合いだ。」 オレはそう言って支配人の詮索を避けると、エントランスから階段を降りて、控室へと戻った。 「智、おはよ~!」 メイクの最中の智の後ろを通り抜けて、カーテンの前、ステージ袖まで移動する。 「シロ~またアイライン貸して?」 「勝手に使って良いよ。元に戻しといてね?」 そう言いながら腕を上げてストレッチする。 もういっその事、買って来てやろうかな… 鏡に前のめりになってアイラインを引く智の後姿を眺めながらストレッチを続ける。 カーテンの向こうで大音量の音楽が流れ始める。オレはテンポを合わせてカーテンから出た。 ランダム再生されたこの曲は、ポールで沢山踊るために編集した曲だった。 良いね…Rock Is Dead! ヘドバンしながらポールまで行くと、曲に合わせたタイミングで大股開きでしゃがみ込んだ。体をポールに沿わせて、背中をしならせながら立ち上がる。 ポールを片手で掴んでジャンプする様に両足を上に持ち上げて絡まりつく。上体を起こして仰け反りながら、足で反動を付けて高速スピンして回る。 らんらんらららら~ん!らんらんららら~ん! 今日はゲイのお客さんが多そうだ。向井さんもそうだろ?ふふ。 だったら…少しハードにしようかな? ポールを掴む手を踏ん張って、両足を上に高く上げる。ふくらはぎでポールを掴んで体を起こしながらポールの上に上る。 この動作、背筋と腹筋をとても使うんです。 意外だろ?簡単そうに見えるけど、これ以上太るとオレは自分の体を自分で持ち上げられなくなっちゃう。それくらい体重管理がシビアなんだ。 太ももでしっかりポールを挟んで、両手を離すと体を仰け反らせて優雅に回る。脇の下にポールを挟んでより体を仰け反らせる。両手を上に上げて、ポールの上を絡まりながら滑る様に降りていく。 下の方で高速スピンさせて、カッコ良く降りる!もちろん曲に合わせて、ビシッと決めた! 「シローーーー!」 そうだろ?今のピッタリ決まったもんね?そうなるさ、そうなるよ。だって、ぴったりと音楽と動きがあったんだ。それはまるで舞台みたいにね。 ステージに移動すると曲が変わって今度はThis Is The New Shitだ。 典型的なスタイルの踊りなのに、派手な曲に合わせるともっと良くなるんだ。 後ろを向いてシャツの裾を掴んで持ち上げる。ゆっくりと背中から見せていく。 正面を向いて手を離すとボタンを上から外していく。 胸をはだけさせて体を仰け反らしながら、自分の手でいやらしく体を撫でる。 もちろん視線は挑発的に、いやらしく潤ませてね。 ねぇ…曲に合ってるだろ? はだけたシャツを全て脱いで、ステージの袖に放り投げる。 サビだ! 両ひざを思いきりついて、膝を広げると腰を突き上げていやらしく喘ぐ。 舌を出して思いっきり腰を動かす。 あぁ…向井さん。あんたがチップを咥えるの、見えちゃったよ。 見えたけど…最後に取りに行ってやるよ。あんたは…最後だ。 四つん這いになって、革パンを掴んで膝までずり下げる。 オレの紐パンを見たお客が騒ぐ! 「シロ~!!紐パンじゃ無いか~!!」 革パンの裾のチャックを引き上げて開くと、下まで全て脱ぐ。ステージ前に集まる客に足を向けて脱がせてもらう。 ちゃんとチャックを開いたから、ブーツを履いてても脱がせやすいだろ?オレはね、ちゃんと考えてんだよ?偉いだろ? 際どい紐パンとブーツ姿でステージの上を闊歩する。 ステージも終盤です。チップを頂きます。 チップを咥えてステージに寝転がる客から口移しでチップをいただく。 手で渡すお客にはパンツに挟んでもらうか、口で受け取りに行く。 今日は紐パンが際どいから…代わりにブーツに挟んでもらおう。 そして最後の最後に、あんたの口からチップを貰いに行こうかな? ゆっくりと焦らす様に、ステージに横たわってる向井さんの元へと向かっていく。 モデルウォークみたいに、くねくねとしながら、厳ついブーツを鳴らして近づく。 寝転がりながら、オレを見つめる姿がとっても、間抜けだ… 彼の頭の両脇に膝をついて顔を覗き込む。 このまま紐パンの中のモノを、お前の顔に落としてやろうか…? 目が合って、彼が笑うから、オレは無表情で見つめ返してあげる。 彼の体に手を置いて、腰から胸まで撫でてやる。 なぁんということでしょう!良い体をしてらっしゃる…! がっちりとした筋肉がついていて、いちいち確認するように揉んでしまった… 我に返って彼の肩に両手を着き、腰を引いて顔を近づける。 向井さんの吐息がオレの顔にかかって髪を揺らす。 彼の瞳を見つめて…ねぇ、と小さい声で話しかけた。 彼の目の奥が一気にギラギラと光って…オレに欲情したのが分かった。 その目を舐める様に見ながら、口元を緩めて微笑むと、もっと小さな声で聞いた。 「…勃起した?」 オレの言葉に、彼の口元がニヤリと口角を上げる。 ギラついて欲情した瞳から視線を外さないで、彼から口移しでチップを受け取る。 今にも、襲いかかりそうだね…? 正直、視線だけで、背中がゾクッとしたよ。 これでショーはお終いだ。 立ち上がってポーズをとってフィニッシュ! 沢山の拍手と、チップをありがとう!またよろしくね~! ショーが終わり、控え室へと戻る。 メイクを落として、楽な格好に着替える。 そのまま階段を上がって店の外で、夜風に吹かれながらタバコをふかした。 「シロ君、すごく良かったよ。」 帰りがけの向井さんがそう言ってオレに声を掛ける。 オレは、ど~も。と言って片手を上げて挨拶をした。 それ以上付き纏う事もなく、スマートに帰って行く背中を見送って、彼が遊びなれてる人だって、分かった。 2:30 いつもよりだいぶ遅めに家路に着いた。 閉店まで智と遊んでいたんだ。 「シロ?ペンギンの真似って出来る?」 その智の一言が、事の始まりだ。 オレは可愛い弟のような智の為に、一生懸命ペンギンの物まねをしたんだ。 でも、オレのペンギンは“イケてないペンギン”らしい… 本物のペンギンに謝れ!…とまで言われた。酷いだろ? 結局最後はいつも支配人が持って行くんだ。 サラッとペンギンの真似をして、大爆笑をかっさらって行くんだ。 あれはね…年寄がやったからウケただけなんだよ?つまり、同情票だ。 もう死にかけてる年寄が両手を体に添えて、口を尖らせてぺんぺんって歩くんだもん…気の毒になったんだ。絶対そうだ! そんな事を悶々と考えながら、いつもより遠回りをして帰ってる。無性に抹茶ラテが飲みたくなったから、コンビニを目指してる。 こんな時間ほっつき歩いてるのは、夜の仕事から帰るくたびれたオレみたいな奴か…明るい所が大好きなヤンキーみたいなやつ位だ。 …大体さ、ペンギンってのは歩いてるより腹で滑ってる方が多いんだ!だから支配人のあれこそ、ペンギンに謝るべきなんだ! 納得できないね、フン! コンビニに近付いて店内の明かりがオレを照らす頃、突然誰かに腕を掴まれた! 「…!!」 咄嗟に振り返りながら肘鉄を食らわせる! おや? 自分の肘が当たった場所は相手の胸みたいで…ノーダメージで微動だにしない体と向き合う… 「ん、あんだよっ!」 精一杯の凄みを見せて、相手を睨み上げる! 「あ…」 そこに居たのは…あの、依冬くんだった… なんで…ここに、こんな時間に、いるんだい? 「あんた…この前の…」 オレはビビった気持ちを察せられない様に、冷静にオラついて対応する。 掴まれた手を振りほどいて、ギッと睨んで言ってやる! 「いきなり掴むのやめて!マジで嫌だ!」 まさかオレに…いや、湊くんに…そんな事を言われると思っていなかった様子の彼は、驚いた顔をして固まってしまった。 ごめんね。育ちが最高に悪いんだ… 急いでコンビニに逃げ込んで、抹茶ラテをカゴに入れると、彼に掴まれた腕を眺める。 一握りだ…一握りで一周するくらいの大きな手だった…はぁはぁ、怖いよう…! もし、もし!向井さんが言う様に、彼が何らかの方法で湊くんを殺したとしよう。そして、湊くんにそっくりのオレに、こんな深夜に出会ったら、これは何が起こるか…分からないじゃないか? オレの首なんて…きっと一握りでボッキリだよ。 気持ちが落ち着くまでコンビニの中で過ごすと、覚悟を決めてお会計をした。 店から出ながら恐る恐る周りを見渡すと、ガードレールに腰かけてしょんぼりする彼を発見する。 ヒィ!まだ、居た! ビビってるのを察せられない様に、毅然と背筋を伸ばしてコンビニから出る。 オレに気付くと、まるでしっぽを振った犬みたいに駆け寄って来た。 怖いんだ…このままワンパンで頭なんて殴られたら…即死する自信がある。 オレは彼を無視して歩き続ける。 「さっきは…すみません。こんな夜更けに…どうしたのかなって思って…」 それはね…こっちのセリフだよ? 意外に柔らかい物腰の物言いに、少しだけ恐怖が和らぐ。 それにまるで犬みたいに付きまとうから…肩透かしを食った気持ちでもある。 「付いて来ないで!」 オレは毅然とそう言って手でシッシッと犬を追い払う。 「でも…夜は、危ないから…心配で…」 ん?君が一番危ないんだよ? 「心配で…放っておけない…」 そう言って食い下がる彼に、このまま家まで付いて来そうな…嫌な予感がして、オレは足を止めた。 そして、彼を振り返って教えてあげる。 君の湊くんじゃないって事をきちんと教えてあげよう。 「あのね…!オレは向こうにあるストリップバーで働いてんだよ。で、今は仕事帰りなの。名前はシロだよ。オレに相手して欲しかったら、うちの店に来てチップをはずんで?」 付いてくんな!じゃあね!…そう言って振り切った。 しばらく歩いて後ろを振り返ると、もう彼は付いて来てはいなかった。 …あぁ、良かった。ビックリした。 なぁんで…深夜の歌舞伎町なんてうろついてんだよ。 まだ10代だろ?おこちゃまは寝てる時間じゃないか… 深夜に徘徊なんてするような風貌には見えない。育ちの良さそうな好青年だ。 そして、少しだけ…良い匂いがした。 家に着いてすぐさま抹茶ラテをがぶ飲みする。 怖かった…怖かったよう…!! ポケットに入れた携帯電話が震えて、着信を知らせる。 こんな深夜に…非通知で…お爺ちゃんは寝ないのかね? 「もしもし…」 「シロ。こんな時間まで…どこに居たの?」 やっぱり、予想した通り…電話の主は結城さんだった。 イレギュラーな時間帯にもタイミングよくかかって来る電話に確信した。 オレの事、監視してるんだね… 「今日はね…お店で少しだけ遊んでいたんだよ?」 オレは可愛くお爺ちゃんの相手をしてやる。だって、こいつから聞き出したい事があるからね。 「いけないよ。仕事が終わったらすぐに帰りなさい。」 誰と間違って話してるの?あなたはオレにそんな話し方、してなかっただろ? 「はい…ごめんなさい。」 しおらしく謝って、それとなく調子を合わせながらもっと混乱させていく。 「湊…心配なんだ。お前がそんな夜中に歩いているなんて…考えただけで、心配で眠れないよ。」 ふぅん… オレは少し黙って、いつもの調子で話し始めた。 「結城さん。さっき、依冬くんが家の近くに居たよ?何で?」 ぶっきらぼうにいつもの調子でそう話しかける。 電話の相手はピタリと押し黙った。 我に返ったの?それとも、湊くんの真似を続けない事に苛ついたの? 依冬くんが…オレの家の近くにいた事が、そんなに驚いたの? 「少しおしゃべりをした。とっても良い子だね?」 そう言って揺さぶって、相手の様子を電話口から探る。 「何て言ってた?」 結城さんは依冬くんの動向が気になるようだ。おかしいよね…親子なのにさ。 「ふふ…教えてあげない。」 オレはそう言ってクスクス笑った。 ベッドに座って電話口の相手の息遣いを聞く。 まるで興奮してるみたいだ…お爺ちゃんの血圧が高くなったようだ。 おっかしい… 「ねぇ…どうして?どうしていつも、タイミングよく電話が掛かってくるの?まるで監視しているみたいだ…」 天井を見上げてぼんやりと電話口の相手の反応を見る。 「ふふ…そんな事はしないよ?偶然だよ。」 こんな偶然、何度も続くわけないよ…嘘つきだな。 結城さんは特段動揺する訳でも無くそう言うと、オレの声を聴きたがった。 湊くんに声まで似てるのかな… 「教えてよ…どこで、見てるの?」 少し語気を強めてそう言うと、付け加えて言った。 「教えてくれないなら…もう電話に出ないよ…。選択権はオレにある。そうだろ?違う?」 電話口の相手は押し黙ると、ため息をついて言った。 「…もう、しないよ?」 何を? 「ねぇ…結城さん。あなたの狙いは依冬くんじゃない。彼と彼女を別れさせる事じゃ無い。そうだろ?」 依冬くん…こんな深夜に歌舞伎町のコンビニの前になんて…どうしていたの? まさか…オレの事を探していた訳じゃないよね… 「シロ…?君にお願いした内容に変わりはないよ。続けて、よろしくね。」 そう言って結城さんは電話を一方的に切った。 ふぅん… 段々と分かってきた。 でも、親子だろ?普通そんな事しないじゃないか… 普通? 普通なんて物、そもそも無いか… それは穏やかな生活をしてる人だけの物だ。 結城さんの家はどうやらそうではないみたい。 おっかしい… おかしいね…笑っちゃうよ。 クスクス笑いながら服を脱いで放り投げると、そのままベッドの中に潜り込んだ。 18:00 三叉路の店にやって来た。 店の前に依冬くんが立っている。丁度君に会いたかったんだよ? それにしても凄い行動力だね…昨日の今日で店に来るんだもん。 しっぽを振ってオレに駆け寄る犬の様な君。 「シロさん…」 さん付けか… オレが年上だと、どうして分かったの? …自分が思うよりも、見た目が老けて見えるのかな? 可愛い笑顔を向けて依冬くんはオレに話しかける。 「会えてよかった…ここかどうか、分からなかったんです。でも、会えてよかった。」 ふぅん… 「お店、19:00からだよ?」 そっけなくそう言うと、立ち止まらないで店に向かう。 そんなオレの様子に、まるで、クゥ~ンと鳴き声が聞こえそうな情けない表情で言う。 「ちょっと早めに来たら…会えると思って…」 んふふ…可愛いな。 「チップくれなきゃ、オレは何にも喋ってやんないよ?」 意地悪くそう言って、1人エントランスへと入った。 支配人に挨拶をして依冬くんを振り返りもしないで階段を降りた。 君に聞きたい事が沢山あるんだよ? 来てくれて嬉しいよ…依冬くん。 鏡の前にメイク道具を置いて、椅子に腰かける。 鏡に映った自分が、半笑いの表情を浮かべていてとってもブスに見えた… オレはどう見たって、湊くんじゃないよ。 黒い色の落ちた赤茶色の髪に、荒んだ目…あんなに儚い美しさなんて持ち合わせていない。 ゴミみたいなもんだ… どうして生きてるかなんて分からない…ゴミみたいなもんなんだ。 そんなオレに縋りつくなんて…相当だね…笑っちゃうよ。 下地をぬって綺麗にアイラインを引く。暗めのシャドウを乗せて湊くんとはかけ離れたメイクをする。 19:00 いつもの様に店内へ向かう。 「今日も可愛いよ。」 支配人のあいさつを聞いて片手を上げて答える。 階段の上から店内を見回すと、イケない子を発見する。 全く… 「君さ…未成年だろ?いけないんだよ?こういうのバレるとお店が怒られちゃうんだからね?」 そう言いながら依冬くんの肩にそっと触れた。 「シロさん…綺麗です。」 ウケる… オレはテーブルを挟んでステージの縁に座ると、依冬くんの顔をまじまじと見つめてみた。 肩に触っただけで分かる。この子は体を鍛えている。それも、いい具合にだ… 堪んないね…オレは仕事柄ムキムキな筋肉を体に付けることが出来ない。 もっぱらインナーマッスルばかり鍛えてる。だから、こんな隆々な筋肉…堪らなく憧れちゃうんだ…。 身長は185cm…これは資料に載っていた情報だ。そんな体形に、マッチョにならない具合の良い筋肉…堪んないね…目の前で脱いでほしいよ。 変な意味じゃない。ただ、筋肉が見たいだけだよ? 彫刻の様に…きっと美しい体をしてるんだ。 「ねぇ…名前は?」 頬杖を付いて、目の前の彼に首を傾げて見せる。 「結城…依冬です…」 恥ずかしそうに顔を赤らめるこの子が…あの人の息子? 信じらんないね。 「何で依冬くんは…オレの事付け回すんだろう…?」 「昔…好きだった人に、良く似ていて…つい…」 つい…ね。つい…人も殺すのかな…? 「ねぇ…昨日、何してたの?あんな場所でさ…誰かを…探していたの?」 口端を上げて彼に微笑みかける。 目は彼を見つめたまま動かさない。 「…え、っとちょっと用事があって…たまたま通りがかったんです。」 嘘だね… どうして分かったんだろう…オレがあの辺に住んでるって… 「…そう。なら良いの。」 オレはそう言って体を起こして、彼を見下ろす。 惚けた瞳でオレを見つめる君の目には…オレが誰に映ってるの? 湊くん…? だとしたら大変だね…だって、オレは今からこのステージで裸同然になるんだ。 そして派手にエロく踊るんだから。 「ねぇ?オレは今からこのステージで脱ぐんだけど…大丈夫?」 「え…!?」 驚いた表情でそう言うと、彼は絶句してしまった。 可愛い… この子が人殺しなんて…出来る訳ないじゃん。ストリッパーの意味も知らなさそうだよ? 「オレはね、この店のストリッパーなんだ。だからショーが始まったらここで服を脱いでいくんだ。君の好きだった人に似てるかもしれないけど、これはオレの大切なお仕事なの。ねぇ?好きな人が大勢の前で服を脱いで腰を振るの…見たくないんじゃない?大丈夫かな…?」 可愛い年下の男の子に首を傾げて尋ねる。 オレの方がお兄さんだからね?優しくしてあげるんだ。 依冬くんはオレを見つめたまま黙ってしまった。きっと頭の中をフル回転させて情報を整理してるんだ。それか…ただの思考停止だ。 彼はどうやら愚直で不器用なだけに見える。無害中の無害だ。 お父さんの方がよっぽどキテる…狂ってるよ。 「シロさん…俺、シロさんの事もっと知りたい…」 ふぅん… 依冬くんはそう言うと、オレの顔をじっと見上げてにっこりと笑う。 純朴… 「そ、良かった。じゃあ飲み物を頼んでも良い?しばらくここにいてあげる。」 オレはそう言ってウェイターを呼んでビールを注文した。 ソルティードッグなんて飲んで…とんだ子供だ。 彼の手元の飲み物を見て、呆れた顔で言った。 「いけないよ?未成年だろ?こんな強いお酒飲んで…若いうちに肝硬変になっちゃうよ?」 「シロさん…どうして?どうして俺が未成年だって知ってるの?」 そう聞いた彼の目はさっきとは違う真剣な目だった。 やっちゃった…! まだ本人から年齢を聞く前に…未成年扱いしちゃった!! それはオレが彼の資料を読んで知った事だもん…不思議に思うよね… 「…そ、それは20歳のオレの事をさん付けで呼ぶから…!そうなのかなって思ったんだよ?じゃあさ…依冬くんは…どうしてオレが年上だって…気付いたの?」 こちらからもお見舞いしてあげる。 …どうしてオレを“さん付け”で呼ぶの? まるで年齢を知ってるようじゃ無いか… まさか…お父さんみたいに、オレの事をコソコソ嗅ぎまわってはいないだろうね…? 「…そ、それは…シロさんが偉そうだったから…そうなのかな…と思ったんです。」 なにそれ! 「ふふふ!何それ!おっかしい!」 オレはそう言ってケラケラ笑った。 嘘だとしても、なかなか面白い秀逸な回答だ! 彼はきっと何か知ってる。 独自で調べたのか…オレの事を知ってる様な素振りだ。 でも、オレが父親に雇われた湊くんの身代わりって事は知らないみたい。だって、そんなこと知っていたら、こんな所まで追いかけては来ないだろ? それは罠に自分から嵌りに行くようなもんだからね… オレの笑顔を見て、依冬くんは嬉しそうに歯を見せて笑った。 依冬くんは自分の事や仕事の話をオレに聞かせてくれた。それはまるで自分の情報もフェアに交換する様に…多岐にわたった。 父親の仕事を手伝いながら、会社経営について学んでいるらしい…若いのに頭が下がるね。 好きな事はデパ地下グルメを探求することで…筋トレも毎日の日課になっているそうだ。 優しそうな目元が印象的な顔立ちで、オレを見つめるキラキラとした瞳に惹きつけられる。まるで彼が可愛い子犬の様に見えてきて…こちらまで口元が緩んでいくんだ… それは、コソコソ調べられた個人情報なんてどうでも良くなる位に! 子犬とか…子猫を見た時に感じる、可愛い…!って感じ… そんな感覚を彼に、彼の笑顔に感じてしまう。 「ね…ちょっと、触らせてよ…」 オレはそう言って彼の胸筋、背筋、腹斜筋を服の上から撫でた。 「はぁ~!凄い!かっこいいじゃん…良いな…」 デレデレだ…あぁ…デレデレなんだ。 「90点だ!」 オレはそう言って依冬くんの顔を見上げる。 彼は不満そうに口を尖らせると、オレを見下ろして言った。 「残りの10点は?」 「それは身長だよ?もっと、もっと、おっきいのが良い!超人みたいに、おっきくて片手でオレを掴んで振り回せるくらい、大きいのが良い!」 そう言って両手で大きさを教えてあげる。 「ふふ!そんなの無理だ!人間じゃない!」 そうだ。人間なんて要らない。欲しいのは超人だ! オレと年がそんなに変わらないのに…彼は荒んだオレとは違って綺麗で見事な実を付けている。 出荷する段階で、安売りの袋に入れられるオレと…桐箱に入って売られる依冬くん… そのくらい…人間の出来が違う。眩しいんだ。 彼の純朴さが…愚直さが…素直さが…眩しくて、目が眩むよ。 「ねぇ…オレに似てるっていう…君の好きな人の事を教えてよ…」 頬杖を付きながら依冬くんに尋ねる。 彼はオレの目を見つめながら淡々と話し始めた。 「名前は…湊、俺の幼馴染でした。」 知ってるよ。 「高校2年生の時、亡くなったんです。」 知ってる。君が殺したって言ってたよ? 「俺の父親が…」 ん? 「湊を犯して…首を切って殺しました。」 ふぅん… オレはじっと依冬くんの目を見つめたまま首を傾げて言う。 「どうして?どうして殺したのかな…?」 「誰にも…取られたくなかったんじゃないですか?」 吐き捨てる様にそう言うと、ぼんやりと彼を見つめるオレの目を見つめて来る。 おかしいね…それと同じ事をあの嘘つきも言っていたんだよ?でも、殺した犯人は君だって言っていた。 君たちはみんなでオレを嵌めてるの? そう疑いたくなる位…知れば知る程、訳が分からなくなってくる話なんだよ。 「信じられないかもしれませんけど…本当にそう言う事をする親なんです。」 念を押す様にそう言うと、クゥ~ンと鳴き声が聞こえそうな瞳になって言った。 「だから、あの父親は危険なんです。」 まるで…何かを知ってるみたいに、そう言った。 「そう…」 オレはそう言って依冬くんから視線を外すと、体をステージに反らせて伸ばす。 ステージの天井を見つめて考える。 どういうことだ…この子はまるでオレが父親に雇われているって知っているみたいに話す。偶然か…気にしすぎてそう聞こえているだけなのか… 意味深すぎる言い回しと…念を押す様に言う言葉… まさか…だとしたら、なぜ彼はここに来たんだ…そんな事ありえない。 自分を嵌めるために用意された偽物の湊くん。それがオレだ。その事実を分かった上で…自分からオレに会いに来る理由って…何だよ。 罠にかからない自信でもあるのか…それとも、力づくでこの状況を変えるつもりなのか…? まさか! この子犬のような子に…そんな事が出来る訳がない。思いつく訳もないよ。 きっと、思い過ごしだ… 「誰にも取られたくないって…気持ちが分からないよ…」 オレはそうポツリと呟いて、依冬くんを見下ろした。 「知らないうちに父は湊を性的に虐待していたんです。小さい頃から…何回も何回も…それに気が付いたのが、俺が高校2年生の時でした。」 「おかしいじゃないか…高校2年生で気が付いたのに…どうして幼い頃からされてるって分かるの?おかしいじゃないか…」 オレはそう言って彼の話の矛盾を突いた。 その瞬間…依冬くんの目の色が変わった。 まるでさっきまでとは別人の様に…オレを見つめる目の奥がギラギラした狂気を纏ったんだ。 「…あんなに感じて、本当は喜んでいたのかな…?」 知らねぇよ… そうポツリと呟いてオレを見つめる瞳は、まるで獲物を見つけた動物の様に瞳孔が開いて見える。いや…空虚なブラックホール…そんな風にも見える。 きっと…今、彼にはオレが湊くんに見えているんだ…だからこんな顔をするんだ… 思い出した事がきっかけなのか…彼は変わってしまった。 子犬の依冬くんから…狂った犬に…変わってしまった様だ。 オレはそっと彼に近付く。 「お父さんが…そんなひどい事をしたんだね。」 そう言って彼の足の間に体を滑り込ませると、正面から彼を見つめて両手で胸を撫でる。そのまま手を滑らせて彼の首に回して、そっと体を寄り添わせて抱きしめた。 そして、彼の顔を覗き込んで軽くキスをして尋ねる。 「ねぇ…依冬…オレの事どうしたいの?」 にやりと口元を歪めて笑った彼の笑顔が…オレの背筋を凍らせる。 「湊を…独り占めしたい…」 自己防衛で記憶を改ざんするなんて…よくある事だよね。 だから、どちらが殺したのかなんて…分からない。 それほどまでにこの親子は2人とも少し狂っている。 湊くんを殺した事実をなすり付け合う様に、お互いを詰り合ってる。 既に亡くなった湊くんに対して…ずっと狂い続けてるんだ。 依冬くんはオレの体を強く抱きしめて、苦しいくらいに締め付ける。 哀れだ… 君に…闇を感じたよ。それは怖い位の狂気だ。お父さんと同じくらいの狂気だ。 「シロ、そろそろ…」 支配人の声がかかって、オレは依冬くんから体を離した。 「踊って来るね?」 そう言って彼を見つめると、彼は既に子犬の依冬くんに戻っていた。 あどけない瞳でオレを見下ろす彼に、心が締め付けられる。 どうなるか分からないけど、君の前で踊ってみるよ… なんだか…君は哀れで、可哀想なんだ… 「シロ、今日はどうするの?」 「ん、じゃあ…激しいので行こうかな?」 DJにそう言って、階段を上って控え室へ向かう。 あんなに良い子なのに…分からないものだね… 君の中に大きな闇がある。 それは… オレによく似たものだ。 だからかな…君の事が…可哀想でならないよ。 階段の上から依冬くんの背中を見下ろす。 分からないんだろ?ずっと…分からないままなんだろ… 付き合ってる彼女と別れさせる…それがオレが君に会った理由なんだ。 あの日…わざわざ渋谷まで…君に会いに行ったんだ。 向井さんとディナーをしたあの日からそんなに日も経っていないのに…オレ達は込み入ったおしゃべりを済ませたね… 君はオレの働く職場も知って、今日はオレのステージを見るんだ… エントランスから階段を降りて控室へ向かう。 一体…どんな反応をするのかな…それは、恐怖でしかないよ。 まるで君はオレを見ている様なんだ… 一瞬だけど、完全に湊くんとオレを混同したね…正直羨ましいって思ったよ。 そんな…相手を見つけられてさ… メイクに熱心な智の頭を撫でながら通り過ぎる。 ストレッチをして体を伸ばす。 「彼女と…別れたかな…」 「何!?誰?誰と別れるって?」 オレがポツリと呟いた言葉を聞きとって、智がオレに食い気味に聞いて来る。 「違う!何でもな~い!」 オレはそう言って頬を膨らませる。 全く!こういう話になるといきなり耳年魔になるんだから! カーテンの前に立って、手首と足首を回して、首をぐるりとゆっくり回す。 本来の依頼目的は…彼女と別れさせること… 気持ちを寄り添わせちゃダメだ…自分まで引っ張られてしまう… …それは絶対に避けなければいけない。 寄り道しないで、詮索しないで、彼女と別れさせよう…そして、とっとと縁を切ろう。 自分に似てるなんて…思うな。 彼とオレは違う。 カーテンの向こうで大音量の音楽が流れ始めると、オレはカーテンが開くのを待たずにステージへ向かった。 既に仰向けに寝転がった常連客を尻目に、ポールまで一直線に駆け出す。 いつもよりも気の早い常連客達は、きっと、分かったんだ… これから踊る曲が激しいダンスの曲だって… 早く寝転がらないと、他の奴に取られちゃうから…必死なんだ。 ポールに飛びつくと、そのまま膝を曲げて回りながら足を上に持ち上げて行く。 足を広げてポールの上を挟むと、体を起こして上に登る。 もっと上まで登ってみようか… オレは同じ様に回転を付けて体を回すと、曲を聴きながら同じ様にして上に登っていく。 …ここら辺かな? 曲を聴いて、盛り上がるタイミングを逆算すると、大技の準備に取り掛かる。 太ももでポールをしっかり挟んで、ゆっくりと体を反らして逆立ちするみたいになった。両手でポールをしっかりと掴んで…タイミングを計る。 よし!もうすぐ、サビだ…! タイミングを見計らってポールを挟んでいた両足を一気に離すと、バク転するみたいに体を一回転させる。 下ろしたブーツがポールにぶつかって凄い音を出すと、衝撃でポールが激しく揺れて、お客が歓声を上げる。 「シローーーー!!良いぞ~~!もっと、やれ~~!」 お股にポールが直撃する恐れのある危険な技だ…そんなに何回も出来ない。 今日はたまたま成功したんだよ…?ふふっ! 膝の裏でポールを挟むと、首で漕ぐみたいに体をうねらせてスピンの反動を強くする。 目の前がぐるぐる回って…クラクラする… ポールを掴んだ左手を離せば…オレは多分死ねる。 「シローーー!!」 今日の衣装…革ジャンを乱暴に脱いで下に落とすと、下に着たブカブカのタンクトップが、空気を通して鳥肌を立てて行く! ちなみに、下には黒のホットパンツを着ています。 これから、もっと盛り上げて行こうね? この曲と一緒にグラグラに揺れて、体の中を震わせる重低音に乗って、めちゃくちゃに暴れて行く。 ポールを華麗に降りてステージの上を眺めると、両手を組んでお利口に待ってる常連客達を見て吹き出してしまう。 だって、死んでるみたいに見えるんだ。 ふふ…おっかしいの… お客の頭の上をブーツを響かせて跨いで移動すると、タンクトップの片腕だけ脱いで肩に掛けた。 「きゃーーー!シロたん!お腹が、お腹が見えてるよーーー!」 お姉さんが喜んで、そう教えてくれる。 …良いんだ。だって、見せてるんだからね? ステージ中央で膝をつくと、自分のズボンに手を突っ込んで、オナニーするみたいに動かして、腰をゆるゆると揺らして見せる。 「シローーー!!ダメだぞ~!」 はいはい。 だんだんと気持ち良くなって来て、ゆっくりと体を仰け反らせて、口を開いて喘ぐように唇を震わせる。 依冬くんの前でしてあげる。 君の、大切な思い出を…オレで汚してあげる。 そんなもの…縋ったって、意味が無いって教えてあげる。 依冬くんの目の前に頭が来るように仰向けに寝転がると、腰を浮かせてホットパンツを脱いでいく。 ほら、チップちょうだいよ…? オレを見て固まる依冬君の顔を見つめながら、にっこりと微笑んであげると、足を開いて踏ん張って腰を激しく動かしてあげる。 ねえ?オレ、今にもイキそうだろ…? 「ギャーーー!!」 極まった客の歓声が聞こえる… でも、そんな物よりも、もっと面白い物を見た。 依冬君が、チップを咥えてゴロンとステージに寝転がったんだ。 あ~あ…こんな所で、仰向けになって…本当にいけない子だ… 彼を見つめたまま、タンクトップをゆっくりと脱いで、指先からステージに落とすと、体を屈めて四つん這いになる。 依冬くんの頭を挟むように膝をつくと、彼の腹に顔を乗せてみる。 わぁ…硬い…! ゆっくり腰を引きながら頭を移動させて、彼の胸を通って…彼の顔に近づいていく。 何て素敵な筋肉なんだ…うっとりするよ。 両手で彼の腹から胸を撫で上げると、肩に手を置いて…一気に彼の首元に顔を埋める。 …なぁんだ、良い匂いがするじゃないか…?うへへ… 彼の首筋を舌の先で舐めて、口にキスする様に唇を這わせてチップを咥える。 全く……本当にいけない子だ。 「こらぁ…出禁にするぞ?」 オレはそう言って依冬くんの顔を見て頬を膨らませる。 今、オレの唇を舐めたね? そういう事をするのは、向井さんみたいなクズだけだよ? 君の様な、可愛い子犬ちゃんはそんな事をしたらいけないんだ! オレの顔を見上げてニヤリと笑う…依冬くんの頬をペチンと叩いた。 こんなに可愛いのに…性根は向井さんと変わらないって…そういう事なのかな? 君は、計り知れないね。 ステージ中央に立って、華麗にポーズを取ってショーは終わった。 頑張ったオレに、常連客が1万円でネックレスを作ってくれた。 こんな金、要らないくらい…オレは今、金持ちなのにね。 「ほら!もうダメだぞ!帰れ!」 依冬くんに教育的指導をして、叩き出す。 これ以上悪い事を覚えない様に、蹴飛ばして家に帰らせる。 お触りしたら出禁だぞ! そもそも、19歳が来るような店じゃないんだ! 彼はクゥ~ンと鳴き声のしそうな顔をして、堂々と路駐した高級外車に乗り込んで帰って行った。 何て事だ…! 19歳でポルシェに乗るなんて…信じられない! しかも平気な顔して路駐して!いけないぞ! 金があるなら駐車場に停めろ!全く!なってない!なってないよ? 愛犬家と呼ばれる人たちが愛犬のために国道に路駐してペットショップに行くのと同じくらい、君の行動には矛盾が生じてるよ?全く! 「…なんだ、あの子は、シロの彼氏?」 「違うよ。ただの知り合いだ。」 オレの肩に顔を乗せて、智が楽しそうに聞いて来る。 愛の伝道師はオレの連れを全て彼氏にしたがるんだ… 男なんて…ごめんだね。

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