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第4話
オレは17歳で家を出て、東京に来た。
オレはシングルの家庭で母親に育てられた。
歳の離れた兄貴と、オレのすぐ下に弟がいて…オレは間に挟まれた次男だった。
兄貴が言うには、オレ達の父親はみんな違うそうだ。
すぐ妊娠するビッチの子供…って事だよね。
入れ替わり立ち代わり、家に来る男が違うんだ…そんな話を聞いても不思議に思わなかった。
兄貴はとにかく母親に頼りにされていた。
母親が留守の間は、いつもあいつがボスだった。
オレがあんな事されてるのも知らずに、母親は、夜の仕事で見つけた男に依存して、乗り換えては家に帰ってこない生活を繰り返してた。
オレは弟を守るのに必死だった。
何からって、兄貴の趣味にさ…
初めはオレが小4の時だった。寝てるオレの布団に兄貴が入ってきた。
オレの布団をはいで、パジャマのズボンを下げると、オレのモノを舐めて大きくしてそのままイカせた。
その当時、兄貴は20歳…立派に社会人してる頃だ。
そんな悪戯はどんどんエスカレートして行って…一年も経たない内にオレはあいつの性処理用のダッチワイフになっていた。
弟は薄々気づいていたけど、自分には関係ないと…オレから目を背けた。
兄貴がオレを抱いてる間は逃げる様に外へ出かけて行った。
誰も何も言わない…
兄貴は完璧だったから…
そんな事してるなんて気付いても、信じられないんだよね。
きっとさ…
オレはすっかり兄貴に仕込まれて開発済みなんだ…
だから、支配人もオレをスカウトしたのかな…?
向井さんも…
ゲイもビアンも、相手がそうか…そうじゃないか…分かるって言うじゃない?
同じ匂いを感じるってさ…
認めたくなくても、あんなに幼い内から仕込まれてたら、そういうの…分かる人には分かってしまうのかな。
死ぬまでそんな匂いを放ち続けるんだ…
最悪だろ?
依冬くん…
君にオレと同じ何かを感じたよ…
狂ってしまう程の後悔を抱えて生きている様に見えたんだ…
それでも自分の生き方を進む君を、酷いやつだなんて思わないよ。
だって、それは強さなんだ…
オレは君みたいに…強くない。
思い出しただけでも潰れてしまいそうな後悔を抱えて…忘れる様に刹那的に生きていく…これがオレが選んだ生き方だよ。
誰にも知られないで、誰にも深く関わらないで、怯えながら、目的も無く、ただ悪戯に生きていくんだ。
それがやっとで、それが限界…
オレが17歳の誕生日を迎える前日、兄貴が死んだ…
第一発見者は弟で、首を吊ってる兄貴を担いで救急車を待ったらしい。
もう…死んでんのにさ。
弟にとっても、母親にとっても、立派で頼りがいのある兄貴は死んでしまった。
オレが黙って兄貴の言う“愛”に従っていれば、彼は死ななかったのかな…
たまに夢に見るんだ…
幼いオレを好き勝手して弄んでるあいつの後ろ姿を…立ち尽くして見てるんだ。
あいつの体の両端からオレの足が見えて、腰を振る度にブラブラと揺れて動くんだ。
後ろから近づいて、兄貴の背中に縋って泣くんだ。
もうやめて…って…絞り出す声で泣きつく。
そして、兄貴の背中越しに自分を見下ろすんだ。
気持ち良さそうに、喘いで、よだれを垂らしてる…自分を。
そんな夢…
多分死ぬまで見るんだろうな…
依冬くん…君も、夢に見るの?
湊くんの姿を…何度も見るのかな…
「君はさ、彼女とかいないの?」
オレの正面に座ってニコニコと笑顔でコーヒーを飲む依冬に聞いた。
「彼女?いるよ?」
依冬はそう言うと、コーヒーをソーサーに置いて首を傾げた。
オレは頑張って12:00に起きて、彼とランチをしている。
湊くんの姿じゃない、いつもの自分の格好でだ。
依冬は今話題のこじゃれた自然食のお店をチョイスした。
彼は“まごころ一杯手ごねハンバーグプレート”を注文して、オレは“季節のお野菜たっぷりチキンソテー”を頼んだ。
…長いんだ。料理の名前が情緒的で長いんだ。
食事を滞りなく済ませて食後のコーヒーを飲んでいる所だ。
「彼女がいるなら、オレとじゃなくて彼女とランチを食べな~?」
オレはそう言って窓の外を眺める。
昼間の街は夜とは違って、賑やかで、活気がある。
何よりも地面から反射する太陽の光が明るくて、眩しいくらいだ…
「シロと食べたかったんだよ?」
そうか…ふぅん…
そう言って子犬のような可愛い目をこちらに向けて、首を傾げる依冬を見つめると、視線を外して窓の外を眺める。
「彼女とデート、どこに行くの?」
道行く人を眺めながら、何となく…そんな事を聞いてみた。
「気になるの?」
そう言って少し笑って、彼は答えをはぐらかした。
随分親しくなったけど、彼と肉体関係になんてなっていないよ。
ただ、こうして話し相手になって、親しくなっただけ。
「気にならないよ?全くね…ただ話のネタが無いからそう聞いただけだよ?」
オレはそう言って窓の外を眺め続ける。
参ったな…依冬は、なかなか彼女と別れない。
初めて会ってから1週間もしない内にオレの働く店まで来たのに…その後、全く動きが無いんだ。
彼と外でご飯を食べるのも、これが初めてじゃない。
あれからもう1か月も経ってるのに…オレはまだ依冬と彼女を別れさせる事が出来ていない。
湊くんの偽物では彼を心酔させることは無理だったようだ。
もう10月だよ?
そもそもオレは、男を意識して誘惑した事なんて無いんだよ。
イロハが知りたい。
どうすれば彼女と別れてくれるのか…そのイロハが知りたいよ…
もう、お手上げだ!
「ねぇ?オレと寝たら彼女と別れる?」
視線を彼に戻して、唐突にそう尋ねた。
そんな事しか思いつかなかったんだ。
依冬は驚いた顔をしてオレを見ると、すぐに困った顔になって言った。
「…シロと寝ても別れないよ。」
「ふぅん…」
オレと寝る事には抵抗感はないの?
それでも別れないって…断言して…。それって、もう、詰んでんじゃん。
お手上げのお手上げだ!
そんなに彼女が大切ならそのまま付き合い続ければ良いって…普通にそう思った。
だって、それは穏やかで普通な事だ。
いつまでも答えの無い狂気に縋るより、健全で、前向きな事なんだ。
ポケットに入れた携帯が震えて着信を知らせる。
非通知…
携帯の表示を見て固まるオレを、依冬がジッと鋭い視線を向けて見つめた。
動揺を隠すように、オレは彼の顔を見ながら電話に出た。
「…もしもし?」
「シロ…今どこに居るの?」
結城さん…今、あなたの息子さんとランチしてるよ?
「今?依冬くんって子とランチしてる~。」
オレは友達に話す様に話して、依冬を見つめ続ける。
なんで?
なんでそんな目で見つめて来るんだ?
まるで探る様に…オレの表情から目を離さないね…
依冬は、子犬から忠犬に成長したの?
「…随分親しくなったようだね。あまり良い事じゃないよ?そうだろ?」
電話口のお父さんはそう言って、激おこの様です。
知った事かよ…親しくならないで、どうやって別れさせるんだよ…ばかやろ!
「ふぅん…で、何の用なの?」
そっけなくそう言って、携帯を耳にあてながら手元をポリポリと掻いた。
変わらずオレを凝視する視線を受けながら、狂った親子に挟まれる。
「これからの事を一度話したいんだよ…迎えをやったから、私の所においで。」
依冬が彼女と別れないのはオレのせいじゃない。
魅力が足りないのはオレのせいじゃないだろ?
それは明らかな人選ミスだ。
湊に似てるってだけじゃ彼を思いのまま操る事なんて出来なかった。
もっと魅力が無くちゃ…ダメだったんだ。つまり、オレを選んだ時点で詰んでんだよ。
結城さんにはぶっちゃけ会いたくない。
湊くんと勘違いして襲って来やしないか…依冬よりも、あんたの方が心配だ。
はぁ…
それでも、行かない訳にはいかないんだろうな…。大金を頂いてるんだ。
無視するわけにもいかない…
「分かった~」
オレはそう言って電話を切ると依冬を見つめて言った。
「悪い、用が出来たから帰るわ。」
「行ったらダメだよ。」
席を立とうとするオレの手を掴んで依冬が言った。
その表情は真剣で、見た事も無いくらいに、硬かった…
「…また今度、埋め合わせするよ…」
そう言って彼の手を解こうとすると、依冬はもっと強く手を引いて行った。
「俺は彼女と別れないよ…だって、別れたら、もう、シロと会えなくなるんだろ?」
そう言ってオレの目を見ると念を押す様に言った。
「だから俺…絶対、彼女と別れないよ…親父にも、そう言ってある。」
そうか…
やっぱり…
知っていたんだ…依冬は知っていたんだ。
彼女と別れさせる為にオレが雇われた事も…
今の電話の相手の事も…
「…意味わかんないよ…手、離して…」
どうして…?
じゃあどうして、今までオレと会っていたんだよ…!
オレは平然を装って依冬の手を解くと、またね。と言って店を出た。
分からない…どうしてそうしたの?
自分を嵌めるために雇われた相手だと知った上で…まるで罠をかいくぐる様にして、平気な顔して、オレと会っていたって事なの?
湊くんに似たオレに会いたいから…懐に飛び込んで、のらりくらりとかわして来たって事なの?
手玉に取っていたと思っていたら…逆に手玉に取られていた…!
店に彼が来た時点で…そうだったんだ。
1か月間…騙されていたのは…オレの方だったんだ。
子犬の顔に騙されて…そんな事しないって思ってた。
でも、違った。
彼はオレなんかよりも上手に人を騙す…
昼間の道を歩きながら、頭の上からシャワーでも浴びた様に冷や汗が垂れて来る。
あの子…とんでもない、食わせ者だったんだ…
「シロ…可哀想だね。」
頭の中に兄貴の声が響いて足に力が入らなくなった。
「やだ…」
一気に襲ってくる動揺に飲まれて目の焦点が合わなくなる。
ダメだ…!!嫌だ!
顔を覆って必死に堪えながらフラフラと歩き続ける。
立ち止まったら最後…また一気に奈落に堕ちる…兄貴に掴まる。
兄貴の幻影に…掴まる!
人にぶつかって、よろけて、ビルにぶつかって…しゃがみ込む。
もうダメだ…ダメだ…ダメだ…ダメ…
ドクンドクンと自分の動悸が痛い位に胸を内側から揺らして、血が流れる音が耳の奥に響いて、何も聞こえなくなる…
いやだ…兄ちゃん…止めて…
「…シロ君?どうしたの?具合、悪いの?」
息が浅くなって、冷や汗の冷たさだけが肌に伝って流れる。
誰かに背中を支えられて、日陰になった目の前に大きな男のシルエットが見える。
「にいちゃん…」
まただ…
また、トラウマの発作だ…
もう大丈夫だと思っていたのに、まだ…ダメだったみたいだ。
目の前が真っ白になって、そのまま意識が無くなった。
17歳の誕生日の前日…兄貴が死んだ。
その時から今までずっと兄貴の幻影に悩まされ続けている。
支配され続けたオレにとって…兄貴は全てだった。
そんなオレにぽっかりと開いた穴。
それを埋める様に、頭の中で兄貴の声がするんだ…。
オレを詰ったり…慰めたり…優しくしたり…愛してるって呟いたり…
あんなに嫌だったのに…まるで拠り所みたいにそれに縋って、一喜一憂する。
そんな自分と決別するために、1人で東京に来たんだ…
環境を変えて、兄貴の事を忘れて暮らせばそんな声も…聞こえなくなるって思ったんだ。
でも、無理やり忘れた兄貴の幻影が、オレの頭の中をこじ開けるみたいに現れてはオレの心を掻きむしってぐちゃぐちゃにしていくんだ…
その度に激しく動揺して…こうやって、発作を起こす…
もう大丈夫だと思っていたのに…もう、自分は大丈夫だって…思っていたのに。
違ったみたいだ。
結局オレは支配する側では無くて…支配される側なんだ…
「兄ちゃん…お腹空いた…」
ハッと目を開いて体を起こす。
幼い頃の自分の声が耳の奥にこびりついて、両手で抑えて耳を塞ぐ。
まるで、出てこない様にするみたいに…必死に耳を塞ぐ。
うずくまる様に体を屈めると、自分が知らない場所に居る事に気が付いた。
耳にあてた両手をゆっくり離しながら辺りを見回した。
見たことの無い…部屋。キッチン…ソファ、ローテーブル…
窓から見えるベランダの向こうには遮蔽物のない空が広がっている。
自分の両手を目の前に持って行って閉じたり開いたりする。
まるでそれが何かの指針の様に…じっと見つめて自分の手のひらを見つめる。
「シロ君…気が付いた?」
重たい頭を持ち上げて声のする方に向ける。
あぁ…向井さんか…
目視で向井さんを確認して、酷い頭痛に顔を歪めて小さく呻く。
発作が起こった後は毎回必ず、酸欠になった脳がまるで傷ついたみたいにドクドクと痛くなるんだ…
ソファに座り直して、両手で頭を押さえて項垂れる。
深呼吸…
酸素をたっぷり吸って体の隅々まで送る。
「夜型の人がお日様の下なんて歩くから…クラクラしちゃったのかな?」
そう言ってオレの隣に座ると、頬を包んで自分の方へ向けた。細めた彼の瞳が、まるで嗤ってるみたいにオレを見つめる。
「熱は無いけど…頭がとても痛そうだね…可哀想に。」
可哀想…?
笑わせる。
そんな事…思ってもいなんだろ。
向井さんは首を傾げながら手のひらでオレの額に触れると、そのまま目を拭う様にして言った。
「泣いてるね…どうして?」
そんな風に優しい声を掛けたって…あんたの目は兄貴と同じだ。
弱ったオレを嬉々とした目で見てる…
頭痛が移動して目の奥をガンガン揺らす…これが耳の奥に行ったら頭痛は治まるはずだ…ただ、今は動けない…痛みに耐えるしか無いんだ…
「怖い…過去でも、思い出したの?」
向井さんは何か知ってる様な口ぶりで、楽しそうにオレの傷を抉る手を緩めない。
「なんだか…とっても、怖い思いをしてきたみたいだ…」
目の奥を覗き込んでそう囁く彼の目は、声色とは裏腹に笑って見える。
皮膚の表面だけを傷つけていたぶるみたいに、オレを傷つけて笑ってるんだ…
最悪の趣味だね…向井さん。
「それとも…とっても気持ちの良い思いを、してきたのかな…」
本当、最悪の趣味だ…
向井さんはそう言うと、オレの顔に自分の顔を寄せてキスをした。
ふふ…と笑いながら、抵抗できないオレを、ソファに押し倒して行く…
「や、やめて…」
精いっぱい抵抗して、向井さんの首を押さえて喉を押し上げるけど、彼は構うことなく体を落としてオレに覆い被さって来る。
最悪だ…
唇を覆うようにキスをされて、舌が絡んで吸い上げられる。
また、このキスだ…
頭痛のひいた頭が今度はジンジンと痺れて来る。
ダメだ…動けない…
体が恐怖に固まって動けない。
まるで捕食者に見つかったネズミみたいに…怖くて、動けなくなった…
「シロ…怖いの?可哀想に…」
嘘つきだ…楽しくて仕方が無いんだろ?
人をいたぶるのが…楽しくて仕方が無いんだ…
オレに覆い被さる向井さんが…兄貴に見えて…体が震えて涙がドロドロと溢れていく…
オレの頬を両手で包んで、親指で溢れて落ちる涙を拭うと、何度も唇にキスして、抵抗できないオレを見下ろして笑った。
Tシャツの下に手を滑り込ませて、手のひらで体を撫でまわすと、そのまま捲り上げて、オレの胸に唇を付けて舐めまわす。
あぁ…兄ちゃん!やだ…
「あ、あぁ…にいちゃん…やだぁ…やめてぇ…」
両手で顔を覆ってむせび泣く。
もう、何もできない…怖いんだ…
怖いのに…欲しいんだ…
泣きながら体に与えられる快感に喘いで、身を捩って嫌がりながら腰を動かす。
「うっく…はぁはぁ…うっうう…ん、あぁ…やだぁ…」
そんなオレを見て、お前が言う事なんて簡単に想像できる。
兄貴と同じだ…
「堪んない…かわい…」
向井さんはそう言うと、オレのズボンを引っ張り下げた。
恐怖で縮こまったオレのモノを手で撫でまわして、体に舌を這わせていく。
「…んんっ!はぁはぁ…あぁん、んんっ…ん…んん…」
あの当時の快感が蘇って、オレは体を仰け反らせて硬直させる。
「あ、あぁっ!や…やぁだぁっ!んんっ…んっ!」
向井さんはオレの仰け反る腰に腕を入れて、乳首を舐めて転がしながらオレのモノを扱き続ける。
この快感…すごく気持ちいい…ダメだ、イキそう…!
オレの腰がビクビク震えてイキそうになると、向井さんはオレのモノを口に咥えて扱いた。
「あっ!あん…あぁん…兄ちゃん、イッちゃう…!」
オレのモノからドクドクと吐き出された精液を飲み込み、根元まで咥えこむ。
オレのモノはまだ脈打つ様にビクついてるのに、向井さんは口の中で舌を絡ませて扱き続ける。
「あっ!や、やらぁ!んんぁっ…!はぁはぁ…!」
腰がいやらしく動いてしまう…
もっと気持ち良くなりたいと、体が勝手に求めてしまう…
「シロくん、めちゃめちゃエロいね…。俺、こんなエッチな子抱くの、初めてだよ…?」
向井さんは笑ってそう言うと、オレの片足をソファの背に掛けて足を広げさせた。
オレの腰の下に自分の足を入れてお尻を持ち上げると、ゆっくりと自分のシャツを脱ぎ始めた。
オレの口に指を入れて舌を撫でまわすと、そのままオレの穴に押し当てて中に挿れてきた。
「んんっ!はぁん…あぁん、んんっ、やらぁ…!」
体に激しい快感がめぐって、足の先がピンと伸びていく。
オレの反応を楽しそうに見ながら、向井さんはオレのモノを扱いて舐める。
ねっとりと絡められたオレのモノは彼の口の中で、翻弄される様に扱かれる。
気持ちいい…!こんな快感…我慢できない…!!
「シロくん…すごく気持ちよさそうだね?ねぇ、俺も気持ち良くなっても良い?」
そう言って向井さんは、自分のズボンを下げて大きくなったモノを出した。
…やだ…最悪だ
オレの穴にグッと押し付け、中にゆっくり入ってくる。
硬くて太い塊。
お腹に違和感を感じて苦しい…
この感覚…あの時と同じだ…誰がやっても、同じなんだ…
苦しくて、最悪なんだ…
向井さんは短く呻くと根本まで挿入して、オレの中の圧を感じる様に腰をうねらせる。
「ん…きもちい…」
うっとりとした顔でオレを見下ろして頬を撫でると、オレを見つめたまま腰を緩く動かし始めた。
「あっ、んぁっ…あぁ、んんっ…はぁ、んっ…」
揺すられるたびに快感が押し寄せてたまらず喘ぐ。
焦点の合わない虚な目で宙を見ながら、下半身に感じる快感が頭まで昇るのを待ってる。
もっと…もっと…
「こんなにエッチが好きなのに…どうして我慢してたの?もっと男としたかったでしょ?ステージに立って焦らすのもかわいいけど、君ならあそこの客、みんな満足させられるよ?」
…あぁ、気持ちいい…すごく感じる
「はぁ、んっ…ダメ…イキそう…んっ!」
体を仰け反らして顎が上がる。
口からよだれが垂れて頬につたって落ちていく。
両手で顔を覆って髪を引っ掴む。
こうでもしないと意識が飛んじゃいそうなくらい気持ちいい…!
「あっ!あぁっ!はぁっ…!イクっ!イッちゃう!!」
オレの体が激しく波打ってイクと、オレの中で向井さんのモノもドクンと暴れてイク。
「シロくん…はぁはぁ…ヤバい…君すごく、きもち良くて…もっかいしたくなっちゃうよ…」
向井さんはオレの顔を覗く様に覆い被さると、頭の上に投げ出されたオレの手を掴んで、ソファに押し付けて腰を激しく動かした。
「あ…あぁ、あぁあっ!はぁん、あ、あっ…あぁあっ…ダメ、またイッちゃうから…すぐイッちゃうからぁ…ぁあん、んっ、んんっ!」
向井さんが腰を振るとソファがガタガタと揺れる。
ガンガンと奥に突き上げられ、自分の精液まみれのモノをヌチュヌチュ言わせながら扱かれる。
「だめ、だめぇ…!イッちゃう~~っ!」
オレはあっという間にイッてしまい、ドクドクと温かいものが溢れて出た…
「俺がイクまで我慢しないと…ダメでしょ?」
向井さんがそう言って、オレの顔を覗き込みながら強い口調で責める。
そのまま、震えるオレの唇を舌で広げ中に舌を入れて、絡めて来る。
…あたまおかしくなる
彼はしつこいくらい長く舌を絡ませてキスすると、腰をねちっこく動かして気持ち良くしていく…
口から漏れる息がどんどん荒くなって、またオレのモノは興奮して勃ってしまう。
「はぁはぁ…今度は、俺が良いよって言うまで…お利口に我慢するんだよ…?」
そう言ってオレの頭を押さえると、また激しく突き上げ始める。
…これ、すごくきもちい…!ダメなんだ…!
すぐ目の前にある向井さんの顔がどんどん歪んでいくのが分かる。
熱い吐息が顔に掛かって、彼の口の中が見える。
たまに薄目を開けてオレを見つめると、感じる事に集中するみたいに目を閉じる。
気持ち良くて顔を仰け反らせたいのに、彼に頭を掴まれて出来なかった。
快感が逃げて行かない気がして、どんどん熱がこもって行く。
早くイキたいのに…!
熱が体を溶かしてマグマに変えてしまう様に、体中が火照って熱い。
「ねぇ!もうイキたい…!!」
オレは向井さんの背中をバンバン叩いて訴える。
熱い!熱いの!
「ん…まだ、だぁめ…」
笑いながらそう言って、彼はオレの口に軽くキスした。
「んんっ、ふぁ…ぁあん、んっ…、ぁあ、いい…んっ、もっと、もっとして…ん、はぁ…あぁ…!」
こもった熱で、バカになったみたいに喘いで、与えられる快感にどんどん乱れていく。
触れられてるだけで気持ちよくて体中から汗が出る。
熱い…!
「我慢してるのも…すごく、エッチだね?」
そう言ってオレを撫でて、ずっと腰を動かすこの人は、意地悪で、タフだ…
「あぁ、んっ…はぁ、はぁ、んん…ふっ…ぁあ!ねぇ、もうイキたい…イキたいの…!」
オレは向井さんの背中にしがみ付く手に思いきり力を入れて、彼の背中を掻き毟った。
「…はぁはぁ…んふ…お願いして…?」
挑発的にそう言うこの男。
兄貴にそっくりで…気が狂いそうになる…!
「んぁっ…おねがい…も、イキたいの…イカせて…ね?イカせてよ…あっ、ぁあ…ん!」
向井さんはオレに顔を寄せて、耳元で囁いた…
「…お兄ちゃんの、おちんちんで…気持ち良くして!でしょ…?」
「ん~~~~っっ!!」
その言葉に激しく反応して腰が跳ねる。
奥歯をかみしめて、イキそうなのを必死に我慢する。
目の前の光景が幼かったあの日の光景に、変わる。
暗い部屋の中、大きな黒い体がオレに覆い被さって腰を振り続ける。
叫ぶ気もしないのは、諦めているから…こういうものだって、もう諦めているから…
ただ、怖い…
そんな中、優しく頭を撫でるのは1番酷い事をする奴で…
誰も助けに来ない絶望の中だと、そんな邪な優しさに簡単に絆される…
大人しくしていれば…終わるから。
目に映るのは、泣いている兄ちゃん…
オレを凝視して…正座して泣いてる兄ちゃん。
「シロだけ、大事だよ…」
オレにだけ…特別、優しい兄ちゃん…
この人の傍に居れば…守ってもらえる。
殴る母親から…殴る男から…守ってもらえる。
…間違ってるだろ。
言いたくない…言いたくないのに…すごく言いたい…
…ずっと、言いたかったんだ。
「ん…にぃちゃんの…おちんちんで、シロを…きもちよく、してぇ…!んっ、早く…!んっ、んん!」
オレは向井さんの体にしがみ付いて、涙声で、叫ぶ様にそう言った。
その瞬間、向井さんの体に鳥肌が立って、オレの中であの人のモノがドクンと脈打ってイッた…
オレは彼の吐き出されたモノの温かさと脈打つモノに感じて一緒にイッた…
「はぁはぁ…シロ、きもち良かった…?」
オレの顔を覗き込んで尋ねてくる彼を無視して、ぼんやりと天井を眺める。
息が落ち着くまで…快感の余韻を感じながら、あの時と同じように天井を見つめた。
あれ…兄ちゃんって…オレを無理やり抱いてたっけ?
思い出した記憶の男のシルエットが…兄ちゃんと違った。
自分の記憶の曖昧さに驚愕する…
一体あれは誰だったの…?
オレがその人とするのを…兄ちゃんは泣きながら見ていた。
オレにだけ…優しい兄ちゃん…
シロだけ…大事だよ…
目の端から涙が落ちて耳に入って行く。
「兄ちゃん…!!」
両手で顔を覆って、体を揺らして泣く。
せっかく…忘れていたのに…
思い込んでいたのに…
思い出してしまった。
歪んだ記憶の歪がギシギシと音を立てて元の形に戻っていく…他に生じた歪みが動いた記憶のせいで、同じようにギシギシと軋み始める…
こうなってしまったら…もう、どうしたら良いのか分からないよ。
壊れるまで…堕ちるしかない。
また答えの分からない問答を繰り返すしかないんだ…
#依冬
代官山、有名ショップが立ち並ぶ通りにやって来た。
年上の落ち着いた彼女と、ショッピングに来ている。
「依冬、ねぇ、聞いてる?」
俺を呼ぶ声に我に返って、彼女の方を向く。
「ごめんね…聞いてるよ?」
適当にそう答えて微笑みかけると、彼女はまた洋服を探し始める。
…今日、シロとランチをしていたんだ。
可愛い彼とおしゃべりが出来て…とても楽しかった。
でも、途中で帰った彼の別れ際の様子が…ずっと、気になってる。
俺が…話した内容に動揺したように見えたんだ。
「ねぇ、どっちが似合うと思う?」
彼女が呆れた顔をしながら、俺を見上げている。
「あ…、ごめんね、何だっけ?」
そう言って笑って誤魔化すと、彼女は、もう…とため息を吐いて俺の腕を揺さぶった。
親父がコソコソ動いているのは前から知っていた。
まさか湊のそっくりさんを使って、彼女と別れさせようとしているとは思わなかった。
17歳の頃から、父親の仕事絡み相手にお見合いと称した政略結婚のコマとして使われてきた。
見た目が良いせいか相手の女性には好かれたが、何せ俺にその気がない為上手く行かず全て破談になってきた。
しかし、いつまでもコマでいるのも癪なので、俺は適当な彼女を作ることにしたんだ。
肉体関係を強く求めない成熟した大人の女性。
束縛も少なく、たまに抱く分には全く嫌じゃなかった。
シロに会うまでは…
渋谷で行われたレセプションの帰り。
商談相手と行ったホテルのレストランで、湊によく似た彼を見つけた。
湊によく似た、可愛らしい人。
親父の書斎を勝手に漁ると、出て来たのは彼について書かれた一枚の紙。
お店の名前、彼の下の名前、年齢、住所、性別が書かれただけの紙。
ボールペンの文字で付け加えられた文字を見て驚いた…
住民票…戸籍、確認できず、調査中。
偽名なのか…身分を偽って生活してるのか…
一体、何の為に?
彼の周りにそこはかとない闇を感じて…いてもたってもいられなくなった。
湊に似ている彼を…親父が放っておくわけがない。
シロを俺に接触させた理由は後付けの理由だろう…
あの人は俺がシロを見て動揺するところが見たかっただけなんだ…。湊だと勘違いして、追いかけて縋る俺を見たかっただけなんだ…
俺が十分に彼を理解した後に、親父はシロを好きにするんだ…。
悔しがって泣く俺が見たい…それだけの為に、こんな茶番を仕組んだ。そして、彼が湊の様に…親父の言いなりになっていくのを見せつけたいんだ。
そんな事…予測できる。
狂った父親だけど、ずっと傍で見ているからね…
シロをあの鬼畜から守る必要があるんだ…だから彼に会いに行った。
可愛らしい彼にすぐに夢中になった。
スラっと細い体に、長い手足。
肌は陶器の様に白く、髪は柔らかい…。
触り心地のいい頬に、切れ長の目。
湊にそっくりだった…
性格は真逆だけど、それも惹かれる理由の一つで、どことなく、放っておけない儚さと危うさを持った人なんだ。
俺は湊の見た目に惹かれていたの…?
似てるから?だから簡単にシロを好きになってしまうの?
そして彼女と別れて、シロとも会えなくなって、政略結婚をさせられるのか…
目の前でシロがあいつに痛め付けられるのを見ながら…?
絶対…嫌だ。
そうなる事は絶対に…嫌なんだ。
幼い頃から一緒に育った親父の妾の子…それが、湊だ。
ずっと彼を兄だと思っていた。
同い年なのに兄弟という設定に、疑問を抱くのはそう遅くない時期だった。
小学2年生の時、湊と一緒に母親に聞いた。
「何で湊と僕は双子じゃないのにおんなじ歳で兄弟なの?」
俺の言葉を聞いた母親は、穏やかな表情を一変させて、目を吊り上げた…
取り乱して、湊の腕を掴んで、乱暴にゆすり…殴った。
まるで、見ない様にしてきた事実を、俺に付きつけられた事で壊れてしまったように…母親が一変した…
「お前は依冬の兄弟でも何でもない!ふしだらな女が産んだ子供だ!お前も母親と一緒に死ねばよかった!どうして…!あんな女の方が…好きだなんて…!」
そう言い放った母親に…幼心に傷ついた。
取り乱して子供を罵り、殴りつける様を見たショックと…
湊の母親が死んでいるという事。
そして、母の言い淀んだ言葉に…傷ついた。
つまり、親父が俺や母よりも、湊とその母親を愛していたという事実が…ショックだった。
それからというもの、母親は口実を見つけては、嬉々として湊を殴って罵った…
俺はそれを止めずに、ただ見ていた。
俺たちが貰うはずの愛情を貰っていた事への嫌悪と、取り乱す母への憐れみで…
彼女の折檻を…見て見ない振りした。
「僕たち、本当の兄弟じゃないのに、何でこの家にいるの?出てってよ。」
「僕は依冬の事、弟だと思ってるよ…。でも、依冬が嫌ならごめんね…?」
小学6年生の時、進学校への中学受験でイライラしていた俺は、湊に当たり散らしていた。…母親と同じ様に、ヒステリックに。
湊のシャツを掴んで投げ飛ばした時、破れたシャツの下に見えたんだ。
身体中の小さな赤い痣…
俺は自分のせいで彼が怪我をしたと思った。
だから、母親の前に連れて行って、彼のシャツを取って痣を見せたんだ…。
母親はいつも以上にひどく取り乱して、湊を裸にすると鞭で打った。
その時、泣いて叫ぶ湊を見て、初めて勃起した…
鞭の痛みで苦痛に歪む顔も、腫れあがる肌も、皮がめくれて滲んだ血の色も…
どれも、綺麗で、最高に興奮したんだ…
母に解放されて部屋に戻った後、傷だらけの体を丸めて泣く湊が…酷く、いやらしく見えた。俺は湊を押さえつけてあいつのモノを咥えてイカせた。
泣いて嫌がる湊を、無理やりねじ伏せて自分の思うままにした…
生々しく血をにじませる肌を指先で詰って…悲鳴を上げる彼の口を見つめた。
徹底的に痛めつけて従わせた…
その征服欲が、俺を高揚させて…その時、初めて射精した。
思い出しただけで興奮してくる…
また湊を虐められるのか…
「依冬はどう思う?」
どうでもいい服を2つ並べて彼女が俺に尋ねる。
「どっちも似合うけど、こっちの方がもっと素敵だよ。」
そう言って適当に話を合わせると、見てもいない洋服を差し出す。
早くまたシロに会いたい…
あの人も…俺に従順に従うのかな…
泣いて…嫌がって…俺を興奮させてくれるのかな…
堪らないよ…
だから、まだこの女とは別れない。
帰り際に動揺した彼の顔を思い出して口元が緩む。
そうか…俺は彼を心配なんてしていなかったんだ。
シロが俺の言葉に動揺したのが、嬉しかったんだ。
俺の言葉に反応して、たじろいだ様子が…良かったんだ…
下半身を興奮させるには十分すぎる狼狽えぶりに、もっと虐めたくなったんだ。
あのふてくされた様な表情が…俺の一言で、真っ青になるんだ…
堪らないよ…シロ。
#シロ
顔に当たる日差しが熱くて目を覚ます。
枕元に置いてある携帯を掴んで確認する。
今、何時…?朝の11:00…
見慣れない画面の壁紙…あれ?こんなのにしてたっけ…ダセ…
よく覚えて無いな…
フワフワの布団に気持ち良くなってまた眠りに戻りそう…
今日に限って…なんて寝心地が良いんだ…もふもふもふ…
あ!
オレ、昨日…仕事に行ってない…!!
慌ててベッドから出ると、全身の倦怠感に足がもつれてベッドから落ちる。
「ギャ!」
こんなに高いベッドじゃ無かったはずなのに…
落ちた衝撃の大きさに戸惑いながら、顔を上げる。
「ここ…どこ…?」
そう呟いてまわりを見渡す。
そこはオレの部屋じゃ無かった…
「シロくん、大丈夫?」
ベッドの上から声がしてベッドが軋む音と共に、近づく相手を見つめる。
「向井さん…」
あぁ…そうか昨日、オレ、この人と…
オレは事の顛末を思い出してショックを受けた。
自分の剥き出しの太ももを眺めて、腕に付いたキスマークを眺めると、寝起きの頭を回転させる。
「怪我はない?いきなり動くからビックリしたよ?大丈夫?」
向井さんはそう言うと、オレの体のあちこちを見て、怪我がないか確認してる…。
でも、オレはすごく頭に来ていた!
勝手にトラウマをほじくり返され、触れられたくない弱みを弄ばれた屈辱感…
無理やり体の関係を持って、あの時の快感を思い出させられた!
必死に忘れて生きて来たのに…!!
兄ちゃんの事も、忘れて…生きて来たのに!!
「さわんないで!もう…帰る!」
オレはそう言って向井さんの手を払いのけると、立ち上がって椅子の上に畳まれた自分の衣服を着た。
こんなに丁寧に畳んだって、お前のしたことは罪だ!ギルティーだ!
「シロくん…怒ったの?だって…」
「オレ、昨日、無断欠勤した!今までそんな事一度もした事なかったのに…!」
向井さんが話し終わる前にオレは怒鳴ってそう言った。
彼の声も、言葉も聞きたくなかった。
オレが怒ってる理由はそんなんじゃない。
兄ちゃんの事を…思い出したくなかったんだ!!
もういやだ…
もう、これ以上、おかしくされたくない…!
こいつから離れなきゃ!
「…お兄さんに、悪戯されてたの?」
心をえぐる様な言葉に、向井さんをキッと睨みつける。
それ以上言ったら…お前の事をぶん殴ってやる!
「…いつから?」
彼はベッドに腰掛けながらそう言うと、手を伸ばして、オレの体を引き寄せて、抱きしめた…
オレはなんで抵抗しないのか…体が動かない…
まるで、兄ちゃんに…そうされているみたいに…彼の腕の中で、大人しくする。
「小さい頃から…」
彼の目が…優しく見えて、彼の言葉に…彼の声に…縋る。
甘えてしまいたい…もう…グダグダに、甘えてしまいたい…
トロンとした目で向井さんを見つめて首を傾げる。
…兄ちゃん
「…今も、されてるの?」
優しい声で撫でる様に言うと、両手でオレの前髪を撫でながら頬を優しく包む。
彼の肩に顔を埋めて、クッタリと体を寄り添わせる…
あったかい…
「兄ちゃんは死んだ…高校の時、嫌だって言ったら…首を吊って…死んだ。もう、いない…」
首に顔を埋めて鼻を擦り付けて甘える。
兄ちゃん…
見せかけの優しさに…また絆されてるんだ…
うっとりした瞳でオレを見つめて、優しい声を出して、今だけ、特別扱いをする。
そんな嘘っぱちの優しさに…絆されて、気持ち良くなってるんだ。
このままこの人の腕の中で…トロけてしまったらどんなに楽だろうか…
快感をくれるこの人に…自分の全てを預けてしまえたら…どんなに楽だろうか…
そんな事は…もうしないんだ…
もう、兄ちゃんはいないんだ…!
体を離して、向いの向井さんを睨みつける。
「シロくん…お兄さんが大好きなんだね?」
「んなわけないっ!」
だって…と言って、オレの唇に親指をねじ込むと、口をこじ開けて言った。
「お兄ちゃんプレイがあんなに燃えるんだもん…大好き以外に何があるの?」
ガッ!
カッとなって、オレは向井さんの横っ面を思い切りぶん殴った。
ベッドに倒れて大笑いする向井さんを無視して、自分の荷物を持つと逃げる様に彼の部屋を飛び出した。
右も左も分からない知らない廊下…
涙があふれて止まらなくなる。
自分の恥部を弄ばれた…甘えてしまいたいなんて…思ってしまった…
エレベーターを見つけて急いで下りるボタンを押す。
36階…?なんて高い所に住んでんだ…
カチカチとボタンを連打する。
早くエレベーターに乗らないと…掴まる…!
もう嫌だ…!あの人は…オレに優しくなんて無い、ただ笑いたかったんだ…
オレの仕込まれた体を見て…指を差して笑いたかっただけなんだ…!
クソッ!
チン
エレベーターが到着して扉が開く前に急いで乗り込んだ。
1階のボタンを押して閉じるボタンをカチカチと連打する。
早く…早く…!
あの男から逃げないと…
また虐められる…指を差して笑われる…
兄ちゃんじゃない…あんな奴。兄ちゃんに似ていない…!
目から溢れる涙を拭って、必死に堪える。
恥ずかしい?
違う…自分が…弱い自分が情けなくて…涙が止まらないんだ。
誰でも良いのか…自分を抱く男なら…誰でも兄ちゃんに見えるのか…
そんな風に打ちのめされるくらいに…向井さんが、兄ちゃんに見えた。
情けない…
酷すぎる…自分が本当に嫌になる。
「ここって…六本木ヒルズじゃん…」
エレベーターから降りると、そこは普通のマンションじゃなかった。
36階なんて…高層マンションだとは思ったけど、まさか六本木ヒルズだとは思わなかった…
常連のお兄さんの話ではこの六本木ヒルズは怨霊の巣窟らしいじゃないか…おどろおどろしいオブジェを見て、それが事実だと痛感した。下から見上げても…何のオブジェなのか分からない…ただ、手足の長い蜘蛛のように見えた…
「怖い…」
人がひっきりなしに行き交う中、立ち止まることも出来ないでさまよい続ける…
テレビで見た事はあるけど来たことなんて無かった…。入り組んだ構造の建物に翻弄されて、駅までどうやって行けば良いのか、分からない…
もう…どうやって帰ったらいいんだ…?
どっちが駅なの…?
「シロ?」
突然名前を呼ばれて、振り返ると、そこには驚いた様子の依冬が立っていた。
お前とはほんとよく会うな…しかも、いつもビックリするような場所で…
高級そうな紙袋を沢山抱えた女性が隣にいる…
多分、彼女だ。
落ち着いた上品な女性はオレを見てキョトンとしている。
「こんな所で…どうしたの?」
依冬はそう言うとオレの傍に近付いて、髪の毛を撫でた。
寝ぐせの付いたままの髪、寝起きのまま飛び出してきたから…必然的にそうなる。
あぁ…恥ずかしい…
そりゃ…彼女がキョトンとするわけだ…場に似つかわしくないもんね…
依冬と一緒に直らない寝ぐせの髪を、慌てて手櫛してとかす。
「ふふ…全然、直らないね…」
そうなんだ…水で濡らさないとダメなんだ…でも、そんな事してる余裕はない。
「ん…わざとこうしたんだ。セットしたんだよ?」
オレはそう言って誤魔化す様に頭をフルフルと振った。
「シロ?何してたの?」
依冬は再びそんな質問をする…
「それは…えっと、その…何だろうか…ん~。えっと~。」
依冬から視線を外してキョロキョロしながら口ごもる。
子犬の依冬くんだと思っていたら相当な食わせ者だった。そんなお前にビックリしてたら発作が起きて…気付いたら男とセックスしていてさっき起きました。なんて…言えない。
「シロ!待って!送ってくから!」
颯爽とジャケットを羽織りながら向井さんがオレに追い付いた。
迷うことなく近付いて来て、オレの手を掴んで自分の方へと引っ張った。
「…やだよ、1人で帰れるから!」
不服そうにそう言ってその場に踏ん張ると、掴まれた腕をブンブンと振り回す。
「なんで?もう何にもしないから…ね?」
向井さんはそう言ってオレの顔を覗き込んで来る。
にっこり笑った笑顔が…偽物の笑顔だって…知ってんだからな!!
「おいで?一緒に行こう?」
わざとだろ?わざと依冬の前でそういう事言ってんだろ…この嘘つき!!
向井さんはそう言うと、オレのボサボサの髪を手櫛する様に撫でた。
こいつ…わざと依冬の前でベタベタして…どういうつもりだよ。
もうオレと依冬はもう仲良しになったんだ…お前の役なんてとっくに終わってる。
もう、出しゃばんなよ…!!うんこ!
「シロ、俺が送るよ…その人とは、嫌なんだろ?」
依冬がそう言って、オレの腕を掴む向井さんの手を押さえた。
ニコニコする向井さんとそれを静かに見つめる依冬。
間に挟まれたオレは固まって止まっている。
オレの腕を取り合う様に、男二人が手を握り合う…シュールな光景。
目の前の依冬の彼女を見ると、こんなシュールな光景を目の前に首を傾げて捻じれてしまいそうだ…
可哀想すぎるだろ!
「いや、お前は彼女が居るじゃん…オレ、1人で帰れるから~!」
そう言って、依冬の手を退かして、向井さんの手を引っ叩いた。
「イテ!」
なんだ、意外に簡単に外れた。
オレは向井さんを睨みつけてフン!と顔を振った。お前なんてうんこだ!
「じゃあね!」
そう言って、依冬に手を振ると人が多い方に向かって歩いて行った。
後ろは振り向かないで…逃げる様に歩き続ける。
無断欠勤に、兄ちゃんのトラウマセックス…
依冬に関わった結果、凄い怪我しまくってる。
もう、これ辞めたい。
15:00 やっと家に帰って来られた…。
新宿内で生活が完結しているオレは、電車なんて滅多に乗らないんだ。
久しぶりのセックスに体も怠くて…頭もぼんやりする。
電車の乗り換えに失敗して…通常の倍、時間がかかってしまった…。
家に着くと、すぐに服を脱いでシャワーを浴びる。
体についたキスマークにイライラが沸き起こる…ムカつく。
自分の体を好きにされた。
勝手に…
勝手に?
まるで兄ちゃんに抱かれてるみたいだったんだ…
本当は嬉しいんじゃないのか
あんなに気持ちよさそうに喘いで…本当にクズだよ。
お前は本当に…どうしようもないな…
冷たいシャワーを浴びて、下らない自問自答を追い払う。
何度も繰り返した…自問自答に良い結果を得られた事が無い。
どうせ、自分を追い詰めて…ただ、死にたくなるだけなんだ…
前の生活に戻りたい…
毎日同じ事の繰り返しで、変化のない生活。
誰にも傷つけられないし、誰も傷つかない距離の付き合い…
用が済めば家に帰って寝て、時間が来れば同じ店に出勤する。
そんな単調で変化のない生活に戻りたい。
日々を暮らすことで頭がいっぱいで…何も考えない。
そんな風に思考を鈍らせて生きていかないと…持たない。
自分が…壊れてしまう。
オレは誰でも無い。ただのストリッパーなんだ…
シャワーから出て、新しい服に着替える。
鏡を見ながら髪を乾かして暗い髪色を眺める。
今度、美容室に行こう…もっと明るい色が良いんだ…
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