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第5話

#向井 結城から連絡が来た。 シロを連れて来いと言われた。 仕方なしに歌舞伎町へ向かう途中。彼を見つけた。 ヨロヨロと歩いて、通行人にぶつかる不自然な彼を見て、慌てて近付いて行った。 「兄ちゃん…」 意識を失う直前、俺の顔を見てそう言った。 彼と会ったのは少し前、結城の指示のもと渋谷のホテルで待ち合わせた。 湊によく似た子。 オレは彼の事を以前から知っていた。歌舞伎町のストリップバーで有名な子だ。 シロ。 名前の通り、肌が透き通るくらいに白い男の子で、ステージで踊る姿は…妖艶。の一言だ。 湊と違って、擦れた物言いとこちらを伺う様子に、彼が警戒心の強い子だと言う事が分かった。まぁ、この話自体が突拍子の無い話で、警戒するのも頷けた。 会話をしてみて分かった。この子は賢くて可愛らしいって。 それでも一癖も二癖もある子だって言う事も分かった。 でも、笑った顔が可愛らしくて、仕事で来ている事を忘れる瞬間があった。 何故だろう、とても惹かれたんだ。 彼の持つ無邪気さと相反するような計算高さに、興味を持った。 すぐにまた会いたくなって、お店に行った。 ふてくされたような顔をして俺を見て、挑発してくる様子が可愛かった。 まるで俺に対抗するみたいに、ムキになって顔を赤くして話してくるんだ… それが面白くて、可愛くて、もっと彼を煽ってしまう。 でも、ステージの上の彼は絶対的なカリスマなんだ。 足元にも及ばない存在感に、ひれ伏したくなった… こんなにも圧倒的な色気を放つ子を見た事が無い…彼が一番素敵だ。 こんなに色っぽい子を見た事が無い。 だから、意識が無くなった彼を自宅に連れ込んだ。 いつもの様に食べちゃおうと思ったんだ。気に入った子はそうしてる。 直ぐに食べちゃうんだ。 もちろん、意識が無い状態で連れ込んだのは、シロが初めてだ。 常習犯じゃない。 気怠そうに目を覚まして、項垂れる彼をいつものように揺さぶる。 だけど、返ってきたのはいつもの彼の憎まれ口じゃなかった。 涙だ… その瞬間、体中に鳥肌が立った。 俺はドSな訳じゃない。 でも、彼の涙に堪らなくなって自分を止められなくなった。 涙の理由を探ろうと、揺さぶってみて分かった…この子が何らかの性的な暴力にさらされて来た事。彼の言う“兄ちゃん”…がキーワードだと言う事。 お兄さんに性的虐待を受けて来たの…? 目の前で弱って泣く彼を見て、興奮が抑えられなくなってそのまま食べてしまった。 腕の中で俺の事を兄ちゃんと呼んで、どんどん乱れていく彼を堪らなく愛おしいと思ってしまった。 俺が煽れば煽る程、彼は乱れていった。それは狂気の沙汰だ。 意識が飛ぶような瞬間もままあって、彼からそこはかとない狂気を感じた。 この子は狂気と隣り合わせで生きてるって…気が付いた。 こんなにも脆くて壊れそうなんて…知らなかったよ。 こんなにも消えてしまいそうなくらい、儚いなんて…知らなかったよ。 あんなに憎まれ口を聞いても、こんなにもか弱くて、繊細で、脆い。 そんな所を見せつけられて…俺の中で何かがおかしくなってしまった様で。 堪らなく…気になった。 いつもは食べたらお終いのはずなのに、彼の事が気になって仕方がない。 彼の狂気に触れたせいなのか…お兄ちゃんなんて呼ばれて、変なスイッチが入ったのか…彼が気になって仕方が無くなった。 結城による事前調査で分かった事、戸籍もない。苗字も分からない。そんなミステリアスで、狂気を纏ったシロ。 堪らないだろ?堪らないんだ。彼の事が気になる。 もう一度抱きたい… 手に吸い付く様な滑らかな肌に…触れたい。 お兄ちゃんと呼ばれても良い。もう一度、彼を抱きたい。 甘えるように俺にしがみ付いた腕の細さが忘れられないんだ。 可愛くて…仕方がないんだ。 #シロ 18:00 三叉路の店にやって来た。 エントランスに入って、受付に居る支配人と目が合う。 足音をさせずに素早く近付いて、頭を下げて謝る。 「ごめんね!昨日…無断欠勤しちゃった!ごめんね!」 「今までそんな事が無いから心配してたんだぞ?何で連絡が出来ないんだ!おかしいだろ!」 そうだよね… 「ん~…体調不良で倒れて…そのまま寝込んでいたんだ…ごめんなさ~い…」 オレはそう言ってチラッと支配人を見上げる。 嘘じゃない。だって、本当に倒れたもん。 「気を付けて…体が資本の仕事だよ。」 知ってる…そうだよね。 オレの頭を撫でると、支配人はお咎めなしにしてくれた… 日頃の勤務態度が良いからだ!!ふふん! 階段をリズミカルに降りて、控室のドアを開いて、中に入る。 鏡の前にメイク道具を出して椅子に腰かける。 鏡に映るオレはどうしたの?疲れた顔をしてる… 「シロ…昨日どうしたの?」 ドアを開けて智が入ってきた。 オレの顔を覗き込んで心配そうに頭を撫でる。 「ん…ごめんね?急に具合が悪くなって…」 「そうなの?無理しないでね?」 優しくそう言われた。たったそれだけなのに… 鏡の中のオレの顔がどんどん崩れていく。目から涙がポロポロ落ちて、肩が揺れる。 「どうしたの!?」 驚いた智が慌ててオレの背中をさする。 嗚咽のような…声にもならない音を出しながら肩を揺らして涙を落とす。 どうして涙が止まらないのか…自分でも分からない。 理由なんて考えた所で…時間の無駄なんだ… だって、何にも理由なんて無いんだから。 そんな事に構っていたら…キリが無いんだ。 目の前にある事をこなせば良いんだ…それ以外の事を範疇に入れないで…ただ、目の前の事だけ、それだけしていれば良いんだ。 「大丈夫…少し良くなった…」 オレはそう言って智の顔を見上げる。 心配そうに眉をひそめて、オレの目の奥を覗く様にして智が言った。 「シロ…帰っても良いんだよ?」 「冗談だろ?帰る訳無いよ。オレはね、踊りに来たんだよ?」 そう言っておどけてみせて、下地を顔に塗る。 涙と混ざって、意外とノリが良くなってウケる。 あんなに急に泣いたせいか…すっかり気分を持ち直した気がする。 よく言うだろ?感情を出した方が良いよ…って、あれがそうだったのかもしれない。 メイクを済ませて、衣装を選んだ。 「シロ?お客さんが来てる。」 まだ開店前なのに支配人がそう言ってオレを呼んだ。 「え…?」 オレは怪訝な顔で支配人を見つめる。 支配人はオレに目で“お願い!”って言って、ドアを開いて待ってる… もう…なんだよ。 オレは支配人の後ろに付いて階段を上った。 「何で?まだ開店前だよ?そういう所、しっかりしてる所が好きなのに…こんなゆるゆるでお客さんを入れるの、らしくないよ?」 オレはそう言ってブツブツ文句を言いながら階段を上る。 「シロ?結城さんが来てる。この前リムジンに乗っていただろ?あの人はここいらの権力者だ…あまり失礼しない様に…と言いたいところだけど、何かあったらすぐに呼ぶんだよ?」 いつもの支配人らしからぬ態度に少し緊張する。 「何かって…なんだよ…」 オレはそう言って支配人の顔を覗き込む。 「それは…分からないけど、あの人は普通じゃないから…良いね?ウェイターを近くに置いたから…何かあったらすぐに言うんだ。いいな?」 そんな怖い相手に…オレを向かわせるなんて…流石だよ。 「うん…分かった。」 オレはそう言うと、エントランスから店内へと入った。 階段から見下ろすと、奥のソファーに彼が座っているのが見えた… オレに気付くとにっこりと微笑んで、楽しそうに手を振ってる。 あんたのせいで、オレは全然楽しくないよ! 「シロ、こんばんは!」 元気だな… オレは結城さんの前まで近づくと首を傾げて言った。 「何の用?」 「昨日どうしたの?」 「え?」 そうだった…昨日、依冬とご飯を食べて…その時、この人に呼び出されたんだった…! すっかり忘れてた。 オレはそっぽを向きながら足で自分の足を撫でた。 「具合が悪くなって…行けなかった。ごめんね。」 ふふッと笑うと、結城さんはオレを手で呼んで言った。 「聞いたよ?」 何を? オレは彼の近くまで行くとソファには座らないで見下ろして対峙した。 「向井君と楽しく過ごしたそうじゃないか…?ん?」 これが所謂…報、連、相ってやつなの? 結城さんはオレを見上げて眉をひそめて言った。 「いけないよ…」 そうだな。でも、それはお前のクズな部下に言ってくれ。 オレだってあんな事になってとっても嫌なんだ…最悪な気分になってんだ。 「オレだってそんな事したくなかった。あいつが勝手にしたんだ。文句があるならあいつを首にして?」 オレはそう言って結城さんをふんぞり返って見下ろした。 目の奥に嫌悪感と怒りを込めて、見下ろした。 「ふふ…ダメだろ?お父さん意外とそんな事をしたらダメだ…お父さん意外に触らせたら、ダメだって…言っただろ?ん?どうしたんだ、湊?」 …最悪だ。こいつはオレを湊くんだと思ってる。 しかも、お父さんなんて言って…湊くんと親子プレイでもしてたのかよ…息子の友達と何してんだよ、ジジイ。 「言ってんだろ?オレは無理やりやられた。文句があるならあいつに言えよ…」 オレはお前の湊くんじゃない。 分からない様なら態度で示してやるよ… 「ダメだって言っただろ?!」 完全に混同した目でオレを見て、湊くんへの怒りを露わにする結城さんの肩に足を乗せて、グッと踏み込んだ。そして、顔を覗き込んで言ってやった。 「チゲェって言ってんだよ…くそジジイ…!」 依冬と一緒だ… やんなるね…ほとほと嫌になるよ。 「オレはあんたの可愛い可愛い湊じゃない!オレの名前はシロだ。オレはあんたの物じゃない!あんたら親子で狂ってるよ?まるで呪われてるみたいだ。気持ちワリんだよ…ほとほと苛ついてんだ。金なら返す、二度と、目の前に現れるな!」 そう言って肩に置いた足を踏み込んで後ろに蹴飛ばしてやった。 舐めんなよ! こんな奴らにこれ以上付き合うのは良くない。オレにとって…良くない。 開きかけてしまった蓋を閉じる様に、何もなかった生活に戻りたい。 その為なら目がイッちゃってる危ない男に、喧嘩だって売ってやる! 結城さんはオレを見上げて唖然とすると、吹き出して笑った。 「ふふ…確かに…呪われてるのかもしれないな…」 自嘲気味にそう言って笑うと、オレを見上げて言った。 「すまなかった…君はシロ君だ。金は返さなくて良い。君への詫び金だ。」 さっきまでのお父さんプレイとは違って、普通の表情に戻った結城さんはソファから立ち上がった。 …帰るんだ。 オレは前を退けて道を開けた。とっとと帰んな!あたおか! オレの目の前に立って、オレを見つめて、手を伸ばして来る… オレはその手をギリギリまで迎えて、思いきり引っ叩いて跳ねのけてやった。 「触んじゃねぇっ!くそジジイ!」 お前の湊くんが言わない汚い言葉を使って、お前の湊くんがしない醜い表情をしてやる。だって、オレはシロだからな! 忌々しそうに顔を歪めて結城さんを思いきり睨みつける。 彼は肩を落としてオレから視線を外した。 そうだよ?オレはお前の湊くんじゃない。よく覚えておけ。そして二度と現れるな。 お前も依冬も、向井さんも…二度と見たくない。 丸まった背中を見送って、エントランスを出る所まで気を緩めないで見つめ続ける。 支配人が入れ替わる様に入ってきて、オレに駆け寄る。 「シロ…大丈夫だった?」 大丈夫だった~?じゃねんだよ。全く!この年齢のジジイは何なんだ! 「蹴飛ばしてやった!もう二度と来るなって言った!もし来たらもちろんあんたが出禁にしてくれるんだろ?」 オレはそう言って支配人を睨む。 「え…と、それは…時と場合によるかな…お金持ちだし…羽振りが良いんだよ?」 こうやって利益優先で生きてるから…結婚も出ないまま死ぬんだ。 「あの人が怖いの?何で怖いの?イカレちゃってるから?」 支配人の胸ぐらを掴んで、ふざけながら本気で揺する。 「…金融財閥の人で…ここら辺で店を出してる奴なら知らない人はいない、権力を持った人なんだよ…でも、奥さんは自殺してるし…息子も1人死んでる。闇が深いんだ。だから、お前、あんまり仲良くならない方が良いと…」 「誰が紹介したんだよ!誰が!この馬鹿タレ!」 オレはそう言って支配人のオールバックをグチャグチャにしてうっ憤を晴らす。 依冬と彼女を別れさせる。その為に亡くなった湊くんの代わりをした。 自分にそっくりな湊くんがどんな子なのか気になって、そんな依頼を受けた。でも、彼はクソみたいな環境に居たって分かった。狂った親子に狙われてたんだ。いや、もう既に手の中だったのかな…。 想像以上に闇が深かった。 いつの段階からかは知らない。依冬はこの依頼内容を知っていた。そんな奴相手にこれ以上、こんな茶番を続けても仕方がない。 偶然が重なって、向井さんがオレのトラウマを知った。誰にも知られたくなかった事を一番知られたら不味い相手に知られてしまった…正直これが一番の痛手だった。 これ以上関わると良くないって…心が言った。 せっかく守ってきた物が崩れてしまう事は絶対に避けたかった。 だから、もうお終いにする。 この下らない舞台からオレは降りた。 あの日以来…依冬の件で呼び出されることも、彼に偶然出会う事も無くなった。 非通知の着信は来なくなった。 仕組まれていたのかと疑う程に、ラッシュの様に続いた状況の変化が…ピタリと動きを止めた。 毎日のように送られてくる依冬のメール以外は…前と同じ生活に戻った。 もう1月…。 世間では新年なんて迎えて、浮足立った人が楽しそうにしてる。 どうせ変わらない生活をするくせに。 …馬鹿だね。 五反田駅で電車を降りて、大きな道路を歩いてる。 店のショーウインドウに映るオレの髪色は、あのくすんだ赤からシルバーになった。 忌々しい黒髪の思い出を拭う様に、めちゃめちゃに明るくした! 綺麗な色で、気に入って何度もリタッチしてる。こんなに脱色したんだ。次に染める色は発色が良くなるよ? 「シロ~!」 大きなビルの入り口の前でオレに手を振る智を見つける。 「智~!お待たせ~!」 五反田TOCで待ち合わせて、今日は2人でショッピングだ! このビルの中には昔からの卸問屋が所狭しと軒を連ねていて、衣装系の問屋の種類が多かった。特に、誰も着こなせないような…覆う部分の少ない衣装は、問屋から仕入れる方が種類豊富で選択肢も多いんだ。 金物はかっぱ橋…際どくて誰も着ないような舞台衣装はTOC…2人の中でそう決まってる。 「シロ~これ、見てみてよ~?」 そう言って智が広げる衣装は…形はTシャツなのにオーガンジー素材でスケスケだ。 「うは、それ智の普段着だろ?」 オレがそう言って笑うと、智がオレの腕をぶん殴った。 「痛い~」 オレがそう言うとケラケラと笑う智の表情が、いつもよりも明るく見える。 お昼だからとかじゃなくて…何か、良い事でもあった様な、そんな楽しそうな笑顔にこちらまで楽しくなる。 「こっちのお店も見て見よう?」 オレの手を引っ張って智が次のお店へと入る。 スパンコールの素材が痛い衣装を手に取って、手のひらで撫でる。 「痛い…」 「シロ!屋上へ行ってみよう?」 今度はお外か… オレの手を引っ張って智がエレベーターへと向かう。 屋上に興味があるなんて…智はまだまだ子供だな~!ふふ… エレベーターに乗ると屋上ボタンを押す。 働く人が次々に乗り込んできて、オレと智は奥の方で窮屈に体を縮こませた。 屋上か…オレが子供の頃…兄ちゃんが連れて行ってくれた屋上には、お金を入れると動く車があった。特段興味も無かったけど、毎回兄ちゃんはそれに乗せたがった。 子供らしい事をさせたがった… 「着いた~!」 智の声に我に返ってエレベーターから降りる。 目の前が開けた気持ちの良い屋上は喫煙所と化していて、働く人たちがタバコをふかして休憩していた。 「シロ~こっち来て~!広いよ~!」 そう言って屋上を駆けまわる智の後を付いて行くと、だだっ広い場所に出る。 遮る物のない風が吹き抜けて、オレの体がブルルと震える! わぁ!寒いんだ! 建物の陰に隠れて自分のタバコに火をつけると、なるべく風にあたらない場所に…体を縮こませて収まった。 智は開放感しかない屋上にはしゃいで駆けまわってる…子供は風の子元気な子だ。コロコロと駆け回る子犬みたいで、見ているだけで微笑ましい。 田舎から1人で上京して来た…所謂、家出少年。 智の両親は彼がゲイである事が、理解出来なかったみたいだ…。 男らしさを強要されて、自分を否定されたって思ったんだって。 あるがままに愛されるって、言葉では簡単な事なのに実際はそうじゃない。条件付きの愛情しか与えられなかったら、条件を外れた瞬間、愛されなくなるんだ。 …それはきっと、悲しいんだろう。 精神的に追い詰められた智は、1人家を出て東京にやって来た。多種多様な人が集まる歌舞伎町なら…自分の居場所が見つかるって思ったんだって。 そして、ストリップで有名なうちの店にやって来たんだ。 オレだって17歳で支配人に拾われたんだ。智の事が、他人事には思えなかった。 親近感というよりも、家出の先輩として…年上として…お兄さんみたいな気持ちで智の事を気に掛けてる。 「ねぇ!シロ?あっちに見えるの何?」 そう聞かれて智の指さす方角を眺める。でも、オレには分んない。だって東京に住んでいてもどこにも出かけないんだもん… 「分かんない。」 そう言って視線をずらして指を差す。 「あれなら分かる!富士山だ!」 遠くに霞んで見える小さな山を指さしてそう言った。 こんな所からも見えるんだ…すごい、大きいんだね、富士山。 一度は行ってみたいよね…日本のへそだもん。 雪の積もる富士山は遠くから見ても、小さくても、綺麗で偉大だった! 「ねぇ、シロ。ちょっと相談があるんだ…この後、ご飯行かない?」 お…? 「良いよ!」 すぐにそう言って即答すると、彼の顔を見てにっこりと微笑みかけた。 何か良い事が、あったみたいだ… 訳アリ家出少年に、何か変化があったのかもしれない。 そして、それはきっと良い事なんだって分かった。だって、こんなにも楽しそうに笑っているんだもん。 良かった。 オレとは違う境遇だけど、智がひとりぼっちなのはオレと同じ。そんな彼がオレに相談をしてくれること…それが嬉しい事である事。 その事が嬉しかった…。 自分では見いだせない幸せを、智を通じて感じるみたいで…心があったかくなった。 「え…なんだって?」 危うく口の中の物を吹き出してしまいそうになった! オレの反応に智はモジモジと体を動かしながら、恥ずかしそうに言う。 「だから…お店のお客さんとそういう仲になって…一緒に暮らそうって言われてるの…」 ダメだよ!絶対やめた方が良い! 夜の店に出入りするような男、ろくな奴じゃない!もっと…役場とかで働く堅実な男にしなさい! 心の中でそう言って、渋い顔をする… でも、こんなに嬉しそうなのに…水を差す様な事を言ってはダメかな… 「智は?智はどうしたいの…?」 智の意思を尊重する振りをして、自分の意見を避けた。 「そうだな…もう付き合って2か月くらい経つんだけど…変わらず優しいんだ。僕はさ、愛の伝道師だろ?そんな僕が夢中になるんだもん。彼は素敵なんだ…そう思ってる。」 違うよ!のろけを聞きたいんじゃなくて…どうしたいか聞いてんだ! 「ふぅん…で、一緒に住んでも良いって思うの?」 オレはそう言って話を戻した。ダメなんだ。のろけてる人にふんわり聞くことは危険なんだ…話があっちこっち言って、まとまらないんだもん。 「そうだな…僕は向井さんがそうしたいなら…良いかなって思ってる。」 え… 耳を疑った。 智の口から“向井さん”って名前が出た… 彼に向けていた笑顔が凍って行くのが分かる。 聞きたくなかったその名前…まさか智の口から聞くとは思わなかったよ… あいつ…! 「智…その人って、どんな人?」 固まった笑顔のまま智にそう尋ねた。だって、同姓同名の可能性だってあるからね? オレが食い気味に聞いた事が嬉しかったのか、智は身を乗り出して嬉しそうに笑って教えてくれる。 「えっとね、背が高くて…切れ長の目で、セクシーでエッチがとっても上手なんだ!話し方が可愛くて、お洒落で、お兄さんみたいな人。」 出てくる出て来る…連想出来そうなワードが沢山出て来た… いったい智に…何の用だよ。2か月前から付き合ってただって? は? 飄々と人のトラウマをほじくり返して指を差して笑うような…あんなクズ男に、智は不釣り合いすぎて胸騒ぎがする。 毒みたいな性格の悪い…クズの代名詞のようなあの人が、智みたいな子供に興味がある訳が無い…この子は純真で綺麗なんだ。 「へぇ…どうやって知り合ったの?」 オレは手に持ったフォークでプチトマトを転がしながら、まるで興味がある様に、事細かに話を聞きたがった。 「んとね…初めて会ったのは10月だった。仕事帰りに声を掛けられたの。」 智はモジモジしながら嬉しそうに話し始めた。 オレが結城さんを蹴飛ばして追い返した日から間もなく…彼は智に近付いた。 ファンを装って近付いて、店の外で会っていた様だ。 気付かなかった…そんな事になっていたなんて…気付かなかった…。 オレは項垂れる気持ちを振り起して、智の話を聞いた。 「…そしたら、とっても優しいんだよ?色んな事を教えてくれるんだ。例えば、高速道路のジャンクションとか…知ってた?僕は初めて乗ったから知らなかったんだ…あんなに複雑な高速道路…僕は無理だなって言ったら、大丈夫だよって…俺がどこでも連れて行ってあげるって…そう言うんだよ?素敵でしょ?」 「それは…素敵だね…」 オレはそう言って智の髪を撫でた。 智は嬉しそうに顔を傾けてオレの手のひらを頭で撫でた。 …こんな従順で素直な子に、あの人が恋なんてする訳無い。 純粋に人を好きになる事なんて、ない。 裏があるに決まってる… 結城さんの指示なの?あんなに言ったのに…まだしつこく付き纏うの? まるで弟を人質に取られたみたいに感じた。 「智…その人は優しい人なんかじゃないよ?もう、会わないで…」 オレはそう言って智の手を握った。ダメだ…あんな人に傷つけられちゃダメだ。 オレの言葉に、彼は困ったような顔をして肩をすくめて言った。 「シロ…知ってるよ。だいぶ前だけど、お客さんで来た向井さんに大サービスしてたでしょ?僕、それ、見てたんだよね…。もしかして、嫉妬してるの?」 違うよ… オレは首を振って智の顔を覗き込むと、真剣な表情で言った。 「違う。そうじゃない。その人は悪い人なんだ。だから、もう会わないで…」 「何も知らない癖に!どうしてそんな酷い事言うの?見損なったよ!シロ!」 あぁ…もうダメだ… 智にオレの言葉は届いて行かない。 残念そうに眉を下げて、怒った顔の智を目の前に、絶望する。 何を言っても耳に届かない…もう遅い。 ああいうズルい人間はペルソナを使い分けてるんだ…良い顔と、悪い顔…そして、智。お前には良い顔しか見せていない。だから、オレの言葉はお前には届かない。 こうなってしまうと、オレには何もできない。 付けられた固定観念でしか見てもらえなくなるんだ… “向井さんを取られて嫉妬する…シロ”だ… 「あ~!もう、シロに話さなきゃ良かった!そんなに言って、僕が別れたら向井さんを取るつもりなんだろ?いけないよ?そう言うの。愛の伝道師が歪んだシロの為に良い事を教えてあげる。」 ほらね…こうなるんだ。 「ひとつ!人の物を取ってはいけない!ひとつ!隣の芝生は青く見えるものだ。と自覚しよう!ひとつ!自分の手の届く者から愛しなさい!これが愛の伝道師の教えだよ?」 智はそう言って胸を張るとオレを見てにっこりと笑う。それは余裕の笑顔だ。しかし、妙に的を得た教訓で、聞いていてわらけて来る。 確かに…お前の言う通りだね。 「ふふ…素晴らしい教えだ。」 オレはそう言って食事の続きをする。 もうダメだ。もう遅い。もうダメなんだ。 「智…その人と、今度いつ会うの?」 フォークでレタスを差しながら何気に聞いてみた。ただの会話だよ。 だって、もう遅いんだ。こんなにまでも虜にされた彼にはオレの言葉なんて届かない。 もう無理なんだ。 「実はね…今日、これからここに来るんだ。」 あぁ…向井さん。 あんたって本当に最低だな。 「でも、シロがそんな態度ならやめてもらう。僕の大事な向井さんを取るかもしれないしね!フン!」 冗談めいてそう言うけど、半分くらい本音が入ってるんだろ…?目を見たら分かるよ。笑ってないもん… オレは大丈夫。 誰の物も要らないよ…もう何も要らないんだ。 手元のレタスを口に入れて、智が携帯でメールを打っているのを横目に見ながらモグモグする… あ~あ。 「智ちゃん…!」 来た… 「あれ…?向井さん…来るの早くない?ごめんね、シロがごねて…。今日は一緒にご飯出来ないみたい…また今度にしよう?」 智の満面の笑顔を視界に入れながら、オレはどうするか考える。 あいつと一緒になんていたくない。でも、智が心配だ。 でも、いたくない。 目にハートを浮かべた智がオレを見ながら残念そうな顔をする。 あ~あ…取らないよ。要らないよ。そんなクズ。 「シロ君…久しぶりだね?髪色変えたの?良く似合ってる。とっても可愛いよ…会いたかったんだよ?」 智の話なんて聞こえてないみたいに無視して、オレの椅子に手を付いて顔を覗き込むように覆い被さって来る。 えっ?と驚いた顔をした智が…オレ達を凝視する。 そうなんだ… あんたは、これからそう言う事をしようと思ってんだな… 「オレ、帰るよ…智、またね…」 オレはそう言うと、上着を手に持って席を立とうとした。 すると、目の前に向井さんが立ちふさがって、オレの行く手を阻んできた。 「…どけよ。クズ…」 そう凄んで言って、半笑いでオレを見下ろす向井さんを睨みつける。 少しでも触ったら、ぶん殴ってやる…! 楽しそうに笑うこいつの目が…ムカつく。 「シロ…も、やめてよ…そんな顔しないで…」 この状況に動揺する智の声が痛い…でも、オレはこいつの魂胆になんて乗らない。 このままここに居続けたら、こいつはお前を傷つけて遊び始める。 オレにそれを見せつけたいんだ… だから、この場から早く、立ち去った方が良いんだ。 「シロ君…帰るの?寂しいな…でも、智ちゃんがいてくれるから…良いかな。」 そう言うと向井さんはオレの目の前から退いて、ポケットの中に何かを入れてきた。智の肩に手を置いてオレににっこりと笑顔を送って首を傾げる。 クソが… まるで人質だ…弟をそうした兄貴の様に…向井さんは智をオレの目の前で虐めようとしたんだ…そうすれば、オレが言う事を聞くと思って… 「智、またね…」 伏し目がちにそう言うと、1人店を出た。 止まらないでひたすら歩き続ける。 怒りでも無く哀しみでも無い…ただ、この状況から…向井さんから逃げたかった。 オレの平和を乱すから。 怖いんだ。あの人の傍に居ると、またおかしくなりそうで、怖い。 真冬の1月なのに、早歩きをしたせいか汗がじんわりと背中に滲む… 五反田駅に付いて、山手線に乗り込む。 がら空きの車内、椅子に腰かけてポケットの中を覗いた。 自分の携帯の隣に、向井さんに入れられた折りたたんだ紙切れ… そっと指先でつまんで取り出して、手のひらの中で開いてみる。 携帯電話の電話番号… 向井さん、智とエッチしたんだ…オレみたいにしたのかな…それとも、優しく抱いたのかな… どうでも良いじゃないか…そんな事どうして考えるんだろう。 それはオレがクズで馬鹿だからなんだ… 向井さんは結城さんの部下…彼の行動は結城さんの指示… そう思っていたけど、違うみたいだ。自宅に連れ込んでオレとセックスした。結城さんの大切な湊くんの代わりのオレを…勝手に抱いた。そして、それをわざわざ結城さんに事後報告したんだ。 …理由なんて知らない。 ただ、向井さんは結城さんの忠実な部下じゃないって事は分かった。 そう考えると…智に近付いたのは…彼の性癖だ。 いたぶったオレが智と一緒に居る自分を見て…どんな反応をするのか、見たかっただけなんだ。目の前で智を虐めて、オレが苦しむ姿を見たかったんだ。 本当に趣味が悪いんだな…クズに相応しいよ。 清々しいまでのクズだ。 依冬と結城さんは親子。 支配人が言っていた“亡くなったもう一人の息子”は…もしかしたら湊くんなのかもしれない…オレを湊と呼んで、自分の事をお父さんと呼んだ。 だったら、依冬と湊くんは兄弟って事になる。 湊くんは親と、兄弟と、関係を持っていたんだ。 最悪だね。 きっと自分で望んだ訳では無いだろうに…しまいに殺されるんだ。何てことだ。 哀れという言葉が、君ほど似合う人はいないね… 窓の外を眺めながら、流れていく景色を目で追わないでぼんやりと見つめる。 兄ちゃん… きっとあの人は智をボロボロにするんだ。その過程をオレに見せつけたいんだよ。 さっきの態度だってそうじゃないか…まるで脅すようにしてさ… 「シロはどうしたいの?」 分からないよ…だって、オレはあの人が怖いんだ。 まるで兄ちゃんみたいなあの人の傍に居る事がとても怖いんだ。 「俺に似てるの?」 似てる…初めて会った時から感じてた。この人の傍に居たらダメだって… 「どうして?」 オレはもう兄ちゃんのことは忘れるんだ。そうしないと自分がどんどんおかしくなっていくって…分かったから。そうして生きてるんだ。 だから…もう、話しかけないで… 「…分かったよ。ごめんね…シロ。」 兄ちゃん… 電車に揺られながら、手の中に包んだままの紙を指先で撫でる。 きっと…向井さんはオレが思い通りになるまで、智を虐めるだろう。 徹底的に…オレがもうやめてって音を上げるまで…虐め続けるんだ。 今はまだ始まっていない準備期間なんだ…その内きっと虐め始めるんだ… そうなる前に、智を助けたい。 智に嫌われても良い…酷い目に遭う前に助けてあげたい。 ふと、手の中の紙を見下ろす。 あぁ…その為の…これなのか…… 丁寧な筆圧で書かれた携帯の電話番号。 智を守るためにオレが動くと思ってるんだ…そこまで、先を読まれてるんだ… 間抜けだな…オレは、いつまで経っても間抜けだ。 #依冬 小学校6年生の時、親父と湊がセックスしてるって気付いた。 湊の体中に出来た小さな痣に、あんなに過剰に反応した母親の姿を見て…俺は察してしまったんだ。 「お父さん…もう、ダメ…イッちゃう…」 真昼間の親父の書斎。 おかしな声が聞こえて、扉を少し開けて中を覗き見た。 何も身に着けていない湊がソファに足を広げて座っていた。ちょうど彼の股間に親父の体が入り込んで、顔を上下に動かしていた。 大きな親父の背中と、小さくて細い湊の体が印象的で、目に焼き付いた。 「可愛いね…湊、こっちへおいで…?」 聞いた事もない声でそう言うと、親父は湊の手を握って自分の膝に座らせた。 細い湊の腰に大きな親父の手が添えられて、快感に仰け反る湊の体に彼の髪の毛が揺れて落ちる。 彼のお尻に自分のモノをあてがって、親父が太いモノを中へと埋めていく。 「んっ…はぁ…、はぁ、はぁ…んん…いたい…、お父さん…痛い…や、やぁん…んんっ!」 体をよじって嫌がる湊の中に、無理やりねじ込んで腰を動かす。 あいつのモノが奥へ入る度に、細い体が硬直するみたいに跳ねる。 「あぁ…気持ちいい…湊、お利口だ…もっとお父さんを喜ばせて…ほら…」 大きな男の膝の上で仰け反る成長しきっていない体… あばらが浮き出て、小さな乳首をいじられ顎を上げてよがる。 …湊…かわいい… 親父が湊を書斎に呼ぶ…俺はこっそり中を覗いてマスをかく。 部屋に戻った湊を今度は俺がいたぶる… こんな事を日常的に繰り返していた。 だって、堪らないんだ…抑えられなかったんだ… 中学校に上がり、俺と湊は別の学校に行った。 俺は母の期待通りに進学校へと進み、湊は地元の公立中学校へと進学した。 ほぼ半日以上、湊がどこで何をしているのか分からない状況が辛かった。 学校で他の男と…何かしてるんじゃないかと、疑心暗鬼になった。 「湊…今日、帰りが遅くない?」 玄関で靴を脱ぐ湊の後ろに立って、詰る様に責める。 制服から見える白くて柔らかい肌…汗ばんだ首元…こちらを見てごめん、と呟いたピンクの唇…全てが堪らなくエロかった。 「何してたんだよ…どこで何してたんだよ…」 そう言って、湊に覆いかぶさると制服の上から彼の体を撫でて触った。 堪らなく触りたかったんだ。細い体も、柔らかい肉も。 「…依冬、やめて…」 親父には喜んで触らせる癖に… 腑に落ちねぇよ… 「…ん、依冬…お母さんに見つかるから…」 湊の頭を掴んで強引に自分の方に向けて、貪る様にキスをする。 お前は俺の物だろ…? 誰にも渡したくない…! 俺の知らないところで、誰かと話したり、触れたりなんて…耐えられない…!! 「何してる…!!」 凄い形相の親父が俺と湊を見下ろして怒りをにじませる。 玄関がゆっくりと閉じていくのが見えた。 あんたの大切な湊は俺の物なんだよ…? 親父は俺を突き飛ばすと湊の手を掴んで引っ張った。 靴を片方履いたままで、相は足をもつれさせながら親父に引っ張られていく。 俺はその後をゆっくり追いかける。 やる事なんて一つしか無いって知ってる…急ぐことも無いだろ? 閉ざされたドアの前に立って、中の様子を伺う。 パチンと引っ叩く様な音がして、その後すぐに湊の喘ぎ声が聞こえ始める。 僅かな…微かな…喘ぎ声… …俺のなのに ドアの取手を掴む自分の手が、怒りで震えている事に気がつく。 そうだよな…湊は、俺のなんだ。 俺は書斎のドアを思いきり蹴り破って中に入った。 制服のズボンを下げられ、後ろ手に掴まれた湊が、親父に激しく攻められていた。 俺はすぐ傍に寄って行き、湊の顔を持ち上げてキスした。 腰を突かれる度に小さく呻く唇を塞いで、自分のモノを扱きながら歪んだ目を間近で見つめる… 堪らなく興奮したんだ… 「依冬…出てけ…はぁ、はぁ…湊に触るな…この子は俺のだ、お前のじゃない…」 腰を動かし湊を喘がせながら、親父は俺に話しかける。 「湊は俺んだよ、ずっと前から俺のだ。」 俺は苦悶に歪む湊の頬を撫でながら親父に笑って言う。 「…んっ、んんっ…お父さん…あっ、ん…やだ…やだぁ…ん…イッちゃう…イッちゃいそう…」 口を半開きにして、快感に酔いしれる湊の顔に興奮する。 俺は自分のモノをあいつの口に入れると、顔を押さえて腰を動かした。 柔らかい唇…熱い口の中…舌に押し付ける様に腰を動かす。 かわいい呻き声を漏らして、あいつにイカされても俺は湊の口の中を犯し続けた。 2人の男に取り合う様に犯され、ぐったりと項垂れ床に座る。 そんな湊を前に、今度はどちらがするかとけん制する。 「俺の方が気持ちいいだろ?」 湊の髪を掴んで、力の入らない首を上に向かせ、俺は聞いた。 ふふっと笑みを浮かべて目から涙を流す湊が可愛くて… 堪らなくなって…貪る様に、口にキスする。 それを見て、あいつは湊の腰を掴み、上に持ち上げて再び挿入する。 「何してるの…!」 母親の悲鳴で場が白けた。 俺は湊から離れて、下ろしたズボンを直す。 親父はまだ腰を振って、湊を抱いてる。 顔を伏せて、突っ伏して泣き叫ぶ湊を、美しくて、愛おしいと思った… 母親は気が狂ったような声を出して、親父を湊から引き剥がして喚き散らす。 自分の愛した夫が、妾の子供にまで夢中になるのは悲劇だろう… 息子までそうなんだ…もっと悲惨だな。 次の日の朝、父親の書斎で、首を吊って死んでいる母親が見つかった。 俺はこれで湊といつでも出来ると喜んだ。 きっと親父もそう思ったに違いない。 ベッドの上で湊の感覚を思い出しながら、オナニーして果てる。 「…はぁ、はぁ…お前が欲しいよ…」 頭の中で散々犯した湊が、俺を見あげると、首を傾げて言った。 「ふふ、依冬は馬鹿だね?こんな事、一生続けるの?」 シロ…? 頭の中で想像した湊は、いつの間にかシロに変わっていて…俺にそう言うと、ため息をつきながら首を横に振ってみせた。 口元が緩んで、クスクスと1人で笑う。 黒くて汚い感情が消え去ったように、頭の中が軽くなる。 あぁ…シロ。 俺は馬鹿なのかもしれないね…こんな事を一生続けるのかもしれないね… どうしたら良いのかな… もう、何か月も彼に会えていない…連絡を返してくれないんだ。 悲しいよ…シロ。 会いたくてたまらないんだ…またご飯に行こうよ… 気怠そうに頬杖を付く姿を思い出して、口元が緩んでいく。 シロ、可愛いんだ。 虐めたりしないよ… ただおしゃべりするだけで良いんだ。声が聞きたいよ。 会いたいよ…シロ。 自分が思った以上に、俺は彼に夢中になっている。 彼を虐めて泣かせたいなんて邪な思いは消えて、自分の元に置いて守りたいなんて…らしからぬ思いを抱くようになった。 会えない時間が愛を育むの…? 口元を緩めながら宙を眺める。 違うんだ…全く彼は、湊とは違う。 俺を誘うような目つきで服を脱いで、体に触れてきた…掠めるように舐めたシロの唇は湊よりも柔らかくて甘かった。 仕事とはいえ…あの腰つきは卑猥だった。 沢山の男の前であんなに肌を露出させるなんて…やめて欲しかった。でも、彼の言っていた言葉にそんな風に思うことを止めた。 これがオレのお仕事…そう、彼のお仕事なんだ。 彼はプロで、あの仕事をしてるんだ。 普段の彼はもっと穏やかで…可愛らしいんだ。俺はそれを知ってる。 食べ物に好き嫌いが無いのも知ってる。 …シロと会えなくなるから…彼女とは絶対に別れない… あの時…あんな事を言ったから…嫌われてしまったのかな。 ぼんやりと天井を見つめて途方に暮れる。 連絡を返してくれないって事は…俺に会いたくないって事なんだ。 手に付いたものを綺麗にして、ズボンを履き直す。 何してるんだろう…俺。 何してるのかな…シロ。 シロ…あの男は誰…?どうしてあの時一緒に居たの…?寝起きのような姿だったのは何故…?あの男と…何してたの? シロ… 窓の外を眺めて、会えない彼を思う。 会いたくないのに、会いに行くような事はしないよ… でも、忘れないで…俺の事を忘れないで。

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