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第6話

#シロ あの日以来… 智と仕事が一緒の時は、必ずと言って良いほど…浮かれたのろけ話を延々と聞かされた。 「向井さんは六本木ヒルズに住んでるんだよ?」 「とっても美味しい素敵なお店知ってるんだよ?」 「お風呂で洗ってくれてる最中、興奮してまたしちゃったの。」 などなどソフトなものから、ハードなものまで…様々なバリエーションののろけだ。 もしかしたら…向井さんは本当に智の事が気に入っただけかもしれない… 薄汚い自分を見つめ直して、純粋で綺麗な智に癒されたのかもしれない… 心を入れ替えて、真人間になったのかもしれない… そう思えてしまう程に、智の幸せそうな時間はオレが思ったよりも長く続いた。 だって、もう3月だ。 彼らが一緒に住み始めてから、2か月は経つんじゃないか? 別に良いんだよ…智が幸せなら…良いんだ。 全部、オレの杞憂だったんだ。 「ねぇ?シロ、今度、向井さんと僕と3人で、ご飯でも食べに行かない?」 定期的に誘われるこの誘いは、全て断ってる。 出来ればあの人には…あの連中にはもう会いたくない。 「パス~!」 オレはそう言って、智に手を振る。 あの男に惑わされない様にするには、思った以上に精神力がいるんだ。 智の彼氏になった今、面倒な上に誤解されるリスクも高い。 良い事なんて一つもない! ごめんな、智… たまにかかって来る非通知の電話も、依冬からの電話もメールも、全て無視してる。 奴らにはもう会いたくない。 やっと平和な日々に戻ったんだ。 もう、二度と関わりたくないよ。 オレの平和に、奴らは必要無いんだ… そつなくこなす仕事に不満はないよ。いつもの通り、派手に踊って沢山チップを頂く。その繰り返しだ。それに不満なんて、何もない。 開きかけた箱の蓋も元通りになった。もう兄ちゃんの声も、聞こえてこない。 これで良かったんだ。 …これで、安全なんだ。 18:00 いつもの様に、ネオン街を歩き仕事に向かう。 温かくなって来たとはいえ、日が沈むと一気に冷え込むんだ。 こういう時、昼間の仕事が羨ましく思えるよ。 もう3月も終わる…あっという間だな! 年度が切り替わる3月。 街中を歩く若者が浮つくんだ。 卒業だ、なんだと…夜の歓楽街を我が物顔で闊歩して… 一体、誰の金で酒を飲んでんだか…ダセェったらありゃしないよ。 そして、迎える4月。 新社会人ってやつらが、電車の乗り方を覚えて道の歩き方を覚えるまで… サラリーマンたちの一糸乱れない姿が、少しだけ乱れる。 オレは5月が好きだ…だって、春だ。 寒そうに禿げた木が新芽を出して新しい葉を枝に付けるんだ… あの緑色は…山の中でも、汚い路地裏でも、変わらない美しさだ。 三叉路の店にやって来た。 支配人に挨拶をしてリズミカルに地下へ降りる。 「んはよ!」 控え室のドアを開くと、智と目が合った。なんだ、オレの事待ってたの~? オレはこれ見よがしに智にすり寄って愛情を分け与える。 「良いんだよ~?好きなら好きって言っても良いんだよ~?」 ふざけてそう言って、1人でケラケラ笑うと、元気のない顔で智が苦笑いをする。 「…シロ、あの…」 オレを見ながらモジモジして…上目遣いになる。 あ~これは…いつものあれか! 「はい。戻してね?」 鞄からメイク道具の入ったポーチを出して智に手渡す。 こう言う時は大抵、アイライン貸して~?だろ?知ってんだよ!オレは知ってる男だからね。ふふん。 「違うの…。あのね、僕って、あんまりエロくないかな…?」 は~? オレは智を見下ろして、首を傾げながら考えると、眉を上げて言った。 「なんで?智には常連さんも付いてるし、オレ、智の踊り好きだよ?」 支配人からショーの演出に、注文でも入ったのかな…? やけに落ち込んでる様子に、少しだけ心配になる。少年にエロを求めること自体がナンセンスだ!少年はそれすなわちイノセントなんだから!そこにエロを見いだせない方が悪いんだ。 オレがそう言って励ましても、智は俯いたまま指先で自分の服を弄ってる。 なんだか、普通の落ち込みよりも…深度が深そうだ。 彼の背中を撫でながら、鏡越しに智の表情を探る様に見つめた。 「どした?」 オレがそう聞くと、智は顔を背ける様にしてポツリと、言った。 「向井さんが…シロみたいに…してって、言うんだ。」 は…? 鏡越しでさえも視線を合わせない智の声に、怒りの色を感じてたじろぐ。 とうとう始まったのか… 智と長い時間を過ごして、ベタベタに惚れさせてから虐め始めるの…? 向井さん…本当、あんたのその趣味は…最悪だよ… この子に、何をしてくれてんだよ… 鏡越しに智を見つめながら、途方に暮れて放心する… こんな理不尽な状況に陥れられた事に…沸々と怒りが込み上げて来て、智の背中を撫でる手に力が入っていく。 頭に血が上って…顔がどんどん険しくなっていくけど、深呼吸して智を慰める事を優先する。 いつもの様に彼の頭を撫でると、わざと明るい声で言った。 「智は最高だよ?その人の言う事に、惑わされないで…!」 そう言い終わる前に、座っていた椅子から立ち上がると、智は凄い勢いでオレを突き飛ばして、泣きながら言った。 「シロみたいに!エロくて!可愛くないと!したくないって…!!何で…何で…!」 目に涙をいっぱい溜めて、ギリギリと音が聞こえて来そうなくらいに歯を食いしばってる智を見上げて…何も言えないで呆然とした。 そんな事言われて、傷ついたんだな… 最悪だ… 可哀想に。 オレを見下ろして、涙をボロボロとこぼしながら智が聞いて来た。 「シロ…向井さんとエッチしたの?」 「してないよ…嘘をついたんだよ。」 多分これからもっと傷つけられるんだよ。まだまだ序の口だよ… 智…お前は、耐えられるの? 「どうして…?どうしてそんな嘘をつくの?」 オレの言葉に呻く様にそう言うと、智は両手で自分の顔を覆ってオンオンと泣いた… …オレは、これからもっと傷付くであろうお前を見ても…耐えられるのかな…? 「ちょっと…機嫌が悪かったのかもしれないね…」 オレはそう言って立ち上がると、智を抱きしめて優しく背中をさすった。 子供をあやす時みたいに、腕の中で震えて泣くこの子を優しく抱いた。 弟みたいな智… 家族の無理解に苦しんで、1人上京して来たんだ… 家出なんて、決断するのに相当な勇気が要った事だろう。 今も、きっと寂しいんだろう… それでも、頑張って、踏ん張って、働いて、生きて来たんだ。 慣れない仕事に、酔っ払い…求められる危険な技のステージもこなして。 そうして、やっと自由になれたのに…こんな事に巻き込まれて… 可哀想だ。 しばらくそうしていると、智は落ち着いた様に顔を上げてオレに笑顔を見せた。 赤くなった目尻を擦りながら、うん…と、一呼吸、頷いてから言った。 「向井さん…今日、お店に来るんだ…もう少し、頑張ってみる。だって、好きなんだ…大好きなんだ…」 そう言って俯く智の言葉が胸に刺さる。 あいつ、店に来るんだ… そんなに、いちいちオレの反応が気になるの…? クソったれだな。 沸沸と怒りが込み上げる。 渡された電話番号はすぐに捨てた。 思い通りになんてしたくなかったから、すぐに捨てた。 鏡に映る自分の顔が、怒りに歪んで行く…。 絶対に許さない…! 絶対に、思い通りになんてしない。 もう何か月も経つのに、抱かれた感覚が未だに抜けないんだ。あの手付きが、あの声が、あの人が…兄ちゃんに被って、オレを惑わせる。 あいつは兄ちゃんじゃない…惑わされてはいけないって、頭では分かっているのに。 オレは…自信が無いんだ。 だから…会うのが怖かった… そうなんだ… オレは、最高にムカつくあいつに…惑わされない自信が…無いんだよ。 依冬や結城さんがオレにそうした様に… あいつを兄ちゃんと混同して、兄ちゃんへの気持ちをぶつけそうで…怖いんだ。 智はメイクを済ませて立ち上がると、急いで衣装を選び始める。 オレは黙って彼の後ろ姿を、鏡越しに見つめる。 この子が痛めつけられても…オレは自分の為に耐えなくちゃいけない。 あいつの手の上に、乗せられてたまるかよ。 お前がそう来るなら…オレはもっとデカいのをかましてやるよ… オレはおもむろに携帯を取り出すと、迷う事なく電話を掛けた。 「…もしもし?ねぇ、今日、お店に来れる?」 19:00 いつもの様に店に出てDJに曲を渡す。 今日の衣装は、両端に渡ったジップで前と後ろが別れる画期的な白いパンツと、普段着っぽい黒のぶかいシャツにした。もちろん靴は厳ついブーツ!これは外せない。 白と黒…まるで、オセロの様な色合いだ… カウンター席へ移動して、店内を見渡してみる。 常連客と、そうでない客が入り乱れて、既にワイのワイのと楽しそうだな。 …向井さんは、まだ来ていないみたいだ。 オレはカウンターに座って、マスターにビールを頼んだ。 「シロの髪色、前から思ってたんだけど、まるで俺みたいじゃないか!」 マスターがそう言って、オレの髪色を自分の白髪と比較してくる… 「ずっと赤だったけど、シルバーも気に入ったんだ。でも、白髪じゃないよ?オレはそんな年寄りじゃないからね…?」 そう言ってジロッと睨んでからニコッと笑った。 年寄はいつもこうだ…少し油断すると流行りを自分が作ったと言い始めるんだ。自重するという言葉が頭の中から抜け落ちて行くんだ。 「俺も…その髪色、良いと思うよ?」 オレの隣に座った客が、顔を覗き込む様にして話しかけてくる。 「シロは何色でも似合うからね~。」 マスターがそう言うと、黒髪以外はね…と、その客が言う。 全く… 「向井さんはもしかしたら、オレの事が大好きなんじゃない?そんなに構って欲しいなんて…まるで小さな子供みたいだね…くそみてぇにダサいな?」 オレはしょっぱなから飛ばして彼を煽った。 「ふふ…どうしたの?俺に会えなくて、寂しくて、いじけちゃったの?」 向井さんはそう言うとマスターに飲み物を注文する。 「そんな訳無いよ。オレはね、依冬と仲良しだから…彼とずっと一緒にいたもん。寂しい訳、無いよ。」 オレはそう言うと、逆に彼の顔を覗き込んで微笑んでやった。 向井さんは前を見据えて微動だにしなくなった。 あぁ…動揺してるの? ウケる… 「嘘つきだね…そんなに俺が好きならそう言ったら良いのに、シロはツンデレちゃんかな?」 リカバリーした向井さんがそう言ってオレの頬を撫でて来る。 「ふん…チップくれないのに気安く触んないでよ…お客さん。」 鬱陶しそうにそう言って彼の手を払いのけると、マスターは空気を読んだのか… 向井さんへ飲み物を出して、カウンターの中を一番奥まで移動していった。 痺れる、プロだね…? 向井さんはカウンターにチップを置くと、指で滑らせてオレの前に置いて言った。 「ねぇ、シロ…あれから、誰かとエッチした?」 オレの髪を指先でかき上げて、顔を覗き込みながら向井さんが聞いて来るから、オレは彼を見つめて答えてあげる。 「依冬と沢山したよ?どっかの誰かと違って、彼は素敵なんだ…若いしね?」 オレはそんな嘘を吐いて笑うと、向井さんを見て言った。 「依冬の事が大好きなんだ…ごめんね、向井さん。オレの事は諦めて?」 オレは彼にそう言って、口元を緩めて笑う。 「…どうして、そんな嘘を吐くの?」 そう言って、向井さんはムッとしながらオレの首筋を指先で撫でてこしょぐる。 「嘘?どうしてそう思うの?何も知らない癖に…ふふ、知った気になってるだけなんだよ?あなたはね、オレの事を何も知らないんだ。一番大事な事も知らないじゃないか。」 首を撫でる彼の手を掴むと、そう言いながら優しく微笑んであげる。 まるで、あの飄々さが無くなってしまったような彼は、オレを見つめると首を傾げて聞いて来た。 「一番大事な事って…何?」 その目は真剣そのもので…笑えて来るよ… 「んふふ、それはね。オレが…あんたの事を、大っ嫌いって事だよ?」 オレはそう言って笑うと、向井さんの手を放り投げて、彼を睨みつけて言った。 「オレに触んな。クソガキ…」 そして、ビールを手に取るとカウンターの席を立って、颯爽と立ち去ってやる。 お前の表情なんて見ないよ。 オレは、ブチ切れてんだよ…くそ野郎。 智がどうなったって関係ない。 オレは、お前の思い通りになんて動いてやんない。 絶対に! 階段を上ってエントランスへ向かう。 そろそろ来る頃かな…? 「シロ、誰か待ってるの?珍しいな…雪でも降るかな?」 「もう4月になるよ!」 オレはそう言って、物珍しそうに見て来る支配人に突っ込んだ。 入り口のドアの向こうは風が吹き荒れてる。 これが…春の嵐ってやつなの? 風の渦が見える程に木の葉を巻き込んで舞い上がっていく…わぁ… ドアの向こうにお目当ての彼を見つけると、ニッコリと微笑んでドアを開いて、迎え入れた。 「シロ…会いたかったよ。髪色変えたんだね?すごく可愛いよ…」 「ふふ…久しぶりだね。元気にしてた?」 オレはそう言って依冬の腕を掴むと、店内へ一緒に入っていく。 しなだれかかる様に体にもたれて階段を降りると、隣の彼は少し驚いた様子だった。 そんな事を無視してステージ前の席に彼を座らせると、優しさでいっぱいのオレは、彼のコートを脱がせてあげる。 「ど、ど、どうしたの?今日は凄い…もてなしてくれるんだね?」 「ん~、そんな事無いよ?久しぶりだから、嬉しいんだよ?」 オレはそんな事を言って、オレの様子に驚きを隠せない依冬に突然のキスをする。 それは熱くて痺れるような彼とのファーストキスだ。 「会いたかったよ?会いたかったけど、会わなかったんだ。どうしてか分かる?」 唇を外しておでこを付けながら、甘ったるい声で尋ねる。 「ど、ど…どうして?」 動揺を隠せない依冬が半笑いで尋ねてくる。 「それはね…分かんない!分かんないけど…そうしたの。…ダメ?」 オレは全力で甘えん坊をして首を傾げてそう言った。 「ずっと…心配してたんだよ?」 忠犬依冬がオレを見つめて…クゥ~ンと鳴いた。 可愛い… 小手先の可愛さじゃない…本物の可愛さを見せつけられて、ぶりっ子をする事を放棄した。 …天然には敵わない! 「や~めた!こんなんするの、もうやめた!」 オレはそう言うと、彼にしなだれかかる事を一切やめる。 「どうして?ここに居てよ!何で止めるの?」 そう言う依冬を無視して、トコトコと離れると、ステージの縁に座って、足をブラブラと動かして依冬に言った。 「5か月振りに会っても、依冬は変わらず元気そうだ。それが嬉しかった。ねぇ…そんな事よりもさ、急に呼び出して…平気だった?」 オレは一方的にそう言うと、ビールを手に持って一口飲んで彼を見つめた。 「大丈夫だよ?」 ふぅん… そう言った依冬をじっと見つめて、ステージの縁から飛び降りると、再び彼に近付いて行く。そして、ピッタリと体を付けて、顔を間近に近づけて言う。 「知ってんだよ?彼女といただろ?置いて来ちゃって良いの?オレの所に来ちゃっても良かったの?」 さっき電話した時、電話口で彼女が依冬を呼ぶ声が…聞こえたんだ。 デート中に呼び出しちゃったって事だね。 詰め寄るようなオレの態度に苛ついたのか、依冬の目の奥がギラリと光って、忠犬から狂犬へと姿を変えていく… でもね…もっと煽ってやる。 「彼女と…別れないんだろ?これじゃ、振られちゃうよ?」 「大丈夫だって…言ったでしょ?」 オレが話し終わる前に怒った様に唸るような低い声でそう言うから、オレは鼻で笑いながら言ってやった。 「嘘つき~。」 依冬の頬を両手で挟んで、グルングルンと撫でまわすと、大笑いして言った。 「んふふ!んふふふ!あははは!依冬~!めっちゃブスだな!あははは!」 怖いんだ… 狂犬の依冬が怖いから、こうやって誤魔化してやり過ごしてる… オレに頬をグルングルンされながら、目の奥がギラついた依冬がジッと見つめ続けてくる。 何ともシュールで背筋の凍る時間だ。 首の骨を持って行かれてもおかしくないんだ。 虎の檻に入って猫じゃらしで煽ってる様なもんなんだ… 「ぬおっ!」 驚いた! 「シロ…ところでさ、あの人と…どういう関係なの?」 オレの手をガシッと掴んで止めると、依冬が唸る様に聞いて来た。 怖~い…怖いけど、その質問を待ってたよ? 向井さんの部屋から帰る時、偶然お前と出会ってから、今までずっと連絡を無視し続けた。 忘れたかったんだ…お前も、お前の周りの事も、全部。 無かった事にしたかったんだよ…? それはオレの開けちゃダメな箱を揺さぶるような、そんな刺激的な出来事だったからね…でもね、もうそんな事、言ってられなくなったんだよ。 頭に来ちゃったんだ…ものすごく、頭に来たんだ。 だから、お前を利用してやろうって思ったんだ。 毎日一方的に送られてくるメールの内容を読めば、お前が何を知りたいかなんてすぐに分かったよ。 向井さんの事だろ? 彼がオレのなんなのか…それがお前の知りたい事だよね? だから、今日、教えてあげる。 「あの人って…向井さんの事?」 オレはそう言って依冬に首を傾げて尋ねる。 彼はオレを見つめながらコクリと頷いた。 「あの人はね…オレの事を、何でも好きに出来る人なんだよ…?」 オレはそう言って微笑むと、ギラギラ光る依冬の目を見つめながら言った。 「今日も来てる…いつも居るんだ…オレの傍にずっといる。彼のくれる快感は堪らないんだ…気持ち良くって死んじゃいそうで…オレは彼が大好きなの…」 うっとりとした顔でそう言って依冬の頬を優しく撫でる。 「ねぇ…依冬?お前も、オレの事を好きにしたいの…?」 体に徐々に密着させて、彼を仰ぎ見ながら挑発する様にクスクスと笑う。 依冬はオレの体を抱きしめて首に顔を埋めると、低くて唸るような声で言った。 「俺の物にしたいよ…」 体に電気が走ったみたいにゾクゾクッと痺れる。 そんな目つきをして、そんな表情をして、なんて色気なんだ… 彼の顔を惚けて眺めていると、依冬はオレの肩を掴んで正面から見つめて言った。 「シロは…俺の物でしょ…?」 そう言った彼の目は、完全に…据わってる。 その目だよ…凄い気迫に圧倒されて、動けなくなりそうだ…。 なんてすごい狂気を持ってるんだろう…この子は…恐ろしいね。 いつもはあんなに穏やかで、子犬の様に可愛らしいのに…こんな、恐ろしい顔を持ってるんだ。 「ふふ…んふふふ…」 ビビりながら…嘘っぱちの余裕をかまして虚勢を張ると、肩に置かれた彼の手をギュッと握って、手を繋ぎながら体を離した。 恋人繋ぎにして、じゃれる様にブラブラと振ると首を傾げて彼に言った。 「オレは誰の物でも無いよ。強いて言うなら…今は、向井さんの物だよ?」 依冬と繋いだままの手を上げて、向井さんに向けて振った。 オレ達の事…ずっと見ていたの? 目が合った彼の表情は、いつもの様な余裕を持った大人の顔じゃなかった… あんたは、まんまと、オレの策に嵌ったんだね? ざまぁねぇな… 飄々とした男が…ただのかまちょのクソガキになった様だ。 手を振り返す余裕も無くなった向井さんに、腹の底から清々した気になる。 「ふぅん…」 唸るような依冬の声が耳の奥に響く。 「依冬?良い?人は誰の物にもならない。覚えておいて?オレはオレの物だよ?」 馬鹿な依冬が誤解しない様にそう教えてあげると、彼は向井さんを見て言った。 「…さっきは、あの人の物だって言った。」 ほらね。すぐそう思うんだ。違うんだよ! 最近の子は言葉の向こう側を感じれないんだ。その奥の深みを感じれてないんだ! 「ちょっと違う。オレはオレの物だけど、今は自分からあいつの…あの人の物になってやってるって事なんだ。分かる?」 オレがそんな細かいニュアンスの説明をしても、ガルルと唸った依冬の耳には届いていないみたいだ。 しめしめ… 「シロ…そろそろ智のショー始まるよ?」 支配人がそう言ってオレに声を掛ける。 「依冬、チップ買って?」 支配人を捕まえて、依冬にチップをたんまり買ってもらう。 オレは店の売り上げに貢献した。なぁんて、偉い子なんだ。 「ありがとね?」 依冬のそう言うと彼の体にもたれて、ステージを仰ぎ見ながら智の登場を待った。 顔を落とした依冬の息が、オレのうなじをくすぐって来る。 「ねぇ?これ全部、智にあげても良い?」 チップの束を持って後ろの彼にそう尋ねると、彼はうっとりとした甘い声で、良いよ。って言って、オレの髪にキスをした。 太っ腹だね…?今度から、オレにも一枚じゃなくて束でくれよ。 店内の照明が暗くなってステージが煌々と照らされる。 大音量の音楽が流れて、DJが智の名前を呼ぶ。 カーテンから智が登場して、お客が盛り上がる。オレも負けずに智に歓声を送る。 「ねぇ…シロ。チップ分、サービスしてくれる?」 そう言った依冬の唸り声を、聞こえない振りをして、やり過ごす。 オレの返事なんて聞くつもりも無いのか…依冬はオレのうなじに舌を這わせると吸い付く様なキスをあててくる。 「智~~~!!」 これくらいなら耐えられる…オレは彼を気にしないで智に歓声を送り続ける。 何も言われない事を良い事に、依冬はどんどんエスカレートしていく。 オレのシャツの下に手を入れると、体を撫でまわして、吸い付くキスをそのままに体を後ろから強く抱え込んできた。 「依冬…やだ…」 乳首をかすめるように撫でられて、体が仰け反っていくと、頭を掴まれて強引に後ろに向かされる。 ジッとオレを見つめる…熱くて熱っぽい瞳に釘付けになる。 「ずっと…会いたかったんだよ…?」 そんな優しい声とは裏腹に…強引に頭を後ろに引き下げられて、顎が下がって舌が飛び出した。 唇が触れる前に舌を絡めると、むせ返る様な熱い吐息と共に口を塞がれる。 これは…頭がジンジンするやつだ… 頭の中で自分の舌の音が響くみたいに、クチュクチュといやらしい音を立てる。 あぁ…気持ちいい… 体を抱える様に、依冬の大きな手がオレの胸や腰を締め付けて撫でる。 熱くて、ジンジンする… …これは…まずい……すっごく、きもちいい… 咄嗟に体を締め付ける彼の手を服の上から押さえて動きを止める。 ゆっくり顔を離して、うっとりした目で言った。 「依冬…オレ、この子のショーが観たいの…」 すんでの所で自制心を取り戻して、目的を思い出す。 依冬は意外にも、良いよ。と言って、簡単に解放してくれた。 クラクラする…オレよりも年下なのに…なんて奴だ。 それは十分すぎる程の…ラブラブ感。 普段はこんな事しない。 今日は特別なんだ…身を切ってでも、オレはあいつに一泡吹かせるんだ! 智のショーが終盤を迎えて、他のお客がステージに寝転がり始める。 オレは依冬から離れてステージの一番端に移動する。 そして、チップをたんまりと口に咥えて仰向けに倒れた。 両手をヒラヒラさせて、智へのアピールも忘れない。 智!オレ、すんごいの持ってるよ? 他のお客のチップを受け取って、最後の最後に智がオレの方へと近づいて来る! オレに覆い被さると、チップの多さにびっくりした顔をした。 「んふふふ…」 オレは口にチップを咥えながら、んふんふ笑って顎を動かして取れって言う。 オレの口から分厚いチップを受け取ると、智はオレに深くキスをした。 それは優しくって、可愛いキスだ。 これが普通のキスだよ? 「シロ、大金じゃないか~~!良いぞ~~!」 ダンサー同士のチップの受け渡しにお客が盛り上がって歓声を上げる中、智と見つめ合ってにっこりと笑い合う。 ね?智にはこんなにお客さんが付いてるんだ。エロくない訳無いだろ? 目でそう言って、智の頬を撫でると、彼はにっこりと微笑みをくれた。 ふふっ…! その時、誰かがオレの足の間に入ってきた! 智の表情が固まって、オレの足元を凝視してる。腰を掴まれてステージの縁まで引っ張り寄せられると、そのままオレの股間に自分のモノを押し付けて、向井さんが覆いかぶさって来た… 口に咥えたチップを智に渡すと、オレをうっとりと見下ろして、腰をゆるゆると動かして来る… …あんたって、本当に、懲りないな… オレの髪を撫でて、体を押し付ける様に覆いかぶさって来ると、うすら笑いを浮かべながらゆっくりと顔を近づけてくる。 キスするつもりだ… この、クソったれ! オレは両手を上に上げて智を見て言った。 「智!…引っ張って!!」 オレの剣幕に、智が手を取ってステージの上へと引っ張り上げてくれた。 その勢いのまま、ステージの上で華麗にピルエットをして、智に合わせてポーズをとる。 …心の中は、向井さんへの怒りでいっぱいだ。でも、ステージの上では笑顔になった。 「智~!シロ~!可愛いぞ~!」 ダンサー2人が共演したんだと勘違いしたお客が、勝手に盛り上がって大盛況だ。 肩を上げて残念がる向井さんに、依冬が近付いて行くのが見えた… あぁ…殴っちゃえよ。そのままボコボコにしちゃえよ… そう思いながら横目に見て、何事もなかった様に2人でお辞儀をしてカーテンの奥へ退ける。 鳴り止まない歓声と拍手を背中に受けながら、智に興奮して言った。 「凄い良かったね!智!かっこ良かったよ?」 そんなオレの声も、言葉も、お客の歓声も聞こえないみたいだ… 固まった表情のまま、智はぼんやりと宙を見てる。 手に持ったチップがフルフルと震えて痛々しい… そっと智の肩を抱いて体を寄り添わせて言った。 「智…お客さんと関係を持つと自分が傷つくよ。もう終わりにした方が良い…あの人はああやってお前の反応を見て楽しんでるんだ…。」 届いているか分からない言葉を口から出して、智の顔を覗き込んだ。 「…うん」 力なくそう呟くとフラフラと鏡の前に行って、座り込んでしまった… オレはそっと彼の柔らかい髪を撫でて、彼と同じように放心する。 可哀そうに… でも、オレは…何もしてあげられない… 「シロ…大丈夫だよ…。お友達の所に戻って…?」 鏡越しにオレにそう言うと、智はメイクを落とし始めた。 大丈夫かな… 後ろ髪引かれる思いで控室を後にする。 階段を上がってエントランスへ向かうと、支配人が興奮して話しかけて来た。 「ダンサー2人の共演って言うのも、悪くないね~?」 「ステージが狭いんだ。もう少し広くしてよ。」 オレはそう言って抗議する。求める事が多いんだ。それよりもまず環境を整えるべきなんだ! 「ステージを広くしたら、客席を減らさなきゃダメじゃないか!」 全く!矛盾してんだ! 我儘な支配人に手を払う様にして話を続ける事を諦めると、エントランスから店内に戻って階段の上から依冬を見下ろす。 向井さんと向かい合って話をしているみたいだ… そのままぶっ殺しちゃえよ… 心の中でそう思いながら、階段を下りて依冬の元へ向かう。 「依冬、おいで?」 彼の背中を撫でて自分の席へ戻してあげると、彼は意外にも素直に従った。 …可愛いね。 オレにガン無視された向井さんが一緒に付いて来るから振り返って言ってやる。 「…邪魔しないで?クソガキ…」 そんなオレの言葉に、彼は眉をひそめると、ムカついた顔をした。 「何で、そんな事言うんだよ…」 怒ったのか、口を尖らせてそう言う向井さんを無視して、依冬の体にもたれる。 「ねぇ?依冬?オレの時もあれくらいチップの束をちょうだい?ね?良いだろ?」 依冬の首に両手を絡み付けて、グダグダに甘えながら彼にそう言っておねだりしていると、しびれを切らしたように向井さんが動いた。 「シロ…!」 そう言ってオレの腕を掴んで引っ張るクソガキに言ってやる。 「ね、向井さん。もうあっちに行ってよ。依冬はオレのお客さんなんだ。邪魔しないでって言っただろ?それとも、構って欲しくて仕方が無いの?だから、向井さんはいつまで経ってもクソガキなんだ…ほんと、世話が焼けるよ。バブちゃん?」 手のひらでシッシッと追い払うと、依冬に抱きついて彼の肩に顔を乗せて、横目で彼を見て笑ってやった。 飄々とした雰囲気が魅力だったのに、向井さんは感情を隠すことなく、オレを鋭い表情で睨みつけて来る。 ふんだ!オレには依冬がいるもん。 もしオレに何かしたら、こいつが黙ってないよ?ば~か! オレは向井さんにアッカンベしてお尻ぺんぺんしてやった。 一昨日来やがれ!バーロー! 「シロ…何でこの人なの?」 依冬はオレにコケにされる向井さんを睨みつけると、オレの背中を撫でてそう聞いて来た。 「お兄ちゃんに似てるからだよね…?シロ。」 向井さんがそう言って、睨む様な表情を一変させて口元を緩めて笑う。 …オレにはね、二度目は通じ無いんだよ?もう、それでは釣られないんだ。 あんたがわざと傷を抉る事を知ってるからね… 「向井さん、つまんない事するなら帰って?」 依冬にスリスリしながらそう言うと、手を上げてウェイターを呼び付ける。 お前みたいにお行儀の悪い客は強制送還してもらおう! 「…シロのショーを見てから帰るよ。」 向井さんはそう言うと、ウェイターを止めてカウンター席へと戻って行く。 引き際が分かってるね…さすが、食わせ者だ。 グッともたれた体が動いて、驚いて依冬を見ると、彼は目の奥をギラギラとさせて、向井さんを追いかけようとしてる。 「なぁんだ、依冬…どうしたの?」 オレは向井さんに食ってかかりそうな依冬を体を頑張って抑え込むと、彼の顔を覗いて、落ち着かせるように頭を撫でてあげる。 とんでもない狂犬だな… さっきまでお利口さんにしていたのに…向井さんが居なくなった途端に感情的に怒り始めて…鼻息を荒くしてオレに言って来た。 「何で…あんな奴に、好きに触らせたんだ!俺の物だろ?シロは俺の物だろ?」 智のショーでチップを渡した時、向井さんがした事を怒ってるみたいだ… 好きに触らせた訳じゃないし、オレはお前の物でも無い… オレの体なんて軽く吹っ飛ばせるのに…手加減してるのか、ギュッと抱きしめたら大人しくなった… こいつもガキなんだ…甘えん坊のクソガキ… 「何で怒るの?オレはストリッパーだよ?言っただろ?そもそも誰の物でもないんだよ。オレはオレの物。お前の物じゃない。」 オレがそう言うと、腕の中の依冬はキッと怒気を込めてオレを睨みつけて来た。 そんな目、お前に似合わないのに… 「もう…分からないなら、帰った方が良いよ?」 そう言って彼の頭を抱えて、指先で髪をフワフワと撫でてあげる。 彼は年下の男の子だ…ガキでも、まだ許せる。 「シロ、お兄ちゃんて…どういう事?」 またその話かよ…うんざりする 本当に…うんざりだ… オレを睨み付ける依冬の目を塞いで、オレはあいつの耳元で言った。 「もう、帰って…」 そして、そのままステージの上を歩いてカーテンの奥に逃げた。 兄ちゃんの話なんて…したくない。 そもそも、知る必要なんて無いだろ…オレに深く関わろうとしないでよ… ただ今日だけ、今だけ、オレに上手く使われてくれれば…それだけで良いのに。 何だよ…上手く行かないな… 結局、依冬と接触する度に…オレは無駄に傷つくんだ。 それは…変わらないみたいだ。 背中にあたるカーテンを感じながら控室を眺める。 鏡の前で放心したようにぼんやりとする智… オレはそれをただ眺めるしか出来ない。 オレは言った…後は自分で決めるしかないよ…そうだろ?智。 控え室のソファに座って、丸まった智の背中を見つめる。 あの人の事…好きだったんだね。可哀想に… 向井さんはわざと智を傷つけてるんだ。 そして、オレが出しゃばって出てくるのを待ってるんだ… もうやめてあげてって…泣きつくのを待ってる。 でも、オレはそんな事はしたくない。 得意げなあいつの顔を想像しただけで怒りが沸き起こるんだ。 だから、オレは依冬を召喚した。 スマートに組み敷かれた向井さんの計画をぶち壊してくれるオレの切り札。 どうやら向井さんはオレに構って欲しくて仕方が無いみたいだ。駄々をこねる子供みたいに、あの手この手を使って注目を引きたがって…飄々とした気の抜けない男から、くそダサい男に成り下がったようだ。 自分だけを見て、泣き付いて欲しがってる。 だから、わざと依冬とイチャラブして、彼のフラストレーションを高めてやった。 よくドラマで悪い女が使う手だ。それを頑張って真似てみた。 依冬には向井さんを…向井さんには依冬を大好きだって吹き込んで…お互いを潰し合う様に仕向けた。 もっと…もっとあいつを虐めてやりたいんだ。 だから依冬を呼んだのに… 兄ちゃんの事なんて聞くから…オレの計画が揺らいでしまった… 感情的になって、帰ってなんて言ってしまった… 本当に帰られたら困るのに… だって、これからもっと向井さんを虐める予定なんだ。 だから、まだ帰られたら困るんだ。 「シロ…お友達、帰ったの?」 鏡越しに智が訪ねて来る。その表情はいつもと変わらない。 「ん…まだいるよ?」 「行かなくても良いの?」 「うん」 オレはそう言ってソファに寝転がる。 これはある意味、賭けだよね… オレに少しでも気があるなら…残っていてくれるだろ?依冬。 お前が何となく…好きだよ。 愚直で可愛らしい…でも裏側は真っ黒だ…そんな所が癖になる。 友達くらいまでにはなっても良いかな… だから、まだ帰らないでいてね…依冬。 オレの仕返しを手伝ってよ…あいつに頭に来てるんだ… 「シロ~?ここに居るの?そろそろだよ?」 支配人の声がかかって体を起こして腕を上に伸ばして伸びをした。 「一本で~もニンジン…二本で~もニンジン、三本で~もニンジン…」 変な歌を歌いながら体をストレッチさせる。 依冬、まだ居てね… カーテンの前に移動して手首と足首を回す。首をグルンとゆっくり回して耳を澄ませる。 カーテンの向こうで、スカなジャズが流れ始める。 「ふふ…この曲、大好きだ。」 アレンジの利いたクロスタウントラフィックを聴きながら、カーテンの向こうでお客が歓声を上げる声を聴く。 知ってるよね…オレはこの曲が大好きなんだ。 カーテンが開いてステージへと向かうと、今日はいつもと趣向を変えて踊り始める。 コンテンポラリーの様に体全体を使って美しく踊ると、ケバケバしい舞台が一気に上品に彩られていく… いつもの激しいダンスとは少し…毛色の違う踊り。指の先まで綺麗に伸ばして、体全てを表現の道具にするんだ。 ひと言で言うと、すっごい楽しい…! エロの要素って考えた事ある?それは股間や胸、セックスの動作を疑似的に表現する…そんな直接的なものから、体をしならせたり表情を作ったり、指先だけで官能的に魅せたりする間接的なものまで…様々あるよね。 コンテンポラリーはそのどちらもカバー出来る…万能で、究極の表現方法なんだ…。 体一つでそれらを駆使して、この15分間を踊りきるんだ。 それは、エキサイティングで、毎回違う結果になる。そんな、予測不能なステージが大好きだ。 そして、今日はそこに…オレの個人的な感情を加えていく。 「依冬…」 彼の座っていた席に視線を送って彼を探す。 あ…いない! それは予想外の出来事!ショックのあまり踊りの振付を忘れそうになる。 だったらやだな…くらいまでは想像した…でも、まさか本当に帰ったなんて! 短気が損気だぞ! これからお前が必要なのに… 馬鹿!馬鹿!馬鹿!馬鹿! 「わぁ…シロ、綺麗だ。」 彼の声が聞こえて、急いで視線を移す。 いた! 常連客に埋もれて、オレを見上げて微笑む依冬と目が合った。 そんな所に、何でいるんだよ…全く! オレは困った顔をして依冬を見つめる。 彼は首を傾げてニヤけた。 さっきはギラギラと怒っていたのに…可愛いんだから…もう… 「依冬、おいで?」 オレはステージの上から彼を呼んで手を差し伸べた。 不思議そうな顔をしながらオレの手を掴むと、依冬はステージに上がって来た。 お客が盛り上がる中、彼を座らせて上に跨って乗る。 「シローーーー!!彼氏かーーー!?」 良いね…その掛け声、堪んないよ? 「絶対、触ったらダメだからな?良いね?」 オレはそう言って依冬の顔を覗き込むと、呆然としたままコクリと頷く彼の頭を撫でてあげる。 お利口なワンコだ。 音楽に合わせて膝立ちすると、依冬の体にベッタリともたれて、衣装のズボンの両端のジップを下ろしていく。 がっちりした彼の体は、オレがもたれてもビクとも揺るがない。 凄いね…かっこいいじゃん。 太ももまでジップを下ろすとズボンの生地がはらりとめくれてオレのお尻が出る。 「シローーー!お尻、可愛い~!」 知ってるよ?オレのお尻は桃尻なんだ。 特別に触らせてあげるよ? オレは依冬の両手を掴んで、自分のお尻をパンツ越しに鷲掴みさせる。 「ギャーーー!!」 お客が興奮して叫ぶ。 彼の肩にもたれたまま両手で太ももから足首まで、ズボンのジップを下ろしていく。 依冬は指1つ動かさないで、オレの桃尻を掴んだ状態のまま包み込んでる。 お利口さんだ… 依冬の上でズボンを全て脱いで、がっちりした彼の肩に片手を置いて見つめ合いながら腰を揺らす。 腰は浮かせて、本当に擦ったりして無いよ? ただ、彼のお腹にはオレの股間がぶつかってる。しっかり付いた腹筋におちんちんをあてて楽しんでるんだ。ふふ。 まるでセックスしてるみたいに体を仰け反らせて、ブカブカのシャツのボタンを上からゆっくりと外していく。 徐々に見え始めるオレの素肌と、黒いシャツのコントラストがいやらしく見えてお客が興奮する。 「シローーー!公開セックスか!公開セックスなのか?!」 極まったお客がそう叫んで爆笑を起こす。 そうだ…これはまるで公開セックス。しかもダンサーとその彼氏という設定だ。 「エッチに見える様に落として?」 依冬の顔を見てそうおねだりすると、彼はオレを見つめて、口を開けたままコクリと頷いた。 依冬に肩に引っかけたシャツを落としてもらうと、ストンと背中が露出して、いやらしく動くオレの腰がお客の視線を虜にする。 「うわーーーーー!!」 笑っちゃうよね?人って覗きが好きなんだ。 だからこうやってまるで恋人とセックスしてる様にすると、アホみたいに興奮すんだよ。 …ほんと、バッカみたい。 依冬の手を掴んで、自分の腰を掴ませる。 簡単に一周回る彼の腕の中で体を仰け反らせていく。 背中にあたる柔らかくて熱い腕…堪んないね。 そのまま腰を激しく動かして喘ぐように口を動かす。 足が…浮きそうだ… 依冬の体が大きくて体を仰け反ると足が浮いて行きそうになる… でも、オレはもっと仰け反るよ? 足が浮いて、体が落ちそうになると、グッと依冬の手がオレの背中を支えてそれを防いでくれる。 ふふ…優しい… オレはそのまま浮いた足を長く遠くへ伸ばした。 「シローーー!!」 膝を曲げて踏ん張ると、依冬の体から立ち上がって彼を見下ろした。 オレの股間の真ん前でオレを見上げる依冬を見下ろす。 「お利口だったね。」 そう言って笑いかけると、彼は惚けた顔でコクリと頷いた。 最後に依冬の肩に両手を着いて、彼の上で逆立ちして足をゆっくりと体の向こうへ下ろした。 これでフィニッシュだ! 体が大きいから、足がなかなか着かなくて転びそうになったけど…大丈夫! 興奮して誰も見てない。 のんけとやるとパニックを起こす。いつもの物とは違うレパートリーだ。 拍手の中、依冬をステージの下に降ろしてあげる。 「最後までやれよ~~~!」 誰だ…? そんな下品な事を言うと、追い出されるぞ? 「依冬!すぐ戻るから待ってて!」 オレはそう言ってカーテンの奥へ急いで行って適当な服を着ると、急いで引き返す! カーテンを飛び出して走って向かってくるオレに、依冬が驚いて手を広げる。 オレはそこに思いきり飛びついた! 「あははは!すごい!転ばないんだ!飛びつかれても、転ばないんだ!!」 そう言って笑いながら依冬の肩に顔を埋める。 「もう…居ないから帰ったかと思ったんだよ…」 彼の背中を撫でて、少しだけいじけてそう言うと、依冬はオレの体を抱きしめて言った。 「帰る訳、無い…好きなんだ。」 依冬… そう言った彼の声が優しくて… 何故か分からないけど目から涙が落ちて、彼の肩を濡らした。 ギュッとしがみ付いて彼の体に自分を埋める。 好きだなんて… 自分に言われたって、勘違いしちゃうじゃないか… 依冬の目に映っているのは、オレじゃない。 湊くんだ… あぁ…このまま、彼の手に締め付けられて、潰されて、死んでも良いな… 「シロは何でダンサーにならなかったの??」 スリムなお姉さんに真面目な顔して言われた。 「え~、一応ダンサーじゃん。」 オレはそう言ってズコーってリアクションをしてみせる。 依冬を見送ってボッチになったオレは、カウンター席でお客さんとおしゃべりしてる。スリムなお姉さんはワンチャンオレとエッチしたいみたいだ。 「あんなに踊れるのは、芸大とか出てる人だけかと思ってた。アーティスティックで感動したよ?すごい才能だね。」 才能? オレを見つめて目をウルウルさせるお姉さんは、オレの踊りから何を感じ取ったの? 酔っぱらってるだけなんじゃないかと、心配になって来る。 「…ありがとう。」 でも、素直に喜んでそう言った。 オレも、そういうの…やりたかったよ。 体を使って表現することの楽しさを一度体験すると、もっと色んな事を表現したくなるんだ。でも、それは踊りの上手な、限られた人だけの物って思っていた。 見よう見まねのオレの踊りを喜んで見てくれる人がいる… それが素直に嬉しかった。 1:45 そろそろ閉店のお時間です。 店内のお客もまばらになって、従業員は帰り支度を始める。マスターもカウンターの中の掃除を初めて、オレを鬱陶しそうに見つめる。 「なぁんだ!オレだってお帰りの支度するもん!」 そう言ってプリプリと階段を上ってエントランスへと向かう。 今日は最高だった!あの時の向井さんの悔しそうな顔!ざまあみろだ! ステージから依冬に飛びついて抱きついた瞬間。 偶然見えたんだ。 向井さんがすっごい嫌そうな顔してるの…見えたんだ! 胸がスッとした…! オレ頑張ったもんな~。 金勘定を始める支配人を横目に、鼻歌を歌いながら階段を降りる。 今日はいい夢が見られそうだ! そう思いながら、ドアの取っ手を握って固まる。 中から聞こえる不自然な声に、耳を澄ませる。 「…んっ、んん…痛っ、向井さん…怖いよ…」 智の震える声に背筋が凍る。 中で…向井さんと何してるの… 「痛くないでしょ?気持ち良いって言えよ…」 向井さんの押し殺す声と、強い口調に心が萎縮する。 智に、そんな風に言うな… ぶん殴るぞ…!くそ野郎! 憤りに我を忘れて怒鳴り込みそうになる気持ちを静める。 …動揺する姿なんて見せるな。 …感情的になったら負けだ。 首を突っ込むな…関わるな…声を掛けるな…絶対無視しろ… お前の思い通りになんて…絶対にしない… 深呼吸して、ドアを開ける。 ソファの上で事の最中の向井さんは、オレを見て口端をあげて笑った。 オレはそれを見ても、無視して目をそらす。 そしてメイクをいつもの様に落として、顔を洗って、着替えた。 まるで誰も居ない様に粛々と帰り支度をする。 自分の荷物をまとめて、上着を着て、部屋を出る。 扉を閉めて階段を上がり、支配人に挨拶して店の外に出る。 しばらく歩いて、耳を両手で塞ぐ。 智の声が、今更、頭の中にこだまする。 痛いと泣く様な…かすれた声がずっと聞こえていたんだ… あんなのレイプだ… オレを動揺させようと、激しく苛めて、泣かせて… あんた、一体、何がしたいんだよ… 頭がおかしい。 智、ごめん、ごめん、ごめん… 助けてほしかった?見ないで欲しかった?どうすればよかった? オレには何も出来ないよ…ごめんね。 向井さんに一泡吹かせた… それは、彼が悔しがってあんな強行を取る程に…クリーンヒットした。 構って欲しいクソガキが、悪い事をして注目を集めたがるみたいに…オレの目の前で智をレイプまがいにファックした。 オレはそれを無視して、彼の魂胆に乗らなかった。 全てスルーしてやる…お前なんて眼中に無いって、ハッキリ態度で示してあげる。 兄ちゃんに重ねてセックスした事が、事の発端だった。 だから、オレが責任を持って引導を渡してあげるよ。 お前はオレの兄ちゃんじゃない。 無視しても平気な存在だって。教えてあげる。 何がそんなに良かったの? 傷ついて、泣くオレを見て…何がそんなに良かったの? 飄々とした大人の色気の男が…こんなに、みっともなくなるなんて… …理解できないよ。 ビルの隙間から強い風が吹いて髪が巻き上がると、自然と見上げた月が、冷たい視線でオレを見下ろしてる。 「兄ちゃん…」 もうすぐ兄ちゃんの命日だ… オレの誕生日の前日に自殺した…兄ちゃんの死んだ日だ。 5月5日こどもの日… 笑っちゃうだろ…この日がオレの誕生日だ。 子供の健やかな成長をお祝いすると共に、母親に感謝する日だって… そんなふざけた日に生まれたオレは、母親に感謝するほど愛されもせず、むしろ蔑ろにされて育った。 母親はオレの父親が相当憎かったようで、オレを抱く事なんて一度もしなかった。いつも蔑んだ目で見つめて、蹴飛ばして、殴った。 そんなオレを守って育ててくれたのは…兄ちゃんだった。 …なのに、オレの誕生日の前日に首を吊って死んだんだ… どうしてなの…どうして… 兄ちゃんの事を思い出して、胸が苦しくなって息が浅くなる。 ダメだ…また、発作が起きちゃうから…もう止めよう… 深呼吸しながら頭の中から兄ちゃんを追い出す。 答えの出ない疑問は…頭の中から追い出すしかない。 だって、答えをくれる人はいないんだ…もう、今更…遅いんだ。 自分で導き出す答えなんて…自分に都合の良い事ばかり。 それは真実じゃない。 オレは真実が欲しいんだ…兄ちゃんの本当が知りたい。 でも、もう兄ちゃんはいないんだ…だから、聞く事なんて出来ない。 一生…死ぬまで、知ることなく生きていくんだ。 だったら、頭を悩ませ続ける事よりも…忘れてしまった方が早いだろ… 考えることを止めて上に向けた顔を下ろすと、鼻歌を歌いながら家に帰る道を歩いた。

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