8 / 30
第8話
「兄ちゃん…気持ち良い…」
下半身に快感を感じて、喘ぎながら目を覚ます。
見慣れた自宅のカーテンから朝日が差し込んで室内を明るくする。
オレの股の間に大きな背中が見えて…体を起こしてオレを見た。
「何で…何で、いるの?」
結城さんがオレのモノを熱心に咥えて扱いてる。
「ん、いやっ!やだぁ!何でいるの!」
両手が上で縛られてベッドに固定されている。
いつの間に…こんな事したんだよ!忍びなのか!?
「や、やだ!離して!離してよ!オレは湊くんじゃない!やめろっ!くそジジイ!」
口汚く罵って、自分が湊くんじゃないことをアピールしつつ、縛られた腕をガンガン揺すって物音を立てる。
オレの顔に覆いかぶさる様に近づくと、結城さんはうっとりと笑いかけて来る。
その目が…完全にイッちゃってる…
「シロ…可愛いね。さっきの頭突き痛かったよ…悪い子だね。お仕置きが必要みたいだな…」
オレの部屋着をまくると露わになった乳首をこねる様に舐めまわして、オレの中に指を押し入れて来る。
「んっ!や、やぁ…だ!離して…離してよ…!!んんっ…や、だぁ…あっ…あぁ…」
気持ち良くなるところを探すように、結城さんは執拗にオレの中を探った。
指をねっとりと回して何度も撫でる様にして、オレの体が跳ねるとクスクス笑う。
「はは…ここ?ここが良いの?」
最悪だ…
なす術もなく結城さんによって快感を与えらて体が仰け反る。
「だめっ!だめ…やだ…や、やぁだ…!!」
気持ち良い…兄ちゃん、気持ち良いよ…
「可愛い…」
舐め上げられる乳首が体を揺らすくらい気持ち良くて、中に入れられた指が増えてもっと気持ち良くなる。
「はぁはぁ…らめぇ…ん…んっんん…あっあ…」
脱力する様に抵抗を止めて、気持ち良くなっていく。
オレの顔に近付いてキスすると体を添わせて腰を擦り付ける。
何て事だよ…依冬、お前のお父さんにレイプされてる…
肌に擦れるシャツの感触、覆い被さられる重さ、抵抗できない状況、与えられる気持ち良さ…視線を動かして、誰かを探す…
兄ちゃん…どこにいるの…
団地の一部屋。
締め切った襖が開いて、兄ちゃんが入って来る。
知らない男に抱かれるオレの傍に座って、泣きながら見てる。
オレは兄ちゃんだけ見つめて…この最悪な時間を過ごす。
男がいなくなった後、オレを抱きかかえて兄ちゃんがしくしくと泣く…
「シロ、可哀想…」
兄ちゃんがそう言って、オレの頬を優しく撫でた。
あれ…これっていつの記憶?
思い出した兄ちゃんが…今の自分よりも幼く見えた…
「はぁはぁ…やめて…!お前なんか…大嫌いだ…!お前が死ねば良かったのにっ!!」
熱心にオレを愛撫する手が、ピタリと止まった。
「湊…何て言った?」
オレの顔を覗き込んでそう尋ねて来る。
グルグルに暗い、ブラックホールの様な結城さんの瞳に見つめられて背筋が凍る…
怖い…
「…あんたが、死ねば良かったんだ!!」
オレはありったけの呪いの念を込めて、低く唸る様に言った。
ブラックホールの瞳が歪んで、ドロドロと涙が流れ落ちる。
項垂れる様にオレの胸に突っ伏すと、小さく震えて泣き始めた…
「ごめん…ごめんね…湊…お父さんを許して…愛してたんだ、湊…湊…お前がいないと…ダメなんだよ…」
…この人に依冬と同じ後悔を感じて、自分と同じ狂気を感じた…。
そうなったら後は簡単だ…
自分が言われたらショックを受ける事を、言えば良いんだから…
「…湊は死んだ。もう二度と会えない。今更、謝ってもダメなんだ。」
オレの言葉に、結城さんは体を揺らしながら嗚咽を漏らして泣いた。
シュールだ…縛られたオレの上でおっさんが泣き崩れている…
「手…外して!」
オレがそう言うと、すっかり戦意喪失した結城さんは素直に言う事を聞いた。
急いで服を着てベッドから離れると、キョトンとした顔で見上げて来る。
何だよ…そんな目で見るな…まるで依冬に見えて来る…!!
「…どうやって入ったの!!」
「合鍵…」
素直にそう答えて、首を傾げるこの人が不安定な化学薬品みたいに怖い。
いつ、また爆発するか…分かんないんだ。
「無理やり抱いても、オレは湊じゃない…!」
「…そうだな。君は湊じゃない。」
項垂れてそう言って、ため息をついてる。
ため息が出るのはこっちのほうだよ!馬鹿タレ!
「…湊くんは、あんたの息子なの?」
オレは気になっていた事を聞いてみた。今なら…答えるって思ったんだ。
結城さんはオレの質問に沈黙を続けると、コクリと頷いて答えた…
ふぅん…やっぱりね
じゃあ…
「向井さんは…あんたの何なの?」
「…息子」
そうなんだ…
それは…衝撃的だよ。
依冬といい、向井さんといい…結城さんの血は穢れてるとしか思えない。
この家に女児が生まれなかった事が幸いだね…
代わりに湊くんが犠牲になったけど、結局は彼の息子だ…きっとイカれていたに違いない。
「もう、帰って!二度と来ないで!」
オレはそう言って玄関に向かうと、ドアを開いて結城さんを見た。
結城さんはオレの言葉に、しょんぼりと背中を丸めてのそのそと歩いて来る。
クソがっ!その情けない顔が…依冬に見えるんだよ…!
視線を逸らして、結城さんが部屋を出るまで待つ。
靴を履いて、悲しそうにオレを見つめる瞳に言った。
「湊は死んだ。もう二度と会えない。」
目を潤ませて項垂れると、トボトボと帰って行った…
あの人にはカウンセリングってやつが必要だ…まるで管理の悪い爆弾の様に暴発する…
取扱注意の札を首から下げておくべきだ…
鍵を閉めて、壊されたチェーンを見つめる。
代わりにヨガマットを引っかけて、扉が開かないようにする…
もう、今日は寝られない
必死に堪えていた恐怖が込み上げて体を震わせる。
舐められた体を洗いにシャワーへと向かった…
「にいちゃん…にいちゃん…」
シャワーを浴びながら壁に項垂れて泣き続ける。
怖いよ…兄ちゃん…助けて、一緒に居て…
膝に力が入らなくなって、ズルズルと床に座り込む。
頭に打ち付けるシャワーは温かいのに…冷たくなっていく体を抱いた。
誰だったの…あの人は誰だったの…?
思い出した記憶の断片に現れた知らない男。
オレを好きにしていた…知らない男。
目を瞑って、忘れる様に首を振る。
思い出せないんだ…思い出せない。
思い出すことを止めていたら…思い出せなくなった…
思い出そうとすると、頭がおかしくなってしまうんだ。
狂ったように…ひたすら泣き続ける。
そうなりたくない。そうなりたくないんだ…
だから、忘れる。
忘れるしか無いんだ…
兄ちゃんの事も、昔の事も…すべて、もう要らない。
そうしないと、自分が壊れてしまうから。
ただ…死ぬその時まで、何も考えないで生きていきたいだけなんだ…
誰にも記憶に残らない。ただのストリッパーとして…
生きていきたいだけなんだ。
だから、思い出せない物を無理にほじくり返したりしないで…手放してしまおう。
手放して、忘れてしまおう…
シャワーから出て、服を着替える。
今日はもう寝られない…
ベッドに座って溜まった洗濯物を見つめる。
「コインランドリーへ行こう…」
直ぐに立ち上がって洗濯物をカゴへと入れていく。
建設的な時間の使い方だ…
結城さんはまるで湊の事を愛している様だった…犯していた様には思えない。
2人が愛し合っていたとしたら…依冬は…?
彼はどうして湊に拘るんだろう。
イカレた血統の思考回路なんて…想像しただけでは足りない。
もっと斜め上を行かないと…追いつかないんだ。
朝日を浴びながら洗濯物を持ってコインランドリーへ向かう。
オレの心とは裏腹に、気持ち良く晴れた陽気に少しだけ救われる。
依冬は湊の事が好きだった…
お父さんに取られたって、思ったのかな…それとも、もっと斜め上の理由かな。
泡を立ててグルグル回る洗濯物を眺めながら、イヤホンを耳に付ける。
平日の朝、7:00
通勤途中のサラリーマン、通学途中の学生、自転車に乗せられた子供たちを、コインランドリーの中から見送る。
みんな朝は忙しいんだね…オレはね、夕方から忙しくなるんだ。だから、今は暇なんだ。
見てよ…依冬に関わった瞬間にオレの生活はまた変動した。
ざまぁないよね…
それ程までに脆い何かの上に成り立っていた日常だったんだ…
依冬や結城さんの抱える闇が…自分と似ているから、まるで共鳴するみたいに動揺するのかな…
それとも、向井さんがオレの心を揺さぶるのかな…兄ちゃんによく似た彼を、無視出来ない。
まるで原始的な欲求の様に…普通に彼に甘えてしまいたくなる。
最悪だ…
自分の中のもう一人の自分が、彼に甘えたくてウズウズするんだ…
向井さんは兄ちゃんじゃない。
兄ちゃんはもう死んだんだ…二度と、会えない。
結城さんに言った言葉を自分にも言い聞かせる。
馬鹿な自分が変な気を起こさない様に、自分でいる為に、言い聞かせる。
オレには、もう兄ちゃんはいない。
ピーピーピーピー
洗濯乾燥が終わった合図だ!
洗濯カゴを抱えて家路に着く。
今日もフワフワになった!畳んでしまおう…
お尻のポケットに入れた携帯がブルブルと振動して着信を知らせる。
カゴを地面に置いて携帯の着信を確認する。
…え?こんな時間に?
「もしもし?どうしたの~?こんな時間に珍しいね?」
だって今、朝の8時だよ?電話の主はお店の支配人だった。
「シロ…落ち着いて聞いて…」
その話初めに、そこはかとない胸騒ぎがする…
洗濯カゴを抱えて家まで走る。
嘘だ…嘘だ…
玄関を開けて、洗濯カゴを適当な場所に置くと、携帯の履歴から電話を掛ける。
着信音は鳴るけど…出ない。
「なぁんで!!出ろよっ!出ろよっ!」
怒鳴りながら電話を掛けなおす…
携帯を持つ手が震えて、派手な音を出して床に落とした。
衝撃でスピーカーに切り替わった携帯から、留守電の案内メッセージが流れて聞こえる。
嘘だろ…
お財布を持って家を出るとタクシーを捕まえて乗り込む。
目的地に到着すると、人だかりで辺りが騒然としている。
人を掻き分けて目的地へ急ぐ。
「ちょっと、待ちなさい…!」
警察官に呼び止められて腕を掴まれる。
「知り合いがっ!知り合いが住んでんだよっ!」
オレはそう言って腕を振り払うと押し退ける様にして目的地へと急ぐ。
嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!
階段を上がった…奥から2番目の部屋…!!
開け放たれて規制線が張られた部屋に、立ち止まって状況を把握しようと頭を回転させる。
ドアノブに、昨日オレが掛けた袋がぶら下がって、揺れてる…
なんで…!!
血の気が一気に引いて、力が抜ける。
嗚咽が体を揺らして声にならない呻き声が体中から出て来る。
耳の奥が痛くなって、何も聞こえなくなる…
ただ、自分の唸り声だけが体に響いて、頭に届いた。
「君…知り合いの子かな…」
そう言って警察官がオレをパトカーに乗せた。
誰か…こんな事、嘘だって言ってよ…
嫌だよ…嫌だよ…
「お友達は…ここに居るから…」
警察官はそう言うと、オレを病院で降ろした。
支配人がオレを待ち構えていて、体を強く抱きしめてくれた…
私服姿の彼は、只のお爺ちゃんに見えた。
「シロ…大丈夫だから…」
大丈夫?違うだろ…大丈夫な訳、無いだろ…
オレの手を引いて歩き始める支配人に連れて行かれる。
オレ…そっちにはいきたくない…
ひと際静まり返る病院の地下…じめっとした空気が漂って足元が冷たく感じる。
廊下を歩く支配人の背中を見つめる。
そんな…カーディガン持ってるの…お爺ちゃんぐらいだよ…?
いつもの格好良いあんたの方が好きだ…
支配人が足を止めて、オレを促した。
目の前の扉を開いて中に入る。
閉塞感を感じさせる冷たい室内。
あぁ…
目の前に白い布を被せられた物が横たわっている。
糸のように煙を燻らせた線香が立てられて、家族が縋りつく様に泣いている。
オレは支配人に背中を押されて、それに近付いた…
小さな布をめくって、中を覗く。
…!!
膝から床に崩れ落ちて、体が言う事を聞かないくらいに震える。
喉の奥から呻き声が溢れて来て、酷い音を出しながら吐き出される。
言葉なんて出ない…ただ呻き声と汚い音を出し続ける。
突っ伏した床が冷たい空気を漂わせて…体に纏わりつく。
智…智…!!
何でだよ…、何で…!!
突っ伏したまま起き上がれなくなって、ひたすらすすり泣いた。
オレの様子を見た家族が、また大きな声を出して泣き始める…
「…こんなに、悲しんでくれる人がいるのに…!!馬鹿野郎!!」
誰かがそう叫んで、部屋の空気を揺らした…
きっと…お父さんだ…智のお父さんだ。
泣き声と、やり場のない憤り…胸が苦しくなって、意識が遠のく。
「シロ…!しっかり…」
支配人がオレを抱えて部屋の外へ連れ出す。
家族の顔が見えて、みんな智に似ていて涙があふれる。
悲痛な表情で、智を見つめて涙を落とす家族に…オレには得られない物を感じた。
こんなに…お前は愛されてたんだよ…
愛されてたんだ…帰る場所があった。
なのに…どうして死なんて、選んだんだよ…!!
オレとは違う。お前は愛されていたんだ…お前じゃなくて、オレが死ぬべきだったんだ…だって、オレには帰る場所なんて無いんだから…
悲しんでくれる人なんていないんだから…
オレが生きて、お前のような子が死ぬなんて…おかしいじゃないか…
そうだろ…
病院の外に設けられた喫煙所…
支配人はオレを座らせて一服してる。
智は昨日の晩、風呂場で手首を切って自殺したそうだ。
流しっぱなしの風呂場の水が溢れて、下の階に漏れた。
苦情を聞いた大家が中を確認して、彼を発見したそうだ…
チャポン…と耳に残った水の音がリフレインする。
あの時…まだ生きていたのか…
「オレ…昨日寄ったんだよ。仕事帰りに寄ったんだ。あの時…もしかしたら、まだ生きていたかもしれない…」
「やめろ。」
支配人がそう言ってオレの考えを止める。
「だって…」
「シロ…自分を責めるな。絶対だ。」
厳しい眼差しでそう言うと、空を見上げて煙を吐き出した。
遺書は見つかっていない。警察は家出という事もあって、家族間トラブルを悲観した末の自殺とみている様だった…
違う…そんな理由じゃない。
心がズタズタになったんだ…向井さんのせいで…オレのせいで…
心がズタズタになって…死んでしまったんだ…
「シロ…智のお父さんが教えてくれた。今日実家に連れて帰って、明後日お通夜をするそうだ。俺は仕事があるから行けない。お前、行ってやってくれ。」
呆然とするオレの目の前に座って、支配人が言った。
「絶対に自分を責めるな。」
え…
だって…オレのせいじゃん…
目の奥に楽しそうに笑う智の顔が浮かんで、止まらないんだ。
オレに笑いかける笑顔も、困ったような顔も、嬉しそうにはにかむ顔も、怒って頬を膨らませた顔も、全部…全部…止まらない。
オレを憎たらしく睨みつけて罵声を浴びせた顔が最後に見えて…顔を歪めて泣く。
あんなに良い子だったのに…あんなに…愛されていたのに…!
どうして…オレが生きて…あの子が死ぬの…?
分からないよ…分からない。
あの時、強引にでも家に入っていれば良かった…
あの時、もっと強く向井さんを否定していれば良かった…
もっと早くに依冬が好きだって…言っていれば良かった…
いや…
オレが向井さんの望むように…連絡をしていれば…こんな事にはならなかったんだ。
オレのせいだ…
馬鹿みたいに意地を張った結果がこれだ。
智が死んだ。
傷ついて死んでしまった…もう二度と会えない。
彼の手の上で、馬鹿みたいに甘えれば良かった…
煽ったり、拒絶したりしないで、さっさと甘ったれていれば良かったんだ。
オレのせいだ…
#向井
全然上手くいかない。
あんなに人を転がすのが上手かったのに、全然上手くいかない。
シロを思う様に動かせない…
結城がシロにコテンパンにされた…
それは彼を車で送った俺が知ってる。
店の前に停めた車の中で待っていると、戻ってきた結城は焦燥した顔をして、俺に言ったんだ。
「あの子は、湊じゃ無かった…もうやめる。これは終わりだ。」
驚きのあまり、言葉を失って結城を見つめた。
…一体、何を言われたんだ…あの子はか弱いカワイ子ちゃんだぞ?
何を言われたら、あんたみたいな狂気の男がそんなに打ちひしがれるんだよ…
結城の態度の変化と漂わせた焦燥感に、俺は衝撃を受けた。
あんなに自信満々で、しつこく喰らい付く蛇のような男が…しょんぼりと背中を丸めて戻って来るとは思ってもみなかったんだ…。
「シロを抱きました…とってもかわいかった。堪らなかった。」
煽る様に俺がそう言った時、ギラついたあいつの目の色はすっかり消えて、只、悲愴な顔で街を眺めている…
ハンドルを握る手が震えて、動揺している自分に気付いた。
何をしたんだよ…シロ。
お前はこんな狂人相手に、何をしたの…?
あんなに脆くて、弱くて、繊細で…儚い彼が、蛇を退治した。
その事実に、痺れた…
結城がシロを追いかけない限り、俺は別の仕事をこなした。
それでも俺が彼に夢中なのは変わらなかった。
堪らなく会いたくなって、彼の店の前に行って、入らないで帰る…
そんな事を何度も繰り返した。
みっともなく鼻の下を伸ばす自分が簡単に想像出来たんだ…だから、そんな姿を見せたくなかった。
シロは、意地悪に煽る俺にお兄さんを感じていた…だから、鼻の下を伸ばして、だらしなく彼に縋るような醜態をさらしたくなかった。そんな俺では彼に相手にしてもらえないって…そう思ったから。
俺は彼のお兄さんでいる為に、みっともない姿を見せる訳にはいかなかった。
だから…会いに行けなかった…
彼を腕の中に入れて、何からも隠して、自分だけの物にしたい。
俺越しにお兄さんを見て、愛おしそうに涙ぐむ顔が忘れられないんだ。
あんなに無防備で美しい人を見た事が無い…
俺は…彼に、恋をした。
なす術が無くて、シロの同僚に近付いた。
彼よりも3つ幼い少年…騙されやすくて、動かしやすい…子供。
智は俺の思い通りに動いてくれた。
2、3回過剰に親切に抱けば、大抵の相手は俺の言う事を聞くようになった。
優しい?まさか…俺は自他ともに認めるクズだ。
優しいを装ってるだけなんだ。
純粋な人はそれを真実だと思って騙されてくれる。
人を操るのなんて、意外と簡単な事なんだ。
目当ての子がダメなら、その周りから攻める。
包囲する様に外堀を埋めて、逃げられないようにする。
そうして、狙いを定めて、目当ての子を落とすんだ。
相手が生きてる人間って事を覗いては、戦略ゲームと同じだ。
シロの近くの人間…智は俺の意のままだった。
智を手の内に入れたと…報告がてらに彼に揺さぶりをかけると、シロは智を気にする様子を見せつつも、俺を無視した…
連絡先を渡したのに、連絡を寄越さない…
そうか…そう来るのか…
諦める?
まさか…もっと彼が恋しくなった。
シロが逃げられない様に、智を骨抜きにする。
彼は俺の人質だ。
シロにちらつかせて、脅して、俺の所に来るように仕向けるんだ。
たまに食事に誘わせるけど、智はことごとく失敗し続けた。
シロは賢い子だから…分かったんだろう。
俺の思惑が分かったから、智の言葉に首を縦に振らなかったんだ。
駒を使う戦略を変える。
嫉妬し始めた智にうんざりし始めて、そろそろ潮時だと感じていた。
俺はシロに会いに行った。
久しぶりに見る彼は変わらずに、美しくて、可愛らしかった。
手に入らないから…思い通りに行かないから…彼にどんどん執着していく自分が分かった。
湊に執着する結城みたいに…彼に盲目になっていく。
狂っていくみたいに…平静を装う事が難しくなっていた。
まるでよだれを垂らした駄犬の様に、自分から露骨に彼を求めていく。
お兄さんの様にスマートにしなくてはいけないのに…そんな事をこなせる余裕がなくなって、ただ、傍に居たかった。
それなのに、依冬と一緒に居たなんて…言ったんだ。
信じられない。許せないよ。
俺があんなに葛藤して苦しんだ時間を…シロは依冬と過ごしたって…?
依冬の話をして嬉しそうに笑う彼の顔を見て、その相手が自分じゃない事に納得できなかった。
もう、仕事は断ったんだろ?
じゃあどうしてそんなガキを相手にするんだよ…
俺が…兄ちゃんが、傍に居てやるのに…!
どうしてそんなガキが良いんだよ…趣味が悪すぎるだろ…?!
装う事を忘れて、感情的になった自分を止められなかった。
激しく苛ついて、依冬と楽しそうにする彼を見て…激しく嫉妬した。
隠す事が出来なくなる位に、苛ついた。
なぜ、こんなに執着するのか…
それは、彼が本当は俺の事を好きだから。
素直にならない彼に苛ついた…
本当は俺の方が好きなんだろ…愛してるんだろ…?
シロはツンデレだから、そうやって俺を焦らしてるんだろ…?
辛くて、悲しくて、初めて泣いた。
彼の隣に自分がいれないことが…信じられなかった。
使えない駒を捨てて、新しい案を考える。
四の五の言っていられないくらい…俺は追い詰められていた。
大嫌いだ、と言われた言葉が心に突き刺さって抜けなくて、居てもたってもいられなくなって、彼の店に行った。
俺と一緒に居る事を極端に嫌がった…それは俺と一緒に居るとお兄さんを思い出すからなんだ。
盲点だった…
シロにとったら、何よりも俺自体が…弱点なんだ!
目の前に彼が現れて俺の顔面をぶっ飛ばした。
効果覿面だ…!
初めからそうしていれば良かったんだ…下手に駒なんて使うより、初めからシロに直接会っていれば良かったんだ…
殴られ慣れているせいか…彼のへなちょこパンチなんて、痛くも痒くもなかった。
むしろ、俺だけを見つめる目に…歓喜した。
やっと、見てくれた…!
彼の言う通り、クソガキの様に喜んだ…
もっと触れて欲しくて、もっと触れたくて、全然足らなくて、頭がおかしくなりそうだ。
恋?そんな物じゃない…これは執着だ。
俺を睨みつける目も、俺を罵る声も、全て愛してる。
彼のお兄さん…それは俺なんだ。
そしてお兄さんは彼の一番…だから、俺は彼の一番なんだ。
依冬じゃない、俺がシロの一番なんだ。
#依冬
「依冬くん…」
突然名前を呼ばれて、振り返るとニヤけた顔でこちらを見る男が立っていた。
こいつ…シロの…
「偶然だね、こんな所で何してるの?」
そう言いながら俺に近付くと、にっこりと微笑みかけて来る…
気の抜けない、飄々とした…シロの男。
銀座にあるギャラリー。
懇意にしている友人の個展が開かれていた。
招待を受けて足を運んだ先で…まさか、この男に会うとは思わなかった。
友人の交友関係を疑うよ。
「ね、ちょっと話せないかな?」
向井と呼ばれるその男は首を傾げながらそう言うと、目を細めてこちらを見て来る。
「…良いですよ。」
俺は笑顔でそう答えると、ギャラリーを後にする。
クラシックの流れる落ち着いた喫茶店に場所を移動して、向かい合って座る。
こいつと向かい合って座るなんて…なんか嫌だな…
シロの店で彼の体をいやらしく触った、ムカつく男。
シロが自分を好きに出来る人だと言った、ムカつく男。
ヘラヘラと笑って、人の気持ちを逆なでする様に話す…ムカつく男。
目の前に現れてお茶に誘って…俺に一体何の用だよ…?
怪訝な顔をしてあいつを見ると、にっこりと笑って言った。
「ねぇ、シロ君って湊君によく似てるよね…?」
え…?
…なんで湊を知ってるんだ?
動揺を隠すように自分に運ばれたコーヒーを一口飲む。
「俺、知ってるんだよ…君の過去も、シロの過去も、君のお父さんの過去も…」
そう言って、頬杖を付いた指先でこめかみを撫でると、にやりと口元を緩めて笑った。
…シロの過去?
俺のその言葉に、聞き返さずにはいられなかった。
「シロの過去って…お兄さんの事ですか?」
彼が俺に話したがらなかった…唯一の話。
俺がそう言うと、向井は指先をこちらに向けて頷いた。
「シロ…小さい頃からお兄さんに性的な悪戯をされていたんだよ。高校生の時に関係を拒絶したら、お兄さんは首を吊って自殺したんだって。ねぇ…これ、なんだか似てると思わない?」
ペラペラと話す内容が重たすぎて、何も言えなくなる。
こんな最低な奴に、そんな悲しい過去を話すなんて…可哀想に。
俺にすれば良いに…何故、俺に話してくれないの…俺はシロの味方なのに…!
俺と一緒に居る時の可愛いシロは…この人と居る時は違うの?
俺では、俺のような年下の男では、頼りなさ過ぎて…心の悲しみを共有させてもらえないの…?
シロ…
動揺して押し黙る俺に余裕を見せた向井の口端が上がる。
俺は彼の様子に苛ついて、声を荒げて言う。
「一体、何が言いたいんですか?!」
匂わせるように、掠めていくように、明言するのを避けて話すこの人の話し方が…すごく苛つく…!
まるで俺の反応を見て楽しむように小出しに出される情報に…まるで上から見下ろされて、馬鹿にされている様な気分になって、ムカついて殴りたくなる。
「片方は虐待を受けていた方、片方は虐待をしていた方。2人で足りない誰かの分を補ってるの?」
…!!
カッとなって向井の胸ぐらを掴むと、彼は目を細めたまま俺を見つめて言った。
「シロは繊細だから…依冬君が湊君にしていた事を知ったら、どう思うかな…?俺はね、それが…とっても、心配なんだよね…」
彼は俺の手を解いてスーツの胸を撫でると、ジロリと睨みつけてくる。
俺が湊にしていた事を…シロが知ったら…?
性的な虐待をされていたシロが…俺が性的な虐待をしていた事を知ったら…?
軽蔑して、嫌いになって、怖くなって、会いたくなくなるだろう…
ふん!と顔を逸らしながら横目で俺の様子を伺う…可愛い彼を思い出す。
会えなくなるなんて…嫌だ…
向井はコーヒーに砂糖とミルクを入れながら、視線をこちらに向けて言った。
「…もう、俺のシロに会わないで?」
俺の?
違う…
「シロは誰の物でも無いですよ…シロはシロの物です。シロが望めば、俺は彼に会うんですよ。」
俺は前にシロに言われた言葉を向井に吐き捨ててやった。
その様子に、向井は目の奥を苛つかせると、鼻で笑って言った。
「じゃあ、会いたくなくなる様に、なれば良いね…?」
「シロが会いたくないのは、向井さん…なんじゃないですか?」
「ふぅん…そう思う?」
言葉のラリーが途切れて、向井が身を乗り出して俺を睨む。
その目は鋭くて、怒りを滲ませている。
「お兄ちゃん!って…セックスする時言うの、知ってる?」
…やっぱりこいつ、シロと肉体関係があるんだ…
俺と会わない間…こいつと会っていたんだ…
こんなクズと…
「何でお前なんだよ!」
怒りがこみあげて来る。
俺じゃなくて…何でこんな奴に…!!
俺の反応に満足そうに微笑むと、向井は言った。
「それはね…俺が彼のお兄ちゃんに似ているからかな…?でもそれって、君がシロに執着する事と同じじゃない?足りないものを補う様に…求めるんだよね?相手の意志、関係なくさ…」
今にもぶん殴りそうな怒りを抑えて、押し殺すような声で聞いた。
「じゃあ…あんたの足りない物ってなんだよ…、それはシロで補えるの?」
「十分だ」
ニヤリと口元を歪めて、向井が身を乗り出して言った。
「彼が自分を守るために拵えた壁がガラガラと崩れ落ちていく様は、堪らなく美しい。お兄ちゃんに縋って…泣いて…愛して欲しいって懇願するんだ。それは…堪らなく儚くて、美しくて、壊れる時は一瞬だ。俺はそれを見ていたいんだよ。」
目の奥を輝かせてシロの破滅を願うこの男に、誰かと同じ匂いを感じた。
親父だ…親父にそっくりだ…
あんなイカレたやつ…1人でも害悪なのに…ここに、同じような奴がもう一人いた。
そして、俺はまた…愛した人を、そんな奴に汚されるのか…
嫌だ…
向井は俺の様子をうすら笑いを浮かべながら見ている。それはまるでマウントを取れて喜ぶような…露骨で下品なもの。
「ね?俺の方がシロを満足させてあげられるんだよ。まぁ、諦めの悪い君たち親子は指でも咥えて見ていたら良いさ。」
あぁ…この男はシロの事が好きなんだ…
俺はお前みたいな男を知っていて、そいつの思考回路も行動パターンも知ってる。
だから分かるんだよ…お前は、彼に…恋してる。
そして、同時に相手にされていないんだ…そうだろ?
俺に牽制をかけるって事は、俺の存在が脅威って事だろ?
シロが、俺に好意を持ってるから…怖いんだ。
取られると思って…怖くて駄々をこねるみたいに、1人で騒いでるんだ…
彼を射止めていたらこんな事はしない。そうだろ?
必死に…俺に牽制なんてしない。する必要が無いからな…
滑稽だな。
「それも…シロが決める事ですよね?」
俺はそう言って笑うと、コーヒーを口に運んだ。
俺の方が優位だ…圧倒的に、俺の方がお前よりもシロの傍に居る。
どんなに体を好きに出来たとしても、彼の気持ちは俺に向いてる。
「そうかなぁ…」
そう言った男の目が鈍く光る。
俺は構わずにコーヒーを飲み続けた。
#シロ
病院からタクシーで家に帰ってきた。
部屋に戻ると、洗濯カゴの洗い物が良い匂いをさせていた。
ベッドに突っ伏して、静かに目を閉じる。
兄ちゃん…
昔、団地に住んでいた。
兄ちゃんは6時に終わる仕事に就いていた。
夕飯はいつも兄ちゃんが作ってくれて、オレと弟はそれを食べていた。
「シロ…おいで」
いつもオレを呼んで隣に座らせたね。
オレはそれが嬉しくて、兄ちゃんの膝に座ってよくご飯を食べた。
兄ちゃんが小4のオレに悪戯をした。
…そうだっけ?
兄ちゃんはオレを脅して抱いた。
…そうだっけ?
弟を人質の様にして…言う事を聞かせた?
…そうだっけ?
―違う。
思い出すとおかしくなるんだ…だから思い出せない…
―そんな都合の良い事あるかよ。
兄ちゃんの手…大きくて優しくて、あったかい手。
知らない男の手…痛くて汚くて、大嫌いだった…
―オレを犯す…?兄ちゃんが…?ありえない!あれは愛してたんだ。そうだろ?
オレが求めて…兄ちゃんが与えた。
―たまに思い出す知らない男の影はいつも形が違う…それだけ数が多いんだ…
まさか…まだ小さいのに…そんな事する訳ない。
―最悪な記憶を改ざんしたいんだよ。
兄ちゃんが泣いていた…
―そう、兄ちゃんはオレを見て、いつも泣いていた…
「シロ、兄ちゃんのとこおいで?」
夕方、仕事から帰った兄ちゃんがオレを呼んだ。
オレはまたアレが始まると思って、嫌だった。
「…友達と遊んでくる。」
そう言って出かけた。
でも、友達は夕飯の支度があるからって…遊べなかったんだ。
30分も経たないうちに家に戻って玄関のドアを開けた。
兄ちゃんの作るカレーの良い匂いがした。
「もう帰ったの?」
「うん…」
兄ちゃんはダイニングテーブルで宿題をしている弟の髪を触っていた。
オレを見つめたまま、弟の口に手を入れて舌を引っ張り出すと、指で撫でた。
苦しそうに顔を歪めて泣きだす弟を見て、慌てて駆け寄った。
「兄ちゃん!やめてあげて…」
「じゃあ、シロが兄ちゃんの所においで?」
兄ちゃんはリビングの隣の畳の部屋にオレを連れて行った。
オレのズボンを下げて小さなモノを口に咥えて扱き始めた。
あっという間に大きくなって、腰が震えるオレの体を大きな腕が捕まえる。
精通なんてしてない。出るもんなんて無いんだ。
それなのに、しつこく扱いて、大きくさせる。
オレは自分の服を唇で噛み締めて、変な声が弟に聞こえない様に耐える。
兄ちゃんはオレのお尻に手をあてると、指を中に押し入れて来る。
気持ち良くて足がガクガクするオレを、愛おしそうに見て、キスをした。
ー兄ちゃんはまだ帰ってなかった。
嘘だ…
―オレの代わりに、弟が悪戯されそうになっていた…。脅されて、母親の客の相手をした。帰ってきた兄ちゃんがオレを見て泣いた。それが真実だよ。
嘘だ…
ベッドに流れる涙が勢いを増して頬を濡らす。
忘れていた記憶がどんどん蘇って、間違った記憶を修正していく様に、誰かが話しかけて来る。
夜、普通の家は団欒の時間の頃、オレは兄ちゃんの様子を気にしてばかりいた。
「シロお風呂に入ろう?」
兄ちゃんが脱衣所から声をかける。
腰にタオルを巻いてオレの方を見ている。
さっきまで一緒に遊んでいた弟を見ると、オレから視線を逸らしてテレビを見ている。
「分かった…」
そう言って脱衣所に行く。
「脱がせてあげる。」
もう小学校も高学年になるのに、兄ちゃんはいつもオレの服を脱がせたがった。
露わになるオレの体をいちいち見て触る。
浴槽に兄ちゃんが入って、オレはその上に向き合う様に座らされる。
「シロの乳首はピンクくてかわいい…」
そう言って兄ちゃんは舌でオレの乳首を舐めたり、指でグリグリ押したりする。
「に、ちゃん…や、やぁだぁ…」
手で押しのけても体格差がありすぎて、抵抗する事なんて出来なかった。
「こっちも大きくなってきたよ?かわいい、シロ…エッチなんだね?」
オレのモノを手で扱いて刺激する。
気持ち良くなって体が仰け反るとオレの乳首を吸ってくる。
「にいちゃん…らめ…イッちゃう…」
兄ちゃんはオレの口に舌を入れてキスしながら扱いてイカせた。
―それも違う。オレは兄ちゃんがお風呂に入る時、自分から一緒に入りたがった。
嘘だ…
―弟の事なんて、気にしてなかっただろ?
嘘だ…
中学校に上がっても兄ちゃんは変わらず俺を求めた。
―オレが兄ちゃんを離さなかったんだ。だって、愛していたから。
嘘だ…
「この人は兄ちゃんの友達だからいつもしてる事見せてあげて?」
兄ちゃんの友達が遊びにきた日。
隣のリビングでは弟がテレビを見ていた。
「にいちゃん…やだ」
オレはふすまを開けてリビングに逃げようとした。
後ろから兄ちゃんに掴まれて膝に乗せられる。
オレの顔に知らない人の顔が近づいてキスされる。
知らない舌…嫌だ…気持ち悪い…
オレは暴れて抵抗した。
「あっちは?」
兄ちゃんの友達が弟の方を指差した。
あっちって?弟のこと?やめて…何もしないで…
「この子の方が可愛い。」
兄ちゃんはそう言うと、オレの顔を上に向かせて深くキスする。兄ちゃんの膝に座るオレのズボンを知らない人が下げてオレのモノを口に入れる。
すごく気持ち良くて、すぐイッちゃった…
その人はそのままオレの中に硬くなったやつを入れようとした。
「ダメ、シロに入れないで…俺しかダメだから。」
そう言って兄ちゃんは自分のモノを入れたきた。
俺は兄ちゃんの友達の足に手を置いて口で他人のモノを扱いた。
「この子めちゃエロいね?何年生なの?」
「仕込みすぎだろ?どうすんの?」
「大きくなったらこの子どうすんの?」
散々イカされて朦朧とするオレの服を兄ちゃんが直す。
興奮した様子の友達がそう言って尋ねても、兄ちゃんはオレの目を見つめたままキスして言った。
「大きくなってもシロのことしか愛さないよ。」
嘘だ…
オレを置いて…いなくなったじゃ無いか…
―どうして、兄ちゃんが死んだか…覚えてる…?
え…
嫌だ…嫌だ!思い出したくない!!
オレが嫌がっても、走馬灯のように蘇った記憶が目の前に映る。
高校生になったオレはいっちょ前に彼女なんて作って男の子していた。
「ん…もう、嫌だ!」
オレの体を好きにして…いい加減にしろよ!
何でそんな顔してんだよ…意味わかんねぇ…
オレに拒否されると思わなかったの?
兄ちゃんの体を押し退けて、睨みつけるオレの顔を…驚いた表情で見つめ返したね。
「シロ…兄ちゃんの事、好きじゃないの?」
「好きじゃない!大嫌いだ!もう、2度と触らないで…オレに触んなっ!」
オレがそう言うと、酷くショックを受けていたよね…
悲しそうに顔を俯かせて涙が落ちるのが見えた。
兄ちゃんに会いたい……
―もう会えないよ、だって死んだんだ。
それから兄ちゃんはオレを触らなくなったね…
兄ちゃんの話も無視して、目も合わせなくなって、何回も無断外泊をして補導されて…
迎えにきた兄ちゃんの顔も見ないし、話もしなくなったね…
悲しくなったの?
…だから…死んじゃったの?
あれ…本当に…そうだったっけ…?
もっと…違う理由で…死んじゃった気がする…
―だって違う理由で兄ちゃんは自殺したんだもん。
悲痛な顔でオレを見つめて涙を落とす兄ちゃんの顔が見える。
―どうして、兄ちゃんが死んだか…覚えてる…?
嫌だ…!嫌だ…!!もういい…もういい…!
消えて…消えて…もういい…もう、もう見たくない…いやだ…いやだよぉ…
兄ちゃん…兄ちゃん…!!
これを止めて!!
助けて…!!
布団に顔を押し付けてこのまま潰れてしまいたい…潰れて死んでしまいたい…
兄ちゃんの真実なんて…思い出す勇気もないのに、かっこつけんなよ。
ダサいよ…ダサすぎる。
目を瞑って、体を縮こませて、震えて、丸まる。
もう兄ちゃんはいないんだ…だから、1人で生きていかなきゃダメなんだ…
体を起こして、ベタベタに濡れた頬を撫でる。
会いたい…
会えないけど、
会いたい。
兄ちゃんの顔が頭から離れないよ…きっと霊安室なんて行ったせいだ。
向井さんに、抱きしめられたせいだ…。
目から落ちて来る涙が馬鹿みたいだって笑う。
自分が殺した癖に、めそめそ泣き続けるオレを笑ってる。
「兄ちゃん…智が死んだ…オレが死ねば良かった…。兄ちゃんの時も、オレが死ねば良かった…そうすれば兄ちゃんも、智も、死ななくて済んだのに…ね?」
震える手のひらを上に持ち上げて、笑いながらヒラヒラと動かす。
それはまるで夕方のコウモリの様に…予測不能に不気味に羽ばたいた。
「アハハ…アハハハ…」
そのまま飛んで行ってくれないかな…オレの腕も、オレの足も、頭も、全て…バラバラに飛んでいけば良いのに…
ともだちにシェアしよう!