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第11話
「着くまで、のびてて良いよ。」
そう言ってオレにキスすると、ズボンを直して運転席に座り直す。
エンジンがかかって、後部座席が揺れて脳が震える。
「ねぇ…向井さん…?まだ、イッてないよ?」
動き出した車の中、オレは車の天井を見ながらそう小さく呟いた。
「シロのイキ顔見たからいいの…」
「そうなんだ…」
オレはそう呟いて、窓の外を見上げて眺める。
色とりどりの街灯が通り過ぎて行く。
焦点を合わせないで眺めると、万華鏡みたいに見えるんだ…
綺麗だ…
「シロ、着いたよ?」
向井さんの言葉に、体を起こして車の外に出る。
ボサボサになった髪を手櫛で整えながら歩く。
ここは新大久保。
コリアンタウンなんて呼ばれるくらい韓国の人や物で溢れてる。
オレは韓国料理が好きだから、たまに来てキムチを買ったりご飯を食べたりしてる。
一番好きなのはカルビタン!
カルビが入ってるのに、スープという事で…罪悪感が薄れるんだ。
「シロ!聞いてるよ~。入ってって?」
店の前にはゲイの男の子がわらわら立ちんぼしてる。
向井さんに声をかける少年…そいつは危険だからやめた方が良いよ。
毒なんだ…
こんなに大っぴらに売春OKなんて、ここは無法地帯なの?
促されて店内に入ると、相変わらず派手な印象だ。
うちが落ち着いて上品な店なら、ここは煌びやかで派手な店だ。
店内の装飾から、働いてる人のタイプまで…全く真逆だ。
「奥の控え室に畳んで置いてあるから、持って行きな~?」
店の支配人がそう言って控室を指さして教えてくれる。
「分かった~。ありがとう~!」
お客さんはそれなりに盛り上がって楽しんでるみたいだ…
お客の様子を見ながら、間をすり抜けて控室へと向かう。
向井さんは後ろに付いて来てる。
正直、車で待ってても良かったのに…心配性なのかな…
ガチャ…
控え室の扉を開けて顔を覗き込む。
「シロ…!何しに来たの?」
可愛い顔した性格の悪い子と目が合う。
やべっ…
不満そうにオレを見るハニ…彼はここの花形スターだ。
身長170cm有るか無いかの微妙な背丈で、細くて白い体が売りなんだそうだ。
白さで言ったら、オレの方が白い…
なんてったって、オレは色が白いからシロって母親が名付けたくらいだからね。
犬のシロっていう説もあるけど、今更、確認なんてしない。
「ん?180㎝超えの衣装を借りに来たんだよ?」
オレはそうケロッと言って、衣装を目で探す。
「フン!僕と勝負して勝ったら貸してあげるよ?」
ハニはそう言って仁王立ちすると、一生懸命俺を見下ろそうと体を反らした。
勝負?腕相撲とか…相撲とか…ボクシングとか…?
ハハ…馬鹿じゃん。
「話付いてんだよ、グズグズ言うな。」
オレはそう言って、ハニを一蹴した。
ダメなんだ、この子。オレの事が大嫌いなんだ…
丁寧に畳まれて置かれた衣装の束を抱えて持つと、さっさと控え室の外に出た。
むせ返るようなハニの香水の匂いに、鼻が馬鹿になりそうだ!
「行こう行こう!」
オレは向井さんの背中を押して、急いで退散する。
店内の照明が変わって、ステージにスポットがあたる。
「あ、ショーが始まるみたいだね…でも、急いで帰ろう?」
オレはそう言って向井さんを押しまくる。
チラッと見たステージの広さに、少しだけ羨ましく感じる。
これくらい広かったら2人で踊れるな…良いなぁ。
暗くなった店内をえっちらおっちら出口に向けて急いで進む。
「さぁ、今夜は特別ゲストを迎えて、ハニのSMスペシャルをお送りします!ゲストはこちら!」
MCがそう言うと、衣装を持って歩くオレにスポットがあたる。
「え…嫌だ…SMとか…」
オレはそう呟いて、知らぬ存ぜぬで向井さんの背中を押し続ける。
「あ!シロじゃん!歌舞伎町のシロじゃん!」
オレを知ってるお客がいたようで、シロコールが巻き起こる…
「あぁ…全く…もう…」
オレは肩を落として観念する。
ストリップバーなんてニッチな趣味を持つ人は、大抵の店をまわってるんだ。
もちろんうちの店にだって来てる筈だよ。
そうして自分に合ったダンサーを選ぶんだ。店に来る…というよりも、ダンサーを見に来てる。だから、人気のあるダンサーが辞めると、客がごっそり居なくなる…なんてのはザラなんだ。
それくらい、ダンサーを選んで見てるから…オレの事も知ってるんだろうね…
「シ~ロ!シ~ロ!」
こんなの…もうやるしか無いじゃん…
オレは衣装を向井さんに渡して、ステージへ向かう。
「かわいいね、どこの子?」
お客に声を掛けられて、営業スマイルでめちゃめちゃ愛想よく対応する。
「新宿歌舞伎町だよ、今度来て?」
そう言って店の名刺を渡すと、可愛くウィンクしてあげる。サービスだよ?
面倒な事しやがって…ハニの店の客、奪ってやる…!!
大音量の音楽の中、ステージにハニが登場するとお客が沸いた。さすが花形スターだね。ここは君のホームだ。僕にはアウェイだね…
ハニの手にはおもちゃじゃないガチ目の鞭がもたれている。
ルールは簡単。
ラップバトルみたいにお互い踊って、歓声の多い方の勝ちみたいだ。
使用アイテムとして鞭を必ず振らなくちゃいけないルール。
オレと鞭…かなり相性良いの知らないだろう…?得意分野だよ?
お客の様子を伺いながら袖に移動する。
初めはハニが踊る。ステージの中央で、華麗に踊り始める。
鞭の振り方はまぁまぁだけど、いま一つ破壊力に欠ける音を出してしなっている。
違うんだよ。もっと…空気が切れるような音を出さないと…
ふふ…まだまだだね?
本当の鞭の音はね、そんなぬるい音じゃ無いんだよ?
甘かったな…!
しかし、花形だけあってダンスが終わった後の歓声は凄かった。
さぁ、次はオレの番だ!
…売られた喧嘩、買ってやるよ!
ハニと入れ替わる様にしてステージ中央へ向かう。
ステージの下でオレに笑顔で手を振る向井さんにウインクする。
あんな人でも、唯一の味方だ…!
オレを見つめる顔が、まるで子供みたいな笑顔で…意表を突かれる。
あれ?そんな顔するんだね…なかなか可愛いじゃん。
大音量の音楽が流れ始める。まぁ悪くないよ?嫌いじゃない。
ステージの中央に立って観客を見下す様に煽り見る。
無駄口を黙らせるように初めに1発、鞭を派手にしならせた。
バチィィンッ!!
一気に空気が変わって、店の中が静まり返る。
これだよ…この音が鞭の音だよ、ハニ様?
どや?と袖のハニ様を一瞥して、鞭とは対極に柔らかく踊る。
“緩急”って知ってる?細部の指先まで神経使って動かして、大きく派手な動きをするんだよ。合間に鞭を忘れずに入れよう。そうすると、全体に流れが生まれて体も勝手に踊るんだ。
流れが出来上がったダンスは観客を魅了するんだ。
ほら、もうここはオレのステージだ…
最後は膝立ちから反動をつけて、一回転して立ち上がる。
そのままの勢いで、鞭を派手に横へと振りながら叩きつける。
バチィィンッ!!
キマッた…!
シンと静まった後、ワー!!と観客が沸く。
明らかにオレの勝ちだ…ハハン!
オレは客からチップをたんまり貰い、受付で換金して、ハニにあっかんべするとルンルン気分で車に戻った。
「ふふ…シロが1番だな。」
向井さんはそう言って笑うと、助手席のドアを開けた。
「まぁね?」
オレはそう言うと、向井さんを見ながらこれ見よがしにどや顔をして車に乗り込む。
彼のクスクス笑う声を聴いて、口元が緩む。
兄ちゃんによく似た向井さん…彼が時折本当の兄ちゃんに見える。
それはオレが彼と闇落ちしたから…?
いや、彼に会った時からオレは彼に兄ちゃんを感じていた。
オレの兄ちゃんと雰囲気が良く似た人なんだ…
智への償いも出来ないまま、彼を許しそうだ…
それは依冬に感じる恋心とは違う。
兄ちゃんに愛される様に愛されて、兄ちゃんを愛する様に愛す。
そんな風な…兄ちゃんに特化したオレに都合のいい愛。
それを彼がくれる。
兄ちゃんによく似た愛をオレにくれるんだ。
理由は分からない、真意も分からない。
だから、まだ信じない。
でも…彼がもし、オレに本名を教えるのなら…その時は信じても良いかもしれない。
兄ちゃんがオレを見るような目でオレを見て、優しく笑う笑顔に…
兄ちゃんがオレを心配するのと同じ様に、気に掛ける姿に…
兄ちゃんがオレを愛する様に、オレを愛する姿に…
彼がする事を自然に受け入れて、兄ちゃんを愛する様に、彼を愛したくなる。
だから、早く真意が知りたい。
向井さんがどうしてオレを愛するのか、理由が…知りたい。
全てをさらけ出して、腹の底を聞くまでは、信じない。
隣に座る向井さんを見て、そっと手を伸ばす。
彼はその手を握って唇に当ててキスをする。
「向井さん…本当の名前、教えてくれないの…?」
オレがそう言うと、彼はオレを見て押し黙る。
言えない理由は何だろう…
苦しそうに眉をひそめて、オレの問いに固まってしまう…その理由は何だろう。
彼はまだ、知られたくないようだ…
ふぅん…
「楓、お待たせ!衣装借りて来たよ?」
オレはそう言って借りてきた衣装を彼に渡す。
「わぁ!シロ、ありがとう!!」
早速物色し始める楓を置いて、控室を出る。
時間が思った以上に掛かってしまった…2回目のショーをやり損ねた。
「シロ!」
支配人に呼び止められる。
怒られるのを覚悟で振り返る。
エッチを始めたのは向井さんだ。オレは悪くない。
「見たぞ…」
支配人はそう言って上目づかいで睨みつける…ヒェ!
「違うんだ…あれはね…」
オレは慌ててフォローしようと支配人に駆け寄る。
「よくやった!!」
支配人はそう言うとオレの体を抱きしめてスリスリする。
え?
「…良かったの?…しても良かったの?あれのせいで…時間がかかっちゃって…2回目のステージが出来なかったのに?」
カーセックスして褒められるとは思わなかった…
オレはおどおどしながら支配人にそう聞いて彼の顔を覗き見た。
「SMバトルの動画を見せてもらったぞ?お前の方が断然上手だった!!よ~く、やった!!」
そっちか…
下手なこと言わなくて良かった…
オレは肩を落として頷くと、帰り支度をする為に控え室へと戻った。
鞭の扱いがどうしてあんなに上手かというと、子供の頃兄ちゃんと見た“インディジョーンズ”に憧れて、紐を鞭に見立ててしならせる練習をしてたんだ…
公園とか…広場で、ひたすら缶を落とす練習をしてた…
こんな事が思わぬ特技を生んだなんて…恥ずかしくて言えないね…
夕方の公園、兄ちゃんが帰って来るまでそんな事をして時間を潰していたんだ。
仕事帰りの兄ちゃんが紐を振ってるオレを見つけて笑って言うんだ。
「シロ、もう帰るよ…?一緒に帰ろう。」
オレは兄ちゃんに駆け寄って手を握ると、一緒に団地に帰って行くんだ。
そんな思い出…忘れていたよ。
#向井
「もう、死んでるよ…」
そう呟く俺の目の前でオイオイと泣き崩れる結城…
腕の中にはシロに似た子、湊を抱いている。
首から流れる鮮血の量に、もう死んでることは明らかだ…
「人って脆いね、あんなに可愛がっても一瞬で死ぬね。喉を掻ききっただけなのに…あっさりしたものだ。」
嘲笑って結城と腕の中の子を見る。
激しい頭痛がして頭を抱えると、次の瞬間には
結城が依冬に代わって、腕の中の子はシロになった。
「シロッ!!」
ベッドから飛び起きて夢だったと気付く。
汗だくになるくらいの悪夢を見た…
肌に纏わりつくくらいの寝汗に笑えて来る…何て夢、見てんだよ。
俺は結城の第一子…とでもいうか、1番初めに孕ませた女の子供だ。
小さい頃から、母は1人だった。
たまにかかって来る結城からの電話だけを生きがいに、死人のような顔をして俺を育てた。
「あんたを産まなかったら、まだあの人に愛されていたかもしれないのに…」
顔を合わせる度に、そんな呪いの言葉を浴びせて来た。
同年代の子供とは話も、遊び方も合わない。
自分の気持ちを蔑ろにされて育ったせいなのか、相手の気持ちなんて分からなかった。
ただ、目障りだった。
満たされた笑顔が、満たされた愛が、目障りだった。
そんな子供がまともに育つはずもなく、俺はいつも孤独だった。
中学に入り悪い奴らとつるんで、女遊びを覚えた。
母へのうっ憤を晴らすように、妊娠させては捨てた。
そんな俺が母の死を知ったのは、どうでも良い女とセックスしてる最中だった…
皮肉だよな…そんなタイミングなんてさ。
病院に行き母の遺体を確認した。
薬を大量に服用した自殺だった。
哀れ…そう思う以外の感情が沸かなかった…
すぐに焼いてもらい、近所の川に流して捨てた。
自宅に戻って金目の物を探していると、見つけたんだ。
大事そうに鏡台の奥の方にしまわれた、結城の名刺を…
馬鹿な俺でも聞いた事のある有名企業の名前が入った名刺…
俺は悪い仲間や、ありとあらゆる人脈を駆使して、あいつに近付いた。
「初めまして。私はあなたが孕ませて捨てた女の子供です。」
ゆすって、たかって、搾り取ってやろうと思った…
俺を見た結城は顔色一つ変えずに、俺に住む場所と自分の直属の部下という肩書の仕事を与えた。
2番目に孕まされた女は俺の母と違い、結城と結婚する事に成功したらしい。
豪華な邸宅に息子2人と住んでいると聞いた。
しかし、その片方は妾との子供だった…
病死した妾との子供を本妻に世話させていた。
さすが、俺よりも鬼畜だな。
死んだ妾への愛情を息子に向け、幼い頃から性的虐待を繰り返していた。
異常だ。
その愛情の少しでも、俺の母親に向けてくれていたら…俺はこんなに捻くれなくて済んだのかもしれない。
いや…依存体質の女なんて、どうあったって他人にあたるのか…
俺は結城の弱みを握りたかった。
復讐したかったんだ。
俺の人生を捻くれさせた張本人に、復讐したかった。
だから妾の子に接触したかった。
しかしそれは思った以上に難しかった…
結城は俺を自宅へは近づけさせなかった。
分かっていたんだろうね…寝首を掻かれるって。
そんなある日、本妻が死んだ。首吊り自殺だった。
俺は葬式の準備で、一度だけ自宅へ入る事を許された。
この機を逃してなるものか…
高校生くらいの息子2人。
1人は体格が良く、日に焼けた褐色の肌の、爽やかな笑顔の少年。
もう1人は柔らかそうな白い肌の、切れ長の目をした、ミステリアスな少年…
この子だ…
ひと目見て分かった。
目つきに、物腰に、妙な艶があるんだ。色気とでもいうのか…そんな物を纏っていた。
彼の傍には必ず依冬か結城がいた。
近付くに近づけない状況だ…
まるで彼を監視する様に一挙手一投足、見つめる依冬の目つきは異常だった…
ただならぬ関係は容易に想像出来た。
こんな子供のうちから男を弄ぶなんて…しかも、父親が溺愛する湊を弄ぶなんて…血は争えない。実の母親が死んでも涙の1つも流さないんだ。
そんな依冬に自分と同じ…冷血漢の結城の血を感じた…。
機会を伺っていると思わぬタイミングが訪れて、俺は彼に接触することが出来た。
火葬場で煙突から出る煙を眺めていると同じ様にする人物に気付いた。
湊だ…
結城も依冬も親戚の対応をしていて、彼の傍には誰も居なかった。
今がチャンスだと思った。
「こんな生活…終わりにしたくないか?」
そう言って、にっこり笑いかけて彼に近付いて行く。
振り返って俺を見た彼の目には涙が流れて落ちていた…
あの男の血を引いてまともなのはこの子だけか。
「死にたくなったら電話しろ…」
俺はそう言って自分の連絡先を彼に渡した。
彼はそれをポケットにしまうと、何も言わずに足早に立ち去った…
それが彼に初めて話しかけた時の話。
あの時、振り返った湊の顔がお前に被るんだよ。
シロ…初めて会った時から感じていたよ。
お前はあの子とは違うって…
見た目は似ているかもしれないけれど、全くの別物だ。
もっと、美しくて、脆くて、儚い…
俺がえぐった傷が化膿してお前を蝕んでいるね…
どうやら触れてはいけない深い傷だったみたいだ。
ごめんね。
智の事で俺を恨んでいるんだろ?知ってるよ。
だから、あの時…あんな風に壊れるまで、俺をお兄さんだと思い続けたんだろ?
あの時、一緒に死んでも良かったんだよ…
それが狂っていくお前への、せめてもの罪滅ぼしだと思った。
お前が壊れるのを望んだ筈なのに、怖かったんだよ…
最後の最後でビビったんだ。
もう二度と会えなくなる事を…怖いって思った。
それに嫌じゃ無かったんだ…お前に“兄ちゃん”とよばれて…狂った目で、狂った愛を貰う事が…嫌じゃ無かった。
すごく嬉しかったんだ。
もっと甘えさせたくなって、自分から離れて行かない様に束縛したいんだ。
狂ってるよね…死にかけたのにさ。
抗えない感情が、お前に生まれてしまったみたいなんだ。
俺はすっかりお前の物だよ。
初めて抱いた時、お前の狂った目を見てからずっと…
頭から離れて行かないんだ。
恋?…愛?いや、自分勝手な執着だ。
もう一度、甘えられたい。必要とされたい。
傍に居る事が当然の様に、お前の空気になりたい。
そうなる程に、俺に…俺の与える“兄ちゃん”に…溺れさせたい。
だから、死んで欲しくなかった。
俺の為に死んで欲しくなかったんだ。
どちらかを切らないと解けない絡まった糸みたいに…複雑に絡み合いたい。
どちらかがいないと死んでしまう程、当然な存在になりたい。
お前の“兄ちゃん”になりたい。
ベッドに腰かけて、両手で顔を押さえて項垂れる。
下らない…
彼は俺を恨んでる。そんな風には思う訳が無いんだ…
むしろ、俺を溺れさせて殺しにかかってる。きっとまだ諦めていない。
口元が緩んでわらけて来る。
面白いな…
お前は全然か弱いカワイ子ちゃんじゃない。むしろ俺よりももっと黒い。
だから、結城を退治出来たんだ。
だから、俺も退治されるんだ…
上には上がいるんだね。
「シロ…愛してるよ。」
ベッドに仰向けに寝転がって宙に向かって呟く。
誰の耳にも届かない場所で、密かに小さく呟く、本心のこもった嘘っぽい言葉。
#シロ
新宿にあるダンスレッスンのスタジオにやって来た!!
オレは生まれて初めて誰かにレッスンを受ける。
常連のお姉さんから頂いたスタジオリストの1番上に書いてあった、1番のスタジオに予約した。
ドキドキ…
入り口の階段を上がり看板の付いた扉を開ける。
受付のお姉さんがこちらを見てにっこり笑う。
あっ…
「あ、あの…今日11:00からレッスンを予約した者です。よろしくお願いします…」
モジモジしながらそう言うと、お姉さんが笑顔で言った。
「ダンサーの先生が来るまで、少しお待ちくださいね。」
わぁ…
ダンサーの先生が来るまでお姉さんの目の前の椅子に座って待つことにした。
「わ~!リトミック、終わった~!」
そう言って小さな子供がゾロゾロとどこからともなく沸いて来る。
「お兄ちゃん、髪白いのね?」
小さな女の子に声を掛けられてたじろぐ。
「あ…あ、あ、うん…」
銀髪が気になるのか、いつの間にかオレの周りに小さな子供が群がる。
やめて!慣れてない!!恥ずかしい!見ないで!!
「お姉ちゃんだよ?」
「違うよ…お兄ちゃんだよ?」
「ねぇ、おちんちんついてる?」
何てことだ…これは逆セクハラってやつだ…
小さな子供に翻弄されて顔を赤くして動揺すると、お姉さんと目が合った。
なぁに動揺してんだよ…そんな顔でお姉さんがオレを見つめる。
だって、慣れて無いんだ…こんな小さい子、どうしたら良いのか分かんない。
「お姉ちゃんだったら美人だけど、お兄ちゃんだったら可愛いね?」
そうか…
小さな女の子がオレの髪を撫でながら言った。
「かわいそうでしょ?虐めちゃダメなんだよ?」
そうだ…そうだ。どっか遠くに行け…
「こらこら、何してるの。早く着替えてお母さんとこに帰んなさい。」
誰かがそう言うと、キャー!と奇声を発しながら、蜘蛛の子を散らすようにオレから離れて行った。
ちびっこギャングってやつだ…それの被害に遭った。
「こんにちは陽介です。よろしくお願いします!」
R&B系の厳つい服装をした、ベビーフェイス。
「シロです。よろしくお願いします…」
オレはペコリと頭を下げて挨拶をした。
陽介先生は個人レッスン以外にも、幼児のリトミックダンスから大人向けの社交ダンスまで、幅広く教えてるそうだ。
幼児にも熟女にもモテそうな人懐こい笑顔に、これがこの人の天職だと感じた。
「今日はここでやるね?」
明るく光るピカピカの床!!
案内された綺麗なスタジオに興奮して、トコトコと歩き回る。
「うわぁ、広いんだ…」
思った位以上に広いスタジオに、驚きの声を上げながら陽介先生を見た。
「…シロくん、何歳?」
「この前21歳になりました。」
「若いね、俺25だよ?」
陽介先生はそう言うと、にっこりと笑う。
大して変わらないじゃん…
オレはこの陽介先生に基本的なステップやオーディションで踊るダンスの監修をしてもらう事になった。優しそうな先生でほっと一安心だ。
「よろしくお願いします。」
挨拶をしてレッスンが始まった。
「ねぇ、シロくん?めっちゃ体柔らかいね。アイソレーションも出来るし、学校とかでダンスしてた?」
準備体操が終わると陽介先生が不思議そうな顔をしてそう聞いて来た。
「あぁ、多分、仕事でストリップしてるから、体幹とかが自然と付くんですよ。」
「え!」
体を起こして上体をストレッチするオレに小走りで近づいて来ると、キラキラした瞳を近づけて陽介先生が言う。
「どこのお店?!」
「歌舞伎町の…」
「知ってるっ!」
半端ない食いつきに、さっきの子供たち同様に身を引いてたじろぐ。
「凄いダンサーのいるって有名なとこじゃん!俺も1回見てみたかったんだよね!今度、行ってもいい?」
それは多分オレだな…ふふん。
リュックから店の名刺を出して陽介先生に渡した。
「これ…どうぞ?」
「おっ!すげー!すげー!」
オレはあんたの方が何倍も凄いと思うよ?
オレと大して変わらない年齢なのに、ダンスの仕事が出来るだけ知識も、踊りも、出来るって事でしょ?それって凄いよ。
いや、その方が断然、凄いよ。
「じゃあ、まずは基本の練習から…」
そう言って陽介先生はオレの目の前に立って、いやらしくないダンスを教えてくれる。
しっかりした体幹に、軽快に動く手足。
凄い…かっこいいな…
オレはいやらしさを出さない様に頑張って真似してみる。
なるほど、全然使う筋肉が違う様だ…足が既にプルプルしてくる。
陽介先生は一通り基本の動きを教えるとオレの目の前に立って聞いて来る。
「ねぇ、何の曲で踊ろうか?」
そうか…考えて無かった。
アイドルのバックダンサー…
そんなオーディションで踊る曲ってどんなのが良いんだろう…?
「どんな雰囲気の曲が良いのか見当がつかなくて…全く未知の領域なんです。教えてもらえますか?」
オレはそう言って、プルプルする足をモミモミする。
「じゃあ…K-POPだな。」
陽介先生はそう言うと、いくつかの曲を再生させた。
「K―POPの曲は重低音もリズムも、踊るのにちょうど良いんだよ。かっこよく見えるんだ。後は流行りって言うのもあるけどね。今の所、こっちの方がダンスのクオリティが高い。曲と合わさるとグッと見栄えが良くなるからおすすめだよ?」
そうなんだ…
確かに、先生の再生させる曲はR&Bっぽい重低音がズンズンとお腹に来る。
そんな迫力のある曲が多い。
「踊る側からしても、見せ場のある曲は踊りやすいでしょ?そういうお約束がきちんと踏まれてるんだ。だから乗りやすいよ。派手な見せ場が欲しいなら一択だね。」
そう言うと、自分の流した曲の振付を軽く踊ってみせる。
面白い…音が鳴ると体が動いちゃうんだ。
フラワーロックみたいだ。
昔兄ちゃんがリサイクルショップで見つけて買ってきたな…ふふ。
「いくつか曲名を教えておくけど、YouTubeにも沢山上がってるから自分で見てみてごらん?」
オレは軽く返事をして陽介先生から曲名を教えて貰うと、忘れない様に携帯にメモをした。
「君は背も高くてスラっとしていて可愛いから、踊ったら爆イケだよ!?」
陽介先生はそう言うと、オレの方を見てにっこりと笑う。
人相手の仕事は同じなのに、オレの笑顔とは違うさわやかな笑顔だ。
今日のレッスンはこんな感じで終わった。
帰り道、人の多い昼間の街中を歩いて家に帰る。
もうすぐ夏が来るなんて…最悪だ…
既に日差しが牙をむき始める。
肌の白いオレは日に焼けると赤くなって痛くなる…だから、もう、最悪なんだ…!
熱いのにフードを被って日を避ける様に日陰を歩く。
適度に運動したせいか体がポカポカして内から外から熱くなる…
だから夏は嫌いなんだ!
いつも夜しか出歩かないから…また更に日が肌に痛い!
キャー!!…逃げる様に家へと急いで帰る。
ベッドの上に座ってイヤホンを準備して携帯につなげる。
14:00 手に持った携帯が震える。向井さんから連絡電話だ…
「シロ、起きた?」
モーニングコールなの?ぷぷっ!
車の運転中なのか、時々会話が途切れて後ろの方で車の音が聴こえる。
「ながら運転は罰せられるんだぞ!犯罪者!」
オレはそう言って一方的に通話を切る。
あと、これが18:00にもかかって来るんだ。オレの生活サイクルを把握された。
とんでもない奴だ…
耳にイヤホンを付けて陽介先生に教えてもらった曲を再生させる。
「うあ…韓国語だ…!新大久保で聞くやつだ!」
ベッドに寝転がってぼんやりと宙を見ながら曲を聴く。
重低音の効いた音楽。嫌いじゃ無かった。
一通り聴き終えて今度はYouTubeで検索してみる。
言われた通り沢山のダンス動画があった。
何の気無しに再生させた一本の動画に目を奪われた。
俺に似た背格好の男の子が1人立って踊り始める。
手足が長くてダラダラしがちな欠点を感じさせないキレキレのダンス。
思わず感嘆の声を上げる。
「うあ、上手だな…!」
オレはその子のダンスを真似て踊ってみる。
細かい動きまで意識してるのが、踊ってみて初めて分かるんだ。
何て動きをするんだろう。かっこいいな。これは…堪らない。
この子がどれだけ練習したのか見なくても分かった。
「凄いな、カッコいいな…」
オレはすっかり夢中になってYouTubeを見まくった。
次、陽介先生の所に行くまでダンスの方向性を決めよう。
そして沢山練習しよう…
この子みたいに、上手に踊れるようになるまで。
18:00 三叉路の店にやって来た。
携帯が震えて向井さんの連絡電話を受ける。
「もしもし?シロ、何してるの?」
これからお仕事です。
「向井さん?オレはね、今からお仕事をするんだ。だから長電話なんて付き合えないんだよ?そういうのはお金を払ってするもんだ。そうだろ?」
オレがそう言ってクスクス笑うと、電話口の向井さんが吹き出して笑った。
「俺がシロにお金を払ったらテレホンセックスしてくれるの?」
全く、馬鹿な男だ。すぐに下の話ばかりする。
それでも面白いから、エントランスのドアの前で立ち止まって話を続ける。
「んふふ…オレのはダイヤルQ2よりも高額だよ?良いの?」
オレがそう言って煽ると向井さんがクスクスと笑う。
可愛い…いや、可愛くない。
「千円分で…お願いします。」
そう言いだす彼に、吹き出して笑う。
「あはははっ!馬鹿だな!馬鹿で、ケチだ!千円なんて…繋がったらお終いだよ?今回の請求は3万円だ。ケチくその向井さんには向いてない遊び方だね?」
オレはそうケラケラ笑って通話を切る。
全く、とんでもないケチだ。
今どき千円分で…なんて、ガソリンスタンドでも聞かないよ。
やっとエントランスに入って支配人に挨拶する。
階段を降りて控室に入る。
「智、おはよ…」
何となく宙にそう呟いて、メイクをして衣装に着替える。
ふと、昼間見た動画を思い出す。
あの子たちはあんなに頑張ってるのに、オレがするのはここで脱いで腰ふりか…
はぁ~…
でも!オレはちゃんと与えられた15分の中でダンスの構成を試行錯誤して考えてるよ?それなりに練習だって体作りだってしてる!
普通のストリップより多分頑張ってる方だよ?
むしろ、コンテンポラリーを取り入れて、よりストリップの芸術性を高め…エロよりも、美を表現していくスタイルを確立し、自己の表現力を高め…
ガチャ…
「…シロおはよ、何してるの?」
頭の中の熱弁に興奮してガッツポーズをしている所を楓に目撃される。
恥ずっ!
そそくさとガッツポーズをしまって、楓の顔を覗き込んで言う。
「…えっと…良い衣装が見つかって…ガッツポーズしてた…」
「嘘だ~!」
楓がオレを見ながらケラケラ笑う。
「ほんとだよ~?」
そう言って口元を緩めて笑いながら、用の済んだ控室を出る。
19:00 店内へと向かう。
「シロ、楓君どう?踊り、見た?」
支配人が手元で作業しながら声だけで聞いて来た。
「どうって?とっても良い子だよ~?」
オレはそう言って片手を上げると、店内へと向かった。
階段の上から下を眺めると、開店と同時に奥の席が埋まっていくのが見える。
凄いね…お目当ての子に会いに来たんだ。
ホステス、ホストも働くこの店にはいろんな目的でお客さんが集まる。ダンサーを見に来る客や、ホステス、ホストに会いに来る客。それも、のんけだけじゃないんだ。ゲイのお客だってホストに会いに来るし、ビアンのお客だってホステスに会いに来る。
そんな、いかなる状況にも対応できる凄腕のホステス、ホストが、この店には働いてる。動じたりしないプロ中のプロだ。
「あ~、もっくん!早く来て~!」
女の子に呼ばれて鼻の下を伸ばして走って行く…もっくん。
こういうのを色恋営業…っていうの?
女の子による“向井さんの様な綿密に組み敷かれた計画”に基づいて、もっくんは既に彼女に完落ちしてる。
いや…完落ちしてる振りしてるのかな…
このお店に遊びに来る様なお客さんは夜の遊び方を知ってる。
遊び慣れてんだ。
本気にならない。信じない。その時だけ。
これを熟知してる。そうじゃないと追い出されるからね…
ホステスの言う事を信じるの?ホストの言う事を信じるの?
彼らは仕事をしてるだけなんだ。それも、利益という目標を持ってね。
それらを踏まえて遊べる度量が必要なんだ。
その時だけ、甘い言葉を言い合うような、そんな関係だ。
ある意味達観してるよ。オレには出来ない。
オレは純情だからね!
彼らを横目にマスターに挨拶してカウンター席に座る。
「YouTube見よ~!」
オレはそう言って携帯の動画を再生させる。
画面の中で、アイドルの子たちが踊ってる…
かっこいいじゃん…特にこの子が良い…だってこんなに筋肉が付いてる。そして、なによりも、この髪色が最高にセクシーだ…こっちの子も可愛いけど、順番で言ったらこの子が一番だ…。依冬がこんな色にしたら笑っちゃう。この子だから似合うんだ…
ブツブツと私的でいけない感情を込めて動画を眺め始める。
すっかりオレはK―POPアイドルのファンになってしまっている…。
男を選ぶ目で自分の中のトップ3を選んでいた。
「それにするの?」
「わっ!」
突然横から覗き込まれて、驚いた拍子に椅子から落ちそうになった…
「陽介先生。フットワークが軽いね…驚いたよ。」
オレはたじたじになって苦笑いした。
邪な気持ちで動画を見ていた事を隠すように、速攻で携帯をしまった…!
陽介先生は昼間と全く同じ格好でやって来た。そしてオレを見ると昼間と全く変わらない笑顔でにっこりと笑う。
「シロ…すごい決まってるね!ブロー!ヨー!ブロー!バリバリじゃん!ブロー!」
衣装を着て昼間とは全く違う印象のオレに、陽介先生は興奮してブローブロー言いまくる…DJと気が合いそうだ…
そんな先生の身振り手振りの大きな動きに、ちょっとだけ恥ずかしくなる…
「も、ブローってやめて…恥ずかしいから…」
オレは陽介先生の動きを手で止めると、椅子に座らせて飲み物を聞いた。
「陽介先生は何を飲みますか?」
「シロ、敬語なんて…止めてくれ!」
いちいち振付のように動くから、マスターが半笑いで注目し始める。
「ん、じゃあビールで良いね?」
オレはそう言って返事も聞かずにマスターにビールを頼んだ。
頷いて準備をする間も、マスターは陽介先生を半笑いで見続けてる。
「ヨー!ブロー!シロはいつ踊るの?」
「オレは楓の次だから…10:00だよ。まだまだ時間があるのに…大丈夫?言ってくれたら事前に教えたのに…」
オレはそう言って陽介先生をジト目で見た。
突然すぎるんだ。こっちにも心の準備が必要だった!
昼間ダンスを教えてもらった人に、パン1になって脱ぐんだからね。それなりに整理したい気持ちがあるだろ?
「良いんだ、気にしない!」
陽介先生はそう言うと、ビールを一口飲んで笑った。
オレの周りのドロドロした男と違って気持ち良い位、普通だった。
「陽介先生?この子、とっても上手だね?」
陽介先生と携帯を見ながらYouTubeの動画を見て過ごす。
「この動きは向こうで流行ったんだけど、こっちだといまいちだった。」
そう言って陽介先生はその動きをして見せる。
ダンスの事に関しては、とても頼りになる先生だ。こんなに沢山の振付を熟知してるんだもん。趣味だとしてもなかなかだよ?
「それ、あれに似てるじゃん…そんなんじゃ~無いよ?ってやつに似てる!」
オレはそう言ってキャッキャと喜んで笑う。
だって似てるんだ!昔、兄ちゃんと見たテレビで、お笑い芸人がやってたギャグの動きにそっくりなんだ!
「何それ…」
半笑いの陽介先生を置いてけぼりにして、1人で大爆笑する。
「知らない?陽介先生、知らない?グフフ!そんなんじゃ~ないよ?ってやるやつ、知らないの?」
オレはそう言って笑うと、何回もその動きをして大爆笑する。
腹が痛い!よじれる!苦しい…!!
兄ちゃんにやってたら、しつこいって怒られたんだ…ぷぷぷ!
カウンターに突っ伏して腹を押さえてヒーヒー言いながら笑い続ける。
「シロ…随分、楽しそうだね?」
知ってる声に顔を上げて微笑む。
「向井さん。」
彼は陽介先生を一瞥するとオレの髪を優しく撫でた。
「ふふ…向井さんなら知ってるかもしれないよ?ねぇ、そんなんじゃ~ないよ?ってギャグ知ってる?ふふ…ふふふ…」
オレは笑いをこらえながら、来たばかりの向井さんを捕まえて、昔のギャグを聞いた。
向井さんはオレの顔を見ながら考え込んでる。
思い出してるの?それとも、知らないの?
「それは…もしかしたら…」
話し始める向井さんにみんなが注目する。
この人があの動きをするのか、期待してるんだ…!
この飄々とした、素敵な長身の、イケメンが…あの動きをするのか…!?
期待してるんだ!!
「冗談じゃ~ないよ?って…ギャグじゃないの?」
「ダ~ハハハハハッ!!それだ!それの事、間違って覚えてた~!!」
向井さんは変な動きをしなかった。
でも、オレが間違って覚えていたギャグが修正された。
それに、変な動きはしなかったけど、変な声は出した。
だから、それがとってもおかしかった…腹が捩れるくらいに余韻があった。
向井さんの肩をバンバン叩きながら、ヒーヒー言って笑う。ほっぺが痛くなる。
彼はオレを見下ろしたまま楽しそうに微笑んでる。
「オレはね?てっきり、そんなんじゃ~ないよ?だと思ってたんだ…ぷっ…」
そう言って向井さんを見上げたまま体にべったりとくっ付いた。
「…冗談じゃ~ないよ?だったね…」
そう言って向井さんがオレを見つめたまま腰を抱きしめる。
見つめ合って、にっこりと笑い合う。
「そんなんじゃ~ないよ?だと思ってたんだ…!」
オレは眉を上げてそう言った。
「うん。冗談じゃ~ないよ?だったんだよね…」
向井さんも首を傾げながら眉を上げてそう言った。
いつの間にか始まった笑わせようとし合うチキンレース。
この人と、冗談じゃ~ないよのフレーズが妙にマッチして…吹き出しそうになるのを頑張って耐えてる。
くそ…負けんな…オレは、こんなもんじゃない筈だ!
「冗談じゃ~ないよ?じゃなくて、そんなんじゃ~ないよ?だと、思ってたんだぁ…」
オレはそう言って、首を傾げて向井さんに白目をむく。
向井さんはオレの頬を優しく撫でて、うっとりした目で言った。
「…そうか。それは…冗談じゃ~ないよ?だね…。」
「ダ~ッハハハハ!!痛い~!痛い~!!」
オレはたまらず大笑いして清々しく負けた。
白ける陽介先生の背中をバシバシ叩いて、1人で大爆笑する。
なんて奴だ…!!
向井さんはオレの髪をそっと撫でると、離れたカウンターの隅の席に座った。
何て余裕なんだ…底知れない。
この人…おっかしい。
「シロ、こことかどう?この振り、かっこ良いんじゃない?」
陽介先生に呼ばれて椅子に座り直して携帯画面に目を戻す。
「わぁ…!ほんとだ。カッコいい…これ、踊りたい!」
「だよね~?」
陽介先生がそう言って片手を上げてハイタッチ待ちする。
オレは陽介先生とハイタッチして、席を降りた。
「陽介先生、オレ、そろそろ行くね。」
そう言ってカウンター席を後にする。
向井さんに視線をやるとオレを見てにっこりと笑う。
お前…めっちゃ面白いな…
久しぶりに頬っぺたが痛くなる位に笑った…
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