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第13話
シャワーから出ると、依冬は申し訳なさそうにオレの方を見てクゥ~ンと鳴いた。
「痛いの嫌だ!もうしないで?」
そう言ってベッドに寝転がった。
ごめんね…と言って依冬がオレの隣に座る。
大きな背中…
すぐに触りたくなってそっと手で撫でる。
起き上がって背中に抱きついて目を瞑る。
あったかい…
「シロ…ごめんね。嫌いになった?」
「ならない…」
そう即答して背中に響く依冬の心臓と呼吸音を聞く。
オレの物じゃない依冬…
それでもあったかい依冬…
彼は湊の物なんだ。
何だよ…大好きなのに…
オレの携帯がテーブルの上で震えて着信を知らせる。
急いで取りに行ってすぐ依冬の背中にくっ付き直す。
相手を確認して電話に出た。
「もしもし?うん。今?…名古屋に居る。母親が死んだんだ…。うん。うん。良いの。依冬が居るから。うん。そうだね。明日には帰るんだ。うん。分かった~。」
通話を切ってサイドテーブルに置くと、依冬がオレの顔を覗いて聞いた。
「誰?」
「ん?…知らない人。」
オレはそう言って顔をそむけると、ベッドに倒れ込んだ。
言わなくったってどうせ知ってるだろ…
「ねぇシャワー浴びて来て?一緒に寝よう?」
そう言って依冬の脇腹を足で蹴とばす。
イテテ…と言ってわき腹を押さえながら依冬が立ち上がる。
シャワーへ向かう彼の後姿を見送って、テレビを付ける。
「あ~あ…やんなっちゃうな…」
1人、宙に吐き捨てる。
ショックだった…
オレの事をオレとして愛してくれるのは兄ちゃんと真意不明の向井さんだけなんだ。
大好きな依冬は、湊をまだ愛してて、オレは彼の代わりにしかならないみたいだ。
こんな屈辱的な事はない…悲しいよ。
失恋した…依冬に振られた。
そんな気持ちだ…
兄ちゃん…
健太は兄ちゃんが好きだったみたいだよ。
知ってた?
どうやっても振り向かせられない無力感を感じて、オレの事が嫌いだったのかな?
今日、健太に言った言葉…湊に言われたら立ち直れないくらい打ちのめされるよ。
お前なんて…ついでのオマケ。お前の事なんて…見てない。
オレは湊の…ついでのオマケなんだ…だから優しくして、構って、愛してくれてるんだ。
オレの事なんて見て無いから…オレじゃイケないんだ。
ムカつく…
シャワーから出た依冬が、オレの隣にうつ伏せて横になる。
オレに視線を落として、優しく髪を撫でる。
…お前がオレに湊を求めるなら、オレはお前にオレを提供するよ。
彼の片鱗も感じさせない、オレだけ見せてあげる。
「ねぇ…やっぱり、冷たい飲み物は体に悪いのかな…?」
焦点を合わせないでぼんやりと手を眺める。そのまま宙に伸ばして、ヒラヒラと先を動かしてみる。指先から手のひら、手首、肘にウェーブさせて開いて落とすと、依冬の頭に直撃した。
バシッ!
ぼんやりするオレの顔を覗きながら、依冬が笑いながら言う。
「ふふ、冷たい飲み物より体に悪い物あるよ…?」
「例えば?」
オレは宙を見ながら尋ねる。
「うーん…梅干し!」
依冬はそう言ってニコニコと笑いかける。
「梅干…ふっ…」
依冬が笑いながら言うから、おかしくて吹き出した。
「塩分の取り過ぎは体に良くないからね…」
そう言ってオレの髪を撫でる。
変なやつ。オレじゃない誰かを見てるくせに…
そんな優しい顔をするから、オレは勘違いしちゃうんだ。
オレの事を見てくれてるって…勘違いしちゃうんだ。
しばらく手のひらをヒラヒラさせて遊ぶ。
花びらが落ちるみたいに美しく動かして、依冬の頭に落とす。
直撃する度に、ふふ…と笑う声がして面白いんだ。
まどろみながら依冬に話しかける。
「ねぇ、今度バックダンサーのオーディション受けるんだ。レッスンを受けて一曲踊れるようにして…とにかく上手くなるには沢山練習しないとダメなんだ…」
依冬がオレのおでこにキスを落として、頬を撫でる。
あったかくて気持ちいい…
目を瞑ってあったかさを堪能する。
あ…!
オレは目を開いて依冬を見上げて聞いた。
「じゃあ、塩辛も体に悪いの?」
そう言ったオレの言葉に依冬は吹き出して笑う。
かわいい笑顔…この笑顔が好きなんだ。
湊はお前を笑わせた?
…違うだろ?
オレだけだろ?
オレだけお前をこんなに笑わせられるんだよ?
だったら、オレの方が良いじゃん…馬鹿だな…
#健太
「…何で、あいつに近付いたの?」
彼氏にそう言って詰め寄ると、鬱陶しそうに手で払われてあしらわれる。
何だよ…どいつもこいつも…
あいつの前では俺の価値がゼロになるみたいだ…ムカつく。
外された腕時計の痕を手で撫でる。
あんなのくれてやる。俺は本物を持ってるからね…
遺品整理をした時、兄さんの形見なんて呼べるような物は見つからなかった。
いつも付けていた腕時計を探しまくった。でも、見つけられなかった。
途方に暮れた時、見つけたんだ。
兄さんの部屋のベッドに下。あいつが大切なものをしまってる箱。
その中に入っているのを見つけた。
ご丁寧に手紙まで添えられた、兄さんからのプレゼントだ。
くそムカついて…手紙はまだ読んでいない。
なんであいつにだけ…
そう思って、憎くて、悔しくて…読めずにいる。
いつもそうだった…兄さんが優先するのはシロだけ…
これは俺が物心付いてからずっとそうだったから…彼は特別なんだと思ってた。
歳の離れた兄弟だから、かわいくて仕方ないんでしょう?
相談する人はみんなそう言った…
じゃあ俺は?俺の事は可愛くないの?
男をたぶらかす仕事をする母の血が強いんだ…
かわい子ぶって何でもやってもらって…
ムカつく…
俺はシロが大嫌いだった。
小学1年生のある日、転んだか何かで膝に大怪我して帰ってきた。
泣いてばかりで何もしないから、傷を洗って消毒しろと言った。
兄さんが帰るまで、まだまだ時間があるのに何もしないで泣くばかりのシロがムカついて…
オレは年下なのに、弟なのに…!
苛つきながらあいつを風呂場へ連れてった。
あいつの膝をシャワーで流すとビービー泣くから顔にシャワーをかけた。
すると、もっと激しく泣くからシャワーヘッドであいつの頬を打った。
赤くなって痣になったけど、多少気が収まった。
泣くと殴られると分かったのか、ヒクヒク言いながら傷を洗われていた。
傷自体、結構深くて痛そうだった。
俺は日頃の恨みを晴らす様にその傷をグリグリとえぐって洗った。
悲鳴を上げて騒ぐから、憎らしくなってもっとえぐった。
その時、風呂場の鏡に写る兄さんを見た。
すごい形相で俺の背中を睨んでいた。
なんで…
俺を押し退けるとシロの傷をタオルで包んで体を抱えて家の外に行ってしまった。
どうせまた俺が怒られるんだろ…
しばらくすると兄さんがシロを抱えて帰ってきた。
足には大層な包帯が巻かれていて、子供ながらに呆れた。
「…健太、なんであんなにしたの?」
兄さんは怒った顔で俺に詰め寄る。
俺が転んだ時、そんなに過保護にしたかよ…
黙って俯くと兄さんは俺にビンタした。
痛くて、ムカついて、泣き喚く俺を、お前は兄さんの後ろから見ていたな…
頬にアザが出来てざまあみろ!
お前の自慢の顔に傷が付いてざまあみろ!と思った。
「兄ちゃん、やめてあげて…」
か弱く言って、また兄さんを誘う。
この…淫乱が…!
虫唾が走るよ…
知ってんだよ…お前が母さんみたいに男を誑かして兄さんをダメにしてるって…知ってるんだ。
思った通り、兄さんはシロの方を振り返ると、あいつにべったりくっ付いて離れなかった。
兄さん、騙されてるよ…そいつはそうやって誑かしてるんだ。
男を誑かしてんだよ!
「兄ちゃん…」
中学に上がり、もう立派な反抗期を迎える年なのに、あいつは未だに甘ったれた声で兄さんを呼ぶ。
知ってんだぜ…お前が兄さんを誑かして、体の関係を持ってる事…。
本当に節操のない淫乱だ。
「どうしたの?」
尻尾を振る様に…あいつの元に飛んで行く兄さんが嫌いだった。
何でだよ…俺にはそんな風にしないのに。
兄さんの背中に沿わすその手…
兄さんの体をなぞってゆっくりと撫でおろす…その手…
この…ド淫乱が…!
あいつの傍で嬉しそうに笑う兄さんが…嫌いだった。
俺も兄さんを誑かしたら優しくしてもらえるのかな…
そう思って、ある日兄さんに迫った。
兄さんの膝には、あいつが眠ってる。
ビールを飲みながらテレビを見る兄さんに近付いて、顔を寄せて甘えた。
「兄ちゃん、俺にも優しくしてよ…」
しなだれかかって顔を覗き込んでそう言った。
「何?健太、やめて。」
これでお終いだ。
何だ、それ…そんな目で見て…俺は、ゴミ屑かよ…
そん時も…お前は兄さんの膝から俺を見ていたな。
ムカつく顔でこっちを見んなよ…
ぶん殴るぞ?
「兄ちゃん、健太に優しくしてあげて…」
お前はそう言って体を起こして、兄さんにお願いした。
なんだよ、同情してんの?
哀れな俺に同情して、兄さんをほんの少し恵んでくれるの?
すごくムカついたから、あいつの頭を横から思いきり蹴飛ばした。
壁に頭を思い切りぶつけて悶絶する姿がすごく面白くて、指を差して大笑いしてやった。
次の瞬間、兄さんのグーパンが飛んできて俺は吹っ飛んだ。
「シロ…可哀そうに…大丈夫?」
兄さんはそう言って大事そうにあいつを抱きかかえる。
何なんだよ…クソッ!
「兄ちゃん…」
あいつは高校に上がっても変わらず甘ったるい声で兄さんを呼んだ。
このまま大人になってもこいつは変わらねぇって思ってたある日、状況が一変した。
あんなにベタベタしていたのに、シロが兄さんに寄り付かなくなった。
家に帰っても、兄さんの傍に行かないんだ。
兄さんが近づくと、ぎゃーぎゃー喚き散らして家を飛び出して行った。
残されたのは暗い顔でどんよりと項垂れる兄さん。
何かあったんだ…
ざまあみろ!
俺は心底喜んだ。
あのド淫乱の誑かしを見なくて良いんだ。
これで兄さんが元に戻るって…俺の兄さんになるって、そう思ったんだ。
「兄さん、シロ、今日も帰らないね…?」
俺が慰めてあげるよ?
兄さんに声を掛けると、まるで俺の声が聞こえていないみたいに無視された。
兄さんにはほとほと愛想がつきたよ…
「兄さんはさ、シロのこと特別可愛がるよね?それって、あいつが誘うから?何かスケベな事してくれるから?」
俺は兄さんの前に立って捲し立てる様に言った。
俺も限界だったんだ。
こんな頭がおかしくなりそうな家で育って、俺も限界だったんだ。
「俺は兄さんの事好きなのに、全然可愛がってくれなかったよね?いつもあいつばかりでさ、何で?」
兄さんは顔を上げて俺の方を見ると憔悴した顔で言った。
「シロにいやらしい事したのは俺だよ。あの子の事がずっと好きなんだ。俺はあの子しか大切に思えない。すまなかった…。」
何で…何であいつなの?
「あはは!でも、兄さんはシロに嫌われちゃったじゃないか!そうだろ?だから家に帰って来ないんだ。今頃、他の男を誑かしてるんだよ?!それなのに、まだそんな事言ってさ…馬鹿じゃん!」
俺はそう言って笑うと、兄さんを見下ろした。
兄さんは顔を両手で覆って項垂れると絞り出すような声で言った。
「そうだ…あの子が小さい頃、あんな事しなければ良かった…俺が踏み留まっていれば…あの子は傷つかないで済んだのに。好きなだけ弄んだ。俺のせいだ…俺のせいでシロが傷ついてしまった…愛してるのに、傷つけてしまっていた…!」
背中を震わせて泣き崩れる兄さんを見下ろした。
ただ茫然とその背中を見つめて、とんでもないとどめを刺したと気付いた。
その後、兄さんが首を吊ってるのを見つけた。
大きな体が天井からぶら下がって、少し揺れている。
まだ助かるかもしれない…!
俺は慌てて救急車を呼んで兄さんの体を泣きながら支えた。
まだ俺大事にされてないよ?まだ愛してもらってないのに…!
シロばかり…あいつばっかり…
…もしかして
この前俺が言ったことが原因なのか?
まさか…
一抹の不安を抱えつつ、兄さんの体を支える。
初めてこんなに触った兄さんの体は、大きくて、重かった…
救急隊員がやって来て兄さんを天井から下ろす。
紫に変色した兄さんの首がだらんとしてる。
死んでる…
俺が…俺の言葉が……とどめを刺したのか…?
「シロのせいだ…」
俺は救急車に一緒に乗って病院に行った。
病院で電話をすると母さんが駆けつけてきた。
突然の兄さんの死にショックを受けて、ギャーギャーと泣き喚いていた。
その後、シロが来た。
白い顔でフラフラと部屋に入ると、兄さんの顔を確認して固まっていた。
ギャーギャー泣き始めると思ったら…涼しい顔してるんだ。
泣きもしないし、悲しそうにもしない…
こいつのせいなのに…
俺は悔しくて母さんと一緒に泣いた。
その後シロは逃げる様に東京に行き、俺は母さんと暮らした。
母さんはシロのことを嫌っているから、俺とはウマがあった。
あいつが小さい頃から男を誑かしている話を聞いて、やっぱりな…って思った。
そうじゃなかったら兄さんはあんなにあいつに惑わされたりしなかった。
今でも俺達の傍に、居てくれたはずなんだ。
兄さんを殺したシロなんて、俺たちには仇みたいなものだから。
居なくなって清々した。
俺は兄さんの面影を求めて男に走った。
たまに兄さんに似ている人を見ると思うんだ。
あの人なら愛してくれるかもって…
歪んでるよな…。
戸棚にしまい込んだあいつの箱を取り出して、兄さんの腕時計を手に取る。
「兄さん…どうする?会いたい?ふふ…どうしようかな…」
そう言って箱の奥にある手紙に目をやる。
何が書いてあるの…兄さん。
あいつ宛の手紙を、怖くて、ムカついて、読む事が出来ないでいる…
これをあいつに読ませたら…何か変わるのか。
あいつをもっと傷つけることが出来るの?
それとも、拠り所を与えてしまう事になるの?
安らぎなんて与えてやりたくないんだ。
だって、あいつが兄さんを殺したんだから…
でも気になるんだ.…ずっと気になってる。
読んでしまいたいのに…
中に俺の事が何一つ書かれていない事実を知りたくないんだ…
どうせ、俺の事なんて…書いてないんだろ。兄さん。
あいつへの愛の言葉…それだけなんだろ。
箱の中に腕時計をしまって戸棚に戻す。
これをいつまでも保管するのも…嫌だな…俺が壊れそうだ。
#シロ
夜中にショートメールが来た。
“10:30”とだけ書かれたメール。
明日、墓のある寺に10:30に来いという事だろう…
隣でうつ伏せて眠る依冬を見つめる。
癖っ毛の髪が柔らかくて、眠ってる顔は、可愛い…
こんなに可愛らしいのに…本当に凶暴になるんだな…怖かった。
殺されるかと思った…
鼻筋を指でなぞって唇を触り、顎の先まで一直線に下ろす。
ふふっ、こんなにされても全然起きないんだ。
兄ちゃんはオレが寝るまで絶対寝なかった…
向井さんも…
でも、お前はスヤスヤ寝るんだな…そういう所が好きだよ…依冬。
オレは彼の口に軽くキスすると天井を仰いで目を閉じた。
俺が中学生の頃、天体観測の宿題に付き合って、兄ちゃんが星の見える所まで連れて行ってくれた。
満点の星空を見上げて大の字に寝転がると、兄ちゃんは隣に添い寝して聞いてきた。
「シロ…兄ちゃんの事好き?」
「…好きだよ…大好き。」
そう言うオレの顔を覗いて、優しく髪を撫でてくれた。
「ごめんね、痛い事して…ごめんね…」
突然泣いた兄ちゃんがかわいそうで、オレは慌てて起き上がって、兄ちゃんのことを抱きしめた。
空には満天の星が瞬いてるのに…兄ちゃんは下を向いたまま泣き続けた。
「泣かないで…」
震える兄ちゃんの背中を抱いて、一生懸命さすった。
こうしていれば、直ると思ったんだ。
いつも兄ちゃんがそうしてくれてるみたいに、背中をさすって兄ちゃんが元に戻るまで傍に居た。
オレは兄ちゃんを愛してたのかな…
あの時の兄ちゃんは、まるでオレを愛する事を葛藤してるみたいだった…
いけない事だと分かってるから、苦しんでいたのかな。
それでもオレは兄ちゃんと居る事が嬉しかったのに。
傍らに眠る依冬を見る。
今までずっと思い出すのを避けてきた。
思い出すと、どんどん自分が汚く思えて潰されそうになるから…
怖くて出来なかった。
でも、彼が傍にいる今は、少しだけ思い出してみても良いかもしれない。
穏やかで、優しい彼の傍でなら、オレは耐えることが出来るかもしれない。
「にいちゃん…」
小4のある夜、オレは友達に聞いた方法で初めて自慰をした。
手についたものに驚いて、寝ている兄ちゃんを起こして手の中を見せた。
「自分でやったの?」
そう言って兄ちゃんは手の物をティッシュで拭いてくれた。
初めてのオナニーが気持ち良かったオレは、もっとしたくて、兄ちゃんの目の前で自分のモノを扱き始めた。
初めてとは思えないくらいに、快感がめぐっておかしくなりそうだった。
「にぃ…ちゃん、これ…きもちい…んっ」
それを見た兄ちゃんはオレのモノを咥えて扱き始めた。
これが始まりだった…
忘れていた訳では無いんだ。
幼い頃、男の相手をさせられたことを、忘れた訳では無いんだ。
ただ、兄ちゃんを独り占めしたかった。
オレに特別に優しくする兄ちゃんを、失う事を怖いって思い始めていたんだ。
だからオレは兄ちゃんの目の前で扱いてみせた。
凄く気持ち良かったんだ…
兄ちゃんがくれる快感、全てが、すごく気持ち良かったんだ。
大好きだったから嫌じゃ無かった。むしろもっと兄ちゃんの特別になりたがった。
中学に上がってもオレは兄ちゃんが大好きだった。
夏休みのある日、半そで半ズボンで寝転がって、何となく目の前の兄ちゃんの股間を足で触った。
「シロ、健太がいるから…」
兄ちゃんはそう言ってオレに注意したけど、オレは気にしないでそのまま兄ちゃんの股間を触り続けた。
オレには絶対怒らないって…知っていたから、そうした。
足で弄られても勃起する兄ちゃんの股間が面白かったんだ…
馬鹿だから、健太の事なんて考えていなかった。
ただ、目の前の兄ちゃんを誘って、セックスしたかった。
いつも、いつも、兄ちゃんの肌に触れていたかった。
声を近くで聞いて、目を近くで見て、息を近くで感じて、一つになりたかった。
高校生の時だって、兄ちゃんに抱かれるのが一番気持ち良かった。
彼女を抱いた日も、兄ちゃんを求めて布団に入った。
「兄ちゃん…シロとしてよ…ね?」
そう言って、寝てる兄ちゃんに抱きついて返事なんて聞かないでキスをする。
寝ていた兄ちゃんの舌が動き始めて、優しくオレの舌を絡め始める。
背中がゾクゾクして、堪らなく興奮するんだ。
自分の彼女よりも、もっとエロく乱れて兄ちゃんを感じる。
大好きなんだ…兄ちゃんの目も、声も、腕も、肩も、背中も、腹も、お尻も、足も、手のひらも、髪の毛の一本までも、全て大好きだった。
「兄ちゃん…兄ちゃん、大好き…もっとして…もっと、シロの事大好きって言って…」
オレがそうおねだりすると、兄ちゃんは顔を歪めて腰を振るんだ。
それが堪らなく好きで…堪らなく良かった。
兄ちゃんの呻き声も、兄ちゃんの苦悶に満ちた顔も、兄ちゃんのイキ顔も、全部オレの物…オレしか知らない物…
オレだけの兄ちゃん。オレ以外どうでも良い兄ちゃん。
兄ちゃんが…オレの全てだった。
愛していたんだ…
心の底から…愛していた。
同年代の友達がするような綺麗な恋じゃない。大人の持つような綺麗な愛でも無い。
それでも、最高に愛していたんだ。
あの日…
あそこを通らなきゃよかった…
思い出しそうで、思い出したくない記憶
…怖いんだ。
目の前の依冬の寝顔を見つめる。
彼の純粋な所が好きだ…
まるで狂人のような父親と、受け継いだような性癖を彼も持ってる。
湊を亡くして…今でも求めてる…オレの好きな人。
お前はどうして、そんなに強く生きていけるの?
オレは今にも壊れてしまいそうだ…
自分の記憶すら思い出すことを躊躇するんだ…。
認めたくなくて、置き換えて、思い込んで、恨んで、やり過ごして来たんだ。
「依冬…助けて…オレを助けて…」
感情の伴わない言葉を吐いて彼の唇を撫でる。
…あの日…あの場所を通った。
バイト帰りのオレは、気分転換にいつもと違う道を通って家に帰っていた。
夕陽が綺麗な日で…真っ赤に染まった空を見上げてた。
帰ったら兄ちゃんに美味しいコーヒーの作り方を教えてあげようと思っていたんだ。
橋の上に知ってる背中を見つけた。
オレは喜んで走って向かった。
「兄ちゃんだ…!一緒に帰ろっ!」
傍まで行って分かったんだ…
女の人と一緒にいて
キスしてた
「ぎゃああああああ!!」
その瞬間、オレは髪が逆立つくらい鳥肌を立てて叫んだ…
余りの異様な状況に周りの人が立ち止まる程に…大絶叫をした。
オレに気付いた兄ちゃんが慌てて走ってきたけど、オレはそれを振り払って逃げた。
なんで、なんで、なんで…なんで!!
兄ちゃんはオレが好きなんじゃないの…?
あんなに沢山したのに…
オレを…好きにしたのに…
愛してるって言ったのに…!!
オレの全てがガラガラと音を立てて崩れていった。
兄ちゃんの特別である事がオレの生きてる理由だった。
あの人の傍に居る事が…オレの生きる理由だった。
信じられなくて、認めたくなくて、兄ちゃんの顔を見たくなくて…あちこちを転々と泊まって歩いた。
もうお終いだ…
兄ちゃんはオレの事、愛してない…
あの女の人が好きなんだ…
オレの事を愛してないのに…抱いたんだ。
…悪戯されたんだ。
…面白おかしく…オレの愛を弄って遊んだんだ。
「シロ…少し兄ちゃんと話そう。」
「嫌だ」
何度も、抱きしめて、繋ぎ止め様としてくれたのに
オレは兄ちゃんを許せなくて…自分から死んでいった。
「オレの事なんて放っておいて!」
「オレの事なんてどうでも良いんでしょ…?」
「オレがいない方が良いじゃん…」
オレの吐く呪いの言葉は兄ちゃんも、オレも、傷つけて行くのに…止めることが出来なかった。ただ自分の存在が疎ましくて、汚くて、大嫌いだった。兄ちゃんに愛されていない自分なんて、汚いビッチの子供でしかない。汚い生処理の道具にされた可哀想な子でしかない。兄に悪戯された哀れな子でしかない。
もう全てが嫌になった…
そんなある日、チンピラと喧嘩して警察に補導された。
警察署に迎えに来た兄ちゃんは、殴られて腫れるオレの顔を見て酷く取り乱してオレを叱った。
「シロ!刃物を持った人と喧嘩なんかして、もし刺されたらどうするんだ!危ないだろ?もうやめてくれ…!お前にもしもの事があったら…俺はどうしたら良いんだよ…」
オレの肩を掴んで怒るその顔は涙でグシャグシャだった。
痛々しくて見てられないよ…
可哀想で、見てられないよ。
大好きなんだ…兄ちゃん。オレは自暴自棄になってしまったんだ。愛するあなたがオレ以外とあんな事をしているのを見て、おかしくなってしまったんだ…
根底が崩れて、自分を保てなくなって、何も信じられなくなった…
兄ちゃんの心の声も、気持ちも、愛も…分からなくなってしまった…
「…オレ死にたいもん。兄ちゃんに好き勝手にズタボロにされて…オレ死にたいもん…!どうしてしたの?どうして好きにしたの?最低だよ…。オレを傷つけて、弄んで、笑ってるんだろ…?こういうのやめて欲しいなら、もう、オレの前から消えてよ…!」
そう言って手を払いのけた。
その時の兄ちゃんの悲しそうな顔が…ずっと、頭から離れないよ…
ごめんなさい…
その後、あっという間に兄ちゃんは首を吊った。
オレの言葉が…兄ちゃんを殺した。
涙が溢れて止まらない…
目の前の依冬がゆっくりと目を開ける。
涙で曇った目でぼやける彼の目を見つめる。
胸の奥から激情が溢れてきて、口を抑えても嗚咽が漏れて止まらなくなった。
「大丈夫…大丈夫だよ…」
そう言って依冬がオレを抱きしめる。
オレは体を震わせながら依冬の胸にしがみ付いて縋る。
「オレのせいだ…!兄ちゃんが死んだのはオレのせいだ…!!オレがいなきゃ良かったのに…オレが死ねば良かったのに…!!」
激しく揺れるオレの頭を撫でて抱きしめる。
「違うよ…シロのせいじゃない。俺の傍に居て…どこにも行かないで。」
依冬は静かに囁くように、何回もそう言いながら俺の体を抱きしめて揺する。
体を揺らす程の激情を止めることが出来なくて、翻弄される。
「あっあああ…兄ちゃん…!ごめんなさい!ごめんなさい!」
そう言って依冬の腕の中で、感情と一緒に爆発する。
「大丈夫…大丈夫だよ…」
依冬の腕がオレを締め付けて、飛んで行かない様にしてくれる。
粉々になって、消えてしまいたい…
愛してたんだ…!
小さい頃から…ずっと、兄ちゃんだけを愛してた…!
なのに…傷つけて…死なせてしまった。
愛してたのに…
オレが殺してしまった。
暗い室内、しくしくと泣くオレの声が響いて空気を揺らす。
依冬がオレの髪を撫でながらゆっくりと話し始める。
「シロ…落ち着いて聞いて…自分のせいだなんて思わないで…自殺は残された人が一番苦しむ死に方だ…だから、俺はお兄さんを許せない。シロをこんなに追い詰める様に自殺したお兄さんを許せない。何も言わないで、死んでいったお兄さんが許せない。」
オレは依冬を睨んで、彼の胸を強く殴った。
「オレの兄ちゃんだぞ!オレの兄ちゃんを悪く言うな!!許さないぞ!」
「俺はシロの事が大好きだよ。大好きなシロが苦しむのを良い事だなんて思わない。その理由がシロが大好きなお兄さんでもだ。俺はシロを傷つけるもの、全てを許さない。」
依冬は胸の中のオレを見下ろすと、じっと目を見つめて言った。
「俺が守るから、もう自分を責めるのは止めろ。」
そう言った彼の瞳の奥にグルグルのブラックホールが映る。
「やぁだよ…依冬…やぁだ…」
オレはそう言って彼の胸に顔を埋めて泣く。
グルグルのブラックホールの目をした依冬が怖くなった訳じゃない…
兄ちゃんを手放せと言われた気がしたんだ。
兄ちゃんを手放して、前に進めと言われた気がした…
次の日
10:20 依冬の車で送ってもらい寺に到着する。既に健太はあの彼氏と駐車場へきていた。
オレを見つけると2人仲良く車から降りて来た。
「一人で大丈夫。」
オレは依冬にそう言って1人で車を降りた。
「あの人、誰?」
依冬を見て怪訝そうにする健太を無視して、健太に言った。
「これ要らない…返す。ごめんなさい。」
健太を見ないで腕時計を差し出すと、フン!と言って、腕時計を掴んで取って行った。
…偽物なのに。
約束の時間、ぴったりに寺の中に入って行くと、兄ちゃんの時も通った廊下を歩いて、本殿へ行って住職の有難い話を聞いた。
墓に納骨してもらい、墓前でお経をあげてもらう。
先祖代々の墓…と書かれたお墓には、先祖なんて入っていない。
兄ちゃんだけ、入っている。
これからはあの鬼畜も、この墓に入るんだ。
鬼畜の癖に安らかに眠れると思っているのか…あいつは地獄へ行ったんだ。
二度と出て来れない地獄に落ちたんだ。
墓石に書かれた兄ちゃんの没年を見つめる。
兄ちゃん…
「シロ…これ覚えてる?」
住職がいなくなった墓前で、兄ちゃんに線香をあげるオレに健太が話しかけて来た。
顔を上げて健太が手に持った箱を見ると、口を開けて驚いて言った。
「それ…オレの…」
「そう。これはお前の。」
そう言うと、健太はオレに箱を突き出して言った。
「持って行って…?邪魔なんだ。」
オレは箱を受け取って健太にお礼を言う。
「…ありがとう。これ…気になってた…」
胸の前に大事に箱を抱えると、依冬の待つ車の方へと向かった。
…意外だった。
オレの荷物は全て捨てられたと思っていたから…健太がそれを保管していてくれた事が、すごく不思議だった…
車の前でオレの帰りを待っていた依冬は、オレの手の中にある箱を見ると不思議そうに首を傾げて言った。
「それ…何?」
可愛いお菓子の包装紙を張り付けた…オレの宝箱…
兄ちゃんと一緒に作った、オレの大切なものを入れる箱なんだ。
「これ…保管しててくれたみたいだ…」
手の中に戻った、大切なものをしまう”宝箱”を見下ろしてそう言うと、健太を振り返って見た。
彼はオレと目が合うと、真顔で詰め寄って来た。
「その箱の中に兄ちゃんの腕時計がある。お前宛の手紙も入ってる…今、ここで読んで?ずっと気になっていたんだ。早く、読んで。」
え…
兄ちゃんの手紙…?
その言葉に、頭から一気に血が引いて行く…
「シロ、帰ろう。」
固まって動けなくなったオレを見て、依冬がそう言うとオレの手を引いて車のドアを開いた。
その様子を見て、健太は慌てた様子でオレに近づいて言った。
「ちょっと…待ってよ!俺は、手紙の内容がずっと気になってるんだ。だからそれをずっと保管してた。今すぐ読まないなら捨ててくるから返してよ!」
必死の形相で健太がオレの手を掴んで引っ張った。
「やめろ…触るな。」
すかさずそう言うと、依冬は健太の腕をひねり上げて、オレの手を離させた。
「痛っ!なんだよ、こいつ!シロ!」
喚き始める健太の声を聞いても、オレの体を足で蹴飛ばして転ばせても、さっきの言葉が頭の中をぐるぐると回って…何も考えられなくてなすがままに地面に倒れ込んだ。
兄ちゃんの、手紙…
手から落ちた”宝箱“の蓋が開いて、中身がボロリとこぼれると、目の前に懐かしい品々が現れて、目を奪われる。
捨てられないでいたチョコのシール…良い点を取ったテスト、海で拾った貝殻、兄ちゃんの腕時計…水色の封筒…
封筒…
これが…兄ちゃんの手紙…
「…依冬!」
こぼれた物を箱の中にしまい直すと、依冬の名前を呼んで、逃げる様に車に乗り込んだ。
「ふっざけんなよ!ずっと気になってるって言ってるだろっ!!中身を言えよっ!俺が何の為に取っておいたと思ってんだよっ!」
健太がそう言ってレンタカーの窓を叩いてくる。
「レンタカーだから止めて?後、人の物を勝手に取ったらいけない。返してくれた事は感謝します。でも、中身は贈られた本人が知れば良い事でしょう…違いますか?」
車の外で依冬がそう言って健太に詰め寄るのを耳で聞きながら、箱を抱えたまま小さく震えている。
これは、嬉しいの…?怖いの…?
分からない感情がオレの体中を駆け巡ってる。
「兄ちゃん…」
「嫌だ!これは普通の手紙じゃ無いんだ!あいつにだけ残された手紙なんだ!俺たち家族には何もないのに…あいつにだけ残されたんだ!知りたいと思って当然じゃないか!!どうして!兄ちゃんは、こんな時まであいつばかりなんだ!こんなに健気に思い続けてる弟じゃなくて、淫乱のくそビッチのあいつにばかり!」
健太がそう喚くと、鈍い音がして…依冬が弟を殴ったと気付いた。
オレはそれを見ない振りして、箱の中を覗いて兄ちゃんの腕時計を出した。
「あぁ…これだ。これが兄ちゃんの腕時計だよ…?」
そう言いながら、運転席に乗り込む依冬に笑って見せてあげる。
「ふぅ~ん…」
依冬は感心無さそうにそう言うと、何事も無かった様に車をバックさせた。
自分の腕に付けて、ベルトに付いた跡を頼りに兄ちゃんの腕の太さで留める。
「ふふふ…。見て?兄ちゃんの腕の太さだよ?」
オレはそう言うと、自分の手首でブラブラする腕時計を、依冬の目の前にぶら下げて見せてあげた。
「ふぅ~ん…」
相変わらず彼は関心が無いみたいだ…
「うふふ…兄ちゃん…」
オレはそう言って、兄ちゃんの腕時計を付けた腕を抱きしめる。
手紙はまだ見れない。
…怖くて、触れない。
名古屋駅まで行き、東京行きの新幹線に2人で乗る。
依冬が仕事用のパソコンを出してメールチェックをする中、オレは足を抱えて窓の外を眺めていた。
カチャカチャ…とキーボードを叩く音を聞きながら、窓の外を流れる景色を眺める。
腕に付けたままの兄ちゃんの腕時計を指先で撫でて、爪に引っかかる時計の傷を確認して口元が緩む。
あぁ…まるで、兄ちゃんと居るみたいだ…
目を瞑って時計を撫でると、自分の腕にはめてるのに…兄ちゃんの腕を触ってる気になってくる。
「…シロ、向井さんとは、よく会ってるの?」
パソコンに目を落としながら依冬がオレに聞いてきた。
「ん…」
依冬に視線も移さないで、短くそう答える。
「…お兄さんに、そんなに似てるの?」
流れていく景色を背景に、窓に反射する依冬を見つめて、うん…と頷いて答えた。
「向井さんと俺、どっちが好き?」
窓に写った依冬は、そう言うと、キーボードから手を離してオレを窓越しに見つめた。
「…依冬。」
窓に写った彼にそう言うと、依冬はふふっ…と笑っていた。
そして、またパソコンに目を落とすとカチャカチャ…とキーボードを叩き始める。
何だかさっきから、体が怠いんだ…
沢山泣いたからかな、それとも兄ちゃんの腕時計を付けているせいかな…
体が怠くて重い…
「依冬…眠い…」
窓の外を見るのを止めて、依冬の体にもたれかかると、彼の腕に自分の顔を埋めて目を瞑った。
この時間なら、帰ったら店には出られそうだ…
ほんの少し家族と関わっただけなのに、自分の感情に翻弄されて、ひどく疲れてしまった。
「着いたら起こすよ…少し眠ってて…?きっと、疲れたんだ。」
依冬はそう言うと、オレの髪を優しく撫でてくれた。
依冬は昨日彼が言った通り、本当に、オレを守ってくれた…
18:00 いつもの様に三叉路の店にやってきた。
依冬に車で家まで送って貰って、さっきまで寝ていたのに…体の怠さが取れない。
「おはよ…」
オレがそう言うと、支配人が神妙な面持ちでオレの肩を叩いて言った。
「シロ…大変だったな…」
え…?
あぁ…母親が死んだから…気にかけてくれてるのか…
…普通の家庭だと、そうなのかもしれない。
母親が亡くなるなんて…太陽が無くなる様に大騒ぎする事なのかもしれない。
でも、オレの家ではそうじゃない…太陽はもうなくなってる。
…残ったのは、誰が死んでも、どうでも良いくらいのクソみたいな奴らだけだもん…
「ん~。」
オレは適当にそう言うと、味気なく階段を降りて行った。
「あっ…ふふ…ん、ダメッ!や、もう…ウフフ…ん、あっ…あぁ…」
控え室から情事の声が聞こえる。
これから着替えるのに…なんで、今するんだよ…!
ムカムカしながらドアを開けると、楓と知らない男がコトの最中だった。
「楓、他所でやってよ!オレ、支度がしたい!」
柄にも無くそう怒鳴ると、オレは鏡に向かってメイク道具を放り投げた。
慌てて服を着る楓と男を他所に、オレはメイクを始める。
沢山泣いたからか…目の周りがシャドウを付けたように赤くなっている。
あぁ…これを見て支配人は同情したのか。
優しいんだな…
男を見送った楓が慌てて戻ってくると、オレに両手を合わせて謝って来る。
「シロ~ごめんね!」
「ああいうのは他所でやってよ!!ここは働く所なんだ!」
注意した声に余裕が無いのは疲れてるせいかな…
さぁ、今日は何を着ようかな…
19:00 店に出ると、向井さんが来ていた。
オレは堪らなくなって、カウンターまで走って行くと彼に抱きついて甘えた。
兄ちゃん…兄ちゃん…
そんなオレの様子に驚いた向井さんは、顔を覗き込むように体を屈めて言った。
「…お母さんの事、大丈夫だった?」
あんな奴…どうでも良いんだ…
向井さんの視線を避ける様に彼の胸に顔を埋めると、ぼんやりと心臓の音を聞きながら言った。
「ん、どうでもいい…」
なんでだろう…今日は妙に怠くて、気が荒いんだ…。
このままずっと、何も言わずに、抱きしめててもらいたい…
「…今日は随分、甘えん坊だね…どうしたの?」
優しい声と優しい手付きでオレの髪を撫でてくれる彼に満足すると、彼の足の間に体を滑り込ませてキスをした。
何だか…今日の彼の舌は、やや…冷たい気がする。
いいや…オレが熱いのかな?
吐きだす吐息が彼に跳ね返って自分の頬を撫でると、やや熱を感じるんだ…
ぼんやりしながら彼の股間を弄り始めると、彼は驚いた表情でオレのおでこを触って言った。
「シロ…熱いよ…?」
確かにオレは熱っぽい…なんだか、気怠いんだよ…
それは兄ちゃんの腕時計をゲットして、高揚し過ぎたんだと思ってた。
オレは向井さんの肩に手を置くと、彼の顔をまじまじと見て首を傾げる。
「え…?」
二重に見える彼の顔を見て口元が緩んでわらけて来る。
だって…とっても心配そうな顔してるんだもん…
「シロ、熱…出てるよ?」
向井さんがそう言うと、視界が斜めに傾いて目の前の彼の驚いた顔が見える。
ふふ…変な顔してんな…と思いながら…意識がなくなった。
音のしない、静かな部屋
ぼんやりした重たい頭を動かして辺りを見回すと、自分の手を持ち上げて、開いたり閉じたりしてみる。
自分の体よりも大きな…知らない長袖を着ていて、肌触りが異様に良くてすぐに気に入った。
ここが、誰の家かは…すぐに分かった。
ベッドから降りると、思う様に動かない体をフラフラとさせながら、誰かを探す。
兄ちゃん…
キッチンで腕まくりしながら何かをしてる姿が見えて、そちらに向かって歩いて行く。
「シロ、寝てないとダメだ!」
慌てた様子でそう言うと、駆け寄る様にして体を支えてくれる。
「結構熱が高いから、これ以上上がりそうなら病院に行くよ?だからちゃんと寝てて?」
オレをベッドに寝かせると、タオルで巻いたアイスノンを頭の下に敷いてくれた。
「熱…でたの?」
心配そうに覗き込む彼が
兄ちゃんに見えて…手を伸ばして頬を撫でた。
…なんだ、死んでなかったんだ…
「にぃちゃん…そばにいて…」
オレがそう言うと、兄ちゃんはオレの隣に寝転がってくれた。
おでこをさすってキスをくれる。
あぁ…兄ちゃんだ…
頭が痛い…体が怠い…口が乾く
でも、兄ちゃんが傍に居てくれるから、良かった…
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