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第16話
18:00 三叉路の店にやって来た。
店の前で楓が男といちゃついてる…
ま~た、馬鹿みたいな顔の男をよく見つけて来るもんだ!
そういう馬鹿が集まる場所があるのかい?
道路の隅とか、ホームセンターの隅とか、夜のコンビニの前とか、朝のパチンコ屋の前とかさ…。
「楓、おはよ。」
顔も見ないで声だけ掛けて店の中に入る。
エントランスの支配人に声をかけて階段を降りると、鏡の前に座ってメイクをする。
表情が曇って暗い…眉間にはしわが寄って、目つきも悪い。
勘弁してよ…ただでさえ、細い目なんだ。
これじゃ悪人面だよ?
依冬の事…引きずってるんだ…
「はぁ…」
深くため息をついて項垂れると、楓が葉っぱを吸いながら控室に入って来た。
って言うかさ…支配人にバレなかったの?
怪訝な顔で彼を睨むと、オレの目の前にかざして言った。
「…シロたんも一口、吸う?」
「うん…」
オレは口を開けてそれを咥えると、タバコを吸う様に吸った。
「シロたん、もっと吸って?」
楓の声にオレは2、3回、深く吸い込む。
この程度だったら少しハイになるくらいだ…
暗い気持ちでステージに立ちたく無かった。
だから、オレは言われるままに葉っぱを吸った。
おかげで少し気分が楽になる。
どうでも良い事を断捨離してくれたんだ、きっとそうだ。
「楓、それ見つかったらクビになるよ?」
オレはいつまでも煙を燻らす楓に鏡越しに忠告した。
既に室内は煙たいくらいになってる。
カーテンの向こうに漏れるんじゃないの?
「ふふ…シロはお利口さんだね?僕は悪い子なの。だから前のとこもクビになったのかなぁ…」
お前の見る目の無さには驚かされるよ。
きっと前の所も、馬鹿な男がらみでクビになったんだ。
葉っぱを寄越すような男と付き合って、全く…馬鹿だよ。
頭の中で悪態をつきながら、服を脱ぐ。
さて…今日は何を着ようかな。
衣装のかかったハンガーラックに手を伸ばして、ビビッと来るものを探す。
「シロ?」
パン1のオレの背中にしなだれかかって、楓が甘い声を出す。
「楓、離して。」
オレはなるべく刺激しない様に静かに、お願いした。
「この前来た彼氏がね?シロの事、気に入ってさ~。きっとすごく気持ち良いって言うんだよ~?」
オレの体を撫でる楓の手がいやらしく動く。
「試しても良い?」
耳元でそう言うとオレのパンツに手を入れてモノを扱き始める。
「楓!やだ!離してっ!」
前屈みになって、体を捩って抵抗する。
180㎝を超える楓に覆い被さられると、細身とはいえ、まともに抵抗すら出来ない様で、オレはあっけなく楓に扱かれ始める。
「かわいい…確かに可愛いね。シロ?口でしてあげるよ?僕、上手だから!」
「ま、待って!」
楓はそう言うと、オレをソファに連れて行き強制的に座らせた。
必死に抵抗しようとすると、頭の上から細くて長い手が伸びてきて、体を押さえつけられてしまった。
「待って!楓!」
オレの声なんて聞こえないみたいに、楓は楽しそうに鼻歌を歌いながら、オレのパンツを膝まで下げて顔を沈めて咥え始める。
両手を抑え込まれたオレは、ただ楓のフェラを耐えるしかなくなった…
「シロ、かわい…気持ち良くなってるよ?早く声が聞きたいよぉ~!」
完全にハイになってる楓のフェラは止まらない。
ねっとりとオレのモノを舐めたり口で扱いたりしてくる。
気持ち良くなっちゃう…!
「楓…やめて…んっ、ぁあ…!楓!怒るよ…やめて…んっ、はぁ…ん、やだ…」
すっかり反り立ったオレのモノを激しく口で扱き始める。
イカせる気だ…ハイになって、本能レベルで、イカせる気なんだ…
きもちいい…やばい…イッちゃいそう
オレはまんまと楓のフェラに感じまくっていた。
「シロの声かわいい…僕の挿れたくなるよ~?」
楓はそう言うと、ケラケラ笑って自分のズボンを下ろし始める。
マジかよ!
「シロ~?もう19:00だよ?」
時間になっても現れないオレを不審に思ったのか、支配人が扉を開けて入ってきた。
「おい、何してんだ?」
支配人のマジ声が部屋に響く。
煙った室内と腕を掴まれたオレ、ズボンを途中まで下げてケラケラ笑う楓。
これだけ見たら十分何があったのか、分かるか…
「お前、ふざけんなっ!何してんだよっ!」
そう言って楓をオレから引き剥がすと、怒って顔を赤くしてる。
お爺ちゃんなんだ。
…あまり怒ると、血圧が高くなりすぎて脳梗塞になっちゃうよ…
「楓…ハイになってるだけ…いつもは良い子だよ…?」
オレはそう言ってヘラヘラ笑う楓と、怒り心頭の支配人の間に立って、この状況を何とか丸く納めようとしていた。
けど…自分の勃起したモノを見ると、無性におかしくなって、裸で笑い始めた。
「あっはははは!あははは!んふんふ!だはははは!!」
オレが笑うと楓も笑って、一緒にケラケラ笑い転げた。
支配人はオレも室内にいたから煙を吸ってハイになってると思ったみたいで、黙って膝に引っかかっていたパンツを上げて履かせてくれた。
まるでお父さんみたいで…また大笑いする。
「あははは!痛い!腹が~痛い!!パパが…パパが…おパンツ履かせてくれた~!」
「ギャハハハ!!」
オレが支配人を指さしてそう言って笑うと、楓が一緒になって大笑いする。
煙を逃す為に扉を開けたり閉めたりする支配人がおかしくて指を指して笑う。
「ぐいーん!ぐいーん!ってしてる!!ウケる!パパ!パパが…グイングインってするの!!なんで!?」
「ぎゃはは!あれは~、ドアじゃ無いんだよ?シロ?あれはアコーディオンだ!」
楓のその言葉を聞いて、支配人のドアを掴む手がアコーディオン奏者のように見えて、見えないアコーディオンを想像して大笑いする。
「ぐふふふ!だめ!ダメだよ?だめ!だははは!だ~ははははは!!」
何弾いてるの?何の曲を弾いてるの?
腹が痛い…!!よじれる!
この動きから、アコーディオンなんてワードが出て来るなんて…この子は大したもんだ!
オレは謎の感心を楓にして、彼を見直した。
店内ではカーテンの裏がすごい盛り上がってると思われたに違いない。
しばらく経つとまどろみ始めて、オレは楓と向かい合って床に横になった。
「ねぇ?楓のフェラ気持ちよかったよ…?」
綺麗な顔の頬を触って撫でる。
楓は気持ち良さそうに首を伸ばすとフニャッと笑って言った。
「シロの声もかわいかった…」
クスクスと笑って、ぼんやりとまどろむ。
「変な男に引っ掛かったらダメだよ、楓。お前はすごく綺麗で素晴らしいのに…葉っぱを渡す様な男と付き合うなんて…間違ってる。」
楓を抱き寄せて言った。
猫みたいに体を丸めてオレに抱きしめられる楓は、小さい子供みたいで…対極する様な状況にいる事が、ひどく悲しかった。
純粋な事は、良い事じゃない。
夜の街では、純粋なんて…無防備で馬鹿だという事なんだ。
すぐ傍にある誘惑に簡単に落ちてしまうから、心が少しぐらい汚い方が良い。
疑って、自分を守れる、賢さが無いと生きていけない。
悪い場所と良い場所…そのギリギリを行って…なんぼの世界なんだ。
だからこそ、純粋な彼が…とても綺麗に見えるのかもしれない…
目の前で眠る楓を見つめる。撫でる髪さえ美しく見えてくる。
葉っぱの効果も切れ始めて、意識がはっきりしてきた。
オレは寝転がる楓にひざ掛けをかけて、衣装に着替えると店内へ向かった。
「シロ!お前!葉っぱなんて吸って!俺の前だけで吸えっ!」
どう言う事だよ…
オレはそう言ってプンプン怒る支配人に近付いて聞いた。
「ね、楓を首にしたりしないよね?あの子は馬鹿な男に引っかかっただけなんだよ?悪いのは葉っぱを渡した奴だ。そうだろ?」
「フン!今日のステージ、穴を開けたら許さないからな!」
支配人はムスッとした顔でそう言うと、待たせたお客に笑顔を向けて、オレに向けて手のひらでシッシとした…なんだ!もう!
店内へ移動して階段を降りながら辺りを見回す。
今日は随分と開店からお客が多いな…
「随分と楽しそうだったね~?」
常連さんがそう言って笑いかけて来る。
やっぱり聞こえてたんだ!
オレはテヘペロしながら言う。
「ちょっと、面白い事があってね…」
DJに曲を渡して、急いで来た道を戻る。
今日はやけにお客が多い…
隙間をぬう様に階段へ向かう。
楓はダウンしちゃった…きっと、もう起きない。起きても使い物にならない。
今日はオレが3回のステージをこなさないと…穴を開けたら…楓が首になっちゃう!
「シロくん!今日も来てるよ~!」
元気な掛け声と共に腕を掴まれてビビった!
…なんだ、陽介先生だ。
オレを見つめるキラキラした瞳が、この場に相応しくないね…まるで恋する少年の様だ。
「先生ごめんね、ちょっと急いでるんだ。後で必ず顔出すから…手、離して?」
最大限のぶりっこをしてそう言うと、陽介先生は鼻の下を伸ばして簡単に放してくれた。
先生やばいよ…こっち側に来てんじゃん…
オレの手を掴んだ陽介先生の手付きに、若干の変化を感じた。
くわばらくわばら!
「なぁんで、あんなに人が多いのぉ?立ち見客まで出てんじゃん!」
オレはそう言って、お客をまだまだ入れ続ける支配人に物申す。
「シロ、今、忙しい!」
こんなに入れて、どうするんだ…
まるでハロウィンの時のような盛り上がりじゃないか…
初めてのお客さんがオレを物珍しそうに見てる。
見せ物じゃねぇぞ?まだ、今は、見せ物じゃねぇぞ?
「…あの子だ…YouTubeの子だ。」
「細い…!男の子だよね?ピンクの髪、かわいい!」
そうだ、男の子だ!今年で21歳になる、成人男性だぞ!
「シロ、何?用なの?早くして、忙しいの…!」
そう言って支配人が隣で呆然と立ち尽くすオレを手で小突いた。
「お前の動画が話題になってるみたいで、お客さんが押し寄せたんだ!3回のステージ、絶対に穴開けんじゃねぇぞ?」
「へぇ…。今日はオレが3回やるよ…。楓は無理だ。」
オレはそう言うと、他人事の様にお客の入りを眺める。
「シロ…サンクス!出来れば…鞭をお願い…!」
支配人はそう言うと、オレに投げキッスをする。
なんだよそれ…
「オレSMはやらないからね!」
そう言い捨てると、控室への階段を降りる。
完全に眠りに入った楓を踏まない様に移動して、カーテンの前にたどり着く。
客層がいつもと全然、違かったな…
若い子が沢山来ていた…
どうする…?踊り方を変えるか?それとも、抑え目で行った方が良いのか?
悩んでも、ビビっても…時間は過ぎて行って、大音量の音楽が流れ始めると、カーテンが開く。
ステージに出ると、まあすごい人だ…金曜日のクラブ並みの大盛況。
もみくちゃになったウェイターが、困った顔でオレを見てる。
こんなに人が入るのはオレの知る限り、初めてかもしれない…
お客がステージのオレを見て、楽しそうに笑ってる。
アイドルじゃねんだよ…
常連客がいつもと違う雰囲気に戦々恐々と身を縮こませてる。
分かるよ、その気持ち…オレも同じ気分だ…
完全にいつもと違う場の空気に、呑まれた。
オレは歩いてポールに向かうと、両手を伸ばして上の方を掴んだ。
ゆっくり逆立ちしてポールを足で挟む。
そのまま腹筋で起き上がってゆっくり回転しながら降りる。
のんけ率の高さがいつも以上だ。
踊りの種類を選択しないといけないのか…?どうすれば良い…?
1回目のステージはウォーミングアップの様に客の反応を見ながらやった。
既に嫌そうにしてる人も何人かいた。
ダンサーが男だろうと女だろうとストリップに抵抗感のある人はいる。
意外と、初めにこういう反応をする人ほど熱心な客になったりするから…人って分からないね。
1回目のステージを終えて控え室に戻ると、急いでDJの所に行った。
客層がいつもと全然違うんだ。
反応が掴めなくて、正直オレには何が正解か分からなかった。
だからあの場にいた客観的な意見を言ってくれる彼に聞きに行った。
「ね、どの路線で行ったら良い?」
「スーパーハード!」
及び腰のオレがそう尋ねると、DJはそう即答してグーを差し出して首を傾げた。
グーをグイグイ動かしながらオレに向かって再び言った。
「ピンクの髪のスーパーハードで!」
…ふふ、ビビんなって事か…
「なんだ、それ…?カッコいいな!」
オレはそう言って笑うと、DJのグーにグーをコツンとぶつけて言った。
「良いね…オレの、スーパーハードをお見舞いしよう…!」
そうだ、これはオレのステージなんだ。
大勢の客にビビッて路線を変えるなんて…ダサいじゃないか。
好きに踊ればいいんだ。
それが受けるか受けないかなんて…オレの知ったこっちゃないんだ。
嫌なら帰れ。
それだけだもんね…?
妙にスッキリすると、今日はズルしてステージの上から控え室へと戻った。
だって、人が多すぎなんだ…歩けないよ。
気を持ち直したオレは、衣装を新しく選び直した。
「うん。これにしよう…!」
今日は人が少なくなるまで店には出ない。だって怖いんだもん。
着替えを済ませて、床で眠る楓を愛でる。
「ほんと…美人だな…」
指で突くと、ちょっと眉間にしわが寄るのが面白い。
「ツンツン…ツンツン…ププ…」
2回目のステージはハードに行く。
衣装は繋がったボンテージだ。
ボンテージの生地はポールに引っ付くから、回るのがしんどいんだ。
カーテンの前に立って深呼吸する。
「にいちゃん…」
不意にそんな声が聞こえて振り返ると、楓が寝言を言ったみたいだった。
…あぁ、お前も、お兄ちゃんがいるんだ…
どんな人なの?
こんな美形の兄ちゃんなんだ…きっとめちゃめちゃイケメンなんだろうな…
手首と足首をグルグル回して、首をぐるっとゆっくりと回して深呼吸する。
カーテンの向こうから大音量の音楽が流れ始める。
よし…まずはハードに行こう!
カーテンを自分で開けてステージに向かう。
曲はオレの大好きなマリリンマンソンだ!
音楽に合わせて膝をつくと、腰を緩く動かして目の前の男の子を見つめる。
視線をそらしてもダメだよ?
君はこんなお店に来てしまったんだから…
見に来たんだろ?オレのストリップをさ…
だったら…ちゃんと見ないとダメじゃないか…そうだろ?
四つん這いになって、顔を反らす男の子の頬を撫でると、にっこりと笑いかけてあげる。
彼の目の前で手を後ろに付くと、体を仰け反らせながら派手に腰を振って見せつけてあげる。
どうじゃ!これが、わしのストリップじゃ!
しなだれる様に仰向けに寝転がると、膝を立てて腰を浮かせて行く。
セックスを想像させるような腰の動きをして、口を開いて喘ぐと、ゴロンとうつぶせに寝転がって、お尻だけを突き上げて行く…
膝を思いきり広げて体を起こすと、両手を上に伸ばして、綺麗に見える様に手をくねらせて動かす。
見て?艶めかしいだろ?これは…わかめだよ?ふふっ!
反動を付けて回転しながら立ち上がると、ポールに軽やかに体を巻き付けて行く。
ほら、見て?重力を無視したオレのポールダンス…
エッチで、かっこいいだろ?
音楽に乗って頭を揺らしながらポールを回ると、だんだんと気分が乗って来る。
気持ち良いな…クラクラする~!
脇の下と太ももでポールを固定すると、しゃちほこの様に体を仰け反らせていく。
もっとだ…
顔を真上に向けると、頭に足の先がチョンとついた。
もっとだ…
足の裏が頭にペッたりつくまで仰け反ると、階段の上から支配人が指笛を拭いた。
んふふ!パパだぁ!
太ももでポールを挟むと、体を仰け反らせながらボンテージのチャックを股間まで下ろして行く…
体を反らして肩から袖が落ちる様に揺らすと、オレの上半身のボンテージが脱げて白い肌が露出していく。
「ああああーーーー!」
ぷぷっ!
初めて聞いたよ…そんな歓声…新しいね。
両手でポールを掴むと、回らないボンテージの代わりに手だけで体を支えて、回転しながら滑り落ちて行く。
「シローーー!」
足でポールを蹴飛ばして、最高に早い回転を付けながら、遠心力で飛ばされない様に美しく回転して、最後の最後で、ゆっくりと太ももをポールに絡めて、止まった。
体を反らして、バク転しながらポールから離れると、ステージの中央へと戻って行く。
見て?そこの女の子…オレの胸筋は、意外と肉厚だろ?
目の前の女の子を見下ろして、ゆっくりとボンテージのチャックを太ももまで下げると、覗いたパンツに浮き出るオレのモノを見せつけて、いやらしく微笑みかけてあげる。
舐めたい?ねえ?舐めてみたい?
彼女を見つめて、オナニーするみたいに股間を撫でると、前屈しながらチャックを全て下ろした。
「シローーー!いけないぞーーー!抜くなら俺で抜けーーー!」
最低だな…本当に最低だ。
ボンテージを全て脱ぐと、膝立ちして体を仰け反らせていく。
自分の体に這わせた指先で、乳首をいやらしく撫で立てて行く。
「シローーー!!つねって!つねってーーー!!」
どうだい?これが、わしのストリップじゃぞ!
見て行け!オレの裸を!目に焼き付けろ!のんけども!
そして、後世まで代々と伝えて行くんじゃ!
ほぼほぼやり終えた感のオレは、常連客の寝転がるステージを四つん這いで移動する。
今日の肌着は黒いボクサータイプの皮パンだから、はみ出たりするのを気にしなくて良い。体になじむから、動きやすいんだ。
「シロ、どうぞ~?」
常連のお姉さんが指で挟んだチップを差し出して、オレに咥えさせる。
そのまま猫の様に後ろに腰を引いてチップを回収しに行く。
「楓の、してーーー!」
どこからか、そんな通なお声がかかるから、オレは声のする方に手を向けてガオー!としてあげた。
「アハハハ!良いぞ!シロ!」
嬉しそうに笑う常連客にウインクすると、ステージを見渡して、苦笑いする。
「あ~あ…」
…陽介先生がとうとう口にチップを挟んで寝転がっているのを発見した。
どうしよう…
オレは悩みながら彼に近づいて行った。
どんどんこの店に…オレのストリップに、慣れて来てしまった陽介先生が心配なんだ。
陽介先生に片膝を立てて跨って座ると、指でピッと引っ張ってチップを取った。
「え…」
そんな悲しい声を出して、陽介先生がオレを見つめる。
足んないの?
仕方が無いな…全く!
そのまま立ち上がって先生を見下ろすと、左足を思い切り後ろに振った。
その動きを見た時の先生の顔が面白くて…
笑いながら先生の上で思い切り体を振り切ってバク宙を飛んだ。
先生の顔の横に左手をつけて、頭の上に足を下ろして立ち上がる。
我ながら格好良く決まった!!
これでフィニッシュだ!
だって、一番歓声が大きかったんだ。
それは、お終いの合図だろ?
「シローーー!かっこいいぞーーー!痺れたぞーーっ!」
常連客が最後の技に興奮して叫ぶ。
まさか、あそこで飛ぶと思わなかったでしょ?
このステージはオレのハードだからね、派手に行かないと。
陽介先生が放心してオレを見てる。ぷぷ…
怖かった…?ごめんね。
大喝采の中カーテンの奥へと退けると、体に着いたチップをまとめて取って、鏡の前に置いた。
「はぁ…疲れた…」
ひとり椅子に腰かけて、天井を仰ぎ見ると、グーグーといびきが聞こえて来る…
「ふふっ!」
楓はとうとう小さくイビキをかきはじめた。
こんなに沢山寝て…家に帰った後、寝られなくならないかな…そう心配して、楓の鼻に指を入れてみる。
次の衣装はどれにしようかな…何を踊ろうか…
楓の髪をいじりながらぼんやり眺める。
寝顔が…かわいい…
騒がしい店内の音が漏れ聞こえる静かな控え室で、オレは背中を丸めて楓の鼻をまた弄って1人で笑った。
だって、ムズムズする顔が可愛いんだ…堪らなく、可愛くて、またしちゃうんだ。
スーパーハードを目指す3回目のステージは、私服で踊ろうと思う。
黒のダメージジーンズとぶっかいTシャツ…そして、裸足の足だ。
下着まで私服にした。水色の水玉ボクサーパンツなんて、生活感あるだろ?
服だからポールで滑ったら、顔面いくな…まぁ良いか…血も映えるだろ?
次のステージまでの暇な時間、楓の上でアラベスクをする。
たまに前に倒れては楓のおでこをツンと指先で触る。
まるでドリンキングバードの様だ!それとも、ししおどしかな…?
両足を床に下ろして、片足を滑らせながら開脚する。
前傾に体を倒して両手を前に持って行く。
手首をクロスさせて…白鳥のポース!
「ふふ…オレがやったら、白鳥じゃなくてカラスになっちゃうな…」
そう呟きながら、翼を広げる。
あぁ…綺麗だ…
あっという間に最後のステージの時間になる。
「もう行こう…」
1人そう呟くと、カーテンの向こうへ歩いて向かった。
音楽も照明もまだ普通の、いつもの店内だ。
オレの登場に驚いたお客がこっちを見るけど、そのままステージの上にあぐらをかいてお客に笑顔を向ける。
スカのリズムが荒れ狂う曲が流れ始める。
腕を前に着いて、あぐらの状態からゆっくり逆立ちする。そのまま体を反らして足をつけて体を起こす。
ほら、私服の方がグッとエロく見えるだろ?
Tシャツがめくれて見える肌は、チラリズムの基本なのかな…?
女性客の食いつきが良い。
そのままポールに近づいて木をよじ登るみたいに足の指を使って、ゆっくり登っていく。上で体を反らして回って、ポールを掴む手を持ち替えると、そのまま顔を下に向けて一気に滑り落ちた。
女の子のキャッ!て声が聞こえた。オレも内心キャッ!だよ…?
やっぱり…ズボンのせいでグリップが利かなくて、思った以上に顔面スレスレに落ちた。怖いよう怖いよう。顔面がぺしゃんこになる所だった!
気を取り直して、今度は上の方に手を持ち替えて、体を仰け反らせて回る。
足で反動を付けて、強くスピンする。
回る~回る~よ、オレは回る~!
Tシャツを普通に脱いでステージに放り投げると、手を伸ばしてさらに上の方を掴み、反動を付けてもっと上の方へと上っていく。
体を上手に使って、腕から足、足から腕…とポールを掴んで上まで上る。
逆さにぶら下がってズボンのチャックを開くと、動きやすくなった股関節を存分に解放させるように足を上下に開いた。
両手だけで体を固定して、上に上げた後ろ足で頭をチョンと触ると、もう片方の足をポールに添えて舵を取る。
腕が死ぬ。
でも、綺麗なんだ…まるで重力を感じさせない。
ポールダンスのこういう技が、綺麗で好きなんだ…
キツイよ?キツイけど、見ている人には伝わらないからね。
背中と太ももでポールを挟んでゆったりと回ると、一気に加速させて下まで回って降りて行く。緩急と体の動きを咥えるだけで、さも凄い技をしている様に見えるんだもん。回転って…大事だね?
音楽に合わせてポールの下まで降りると、決めポーズを取って拍手を頂く。
「ふふ…!」
体をポールにもたれてズボンを半分だけ脱ぐと、膝まで降ろしたズボンがオレの水玉パンツを覗かせる。
ほら、オレの部屋着だぞ?
「シローーーー! ︎抱いてぇーーーー!」
水色の水玉パンツの効果だ…
そのままポールにファックするみたいに腰を動かすと、女性の歓声が沸き起こる。
何だろうね…
このズボン少しだけ下げてファックするの…女性の憧れが詰まってるのかな…?
半分だけっていうのが、良いのかな?そそるのかな?
オレは試しに半ケツを出しながら床ファックしてみた。
「きゃーーーーー!!良いーーー!」
そうなんだ!
女性は、半分が好きなんだ…覚えておこう。
確かに、女性客の多い店のランチメニューにはハーフ&ハーフなんてあったな…やっぱり半分が好きなんだ。
チップを咥えたお客がステージに並び始める。
「ん~、ありがとう…」
可愛く笑顔でそう言うと、手渡しのお客には水玉パンツに挟んでもらい、口を向けてくるお客には口で受け取っていく。
先生…また寝転がってるね…口には大量のチップが咥えられている。
投資じゃないか!これは、まるで投資じゃないか!
オレは陽介先生を二度見して驚きを露わにした。
へぇ…すごい量だね…ざっと3万円分ありそうだ。
今度はどんな怖い目に遭いたいのさ?
オレをチラチラ見る陽介先生の元に、ニヤニヤしながら近付いて行く。
「こんなに沢山…良いの?」
そう言いながら陽介先生の頭を挟む様に膝を着くと、お腹に顔を置いて腰を引いていく。体に乗せた手で体に触れて、指先でなぞりながら腹から胸、首元から顔まで指先を滑らせる。
あぁ…良い筋肉だね…堪んない。
最後に頬を両側から掴んで唇に軽く触れる様にチップを咥えた。
オレを見つめる目が、完全にうっとりしてて…可愛い。
レッスンに響かないなら上客の出来上がりだね。
前屈しながらゆっくり立ち上がると踵を返してステージ中央に戻った。
時間が余ってしまったので、理由もなく腕立て伏せを何回かして、女の人を抱いてるみたいに、腰を動かして床ファックしてみた。
「シローーー!! ファックしてーーー!!」
嫌だね!オレは大人しくて、眼鏡をかけた巨乳が良いんだ!
こんな店に出入りするような悪い女なんて嫌だ!
図書館にいるような、優しそうな巨乳の女が良いんだい!
その気持ちを乗せて、体を捩りながら1回転して立ち上がった。
フィニッシュだ!今日のステージもこれで最後だ!
女性の食いつきが良くて良かった。
オレ、今日、頑張ったよね…?
控え室に戻り、楓の隣に倒れる。
体中が痛い…
明日、絶対、筋肉痛だ…
「凄いな、頑張ったじゃないか!」
支配人が控え室まで来てオレを抱きしめて誉めてくれる。
彼の興奮具合から分かった…どうやら、思った以上に大盛況だったようだ…
今がチャンスと、オレは手を合わせてお願いした。
「楓の事、クビにしないで…!」
オレの言葉に苦々しい顔をして、支配人は楓とオレを交互に見る。
「…分かった。でも、次は無いからな!」
そう言うと、支配人は寝ている楓を一発、蹴飛ばした。
そういう所だよ?
…夜、働く奴の怖い所、そういう所だよ?
只のジジイの顔してるかと思ったら、簡単に暴力振るうんだもん。
全く、やんなるよ…
「今日だけお前のドリンクは全てタダだ!俺の驕りだよ?感謝してフェラチオしな?」
最低だろ…本当に最低なんだ。
そう言ってうつ伏せに寝転がるオレの桃尻を揉むと、颯爽と控室から出て行った。
あのジジイは、最低だ…
でも、怒る事も、文句を言うことも出来ない…だって、めちゃくちゃ疲れたんだ。
体中が痛い…きっと、乳酸が出てる…
クタッと体が死んだ様に床に沈んでいく中、楓のいびきを聞きながら口元だけ緩めて笑った。
どのくらい休憩したか…時計を確認すると、そろそろ閉店になってしまう。
律儀なオレは陽介先生に会いに店内へ向かった。
約束したからな、仕方ない…
オレが現れると店内はわぁっと盛り上がった。
もうすぐ閉店だというのに、この大勢の人たちはどうするの?
タクシーで帰るの?それともどこかに泊まるの?
2時も近い店内は、まだまだ人が多かった。
「シロ、最高だった!」
「シロかわいい!お姉さんの所においで!」
うわ…すごいなぁ…
もみくちゃにされて、おっぱいにあたる。
チップを貰って、おっぱいにあたる。
今日はよくおっぱいにあたる日だ…嫌じゃないよ?大好きだ。
その気になった女の子や、その気になった男の子に絡まれながら、チップを貰って歩いて行く。
なんとかカウンター席まで来ると、目の前に向井さんが座っていた。
兄ちゃん!
手を広げる向井さんに抱きついて甘えると、彼の胸に顔を擦って甘ったれた声で言った。
「疲れたんだよ?偉かったんだよ?褒めて~?」
オレがそう言うと、向井さんがクスクス笑ってオレの髪を撫でてくれる。
「いつの間にか髪色がピンクだね?可愛いじゃないか…。良く似合ってるよ?」
その声が、その手が、いちいち優しくて、うっとりしながら彼の胸の中に抱かれる。
「楓が寝ちゃったから…オレ、1人しか居なかったんだよ?偉い?頑張ったでしょ?しかも、今日は大入りで、サービスしまくったんだ。いつもよりも多く回ったり、いつもより多くエッチにしたりしたんだよ?ねえ、ねえ、偉いだろ?」
向井さんの顔を見上げて、しつこいくらいに何回もそう言うと、彼はオレを見下ろして瞳を細めて言った。
「偉かったね…」
やっと、褒めてくれた…!
もっと早く言えば良いのに…!もったいぶるのが好きなんだ!…これは一種の性癖だ。
「もっと言って…?もっと、もっと褒めてよ~!」
オレがグズグズに甘えてると、オレを見つめる陽介先生と目が合った。
「う…」
ニヤニヤした顔でオレを見てるから、一気に居心地が悪くなる…
オレは向井さんから体を離すと、取り繕う様に、乱れた服を手で直しながら言った。
「…陽介先生さぁ、日に日に慣れてくるのほんとに心配だよ?このまま通い続けると、ゲイになっちゃうよ?」
呆れ顔をしながらそう言うと、陽介先生の隣に座って、マスターにビールを注文した。
「シロ!バク宙すごく綺麗だったよ!あれ、あの正確さでなかなか決まらないよ?やっぱりオレの嫁は凄いわ…しなやか、かつパワフルだわ…!」
そんな陽介先生のバク宙講義を聞きながら、向井さんを見つめる。
彼もオレをたまに見て微笑みかけてくる。
早く、彼に、甘ったれたいな…
まだ足りない…もっとグズグズに甘えたいんだ。
体が溶けちゃうくらいに甘えてしまいたいんだ。
「ね?だからあの状態でバク宙するって、めっちゃ高度なんだよ?わかる?」
「分かんないよ…先生を踏んでも良いと思ってやったんだよ?」
わざとそう言って先生を煽って笑う。
陽介先生は表情がコロコロ変わるから、からかうと面白いんだ。
「そういえば先生、沢山チップくれたね。ありがとう~!」
オレがそう言うと、陽介先生はキリッとした顔になって言った。
「嫁の為なら…何でもするさ!」
陽介先生がそう言ってキメポーズを取ると、マスターがクラッカーを鳴らす。
まただよ…まただ。
あんたらデキてるの?それとも、コンビなの?
偶然だとしたらすごい確率だよ…?
「シロ…」
「ん~?」
誰かに声を掛けられて、オレは返事をしながら笑顔で振り返った。
「あ…依冬…」
そこには依冬と…彼の新しい彼女がいた。
こんな所でデートするなんて…最悪だな。
依冬は悲しそうな顔をしながらオレを見つめてる。
「先生?オレ、もう帰るね…疲れちゃった。」
オレはそう言うと、陽介先生の頬にキスをして席を立った。
依冬に気を取られて、常連客にする様にキスをしてしまった…うっかりした。
「…うん。気を付けて帰るんだよ…?」
紳士的にそう言った陽介先生の顔は、デレデレに伸びていてブスになっていた。
「依冬、来てたんだね。オレ、頑張ったでしょ?」
依冬に視線も当てないでそう言うと、向井さんを見て言った。
「ねえ、もう帰ろう?」
じゃあね、と言って依冬の脇を通り過ぎると、胸が痛くなって、何だか悲しくなった…
荷物を取りに控え室に戻ると、床で伸びたままの楓を見下ろした。
あぁ…起こしてやらないと…
しゃがんで楓の体を優しく揺すると、小さく呻いて目を開けた。
「シロ…おはよ~。…あれ…泣いてるの?」
楓が驚いた顔をしてオレの頬を撫でてくれる。
「うん…楓が、かわいくて泣いたの。」
オレはそう言って笑うと、荷物を手に持った。
この窮地を逃げずに乗り切ったのに…
最後の最後で、目の前に現れた依冬に動揺してホロリと涙がこぼれてしまった。
「楓、先に帰るね…」
そう言って控室を後にして、階段を上る。
エントランスでオレを待っていた向井さんに駆け寄って、腰に手を回して抱きつく。
逃げて行かない様に…きつく抱きしめる。
兄ちゃん…
「ねぇ、オレの家に送ってって…」
顔を埋めたままそう言うと、頭の上で、良いよ。と聞こえた。
優しく髪を撫でられて、体の力が抜けていく気がした。
「疲れた…」
オレがそう言うと、向井さんがオレの前に背中を向けて言った。
「おんぶしてあげようか?」
おんぶ?…ダサいじゃん。
2人っきりならしてもらうけど、今は良いや…
オレは首を振って向井さんの手を握って言った。
「今日ね、楓が葉っぱを持っててハイになって寝ちゃったんだ。オレも少し貰ったけど、寝ないで頑張ったんだよ?偉いだろ?」
褒めてもらいたくてそう言うと、彼は驚いた顔をして言った。
「危ないよ?」
渋い顔をしてオレを覗き込むと、真剣な口調で言った。
「どこから手に入れたか分からない物は使わないで?何が入ってるか分からないから…危ないんだよ?もし欲しいなら俺が持ってきてあげる。良いね?」
そう言って助手席のドアを開けると、心配そうな顔でオレを見下ろした。
持ってきてあげるって…なんだよ。
あんたが一番危ないよ?
「今日の1番良かったところは~?」
助手席に座って運転席の向井さんに甘ったれる。
「全部好きだけど、1番を決めるなら…先生の上をバク宙した時かな?あれは痺れたなぁ~。」
「でしょ?んふふふ!」
暗い車内に向井さんの楽しそうな声が響く。
こんな声、出すんだ…すごく楽しそうに聞こえる。
「シロは運動神経が良いんだ。こんなに細いのにパワフルに動けるんだもんね。」
彼はオレの体を撫でると、細さを確かめるみたいに腕をギュッと握った。
オレは、んふんふ笑って彼の腕に掴まれて喜んだ。
「ところで…」
そう言った声の調子が、さっきと違ったから、何となく…何を聞かれるのか察した。
「…依冬君と、何かあったの?」
そう言ってオレの反応を確かめる様に首を向けるから、オレは彼の顔を見て言った。
「…ん、よく分かんな~い。」
「そう…困ったら言うんだよ…?」
そう言った向井さんの言葉に、うん。と短く返事をして、彼の腕に頭を付けて甘えた。
彼があれこれ聞いて来ない人で良かった…
自分でも良く分からない感情を人に説明するなんて…無理だもん。
向井さんの腕がハンドルを切る度に動いて、オレの頭が揺れる。
柔らかくてあったかい彼の腕に頭を押し付ける。そのまま頬ずりして、彼の腕にしがみ付いた。
この人が…優しい。
あっという間にボロアパートの前に着いて車が停まった。
「ありがとう。またね?」
そう言って彼にキスすると車から降りて、ドアを閉めた。
疲れたな…早く寝よう…
階段を上りながら、ふと、後ろを振り返ってみる。
「あ…」
彼はまだ車を出さずに、オレの様子を見ていた。
玄関の前で鍵を出しながらまた視線を送ると、彼の車はさっきと同じ場所に停まっていた。
「まだ…見てるんだ。」
部屋の中に入ると、やっと車が走り出す音が聞こえた。
…兄ちゃんが六本木ヒルズに帰った。
オレは口元を緩めて笑うと、床に置いたままのトラの抱き枕が入った袋を持ち上げた。
これで寝てみよ…きっと良い夢が見られるに違いないんだ。
しかし、ジャストサイズの袋はなかなか虎の抱き枕を出させてくれなかった。
「…ん、なぁんで?なぁんで!こんなにキツキツの袋に入れたんだよ!」
疲れのせいでちょっとおかしくなってたんだ…
袋を足で抱えて、トラの抱き枕を必死に引っ張りながらゴロゴロと暴れていた…
もうダメだ!破るしかない!
そう思って両手に掴んで袋を引き千切ろうとするけど、
「ん、なぁんで?なぁんで!こんなに硬い袋に入れたんだよ!」
ダメだ!全然取り出せない!
無駄に丈夫な袋に腹が立つ!
血圧だけ高くなって、何の成果も得られなかった…敗北した…
コンコン
向井さんかな…?それとも、騒音のクレームかな…?
こんな夜更けの訪問者に警戒しつつ玄関をゆっくり開いた。
「うあっ!」
玄関を開ききる前に、依冬が体を入れて強引に部屋に入ってきた!
お父さんにそっくりな事するんじゃないよ!
オレは驚いて目が点になる…そんなオレを見下ろして、依冬は言った。
「シロ…ちょっと話せない?」
「オレ、もう、疲れてるから…帰れよ!」
ちょっと話せない?なんて状況じゃないだろ?無理やり侵入してきて…全く!
依冬はいつもそうだ、初めて会った時もあんな状況で連絡先を聞いて来たり、ちょっとおかしいんだ!
喧嘩腰のオレとは違って、目の前の彼は落ち着いた様子でオレを見下ろしている。
そっと依冬の腕が伸びて、オレの背中を撫でる。そのまま、ギュッと抱き寄せられて、彼の体に自分が埋まっていく。
あぁ…あったかい。大好きだよ…
「やめろよ…なんだよ!」
オレはそう言って、依冬の胸に両手を置いて、彼を押し退けようともがいた。
彼は変わらずあったかくて気持ち良いのに…
「シロ、ごめんね。ごめん。許してよ…」
縋るような声を出して、依冬がオレをきつく抱きしめる。
胸が痛いよ。
押し付けられる彼のスーツから、彼の匂いじゃない香水の匂いがした。
それは多分、あの女の子の香水の匂いなんだ…
頭に血が上って…真っ白になる…
「やだ!くさい!変なにおいするから!やだ!」
抱きついたの…?抱きしめたの…?どうして?こんなに匂いが付いてるの?
オレは顔を上げると怒りながら依冬の頭をペシペシと叩く。
「シロ、どこにも行かないでよ…」
依冬はオレの首に顔を埋めて首筋にキスしてくる。
そんなに甘えたって…!こんなに匂いが付くほどあの女と何してたんだ!抱きしめたんだろ?優しく、抱きしめて…好きだとか……言ったんだろ…!!
「依冬の嘘つき!嘘つきは嫌いだ!」
「嘘なんてついてない!」
じゃあなんで、オレじゃなくて、あの子と一緒に居るんだよ!!
オレじゃなくて…湊を愛してるんだよっ!!
くたびれた体に、矢継ぎ早に襲ってくる怒りの種が心身ともに疲弊させる。
疲れて、何も言わなくなって…ただ彼の体に抱きしめられた。
彼のあったかい体に突っぱねた腕の緊張がだんだんと解けていく。
「なんで構うんだよ…」
彼の腕の中で小さな声で尋ねる。
「シロが大好きなんだ…俺から離れて行かないで…」
同じくらい小さな声で依冬がそう囁いた。
オレの頭を抱えて隙間が無い程に抱きしめる…
苦しい…
「やだ…やぁだ…!」
甘ったれた声でそう言って駄々をこねるみたいに首を振る。
「シロ…ごめんね…ごめんね…俺を許して…怒らないで…シロと会えないなんて耐えられないんだ。傷つけたかと思うと、心が痛いんだ。大好きだよ…大好きなんだ…だから、俺を許して…」
依冬…嬉しい。
そんなに思っていてくれたの…?嬉しいよ。
オレも胸が痛くなったよ…きっと、お前の事が大好きだからだ…
「お前なんか知らない…!嫌いだ!もう2度と会いたくない!大嫌いだ!」
オレはそう言って依冬の胸を殴りつける。
大好きだったらどうしてあの女の子と一緒に居るの?
ストリップをやってる…いやらしいオレを2人で見て笑っていたの?
悲しくて、悔しくて、涙が目から溢れていく。
依冬の言葉を信じれなくて、怖くて、意固地になる…
「大っ嫌いだ!」
そう言って彼の胸を押すと、依冬の体が力が抜けて、オレの体から離れた。
なんで…?
もっとオレをキツく抱きしめてよ…?
駄々をこねなくなるまで…ずっと抱きしめててよ…?
もう止めようと思っていたんだ…もう、止めようと思っていたの。
本当だよ…?
そんな自分勝手な気持ちを隠して彼を見上げると、依冬は辛そうに顔を歪めて泣いていた。…シトシトと彼の瞳から流れ落ちる涙を見て…胸が張り裂ける。
「ごめん…」
そう言って、依冬がオレの目の前から居なくなった。
肩から力が抜けて、玄関の前で立ち尽くす。
足元に転がったトラの抱き枕をそのままに、ベッドまで歩いて突っ伏した。
自分が傷つきたくなくて…彼を傷付けた…
とても…弱い心
「兄ちゃんの時と…同じことをした…」
そう呟いて、溢れて来る涙が、後悔の涙なのか…兄ちゃんに会いたくて泣いたものなのか分からなかった…
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