17 / 30

第17話

14:00 アラームの音で目覚める。 支配人からメールで、昨日3回もステージをこなしたから、今日は休めと言われた。 馬のコンディションを見極めてる調教師みたいだな… 仕事が無くなったのを本来なら喜ぶんだろうけど、家にいても悶々とするんだ…仕事をしていた方が気が紛れるのに…。 トラの抱き枕を袋から出す。 ハサミで切ったら簡単に出せた。 どうして昨日思いつかなかったんだろう…馬鹿だな。 ギュッと一度抱きしめて、枕元に置いた。 「湊と比べてないのに…勝手に怒って、馬鹿なのはオレなんだよ…?」 トラの抱き枕を触りながら呟く。 そんな本音を1人で呟いた所で、なんの解決にもなっていないのに…馬鹿だな。 ただ虚しく部屋に響くだけだ。 依冬はもうオレの事なんて嫌いになっちゃったかもしれない… あんな酷いこと言って傷つけた…オレの事なんて… 「なんで…あんな風に…しちゃうんだろう…」 項垂れて、自分の手を閉じたり開いたりして動かす。 何やってんだろ…オレ…馬鹿みたいだ。 視線を泳がせて部屋の中を見渡す。溜まった洗濯物…床に脱ぎ捨てられた衣服… そうか…もう着る物がないんだ… 「建設的な時間の使い方だ…」 自分にそう言い聞かせながら、床に散らばる洗濯物をカゴに拾い集める。 ベッドの上に置きっぱなしにした携帯が震えて着信を知らせる。 「もしもし…ん、起きてるよ。今日はオフになったんだ…うん、そう?ほんと?分かった、じゃあ19:00位に。うん、じゃあね…」 向井さんからの連絡電話だ。19時に夜ご飯の約束をした。 向井さんの家でご飯をご馳走してくれるらしい。彼の声がとても嬉しそうに聞こえて、早く会いたくなった… 意外と、家庭的なんだな…肉じゃがだったらウケる。 洗濯カゴを持ち上げて玄関へ向かう。今日も大量だ。 ランチが終わる時間、会社に戻る人込みを横目にコインランドリーへ向かう。 「暑い…汗が出る…ヒリヒリする…」 平日の昼間にこんなにのんびり洗濯するのはオレくらいなもんか… 8月なのに…セミの鳴き声なんて聞こえない。きっと暑くて死んだんだ…。 眩しい位の日差しと、蜃気楼のようなモヤがアスファルトの表面に漂ってる。 洗濯物を大きな洗濯乾燥機に全部入れて、小銭を投入する。 コインランドリーで洗濯をする…これは日常のルーティンだ。だってうちには洗濯機がないんだもん。 この作業をサボるとオレは着る服があっという間に無くなるんだ…。 洗濯機が買えない訳じゃない。それなりに身に余る財をこの間手に入れたばかりだ。 そんな理由じゃない。オレの部屋には洗濯機を置く場所が無いんだ… 引っ越すのは面倒で、もうずっとあそこに住んでる。 それに…戸籍も住民票も無いから…訳アリ、難あり物件しか住めないんだ。 「…めんどくさい…か…」 グルグルと回り始める洗濯機のドラムを見つめながら、兄ちゃんを思い出す。 「シロ?ちゃんと片付けな?」 「ん、や~だ!だってどうせまた散らかるもん!めんどくさいもん!」 オレはそう言って兄ちゃんから逃げる。 兄ちゃんはオレを追いかけないで、床に正座して座った。 散らかったおもちゃを手に取って次々とおもちゃ箱に入れて、オレの代わりにおもちゃを片付け始めた。 「にぃちゃん?…また…散らかるんだよ?」 オレは兄ちゃんの肩に掴まって顔を覗かせてそう言った。 兄ちゃんは下を向いたまま笑って、おもちゃを片付け続ける。 そのまま兄ちゃんの膝に座って、手の届く範囲のおもちゃを一緒に拾う。 「偉いね…シロ…」 そう言って兄ちゃんがオレの頭を撫でる。 オレは兄ちゃんに褒められた事が嬉しくて、立ち上がって遠くに散らばったおもちゃを拾った… 「おいで…」 そう言って兄ちゃんはオレを膝に座らせたがった。 病気で臥せていた健太が泣き始めて、一緒に寝ていた母親が怒鳴り始める。 オレは兄ちゃんの体に埋まって身を隠す。 兄ちゃんはオレを抱えながらおもちゃを片付けると、急いで玄関に向かった。 「おいっ!シロ!どこ行った!!」 母親の怒鳴り声を聞きながら、兄ちゃんがオレに靴を履かせる。 「に…ちゃ…ん…」 オレは震えながら兄ちゃんの顔を見た。 兄ちゃんはオレを見つめると笑顔を見せて、安心させようとする。 そして、オレを抱きかかえると一目散に外に逃げた。 「大丈夫…大丈夫だよ…」 そう言ってオレを抱きしめて逃げた… オレが殴られない様に、オレが酷い目に遭わない様に…遠くまで一緒に逃げた。 「兄ちゃん…」 両手で顔を覆って項垂れる。 兄ちゃん…助けて…オレを連れて遠くへ逃げてよ… もう怖いんだ…これ以上依冬を傷付けたくないよ。 コインランドリーの中に掛けられた古い時計を眺める。 秒針の動きを目で追って、余計な事を頭から追い出す。 カチカチと動く秒針に合わせて指先をトントンと動かして、集中する。 ピーピーピーピー 頭から何も無くなる頃…洗濯乾燥が終わった。 オレは黙々と洗濯物をカゴに戻すとボロアパートへ戻った。 新大久保へやって来た。 オーディション用のダンスを練習する様になって、オレはKPOPに少しだけ詳しくなっていた。 KPOPアイドル関連商品が売られた店の前。張られたポスターを見て、そこに写る彼が、どこのグループの誰かを即座に分かる様になってしまっていた… 沈んで落ちた気分を持ち上げる様に、明るい音楽が流れる店内に入って洋服を物色する。 UVカットの可愛いパーカーが欲しいんだ…おっきめのぶっかく被れるフードが付いたパーカー… あ、可愛いの、めっけた! 手に取って鏡に合わせてみると、丁度いい大きさに満足して、すぐにレジに並んだ。 「あ…」 レジの前に飾られたオレの好きな“あのグループ”の“あの子”と目が合う… 壁に飾られたアイドルのポスターに目を奪われて、鳥肌を立てて、放心する。 どうしよう…めっちゃ見て来る…きっと、オレに買って欲しいんだ。 あの子をボロい部屋に連れて帰っちゃって良いの? でも…きっと文句なんて言わないよ。 あんな練習生時代を送って来た、我慢強い子だもん… ドキドキ… レジに並ぶ列から離れると、彼のポスターの前に行って、モジモジと体を捩る。 一緒にうちに来る?…ぐふふ オレはその子のポスターを手に取ってレジに並び直した。 「やった…良いものを手に入れた…!」 小さい声で歓喜しながら、パーカーと一緒に入った丸められたポスターを見つめる… これは…精が出るじゃないか…いろいろな事に精が出るじゃないか! オレは彼を邪な事には使わないよ? ただ、日々の苦しさを愚痴る相手にするんだ。 兄ちゃんの腕時計と同じ役目だよ? こんなに可愛い笑顔なんだ。幾ら毒を吐いたって許してくれるんだ。 最高じゃないか… ベッドの横に張ろう…横向きに貼ったら一緒に寝てる様に思うかな…?ぐふふ。 ぐー… お腹が鳴って、起きてから何も食べていない事を思い出した。 「久しぶりにあのお店に行ってみよう!」 すっかり気分を持ち直したオレは、韓国人のオーナーが経営する本格的な韓国料理のお店にやって来た。 キムチが美味しくてすっかりハマっている。 全然味が違うんだよ?本当に美味しいキムチって、いろんな味がするんだ。 席に案内されてウキウキしながらメニューを見る。 何食べよっかな~? うふふ、どれも魅力的で、選べないよ…お腹が1つなのが残念だ…! 「あれ?シロさん?」 大学生くらいの女の子3人組みに声をかけられた。 オレはこんなキラキラした人たちと接点ないよ? 「…ごめん、誰か分からないです。」 オレはそう言って首を傾げると、おばちゃんにソルロンタンとポッサムを頼んだ。 選りすぐりなんだ。選べなかった… この二つのどちらかを諦めるなんて…オレには出来なかったんだ…!! 夜はご馳走になる予定なのに、すっかり食欲に負けて二つ注文した。 きっと依冬なら石焼ビビンパを頼む。 あいつはね…そういう所があるんだよ?知ってる名前の料理を頼むんだ。 オレは逆で、聞いた事の無い料理を頼むことが多い。だから、失敗する事も多いけど、美味しい物にあたった時の爽快感はまるで大穴の馬券を当てた時と同じ高揚感があるんだ。 依冬はダメだ。冒険心が足りない送りバントの人生なんだ! 「…あ、私、依冬の彼女です。」 女子大生3人組みのうち一人の女の子がそう言ってオレに話しかけて来る。 自信に満ちた笑顔でオレを見て、にっこりと微笑む笑顔からは、意地悪な匂いがプンプンした… オレは顔を背けて鬱陶しそうすると、面倒くさそうに言った。 「ごめん、ご飯食べたいから…またにして?」 そうして、携帯に目を落として好きなアイドル情報を調べ始める。 そういえばこの前カムバしたんだ…まだ見て無かった…! 「じゃあ、ご飯が来るまで…良いですよね?」 その子はそう言うと、友達の制止も聞かないでオレの目の前に座った。 オレはそんな彼女を無視して、イヤホンを付けるとカムバ動画をデレデレで見始める。 あぁ…なんだ。今回はこの子がフォーカスなんだ…!!これは…買いだ! 「シロさん!失礼じゃないですか!私、聞きたい事があるんですけど…!」 そう言ってオレの携帯を手から取り上げると、動画を停止して、ムスッと頬を膨らませてオレを睨んで来る。 この女の子は、一体、何なんだ…!? カムバ動画を途中で止められた事と、勝手に携帯を弄られた不快感で、オレは彼女をジト目で見てイヤホンを外した。 「この前お店で会いましたよね?YouTubeで話題に上がっていたから、依冬にお願いして連れて行って貰ったんです。あの時も今みたいに塩対応でしたよね?友達なのに、何でこんなに塩対応何だろう?って不思議だったんです。」 何を言ってるの?塩対応?オレが? 分からないよ。 オレが依冬に塩対応したら、どうしてこの子が怒るのか…そのロジックが分からない。 「…何か用なの?」 オレはその子の顔を見ながらそう聞いた。 サラサラのロングヘア―をなびかせながら、オレの顔を覗き込む彼女の顔はテレビの中のタレントの様に可愛らしく整って見えた。 依冬はこういう顔が好きなのかな…二重で、まつ毛がボサボサで、カラコンをつけた女が好きなのかな… 「シロさんて…ゲイですか?…バイですか?」 唐突にそう聞くと、その子はオレの目の奥を覗いて来る。 オレが動揺するのか、かまをかけてるみたいだ… 「なんで?」 オレはそう答えて、彼女の返答を待つ。 「依冬とは寝てますか?」 オレの動揺を誘う様に、露骨な言葉を使って揺さぶりをかけて来る… 「何言ってんの?」 オレは鼻で笑って彼女を一蹴する。 君よりももっとすごい蛇みたいな奴と遊んでるんだ。こんなの…おままごとだよ? 彼女はオレを睨むと、凄むように声を落として聞いて来る。 「依冬と…そういう関係ですか?」 「…そういう関係って?具体的に言ってよ?」 オレはそう言って笑うと、彼女の自慢の髪の毛を指先で触った。 「…依冬と…付き合ってるんですか?」 オレのお触りに動揺して、彼女が身を引いてそう言った。 「どう思う?」 オレはそう言って微笑むと、彼女の方に身を乗り出して言う。 「依冬が、オレと付き合ってるって…思うの?」 オレの圧に押されて、彼女がたじろいだ。 手ごたえがないよ…もっと食いついて来てよ…これじゃ、まるでオレが虐めてるみたいじゃないか… 気を持ち直したのか、彼女はオレに意地悪な笑顔を向けて言う。 「否定しないんですね。ふぅん…でも、私と会ってるから…妬いて塩対応したんだ。面倒くさい女の子みたいですね。ふふ…」 なるほど、そういうことか。ムカつくじゃないか! オレは彼女の意地悪な笑顔を受け取りながら、優しく笑ってあげる。 「そう思いたいなら、それで良いよ?」 「初めは親の勧めでお見合いなんてしましたけど、今は彼の事がとても好きなんです。だから、もう彼に会わないでくれませんか?あなたに塩対応された後の彼は悲しそうだった…そんな事をする人よりも…私といた方が彼は楽しい筈だから…。」 言うね…ムカつくよ。 でもね、オレは相手にしてあげない。 こんなにムキになってオレに食って掛かるって事は何か理由があるんだ。そして、それは昨日の事と繋がってる。つまり、オレの家に押し掛けるために、依冬は君を家に帰したんだ。 帰りたがらない君をね… 「昨日…無理やり帰されたの?」 オレはそう言って彼女を見つめる。 彼女が動揺して瞳をグラグラと揺らす。 泣きそうじゃん…ウケる。 「…なんだ、君は依冬に全然相手にされてないじゃん…」 オレはそう言うと、イヤホンを耳に付けてカムバの動画の続きを見始める。 ムキになった彼女が怒って何か言い続けてるけど、オレはそれを無視してカムバ動画に集中した。 そうか…この子は依冬とセックスしたかったんだ。ウケる。 八つ当たりじゃねぇかよ… オレが相手にしないと分かると、依冬の彼女はお友達を連れて店を出て行った。 負け犬だ!相手が悪いよ?オレを誰だと思ってるの? 夜の仕事で培ったこのハッタリを崩せる奴なんて、向井さんくらいだよ? 「何あの子?」 「知らな~い。」 不思議がる店のおばちゃんにそう言って、オレは出された料理を見て喜ぶ。 「ん~!美味しそうだ!いただきま~す!」 ソルロンタンも良いよ?ポッサムも良いよ? でもね、諦めたカルビタンを思い出すんだ…あれも食べれたかもしれない。 お腹は一杯なのに、メニューを見てはもっと食べたくなるんだ。 危険なんだ…体重を増やして良い事なんて無い。 体が持ち上がらなくなっちゃう! 食事を済ませて、別売りのキムチを買って店を出る。 向井さんにあげよ~! 依冬の彼女…依冬と同い年、もしくはオレと同い年位の女の子だった。 そんなに好きなら付き合えば良いだけじゃないか… なにもオレにムキになる必要なんてないのに…間違ってるよ。矛先を間違ってる。 彼が好きなのは湊で、オレじゃない。だから文句なら湊に言ったら良いんだ… でも… 彼は前に進んだのかもしれない。 彼女と一緒に居た時の依冬の笑顔を思い出して、胸が痛む。 依冬には…もう湊は必要ないのかもしれない… とても楽しそうに笑っていたから、オレは動揺したんだ… オレの知ってる笑顔じゃ無かったから… 大好きな彼が…オレの知らない笑顔を彼女に向けていて…悔しかったんだ… 嫉妬した… 気がつくとオレは新宿御苑まで歩いて来てしまった… 夕涼みに来ているのか…夕方なのに人が多かった。 セミの大合唱が聞こえて、ここだけ異空間な御苑前を通り過ぎる。 夏は嫌いだよ。夕方になったって暑いんだ。アスファルトに残った熱がまだ地面から出てるんだ… オレが好きなのは5月。 綺麗な桜がもてはやされた後、花の散った枝の先に新緑が実るんだ。 それを葉桜って呼ぶんだよ?…美しいだろ? 人込みを抜けて、大きな道路をひたすら歩く。 このまま…歩いて六本木まで行けるのかな…? 耳にイヤホンを付けて大音量で音楽を流す。聴こえてくるのは特徴的なパーカッションで切ない思いを歌った曲。 悪くない… オレはその曲を聴きながら心を無にして歩き始める。 目の前の事だけに集中して他の事を頭から追い出す… 信号が赤になれば止まって、青になれば他の人たちと歩き出す。 車が来れば立ち止まって、自転車が来れば避ける。 同じ方向へ向かう人たちと歩調を合わせて、一緒に群れの様に進んでいく。 何も考えないで…心を空っぽにして…ひたすら歩く。 辺りが暗くなって街灯が灯り始める。 今、何時だろう…? まぁ良いか… オレは時間を気にすることなく歩いて、六本木までたどり着いた。 「ピンポン…」 口でそう言いながら、向井さんの部屋の呼び鈴を鳴らす。 「遅かったね…心配したよ?」 そう言ってオートロックの自動ドアを開けてくれた。 時間を確認すると20:30。約束していた時間19:00を大幅に過ぎていた。 そんなにかかったんだ…歩くの、遅かったかな? 「新宿から歩いて来たんだ。ごめんね~?」 「えっ!何で?」 だって、何も考えたくなかったんだ。 オレの頬を撫でて、向井さんが言った。 「電話したんだよ?気が付かなかったの?」 オレは肩を上げて向井さんを見上げる。 「ごめ~ん…」 手に持ったキムチを持ち上げると、向井さんに見せて言った。 「これ、あげる~?」 「何これ…」 そんなギョッとするものじゃないよ? オレは袋を開いて見せた。 「キムチだよ?ここのは美味しいんだ。だから、あげる。」 「ありがとう。」 向井さんはそう言ってオレからキムチを受け取るとにっこりと笑った。 「お腹すいた…」 オレがそう言うと、向井さんはオレの背中を抱きしめて顔を埋めた。 背中があったかくなって気持ちいい。 振り返って彼を抱きしめ返してあげる。そして、顔を上げて優しいキスを貰う。 甘えるオレを見下ろして、向井さんが言った。 「料理を温め直すから、ちょっと待ってて?」 体から離れて行きそうな彼にしがみ付いて一緒に付いて行く。 「エプロンなんて持ってるの?可愛いね…?」 そう言って彼の腰にしがみ付いて顔を擦り付ける。 「ふふ…そう?」 そうだよ。兄ちゃんは…エプロンなんて付けなかった。 いつもワイシャツの袖をまくった姿で、忙しく夕食の支度をしてたんだ。 だから、オレは兄ちゃんの背中にこうやってしがみ付いて、ご飯が出来るまでくっ付いていたんだよ…兄ちゃんの声が背中に響いて…それを聞くのが好きだった。 「昨日、3つもステージを頑張ったからお休みになったんだ。でもさ、何もする事無いから久しぶりに新大久保に行ったんだ。」 料理が乗ったテーブルで、向井さんと隣同士に座って楽しく過ごす。 兄ちゃんとご飯を食べてるみたいで楽しい。 彼はまるで本当にオレの兄ちゃんになったみたいに、穏やかな表情をする… 「シロ、YouTubeで話題になってるみたいだね。これからファンがどっと増えるよ?」 頬杖を付いてオレに話しかける彼が、可愛くて…口元が緩む。 「…兄ちゃん」 そう呟いたオレの声が聞こえたはずなのに、向井さんは気付かない振りをする。 分かってる…彼は兄ちゃんじゃない。 でも…兄ちゃんによく似た愛で、オレを愛してくれる。 「…あのね。オレ、依冬に酷い事を言ったの…。」 それは突然すぎる程の告白。 向井さんはオレの顔を見て、黙って頷くと静かに相槌を打って話を聞いてくれる。 「依冬はオレではイケなかったんだ…湊だと思ってオレを抱いたらイケたんだ…。しかも、それが凄く激しくて…オレはびっくりして、悲しかった…」 オレはそう言って、向井さんの腕をギュッと掴む。 彼はオレの手の上に自分の手を置いて優しく握ってくれる。 「気にしないと思ったけど、引っかかってた…。オレと会えなくなるから、絶対別れないって言ってた年上の彼女とも、いつの間にか別れてた…。それで、もう新しい彼女を連れてんだよ?」 向井さんの顔を見ながら、今まで素直に言えなかった気持ちを吐露していく。 それはあまりに正直に、あまりに素直に、スラスラと出て来た。 「何だよ!って…ひねくれた。だって、あいつがその子に向けていた笑顔が…オレの知らない笑顔だったんだ…だから…嫉妬した。」 オレはそう言って向井さんの腕に顔を付けて甘える。 「もうやだよ…依冬はオレの事より湊が良くって、オレの事より、あの子の方が好きなんだ…。オレは依冬の事が大好きなのに…振られちゃったんだよ?」 向井さんはオレの髪を撫でながらクスクスと笑いだす。 オレは彼を見上げて頬を膨らませる。 「なぁんで?何で笑うの?酷いじゃないか…オレは真剣に悩んでるのに…!」 そう言って向井さんの腕をかじった。 「イテテ!まぁ、話を聞いてよ。笑った訳じゃないんだよ?可愛いなって思ったの。シロはそれをそのまま依冬君に言ったの?」 向井さんがそう言ってオレの顔を覗き込んで来る。 言ってないよ… 首を振って、彼のかじった腕を撫でてあげる。 「言えないんだ…素直に言えない。こんなに正直に自分の気持ちが言えるのは…向井さんが初めてだよ…不思議だよ。」 そう言って彼の腕に顔をスリスリさせて甘える。 「どうしたら良いの?ねぇ…オレ、どうしたら良いの?」 「ふふ…簡単だよ。依冬君にそう言えば良いんだ。」 そう言って向井さんはオレの頭を撫でるとキスをくれる。 あぁ…兄ちゃん… 「それが出来ないんだ…つい、酷い事を言ってしまうんだ。自分が傷つきたくなくて…オレは弱っちいんだ。だから、あの時、兄ちゃんの話もちゃんと聞けなかった…」 そう言って、向井さんを見つめる。 「兄ちゃんにも素直になれなかったんだよ…オレは同じ事ばかり繰り返してる…馬鹿なんだ。」 「じゃあ…今度は正直に言ってみたら良いよ…俺に言ったみたいに。」 そう言って笑うと、向井さんはオレの頬を撫でて言った。 「俺はどうしようもないクズだけど、シロには優しく出来るよ…それが不思議だ。」 オレは向井さんの目を見つめた。 今度は…正直に言ってみたら良い…か。それが出来たら…苦労はしないのに。 「…出来なかったら?」 オレがそう聞くと、向井さんが吹き出して言った。 「そしたら、兄ちゃんが代わりに言って来てあげる!」 「あはは!なぁんだ!そんな事しなくても良いっ!」 そう言って向井さんの腕に抱きついて顔を擦る。 不思議だ…こんなに素直になるなんて、もしかしたら人生で初めてかもしれない。 兄ちゃんにだって言えなかった様な恥ずかしい自分の丸裸の思いを、事細かに彼に話してしまった… じっと向井さんを見上げる。 オレを見下ろして微笑む彼の笑顔に、胸が締め付けられる。 この人は兄ちゃんに似てる。 でも、もしかしたら、兄ちゃんよりオレは彼に弱いかもしれない。 こんなに誰かに思いを打ち明けられるなんて思わなかった。…それはいとも簡単に、自分から心を許して、まるで自分の心の中で話す様に…丸裸の思いを話した。 目の前の彼は意にも介さない様子で、オレの口に食べ物を運び続ける。 気を許すってレベルじゃない…まるで兄ちゃん以上に彼を信用してる。 一緒に死にかけたせいなの? それとも、自分を犠牲にしてオレを愛してくれているからなの…? どうやら、オレは向井さんを心から信じて、甘えて、愛してるみたいだ… 「…シロ、眠くなった?」 ぼんやりしてるオレに向井さんが顔を覗き込んで聞いて来る。 優しい顔をするんだね…可愛い 「眠くない…」 そう言って手を上げて伸びをすると、彼に向かって手を広げて下ろした。 彼はその手を潜ってオレの体を抱きしめる。 それはあったかくて優しい抱擁だ。 「あっちで映画見る?」 「うん…」 向井さんはオレを抱き抱えて、ソファまで運んでくれた。 「片付けしちゃうから、見たい映画を選んでおいて?」 そう言って、兄ちゃんはオレをソファに置いて行ってしまった… オレは呆然としたまま兄ちゃんを目で追った。 お皿を集めながら兄ちゃんがオレを見て心配そうな顔をする…。 「兄ちゃん!」 オレはそう言って兄ちゃんに抱きつくと腰に纏わりついた。 「1人にしないで…置いて行かないで…シロといて…」 そう言って、兄ちゃんの背中に顔を擦り付ける。 あぁ…兄ちゃん…大好きだ。 また戻って来てくれたんだ…シロのとこに戻って来てくれた… 兄ちゃんは体を捩ってオレの方を見ると言った。 「手伝う?」 「やだ…」 お皿を洗う兄ちゃんの背中に抱きついて、兄ちゃんを感じる。 「シロ動き辛いよ…」 「知ってる…」 兄ちゃんに何度も言われた事を今日も言われた… でも、離れたくないんだ。もう離したくないんだ。 片付けをした兄ちゃんと手を繋いでソファに戻る。 「シロ…何見る?」 兄ちゃんは映画のDVDを手に取ってオレに聞いて来た。 オレは兄ちゃんの手元のDVDを見ながら言った。 「見ない。」 オレは映画よりも兄ちゃんとしたいんだ… 兄ちゃんの首に両手を置いて、背中を掴む。そのまま自分の方へと引き寄せて、一緒に体を倒していく… オレを見下ろす兄ちゃんを見上げて、首を伸ばして兄ちゃんの唇を誘う様に舐める。 「ねぇ…兄ちゃん…シロとエッチしよう…?」 「ふふ…良いよ。」 兄ちゃんはそう言うと、オレに優しくて熱くて気持ちいいキスをくれる。 舌を絡ませていやらしい音を立てながらキスすると、頭がジンとして来て気持ち良くなった… 「シロ、かわいい…」 兄ちゃんの声を耳元で聞いて、舐められる舌の感触に体が震える。 あぁ…きもちい… 体がビクンと跳ねて下半身が疼いて来る。 兄ちゃんがオレのTシャツを捲って胸に舌を這わしてる。 熱くて、強い舌が、ねっとりとオレの体を這ってゾクゾクさせていく。 舌先で撫でられる乳首が立って、いちいち敏感に体を跳ねさせる。 気持ち良くって、堪らなくて、兄ちゃんの頭を抱えて抱きしめる。 愛してる…兄ちゃん 「兄ちゃん…シロの…ここも気持ち良くして…?」 オレはそう言って自分のズボンのボタンを外して中のモノを取り出した。 十分に勃起したモノを扱きながら、トロけた瞳で兄ちゃんにおねだりする。 「舐めて…?」 「かわい…」 いつもの様にそう言うと、兄ちゃんは目をギラつかせてオレのモノを口に咥えた。 兄ちゃんの手がオレのモノを扱いて、舌で絡めて気持ち良くしてくれる… 腰が震えて…体が仰け反る。 「んっ、んぁっ…あっ…あぁん…ん、兄ちゃん…きもちいぃ…んっ、はぁ…ん…」 気持ち良くて顔が仰け反っていく。 兄ちゃんの指がオレの中に入ってきて、中を気持ち良くしていく。 オレの体に覆い被さる様にして、兄ちゃんはオレの乳首を口に入れて舌の先で転がした。ねっとりと舌の先で押しつぶされる様に愛撫されて、快感が走る。 「あっあん!兄ちゃん…兄ちゃぁん…」 兄ちゃんがオレの腰の下に腕を入れて逃げて行かない様に捕まえながら、オレの中に入れた指を増やしていく。 喘ぎ過ぎた口の端からよだれが落ちていく… もっとしてよ…兄ちゃん… オレ、兄ちゃんが大好きなんだ。 「兄ちゃぁん…きもちい…もっと、もっとして…シロの事、もっと欲しがって…」 堪んない…嬉しくておかしくなりそうだよ… オレの中に大きくなったモノを挿れて、兄ちゃんがゆっくりと腰を動かし始める。 兄ちゃんのエッチな腰の動きを見てるだけで、オレはイケそうなくらいに興奮した… 「に…ちゃん…んん、きもちい…あっ…あぁ…」 「シロ…かわいい。俺のシロ…愛してるよ…」 切羽詰まったエッチな声に、1人で興奮してどんどん絶頂に向かっていく。 兄ちゃんの腰が動くたびに、快感が押し寄せてオレの口から喘ぎ声が漏れる。 堪らないよ…兄ちゃん… もっと…もっと中に入って…オレをめちゃくちゃにして… 真っ白になった頭に快感だけが満たされていく。 「あぁっ!イッちゃうっ!兄ちゃあん!んっ…あぁっ…、や、ん…イッちゃう……!んぁああっ!!」 兄ちゃんの腕を握りしめて、顔を仰け反らせて小さく震えながらイッた。 オレのイキ顔を見て、兄ちゃんも一緒にイッてしまった。 項垂れる様に首を垂らした兄ちゃんがオレを見つめる。 オレは兄ちゃんの頬に手を伸ばして優しく撫でる。 「愛してる…」 そう呟くと、兄ちゃんが苦しそうな顔をした。 どうして…そんなに悲しい顔をするの? 「兄ちゃん…シロと居てね…ずっと、シロと居てね…?」 「ずっと一緒に居るよ…」 うつぶせる向井さんの背中に寄り添って大好きな背中に顔を乗せる。 指先で彼の体の隆起をなぞって、産毛の生える方向に指を滑らせる。 この人がいないと…ダメなんだ…この人がいないと… 「ん…ねぇ、早く…ちょうだい…あっ、きもちいぃ…すごい、おっきい…」 オレの1番古い記憶。 オレが6歳の時、兄ちゃんは高校2年生だった。 母親はオレが部屋に居るのも構わず、知らない男を連れ込んではセックスばかりしていた。病気がちだった健太の為に働けなくなった母親は、自宅で売春をしていたんだ。 「このガキ!何見てんだよっ!」 男に蹴飛ばされて殴られるオレに母親は一緒になってつばを吐いた。 「こいつ、一丁前に付いてるから勃たせてみようぜ?お前に挿れたらイッちゃうかもよ?」 そう言って、男がオレの服を脱がせてオレのモノを弄った。 「んっ…んん…」 オレのモノは刺激に反応して意思とは関係なく大きくなった。 「あたしその子嫌いなの。その子の父親も嫌い…もし試したかったらあんたがその子に挿れたら?」 母親はそう言って、オレのモノを蹴飛ばして笑った。 兄ちゃん!助けて…!!怖い!兄ちゃん!! オレを膝に抱えると、男がオレの中に指を入れて乱暴にかき回す。 痛くて…怖かった。 「もうちょっと大きくなったらこっち系で金取ろうぜ?なぁ?良いだろ?」 痛がって呻くオレに大きくなったモノを挿れてファックする。鬼畜。 そんな鬼畜にキスして、金を数える鬼畜の母親。 オレはこんな狂った世界で育った… 「シロ…シロ…可哀想に…」 兄ちゃんは部活も辞めて、学校が終わるとすぐに家に帰ってきた。 家に帰ると汚れたオレの体を泣きながら洗ってくれた。 体に出来た無数の痣や、傷…。誰のものかも分からない精液をオレの中から掻き出して、綺麗に洗ってくれた… …ただ、怖かった。あの時間が…男に触られるあの時間が…怖かった。 病弱な健太を連れて母親が部屋を出ると、入れ替わる様に男が入ってきた。 「ふっ…んっ、はぁはぁ…あっ、んっ…ん」 大きな男の膝に乗せられ男のモノを穴に入れ腰を掴まれ乱暴に動かされる。 オレの勃ったモノを扱いて何も出ないのにイカされる。 オレは兄ちゃんを見つめてその時間を耐えた…。 兄ちゃんの心が壊れるのを知らなくて…ただ、怖くて、一緒に居てと…ねだった。 初めのうちは、怒った兄ちゃんが男を殴りつけて、逆にボコボコにされたりした… オレは兄ちゃんが殴られない様に…男の気を引いて…喘ぎ声を出しながら気持ち良さそうにした… 兄ちゃんはオレがそんな事をしなくて済むように…大人しくオレだけを見つめるようになった。 オレは兄ちゃんの顔を見つめて、この快感が…兄ちゃんがくれたものだと思う様にして、あの時間をやり過ごした。 事が終わると、健太を連れて母親が帰って来る。 「このガキ一丁前に感じてるぜ?こいつでAV撮ったら大儲けしそうだな…」 うすら笑いを浮かべて笑う男にしなだれかかって母親がオレを見下ろして言う。 「最近はこの子目当ての客も増えてるから、そういう趣味の人は喜んで金出しそうよね?」 アナルファックを仕込まれ、フェラチオを仕込まれ…よがり方や喘ぎ声まで仕込まれたオレは、まるで生きるダッチワイフだった… そんな地獄の生活は約1年続いた… 「シロ…おいで?」 向井さんがそう言ってオレの体を洗ってくれる。 その間もぼんやりとした目で彼を見つめて、兄ちゃんを重ねる。 何も話さなくなったオレの様子に何かを察して、彼は優しく頭を撫でてくれた。 「大丈夫だよ…」 そう言って体を拭いて、下着を履かせて、ブカブカの服を着せる。 オレは向井さんの顔を見つめたまま彼に手を引かれてベッドに横になる。 目の前に映る景色とは別の景色が、スライドの様に横から重なって…再び、過去の記憶をたどり始める。 「シロ…おいで?」 兄ちゃんがそう言ってオレの手を繋ぐ。 母親が外出しそうな雰囲気を察すると、兄ちゃんはオレを連れて外に逃げた。 男に見つかって、乱暴に掴まれた兄ちゃんの服が破れて、殴られた兄ちゃんの頬には血が滲んだ。 「や、やめて…!やめて……!!」 オレはそう言って殴られる兄ちゃんを庇った。 知らない男が、オレの髪を掴んで布団の上へ放り投げると、目の前の襖が閉められて、また別の男がオレの体を好きにする… 隣の部屋から殴られ続ける兄ちゃんの呻き声が聞こえて来て… オレは怖くて、兄ちゃんが可哀想で、声を出して泣いた。 オレが小学校に入ると母親の仕事が見つかってほぼ家に帰らなくなった。 夜の仕事で見つけた男の部屋に入り浸っていたんだ。 男が出入りする事の無くなった家は静かで、いつも清潔だった。 平和になった家でオレは兄ちゃんと仲良く暮らした。 「シロ…兄ちゃんのお膝においで?」 兄ちゃんはオレを膝の上に座らせたがった。 オレの足を撫でて股の間に手を滑らせて、スリスリと太ももを撫でるのが好きなんだ。 「兄ちゃん…お勉強、教えて…?」 オレはそう言って兄ちゃんの膝の上で、自分の体を好きにさせながら勉強を教えて貰った。大きくなった兄ちゃんのモノに気付かない振りをして、甘えた。 オレから離れて行かない様に、オレを守ってくれる様に、兄ちゃんに甘えた。 きっと、あんなものを見せられて兄ちゃんは壊れてしまったんだ。 だから、オレを性の対象として見る様になってしまったんだ… 子供ながらにそれに気が付いたオレは、兄ちゃんを独り占めしたくて、兄ちゃんの葛藤も知らないで、甘える様に何度も誘惑した。 オレの腰を掴む手も、オレの足を撫でる手も、オレの髪を撫でる手のひらにだって、兄ちゃんのいやらしさを感じた。それが嬉しくて、オレはもっと無邪気に兄ちゃんを誘惑した。 膝の上に座って兄ちゃんの顔を見つめて、舌で鼻の先を舐める。 「シロ…どうしたの?」 優しい声とは裏腹に、兄ちゃんのオレを掴む手に力が入る。 「兄ちゃんの、ペロペロしてあげる?」 そう言って、兄ちゃんの鼻の先を舌の先でペロペロと舐める。 「…シロ?兄ちゃんのお鼻は、美味しくないよ?」 そう言ってオレの髪を撫でる兄ちゃんの目が、とってもエッチで…オレは兄ちゃんの唇に舌を入れてキスをした。 兄ちゃんは驚いて顔を離したけど、オレはうっとりとした目で兄ちゃんを見つめた。 明らかに露骨に、こうやって、兄ちゃんを誘った… 小4で兄ちゃんと初めて結ばれた。 オレの念願が叶って兄ちゃんを手に入れる事が出来た。 あんなに大切に守ったのに…あんなに尽くしたのに…子供の癖に、肉欲に溺れるオレを兄ちゃんは哀れに思ったのかな…?壊れた弟を…哀れに思ったのかな…? それとも、愛してくれたのかな…? 兄ちゃん、あの女の人は…誰だったの? 橋の上でキスをしていたあの女の人は…兄ちゃんの何だったの? オレは…兄ちゃんの…何だったの? 死んだ方が良かったのはオレの方なんだよ?ただのダッチワイフなんだから…生きる価値なんて無いんだ。誰かに愛された兄ちゃんが死ぬなんておかしいよ… 汚くて、淫乱で、目を覆いたくなるような生い立ちの自分が誰かに愛される訳もないのに…生きてるなんておかしいだろ? 死にたいと願いながら、意地汚く生き続けてさ…おかしな話なんだよ。 オレが消えればよかったんだ… 「シロ…寝れないの?」 向井さんがオレの髪を掻き分けて、ぼんやり開いたままの目を見つめる。 グルグルのブラックホールを閉じる事が出来なくて、ずっとその目で彼を見つめてるんだ。でも、彼はオレの目に慣れちゃったの?平気な顔で覗き込んで来る。 「向井さん?オレはね…自分が嫌いみたいだよ?」 オレがそう言って笑うと、向井さんはオレの体を抱きしめてくれる。 それがとっても、あったかい… 「ふぅん…俺はシロが好きなんだけどね…シロとは気が合わないのかな…?」 そう言ってため息を吐く彼に、口元を緩めてクスクスと笑う。 本当に…変な人。笑っちゃうじゃんか… 「馬鹿…」 そう言って彼にキスすると、背中にぬくもりを感じながら安心して目を瞑った。 この人と…兄ちゃんの手紙を読んでみよう。 彼と一緒ならオレは大丈夫な気がする… 「シロ、おはよう?」 向井さんの声がする。でも、オレはまだ眠いんだ… 声をかけられても目の開かないオレに、向井さんは軽くキスをした。 それでも反応の無いオレに今度は舌を入れて熱くキスする。 「んっ…はぁっ…んん、んっ…ふぁ、んっ…」 そのままオレの上に覆い被さると、首すじを舐めながら耳に熱い吐息を吹きかけてくる… 「ん…起きた、起きたから…」 そう言って上に覆い被さる彼を退かして、すぐに二度寝する。 そんなオレの服を捲って、彼は体に舌を這わして舐め始める。 「や、やらぁ…!」 「起きて?朝だよ?このまま最後までやっちゃうよ?」 オレは仰向けだった体を横に倒して無言の抵抗をした。 「ん~かわいいね。」 向井さんはそう言って横に寝転がると、オレのズボンを下げて剥き出しになったお尻に自分のモノをあてて来た。 「あ、ダメ…!しないで…!」 慌てて起き上がろうとすると、腰をガッチリつかまれて中に指が入って来る。 「ん…んっ、あっ…んん…起きるから、起きるからぁ…や、やだぁ…ん、んっ…」 体を逸らして後ろを振り向くと、熱いキスがオレを襲う。 なんだこれ…朝からこんなに気持ち良くされるなんて… キスしながらオレの中に自分のモノを挿入して、腰をゆっくり動かして来る。 抱き抱えた布団にしがみついて襲ってくる快感を感じる。 「んっ、んぁっ…あぁ…ん、はぁ、はぁ…」 「シロ…きもちいい?」 「ん…きもちい…」 向井さん手がオレの服の中に入ってきて乳首を指先で撫でる。 「あっ!…あっ…ん、や、やだ…イッちゃう…もっとしてたい…気持ちいいの…まだしてたい…」 体を仰け反らせて後ろの彼に頭を擦っておねだりする。 「シロかわい…俺もずっとこうしてたいよ…」 半開きにした目に明るい窓が見える。 白いシーツが眩しく目に刺さる。 向井さんは白いシャツを着てる… あぁ、彼は出勤前なんだ… 「あっ…んん…はぁ、はぁ…もう起きたから…オレ起きたから…」 「じゃあ、もうイク?」 「うん…もうイキたい…」 オレがそう言うと、すっかり立ち上がったオレのモノに手を伸ばして扱き始める。 「あぁあっ!ふっ…んぁ!あぁっ、あぁん!あっ、んん…きもちい…んっ、イッちゃう…あぁっ…あぁあん!!」 腰が跳ねて朝から気持ち良くイッてしまった。 白シャツ姿でエロい事をする向井さんを見て、興奮する… 「兄ちゃんは、よく青いシャツを着ていたよ…」 オレがそう言うと、彼はオレを見て言った。 「そう。俺は白いシャツが好きなんだ…」 ふふ… ベッドから降りて手を繋ぐと、ダイニングテーブルに案内される。 テーブルの上には…典型的な朝ご飯が並んでいた。 どうしたんだ…主婦みたいじゃないか… 「やだ、向井さん、お母さんみたいだよ…?」 オレがそう言うと、彼は笑いながらご飯をよそって言った。 「俺の母親はまぁ最悪だったけど、普通のお母さんはこういう事するんだろうね。」 「向井さんのお母さん、最悪だったの?」 ご飯を受け取りながらオレがそう聞くと、彼は、うん。と頷いた。 彼のプライベートな話を…初めて聞いた。 それは彼が人間だったという証拠。蛇じゃ無かったんだ… 「ふふ…オレの母親も酷かったよ…」 そう言って俯くと、ブラブラと足を揺らして眺めた。 オレのそんな様子を見て、向井さんが話し始めた。 「俺の母親は結城の恋人だったんだ。俺を妊娠したら相手にされなくなって、捨てられたみたい。その恨みが全部子供の俺に来てね…結局、最後は自殺したよ。」 オレの髪を優しく撫でながら話される内容は、予想以上にハードだった。 依冬とは腹違いの兄弟なんだ… 「オレの母親は…」 言いかけて言い淀む…だって、酷すぎて…人に話せるような話じゃない。 オレは下を俯いて唇を嚙みしめた… 「…大丈夫。話してごらん?」 向井さんはそう言うと、オレの頬を両手で包み込んで嚙みしめた唇を優しく撫でて解放した。 優しくじっと見つめる瞳が、兄ちゃんと同じで、オレは彼に話し始める。 「自宅で売春してた…。オレが6歳の頃から小学校に上がるまで、客の相手をさせられた…。兄ちゃんが居る時は傍に居てもらった。怖かったんだ…だから、オレが客に抱かれるのを兄ちゃんは泣きながら見てた…。オレがすぐイッちゃうのとか…感じやすいのって…そう言うのが染みついてるのかもしれない…」 オレがそう言って向井さんを見上げると、彼は目を歪ませて大粒の涙を落としていた。 「…泣いてるの?」 オレの言葉に、顔を歪めて嗚咽を漏らすと、崩れる様にオレの体を抱きしめて、泣き崩れて行く。 オレは彼を抱きとめて、優しく手のひらで撫でながら言った。 「だから…オレは自分が嫌いなのかもしれないね…」 他人事の様にそう言って向井さんの頬を撫でる。 ポロポロと落ちた彼の涙が、オレに降って来て、頬を伝って下に落ちていく。 この人がこんなに泣くとは思わなかった… この人がこんなに思っていてくれてるとは思わなかった… 憐れみじゃない…同情じゃない…オレが彼に話した事を喜んでいる様な涙。 壮絶な過去を共有して…喜んでいる様な…そんな涙。 「ふふ…綺麗だね。涙が綺麗に見える。」 オレはそう言って向井さんの涙を浴びる。 こんな事…初めて人に話したよ?こんなに素直に話せた事が信じられないよ? 兄ちゃんに似ているだけじゃない、彼の愛を感じるんだ。 兄ちゃんとよく似た愛で…オレを愛してくれてるって…感じるんだ。 オレは涙を落とし続ける向井さんの体をギュッと抱きしめてあげた。 「今は…あなたがいてくれるから平気だよ…?」 「ご飯美味しい!」 足をバタつかせて喜ぶと、向井さんは赤い目を細めて笑った。 丁度いい塩梅のお味噌汁を飲み干して、ごちそう様する。 「シロ、送って行くから、ご飯食べたら着替えておいで?」 そう言って向井さんはオレの食べ終わった食器を片付け始めた。 「は~い。」 オレはそう言って、言われたとおりに支度を済ませる。 ソファに座って、慌ただしく支度をする彼を見つめる。 「シロ、着替えた?」 ジャケットを羽織りながら腕を通して、向井さんがオレを見ながら聞いて来た。 「うん」 オレはそう言って答えると、ニコニコしながら彼を見つめ返す。 オーダーメイドのスーツは今日も彼を素敵にした。 肩の合ったスーツは最強だ…良い男をさらに格上にする。 「あれ…シロ、車のカギ知らない?」 オレは首を傾げて言った。 「知らないよ…?」 オレを見つめて固まる向井さんに、首を傾げておちょぼ口にする。 「…そうか、おかしいな…」 そう言ってオレの隣に座ると、向井さんは首を傾げて口を尖らせる。 「うふふ…可愛いね?」 オレはそう言って、彼の尖らせた口にキスをした。 クッタリと甘える様に体にくっ付いて、彼のオーダーメイドのスーツの縫製を見る。 流石だ…これは…プロの技だ。こんなに綺麗に体のラインを出すなんて…プロだ。 背中のふくらみ…腰のライン…肩から袖のラインまで、一切無駄が無いんだ。 「そういえば…見たかもしれない…」 オレはそう言って、彼のジャケットの下に手を滑らせて体をギュッと抱きしめる。 「ほんと?…じゃあ、そのうち見つかるかな…?」 ふふ…全く… そう言ってオレの髪に顔を埋める向井さんに、容赦なく携帯のアラームが鳴る。 そろそろ家を出ないと彼は遅刻をするみたいだ。 でも、オレはそんな事知らない。 だって、車の鍵が見つからないんだもん…仕方がないよ。そうだろ? 「あ…」 オレはそう言って顔を上げて向井さんを見る。 彼はオレを見下ろして、首を傾げる。 「こんな所に…あった!」 オレはそう言って手のひらを広げて車の鍵を彼に見せた。 「ふふ…、ホントだ。こんな所にあったの?それじゃ分からない筈だ。」 向井さんはそう言って笑うと、オレを抱きかかえて立ち上がった。 「急いでるの?」 「急いでないよ?」 嘘つき…ふふ。 オレを半分担ぐ様にして、急いでエレベーターに乗り込む。 ずっと一緒にいられたら良いのに… 朝の渋滞する道路を彼の運転する車で新宿まで行く。 「混んでる?」 「この時間はどこも混んでるよ?」 そう言って意外と余裕を見せる彼に言う。 「ねぇ?この前名古屋に行っただろ?その時にオレが昔、大事に持ってた“宝箱”を手に入れたんだ。兄ちゃんが死ぬ前…自分の腕時計と、オレ宛の手紙を入れていたらしいんだ。持って帰ったんだけど、手紙をまだ読めないでいる。」 自分の膝を眺めながら、そう言って、彼の様子を見ないで窓を開ける。 「…じゃあ、一緒に見てみようか?」 そう言った彼の声を耳に入れて、口元が緩む。 「うん。」 そう言って窓から吹き込む風を顔に受けた。 彼がいるなら…大丈夫だ。 ボロアパートの前に車が停まって、オレは向井さんを見つめて言った。 「ありがとう。ご飯、美味しかった。また作って?」 慌ただしく行き交う人を横目に、オレは彼にキスをした。 彼はオレのキスを受けて、優しく微笑んで言った。 「もちろんだよ…シロ。」 荷物を持って車から降りると、玄関の前まで行って、オレを見つめる彼に手を振った。 時刻は9:00いつもならまだ寝てる時間だ。 …この部屋は彼の家のリビングにも及ばない広さだ。 玄関の中から全て見渡せる狭さの自分の部屋に吹き出して笑う。 「これが、現実じゃ~。」 そう言って笑うと、持ち歩きすぎてヨレヨレになってしまったKPOPアイドルのポスターを取り出す。 「…ごめんね…苦しかったでしょ?今日からキミはうちの子だよ?一緒に寝ようね?」 ブツブツそう言いながら、ベッドの横に寝かせて張り付ける。 ベッドに横に寝転がって、アイドルの彼と見つめ合う。 「不思議なんだよ?向井さんは平気なんだ…どうしてかな?彼には…素直になれるみたいなんだ。兄ちゃんにもへそ曲がりだったのに…不思議だよ?彼の愛を信じてるからかな?だから不安にならないのかな…?」 何も話さないで微笑むだけのポスターの中の彼を見つめる。 「もう少し…エッチな顔のポスターとか無いのかな?」 そう言って、微笑む彼の唇を指で撫でる。 オレは彼を邪な事には使わないよ?ただ、そう思っただけなんだ。 今日は11時から陽介先生のレッスンがある。 今は9:30…微妙な時間だね。 ベッドから体を起こして、雑然とした部屋を見渡す。 「少し片付けしよう…」 元々荷物は少ないんだ。 本棚の整理を始めると、本の隙間から一枚のポラロイド写真が落ちた。 写真の裏に、シロ6歳と兄ちゃんの字で書かれている… 「あ…これ…」 それは兄ちゃんと撮った写真。 棒立ちする無表情なオレの後ろで、しゃがんで微笑む兄ちゃんの写真… オレの手を強く握ってるのが写真からでも分かって、胸が痛くなる。 「にいちゃん…にいちゃん…」 写真の中の兄ちゃんの顔を指でなぞって涙を落とす。 「ふふ…なんで?…全然似てないじゃん…全然、似てないじゃん…!」 そう言って、泣きながら向井さんの顔を思い出す。 似ても似つかない彼を、どうして兄ちゃんだと思ってしまうんだろう… これはオレが家出をする時持ってきた、唯一の物。 確か、この日は土曜日で…学校から帰った兄ちゃんが母親のお客からオレを連れ出した時の写真…。遠くの公園まで連れて行ってくれたんだ…。たまたまそこに居たカメラ好きのおじさんがポラロイドで取ってくれた写真… 兄ちゃんが…ずっと手帳に挟んでいた写真… 兄ちゃんの遺品を漁っていた健太が…オレに投げつけた写真。 「兄ちゃん…愛してるよ…」 そっと呟いて胸に押し当てる… 宝箱を開いて兄ちゃんの腕時計と、手紙と一緒にしまう。 そのまま胸に抱えてベッドにもたれて呆ける… 「全然…似てない…」

ともだちにシェアしよう!