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第22話
#向井
上手く出来るさ。きっと気付かれないで過ごせる。
残り少ない時間を、いつもの様に彼の傍で過ごして見ていたんだ。
散々甘やかせて…いなくなるんだろ…?
彼の言葉を思い出して、胸が詰まる。
助手席で鼻歌を歌うシロを見つめて口を緩めて笑う。
一体何の歌なんだろう…ふふ。
本人も何の歌か分からないなんて、おかしいね。
彼を家の前に送って、急いで次の場所へ向かう。
結城の元へ。
俺が来ることなんて織り込み済みなんだろ…?
あんたのそういう所…嫌いじゃないよ。
結城の自宅に到着して、車を降りる。
手入れされた庭を見ながらアプローチを歩いて、玄関の呼び鈴を押すと、お手伝いさんに案内されて結城の書斎へと向かう。
コンコン
ノックをして返事も聞かないまま部屋に入ると、俺を見つめる結城と目が合う…口元を上げて、とても楽しそうだ。
「来ると思った。」
そう言ってほくそ笑む結城は、革張りの一人掛けソファに座って手を目の前に組んだ。
不思議なもんだね…その後ろに、一瞬、湊が見えるんだもん。
見た目はシロに似ていても…結城の後ろに佇む湊は、冷たい視線を俺に向けて、鼻で笑ったような表情をしていた。
依冬にぶん殴られた青あざを顔に引っ付けて笑う結城の姿に、少しだけ胸がすく。
「…どうしたものか、蛇がウロチョロし始めました。」
俺はそう言ってあいつの対面のソファに腰かけると、彼を正面から睨みつけた。
結城はそんな俺の視線を受けると、嬉しそうに口角を上げて笑った。
「ふふ…何がそんなに怖いんだ?ん?言ってみろ。桜二。」
「湊の事を聞きたいんでしょ?彼がどうしてあんな事を言ったのか…ずっと気になってるんでしょ?」
俺がそう言うと、あいつは動揺を隠さないで狼狽えながら言った。
「お、お前の口から聞く事なんて…信用に値しない。そうだろ?…ふふ。」
半分壊れてる…
こいつはシロに会った事で、彼と湊を混同して…半分、壊れてしまった様だ。
まるで、お兄さんと俺を混同してる…シロみたいだな…
つまり…“脆い”という事だ。
俺は胸ポケットからカセットテープを取り出してユラユラと揺らして見せた。
「これが何か分かりますか?」
結城は動きを止めて、俺の手元で揺れるカセットテープを凝視した。
そして、声を落として尋ねて来た。
「…何が入ってる?」
「あんたが聴きたい、湊の本音だよ。どうしてあんな事をしたのか…なぜあんな事を言ったのか?ずっと気になってるんだろ?だから俺を始末できないんだ。最後に湊の傍に居たのは…俺だからね?」
「うるさい!」
怒鳴りながら狼狽えた結城が、体勢を崩しながら俺の目の前まで迫る。
ギラついた目で見下ろして、俺に凄む。
「中を聴かせろ…!」
「嫌だね。」
「ハッタリだ…」
「本当に?いい機会なのに逃すの?」
俺はそう言うと、テープレコーダーを取り出してカセットをセットする。
そして、再生ボタンに指をかけて、結城を見つめる。
「…聴きたい?」
「ふふ…もう遅いよ。依冬がお前の事を調べてる…ふふ。もう遅いよ…ははは。あいつが知ったら…どうなるかな?なぁ?どうなるかな?」
結城がそう言って不気味に笑い始める。
あぁ…俺も…シロを失ったらこんな風に、惨めになってしまうんだろうか…
カチッ…
再生ボタンを押して、聞き耳を立てる。
「…桜二、ねぇ…僕と一緒に…」
すぐに停止ボタンを押して結城を見つめる。
「あぁあああ…湊!湊!!あっあああ、止めないで…止めないでくれ…!!」
そう言って崩れ落ちる結城を見下ろして、鼻で笑って言う。
「シロに手を出すな…彼にもし何かあったら、このテープは捨てる。」
俺はそう言ってソファを立ち上がると、ジャケットの裾を直して、泣き崩れるあいつの前から立ち去る。
「待って…待って…最後まで、聴かせてくれ…」
そんな事したら切り札じゃなくなるだろ…馬鹿なのか?
慈善事業で聴かせた訳じゃないんだよ。
お前が彼に手を出さない様にするために聴かせたんだ…馬鹿野郎だな。
縋る結城の声を背中に受けながら、来た道を戻ると、車に戻ってカセットテープをグローブボックスに入れる。
湊…悪いね…
義母の葬儀の後、間もなくして湊から連絡を受けた。
「もしもし…あの、この前、連絡先を頂いた者です…」
丁寧なのか、警戒しているのか、彼はおどおどしながら電話口で話した。
「こんにちは。どう?死にたくなった?」
「ふふ…いえ、まだ、何とか…」
そう話す彼は追い詰められた様子もなく意外に普通に受け答えをした。
「これから…会えませんか?」
へぇ…積極的なんだね。
「良いよ。」
俺はそう言うと、彼と待ち合わせをして会う約束をした。
学校帰りの彼を校門の前で待っていると、車で待つ俺を見つけて彼は走って向かってきた。
その姿は朗らかで、酷い虐待を受けてる様には見えなかった。
「ふふ…父以外の男の人の車は初めてなんです。」
そう…
嬉しそうにそう言って笑う彼は、まるで浮気をする女の様にウキウキしていた。
「喫茶店でも入ろうか?」
助手席に座る彼にそう言うと、町はずれの喫茶店まで車を走らせる。
「今日は部活を休んだから、その間は自由に出来るんです。」
「そうなんだ。でも、四六時中見張られてる訳じゃ無いんだろ?」
俺はそう言って、彼を見た。
白くて細い体に纏わりつかせた、ただならぬ色気を放つ彼にたじろぐ。こんなに若いのに…まるで高級クラブのママの様だね…?
「四六時中見張られてますよ?ふふ…僕に自由は無いんです。父がいない間は依冬が…依冬がいない間は父が僕を見てるんです。」
そう言うと、クスクス笑いながら俺を見つめて言った。
「でも、こうやって自由を楽しんでる。ふふ…そうでしょ?」
自由…?
俺には彼が、自由のない暮らしを楽しんでいるように見えた。
男を虜にする事を…楽しんでいる様に見えたんだ…。
幼い頃からの虐待のせいなのか、それとも生まれ持った物なのか…
彼は今の状況を楽しむ…妙な精神的余裕を持っている様に見えた。
結城の様子や、依冬の様子を得意げに話す様子は、まるで手の上で男を転がして遊ぶ悪女の様だ。
コーヒーを持つ仕草まで俺を誘う様に艶めかしく動かす。
「父は大人しく言う事を聞く僕が好きなんです。ふふ…面白いでしょ?だって、心のうちなんて分からないのに…知った様な気になってるんだ…。ほんと、あの人は馬鹿なんです。」
「まるで結城の奥さんの様に話すね…?君のそれは、虐待を受けた相手に持つ感情じゃ無いみたいだ。」
俺はそう言って彼の顔を見た。
「ふふ…僕はね、割り切ったんです。」
ふぅん…
そう言って湊は俺を見つめると首を傾げて言った。
「あなたも…彼の息子なんでしょ?見れば分かる。だって、彼にそっくりだから…」
へぇ…
そう言われて良い気分はしない。
でも、お前には動揺する所なんて見せないよ。
楽しそうに目を細めて俺を見つめる彼は…とんでもない曲者だった。
彼の遺伝子をきちんと受け継いだ息子だ…
隙なんて見せたら逆に食われかねない…そんな気の抜けない相手。
虐待を受けた可哀想な少年なんかじゃない。
逆に結城を手玉に取って思い通りに操っている…
「君は思った以上にイケない子の様だね…俺の手には負えそうにない。」
俺はそう言うと、早々にコーヒーを飲み干した。
これ以上、彼の話を聞いても何の成果も無さそうだ。
「え…?」
湊は驚いた顔をして俺を見つめて固まった。
「もう…帰るの?」
「用は済んだからね…」
そう言って伝票を手に取ると、彼を見下ろして言った。
「送るよ。」
あ然とした表情で、俺を見上げて固まる彼を無視して、淡々と店を出る。
「…僕を誘う為に連絡先をくれたんじゃないの?」
は?
車に戻る駐車場で、湊はそう言うと、足を止めて俺を見つめる。
「悪いが…君は俺のタイプじゃない。あんな環境にいるからどんな奴か見て見たかった。大した玉の持ち主だった!それ以上の思惑なんて無い。」
俺はそう言って車の運転席に乗ると、助手席に乗り込んだ彼に視線もくれずに車を出した。
あぁ…時間の無駄だった。
この子は役に立ちそうにない。だって、この環境を楽しんでるんだ。
犯される事も、求められる事も、ほくそ笑んで。自分の魅力に酔いしれて楽しんでいるんだ…まるで、男が狂っていく様子を見て、喜んでいるみたいだよ。
ただの性悪だ。
「…あの、僕は魅力的じゃありませんか?」
そう言うと湊は俺を窺う様に安っぽい上目遣いをして聞いて来る。
「…さあね、俺のタイプではないよ。俺はね、もっと可愛げのある子が好きなんだ。」
俺はそう言うと、物足りなそうな顔をする彼を、自宅の前に下ろした。
「また…連絡をしても良いですか?」
寂しそうにそう尋ねる彼に冷たく言ってやった。
「いや、もう用はないよ…」
彼は依冬が思うような可哀想な子じゃない。
自分の境遇を最大限に利用した、とんでもない悪女だ。
結城に捨てられた俺の母親だって、自殺をした依冬の母だって敵わない…最強の悪女だった。
「シロとは全然違う。あの子は可愛い子。あいつは悪女。」
1人車の中でそう呟いて、早々に仕事に戻る。
今頃、シロは何してるかな…
…ギリギリまで粘って、ダメだったら、この世からとんずらしよう…
シロに気付かれない様に…存在を消し去ろう。
いつ依冬が真相を知っても良い様に、大切な“宝箱”を彼に持たせて帰らせた。
彼に知られたらきっと俺は殺されるか…警察に掴まるだろう。
そうしたら彼の”宝箱”が押収されちゃうからね…そんなのダメだろ?ふふ。
大切なお兄さんが入った特別な箱なんだ。
自分で死ぬ方が先か…依冬に殺される方が先か…どちらになるかな…
「あ~、シロ。可愛いね。大好きだ。」
俺の事を大切だと言ってくれた…
真相を知って気が変わったとしても、俺はそれを糧にするよ。
あと僅かな時間…お前の事だけを糧にして生きるよ。
きっとお兄さんも…こんな気持ちになったのかな。
それは絶望なんて感情じゃない…清々しいような感情。
お前に会えなくなる事以外は…やり残した事なんて…無い。
19:00 三叉路の店にやって来た。
1人で入る俺を見て、お店の支配人が驚いた顔をして言った。
「あれ?今日、シロまだ来てないんだけど。俺はてっきり、お客さんと一緒だと思ってた。電話しても出ないんだ…どうしたかな?」
え?
支配人は受話器を首に挟んだまま、首を傾げて俺に言った。
「電源が入っていないって…どうしたかな?どこかで寝てるかな?」
そんな訳ない。
俺は急いで彼の家へ向かった。
何もされない筈だ…されていない筈だ…そうだろ…
彼のアパートに着いて彼の部屋を見上げる。
壁からよじ登って彼の部屋の無施錠の窓から侵入する。
「シロ…物騒だよ?ちゃんと施錠して…」
独り言でそう呟きながら、彼の部屋が荒らされていない状態に安心する。
連れ去られた訳じゃなさそうだ…
そうなると…
携帯で依冬に電話をかける。
「もしもし?」
俺がそう言うと、彼は不機嫌そうに応対した。
「…何ですか?」
「シロと一緒に居ないか?」
「え?」
「まだ店に来ていないんだ…」
「…」
急に無言になる依冬に、心当たりがあると気付いた。
「どうした…あの子をどうした…!」
「すみません…これから会議があるので…」
そう言って電話を切ったきり…彼が電話に出ることは無かった。
依冬…どうやらお前は俺にぶん殴られたいみたいだな…
お前は本当に馬鹿で上等なボンボンだよ…
むかつく。
新宿の街を何時間も歩いてシロの姿を探し続ける。
何処に行ってしまったの…?シロ…
今頃、泣いているんじゃないか…
酷い目に遭っているんじゃないか…
考え出すと恐怖に叫び出しそうになる。
迷子を捜す母親みたいだ…
「シロ…どこに居るの…?もう11:00になるよ…」
早く出ておいで…
途方に暮れて空を見上げる。
ピンクの頭なんて目立つはずなのに…彼を見つける事が出来ない。
街明かりで濁った空には星なんて見えない…月だってかすむ。
「あの子…YouTubeの子だよね?何であんな所に居るんだろう?頭、ピンクで可愛かったね…男の子なんだよ?どうする?うちら、どうする?きゃはは…!」
耳に届いた女性の声に胸が跳ねる。
シロだ…!!
「すみません…その人、どこで見ましたか…?」
教えて貰った映画館にやってきて、依冬と抱き合う彼を見つける。
お前は知ってたのか…シロがどこに居るのか、知ってたのか…
「クソったれ…」
小さくそう呟いて、しょんぼりしながら依冬に連れられる彼の後ろ姿を見送る。
…こんな所に居たの?
映画をぶっ通しで見続けたの?
全く…やれやれだ…
良かった。
無事で…良かった。
頬に伝う涙を拭って、家に帰る為、車に向かって歩き始める。
#シロ
「シロ…俺、もう行くよ?起きて…!起きてって!」
「やだぁ…」
オレはそう言って依冬に抱きついて文句を言う。
「なぁんで仕事なんてするんだ?依冬のお父さんは社長さんだろ?大学へ行って、ヤリサーに入って、逮捕されるまでがボンボンのお決まりのコースだろ?」
オレがそう言うと、依冬はジト目でオレに言った。
「なんだよ、そのお決まりのコース…」
「世間の認識だよ?」
クスクス笑いながらそう言って、依冬の体に手を回して抱きつく。
「でもオレはそんな風に思ってないよ?オレは依冬が大好きだから、世間とは違う見方が出来るんだよ?凄いだろ?」
「うん…凄い。一回帰って着替えてから出社するから…もう行かないと。遅刻しちゃうから…ほら、離して?」
もう…!
オレは手を離して依冬を見上げる。
オレよりも仕事の方が大事なんだ…
「また連絡するし、お店にも行くよ?」
そう言って慌ててジャケットを羽織る依冬をジト目で見ながら言った。
「オレよりも仕事の方が大事なんだ!」
「違うよ~。シロ、そんな事言って無いだろ~?」
そう言ってオレを抱きしめる依冬にギュッと抱きついて言う。
「またね…?」
本当は行って欲しくなかった。
でも仕事をしないと依冬は生きていけないんだ…だから、オレは悲しいけど我慢して、依冬から手を離した。
「…シロ、またね?」
依冬はそう言って玄関を出ると、鍵を閉めて、ポストからカチャン…と落として行った。
玄関で振り返ってクゥ~ンと鳴いた彼の顔が可愛くて、思い出して笑う。
「ふふふ…本当に可愛いんだ…ふふ、うふふ…」
「お休みだと思ってた!」
オレはそう言ってケラケラ笑って電話口の支配人を煽る。
あれから眠ることも出来なくて、コインランドリーでいつもの様に洗濯をしていた。
「うちはな、年中無休なんだよ!馬鹿野郎!無断欠勤を繰り返してると粛清するぞ!」
お~怖い!
「ごめんね。もうしない…許して?ね?ごめんなさい。もうしないよ?」
オレはそう言って謝りながら、洗濯乾燥機でグルグル回る洗濯物を見つめた。
「ったく!もう無いからな!あと、お前の彼氏が心配して探し回ってたぞ!浮気でもしたのか?もう破局なのか?あ~ははは!」
支配人の耳につんざく笑い声を無視して、電話を一方的に切る。
向井さん…探してくれてたんだ…。悪い事をしちゃったな。
後で電話しよう…
コインランドリーの天井を見上げて…初めて、彼の名前を口に出して呟いてみた。
「桜二…どうして、湊を殺したの…?」
ピーピーピーピー
洗濯乾燥が終了して、綺麗になった洗濯物をカゴの中に詰めて帰る。
「桜二…桜二…」
カゴが重い訳じゃない。酔っぱらってる訳でも無い。
でも、彼の名前を呟くとフラフラと体が揺れるんだ…。
早く名前で呼んでみたくて、体がふらついちゃうんだ。
オレが知ってると分かったら…逃げてしまうかな。
野良猫の様に…逃げてしまうのかな…
ボロアパートに戻って、向井さんに電話をする。
「もしもし?昨日…ごめんね?」
オレがそう言うと、彼は電話口で優しく怒った。
口から出そうな彼の名前をぐっと堪えて、我慢する。
「オレの“宝箱”…この家に置いておくの心配なんだ…。だって、昨日も窓を開けっぱなしで外出してたし…鍵だって、防犯レベルが低いんだ…。だから、向井さんの部屋に置いてよ…最新防犯設備の付いた部屋に置かせてよ…ね?良いだろ?」
オレは甘ったるい声を出して、兄ちゃんに甘える。
「ん~…どうかなぁ…」
何がだよ!
電話口でそう言って渋る彼に、心がざわつく。
「…今日、お店に来る?」
「今日は金曜日だからね…行くよ。」
「じゃあ仕事が終わったら、向井さんの部屋に一緒に帰る~!」
オレは一方的にそう言うと、彼の返事も聞かないで電話を切った。
「…桜二、どこかに行くつもりなの…?オレを置いて…行くの…?」
目に溜まった涙がドロリと落ちて手の甲を汚す。
嫌だ…絶対、離さない…
ずっと一緒に居るって…約束したじゃないか。
そうだろ…兄ちゃん。
もう二度と…オレの傍から、居なくならないでよ…
18:00 三叉路の店にやって来た。
「こら!無断欠勤野郎!俺のをしゃぶって謝罪しろ!」
なんて奴だ…
支配人がオレの目の前まで来て顔を赤くして怒ってる。
そうだよね。最近、オレは不真面目だ…。
「嫌だよ?でも、違う方法で謝罪しよう。」
「なんだ?」
「今日オレはお客からもらったチップを換金しないで、お店に還元しよう。どう?」
オレはそう言って支配人を見つめる。
彼は肩を落として真剣な目をすると、オレを諭した。
「シロ…そんな事はどうでも良い。無断欠勤なんてしなかっただろ?最近のお前は少し乱れてるよ…?それが心配なんだ。分かるか?」
「分かる…。ごめんなさい…」
オレを拾ってくれた支配人は…お父さんの様な人。
心配をかけても、気にしてくれる、優しいお父さんみたいな人。
地下への階段を降りながら、反省する…
調子に乗りすぎだぞ…シロ…
控え室に入ると、既に楓がメイクを済ませていた。
「おはよ!楓、早いね?」
「…シロが昨日来なかったから…僕、大変だったんだよ?」
そう言って楓が頬を膨らませるから、オレは彼にすり寄って甘えて言った。
「ごめ~ん!ごめ~ん!許して…楓ちゃん!」
もう!と怒って、顔を横に振る。
「何、大変な事があったの?」
首を傾げて楓に尋ねる。
ステージを3回踊らされたの?
「結城っておじさまが来て、シロを指名したんだけど、いつまでも来ないから、ホステスをぶん殴ったんだ…それで、ステージで踊る僕にグラスを投げて来た!思い出しただけで頭に来る!見た目はイケオジだけど、サイテーな奴だった!」
…え?
血の気が引いた…
支配人はそんな事、一言も言ってなかった。
「ほんと…?」
「本当だよ!シロを出せってうるさくて、支配人が頭を下げて追い出してたよ?」
やべっ!
オレは荷物を置くと、慌てて階段を駆けあがって支配人に謝った。
「ごめんね。昨日、結城さんが来て暴れたんだって…?オレを出せって…暴れたって聞いたよ?大丈夫だったの?殴られた子は?…酷いじゃないか、なんて事するんだ…あのジジイ…!」
オレがそう言って唇をかみしめると、支配人は笑って言った。
「良い。居なくて正解だ。居たとしても、お前をあの人に差し出したりはしない。約束しただろ…?忘れてた?あんな暴君…もう、出禁だよ。」
あぁ…そうか。
この人はオレを守ってくれたんだ…
「ふふっ!うふふ…!ありがとう…、ありがとう…!」
そう言って支配人を抱きしめると、クルクルと回った。
結城さんはまだオレを湊だと思っていて…彼の非通知の電話をオレが取らないから、しびれを切らして暴れたのかな…
それとも…何か、別の理由が…あるのかな。
「…結城さんの事、本当に出禁にしたの?」
利益優先の支配人がそんな英断を下すなんて思わなかったんだ。だから、確認の為、彼の顔を見上げて聞いてみた。
「当たり前だ!ダンサーに危害が及んだんだ…。お前が居なくて良かったよ?馬鹿なお前の事だから、頭に血が上って…もっと、問題を広げたはずだ~。あぁ~!良かった~!」
支配人はそんな憎まれ口を聞くと、手のひらをシッシとしてオレを追い払う。
全く、可愛くないジジイだ!
でも、楓がケガしなくて良かった…
なりふり構わなくなった結城さんに内心ビビりながら、メイクを済ませて衣装を選ぶ。
「兄ちゃん…」
何だか、とんでもない騒ぎになりそうだよ…
オレの知らない所で、何かが動いている気がする…そして、その渦中に彼がいる気がしてならないんだ…。
19:00 店内に向かうと、階段の踊り場からカウンターに座る彼を見つける。
「桜二…結城さんが怒ってるよ…?」
ポツリとひとりでそう呟くと、オレは階段を降りてカウンター席へと向かった。
「シロ~。おはよ~!昨日、凄かったんだよ?おっかないジジイが来てさ…」
常連客がそう言って話す間も、彼を見つめて離さない。
「シロ、昨日来た客が酷かった。何か狙われるような事したの?」
屈強なウェイターに聞かれて、オレは首を傾げて答える。
「さあ…頭のおかしいジジイが、勘違いしたのかな…?きっと、オレの踊りを見て興奮しちゃったんだ…ごめんね?」
彼を見つめたままそう言って、気を付けて…と言ったウェイターの胸をポンポンと叩いた。
「向井さん!昨日はごめんね~?」
オレを見つめる彼にそう言って、彼の体に抱きついて埋まる。
あぁ、あったかい…
「昨日、何してたの?」
向井さんはそう言うと、オレの顔を覗き込んで首を傾げた。
「ふふ…実は、依冬を怒らせちゃったんだ…朝、言っただろ?変な夢の話。あれは本当に正夢だったんだ!怖いだろ~?」
オレがそう言うと、向井さんは吹き出して笑って言った。
「依冬は裸で映画館に来たの?」
ふふ…
向井さんを残念そうな顔で見つめると、オレは親切丁寧に教えてあげた。
「違う!怒ったのが同じだったって事!」
「…あいつは、何で怒ったの?」
そう言いながら、指先でオレの髪を撫でると、耳に掛けてきた。
「ふふ…オレがあなたばかり…大事にするから、焼きもちを焼いたんだ…」
彼の方を向かないでそう言うと、オレはマスターにビールを注文した。
何も言わなくなった彼のグラスにビールをコツンとぶつけて言った。
「ねぇ…あなたは依冬に妬いたりする?」
「するよ。」
へぇ…
「そう…ふふ。可愛い所があるじゃないか。」
オレはそう言うと、彼の体にもたれて彼の胸に背中を埋める。
ここに居れば…オレは彼に守ってもらえる。
何もかもから…守ってもらえる。
だからどこへも行かないでよ。
1人にしないで…
もう、1人は嫌なんだ…約束しただろ…?
振り返って彼の首に手を絡めると、うっとりと顔を見つめて言った。
「怒ってるの?悲しいの?嬉しいの?寂しいの?楽しいの?どれ?」
表情の読めない冷たい男の顔を見つめて、首を傾げて尋ねる。
「ふふ…どれだと思う?当たったら1万円あげるよ?」
…ばかやろ!
オレは彼の感情を読む振りをして、彼の目の奥を見つめる。
じっと何も話さないで、彼を見つめる…
目を細めて嬉しそうに笑う彼を、見つめる…
「分かった!すっごい悲しんでる!…ね?当たったろ?」
笑った表情とは真逆の事を言って、どや顔で彼を見つめる。
「あはは…凄いね。大当たりだ!」
彼はそう言って笑うと、オレに高額なチップをくれた。
「シロには嘘は付けないね…」
そう言ってうっとりとオレを見つめる彼に言った。
「そうだよ?よく分かってるじゃないか!だったらなぜ悪あがきをするんだよ。諦めて降参して、オレに全部話せば良いのに。馬鹿な奴だ。」
意味深にそう言って、怪訝な顔をする彼に笑顔を向けると、眉間に寄ったしわを撫でて、眉毛の上をマッサージをしてあげる。
「シロ…?お前…」
そう言う彼を無視して、鼻歌を歌って彼の眉間を解す。
「こういうしわが後から溝になるんだよ?溝がどんどん深くなって、そのうち戻らなくなるんだ。いっぱい笑う人はそれが目じりに出来るんだって…怒ってばかりの人は…ここにこうやって…しわが付くんだって?兄ちゃんが言ってた。」
オレがそう言うと、向井さんはクスクス笑って言った。
「…確かに…そうだね。シロの言う通りかもしれないけど、話さない事がある方が…ミステリアスでセクシーだろ?俺はわざとそれを狙ってるんだ。もちろん、眉間のしわだってそうだよ?この方がセクシーだろ?」
馬鹿タレ!
オレは減らず口な彼の眉間をグリグリと押して言った。
「全然!こんな所にしわが付いたら、セクシーどころか…ジジイに見えるよ?」
「アハハ…!そうか…それは、嫌だな…!」
オレの腰を抱いてそう言うと、体に引き寄せて強く抱きしめる。
…向井さん、オレはあなたの本当の名前を呼びたいよ。
でも、オレがあなたの事を知ってるって分かったら…オレの目の前から居なくなってしまう気がして…怖くて言えないんだ。
約束したでしょ…?
ひとりにしないって…言ってくれたでしょ…?
「ねぇ…」
彼の肩に顔を埋めて耳元で小さく囁くと、彼は顔を少しだけ動かして首を傾げた。
「何?」
どうする…
言うの?言わないの?
どうする…?
「…ん、何でもない…」
言えない。
怖くて、言えない…
オレは彼の肩に顔を置いたまま、目の前を通り過ぎて行くお客を眺めて、楽しそうに笑う声をぼんやりと聞いた…
そんなオレの体を抱いてさすると、向井さんは優しく言った。
「ふふ…ミステリアスだね。」
そんな風にふざけて言っても…全然、面白くないよ?
「シロ、そろそろ…」
支配人から声がかかって、彼を置いて控室へ向かう。
オレを見送る彼の視線が、まるで今生の別れの様な悲しさを帯びる。
オレを置いて…行くつもりなんだね…
酷いじゃないか…
約束したのに。
兄ちゃんの様に裏切るの?
オレをひとりにするの…?
それはいけないよ。
オレは兄ちゃんで一回失敗してるんだ…
だから…
今度は…絶対に逃がさない。
目の前にいるなら…絶対、離したりしないよ?
良からぬ事を考えない様に…しっかりと躾をしないとダメだね?
階段の上から彼を見下ろすと、オレを下から見上げている。
好きなんだろ?
じゃあ傍に居ろよ…ばかやろ。
控え室に戻って、カーテンの前に立つ。
大音量の音楽が流れて目の前のカーテンが開く。
開けた明るいステージへ悠々と美しく歩いて行く。
オレの事を1人になんてしたら、どうなるかなんて分かってるだろ?
それでも良いと思ったの?
それでも、自分が逃げる事を優先させたの?
どうなんだよ…桜二。
目の前のポールに感情のままに激しく掴まると、一気に体を持ち上げて行く。
そんな事…許されると思ってるの?
体をしならせて、ポールを掴んで、高く、高く、上っていく。
天井に届く高さに上って、眼下の彼を見つめると、頭を激しく振って思いきりスピンさせる。
オレから逃げれると思ってるんだとしたら…大きな間違いだよ?
両手を離して、体が遠心力でどんどんポールから離れて行く…
太ももを緩めたら一気に真っ逆さまだ…
両手でポールを掴んで両足を外して、回転を強める様に足を思い切り振って回る。
「シローーー!!」
キリの良い所で膝の裏でポールを掴んで体を仰け反らして、桜二を見つめる。
見つめる?
いいや、睨みつける…だね。
華麗にポールを降りると、ステージを降りてカウンター席の桜二の元へ歩いて行く。
「シローーー!どこ行くんだーーー?」
オレの男の所だよ?
驚いた顔をした彼の目の前でプライベートダンスを踊ってあげよう。
桜二の肩に手を乗せて、膝を曲げるといやらしく背中をしならせる。
「シロ…ちょっと…」
そう言って驚いた顔のままオレを見つめる彼を見つめ返して、上に着た服を乱暴に脱ぎ捨てる。
「シローーーー!!」
あらわになった自分の体に両手を添えて、くねらせた体と一緒に撫でまわす。
オレを見つめる彼の目が熱を帯びて、興奮してるのが分かる。
オレは彼の興奮した目を見て…もっと興奮する。
「あぁ…」
うっとりした顔で彼を見つめると、膝をついて彼をおかずにオナニーするみたいに両手を股間にあてて動かす。
抱いてよ…
桜二、オレを抱いてよ…
お前じゃなきゃ、嫌なんだ…
「シロが、場外乱闘してるーーー!!」
お客の声が店内に轟いて、ウェイターが慌てて駆け寄って来る。
乱闘?
ふふ…確かにそうだ…!
ズボンに両手を突っ込むと、膝までゆっくりとずり下ろしていく。
オレのお尻が見えると、一定の距離を保って鑑賞するお客が悲鳴を上げる。
「ギャーーー―!!」
桃尻が可愛すぎるからかな?
「ファックしてよ!!」
そう言って、ズボンを脱ぎ捨てると、桜二の体にすり寄って彼の頬を撫でる。
椅子に座って呆然とする彼の太ももに自分の足を乗せて、腰を擦り付ける。
あぁ…気持ちい…
体を仰け反らせて、快感を感じて、口から喘ぎ声が漏れる。
「んっ…あっ…あ、あ…ん!」
オレの腰を支える彼の手に力が入っていく。
まるで…幼いあの頃、無邪気に兄ちゃんを誘った様に、何も出来ない彼に思いきり欲情して、誘惑する。
「シローーー!場外乱闘で本番だ!」
馬鹿言っちゃいけないよ?オレはね、わきまえてるよ?
本番なんてしないさ。
散々彼を弄んで自分の脱いだズボンを掴むと、颯爽と立ち去る。
…お客が触れそうな、危ないステージの外に出た。
ショーケースの中から出た…
慌てて駆け寄ったのか、髪の乱れた支配人がオレを睨む。
ステージに戻ると、オレはお客からチップを貰う。
寝転がるお客には優しく吐息を付けて…恥ずかしがりのお客にはパンツに挟んでもらう。
イケね!あんなにサービスしたのに…桜二からもらうの…忘れた!
美しくポーズを取ると拍手の中カーテンの奥へ退ける。
「シロ!危ないだろ!何してんだ!!」
控え室で待ち構えていた支配人が仁王立ちで怒ってる。
「ふふ…サービスだよ?もうしない。さぁ、か~えろっと!」
オレはそう言ってメイクを落とし始める。
「馬鹿野郎!何かあったらどうするんだ!お前にマジで興奮してる客だっているんだぞ?襲われたっておかしくないんだ!ステージの下なんか降りて…!俺は怒ってるんだぞ!!」
「ごめんね…もうしないよ?」
自分の私服を着ると、そう言って控室を出ようとした。
支配人に腕を強く掴まれて、動きを止められる。
「今はまだ駄目だ!」
「なぁんで?」
「自業自得だろ?お前はステージの上から降りてエロい偶像から、エロい体の男になったんだ。ステージという境界線を越えた。しばらくお客の熱が冷めるまで、店に入れない。襲われでもしたらたまったもんじゃない。暗黙のルールを破ったのはお前だ。黙って俺の言う事を聞け!」
なんだよ、それ!
「…シロ?確かに、やめた方が良いよ?」
カーテンの奥を覗いて楓が言った。
「みんな目がギラギラしてて…僕、怖いよう…」
「ちっ!」
支配人は舌打ちすると、オレをソファにぶん投げる。
「うあ!」
凶暴なジジイが、オレに牙をむいたぞ!!
「まぁ~ったく!悪い子だなぁ~!これじゃあ次のステージまで…熱が下がんないかもしれないだろ?そしたらどうなる~?ん?」
ズボンのベルトを外しながらジジイがそう言ってオレに凄む。
「しらね!」
オレはそう言ってソファの上から逃げようと体を起こす。
「ダメだ~!」
そう言って馬鹿力のジジイがオレの上に覆い被さる。
何が始まるかなんて分かる。オレだって馬鹿じゃない。
「おい、お前…外に出てろ。」
後ろで怖がる楓にそう言うと、支配人はオレの方を向き直って言った。
「お仕置きタイムだ…」
馬鹿だろ!
「嫌だ!オレの連れは強いんだぞ!こんな事したら、ジジイが流血して救急車だぞ!あの世に行く事になるぞ!」
オレの足の間に体を入れて、ズボンを下げるジジイに威嚇する。
「知らねぇよ。ば~か!」
支配人はそう言うと、躊躇することなくオレのズボンの中に手を入れた。
「ばっか!やめろっ!!」
「んふふ…かわいい!」
最悪だ!店の支配人にファックされるなんて、最悪だ!しかもジジイだ。
「やだ…やめて…?もうしない…もうしないから…ごめんなさい。」
オレはしおらしくそう言うと、潤んだ瞳でジジイを見上げた。
最終手段だよ?
お年玉をもらう子供みたいに、ウルウルの瞳を向けたんだ。
でも、支配人は表情一つ変えずにオレを見下ろしたまま言った。
「ダメだよ。お爺ちゃんに調教されて、良い子のストリッパーになるんだろ?」
ふっざけんな!
「分かった!手でやるから!!」
オレはそう言うと、体を滑らせてジジイの手を自分のズボンから抜いた。
ヤバかった!!
「え~?お手手でするの~?」
そう言って勃起したモノをオレに見せつけるなよ…ジジイ!!
「…嫌って言ったらどうする?」
悪あがきしてそう聞くと、支配人は眉を上げて言った。
「お前がルール違反したんだぞ?罰を受けろよ。」
自分を抜かせる事を罰と言い切れるジジイのメンタルが強い…
仕方なく、ソファに腰かけるジジイのモノを手で扱く。
なるべく顔を見ない様に、なるべくモノを観察しない様に、なるべく印象に残らない様に…ただ、淡々と…思ったよりも若々しい、ジジイのモノを握って扱いた。
彼はオレの髪を撫でながら満足げに言った。
「あぁ…シロ。上手だよ?毎日抜いても良いよ~?」
死ねよ。
ジジイはあっという間にイッて、オレは手に付いたものをすぐにティッシュで拭った。
「手相から体内に入って来ないかな…妊娠しそうで嫌だよ。」
オレはそう言ってメイク落としシートで入念に手のひらを拭う。
「酷いな…」
どっちがだよ。
スッキリした顔の支配人はご機嫌になって控室を出て行った…
とんでもない罰を受けた…!!
きっと夢に出て来るだろう…。
ジジイがオレに抜かれるなんて、悪夢以外の何物でもない!
荷物を持って控え室を出ると、すぐ目の前で待っていた楓と目が合う。
悲しそうに眉毛を下げる楓…きっとオレがジジイに強制ファックされたと思ってる…
「シロ…」
「何も言わないで…」
オレは多くを語らずそう言って、しおらしく階段を上って店内へ戻る。
カウンター席の彼を見つけて、半泣きで駆け出す。
あ~ん!ジジイに酷い事されたぁ!!
鋭い眼光のお客を通り抜けて、カウンター席の彼に抱きついて甘える。
「シロ!ダメだよ。あんな事したら!あれから、お客さんの雰囲気がおかしくなったよ?」
「…じゃあ、オレを連れて一緒に逃げて…?」
オレはそう言って驚いた顔をする彼を見つめる。
「1人にしたらダメだろ…約束しただろ?ねえ、一緒に逃げて…?オレも連れて逃げてよ…」
そう言って彼の体に抱きつく。
大好きなんだ…
離れようなんて思わないで…
馬鹿なガキのオレは分からなかった。
兄ちゃんを責める事を止める事が出来なかった。
死を選ぶほどに思いつめていたなんて、気が付かなかった。
自分の行動が、どんな結果をもたらすかなんて…考えてもいなかったんだ。
だから…もう二度と離さないって決めた。
この人を失ったら自分が壊れるって…知ってるから。
もう二度と離さない。
兄ちゃんを離したりしない。
オレの体を抱きしめて席を立つと、彼はそのまま階段へ向かう。
「帰るの?」
顔を見上げてそう聞くと、オレの方を見ないで前を向いたまま頷いた。
何だよ…ばかやろ。
エントランスを出て、路上駐車した車に向かう。
助手席のドアを開くとオレを乗せる。
「今日は君の部屋に行くからね?」
そう言ってふんぞり返るオレを無視して、運転席に乗り込むとエンジンをかけて車を出した。
彼の様子が変なのは、オレがきっと知ってると…分かったからだ。
「今日はお風呂にお湯を張る?それとも、張らない?」
そんな他愛もない問いにも答えるつもりがないみたいに、何も話さないで車を走らせ続ける。
フン!
彼の部屋に着くと、オレは急いでリュックから“宝箱”を取り出して一目散に彼のベッドの下に隠す。
「シロ!」
やっと話した彼の声が後ろから聞こえて、慌ててドアの陰に隠れる。
だって、何か焦っている様な…怒った様な…居心地の悪い声なんだ。
「シロ!どこに居るの!」
ふふ…
ドアの陰に隠れてオレを探す彼を見て笑う…
「わっ!」
丁度いいタイミングで現れて、驚かしてケラケラと笑う。
そのまま抱きついて彼に襲い掛かる。
ベッドに押し倒して、眉間にしわを寄せた彼を見下ろす。
「シロ…」
何かを話し出しそうな彼の口にキスをして、止める。
まだ、今は聞きたくない。
ゆっくりと彼の胸を撫でながらシャツのボタンを外して、彼の素肌に触れる。
「兄ちゃん…兄ちゃん…」
どうして、1人にしようなんて思ったの…
どうして…オレを置いて行けるって思ったの…
耐えられる訳、無いんだ…
オレが壊れるって分かっていたのに…どうして、死んだんだよ…
「どうして…どうして…オレが狂ってしまうって分かっていたのに…1人にしたの…?兄ちゃん…酷いじゃないか…酷いじゃないかぁ!」
そう言って涙を落としながら彼の胸にキスをする。
「嫌だ!嫌だ!もう1人にしないって言ったじゃないか!言ったじゃないか!」
そう言って彼のズボンを下げて、緩く勃ったモノを優しく撫でて扱く。
「大好き…大好きだよ…1人になんてしないで…しないでよっ!」
彼のモノを口に咥えて、自分のモノを扱きながら泣きながら喘ぐ。
体を起こして、股の間でフガフガ言ってるオレの顔を持ち上げると、彼が言った。
「シロ…俺は…」
話しかける彼の口をキスで塞いで彼の膝に跨って乗って甘える。
「ダメ…ダメ…まだ聞かない。気持ち良くしてよ…甘えたいんだ…」
グダグダにトロける位…あなたに甘えて、死んでいきたい…
もう嫌なんだ…
自分のズボンを脱ぎ捨てて、彼の腹に自分のモノを擦り付ける。
「はぁ…気持ちい…気持ちいよ。兄ちゃん…兄ちゃん…!」
体を仰け反らせて、自分の乳首を指先でいやらしく捏ねると、快感にもっと体が仰け反って、オレのモノからトロトロの液が出る。
オレの中に彼の指が入ってきて、一気に快感が質を変えてオレの腰を震わせる。
「ふっ…あっああ…んっ、んんっ…あぁ…もっと、もっとして…」
もっと甘えたいんだ。
もっと、もっと、甘えたいんだ。
だからどうか居なくならないでよ…オレを置いて、行かないで…どこにも。
惚けた彼の顔を撫でて、髪を優しくぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
快感が背中をめぐって、自分のモノが痛い位に勃起する。
「ふあぁっ!だめぇ…イッちゃいそう!ん~…向井さぁん…イッちゃいそう!」
そう言って彼の頭に顔を埋めて抱きしめる。
どこにも行かないで…行かないでよっ!!
「シロ…可愛いね…」
彼の上で彼の指に気持ち良くされて、イッてしまった…
肩に顔を置いて惚けるオレに、うっとりした瞳でそう言って、熱くてトロけるキスをくれる。
自分のモノを手で扱いて、オレの中に埋めていく。
「んん…あっああん…気持ちい…兄ちゃん!兄ちゃん…!」
どうしてオレがおかしくなるって分かってるのに、置いて行ったの?
どうして1人にしたの?
一緒に死ねたら良かった…
兄ちゃんと一緒に…あの時、死んでいれば良かった…
「あっああん!兄ちゃん…兄ちゃん…どうして、どうして…うっうう…うわぁん…」
泣き声をあげながら喘ぐオレを、彼は変わらない快感で包んでくれる。
感情が消えるくらい真っ白になる快感に、体中が痺れていく。
「イッちゃう…!向井さん…イッちゃう…!!も、ダメ…だめぇ…」
「ふふ…まだ、もうちょっと…我慢してごらん?」
ダメだよ…だって、オレのモノは、ダラダラと垂れ流してる…
もう半分イッてるよ…
「ふぁっ!んっんんっ…あっ、あぁ…らめぇ~!イッちゃうの…イキそうなの~!」
「はぁはぁ…もう、ちょっと…我慢して…?」
何で…!
「や、やなの…今イキたいの…あっああ…らめぇ…ん!」
頭を振っても、彼の背中にしがみ付いても、押し寄せる快感が鈍らない。
ひたすら満たされる快感に…爆発してしまいそうだよ…
「あぁ…シロ、イキそう…」
そう言って桜二が気持ちよさそうに首を伸ばして目を瞑る。
可愛い…
大好き、大好き、大好き…!!
「桜二!桜二!気持ちいい…!イッちゃう…イッちゃうよ!あっああ…んはぁあん!」
オレがそう言って彼の上で腰を震わせてイクと、彼も短く呻いて、イッた。
オレの中から彼の精液がドロドロと垂れて、お尻を濡らす。
「あぁ~…桜二、めっちゃ気持ち良いね…」
オレはそう言って彼にキスすると、肩にもたれて惚ける。
「シロ…」
分かってる…
言っちゃったんだ。
彼の本当の名前を…つい、言っちゃったんだ。
桜二は落ち着いた優しい声で聞いて来た。
「俺の名前…どうして知ってるの?」
「…インターネットで“スケベ”を調べたら…出て来たの…」
オレはそう言って、彼の背中を見つめる。汗が流れるのを指先で止めてすくった。
「…本当?」
んな訳ない!
「桜二…?オレはほとほとお前に呆れてるんだ…どうしてか分かる?」
体を起こして彼の瞳を見つめる。
オレの目をまっすぐに見つめて涙を落とす彼を見つめる。
「…分からないよ…教えて…」
「オレを置いて行こうとしただろ?それを人は無責任て言うんだ。あんな事を言ったのに…オレを置いて行こうとするなんて…無責任じゃないか?きちんと最後まで始末をつけてから、次に行くんだよ?そうだろ?」
オレがそう言うと、彼の瞳が歪んでドロドロの涙を垂れ流す。
「依冬が湊を殺した奴が分かったと言っていた。それと同時に、お前の様子がおかしくなった…。それでお前が桜二だと分かった…。まるでもう会えなくなるみたいに…オレの“宝箱”を持って帰らせたね…。ねぇ…どうして?どうしてそうしたの?」
オレの目にグルグルのブラックホールが現れて、彼の目を吸い込む。
「オレを置いて…1人にして…何をしようとしていたの?」
「シロ…ごめん…」
「ダメだ。」
オレはそう言うと、彼の顔に頬ずりしながら尋ねる。
「オレが…1人で、気が狂って…泣き叫んでも…良いと思ったの…?」
「…違う…」
「打ちひしがれて…あの部屋で、1人で、死んでしまっても…良いと思ったの?」
「違う…」
「じゃあ…どうして…そうしたの?教えて…教えてよ…!逃げたかったの?依冬から…逃げ出したかったの?ねぇ…オレを置いて、1人で死んだ理由は何なの…!」
いつの間にか、彼に…兄ちゃんへの疑問をぶつけていた…
目から流れる涙が、彼の頬に落ちて、見えない場所に流れていく。
桜二はオレを見上げて、苦しそうに目を歪めながら言った。
「シロを…守りたかったんだ…」
「うっ…うう…うう…うわぁあん…違う!そんな事じゃ…ない!オレを守るのは…そんな事じゃない!!馬鹿!馬鹿!!」
そう言って彼の体に自分を埋めて、胸を叩いて、怒る。
兄ちゃんが居ないと…オレはダメなのに…
兄ちゃんはオレを守る為に…オレの前から居なくなってしまう。
何で…
分からないよ…
オレがクッタリと動かなくなると、桜二はオレの体を撫でながら言った。
「シロは依冬が好きだ…依冬も、シロが好きだ。だから、彼がいれば大丈夫だと思った…。俺はここに来るまで、汚い事をし過ぎたんだ…だから、恨みを買った。その矛先が、シロ。お前に行ったんだ…。俺が傍に居る限り、お前が狙われてしまう…。相手が悪くて、俺は多分…お前を守り切れない。だから、お前の前から姿を消して、守りたかった…。守りたかったんだ!」
桜二がそう言ってオレの体を強く抱きしめる。
「オレから離れても大丈夫なの…?オレを置いて行っても大丈夫なの…?」
力の無くなった声で、彼の胸に守られながら、彼を詰る。
「大丈夫じゃない…だから…気付かれずに死のうと思った…」
あぁ…何て事だ。
きっと猫のお守りのせいだ。
あんなもの作らなければ良かった…
「オレを1人にしないって約束したのに…死んだ兄ちゃんと同じじゃないか…」
焦点が泳ぐ目をそのままに、顔を上げて彼の目を見つめる。
「ごめん…」
桜二はそう言うと、オレの首に顔を埋めて肩を揺らせた。
彼の嗚咽が体を振動させて、オレの体を揺らしていく。
だめだ。
オレの傍から離れられないって…思い知らないとダメだ…
涙で歪む彼の顔を両手で優しく包み込む。
「桜二…可愛い名前だね?おばキューのО次郎と、同じ漢字なの?」
目を見開いたまま彼に尋ねる。
「ふふ…違うよ…桜に…二を書くんだ…。」
「素敵な名前だ…桜は大好きだよ?特に、5月の葉桜が大好きだ…」
オレはそう言うと、両手を上に伸ばして手のひらをヒラヒラと動かした。そして、落ちてくる桜の花びらを、彼の頭に振らせた。
「桜二…」
オレがそう言うと、彼は顔を歪めて泣き声をあげる。
彼の手を自分の首にあてがって言った。
「死ぬなら…オレも一緒に殺して…?もう…1人は嫌なんだ…。」
「シロ…!」
オレの首から手を離そうとする彼の手を強く掴んで、自分の首にあて続ける。
これはお前の責任なんだ。
あんな事を言って、オレをグズグズに甘やかした…お前の責任なんだ。
「1人になった後…オレはどうせ死ぬんだ。だったら、今、桜二に殺された方が良い。オレも桜二の事を殺してあげる。ね?良いだろ?」
桜二の首に手を回して、彼の目を見つめたまま力を込めて首を絞める。
苦しそうな顔もしないでオレを見つめる彼に…兄ちゃんが重なって見えるよ。
「シロ…ウサギのステッカーを本当に貼るの?」
「ん、どうして?だって…とっても可愛いのに…」
当時、オレは中学生…
小さい頃に作った“宝箱”の蓋に不気味なウサギのステッカーを貼るオレに、兄ちゃんが最終確認を何度もした。
でも、オレはこのウサギのステッカーを気に入っていたんだ。
だから、何度も聞いて来る兄ちゃんが不思議で、首を傾げながら兄ちゃんを見上げた。
「ふふ…そうだね。その、ウサギはとっても可愛いよ?」
「んふふ…そうでしょ?シロはね、このウサギが大好き。だって兄ちゃんにそっくりだよ?」
オレがそう言うと、兄ちゃんがじっとウサギのステッカーを見て言った。
「どこが…?」
「ん?目がおかしい所!可愛いだろ?」
オレがそう言うと、兄ちゃんが笑ってオレをギュッと抱きしめた。
「兄ちゃん…兄ちゃん…!ふふふ!」
それが嬉しくて…嬉しくて…堪らなかった。
兄ちゃんはオレのウサギのステッカーに、赤いペンで首輪をつけた。
「兄ちゃんはシロのウサギだから…首輪を付けようね…?これで、どこにも飛んでいけなくなったね…?」
「ふふ…可愛いね。」
オレはそう言って笑って兄ちゃんを見つめた。
兄ちゃんはウサギと同じ目をしてオレを見て、微笑んだ。
そして、優しいキスをくれた。
霊安室で見た兄ちゃんは…首に、戻らない紫の溝を作って寝転がっていた。
赤じゃない…紫の首輪をつけた兄ちゃん。
何も言えなかったのは…それが兄ちゃんに見えなかったから…
だって…オレの兄ちゃんには、赤い首輪が付いているはずなんだ。
首を絞める感触に…兄ちゃんの紫にくぼんだ首を思い出して、動揺して、発狂する。
「兄ちゃぁあん!!嫌だぁ!嫌だぁぁ!!」
体の力が抜けて、頭から血の気が引いて、目の前が真っ白に染まって何も見えなくなる。
このまま死んでしまいたい…兄ちゃんの所に、行きたいんだ。
薄れる意識の中、音も聞こえなくなって自分の鼓動だけが鼓膜を揺らす。
ただ、オレの体を強く抱きしめる力強い腕を感じた…
兄ちゃん…
「シロ…兄ちゃんと話そう?」
「…うん。」
あの時、そう言えていたら…未来は変わったの?
オレがそう素直に言えていたら…未来は変わって、兄ちゃんは今もオレの傍に居てくれたの?
愛してるんだ…
兄ちゃんが居ない世界では、オレは上手く生きれない。
苦しいんだ…いつも苦しい…
いくら笑っても…いくら楽しんでみても…いくら誰かを愛しても…
それは全部空しい…余韻でしかない。
まるで酸素を送るのを止められた、水槽の中の金魚みたいに…溺れて死ぬ。
じわじわと…死んでいくんだ。
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