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第25話

#シロ 「残念だよ…シロ君」 ゲイ先生がそう言って、オレを見つめて首を横に振った。 え…検査結果が思わしくなかったの…? オレは固まったままゲイ先生を見上げ続ける。 「どこにも…問題なかったよ。…いや、残念だ!」 「先生って最低だね。セクハラするし、患者を脅した。」 オレはそう言うと、呆れ顔をして顔を反らした。 ゲイ先生は嬉しそうにベッドに座り込むと、オレの顔を自分に向けて聞いて来た。 「ね!シロ君のお店に行ったらお喋り出来るの?それとも、ショーしか見れないの?」 オレはゲイ先生をベッドから退かして手で払って言った。 「お店にも出るよ?でもね、人が多い時は行かない。」 ベッドの脇に置いた椅子に座り直すと、ゲイ先生はオレの布団の中に手を入れて、モゾモゾと足を撫で始める。 はぁ? 「なぁんでこんな事するの?これは院長先生案件だよ?」 オレはそう言って足を撫で始めるゲイ先生の手を、引っ叩いて退かした。 「あふふ…」 オレをうっとりと見つめて変な声で笑うゲイ先生を見つめて思った。 こいつはきっとドМなんだ…。オレのSMショーの動画を喜んでた。鞭の振り方がウンタラって褒めてた…。引っ叩かれて喜ぶのも、きっと性癖なんだ。 「先生がシロ君の彼氏になったら、いっつも体を診察してあげるのに…」 そう言ってニヤけるゲイ先生に言った。 「良いの。オレはね健康な若者だから。24時間の医療体制をお爺ちゃんなら喜ぶかもしれないよ?だから、先生はお爺ちゃんと付き合いな?」 そんなオレの言葉に大笑いすると、ゲイ先生は再び布団の中に手を入れて来るから、俺は頬を膨らませて言った。 「もう!先生は何がしたいの?!」 オレの言葉に、ゲイ先生はにっこりと笑うと言った。 「触りたいの…」 「どこを…?」 「おちんちん…」 最悪だ…この先生、最悪です。 「先生の行為は罪に問われるよ?知ってた?」 オレがそう言うとゲイ先生はへらへら笑いながら言った。 「知らな~い。」 そうなの?お医者なんて、頭が良い人がなる職業だと思っていたよ? 「馬鹿なんだね…」 オレが悲しい顔をしてそう言うと、ゲイ先生はへらへら笑いながらオレのモノを服の上から撫で始めた。 良いさ。別に… 「あ、可愛い…」 オレのモノを撫でながらうっとりとゲイ先生が言った。 それがオレのモノへの感想か…これが依冬並みの大きさだったら、絶句するのかな…ふふ。 しつこく撫でられてオレのモノが半勃ちしてくる。 「先生…もう良いだろ!変態!」 「あふふ…もうちょっと…」 半勃ちのモノに興奮したのか、ゲイ先生は服の上から握ると、扱き始める。 「んっ…!先生!触るだけって…言ったじゃん!」 オレはそう言って布団の中に手を入れて、ゲイ先生の手を掴んだ。 オレの手を乗せたままゲイ先生はいやらしくオレのモノを扱く。 ヤバい…気持ちいい… 体が反応して、顎が上がっていく。 声が出ない様に手で口を押さえるけど、凄く気持ち良くて堪らない… 普通じゃないゲイ先生の手コキテクに翻弄される。 「先生ね…フェラも得意なんだよ?試してみたくない?」 マジか…ダメだよ。絶対、オレ、イッちゃうもん… でも… 「や、やだぁ…んっ、んぁあ…!だめ…ん、あっ…」 手で押さえただけじゃ、口から漏れる喘ぎ声を防げなくなってきて、布団を口に押し付けて必死に堪える。 ゲイ先生はオレのズボンからモノを取り出すと、いやらしい手付きで本格的に扱き始める。どうしてなのか…めちゃめちゃ気持ちが良いんだ… 足を突っ張らせて堪えるけど、グングンと襲ってくる快感に長くは持ちそうもない。 「だめ…イッちゃうよ…」 オレがそう言ってゲイ先生を見つめると、惚けた表情のゲイ先生が言った。 「お口はもっと気持ち良く出来るよ?」 え… 「…して?」 「あふふ…可愛い」 試してみたかったんだ。どんな物なのか試してみたかっただけなんだ… オレの布団の中に顔を入れると、ねっとりと舌を絡めて、ゲイ先生がオレのモノを口で扱く。 「あっと!ああっ!や、凄い…!んっらめっ…らめぇ!イッちゃう!んんっ!あぁ…イッちゃう~!!」 体がビクついて跳ねると、オレは激しくイッてしまった… 天井を見上げて放心する。 何…このテクニック…怖い! 「ね?先生、上手だったでしょ?」 そう言って布団から顔を出すと、うっとりした表情でオレの中に指を入れようとして来る。 「だめ!それはやだ!」 オレは怒って体を起こすと、ゲイ先生の頭を引っ叩いた。 「あふふ…先生はね、お医者さんだから…どこをどうしたら気持ちいのか、知ってるんだよ?」 マジかよ…もっと違う事を考えろよ… 「指でするだけだよ?ね?ただの触診だよ?」 そう言いながら布団の上からオレの腹に顔を置いて、指を中に入れて来る。 「あ…あぁ…はぁはぁ…だめ、気持ちい…あっ…あっああ…ん、何これ…」 足がガクガク言って震えると、鋭い快感に体が仰け反って、起こした体がベッドに戻って行く。 ゲイ先生はオレの顔を見ながら、自分のモノを扱き始める。 …最低だ!変態医者だ! でも…めちゃくちゃ上手で、気持ち良くて、堪らない! 「ねぇ…これでフェラしたら…イッちゃうかなぁ?」 そうだね…確実にイクだろうね。 「ん、フェラして…?」 オレはうっとりとした瞳でゲイ先生におねだりした。 だって気持ち良くて、我慢できないんだ… ゲイ先生はにっこりと笑うと、布団の中に顔を戻して、あの超絶フェラをした。 「あぁっ…あっ!あっあぁ…ダメだぁ…イッちゃう、イッちゃう!凄い…んんっ!イッちゃうよ~!」 あまりの気持ち良さに体が喜んでしまう。 喘ぎ声が甘くなって、どんどんトロけて行く。 オレはあっという間にイッて、満足そうにオレを見つめるゲイ先生に言った。 「ガンとか…血栓とか…難しい手術をするお医者を神の手って呼ぶけど、先生は…違う意味で神の手なんだね…」 「…ぶふっ!先生の事、見直した?エッチはもっと上手だよ?試してみたくない?」 自分のモノを扱きながら、準備万端でオレに詰め寄るゲイ先生に言った。 「そう言う事は好きな人とするから…先生とはしない。」 これ以上はきっと浮気って言うんだ。 オレは毅然とした態度で断ると、パンツとズボンを直した。 本音では、ゲイ先生のエッチも試したかった。 きっと凄い気持ち良いに決まってる。 でも、これ以上やったら、オレの中でタカが外れそうだった。 ただでさえ、エッチが好きな体なんだ… これ以上開発するのなんて…生活していけなくなりそうだろ?ふふ。 「コツだけ教えて?彼氏にやってあげたいから…」 オレはそう言ってゲイ先生の超絶テクを少しだけ教えて貰った。 オレのモノを使ってレクチャーするから、オレはまた気持ち良くなってイッてしまった…。 頭に巻いた包帯を外すと、ゲイ先生は夜ご飯が運ばれる頃には退散していった。 世の中にはまだまだ凄い人がいるんだ… お医者というポジションのせいか、あの人の話し方のせいか、いやらしい事をしたと言う認識を持たなかった。オレの感覚がマヒしてるせいもあるかもしれない。 あっという間に美味しくない病院食を平らげて、窓の外を眺める。 暗くなった空を見上げて、遠くの明かりを見つめる。 桜二…何してるかな… オレはね…スケベなゲイのお医者に抜かれたよ?ふふ… 携帯を取り出して、桜二に電話をかける。 「もしもし~?バケラッタですか~?僕は頭に異常ありませんでしたよ~?ふふ…んふふ!明日退院できるよ。迎えに来て?ふふ…うん、分かった。大好きだよ。ふふ。またね?」 電話口の桜二は何だか忙しそうだった。 でも、明日お迎えに来てくれるって…約束をした。 包帯の取れた頭で一回転ピルエットをまわって、美しくポーズをとる。 暗くなった窓に映る自分の姿を見つめて言う。 「綺麗だ…」 腰の反りも…胸の上がり具合も…長く伸ばした首も、全て…美しく整った姿勢。 そうだ!依冬にもお電話しよう! オレは再び携帯電話を手に持って依冬に電話をかける。 耳にあてて呼び出し音を聞いていると、病室の外から同じように携帯の呼び出し音が聞こえる。 病室のドアが開いて、耳に携帯を当てた依冬がやって来た。 「もしもし?」 目の前で携帯を取る依冬を見て、吹き出して笑う。 「んふふ!」 オレはそのまま電話口に話しかける。 「もしもし?僕だよ?今、何してるのかね?」 「今、仕事で残業してるよ…?ふふ…」 依冬はそう言ってふざけると、ケラケラと笑った。 「依冬~!おいで!依冬~!」 オレが両手を広げて依冬を呼ぶと、彼はオレをすくう様に下から抱きあげて、グルグルと回った。 依冬の頭を抱きかかえると、愛おしむ様に顔を擦り付けた。 「シロが甘えん坊で可愛いね…」 お前の方が…もっと、もっと、可愛いよ? ぶれない体幹の依冬は、抱き上げたオレが体を反らしても、ぐらりとも揺れない。 「ふふ…凄い!」 彼の顔を見つめながら、両手で頬を撫でる。 「シロ?ご飯食べた?」 「食べたよ?」 「何が一番美味しくなかったの?」 「ん~…ごぼう!」 オレがそう言うと、オレのお尻を少し下に落としてチュッとキスをした。 可愛い! 依冬の首に腕を回して彼の肩に顔を置く。 なぁんて、しっかりした体なんだ…! 「依冬の抱き枕が売ってたら、すぐに買う。」 オレはそう言ってクスクス笑うと依冬の背中を両手で撫でて、ギュッと抱きしめる。 「シロ。もっかいキスしよ?」 そうか…仕方が無いな~! オレは顔を上げて、依冬のくちびるをペロペロなめる。 「ふふっ!そうじゃなくて…」 そう言って笑う依冬の唇に、ねっとりと舌を這わせて、そのまま熱くて濃厚なキスをする。 体がジンジンする熱いキス。 堪んない… 依冬はオレから唇を外すと、物足りなそうに口を尖らせるオレに言った。 「シロ、検査の結果はどうだったの?」 あぁ、忘れてた! 「ふふ…異常ありだったよ?」 「嘘つき…」 依冬の頬に頬ずりしながら、彼に抱っこされて気持ち良くなる。 大きな犬の体にもたれてるみたいに、安心して眠くなるんだ。 「依冬?今日は何を食べるの?」 オレをベッドに乗せる依冬から手を離さないで、強引に隣に座らせると彼の夕飯を尋ねた。 依冬は首を傾げながら、う~ん。と考えると笑いながら言った。 「ふふ…今日は、牛丼。」 「え~~?」 「じゃあ…すき焼き…」 「え~~?」 本当に下らない会話。 だけど、すごく楽しくて、幸せを感じるんだ… ベッドに一緒に座って彼の体にもたれかかっていると、何となく出来心で、依冬の股間を触ってみた。 「…シロ?ダメだよ?」 個室の病室、オレと依冬しかいないのに、なぜか彼は小声でそう言った。 「んふふ!」 オレは楽しくなって、もっと依冬の股間を触ろうとした。 オレの両手を瞬時に掴むと、メッ!と顔を怒らせて依冬がするから、オレは教えてあげた。 「フン!オレ、今日ゲイの先生に抜いてもらったも~ん!」 「え?」 そう言ってオレを見つめる依冬の顔が、あっという間に怒った顔になった。 「あれれ~?怒ったの?」 オレはそう言ってまだまだふざけて依冬を煽る。 「依冬がおちんちんを触らせてくれないからいけないんだ!」 「関係ないだろ?だってそれ以前の話じゃないか!」 確かにね… 「依冬がそんなに怒ると思わなかった…」 オレはそう言ってシュンとすると、依冬の体に再びもたれかかった。 「ダメだよ…シロは俺の恋人だろ?勝手に他の人に体を触られたらダメだ。」 そうか…そうだよね… 「分かった…ごめん。もうしないよ?」 恋人なんて…そんな基本的な概念が欠落していた。 「…桜二だって、嫌な気持ちになると思うよ?」 そう言って依冬が微笑みながらオレの頭を撫でた。 「え…」 オレは彼の顔を見上げて固まる… 今、依冬の口から…桜二って出たの? 呆然としたまま依冬を見つめるオレに、彼が言った。 「…シロ?いつからあの人の名前を知っていたの?」 オレは彼の目を見つめたまま正直に答えた。 「…依冬から電話を貰った後から、彼の様子がおかしかった。それで…映画館で、お前にあの話を聞いた時、分かった。」 そう…と短く言うと、オレの頭を撫でながら依冬が言った。 「…彼を、守りたかったの?」 「うん…死のうとしていたんだ。オレは兄ちゃんを手放す事が出来なくて…桜二を隠して守った。ごめんなさい…」 目から涙がポロポロ落ちて、気付いた。 依冬に強い罪悪感を感じていたと… だから、隠していた事を全て吐き出して泣いた。 「湊を殺しちゃったって…ごめんね、依冬…隠していてごめんね…」 「うん…」 「兄ちゃんを手放せなくて…ごめんね…知っていたのに、教えなくて…ごめんね…」 「うん…」 「桜二も大切で…依冬も大切なんだ…ごめんね、ごめんね…依冬、オレを嫌いにならないで…愛してるんだ…。」 オレはそう言って依冬の体に抱きついた。 「俺もシロを愛してるよ…」 依冬の力強い手がオレの腰を抱きしめて、体に包み込んでくれる。 あったかい… あんなに桜二探しに熱心になっていたのに…オレの知らない所で冷静さを取り戻したみたいに、彼はいつもの依冬に戻っていた。 桜二も今の所、ボコボコにされた様子もない。 逮捕されるのかな… 「依冬?桜二を捕まえる?」 彼の腕の中でそう尋ねると、依冬は言った。 「もう、シロが捕まえてるから…大丈夫…」 そうか…それなら、良かった。 「依冬…ありがと…ごめんなさい…」 彼の体をギュッと抱きしめて、彼の体に自分を埋めて、甘える。 いつの間にか、いつもの様に依冬の膝に跨って座ると、いつもの様に下らない会話を始めていた。 「猫って自分の体よりも高い位置までジャンプ出来るなんて…冷静に考えると驚異的だと思わない?」 「足の筋肉が…凄いよね。」 真剣にそう言った依冬に吹き出して笑うと、彼の頬を撫でて言った。 「ねえ…依冬?チョコレートパフェと、フルーツパフェだったら、どっちのカロリーが高いでしょうか?」 オレがそう聞くと、依冬は楽しそうに微笑んで、目を瞑って考え始めた。 「ふふ…目を瞑ってもダメなんだ…ダメなんだ!」 そう言って彼の口にキスして、クスクス笑う。 「分かった!フルーツパフェだ!」 「八ズレ~!」 オレはそう言って依冬のおでこにデコピンをする。 こんな風にじゃれて遊べる依冬が大好き… 21:00 消灯を迎えた病院、依冬を送って病院の入り口まで一緒に向かう。 「明日には退院だね?」 「うん…朝、桜二が迎えに来てくれるんだ~。帰りに肉まん買ってもらおうと思ってる。」 手を繋いで、エレベータから降りて、出口へ向かう依冬の手を引っ張ると、言った。 「依冬、見て見て~?」 依冬と繋いだ手を上に上げて、クルリと一回転まわると手を離して美しくフェッテターンをした。 「んふふ、数えて~!」 「えっと…1、2…」 フェッテターンはバレエのターンの1つ。 同じ場所で何回も回るんだけど、片足で反動を付けて回るんだ。 だから軸さえぶれなければ何回だって回れる。 「白鳥では黒鳥が32回転もフェッテを回るんだって?知ってた?」 「何言ってるのか分かんないけど、綺麗だね…」 「オレの腰を持って高く上げてよ?」 オレがそう言うと、依冬がオレを小脇に抱えて持ち上げた。 「ん、もう!違う!」 オレはそう言って両足をばたつかせた。 「リフトって言ってバレエで男性が女性をこう…高く持ち上げるんだ。」 オレがそう言ってお手本をすると、依冬が言った。 「また、明日ね。」 なんて奴だ! オレは寂しそうな顔をして、駐車場へ向かう依冬を見送った… 「クスン…寂しいよ。ボッチだ。」 こんな早い時間から寝られる訳ない… 部屋に戻る途中、子供の鼻歌が聞こえてクスリと笑う。 可愛いな…お母さんにでも歌って聞かせてるのかな… 誰も居ない、だだっ広い部屋に戻って、窓の外を眺める。 「兄ちゃんの歌は下手くそだ…ふふ」 オレがそう言って笑うと、兄ちゃんは嬉しそうにもっと歌を歌った… 兄ちゃんの通知表で音楽は5だったのに…オレに歌う時だけおかしくなった。 でも、オレは兄ちゃんのその変な歌が…大好きだったな。 だって、面白いんだ… 「兄ちゃん…会いたいよ。会えないけど…願うのは自由だよね…」 黒くて底の無い闇の様な空を見上げる。 窓に映る自分の後ろに、兄ちゃんを思い描いて、自分の背中を抱きしめさせる。 兄ちゃん… オレはベッドに入ると、布団を丸めて兄ちゃんの代わりに抱いて眠る。 寂しい…思えば思う程、寂しくて…堪らなくなる。 「兄ちゃん…シロの事…ギュッとして…」 1人でそう言って、ギュッと布団に抱きついた。 寝すぎて目を覚ます。 朝の5:00… お爺ちゃんが起きる時間だ。 シャワーを浴びて、傷の閉じた頭を優しく洗う。 指先に傷を留めるホチキスが触れて、ゾクッとした。 「ヒェ!」 そのまま桜二が買ってくれた新しい服に着替える。 値札の付いたままの服。 一桁違う値段にビビると…思いきり値札をちぎってゴミ箱へとポイッと捨てて、見なかった事にする。 そのまま携帯を手に持って、中庭を見に行く。 「わぁ…綺麗だ…」 それは朝の優しい光の中、眠りについていた花たちが一斉に目覚め始める瞬間。 ダラリと垂らした首を持ち上げて、ゆっくりと花びらが開いていく。 なんて綺麗な瞬間だろう… オレは気持ち良くなって、クルクルと回って、美しくポーズを取った。 こんな瞬間は…オーディションの曲を踊るよりも…バレエが似合う。 眠れる森の美女…あの、リラの精のバリエーションを踊り始める。 首を上げて花びらを開く花々の上を、手を撫でる様に動かして、美しく歩いて行くと、今度はターンしながら戻って行く… 両手を頭の上でアンオーしても、オレのターンはぶれないでその場で回り続ける。 我ながら美しい…この情景と、この踊りが…うまくマッチして、新しい情景を生んだ。 あっという間に素敵な瞬間は終わって、ポーズをキープした体を崩すと、首をぐるりと回して言った。 「さてさて、練習しましょ…」 そして、地面に置いた携帯画面を見ながらオーディションのダンスを練習する。 毎日何かしら動かしていた体…一日動かさないだけで、凄いロスするんだ… 一週間、桜二を軟禁した時はしばらく筋肉痛の日々が続いたもんね…ふふ。 懐かしいな…徹底的にとっちめたから…桜二は改心したのかな? ふふ…早く会いたいな。 せっかくシャワーを浴びたのに、オレは汗をかきながら踊りに集中していた。 手の先までも、足の先までも自在に動かして、曲に合わせて踊る。 たったそれだけの事なのに、こんなに集中しないとあっという間に遅れていく。 毎日の積み重ねが重要なんだ。 「あぁ~、疲れた…これ以上汗をかいたらダメだ…着替えなきゃダメになっちゃう。」 オレはそう言って1人でぶつぶつ言いながら中庭を後にする。 「シロ君…」 いつからそこに居たのか…ゲイ先生がオレを見つめて立ち尽くしている。 「…おはよう、先生。朝が早いんだね。」 オレがそう言うと、ゲイ先生は胸に手をあてて言った。 「素敵だ!」 ゲイ先生はまるで寝起きの様に頭がボサボサで、髭も伸びていた。 朝が早いんじゃない…帰れてないんだ。 …医者って大変だな。 適当にゲイ先生をいなすと、オレは病室へ戻ってシャワーをもう一回浴びた。 汗をかいて濡れたTシャツを干しながら朝ご飯を食べていると、看護師さんが言った。 「…目のやり場に困るから…何か着てよ~。」 「んふふ…困らないよ?だってみんなと同じだもん。そうでしょ?」 オレはそう言って看護師さんにセクハラをする。 さて、ご飯も食べたし…Tシャツも乾いた。 オレは服を着なおすと、自分の荷物をリュックに詰め込んだ。 そして、約束の時間前から桜二が来るのを待っていた。 「桜二、桜二、早く、早く!」 9:00 桜二がお迎えの約束をした時間。 道路が込んでいるのか…なかなか桜二が現れなかった。 「肉まんを買おうと思ってるんだ…」 窓の外を眺めて、1人そう呟く。 約束の時間より前から待っていたせいか…ずいぶん遅く感じるよ… 携帯を確認すると、時間は既に10:00を迎えていた。 「え?!」 驚いて必死に昨日電話で話した内容を思い出す。 …じゃあ、9:00に迎えに行くねって…言ってた筈なのに。 おかしいな… ガラッ 病室の扉が開く音がして、オレは振り返って入り口を見つめた。 「依冬…」 「シロ、退院の手続きは済ませたよ。帰ろう?」 え? 「桜二は…?」 オレがそう言うと、依冬は首を傾げる。 「知らないよ?」 え? 「昨日、9:00に迎えに行くって言ったんだ。」 オレはそう言って、依冬が持ち上げるオレのリュックを掴んだ。 動揺しているのか、リュックを掴んだオレの手が震えている。 そんなオレの手を、依冬が見つめて言った。 「シロ…きっと用事が出来たんだよ…もう、行こう?」 そんな訳ない…もしそうなら、必ず連絡するはずだ。 おかしい… 何かおかしい… オレは依冬を見つめて、静かに聞いた。 「…お前、何か知ってるだろ?」 それはいつもの調子じゃない、グルグルのブラックホールが開いた目だ。 「知らないよ…」 嘘だ…絶対に嘘だ… 何かがおかしい…桜二が来ない… 「桜二が来ない…!」 グルグルのブラックホールがどんどん周りを飲み込んでいって、震えた声が唇を揺らして頭を揺らして行く。 オレの様子に依冬が慌てて体を支えると、そっと落ち着いた声で言った。 「シロ…落ち着いて…」 「桜二が来るまでここで待つ…約束したんだ…」 オレはそう言うと、依冬から離れてベッドに座り込んだ。 ここで待っていれば、きっと、来てくれる…だって、約束したんだ。 桜二がオレを置いて…どこかに行ったりする訳がない… そうだろ? そうだろ? …そうだろ?! 「シロ…帰ろう。」 「嫌だ!」 携帯電話を取り出して、桜二に電話をかける。 耳にあてて呼び出し音を聞くと、留守番電話に回される。 何回も何回も、それを繰り返して…オレは携帯を膝に置いた。 桜二が来ない… 頭の上から冷たい血が一気に下に流れていく。 「依冬…桜二…電話、出ない…」 グルグルのブラックホールがオレを内側から飲み込んでいく。 体の感覚がおかしくなって、手足が自在に動かなくなって、硬直する。 体を動かす内臓の筋肉が硬くなって、息が吸えなくなって、苦しくなっていく。反対に胸の動悸だけ強く鼓動を打って、体を壊すくらいに跳ね続ける。 桜二、オレを置いて…どこかへ…行ってしまったの…? 「シロ…落ち着いて…大丈夫。深呼吸しよう…?」 依冬は硬くなったオレの体に優しく寄り添うと、大きく包み込む様に温めてくれる。 でも…ダメなんだ。 怖い…怖い…怖いんだ…! 「依冬ぉ…兄ちゃんが来ないんだぁ…何で?何か知ってるだろ…?なぁ…言えよ…」 オレはそう言って依冬にグルグルのブラックホールを向ける… オレの顔を見て依冬が悲しそうに眉を下げて言った。 「シロ…帰ろう。」 そう言ってオレの体を無理やり持ち上げると、腕を掴んで歩き始めた。 足元が浮いてるみたいにフワフワして、自分の足が動いてるのか分からない。 ただ、きつく抱かれた腰と掴まれた腕だけ、やたらハッキリと依冬の熱を感じる。 どうしてだろう…どうして兄ちゃんが来ないんだろう… 「シロは…兄ちゃんと帰るのに…」 オレがそう呟くと、依冬が言った。 「今日は俺と帰ろうね…」 「え~やだ~。」 抑揚の出ない声でそう言って、依冬を見上げる。 エレベーターの中、オレと見つめ合う依冬は悲痛な表情で、オレには彼がどうしてそんな表情をするのか、分からなくなっていた。 エレベーターから降りると、足早に出口に向かう依冬に引っ張られながら歩く。 「怨恨の可能性が高いとの情報も入って来ていますが、現在調査中とのことです。警察本部の発表によりますと、今回被害に遭われた結城桜二さんの容態は現在、意識不明の重体との情報です。」 「え?」 オレはそう言って足を止めると、遠くで流しっぱなしにされるテレビを見つめる。 「シロ、行こう。」 依冬がそう言って、オレの体を押す様に動かして病院の外へと連れ出す。 「今、聞こえたんだけど…」 オレがそう言って依冬に話しかけると、依冬は車のドアを開けてオレを座らせた。 シートベルトを付けて、オレの頭を撫でると依冬が言った。 「シロ、お腹空いてない?」 「お腹…?」 お腹ってなんだっけ… 「…分からない」 何を言ってるのか…分からないよ… 自分の膝を見つめて、不思議に思う。これが誰の体か分からない。 オレを心配そうにチラチラ見ながら、依冬が車を出す。 オレは自分の体が誰の体なのか、ひたすら手を眺める。 「シロ…しばらくうちに泊まろう?荷物も後で持って来るからね?」 「どうして…?」 依冬を見つめて首を傾げる。 彼はオレを見ないで前を向いたまま言った。 「脳震盪を起こしただろ?その後倒れた人だっている。だから、念のためだよ?」 そうなの? 兄ちゃんが傍に居てくれるのに…何が心配なの? あ…兄ちゃん 「桜二はどうしてこなかったんだろう…?」 抑揚の出ない声を出して、依冬に話しかける。 「兄ちゃんがシロを迎えに来るのに…変だなぁ…」 頭の中でブラックホールが渦を巻いて、記憶も、思い出も、ごちゃ混ぜにしていく。 体の震えが止まらなくて動悸なのか、震えなのか、分からない。 感情を無くした様に、声に抑揚が出なくなって、まるで自分の体じゃないようなフワフワした手足を見つめる。 このままだと、落ちてしまう… 桜二を軟禁した時の様に…出口のない狂った世界に落ちてしまう。 「依冬…!オレ嫌だ…!怖いんだ…怖いんだ…!!」 オレはそう言って運転席の依冬に抱きつく。 見開いた目には流れていく景色が嘘の様に映って、町行く人が偽物に映る。 「シロ…」 依冬はオレの体を片手で受け止めると、ギュッと抱きしめてくれた。 「このままだと…オレは狂ってしまいそうだ…だから…だから、繋いで!オレをお前に繋いでよ…!!」 オレの体を強く抱きしめて、依冬が言った。 「分かった。」 車が停まって、依冬がオレの体を抱きしめたまま運転席から降りる。 そのまま一緒にマンションに入って、エレベーターに乗る。 静かなエレベーターの中で、依冬の呼吸音だけが耳の奥に届いて、オレの体を揺らす。 「ふふ…ずっと抱っこしても疲れないの…」 彼の肩に顔を乗せて尋ねると、依冬は笑って言った。 「疲れない。」 抱っこされたまま、彼の部屋に、初めて入った。 ソファに一緒に座って、向かい合う様にオレの顔を覗き込んで、優しく髪を撫でる。 「桜二は…死んじゃったのかな…」 グルグルのブラックホールを疼かせたまま、依冬の目を見つめて尋ねる。 ニュースで聞いた。 誰かに襲われて…意識不明の重体… あれは桜二だ。 だから、オレの迎えに来れなかったんだ… 「ねぇ…依冬ぉ…桜二は死んじゃったのかなぁ…」 涙がぼたぼたと落ちて、依冬の服を濡らしていく。 依冬はオレの目を見て、悲しそうに泣いた。 「シロ…大丈夫だよ。もう、泣かないで…」 大丈夫な訳無いよ…依冬。 だって、オレの兄ちゃんが…また、死んじゃったんだ… 死んじゃった… 頭の中でフラッシュバックが起きて、目の前の依冬が見えなくなる。 代わりに兄ちゃんの顔が走馬灯のように流れていく。 「あ…」 目の奥のブラックホールに捕まって吸い込まれていく。 体中の血液が背中から抜ける様に一気に冷たくなっていく。 (シロ…お米ももっと食べて?おかずだけ食べないの…) そう言って兄ちゃんがオレの口にお米を運んだ… 「兄ちゃん…シロ、白いお米は嫌いだもん…お塩かふりかけしてぇ~?」 (シロ…野良猫は可愛いけどすぐに撫でたらダメだよ?病気を持ってる時があるからね?良い?) 兄ちゃんがそう言ってオレの手を水道で綺麗に洗う。 「だって…野良猫は悪くないもん…寂しいんだもん。」 (シロ…兄ちゃんと話そう。) 兄ちゃんがそう言って、オレの体を抱きしめた… 「嫌だ…」 目の前に横たわるのは…誰なの…この人は、誰なの… 紫の首輪のウサギ… 「ギャァァァーーーーーーッ!!」 両手で頭を押さえて硬直した様に天井を仰ぐと、体中の血が沸いたみたいに熱くなる。 開きっぱなしの口からよだれが落ちて垂れさがっていく。 体を仰け反らせて床に倒れると、痙攣しながらもんどりうつ。 「シロ!」 誰かに名前を呼ばれて、辺りを見回す。 暗くて黒くて…ここはきっとブラックホールの中。 逃げ出すには体を捨てるしかない。 「嫌だ!嫌だぁ!」 体を捩って脱ぎ捨てようともがいても体から抜けられない!! 誰かがオレの体を抱いて、強く抱きしめて言った。 「シロ!しっかりして!シロ!」 依冬…ダメだよ。 オレは兄ちゃんを手に入れたのに…また失った… 桜二…大好きになったのに、失うなんて信じられないよ… どうしたら良いの、この思いを…また抱えて生きていくなんて…オレには無理だ。 「まだ、死んでない!」 依冬の声が耳の奥に届いて、オレの目から涙があふれて落ちる。 「まだ、死んでないんだ!シロ…!しっかりして!」 「やだぁ!やだぁ…!!」 「俺が一緒に居る!落ち着いて…桜二は死んでいない。良いね?桜二は死んでない。」 依冬はそう言ってオレの体を撫でる。 まるで、ここに居るのがオレだと教える様に、何度も体を撫でる。 「桜二は病院に居る。…親父が桜二を刺した。」 「はぁはぁ…ああ~ん!兄ちゃぁん!!」 どうして…刺されちゃったの…死んじゃうじゃないか…!! 「昨日の深夜、自宅で親父に刺されて、今は病院に居る。」 依冬がそう言ってオレの頭を抱えて抱きしめる。 「落ち着いたら連れて行く。でも、今はダメだ…理由は分かるよね…」 分かる… オレがパニックになって気持ちが底まで落ちてるからだ… オレは依冬の体にしがみ付いて、気を抜くとすぐに襲ってくる恐怖と戦う。 彼の服がヨレヨレになる位強くしがみ付いて、恐怖と戦う。 「ん~~~!!」 「大丈夫。シロ。桜二は死んでない!」 オレが落ちそうになると依冬がそう言ってオレを引き戻す。 そんな事を繰り返して…何時間も抱き合う。 段々と落ち着いてくると、今度は早く桜二の元に行きたい気持ちが暴走し始める。 「依冬…もう大丈夫…桜二の所に行こう…」 「まだ、もうちょっと…」 「ん、やだぁ!なんで!なんで!!」 依冬の体を揺すって悲しそうに目を歪める彼を見つめて詰る。 「シロ…落ち着かないとダメだ。シロはそれが出来るだろ?だから、シロが落ち着くまで俺は待ってるんだ。」 依冬はそう言うと、オレの体をポンポンと叩いて、調子を取りながら、下手くそな歌を歌い始めた。 それが…まるで兄ちゃんの様で…笑いが込み上げる。 「あっふふ…何で…何で今、歌なんて…歌うんだよぉ…」 オレはそう言って依冬の体に自分を埋めて、兄ちゃんに甘えるみたいに、クッタリと力を抜いた。 「笑ったら元気が出るよ?…元気が出たらきっと心も落ち着く…そうしたら桜二に会いに行けるだろ?」 あぁ…そうだね…きっとそうだ… 兄ちゃんも…きっと、同じ気持ちで、オレに下手くそな歌を聴かせたんだ… 母親の暴力から逃げても、狭い部屋の中…オレはすぐに捕まった。 髪の毛を引っ張り上げられて、頬を思いきり打たれる。 ジンジンして痛くて、泣くと…もっと叩かれる。 だからじっと我慢して、この暴力が終わるのを待ってる… 学校から帰った兄ちゃんが、オレの頬を冷やしながら、膝の上で抱っこして揺らす。 我慢していた泣き声を、少しだけ出して兄ちゃんの胸に顔を埋めてすすり泣く。 痛かった…怖かった…逃げられなかった…そんな気持ちが混じった涙を兄ちゃんの胸に流す。 「ふんふん~ふふ~ふ~ん…ふふふ~んふ~」 オレの髪を撫でながら、兄ちゃんが下手くそな歌を歌う。 「ふふ…ふふふ…」 オレはそれが面白くて、兄ちゃんの胸で口を押えて笑った。 「あぁ…シロ。兄ちゃんが付いてるよ。お前には兄ちゃんが付いてるよ…」 そう言ってオレを抱きしめて、落ち着くまで髪を撫でて、膝の上に乗せて、揺らしてくれる。 「依冬…」 オレは彼の頬を撫でてそのまま彼の唇にキスをした。 「もっと歌って…?」 そう言って彼の下手くそな歌を聴きながら、口元を緩めて笑う。 何て優しい男だろう… クッタリと彼の体に沈んでいく。 まるで海の様に広くて、自由をくれる。 それは決して冷たい海じゃない。常夏のあったかい海だ。 「依冬…優しいね…ありがとう。」 そう言って彼の体を抱きしめる。 下手くそな歌はレパートリーを変えて何曲も歌われた。 オレはその度に彼の胸の中でクスクスと笑い声をあげる。 体を起こして、自分の手を見つめる。 握って、開く…伸ばして、曲げる… 依冬の顔を見て言った。 「落ち着いてきた…」 彼はオレを見るとにっこりと笑って頷いた。 「おいで。あったかい物を飲もう…」 そう言って依冬に手を握ってもらいながらダイニングテーブルに腰かける。 足の感覚も…戻ってきた。 紅茶の入ったダサい犬の描かれたマグカップをオレの目の前に置くと、依冬は向かい合う様に座って、オレの髪を撫でる。 依冬の携帯が鳴って、彼が電話に出る。 オレはマグカップを持ったままその様子を見つめる。 彼はそんなオレの様子を見ながら電話口の相手と話をする。 心配するような依冬の視線に、目を逸らして紅茶を一口飲む。 「病院からの電話だよ。容態は安定したみたいだ。でも、まだ意識は戻っていないみたいだから予断は許さないけど。でも、ひとまず安心だね?」 そう言ってオレの隣に座り直すと、前髪を撫でながら言った。 「会いに行く?」 「…うん」 「それ、飲んだら行こうね…」 「うん」 酷く…落ちた。どん底くらいまで…一気に落ちた。 依冬の手を握りながら、彼の手の甲を親指で何度も撫でる。 ここまで落ちた姿を見ても、依冬はオレを傍で守ってくれた。 繋ぎ留めてくれた… 「依冬…ごめんね。オレの事、守ってくれてありがとう…」 依冬はオレの前髪を撫でると、おでこにキスをして言った。 「シロ…愛してるよ。」 そう言って唇に優しくて甘いキスをくれた。 紅茶はもう少しで飲み干せそうだ。 手も、足も、ここへ来た時よりは確実に自分の物に戻ってきた。 もうすぐ会いに行くからね…桜二、どこにも行っちゃダメだ。 ずっと一緒に居るって…約束しただろ。 病院の前に行くと歩道に報道陣が溢れて車道まで占領してカメラを構えていた。 「事件の犯人が大企業のトップだから…面白おかしく騒ぐんだよ。」 依冬は忌々しそうな顔でそう言うと、彼らの前を車で通り過ぎた。 ワラワラと依冬に気が付いた報道陣が移動を始める。 「…怖いね…」 オレはそう言って、依冬の顔を覗き見た。 「大丈夫だよ。病院の中までは入って来れないから…」 オレよりも年下なのに、なんて気丈なんだろう… 依冬は車を駐車場に停めて、助手席のドアを開けた。 病院の敷地内に構えていた報道陣が、依冬を見つけて走って近づいて来る。 まるで、さ鉄みたいに寄って来る様は恐怖すら感じる。 「依冬…」 オレは依冬の服の袖を掴むと、彼に連れられて病院の入口へと向かう。 「依冬さん!依冬さん!お父さんの起こした事件について、一言お願いします!ご家庭内のトラブルという事ですが、お父さんの強行に心当たりなどありますか?会社に及ぼす影響はどのようにお考えでしょうか?社会的にどのような責任を果たすべきだとお考えですか?」 依冬にマイクを向ける女性リポーターの表情に圧倒されて、たじろぐ。 「おいで…大丈夫だよ。」 依冬に手を引かれて、フラッシュがたかれる中逃げ込むように病院の入口へ入る。 自分の事でもないのに…必死の形相で依冬を追いかけまわす彼らに、恐怖と嫌悪感を感じた。 「依冬…大丈夫?」 オレは彼の顔を覗き込んでそう尋ねると、大きな背中を撫でた。 可哀想…何も悪くないのに、依冬が責められてるみたいだよ… 「シロ、こっちだよ。」 そう言って依冬がオレの手を握って先を歩いて行く。 さすがに病院の中までは彼を追いかけまわす報道陣は入れないみたいで、静かな廊下を彼の背中を見つめながら歩いて進んだ。 忙しく歩く看護師に会釈してICUと書かれた部屋の前にやって来た。 カーテンで仕切られただけのベッドが並んで、機械の音と、短めの指示の声が聞こえる。不思議な空間。 慌ただしく動き回る看護師やお医者の間を抜けて、依冬に手を引かれる。 「…お世話になっています。どうですか?」 そう話す依冬の背中越しに、お医者と看護師が見える。 どうやら報告を受けている様子だ… 彼らが見ていたベッドに視線をあてる。 指の先に何かを付けられた手が見える。そして、それが誰の手か分かる。 依冬とお医者を無視して、オレはその手に縋る様に近づいた。 「桜二…」 そこには眠る様に目を閉じたオレの愛しい人が横たわっていた。 傍に置かれた機械に溜まる血液の量にめまいがする。 そっと手を握って、反応のない指先に触れる。 震える手で、彼の頬を撫でる… 「あったかい…」 まだ、生きてる… ホロリと落ちる涙をそのままに、オレは看護師が用意した椅子に座って、桜二の腕を撫でた。 「桜二…起きて、もう、帰ろうよ…」 オレがそう言うと、彼の口元が少しだけ笑った気がした… 死なないで…なんて言わない。口から“死”の言葉なんて出したくない。 彼の手の中を指で撫でて、握り返さない手を何度も握る。 「依冬の…下手くそな歌を聴いたら、起きるかもしれないよ?」 オレはそう言って桜二の顔を見ながらクスクス笑った。 依冬はオレの肩に手を置いて、優しく撫でる。 いつもは動いているはずの彼の腕を撫でる。 手のひらから手首、腕を通って肘、肩まで何度も彼を触って、確かめる。 これは桜二の体だ… 突然襲ってくる恐怖に頭を持って行かれそうになりながら…必死に堪えて目の前の桜二に語り掛ける。 「桜二…来ないからびっくりしたよ…てっきり、桜二が来ると思っていたんだ。そうしたら依冬が来て、ビックリしたんだ…ふふ。オレがどうなったかなんて、分かるだろ。激落ちだよ…まるで一人だけ、暗い月に行ったみたいに…真っ暗になったよ。ふふ。」 依冬が誰かに呼ばれて、カーテンの中に2人きりになる。 オレはここに居るよ…お前はここに居るよ… 桜二の体を何度も撫でて、眠ってしまった彼に…恐怖にかられそうな自分に…お互いの存在を認識させるように、何度も体を撫でる。 まだあったかい…それは、生きてるって事なんだ。 「桜二…バケラッタのシールを”宝箱”に貼ろうと思ってるんだけど、どこにも売ってないんだ…。ねぇ、どこに行ったら売ってるかな?」 オレはそう言いながら桜二の腕に頬を付けて甘える。 こんなにあなたの無防備な姿を見るのは…初めてだよ。 いつも、手を握ると…寝ていても握り返してくれたでしょ… まるで空っぽになってしまったような彼を見つめて、涙を落とす。 「兄ちゃん…」 彼の耳元でそう言って、顔を彼の頬に擦り付けると、両手で体を抱きしめる。 また会いたいんだ… また、甘えたいんだ… 「兄ちゃん…起きて?シロに…卵焼き、作ってよ…」 ポツリと呟いたオレのその言葉に、桜二の眉がピクリと動いて微かに反応を見せた。 あぁ…桜二…! お前ってやつは…本当に… 可愛いね 「兄ちゃん…起きて~?シロは今日、退院したばっかだよ?もう病院は嫌だよぉ…早くお家に帰ろうよぉ…ねぇ…兄ちゃぁん。」 彼の耳元に顔を埋めてそう言って、甘ったれる様に彼の髪をぐしゃぐしゃにした。 桜二の瞼がピクリと動いて、眉間にしわが寄る。 うっすらと開く瞼から覗く黒目を見つめて笑顔で言った。 「兄ちゃん…おはよう。」 目からどんどん涙が落ちて、視界がぼやけて見えるけど、オレを見つめる彼の目を見つめて離さない。 「桜二…早く帰ろう…」 ボタボタと落ちるオレの涙が、彼を濡らして染めていく。 しゃくり上げて泣くオレの頬に、そっと手をあてて彼が微笑む。 カーテンが音を立てて開くと、依冬が入ってきてオレに言った。 「シロ…ちょっと話を聞かれてるから、向こうに居るね……ん?」 オレと桜二の様子を見て、依冬が固まって動かなくなった。 「依冬…桜二が目を開けた!」 オレはそう言って依冬を見ると、頬っぺたが壊れるくらい思いきり笑った。 慌てて看護師を呼びに行く依冬を尻目に、オレは桜二の頬を両手で包んで、涙を落としながらキスをする。 「どこに行ってた…!どこに行ってたんだ!ばかやろ!」 口元が緩んで、嬉しくて絶叫したくなる。 慌てたお医者が看護師を引き連れてやって来た。 オレは桜二の手を握ったまま、少しだけ離れて様子を見守る。 「これ、見えますか?」 そう問いかけるお医者に、遅いながらも受け答えのできる桜二。 意識が戻ったんだ… 震える足を踏ん張って、彼を見つめ続ける。 兄ちゃん… 依冬がオレの背中を抱いて頭にキスをする。 「シロ…良かったね。」 「うん…うっうう…う、うん…うう…怖かったぁ…怖かったぁ…!」 嗚咽を漏らしながら、ボロボロ泣いて、桜二を見つめ続ける。 目を離したすきに、また寝てしまわない様に、ジッと彼を見つめ続ける。 「ふふ…凄いね、シロが起こした。」 依冬がそう言ってオレの体に覆い被さって、背中をあっためてくれる。 お医者の許可が出て、オレは桜二の体に突っ伏して泣いた。 顔を見つめて、桜二の目から流れる涙をそっと手で拭う。 「もう、大丈夫だよ…」 オレはそう言って桜二にキスをする。 彼はオレの頭をポンポンと叩いて、優しく撫でた。 腕の重みも、手のひらの力強さも、彼が生きている証拠なんだ… その一つ一つにいちいち感動して、体を揺らして泣いた。 「うふふ…容態も安定してるし意識も戻ったので今日はICUで過ごして、明日は普通病棟へ移りましょう。」 看護師がそう言ってオレを見つめて言う。 「君が来たら目が覚めるなんて…まるで眠れる森の美女みたいだね?」 そう言われて、今朝、踊ったリラの精を思い出して、涙が込み上げて来る。 何気なく踊った“眠れる森の美女”の妖精のバリエーションに、まるでこの事を予期したかのような偶然を感じて…嗚咽が漏れる。 オーロラ姫も、王子も、あのお話では脇役…本当の主役は…リラの精。 彼女は劇中で、何度も言うんだ…針で刺しても…死ぬんじゃないって…寝てるだけだって…何度も言うんだ… ね…凄いだろ? リラの精はオレに教えてくれていたんだ… 死ぬんじゃないって… 寝てるだけだって… こんな偶然…信じて、感動するなんて…きっと、オレは疲れてるんだな…ふふ。 でも… 「…悪くないね。」 オレはそう言って桜二の顔を撫でると、伸びた髭を指先で愛でた。 「でも、今回はお姫様じゃなくて…桜二様が眠ったんだ…ふふっ!」 オレがそう言って笑うと、オレの髪を撫でながら桜二が言った。 「シロ…ごめんね…迎えに行けなくて…」 呼吸器を外したばかりの彼は声が掠れて話し辛そうだ…。 「良いの…全然良いの…。代わりにオレが桜二を迎えに来たんだ。…大好きだよ。」 彼の体を両手いっぱいに抱きしめてそう言った。 「愛だ…」 背中にそう言った看護師さんの声が聞こえたけど、気にしない。 「依冬は…?」 桜二はセクシーな掠れ声でそう尋ねると、依冬を探す様に顔を動かした。 「依冬?どこかな…探してくる?」 オレは首を傾げて彼に尋ねる。 「良いよ…それより、お前も退院したばかりなんだ…帰って少し休んで…?」 オレの頬を優しく撫でる手に桜二を感じて、満足げに微笑むと彼の頬も同じようにして撫でる。 「んふふ…桜二、桜二…良かったね…」 壊れそうなくらいに彼に微笑む。 だって、凄く嬉しかったんだ。こんな事、もう二度と感じない位に…心が喜んだ。 そっと彼の唇に舌を這わせて、中に押し込んで熱いキスをする。 乾いた口の中があの軟禁の日々を思い出させて、口元が緩んでいく。 病院の消毒の香りが鼻から抜けて、まるでフレーバー付きのタバコを吸ったみたいだ。 「あ…」 熱いキスを目撃した看護師がそう言って固まるけど…止められない。 大好き…大好きだ…桜二…良かった。 「ほら…もう帰りな…」 「…うん。また明日来るよ?」 オレはそう言って桜二からやっと離れた… オレを見つめる彼を見つめながら、どんどん離れて行く体に不安は感じなかった。 明日、また会いに来るから…大丈夫。 自分にそう言い聞かせて、みっともなく泣いたりしない。 恥ずかしく動揺したり、わがまま言ったりしないんだ。 「あ…」 ICUの入り口で、依冬が誰かと話していた。 オレは依冬の背中に軽く触れた。そして、彼と目が合うと近くの椅子に座って、彼が話し終わるまで待った。 依冬はこちらをチラッと見て、視線を戻すと、話の続きを始める。 聞こえてくる内容から、依冬と話しているのが刑事だと分かった。 そうか…結城さんが桜二を刺したんだもんね…それは、事件だ。 「…ボクは、どこの子?」 突然声を掛けられて、訝しげに相手を見る。 いつの間にか隣に座っていた白髪のおじさん…オレの顔を見ると、少しだけ目を大きく開いた。 髪は白髪なのにそんなに老けて見えない。 若白髪をこじらせたか…明るい色の発色をよくするために脱色したんだ。 「どうちたの?どうやってここまで来たの?」 赤ちゃん言葉で話しかけられたって、オレは彼を無視して塩対応する。 だって、このいかにも怪しい男は、刑事なんだ。 下手な事喋って、後で大変な目に遭うのはごめんだもんね。 「ごめんね?おじちゃんはこういう者です。」 そう言って胸ポケットから出した警察手帳。 知ってるよ?あんたみたいに人を探るように見る奴…刑事か桜二くらいしかいないもんね。 白髪の刑事はオレをジロジロと見て、嬉しそうに笑う。 なんだ!?からかって来てんのか?上等だ!ぶっ飛ばしてやるぞ?! オレは心の中でそう思いながら、依冬の話が終わるのを待ってる。 「その人は今回の事件の関係者じゃないです。勝手に話しかけないで下さい。」 依冬がそう言って、白髪の刑事にけん制する。 「あはは…こりゃどうも、そんなつもりじゃなくてね、ちょっと世間話をしただけなんですよ?ね?ボク?」 何なんだ… オレは一貫して白髪の刑事を無視し続けた。 それでも彼はオレに話しかけて来る。 「ボクはダンサーかな?体の筋肉のバランスから見て…バレエかな?どうかな?当たり?」 すげえ…冴えてんな。これが刑事の勘なのか… 無視をしてるのに、表情に驚きが出てしまう。慌てて上がった眉を下げる。 こういう細かい変化を見て、それがどうか…探ってるんだな。 くわばらくわばら… 「ボクは…そうだな。東京の人じゃないね?どこから来たの?名古屋あたりかな?」 ん?すごい!どうしてそんな事が分かるの? 依冬を見つめながらも、耳は隣の白髪の刑事に向きっぱなしだ… この洞察力。半端ない!シナリオ付きの刑事ドラマみたいだ。 「…ふふ、ボクは…お兄さんがいるね?」 その言葉に、オレは刑事の顔を真顔で見つめた。 偶然にしては当たりすぎる。必然にしては当てる根拠がない。 オレを見つめる白髪の刑事の笑顔に…違和感がある。 「シロ…そろそろ終わるよ?」 依冬に声を掛けられて、オレは刑事から視線を外す。 「シロ…シロ君…」 意味深にオレの名前を呟く白髪の刑事を無視して、依冬を見つめる。 胸ポケットから名刺を出して刑事に渡す依冬を見て、オレは椅子から立ち上がった。 同じように白髪の刑事も立ち上がって、オレに言った。 「おや、結構身長が高いんだね?小柄に見えたのに…170cmはありそうだね?昔とは日本人の体格も違ってきたのかな…?おじちゃんの時はこれくらいがナイスバディ―だったのに…今では普通だもんね。これじゃ埋もれてモテないよ?あはは…」 こういうの。刑事ドラマで見た事がある。 柔らかい物腰で近づいて、相手を油断させて情報を聞き出すんだ。そして、ドラマでは大岡越前みたいに天下の名裁きを下すんだ… この人はニコニコして近づいて来るから、仏…だな。 仏の何とかって呼ばれるタイプの人だ。後はジーパンばかり穿く奴もいるはずだ。 「今回の事件の加害者はね、叩けばホコリが出るような人でね…3年前にも自宅で人が亡くなっているんだよ…」 依冬の方へ向かおうとするオレに、仏がそう言って話しかける。 「その事件がねぇ…どうも怪しくて、この事件と併せて調べ直してるんだ…君、何か知ってないかい?」 それはまるで揺さぶりをかけられている様な、口調と、視線と、圧。 その事件とは…きっと湊が死んだ時の事。桜二が湊を殺した時の事。 「う~ん…当時の刑事がもみ消した…なんて、考えたくないけどね。どうも状況と聴取された内容が合わないんだ。ちぐはぐでね…調べ直してるんだよ?」 そう言って仏の刑事がオレを見つめて言う。 「何か…知ってないかい?」 「シロ…行こう。」 依冬に呼ばれて白髪の刑事から視線を外す。 どうしよう…桜二が湊を殺したってバレたら、彼は逮捕されてしまう…。 それは…ダメだ… 依冬の手を掴んで、チラッと振り返る。 白髪の刑事はオレを見つめたまま、笑顔で手を振った。

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