26 / 30

第26話

「どうしよう…依冬、あの刑事が言ってた。3年前の湊の事件を調べ直してるって…」 オレはそう言って依冬の腕を引っ張った。 彼はオレを見て首を傾げる。 「あれは…もう終わった話だよ。親父が手を回して、証拠を後付けで作り上げて、もみ消した。俺も口裏合わせに付き合わされたから…よく覚えてるよ。」 そうなんだ… 大丈夫なのかな。 あの白髪の刑事の物言いが…引っ掛かるんだ。 報道陣が待ち構える中、依冬は堂々と車へ向かって歩く。 こういう所は誰に似たんだ…本当に、飄々としてるんだ。 助手席のドアを開けるとオレから車に乗せる。 わっと押し寄せる報道陣を無視して、依冬が運転席に乗り込んだ。 「シロ…?今日は何食べたい?」 え? 「ふふ…そうだな…すき焼き。」 車の周りを囲う報道陣を無視して、依冬が安全に車を発進させる。 こんな肝っ玉の据わった奴だなんて思わなかったよ? そんなお前だから、オレがどん底に落ちても支えてくれたのかな… 強い男じゃないか…やっぱり、超人だ。 「桜二が生き返ってよかった!」 オレがそう言って笑うと、依冬が言った。 「死んでないから…生き返ったとは言わない。持ち直した…だね?」 ん、もう…細かいな… 「桜二が持ち直した!!」 オレがそう言い直して喜ぶと、依冬も一緒に笑った。 依冬の驕りで高いすき焼きを食べに来た。 「卵まで豪華に見えるね?」 オレがそう言って卵を印籠の様に見せると、依冬が鼻で笑って言った。 「卵は卵だよ?」 は? 「間違ってる。」 オレはすぐにそう言って、卵の違いを熱く語り始める。 「良い?卵はどれも全然同じじゃないよ?生の黄身を箸で持ち上げられる卵だってあるんだ。色の薄いモノから、濃いものまで、餌の種類によって変わって来る。その中でも、放し飼いされて育った鶏の卵は絶品だよ?」 これらは全て常連さんの受け売りだ。 放し飼いの鶏の卵なんて…食べた事も無い。 だけど、依冬はそんなこと知らないから感心しながら聞いている。 ふふん! オレの方がお兄さんだからね? 「ふふ…凄いね。卵への認識を改めよう…」 そう言って依冬が改心する。 「そうだろ?ふふん!」 オレはそう言って卵を割ってお皿に入れる。 「…じゃあさ、このすき焼きに使われる牛肉のランクについては?何かうんちくがあるの?」 そう言って依冬がオレに挑戦状を突きつけて来る。 ふふん!下剋上なんてさせないよ? でも、牛肉にランクがあるなんて…今、知った。 「…うんちく、あるよ?」 オレはそう嘘ぶいて、依冬を煽って見つめる。 「教えてよ…聞きたいんだ。」 依冬はそう言って、組んだ両手の上に顎を乗せて言った。 「聞かせて?シロ?」 うわ~ん!うわ~ん!そう心の中で泣いて、オレは依冬に言った。 「牛肉はね…牛のお肉だ。上位ランクのお肉は高くて…海外のお肉は安いんだ。」 それっぽく当たり前のことを言って、依冬に胸を張る。 依冬はにっこりと微笑んでオレを煽って来る。 「ランクの種類は?」 うわ~ん!うわ~ん!ランクの種類ってなんだよ… オレは咄嗟にメニューを見て、ランクのヒントを探した。 でも上等なお店では…そんな当たり前な事なんて書いていなかった… 「…依冬くらいのボンボンになると、そんな事…興味ないだろ?そんな事を気にするのは貧乏人か、食いしん坊だけだよ?」 我ながら上手い返しで、この話に終わりを付けた。 こう言われたらぐうの音も出ないだろう…んふふふ。 「そうか…聞きたかったな。シロの話。」 そう言って依冬は、運ばれた牛肉をお鍋に入れて焼いていく。 「ん~!良い匂い!」 こんなの初めてだ。 すき焼きって…こうやって作るんだ… オレは体を揺らして依冬が上手に作っていくのを見ている。 「…上手だね?桜二もお料理が上手なんだよ?依冬もお料理上手だね?」 「ふふ…こんなの料理にならないよ?」 オレのお皿にお肉を置いて依冬がそう言って笑う。 あぁ…お肉がいつもと違う。素敵なお肉だ… いただきますして、パクリと食べる。 なんだ…これは…かみ切れるお肉。味のするお肉。美味しい! 「このお肉は…松坂牛、だって?」 そう言ってオレを見る依冬に最上級の喜びを表現する。 フルフル震わせた両手を握りしめて、目を潤ませながら言った。 「美味しい!!こんなもの…食べた事が無い!桜二にも食べさせてあげたい!!」 オレはそう言って体を揺らして喜び続ける。 お皿にドンドン入って来る松坂さんの作ったお肉を食べる。 こんな美味しいお肉があるなんて…信じられない! 兄ちゃんが食べたらきっと腰を抜かしちゃう… 「ふふ…良かった。シロ、もっと食べな?」 そう言って太っ腹な依冬がお肉を追加注文してくれた。 「依冬?結城さんは逮捕されたの?」 お肉をたらふく食べて、締めにうどんを煮込んでる。 「うん…」 随分と沈んだ声…だってお父さんだもんね。 頭がおかしいとはいえ…お父さんだもん、それなりに悲しいんだ。 「精神鑑定が入って、実刑にならない場合の事を考えると、少しだけ不安なんだよね。心神耗弱でした~なんて言いだして、無罪を主張するかもしれないし…」 そう言って首を傾げると、依冬はオレのお皿にうどんを入れた。 なんだ!そっちの心配をしていたんだ… オレは肩を上げて依冬を見ると、頷いて言った。 「そんな事があるんだ。だったら、イカれた人は何をやっても無罪になるね?普通の人が良い迷惑だ!平等を謳うならそこらへんも平等にして欲しいね?」 ズズッとうどんをすすって、口の中でいっぱい貯める。 「あふっ!うどんも美味しいね?依冬~。」 上機嫌の上だ…こんなにおいしい物が食べられるなんて…最高じゃないか? ホクホクしてうどんを啜るオレを見つめて、依冬が笑いながら言った。 「シロ?帰りにシロの部屋に寄るから、着替えを持って来て?」 お泊りセットだ! オレはしばらく依冬のお家にお泊りする。 期限は”桜二が退院するまで“ 桜二のいない間のオレを心配して、依冬がそう言ったんだ。 「は~い!」 オレはうどんを啜って、ご機嫌に体を揺らして返事をした。 美味しいな…すき焼き! 桜二とも来たいな… 依冬の部屋に帰って来ると、オレは部屋の中を散策して歩いた。 「ほうほう…ここは、物置か…」 オレのボロアパートの部屋とどっこいの広さ…そんな物置を見ながら、首を傾げる。 「ほうほう…ここは寝室だ。」 約15畳ほどの寝室には、キングサイズのベッドが1台置いてあるだけ。 足元にはダンベルと…何かしらの筋トレグッズ…ふふ。 「ん~、むさくるしい。」 そう一言、感想を言って、どこかに居るであろう依冬に大声で尋ねた。 「ここは、南青山ですか?赤坂ですか?」 「ん~…南青山かな…?住所は南青山だ…」 どこからともなくそう答えが返ってきた。表参道…通称おもさんだ。 すごいなぁ~表参道の家か…夢のようだ。ふふ… 次のお部屋は、ほぼトレーニング用品が置かれただけの部屋。 タンクトップ姿で筋トレ中のイケメンを発見して、トコトコと近付いて行く。 「そんな格好して…誘ってるの?ふふ…」 懸垂をする依冬をまじまじと見つめて、彼の腕の筋肉を指で撫でる。 硬くて…盛り上がってる。滲んだ汗がキラキラして、美味しそう。 「…ふふ、どうして分かったの?」 依冬はそう言ってオレに微笑むと、休む間もなく懸垂を続ける。 そうか…誘っていたのか。肉食系男子だな。 オレはトレーニング部屋を出て、浴室へとやって来た。 「わぁ!ラブホみたいだ。あはは。」 丸いジェットバス付浴槽が、デデンと存在感たっぷりに鎮座している。 「こんなの自宅にある人、見た事無いよ?あはは、相当なスケベだ。」 オレはそう言って感心すると、空の浴槽に入って体を横にした。 こんな優雅に暮らしてる人もいるんだな… ほぼ使われていなさそうなバスタブを指で撫でながらぼんやりと考える。 「これは…明日、桜二に教えてあげよう…」 「シロ…何してんの?」 「ふふ…ラブホの風呂に入ってる。」 オレは依冬にそう言って手のひらでチャプチャプ水を触るふりをした。 依冬は首に巻いたタオルで汗を拭くと、しゃがみ込んでオレの顔を覗き込んだ。 「お湯入れてみる?」 「ほんと?泡も入れて!」 大喜びして浴槽から出ると、汗だくの彼と腕を組んで体を揺らした。 お湯が入り始める浴槽を興味津々にしゃがんで見学する。 「これは…マジで、ラブホみたいだね?」 後ろから様子を眺めている依冬にそう言って、ケラケラと笑う。 「シロ…ラブホテルなんて使った事あるの?」 「数年前に…女の子と入った。」 「エッチな事したの?」 は? 依冬を振り返ると、ジト目で見つめて言った。 「それ以外…ラブホで何するんだよ…」 「シロがそんな事するの、想像出来ないよ。」 は? オレだって男の子だよ? 「依冬君?僕はね、付いてるんだ。僕はね、付いてるんだよ?」 全く、心外だね! お湯張りが終わると依冬が入浴剤を入れてジェットバスのボタンを押した。 「わぁ~~~~!!」 あっという間に泡が広がって、浴槽から溢れた。 これは…楽しい予感しかしない! 「オレ、はいってみる~!」 服を全て脱いで全裸になると、依冬に見守られながら泡風呂に入った。 「おっ、おっ、お、おおお~!」 足をすくわれる様な強いジェットの流れに体が流される。 あっという間に泡に纏わりつかれて顔を下に下ろせなくなった… 「あははは!シロ、泡だらけじゃないか…ふふ。」 知ってるよ! 「ダメだぁ…!依冬?弱にして?このままだと流されちゃうよ?」 必死に耐えないと簡単に流されていくオレを見て、依冬が大笑いする。 笑い事じゃないよ? 「よし…俺が入って、この流れを止めてあげよう。」 ふふッと笑いながらそう言うと、オレと一緒に浴槽に入って、流れを堰き止める防波堤をしてくれた。 どや顔でオレを見ると、依冬が得意げになって言った。 「どう?流れが止まったよ?」 本当だ…依冬が浴槽に入った途端に流れが穏やかになった。 平和になった浴槽の中で、ふわふわの泡を手に乗せて遊ぶ。 「あはは!」 依冬の鼻に泡を付けて、頭の上に乗せてケラケラと笑う。 「ふふ…シロ、かわいいね…?」 依冬はそう言うとオレの腕を掴んで、引き寄せる。 彼の鼻の頭に付けた泡が、オレの鼻にも付いて、顔を見合わせてにっこりと笑い合う。 そっと彼の唇にキスして、体に抱き付いて行く。 ぬるぬるして…あったかい… クッタリと彼の首元に顔を乗せて、お湯の気持ち良さと、彼の体の柔らかさにトロける。このまま…寝られるよ? 「シロ?寝てるの?」 「ふふ…寝てないよ。甘えていただけだよ?」 彼の頭を首から上に撫でて大事に抱え込む。 「依冬の体があったかいから…気持ち良くなっちゃうんだよ?」 クスクス笑いながらそう言って、クルッと体を返して彼の足の間に座り直す。 湯たんぽみたいにポカポカと温かいんだもん、くっ付いていたら本当に眠っちゃうよ。 目の前の泡を手ですくってダラダラと下に流して落とす。 依冬がオレの脇から手を出して、オレの落した泡を手のひらで受けてる。 ふふ…可愛い。 「ねぇ…シロ?彼女と、こういう事した?」 オレの耳元で依冬がそう言って、いやらしく手を動かし始める。 背後から頬ずりしてオレの髪にキスすると、ヌルヌルの指先で乳首を優しく撫でる。 「あっ、ふふ…そんなのあたり前田のクラッカーだよ?」 オレはそう言うと、後ろに首を伸ばして彼に甘くてトロけるキスをする。 依冬の体がオレの背中をあったかく柔らかく、包み込んでくれる。 「じゃあ…彼女と、こんな事もした?」 顔を見合わせたまま依冬がそう言って、オレのモノを緩く扱き始める。 彼の緩んだ口元が可愛くて、にっこり笑いながら質問に答えてあげる。 「ふふ…どうかな、彼女には付いてないから…」 彼の唇にチュッチュッと何度もキスをして、腕を上げて彼の頭を抱え込みながら快感に体を反らしていく。 「あふっ…そうか。じゃあ…こんな事はした?」 依冬は背後からオレの勃起したモノを扱きながら、もう片方の手を使って、オレの中に指を入れ始める。 なぁんて、悪い子なんだ! 「あっ!…ん…ふふ、それはしてない…だって、女の子が、嫌がったから…」 「ふふ…シロが、下手くそだったんだね?」 問題発言だな… オレは体を起こして後ろの依冬を振り返ると、ケラケラ笑い続ける彼に、おでこに一発、思いきりデコピンをかました。 「綺麗だ…特に、このしなやかなラインが堪らなく好きだ…」 彼の甘い囁き声が耳の中をくすぐる。 どんどん強くなっていく快感が声になって口から漏れていく。 「あっあん…はぁはぁ…んんっ、気持ちい…あぁ…依冬、んっ、あぁあん…」 食むように耳たぶを咥えられ、ねっとりと耳の裏を舐められる。体がビクビクと震えて、背中がしなって反っていく。ヌルヌルの指先が体の上を撫でるだけで、腰が疼いて震えていく。 「依冬…お風呂でイクのは…やだな…」 彼の顔に頭を擦り付けてオレがそう言うと、依冬はオレの顔を覗き込んで言った。 「ふふ…何で?」 「だって…お湯が汚れるのが嫌なんだもん…」 「また張れば良いよ…ね?このままさせて…お願い…」 「…いや、でもね…それは…」 オレの話も最後まで聞かないで、依冬はオレのお尻を持ち上げると、自分の大きくなったモノをゆっくりと沈めて来た。 「はぅっ…んっ…おっきい!あっああん!や、やぁだ…苦しいっ、あっ…あっ!!」 行き場のない両手を彼の腕に置いて、下半身に襲う、強烈な違和感を耐える。 依冬は根元まで半ば強引に押し込むと、オレのモノを扱きながら、もう片方の腕でオレの腰をぐるっと抱きかかえる。 …そうだ。 依冬のセックスは…荒くて、ドSがチラチラと顔を覗かせる…上級者向けの快楽なんだ… オレは嫌じゃないよ?だって、彼を愛してるからね。 「あぁ…シロ…かわいい、逃がさないよ…気持ちいい…んっ…はぁはぁ」 泡風呂の泡でヌルヌルしたいつもより感じる体は、あっという間に気持ち良くなってビクビクと震え始める。 「あっ…依冬、らめぇ!…んっ!イッちゃうからっ…まって!ぁあんっ!!…きもちい…!」 目の前の水面がバシャバシャと跳ねて、泡が舞い散ってる… 背後から両腕で絞めつけられた体が、快感に震えて、どんどん気持ち良くなっていく。 「シロ…イキそう…!」 「あっああん…依冬!イッちゃう…んんぁっ!」 オレ達は、ほぼ一緒に腰を震わせてイッてしまった。 ヌルヌルのおかげか…今日はそんなに苦しくなかった。彼とのセックスには何か潤滑剤が必要かもしれない…そんな事を考えながら快感の余韻に息を整えていると、依冬がオレの背中にもたれかかって来た。 ふふ、珍し…可愛いな… 甘える様にオレの背中に頬を付ける彼が、愛しくて、可愛くて、嬉しい… 「シロ……シロ…」 そんな弱々しい声を出して、オレの背中で依冬が泣き始める。 「…どうしたの…?」 背中にもたれかかる彼の足を撫でて、優しい声でそう尋ねる。 「怖かった。シロが、どうにかなってしまうんじゃないかって……怖かったんだ…」 あぁ… そうだよね… オレは体の向きを変えると、彼の膝の上に座り直して泣き顔の彼を見つめた。 そして、両手を大きく広げて思いきり抱きしめる。目いっぱい体を使って、目の前の彼を包み込んだ。 「怖かったよね…オレも怖かった。でも、依冬がオレを助けてくれたんだよ?本当にありがとう。あんなにどん底に落ちたのに…助けてくれて…ありがとう…」 最後は少しだけ涙声になってしまったけど、感謝の気持ちを彼に届ける。 グルグルのブラックホールに飲み込まれて、どん底に落ちた人なんて…怖いよ。それがたとえ、愛する人だとしても…怖い事に変わりは無いんだ。 優しく彼の頭を包み込んで何度もキスをする。 きつく抱いて、自分の体に泣き続ける彼を沈めていく。 オレよりも年下なのに…オレは彼に甘えてばかりいる… 泣き顔の依冬を抱きしめて、今だけ…最大限の包容力を発揮して、彼に甘えさせる。 お風呂のお湯を抜いて、シャワーで髪を洗い合いっこする。 オレの頭に留まったホチキスを見て、依冬が体を震わせる。 「んふふ。ホチキスで止めてるんだ。凄いだろ?フランケンだぞ?」 オレはそう言って、得意げに胸を張る。 「ふふ…早く治ると良いね…」 依冬がそう言ってオレの頭をシャワーで流す。 …依冬がぶちのめしたあの人たちはもっと凄惨な事になってるよ?ふふ。 「ぷは~!」 冷蔵庫の前で”風呂上がりのビール“を飲む依冬。 オレはそんな彼をソファの上から見つめて言った。 「依冬?風呂上りは一番水分が無くなる時なんだ。だから、お美味しいお水を飲んだ方が体に良いんだよ?」 「ふふ…シロは何でも知ってるんだね…さすが、年上のお兄さんだね。」 ふふ…全部テレビの受け売りだ。 ソファに座るオレの真ん前に座り込むと、依冬はビールを飲みながらテレビを付けた。 彼の大きな背中に甘えて圧し掛かる。 テレビ画面から楽しそうな笑い声が聞こえて来る。 依冬はオレを背中に乗せたままビールを黙々と飲んだ。 「じゃあ、ペンギンの鳴き声は?」 「ん~…多分…キエー!」 「あはっ!じゃあ、パンダは?」 「ん~…、クオーン!」 「んふ、絶対違う。…じゃあ、キリンは?」 「クェックェッ…」 「何それ!…がっかりだよ?」 依冬の腕枕で、変な鳴き声しか出さない彼を相手に“動物の鳴き声あてクイズ”をしている。 今の所…全問、不正解だ。 依冬は頭の良い学校を出ている筈なのに…一問もまともに答えられないんだもん。 がっかりだよ?…ふふ。 体を起こして彼の顔の覗き込むと、両手で頬を挟んでプニプニと遊ぶ。 「んふ!」 唇がヒヨコみたいになって…間抜けで可愛い! 依冬がオレの頬を同じ様に挟んで、プニプニと動かしてくすくすと笑う。 「ん、もう!真似しちゃ、だめぇ~!」 創意工夫が大事だよ? 依冬の鼻の穴に指を入れてグッと引っ張る。イケメンに鼻フックして吹き出して笑う。 「ぶふふっ!」 依冬も同じ様にオレに鼻フックすると、盛大に吹き出して笑った。 「依冬…可愛い…」 彼の胸に顔を置いて、手のひらで優しく胸を撫でる。 依冬…大好きだよ。 「シロ、眠い…お休み」 突然眠気に襲われたのか…依冬はそう言うと、オレの体を抱きしめてゴロンと横に寝転がった。 あっという間に頭の上から寝息が聞こえ始める。 …ふふ。凄い!瞬殺で寝た! オレは彼のこういう所が大好きなんだ… オレがどん底まで落ちたら…兄ちゃんなら一緒に泣くだろう。 桜二なら一緒にどん底に落ちるだろう。 でも、依冬はオレを信じて待った。リカバリーすると信じて…待ってくれた。 「強くて、大きな男なんだ…」 そう言って子供の様な顔で眠る彼にキスをする。 この人と居たら…自分も、強くなれる気がする… “名犬を連れた…ピンクの髪のストリッパー…蛇もいるよ?” そんな題を思いついて、1人で吹き出して笑う。 オレが目の前で笑っても…依冬は一緒に口元を緩めるだけで、起きない。 可愛い。 こういう所が好き… 温室育ちのオレを鍛えてくれるんだ。自分の事は自分でやれってさ…ふふ。 「シロ、起きて…朝だよ。」 体を強く揺すられて、ベッドの上でゴロゴロと転がされる… 朝なんて無いのに。そんな概念は人間が作り出したものだもん…日が当たるのは、地球が自転してるから。そして、それは朝なんて概念じゃない。ただ、自転しただけだもん。ふん! 「シロ~起きてよ。もう!」 もう!ってなんだ。もう!って…ふふ オレは瞼を開いて、シャツを着る依冬を見つめて真似して言った。 「もう!」 「ふふ!こら~、シロ!」 依冬がそう言ってオレに覆い被さって来る。 「なぁんで言ったの?もう!って…何で言ったの?」 「ふふ…内緒…内緒だもん。」 オレはそう言ってぶりっ子すると、依冬の首に両手を絡ませて、彼の顔に頬ずりする。 新婚夫婦って、こんな感じに甘いのかな…? 何をするにも倍時間がかかって…いちいち、イチャつくんだ。 依冬にしがみ付いてリビングのソファまで連れて来て貰う。 これは桜二と同じだ。 ダイニングテーブルには食パンが置かれてる。 これは桜二と違う。味気ない食卓…餌みたいだ。 「俺は今日、仕事があるから…病院まで送って行けないんだ…。お見舞いに行くんでしょ?…ごめんね?」 これも桜二と違う。 「良いよ。大人だもん。1人で行けるもん。」 オレはそう言ってダイニングテーブルの食パンを掴むと、ソファに持って行ってかじった。 お行儀悪いなんて怒られない。でも、わびしい… 「何か付けて~?」 オレは忙しく支度をする依冬を止めてパンを渡した。 しばらくすると、依冬が味噌の付いたパンを持ってきた。 「あ~はっはっは!マジか!あ~はっはっは!!」 腹が痛い! ソファの上で大爆笑するオレを見ながら、依冬が言った。 「塗る物なんて無いんだ。きっと美味しいよ?はい。」 そう言ってオレの手に味噌の付いた食パンを置くと、颯爽とジャケットを羽織って鞄を手に持った。 「今日は弁護士に会って…会社の会計士にも会わないと…」 ブツブツ言う依冬を玄関まで見送りながら、味噌パンを一口かじる。 「んふふ…変なの…」 オレが口をもぐもぐさせてそう言うと、依冬はにっこり笑ってキスをした。 そして、慌ただしく…仕事へ行ってしまった… 「味噌パンなんて、桜二は作らない。卵サンドどか…ハムサンドとか…作ってくれるもん。美味しい卵焼きも必ずつけてくれるもん。」 そう言ってソファに座って、テレビを付ける。 朝のワイドショーはどこも結城さんの話題で持ちきりだ… 「息子を刺した理由は…?!金銭トラブルか?!…違うよ。湊だよ。」 オレは1人テレビに向かってそう呟いた… 結城さんが激情を起こすとしたら…湊の事しかない。 桜二…お前が刺された事は…オレの連れ去り事件と関係あるの? あっという間に味噌パンを食べて、もう一枚食パンに手を伸ばす。 「次は何を付けて食べようかな~?」 冷蔵庫の中を覗いて驚いた。 ビールと、ミネラル飲料水、牛乳と、味噌… ボロアパートのオレの冷蔵庫だって、もっとまともな物が入ってると言うのに… 仕方なく味噌を取ってパンに付ける。 「ふふ…桜二に教えてあげよう…」 そう言ってクスクス笑いながら味噌パンを口に入れてソファに戻ると、見当違いのワイドショーを見て、1人で突っ込んだ。 「アハハ…社長だからと言って、人格者だなんて…誰が決めたんだよ。馬鹿だな。社会的信用ってなんだよ。バレなかったら何をやっても同じなのに、馬鹿だな…。このコメンテーターのおじちゃんはオレよりも賢い人のはずなのに…そんな事も分からないなんて…良い年の取り方してないね?」 1人でペラペラしゃべりながら、ふと思い出す。 3年前の事件をもう一度…調べ直してる… 昨日、白髪の刑事が言っていた言葉。 まるで揺さぶりをかける様にオレに言っていた…まるで、オレが何か知ってる様な口ぶりだった… オレを誰かと…勘違いしてる? …湊 もしかしたら…あの刑事はオレと湊を勘違いしているのかもしれない。 調べ直してるって言っていた。 だったら、湊の写真も一枚くらいは見ただろう… 無い話じゃ…ない。 あの刑事がオレを湊と勘違いしている可能性がゼロではない。 もし死んだはずの湊が生きていたら…桜二の罪は必然的に無くなる。 でも…湊は当時、病院に担ぎ込まれてるし、そこで死亡宣告をお医者から受けてる筈だ… 無理だ…オレが湊の振りをするなんて…現実的に無理だ。 でも、 もし… 当時のお医者や、当時の関係者から、話を直接聞く事が出来なければ… 結城さんのもみ消しと同じように…白い物を黒くする事が出来る。 例えばだ… 実は…お医者は湊から大金を受け取っていて…死んでもいない彼の死亡届を書いた。そして、別人の遺体を火葬で焼いた。 何故そんな事をしたのか…結城さんの性的虐待から逃れるため。 誰としたのか…桜二と依冬…兄弟3人で画策した。 そして、今も尚、兄弟3人で仲良くつるんでます…。 それを知った結城さんが湊を奪還したくて、長男の桜二を傷付けた。 「来たこれ!」 オレは確信した… このシナリオ…完璧じゃないか…ぜひ使ってみよう。 「もし、オレが湊なら…兄ちゃんの為に何をする?」 オレはそう言いながら洋服を着替える。 「そうだな…兄ちゃんに会いに行かない事は出来ないだろう。」 そう言って顔と歯を洗う。 でも…警察に自分の身がバレるのは避けたい筈だ。 しかも、昨日あんなにカマをかけられたんだ。動揺していてもおかしくないよね… それとも、 取り繕うかな…? 不自然な位、落ち着いた様子で、澄ました顔をするかな? 湊はどっちかな…? 彼はオレとは違う…この状況なら、守ってくれる兄ちゃんも、弟もいる… きっと、動揺を隠して、余裕を見せる筈だ。 鏡を見ながら足元の洗濯物を洗濯カゴに足ですくって入れる。 「依冬、洗濯機があるんだから、マメに洗濯しなさい!汚いよ?」 いつもより髪を綺麗にセットしてリュックを持つと、オレは桜二の待つ病院へと向かった。 #桜二 まさかここまで刺されるとは思わなかった… あったとしても、一刺しくらいかな…なんて淡い期待をしていたのに、逆上した結城はそんなに甘くなかった。 計4か所刺された傷は深く、体の中で血があちこちに流れて行ってしまった… 死に物狂いで依冬に電話をした辺りで…記憶がプツリと途切れた。 それから意識不明の重体に陥っていた様だ… 事の発端は、深夜に突然訪れた結城によってもたらされた。 「…こんな時間に、何の用ですか?」 深夜3:00 突然の訪問者に動揺しまくった。 本当に頭のおかしい奴は、普通の人の斜め上どころか…真上を行くんだ。 寝起きの頭を整理して、ゆっくりと玄関を開いた。 この時、既に俺は警察への通報を済ませていた。 ここでひと暴れさせて逮捕してもらおうと思ったんだ。 多少のケガはやむなしと覚悟して、俺は頭のおかしい男を部屋の中に招き入れた。 「何ですか…こんな時間に迷惑を考えないのはあなたのいけない所ですよ?」 俺はそう言って結城の動向を注視する。 肩で息をして今にも襲い掛かりそうな結城を見て、今が絶好の機会だと思った。 「湊の声を聞きたくなったんですか?」 「…湊、湊に会いたい…」 “湊”の一言で取り乱して、おどおどと俺を見つめる、可哀想で哀れな異常者。 でも、お前は俺の大切な物を傷付けた…許せないんだよ。 ギラつかせた目を歪ませて、結城が俺の目の前で膝から崩れ落ちて泣き始める。 こんなにボロボロの時に…彼の愛する湊が俺に夢中な声なんて聴いたら…発狂でもするかな…? そうしたら、依冬が望むような病院送りに出来るかな… 俺はしまい込んだ“湊の声が入ったカセットテープ”を手に取って、結城の目の前で再生させた…。 「桜二…ねぇ、僕と一緒に逃げてよ…」 「ひっひぃぃ…湊…何で…何で?何でだ…俺の…俺の愛しい湊…どうして…?」 甘ったるい声で俺に縋る湊の声を聞いて、結城は文字通り… 壊れた… ゆらりと体を揺らしながら、どんどんと近づいて来るあいつに、恐怖で動けなくなった。 避ける事も、防ぐ事も出来ないくらいに自然に、俺の腹をブスリと刺した。 元々そうするつもりだったのか…彼は刃物を持参していた。 そして、的確に急所を狙って刺して来た。 分かってるんだ…こいつはどこを狙えば相手が死ぬのか…分かってる。 前屈みになって、床に倒れる俺の背中…腰の上を狙って、もう一度ブスリと刺した。 包丁の冷たさなんて感じない。 ただ、灼熱の鉄を体に入れられたような熱さと痛みにもんどりうつ。 流しっぱなしのレコーダーから湊が俺に愛を語る… 再生されるカセットの内容にいちいち激情して、俺にマウントを取ると、心臓目がけて結城が包丁を振り上げた。 「お前が…湊を誑かした…!俺の!湊を…!誑かした…!」 まさに…その通りだよ。 ただ…その前に… お前は俺の母親を誑かしただろ…? あんなに惨めに…暮らさせて…廃人の様になるまで放ったらかしにして… 自殺した事さえ、知らなかったんだろ…? そんな奴が…何が、愛だよ… 「ふふ…因果応報だ…!ざまあみろ…!!」 俺はそう言って顔をひく付かせる結城を仰ぎ見て、大笑いした。 刺されて死んでも良いと思った。この時の為に復讐をして来た。 効果てき面な反応に笑いが込み上げると同時に、今まで犠牲にして来た感情が沸き起こる。 「桜二…素敵な名前だね。大好きだ…」 そう言ったシロの顔が目の前に現れて…優しく俺の頬撫でた… シロ… 「桜二、卵焼き作ってよ?」 シロ… 振り落とされる包丁を咄嗟に払って、胸が横に切れる。 「兄ちゃん…オレと一緒に居て?」 シロ… 体の上に乗った結城を振りほどいて、転がる様に逃げ出す。 「ずっと一緒に居るって約束した…そうだろ?」 そうだ… 背中を切り付けられて、床に突っ伏す。 あぁ…シロ。ごめん。ダメかもしれない… 死にたくない… だって、シロを迎えに行かないといけないんだ…9:00に、病院へ… ガタガタと物音を立てながら警察が玄関から入ってきて、俺に馬乗りになる結城を取り押さえる。 俺は死にそうな体で這いずり回ると、カセットテープをレコーダーごと、台所の収納の奥へと放り投げる。 そして、携帯を手に取ると依冬に電話をかけた。 「もしもし…今、何時だと思ってるの?」 ふてくされた様にそう話す依冬に言った。 「結城に…刺された。俺はもうダメかもしれない…シロを、シロの迎えに行ってやってくれ…。9:00に病院へ行って…あの子の傍から、離れないで。お願いだ…お願いだ…」 俺が死んだら…きっと彼は死んでしまう。 復讐の為に何でもやった。自分の命なんてどうでも良かった。 その筈なのに… 今更惜しくなるのは、彼が死んでしまうから。 シロを死なせたくない。悲しみのどん底に落としたくない。お兄さんを二度も失うような…酷な事をしたくない。 だから、俺は死ぬ訳にはいかないんだ… それでも…もし、死んでしまったら。 どうか、壊れた彼を助けて…依冬。 その後、目が覚めたら目の前にシロが居て、俺を見て満面の笑顔を向けて言った。 「兄ちゃん…おはよう。」 あぁ… 彼の髪に触れて、彼の肌に触れて、彼の笑顔に癒されて、生きているんだと分かった。 意識不明の重体…体中に付けられた深い傷、回復には時間がかかると言われた。 それでも、再び彼の笑顔を見る事が出来た。 目の端から涙が落ちるのを彼がそっと拭ってくれた。 「もう、大丈夫だよ…」 シロはそう言って俺にキスをした。 愛してる…俺の可愛い壊れた恋人。 また会えて…良かった。 #シロ 「おはよ~う。桜二!桜二~!」 一般病棟に移った桜二の個室に飛び込んで入って行くと、驚いた顔をした桜二に、抱きついて頬ずりする。 「イテテ…」 そう言ってオレの体を抱きしめる桜二に熱いキスを何度もする。 目から涙が落ちて彼の頬を濡らす。 「ふふ…ねぇ、ひとりぼっちで寂しい?」 オレがそう聞くと、腕の中の桜二が笑って言った。 「ふふ…寂しいよ?」 可愛い… 「どうして刺されたぁ~?例の如く、煽ったの?桜二はまだまだ分かってないみたいだから、教えてあげるよ?イカれたジジイ程、取扱注意なものは無いんだよ?オレを煽ったみたいに調子に乗っちゃったんだな。だからやられたんだ?」 桜二の布団に顔を乗せて、彼の顔を見ながら、彼の行いを注意した。 「お前は賢い筈だろ?なのに、そんな事も分からないなんて…オレはがっかりしたよ?それは隠してないトラバサミに自分から足を入れるような物だ。そうだろ?」 オレがそう言って桜二の顔、スレスレまで近づいて首を傾げると、彼はオレの頬を撫でながら言った。 「そうだね…シロのいう通りだ。」 「危ないじゃないか…死んじゃう所だったんだぞ?…もう、もう二度としないで…」 そう言って彼の首に両手でしがみ付いて抱きしめる。 オレの桜二…もう、あんな事しないで! 「怖かったんだから!馬鹿!怖かったんだぞ!」 それは1人、暗い月に行ってしまうくらいに…どん底に落ちるくらいに…怖かった。 「依冬が一緒に居てくれたんだ…。家に…ジェットバスが付いてて…ふふ、浴槽が丸いんだ…凄いだろ?まるでラブホみたいなんだ。ふふ…それで、朝ごはんに食パンが置いてあった。何か付けてって言ったら…何を付けたと思う?」 オレは涙目で桜二を見上げて尋ねる。 彼はオレの涙を拭いながら答えた。 「イチゴジャム…」 「あ~ははは!あはは!違う!違うけど…!それも面白いね!だ~ははは!」 やっぱり この人はオレの笑いのツボを心得てる。 「答えは…味噌だ。」 オレがそう言うと、桜二はイテテ…と言いながら大笑いした。 彼の体を見て、どこを刺されたのか、一つ一つ確認していく。 胸…お腹…腰…背中…包帯の上からでも血が滲んで見える。 可哀想… 「昨日、刑事が来ただろ?…何を、聞かれたの?」 オレの言葉に桜二は黙りこくってしまった…。彼のシャツを直しながら、もう一度問いかける。 「…湊の事を聞かれた?」 きっと、そうだ。 桜二は驚いた顔をしてオレを見つめて言った。 「どうして?どうして、分かるの?」 「昨日、白髪の刑事が言っていたんだ…3年前の事件を調べ直してるって…。今回の事件と併せて再捜査し直すって言っていた。だから、お前に聞いたんだ。湊を知ってるかって?で、桜二は刑事になんて答えたの?」 視線を落としてオレの手を弄りながら、桜二が笑いながら言った。 「知らないって…言った。」 「…そうか…良いじゃないか…」 オレはそう言うと、しめしめと悪い顔をして笑う。 そのオレの顔を見て桜二が吹き出して笑う。 「ぷっ!…なぁに?何か悪い事を企んでるの?」 オレは桜二に不敵に笑うと教えてあげた。 「ふふ…ちょっとだけ悪い事。でも、誰も傷つかないよ?」 そうして彼の耳にコショコショとオレの算段を話した。 「希望的観測が多いね…上手く行くと思えない。刑事だって馬鹿じゃないんだから。」 首を傾げて乗り気じゃない桜二に、オレは真っ直ぐ彼を見て言ってやった。 「イカれたジジイに襲撃されるような…詰めの甘い桜二に言われたくないよ?」 「ぷっ!あはは!確かにそうだ!…イテテ」 桜二はそう言って、体中を押さえながら笑った。 「…オレの傍から桜二が居なくなる事が、耐えられない。」 オレは桜二を見つめながらそう言うと、彼の唇に舌を這わせてキスをした。 「その為なら…何でもするって決めたんだ。」 うっとりと甘くて、濃厚で、気持ちの良いキスをして、彼を確認する。 絶対に離れない。絶対に手放したりしない。絶対に。 「兄ちゃん…」 そう呟いて、彼の胸の包帯に頬を付けてクッタリと甘える。 包帯に滲んだ血が赤とピンクのグラデーションを付けて、美しい。 彼の胸を撫でながら、この計画が上手く行く可能性を信じる。 どうせ、バレたら一緒に逃げるんだ… 絶対にこの人を離したりはしない…絶対にだ。 コンコン ノックの音が聞こえて、扉を開いて昨日の刑事が現れた。 「おや、随分、仲良しなんだね。」 そう言ってズカズカと病室に入って、オレと桜二を見下ろした。 オレはベッドの上から退くと、傍のソファに座り直して、刑事の動向を注意深く見つめた。 「ボクは…シロ君だよね?…おはよう。君に会えてうれしいよ。おじちゃんはね田中って言います。刑事さんです。桜二さんの次に、君にも話を伺いたいんだ。少しだけ、ここで待っていてくれるかな?」 なんでこの人はオレにこんな話し方をするんだ?一種の…性癖なのか…?だとしたら、桜二にもこの調子で話すのかな…? オレは澄ました顔でコクリと頷くと、桜二へと振り返る田中刑事の背中を見つめた。 「おはようございます。桜二さん。怪我の具合はどうですか?先生の話ではまだまだ治療にかかりそうですね。でも、一般病棟に移られて、これは良かった。ね?ははは」 なんだ、普通じゃないか。 「昨日の話の続きなんですけどね…湊くんは結城さんの嫡出子。あなたは結城さんの非嫡出子。2人は言わば腹違いの兄弟なんですね。お互い、認識は無かったと言う事でよろしいですか?一度も会った事が無い?本当に?一番下の嫡出子が依冬君になりますけど…彼とは面識があるのに…不思議だな。湊君だけ知らないなんて…ね?」 なるほど…そんな風に聞くんだ。 「依冬とは…最近仕事の関係で知り合って…お互いの父親が同じである事を知りました。それ以前は面識なんて無かったです。」 桜二はさすがに嘘が上手だな…これは天性の才能なのか…あっぱれだよ。 オレは頭の中で桜二に賛辞を贈る。 「ほほ…なるほど…」 そう言って田中刑事はオレの方を振り返って見つめる。 ほら…この人、オレの事…湊だと思ってる。 オレはわざと余裕のあるふりをして、田中刑事の顔を見つめながら首を傾げる。 「…何か?」 オレがそう聞くと、にっこりと笑って首を振った。 …読めないな。さすが刑事だ…何を考えてるのか…何を引き出そうとしてるのか… 全く読めない。 依冬みたいに分かりやすかったら良いのに…ふふ 「湊くんが…どんな環境に居たのか、ご存じですか?」 「…いや、その子を知りもしなかったので…分かりません。」 「父親である結城さんに、何をされていたか…ご存じですか?」 「…だから、存在すら知らないのに、知る訳がないでしょう?」 少し苛ついた様に桜二の声色が乱暴になる。 やっぱりこいつは食わせ者の質が高いんだ…演技力があるんだ…オレなんてまだまだ大根役者だな… 田中刑事はそんな事も意に介さないで、手元の手帳を見ながらドラマの様に聞き込みを続ける。 「お家のお手伝いさんに伺った話だと、湊くんは結城さんに性的虐待を受けていた可能性が高いんですよ。それも、かなり幼い頃から…」 そう言って田中刑事は再びオレの方を振り返ると、オレを見ながら言った。 「幼い子供がそんな目に遭っているのに…誰も…助けてくれなかった。酷い話ですよ…」 含みを持たせたその言い方に…それ以上の事を探られている様な気になる。 …オレの事を言ってるの? まさか… オレには戸籍が無い。オレの事なんて…遡っても調べられない。 彼はオレを湊だと思ってるんだ。 だから、湊に対して、揺さぶりをかけているだけなんだ… なのに、どうして…境遇が似ているせいか、湊について話す内容が…自身の胸を抉るんだ。 「刑事さん?この人は昨日死にかけたんです。まだ傷だって、体力だって回復していない。こうやって話すのだって疲れるんです。どうです?そろそろお帰りになっては?」 オレはそう言って桜二と田中刑事の間に入った。 「ほほ…!シロ君。ごめんね。君を待たせていた…ふふ。」 さっきからチラチラ見ていた癖に…白々しいね。それも仏の手なのか… 「じゃあ、シロ君にも聞きたい事を聞こうかな?ワクワク。」 絶対この人はオレにだけこんな口調を使う。 オレを見て肩をすくめる桜二を田中刑事の背後に見ながら、オレは彼の聞き取りを受ける。 ソファに横並びで座って、オレの顔を覗き込むようにして、田中刑事が話し始める。 「さて…シロ君はお兄さんと…弟が居るよね?」 え? 「今、弟君は元気にしてるの?」 は? 「…僕は…ひとりっこです。」 オレは動揺した。 だって、まるでオレの家の話を聞く様に聞くんだ。 湊に対して言ってる筈なのに…まるで、オレに対して言ってる様に感じて、動揺した。 「ほほ…そうか、一人っ子なんだね。じゃあ、桜二さんとは、どんな関係なのかな?あんなに仲良くして…まるで恋人同士みたいだけど、2人は恋人なのかな?」 頭が真っ白になって、田中刑事の顔を見つめながら、何も言わずに頷いた。 「ほほ…なるほどね。ふんふん…そうか…なるほどね…」 含みを持たせた様にそう何度も言うと、田中刑事はウンウンと頷いてオレを見た。 「じゃあ…依冬君とは、どんな関係なのかな?」 「…恋人。」 「ほほ!これは…!すごい!なるほどね…公認の二股なんだね?ふふ…なるほどね。」 この人の話し方に、湊じゃない、オレ…シロに対して言っている様な二重の意味を感じてしまう。 それが気のせいなのか…それとも、そうなのか…見極められなくて翻弄される。 頭が真っ白のまま、オレへの聞き取りが終わった。 「…実は、結城さんがね、まともに話が聞ける状態じゃないんですよ。困った事に、少し錯乱していて…これがまた面白い事を言うんだ…はは。桜二が湊を殺して、誑かしてるって言って聞かないんですよ。はは…これの意味が分からなくてね。だって、当時の記録だと、湊くんは事故で亡くなってる事になってる。なのに、殺したなんて急に言うからね…どういう事なんだろうって?思いましてね…?」 ハッと我に返って田中刑事に言った。 「そうですか…それではまた今度お聞きしますね…」 そう言って、田中刑事の背中を押して、病室から追い払う。 「シロ君…あの…本当に、良かったよ。」 扉を閉めるオレに田中刑事はそう言って、目じりを下げた。 そこはかとなく感じる違和感…この人。もしかしたら…オレの事を知ってるの? まさか… まさか… オレは田中刑事を無視して彼を見つめたまま、ゆっくりと扉を閉める。 ぼんやりするオレを心配して、桜二がおいでおいでと手招きする。 「どうしたの?何か言われたの?」 何か…?いや、何も言われてなんかない… ただ、あの人の目つきや、声に…何かもう一つの意味を感じてしまうんだ。 「いや…自分でもよく分からない。」 そう言って彼に抱きしめて貰う。 包帯の消毒の匂いがする桜二に甘えて、さっきまでの心に出来たさざ波を沈める。 何だ…あの刑事。 まるでオレの過去を知ってる様な…そんな匂いを、感じさせてくるんだ。 何が…本当に良かったんだろう… 田中刑事の残した言葉が頭の中をめぐって、ぼんやりと考え込む。 「シロ…頭の怪我、見せて…?」 桜二がそう言ってオレの髪を掻き分けてホチキスを探す。 オレは彼の膝の上に頭を置いて、好きに探させる。 「あぁ…髪が伸びて来たね?でもリタッチ出来ないね?だって、こんなのが頭にくっ付いてるんだもんね?」 そう言って桜二がオレのホチキスを指先で撫でる。 「ふふ…滲みちゃうかな?」 オレはそう言って彼の膝を布団の上から撫でる。 「滲みちゃうよ?泣いちゃうくらい、痛いよ?」 桜二が意地悪にそう言って、オレの顔に覆い被さると、チュッチュッと何度もキスをする。 オレは彼の髪を撫でながら微笑んで聞いた。 「ねぇ?…桜二の着替えは誰が持って来るの?」 「ふふ…シロが持って来て…?」 「嫌だ…。だって、オレを虐めるんだ…そんな人のお世話なんてしたくないだろ?」 オレはそう言って桜二にアッカンベした。 桜二はオレの舌を絡めて熱心にキスする。 そのまま腕を回して、オレを抱きあげると、がっしりと抱きしめた。 「虐めたりなんてしないよ?こんなに大切なのに…虐めたりする訳無いだろ?」 うっとりした顔でオレを見つめてそう言うと、そっと頬にキスをする。 可愛い… 「ふふ…桜二、愛してる…」 「あぁ…シロ…愛してるよ…」 これを人は公認の二股と呼ぶ。 オレにそんなつもりはない。だって2人必要なんだ。

ともだちにシェアしよう!