１８：００　三叉路の店にやって来た。 エントランスに入ると、緑とオレンジの飾り付けが至る所に施されている…昨日までは無かったよ？きっとこのジジイが頑張って飾り付けたんだ。おかしいだろ？ 「おはよ！シロ。俺たちのシーズンがやって来たぞ？」 ふふ… 支配人はそう言うと、オレに棒付きキャンディーをくれた。 ハローウィン…それはオレたちの季節…ふふ。支配人はそう思ってる。なぜなら、仮装して強気になった人々が、怖いもの見たさでこの店に集まってくるからだ。 いつもは敷居の高いこのストリップバーも、ハロウィンの時だけ、一見さんが入り乱れる敷居の低いお店になるんだ。 …その分、揉め事も多くなるけどね。 オレは支配人に適当に頷いて相槌すると、階段の下へとリズミカルに降りて行った。 「シロ？見て？これ…凄くない？」 控え室に入るや否や、楓がそう言ってオレにゾンビの衣装を見せる。 「ハロウィンだからね…ふふ。」 オレはそう言って鏡の前にメイク道具を出した。 楓は魔女の衣装を着るみたいで、鏡で合わせてポーズを取ってる。オレは何を着ようかな…鏡越しに今日の衣装を目で探した。 この時期のストリッパー、ホステス、ホストの衣装は、全てハロウィン仕様となる。 店全体をハロウィン仕様にして、仮装したお客が楽しめる様に演出するんだ。あのジジイは銭ゲバだけど、こういう所で拘りを見せる。でもね、そういう所は嫌いじゃないよ？ 初めて来たお客は、まるで異空間に来たみたいな非現実感を味わえるからね。 「オレは伯爵にしよ～。」 だって一番豪華で、一番格好良いんだ。 オレはそう言うと、鏡に向かってメイクを始める。 「真っ白の顔をもっと白くする～。そして、目の周りを黒くする～。」 「あ～ハハハ！！シロ、パンダじゃん。パンダちゃんじゃん。」 オレの顔を見て大笑いする楓に、首を傾げて抗議する。 「…これは、スカルフェイスだよ？」 「パンダちゃんだよ。」 なんだと…それはいけないな…骸骨伯爵が、パンダ伯爵になっちゃうじゃないか… １９：００　衣装を起きて店内へ向かう。途中支配人がオレを見て大笑いする。 「あ～はっはっは～！！」 でも、オレは気にしないよ？ハロウィンだもん。 「シロ…あははは！」 常連客がそう言ってオレを指さして笑う… 「ぷっ！あの子…ヒソヒソ…ぷぷっ！」 そうじゃないお客までオレを指さして笑い始める始末だ。そんなにイケてないの？このメイク？…なんだ、今日は自尊心がズタズタになる日だな？ オレは呆然と立ち尽くして天井を見上げる…あぁ…あんな所まで飾り付けが… 「シロ？目の周り黒くしすぎ。パンダみたいだよ？」 「ふふ…じゃあお姉さんが塗って？」 オレはそう言って常連のお姉さんに迫って行く。でも、間抜けなメイクのせいで、お姉さんは笑い出してしまう。なんだ！ 「あはは！シロ、おかしすぎ！ウケる～！」 「ったく、全然ダメ！やってあげるから来て？」 突然そう言って強引に腕を引っ張られて、誰かに連れて行かれる。 相手を見ると、なんだ。夏子さんだった。 朝とは違うボディラインがばっちり出る服を着て、イケイケどんどんの夏子さんがオレをグイグイと引っ張っていく。 階段を上って強制退場させられると、エントランスで支配人に爆笑されながら控え室までの階段を降りる。 「あ、なに？やだ…ここでエッチ始めないでよ？」 そう言って身構える楓を無視して、鏡の前に座らされたオレはメイク落としで綺麗にすっぴんへと戻される。 「もうちょっと優しく落としてくれたら良かったのに…皮膚が削れた。」 オレはそう言って夏子さんを見上げる。 「…うるさい。」 彼女はそう言って一蹴すると、オレの顔をマジマジを眺める。 「何？顔しょぼいって言っても傷つかないからね？」 オレはそう予防線を張って、自尊心を守った。 「子供みたいな顔の凹凸。」 彼女はそう言うと、オレのおでこと頬、顎を指さして言った。 「ここが出っ張ってる。だからフェイスアートするなら、ここは薄く塗った方が良い。」 へぇ… オレは顔を上げて目を瞑ると、夏子さんにメイクをしてもらった。さり気なくお尻を触ると、低い声で言われた。 「シロ？…あたしはね、女の子専門なんだ。…分かる？」 はい…ごめんなさい。 目の周りに黒いシャドウを付けて、唇に黒い口紅を付けた。黒いアイラインで口の端から頬まで線を引くと、チョンチョンチョン…と縦線を入れて言った。 「出来た！」 オレはすぐさま鏡を見て、大喜びして言った。 「わぁ！すご～い！オレはね、こうやりたかったんだよ！」 それは見事なまでにクールなスカルフェイス！夏子さんの上手なメイクはこんな時にも見事な技術を見せつけた！ 「夏子さんはメイクも上手な綺麗なお姉さまだね？」 オレはそう言っておだてて、彼女の顔を見上げる。夏子さんはオレを見下ろすと、にっこりと笑って、髪型までセットし始めた。 楓のヘアアイロンでクルクルに丸められていく…ピンクの頭 「このくらい薄いピンクだと…ブロンドと同じで、きっとこういうのも可愛く見えるはず！」 そう言ってオレの髪を全部クルクルにすると、手にワックスを付けてグワシグワシと解していく。 「この作品の題名は…落ちた堕天使の骸骨伯爵…」 そう呟いて鏡越しにオレを見つめる彼女は、超クールだった… 「すごい！すごい！完成度が高いね！」 椅子の上で飛び跳ねて喜ぶと、夏子さんはオレの手をまたむんずと掴んで控室から出て行く。なんて強引なんだ…男らしいな。おい。 エントランスの支配人が驚いた顔をして、グイグイと引っ張られていくオレを見送る。 あの表情からすると…やっぱりイケてるんだ！ふふん！ 「あ～…良いじゃん。かっこいいよ？」 さっき大笑いした常連客がそう言って親指を立てた。 オレにはね…メイクのプロが付いてるんだ！ふふん！ そのまま夏子さんに連れられて、ステージ前の席に到着する。 オレはステージの縁に座りながら、夏子さんと勇吾を見て、首を傾げて言った。 「あれ？桜二は？一緒じゃないの？」 「今日は一緒じゃない。」 勇吾はそう言うと、オレに向かって手を伸ばしておいでおいでをする。 「なんだ、行かないぞ？」 オレはそう言うと、ウェイターにビールを注文して他のお客に愛想を振りまいた。 勇吾は席を立ってオレの隣に座ると、ギュッと腰を抱き寄せて首に顔を埋めて来る。 「…夏子さん？勇吾はセクハラ親父みたいだけど…酔っぱらってるの？」 オレはそう言いながら両手で勇吾の顔を退かすと、まじまじと見つめて教えてあげた。 「今日はフェイスアートしてるんだ。あんまりくっ付くとメイクが付くよ？」 「良いの…良いの…」 勇吾は鼻をスンスン鳴らしながらオレの肩にしなだれかかって頬ずりする。 なんだ… 何なんだ… 「夏子さん…あのさ…」 勇吾はオレの体に覆い被さる様にしてステージに押し倒していく。オレは夏子さんの顔を見ながら、勇吾の腹に足を付いて蹴飛ばして言った。 「やめろ！出禁にするぞ？まるでサルだな！」 「サル…ぷぷぷ…」 夏子さんがそう言って笑う中、勇吾は肩をすくめるとオレの足の間に体を入れてオレを見つめた。オレの腰を掴むと、引き寄せて、股間をグリグリと押し付ける。顔を上げて、オレの胸に顔を埋めると、口端を片方だけ上げて言った。 「シロだって、保護者がいないと…いつもより悪い子になっちゃうだろ？」 「ならないよ…ばかだな。」 「ふふっ！チュチュチュチュ～！」 オレに高速キスを何回もして満足すると、オレを抱きしめたまま、クッタリと大人しくなった。 「…お店はハロウィンムードだけど、シロは今日は何を踊るの？」 夏子さんがそう言ってビールを一口飲んだ。そうだな… 「ん、まだ決めてないよ？何が良いかな…？骸骨伯爵は、どんな奴かな？」 「んなもん…俺の事が大好きな可愛い伯爵だよ～。」 勇吾はそう言うと、オレの胸に顔を擦り付けてスリスリした… この人、こんなにデレるの？ 意外だよ… さっきからサワサワとオレの体を撫でまわす彼の手は、動きや運びが美しくて、ついつい止められずに放っておいてる。そんなオレたちを呆れた顔で見ながら、夏子さんが言った。 「そうだな…あたしならハードに行くけど、あえてソフトに行くのも捨てがたいよね？シロはどっちが好き？」 「シロは勇ちゃんが好きだよね～？」 「…そうだな？オレはロックに行くのが好きかな？」 オレはそう言うと、勇吾を引き剥がしてステージの縁から降りた。 「あ～、良いねぇ。」 オレと夏子さんが意気投合して、ビールをコツンとぶつけ合ってると、勇吾はオレの背中にぺったりとくっ付いて離れなくなった。 「この人…いつもこんななの？服にくっ付く植物みたいだ…」 「さぁね…」 意味深に夏子さんがオレを見つめて、背中の勇吾に視線を送った。 まただ… 彼女はオレを見た後、勇吾を気にして視線を送る事がある。それはまるで勇吾の反応を窺う様に、彼の表情を確認する様に… 勇吾が心配なの？ そんな風に見て取れる。 オレを怖がってる様にも…見えるよ。 ふふ… オレは背中にくっ付いた勇吾の手をポンと叩くと、顔を後ろに向けて言った。 「…もう、離して？」 彼はオレと目が合うと、半開きの瞳を少しだけ開いて、うっとりとした。 「嫌だ…キスして？そしたら、離してあげる…。」 全く… 「黒くなっても知らないからね？」 オレはそう言うと、体を返して彼の唇にチュッとキスをした。 勇吾はそのままオレを抱きしめて、首にキスをした。 変な人… 首を傾げながら仮装のお客を掻き分けて、オレはDJブースに立ち寄った。 「もうハロウィンだよ？骸骨ボーイ。」 オレを見てハンドシェイクを求めるＤＪは、赤いアフロのかつらをかぶって、チャイルドプレイのチャッキーに仮装している。ふふ…！ 「うふふ！うふふふ！」 口元を手で押さえて肩を揺らして笑うと、ＤＪは得気にアフロを見せつけて言った。 「俺は頭の形が良いから、こういう髪型も似合うだろ？どうだ～？」 カツラなんだ。頭の形なんて、関係ないんだ…！ あまりによく似合った仮装に、目が笑ってしまう。 「ねぇ…ふふ、ギター貸して？」 ＤＪブースの後ろに大切そうに置かれた彼のギターを指差してそう言った。 「何に使うの？」 「前奏だけ弾きたいの。アンプも一緒に貸して？」 オレがそう言うと、渋々ギターケースからギターを取り出してアンプに繋いだ。 彼からそれを受け取ると、オレはステージに向かって歩く。 「お、シロ、今日はバンドショーなの？」 まさか！ オレはそう尋ねるお客に笑顔で答えてあげる。 「ふふ…ただの、小道具だよ？」 お客に手伝ってもらって、ギターとアンプをステージにあげる。 目の前で勇吾と夏子さんが見守る中、アンプを付けるとハウリングが起きた。 「うっせ！離れろ！」 全く…夏子さんは口が悪いんだ！ 「はいはい…」 オレはそう言うと、ギターを肩に掛けてオレを見上げ続ける勇吾を見た。彼はオレの口紅が付いてしまったのか、唇がうっすらと黒くなっていた。 「ふふ！勇吾？唇が黒くなっちゃったよ？あ～あ…どれどれ…」 オレはそう言って親指をペロッと舐めると、ステージに四つん這いになって彼の唇を拭いてあげる。 「あ～…ダメだ。だから言ったのに…もうダメだ。勇吾、落ちないよ？ふふ…んふふ！あはは…！」 彼の間抜け面に声を出して大笑いする。 こんな超絶美系の男が、唇だけ黒いなんて、シュールすぎておかしいだろ？ 「シロ～？どっちで踊るの？」 支配人が階段の上から大声で聞いて来る。あのジジイはこういうの好きなんだ…。気が乗ればベースを持って来て、隣で演奏を始めそうな勢いだ… オレはあくまで前奏だけをやるんだ。オレの本業はダンスだからね？ 「RUN D.M.Cだよ。あれでやる。」 オレは階段の上の支配人にそう答える。彼はピースサインをするとそそくさと準備し始める…やめてくれ… お前はいつもオレの見せ場をかっさらって行くんだ… ギターを抱えたままカーテンの奥へ退けて出番までのんびりと待つ。 「凄いじゃん…何が始まるの？」 楓がそう言ってオレを見つめると、魔女のメイクに血のりを垂らして仕上げをする。 「Walk This Wayを演奏する。最初の前奏だけ。」 オレはそう言って鏡の前の椅子に腰かける。 ギターの弦に物が当たって、ステージの上のアンプが鳴った。 「何それ…糸電話みたいじゃん…」 楓がそう言って、オレはそれがおかしくてケラケラ笑った。糸電話だって、可愛いじゃないか…？ふふ。 「これはエレキギターだよ。アンプって物に繋げて演奏するんだ。だからこれ自体ではそんなに音は鳴らない。今はステージに置いたアンプに繋がってるから、ここで弾くと…ほら？」 オレはそう言うと、ギターで“猫ふんじゃった”を弾いてみせた。 ステージに置いたアンプからオレが爪弾いた”猫ふんじゃった”が聴こえてくる… 「わぁ…向こうで聴こえるんだ…」 楓がそう言って笑うと、カーテンの向こうでもお客の笑い声が聴こえた。 カーテンの前に立って手首足首を回すと、首をぐるりとゆっくり回した。 この曲は有名だから、きっと盛り上がる。 オレはカーテンを開いてステージに上がると、ギターを構えてＤＪに合図した。 大音量の音楽が流れ始めて、バスの利いたリズムが刻まれる。 オレはギターで特徴的なイントロを弾く。それを聴いたお客はあっ！と笑顔になってこちらを向いた。 知ってるでしょ？この曲。ふふ！ 骸骨伯爵に仮装してお送りしましょう。オレのWalk This Way！ 踊る事を忘れて、袖に控えるＤＪがしびれを切らしてステージに上がってオレからギターを取り上げるまで、歌ってる様にリップシンクして派手に、楽しく、演奏した。 「踊れ！お前はストリッパーだ！」 ＤＪがそう言ってオレのステージの横で生演奏を始めると、支配人がベースを持って一緒にステージに上がる。 お客は興奮して大盛り上がりだ！ 「ふふ！」 生演奏で踊るなんて最高じゃないか！ 靴を脱ぐと、ダッシュしてポールに飛びつく。 体が持って行かれそうな勢いを無理やりポールに流して、凄い勢いを付けて回る。 手が痺れて頭が揺れたけど、オレは気にしないよ？ そのまま膝裏にポールを挟むと、両手でポールを掴んでもっと高くまで体を持ち上げていく。 豪快にポールを回る骸骨伯爵と、この曲は…まさにハロウィンだ！ 「堪んないね～！」 オレはそう言って片手を離すと、体を仰け反らせて伯爵のジャケットを脱いだ。 シャツに手をかけて、思いきり開くとボタンが下へと飛んでいく！ あぁ…これ、マジックテープのシャツじゃなかったんだ！ ヤバイ、怒られる… そんな一瞬の油断で、ポールを挟んだ太ももが緩んで、一気に下へと落ちていく。 「シロッ！」 勇吾がオレを呼ぶ声が聞こえて、咄嗟に両手でポールを掴むと体を放り投げて回った。遠心力で体を安定させていく。 「フォーーー！」 派手に回るオレにお客が興奮して店内が盛り上がる。 それはあくまで演出として処理された痛恨のミス。 危うく事故になる所だった…！いけね！ 両足を頭上に上げて足首でポールに掴まると、体をゆっくりと起こして、今度はしっかりとポールを太ももで掴み直す。 勇吾を見ると、オレに怒った顔を向けてる…仕方が無いだろ？緩んだんだ。 生演奏だと良いね…？ 次の曲が勝手に流れていくんだ。支配人とＤＪが演奏するのはエアロスミス！Dude！最高だね？ オレはステージに戻るとステップを踏んで踊ってあげる。 ズボンのチャックを開きながらエアギターをして、ＤＪにもたれかかりながらズボンを膝まで下げていく。 ギターのソロに入る前に体を回しながらズボンを袖に放り投げる。 そのままスライディングして膝立ちすると、リップシンクしながら腰を振る。 「あははは！シロ！良いぞ！」 そう言って怒り顔の勇吾がいつの間にか笑顔になった！ふふ！ そのまま仰向けに仰け反ると、エアギターをしながらリップシンクして腰を揺らす。 こりゃまた、派手なファックだな！ ブリッジしてそのまま逆立ちすると、勢いを付けて一気に起き上がる。 「ワァァァァッ！」 お客の興奮も最高潮だ。 他人のふんどしで盛り上がってる訳じゃないよ？ちゃんとした生演奏だ。ふふ！ さぁ、最後は一緒に決めようじゃないか！ 支配人とＤＪに合わせて、最後を３人でジャンプしてフィニッシュした。 今日はチップで寝転がるお客もいない。だって、オレが走り回って危なかったからね？ふふ！ 「あ～、楽しかった！」 オレはそう言うと、支配人とＤＪをハグしてカーテンの奥へと退けた。 「凄い盛り上がってたね？楽しかった！僕もいつかやってみたいな。あんなショー。」 楓がそう言って誉めてくれた！オレは嬉しいよ。楽しかったし、派手だった！ 店内は大盛り上がりの大盛況だ！ オレは鏡の前に座ってメイクを落としていく。骸骨伯爵から、しょぼいシロに戻った。 「はぁ～。皮膚呼吸がありがたい…」 そう言って頬を机に乗せて足を揺らす。 盛り上がったな…ふふ。 黒いダメージジーンズとぶかいＴシャツを着て、控室を出る。 「シロ～～～！盛り上がったな！」 エントランスで支配人が興奮冷めやらない様子でオレに抱きついて来る。 「ハイハイ…お爺ちゃんは死ななくて良かったよ？」 オレはそう言って支配人を体に付けたまま店内へと戻る。 階段の上から下を覗く。 「凄い人だ。こんなに沢山入って…あんなに盛り上がったんだ。明日はもっと増えるぞ…？お前は優秀なエンターテイナーだな？」 そう言って支配人がオレの頬に何度もキスをする。 こちらを見上げる1人の視線に気が付いて、目が釘付けになる。 オレは支配人を手で退けると、階段を降りて彼の元へと向かう。 「シロ、良かったよ。盛り上がったな！？」 そう言ってチップをくれるお客に愛想笑いを向けながら、不思議な顔をする彼に近付いて行く。 どうして？どうして…そんな顔するんだよ… 彼の元に辿り着く頃には、オレの両手はチップでいっぱいになっていた… 「稼いだぞ？凄いだろ？」 オレはそう言って、勇吾と夏子さんのテーブルにチップをワサッと乗せた。 「シロ…」 そう言ってオレを抱きしめる勇吾の顔を覗き込む。 さっき…彼がオレを見て…泣きそうな顔をしていたんだ。 オレはそれが気になってここまでやって来た。 「すげー盛り上がった！！最高にイカしてた！」 夏子さんはそう言ってオレを勇吾の腕の上から抱きしめると、彼の頭を小突いた。 「離して？」 オレは勇吾にそう言って椅子に腰かけると、ウェイターにビールを注文して、山のようになったチップを数えていく。 「銭ゲバなの？」 そう言ってジト目でオレを見る夏子さんを、口元を緩めながら無視して、1万円単位でまとめるとゴムで縛って並べていく。 「シロ？俺も手伝おうか？」 「ふふ…じゃあ、して？」 オレがそう言って輪ゴムを勇吾にあげると、彼は嬉しそうに受け取ってチップをまとめ始める。 何だろう…この人。情緒不安定なのかな？ 夏子さんの目が、痛い位にオレと彼を見つめて来る。 「夏子さん？オレはね、銭ゲバじゃないんだ。オレはね、生活の為にこうやってチップを数えてる。今月も家賃と、光熱費、そして陽介先生へのレッスン代、後はＫＰＯＰアイドルへの貢ぎ物に使わないといけないんだよ？切実なんだ。」 彼女の視線が居心地悪くて、オレはそう言うと1万円単位に並べたチップを彼女に見せながら言った。 「これで、桜二に粒粒の入ったジュースを買ってあげるだろ？これで…依冬にテイクアウトの食べ物を買ってあげるんだ。後は全部ＫＰＯＰアイドルに使う。」 「使い過ぎじゃん…」 鋭い突っ込みだって、オレは気にしないよ？ 「良い？ＫＰＯＰアイドルはたまにしか日本に来ない。コンサートに来た時に握手会をするんだ。その握手会には抽選で当たった人しか行けない。その為にオレは沢山のＣＤを買って、自分の倍率を上げて行かないといけないんだ。これは基本だよ？」 オレはそう言って、勇吾のまとめたチップを手に取って自分の分と合算する。 「ほほ！こんなに大もうけした！」 ほぼ帰っていないボロアパートの家賃が痛いんだ。あれさえなければもっとＫＰＯＰアイドルにつぎ込めるのに… オレは一仕事を終えて、ビールを一口飲んだ。 「シロ？桜ちゃんは悪い奴だよ？俺といた方が楽しいよ？踊れるし、イケメンだし。」 「ふふ…知ってるよ。だから好きなんだ。」 オレがそう言うと、夏子さんが勇吾の頭を引っ叩いて言った。 「勇吾にも、勇吾がクズでも愛してるって言ってくれる人が現れると良いね？」 「シロは？俺の事…愛してくれるだろ？」 何を言ってるんだ…こんな美系なんだ。引く手数多だろう？ オレは身を引いて勇吾と夏子さんを見ると、思いきり首を傾げる。 「なぁんで、オレなの？」 さっぱり分かんないね。 眉を下げる勇吾を無視して、チップを回収するとポケットに詰め込む。 「シロ、もう今日は終わりなの？」 夏子さんがそう聞いて来るからオレは振り返って答える。 「２４：００のラストを踊る予定だよ。」 「終わったら一緒に帰っても良い？」 「桜二の部屋に？知らない。彼に聞いて？」 オレはそう言ってポケットにチップをいっぱい入れてカウンター席へと向かった。 勇吾がオレにべったりくっつくと、夏子さんが心配そうに彼を見つめる。そんな２人の間に居ると、居心地が悪い。 「こんなに儲けたよ？」 そう言ってマスターに見せびらかすと、後ろを付いて来た勇吾に掴まった。 「…全く、何なんだ。」 ため息交じりでそう言うと、勇吾はオレの顔を覗き込んで言った。 「シロ、行くなよ。俺から逃げないでくれよ…」 逃げる？逃げてなんかいない。ただ、面倒だと思っただけだ。 「そうだ！勇吾に聞きたい事があったんだ。体に纏わりつかないで教えてよ。ふふ…勇吾は本業があるにもかかわらず、どうしてストリッパーの仕事をしてるの？」 オレはそう言うとカウンターの席に座って彼を見た。 勇吾が抱きついて来ようとするから、隣の席をポンポンと叩いて着席を促す。 「…俺の見た目がさ、他よりも綺麗だろ？昔からそのせいで苦労ばかりしてきた。男に掘られたり、金持ちのおばさんの相手をさせられたり…うんざりする事の方が得する事より多かった。。ストリップだと、そんな容姿が武器になって、誰にも触れられずにそれを生かして稼ぐ事が出来る。だからかな…」 勇吾はそう言うと、マスターに飲み物を注文した。 「後は…限られた短い時間の中を構成する楽しさを忘れられないからかな…」 そうポツリと言って、出された飲み物を手の中で回した。 ふふ…その気持ちは、何となく分かる。 「この店ではショーに１５分与えられてる。大抵は５分ステージ、５分ポール、５分チップ回収に使ってる。でもたまに全く違う構成で踊りたくなる時があるんだ。そんな時は今日みたいにめちゃくちゃにして、遊ぶのが好きだ。」 オレがそう言ってビールを飲むと、勇吾は頬杖を付きながら、オレの髪を指先で撫でて聞いて来た。 「シロは…どうしてストリッパーになったの？」 そんな事…聞いてどうするのさ？ オレは彼の目の奥を覗き込むように首を傾げながら言った。 「…１７歳の時。支配人にスカウトされたんだ。初めはこんな世界があるなんて知らなかった。周りの人に色んな事を教えて貰って…色々覚えて行った。今はね、オレを見て喜ぶお客が居る事が楽しくて…ふふっ。それで続けてる。」 「どうしてスカウトされたの？」 え…？ それは多分… オレは勇吾の目を見つめたままにっこり笑うと、教えてあげた。 「多分…オレからそういう匂いを感じたんだと思う。昔、知らない男の相手を散々していたから…出てたんじゃないかな？そういう匂いがさ…」 彼は半開きの瞳を大きく開いてオレを見つめる。 ふふ、どうやら、驚いたみたいだ… 「勇吾も…そういう物を感じたから、オレに付きまとうんだろ？」 彼から視線を外すと、手元のビールを眺めてそのまま一口飲む。 ビッチの匂いがするんだ。だから、男が寄って来る。 「違うよ…そんなんじゃない。」 さぁ…どうだろうね… 今朝だって、何の疑いも、戸惑いも、躊躇も無く、オレを触ったじゃないか。 「ふふ…そう。」 カウンターに置いたオレの手を握って、まるで大事そうに指でなぞる彼の手を見つめる。 誰とでもエッチをするのはビッチ…でも桜二はビッチなんていないって言った… オレが誰かと触れたがるのは…甘えたいからだって言った。 だとしたら、オレは勇吾に…甘えたくないみたいだ。 「シロ。」 名前を呼ばれて振り返ると、依冬がにっこり笑って両手を広げた。 「依冬！」 オレは椅子から降りると、彼に抱きついて、高く上げて貰う。 「あはは！凄いぞ？そのまま振り回して壁に叩きつけてよ！」 「もう…言う事が物騒なんだよ…」 依冬はそう言ってオレを下ろすと、勇吾をチラッと見てマスターに飲み物を注文した。 「ふふ、依冬？この人が３２歳の勇吾だよ？ちょっと待ってて？」 オレはそう言うと、ホステスを口説き始めた夏子さんを連れてカウンター席に戻った。 「この人が３２歳の夏子さんだよ？」 オレがそう言うと、夏子さんが頭をペチンと叩いて言った。 「年齢を言うな…あたしはいつまでも１６歳なんだ。」 マジかよ…オレよりも年下じゃん…ふふ 「この子は依冬だよ？オレの大事な彼氏だよ？」 オレはそう言って彼らに依冬を紹介する。 ２人は首を傾げて、顔を見合わせると大笑いして言った。 「桜ちゃんは二股をかけられてるの？あ～はははは！ざまみろだ！」 勇吾は予想以上に大笑いすると、夏子さんの肩をバシバシ叩いて怒られた。 「違うよ？依冬と桜二は腹違いの兄弟だよ？ね～？」 オレはそう言うと、椅子に腰かけて飲み物を注文する依冬の背中に抱きついて、スリスリと頬ずりした。 「は？」 夏子さんがそう言って表情も、体も固まった。ふふ… 「…嘘だろ？」 勇吾がそう言って依冬の顔をまじまじと見る。 依冬はにっこりと営業スマイルをして２人にぺこりと頭を下げると、礼儀正しく挨拶をした。 「はじめまして。結城依冬です。確かに父親は同じですが、兄弟なんて関係じゃないですね。ははっ！」 ふふ！ 「依冬？さっきね、すっごい盛り上がったんだよぉ？」 オレは彼の背中によじ登って1人でおんぶの格好をすると、しがみ付いて揺れた。 「あ、危ない…！もう、シロ。席に座ってよ…」 怒られたぁ… 「本当なんだ…本当に桜ちゃんの腹違いの弟？って事になるんだ…。じゃあ、シロは兄弟を二股してるの？あっはっは！すごいな、お前。」 勇吾はそう言ってオレの体を抱きしめると、依冬に向かって言った。 「シロ可愛いね。俺にちょうだい？」 ふふ…ばかだな。依冬は子犬のように見えて、狂犬だぞ？ 依冬は一瞬驚いた顔をして、目を細めると、口元を緩ませて言った。 「だめですよ。３２歳じゃ…面倒見切れませんよ？シロは元気だから。…年寄はきっと、疲れちゃうでしょ？ふふ…」 言った…依冬が年齢の事を言った！ 「あ～はは、なるほどね。確かに…兄弟だわ。」 勇吾はそう言って笑うと、オレを見つめて言った。 「シロ？同じ様な奴と遊ぶより、勇ちゃんと遊んだほうが楽しいよ？」 ふふ…！ 「違うんだ。全然違う。勇吾？桜二はああ見えて乙女なんだ。依冬はこう見えて男っぽいんだ。だから２人と居ると丁度良いんだ。」 オレはそう言ってクスクス笑うと、依冬の体にもたれてビールを飲んだ。 「シロは魔性だ。」 夏子さんがそう言って、マスターが吹き出して笑った。 「これが客観的な意見だよ。」 オレはマスターに抗議をすると、依冬にグダグダに甘える。 「依冬？オレの手冷たいの…あっためて？」 「ふふ…あ、ホントだ…冷たいね？どれどれ。」 依冬の大きな手に自分の手を温めて貰いながら、彼の頬に頬ずりする。 あぁ…依冬と、エッチしたいな… 「あ～…依冬の顔に…なんか付いてるよ？」 オレはそう言って不思議そうにする依冬の顔を掴むと、チュッと彼にキスして笑った。 「ふふ…もう取れたの？」 依冬はそう言って頬を赤くする。 可愛い…悩殺だ… 「…ん、まだ付いてるよ？でも、ちょっと…これは難しそうだから、こうして…こうして…」 オレはそう言って彼の顔を少し斜めにすると、向かい合う様にして、舌を入れてキスをした。 あぁ…依冬。エッチしたい。 彼の舌と自分の舌が絡まって、口の中でいやらしい音を立てる。 おでこを付けたままキスを外して、うっとりと可愛い依冬を見つめておねだりする。 「依冬？エッチしたいよ。」 「良いよ？」 「ダ～メだよ。シロは今日、俺たちと桜ちゃんの部屋に帰るんだ。残念だね。爽やかボーイ。今日は桜ちゃんか…俺が相手してあげるよ？」 そう言って勇吾がオレを依冬から離すと、持ち上げて階段の方へと走って行く。 「あ～ははは！勇吾、凄いぞ？力持ちじゃないか！」 オレは大笑いして喜ぶと、勇吾の背中を撫でて触る。 オレと変わらない…？いや、彼の方が少し、筋肉質ではある… カウンターを見ると、依冬と夏子さんがこちらを見て笑ってる。勇吾は息も切らせないで階段の上まで上がると、やっとオレを下ろしてくれた。 「あはは！凄いぞ？勇吾はやっぱり力持ちだ。ね？もっと何かして？」 オレはそう言って勇吾に抱きつくと、彼の体をよじ登り始める。 「ばか！違う！こういうのは２人っきりの時にやってあげる。」 彼の体をよじ登ろうとするオレの額を押さえると、勇吾はそう言ってオレを抱きしめる。 「ふふ…シロはこういうのが好きなの？勇ちゃんは沢山してあげられるよ？」 「ほんと？じゃあやってみて？」 オレはそう言って勇吾の体をよじ登ろうとする。彼はそれを止めると、壁際に移動してオレに熱いキスをした。 体を締め付ける様に腕を回して、きつく抱きしめられながら彼のキスを受ける。 来店客がその光景を見ながら階段を降りていく… 勇吾がオレの股間に手を伸ばして、優しく撫でると、依冬で興奮した気持ちがムクムクと変な気分を起こさせる。 「勇吾…やだ。」 「ヤダじゃない。シロは勇ちゃんとエッチしたくなったでしょ？」 オレの勃起しかけたモノを撫でながら勇吾が耳元で囁く。 「お口でしても良いよ？勇ちゃんが抜いてあげる。」 「…ほんと？」 オレは両手で勇吾に掴まると、彼の頬に頬ずりして、おねだりする様に腰を擦り付けた。 「あぁ…可愛い。」 勇吾の色っぽい声が聞こえて、どんどんムラムラしてくる。 あぁ…抜いてほしい。エッチしたい。 「シロ、そろそろ。」 支配人がそう言って声を掛けると、勇吾はオレから離れて階段を降りて行ってしまった。…彼のほのかに香る花の様な香水の匂いが、鼻に残ってクラクラする。 桜二…お前の友達、オレを抱きたいみたいだよ？ 控え室に戻って、急いでメイクをすると衣装を選ぶ。 「シロ？最後は何にするの？」 帰り支度をした楓がそう言ってオレを振り返る。 そうだな…初めに盛り上がり過ぎちゃって…今日はもうお終いな気分だ… 「とりあえず、雰囲気が凄いエロいやつで…まったり踊れる物にする。」 ハロウィンの衣装を避けて、奥の方をゴソゴソと漁っていく。 何か良いもの埋まってないかな…？衣装の山の中に手を突っ込んで、指先にピピッと来た物をギュッと掴んで引き出す。 「おお！これは良い！掘り出し物だよ？」 オレはそう言って衣装を楓に見せる。 「うわっ！何それ！」 「これは…良いぞ！ピッタリだ！でも、オレのクルクルになったピンクの頭じゃ似合わないかも…。楓？そのカツラ貸して？」 楓が持参した黒髪のセミロング、前髪パッツンのカツラを指さしておねだりする。 楓はにっこり笑うと、オレにカツラを付けてくれた。 「わぁ！可愛い！女の子みたいだよ？」 本当だ…ちょっと気怠いアングラな女子っぽくなった… 服を脱いでパン１になると、楓が顔を背けてオレを見ないようにする。 「ん、楓、どうしたの？」 「なぁんか…見ちゃいけない気がするの。」 楓はそう言って顔を背けたままオレに衣装を手渡した。 マジか…そんなんで踊って脱いで…大丈夫なのか…？ でも、この衣装でねっとり踊るのは…悪くないと思うよ？ふふ。 楓に帰り際に曲を運んでもらうお使いを頼んで、オレは赤い口紅を付ける。 「いやらしい顔して…本当にお前はビッチだ…だから男が寄って来るんだ…」 鏡の中の自分にそう呟いて、歪んだ口元にさらに嫌悪感が増す。 オレは…やっぱり自分が嫌い。 汚くて、いやらしくて、ビッチなオレは…このステージでは無敵になる。 カーテンの前に立って、手首足首を回しながら自分の指先を見つめる。 「指先から…水滴が流れ落ちるイメージ…」 ポツリとひとり呟いて、指先を眺める。夏子さんに教えて貰った指先への神経の巡らせ方…それを使って、しっぽりと踊ってみよう… 音楽が流れ始めて、目の前のカーテンが開く。 オレはステージへと向かった。 「わぁぁぁ！シローーー！可愛い！！」 女性客の大歓声の元、オレはステージ中央へに立つと周りを見た。 赤い長襦袢、黒髪のセミロングのカツラで踊る曲は…しっとりと大人なピアノ曲だ。 着物の下に着る…下着の役割をする長襦袢…よく時代劇で赤い布団の部屋で女の人が来てるやつ。それが長襦袢だ。ふふ… オレはステージの上でお客に背中を見せると、両手を上に上げて顔を仰け反らせる。そのまま肩足を長襦袢から覗かせるように開いて、膝を曲げて腰を落とした。 所謂…“うっふんポーズ”だ。 「あああああああ！！」 凄い！凄い興奮度だ！SAN値が危険な状況になってるぞ？ ポールを両手で掴んで、腰を突き出したり、揺らしたりすると、長襦袢の袷から足がちらちら見える。お客がそれを覗き込むように顔を下に落とすのが…ウケる。 これが…チラリズムの原点なのか… ポールを掴んだまましゃがみ込んで、腰を突き上げながらねっとりと上に上げると、悲鳴のようにお客が叫ぶ。 「…この服…やばいぞ…」 オレはちょっと怖くなった。だって、いつもやっている様な繋ぎの動きだけで、お客がこんなに興奮するなんて…思わなかったんだ。 片足を上げてポールを掴むと、クルリと回りながら登っていく。足を伸ばす度にハラリハラリと、長襦袢が揺れてオレの太ももが見える。そうすると、興奮したお客がステージ前に群がって来る。 カウンター席を見ると夏子さんがオレに手を振った…後の２人は何処に行った？ 足元を見下ろすと、依冬と勇吾も他のお客に紛れてステージの前まで来ている… この長襦袢は…危険かもしれない。 だって、みんな目が…ギラついて見えるんだ。 オレは太ももでポールを挟むと頭から体を思いきりうねらせてスピンさせる。ポールを掴んだ両手を行き来する様に頭を下にすると、膝裏にポールを挟んで回転しながら片手を伸ばした。 なんて馬鹿な男たち…口を開けてオレを見上げてる… 太ももでポールを挟んで止まると、帯を外して下に落としていく。 美しく一本の線に見える様にスルスルと落とすと、肩を片方だけ出して体を仰け反らせる。 「シロ…シロ！」 極まってるお客の声が…今日は少しだけ怖い。 「シロ？一回だけで良いから、やらせて？」 そんな小さな声まで耳の奥に届いて、これまた怖い…。 オレは恐る恐るステージに戻ると、しなだれる様にお客に背中を向けて横になった。 そして、片膝を立てて長襦袢を後ろに垂らすと、オナニーしてるみたいに手を動かして、体を仰け反らせた。 「あぁ…！シロ…エロい！」 喘ぎ声を出すように首を伸ばして、開いた口からいやらしく舌を覗かせる。肩を片側だけ出して、いやらしく腰を動かすと、ため息交じりの吐息しか聴こえなくなった。 これは…まずいよ。ガチのストリップだ… チップを咥えた男たちがステージの縁の仰向けに寝転がる。 帯なしの長襦袢を羽織ったまま四つん這いになると、口からゆっくりとチップを受け取っていく…いつもより目をギラつかせた男たちは、オレの吐息を受けると体を跳ねさせて喜んだ。 依冬と勇吾ももれなくステージの縁に寝転がって、オレが来るのを待ってる。 依冬に関してはいつももっとエッチな事をしているのにも関わらず、興奮した様子で寝転がってるんだもん…可愛いよね。 まずは勇吾から取りに行こう。彼は高額のチップを口に咥えているからね…ふふ。 「勇吾。良いもの持ってるね？オレにちょうだい？」 そう言いながら彼の顔を覗き込むと、にっこり笑っておいでおいでする。 オレは彼の股間の上にどっかり座ると、彼の両手を掴んで頭の上に押し付けた。そして、彼の腰に自分の股間をあててユラユラと揺らしてあげる。そのまま顔を下ろして彼の顎を舐めると、舌先を動かしてチップを咥えた。 「あぁ…シロ、触りたい…」 うっとりとした瞳でそう勇吾が言うから、オレは彼の耳元に顔を寄せて言ってあげた。 「触られないで、稼げるのが…この仕事だよ？そうだろ？」 オレの言葉に勇吾は半開きの瞳をもっと細くして笑った。 可愛いじゃないか…ふふ。 オレは依冬の体の上に行くと、いつもの様に彼の上に跨った。 「依冬？いつももっともっとエッチな事してるのに…お馬鹿さん！」 オレはそう言って依冬の頬を撫でると、彼の口からチップを受け取る。 「シロ…？綺麗だよ？」 ふふ…長襦袢って凄いな。オレも買おうかな… 彼の股間の上で腰をゆるゆると動かしながら、体を仰け反らせていく。長襦袢を背中から落として、依冬のお腹の上に置いた手を彼の肩まで滑らせて行く。 そのまま依冬の肩の上で逆立ちすると、彼の頭の上に足を着いて体を起こした。 これでフィニッシュだ…オレはお辞儀をするとカーテンの向こうへと退けた。 長襦袢と黒髪のカツラの効果は絶大で、オレは正直ビビったよ。 古のエロス…禁忌だ。そう、思った… 楓のカツラをマネキンに乗せてブラシで解かすと、私服に着替えてリュックを背負う。 控え室を出てエントランスに向かうと、支配人がオレを呼び止める。 「今は行くな…悶々としてる。レイプされたきゃどうぞ？」 「ふふ…そんなの嫌に決まってる。」 オレはそう言って笑うと、受付のカウンターに両腕を着いて、ぼんやりと並べられたチップを眺める。 「この青いのが一番高いやつ。」 オレはそう言って青いチップを指さす。 「一番安い奴は赤いやつ。中間は黄色いチップ。貰う時は笑顔で、次もくれる様に愛想を振りまくんだ。」 「ふふ…今更どうした…」 支配人がそう言ってまだクルクルのカールが残ったオレの髪を撫でる。 「ただ…何となく思い出した。来たばかりの事を思い出した。」 そう言って顔を上げると支配人に言った。 「今日、あの時と同じ様に”怖い”って思っちゃった。オレを見る目が怖いって思っちゃった…」 「長襦袢と、黒髪のカツラが相性良すぎたんだ…。あと、お前の白い肌。それが合わさって少し、ガチになったね。」 そう…これはあくまでショーなんだ。 どこかで非現実的な感覚を持って、非現実的な物として楽しむもの。だけど、条件が揃うとそれがリアルになってしまう時がある。目の前のストリッパーを本気で抱きたいって思ってしまう時がある。それを防ぐために、わざとコスチュームのような格好をしたり、ギリギリの表現で抑えたり、ポール、ステージ、どちらかでもハードにしたりと、工夫をする。 「はぁ…」 「ため息なんてつくな。らしくないぞ？」 支配人はそう言うと、オレの頬を包み込んで持ち上げて言った。 「シロ？綺麗だったよ。彼氏を呼んで来てもらおう。今日はこのまま帰れ。」 そう言ってウェイターに目配せすると、自分のカウンターの中にオレを守る様に招き入れた。 支配人が接客する中、オレは彼の背中にもたれてぼんやりとリュックを撫でて、依冬が来るのを待った。 「シロ…来たよ？」 依冬の声が聞こえて、オレはカウンターから飛び出す。 「依冬～！」 そう言って彼に抱きついて頬に頬ずりする。 後ろから夏子さんと勇吾もやって来た。 「帰ろう？」 オレはそう言って依冬と手を繋ぐと、手を上に上げてクルリと回って受け止めてもらう。 「ここから持ち上げて放り投げて？」 「ふふ…死んじゃうよ。」 オレがおねだりする事は大抵はしてくれるのに、いつもこう言う時は危ないからってやってくれない。仕方がないよね。だって、依冬はそんな事出来ないもん。 でも… あの人なら…出来るかも。 エントランスを出ると、雨上がりの道路は水たまりがあちこちに出来ていた。 「わ～綺麗だね？」 オレはそう言って依冬から離れると、水たまりの間を飛んで進んだ。 そして、依冬を見つめてバレエの白鳥のポーズを取ると、羽を休めた白鳥の様に足を伸ばして体を沈めていく。 「ふふ…可愛い！」 夏子さんがそう言ってオレの隣で同じように白鳥のポーズを取った。 やっぱり…綺麗だ…うっとりする。 「シロ、俺が王子様になってあげる…」 勇吾がそう言ってオレの手を掴むとそっと持ち上げてオレを立たせた。 「あ…」 それは白鳥の第二幕、王子とオデットが踊る。パ・ド・ドゥだ… 凄い…勇吾はこんな事も出来るんだ… それは繊細で、美しい… まるで息をする様に、彼はオレを美しくリードして、フェッテターンするオレの手を掴んだ。 そして腰を支えてポーズを取ると、小さな声で言った。 「綺麗だよ。…じゃあ、高く飛んでみようか？」 勇吾の言葉に笑顔になってコクリと頷くと、アラベスクのポーズをとってチョンチョンと小さく飛んでから大きくジャンプした。 「おお！」 夏子さんがそう言って口を開けて驚く。 オレは勇吾に支えられて、初めてリフトをした！ アラベスクをキープするオレの太ももを支えて、高く持ち上げると、ふんわりと地面に降ろした。何度も言おう。オレは５８キロだ。 「依冬！見た？見た？今の見た？！」 オレはそう言って大はしゃぎすると頷いて放心する依冬を無視して、勇吾に抱き付いて回った。 「凄い！勇吾、凄い！」 何という事だ！こんなに美しくリフトしてもらえるなんて…！そして自分のアラベスクも乱れなかった…！最高の白鳥の飛び立ちだ…！ あぁ…何てこと！ 「わぁ～～～い！」 こんなに嬉しいことは無い！初めてリフトしてもらった！！ 「なかなか綺麗だったよ？」 そう言って夏子さんが誉めてくれた！やった！ 「凄い！勇吾は凄いね？何でも出来るんだね？ふふふ。勇吾？もっと何かして？」 オレはそう言って彼の前で両手を広げて待った。 「…だから言っただろ？そう言う事は２人きりの時にしてあげるって…ね？」 え… 勇吾はそう言うと、オレの頭をポンポンと叩いて通り過ぎて行った。 「ちぇっ！なんだよ！ケチ！」 オレはそう言ってしょんぼりすると、駐車場に停めた依冬の車に向かった。 「この車２人乗りなんだ…ごめんね？タクシーで来てよ。」 恨めしそうな顔をしてそう言うと、夏子さんが舌打ちした。怖い…ウケる。 「依冬？オレの白鳥綺麗だった？」 助手席に座ってシートベルトを閉めながら依冬に尋ねると、彼はオレを見てにっこり笑って言った。 「すごく綺麗だったよ…あれはバレエなんだね。」 そうだ。白鳥の湖の第二幕、王子とオデットが出会って美しいパ・ド・ドゥを踊るんだ。 素敵だった… 俺がうっとりと夢見心地になっていると、依冬がオレの顔を覗き込んで言った。 「インナーマッスルがガチムチって、本当だったね？」 あはは！ 「勇吾は凄いね？あんな綺麗にリードされると思わなかった。凄く素敵だった！もっとやって欲しかったのに…。桜二や夏子さんが言った通り、彼は少し意地悪だ。」 勇吾は凄い。ポールの上での華麗な動きも、バレエが踊れる事も、リフトが出来る事も、何をとっても彼の知識と技術はオレなんかよりも格段に上なんだ。 なのに、ベタベタと甘ったれてオレを抱きたがってる…ふふ。 ２人がタクシーを捕まえたのを確認すると、依冬が車を出して桜二の部屋へと走り出した。オレは、車の中がいつもと違う匂いがする事に気が付いて、窓を開けながら依冬に言った。 「依冬？女の人を乗せたの…？」 オレの言葉に依冬が固まって、黙った。 ふぅん… 「くさい…」 ひと言そう言って窓から顔を出すと、深夜の道路から街灯を眺める。 依冬は多分あの子と会ってるんだ。 あの…貿易会社の令嬢の女の子。 好きなの…？それとも、体だけの関係なの…？ 「ごめん…」 依冬はそう言って黙ると、オレの様子を心配そうにチラチラと伺っている。 「…好きなの？」 「好きじゃない…」 「…じゃあ、どうして会ってるの？」 オレの問いに、彼は黙って…沈黙が流れる。 まさか…依冬が…オレ以外を抱いてるなんて思わなかったよ… 「…シロに出来ない、酷い事をしてる。」 苦しそうな声で依冬はそう言うと、オレの方を向いて、懇願するような視線をオレの背中に向けた。 あぁ…そうなんだ… オレは目の前を流れていく景色を見つめたまま、依冬に言った。 「オレにして…他人に触らせたくない。愛する人が、自分以外を抱くなんて…嫌だ。良い？もう二度と会わないで…お前の全部はオレの物だよ。勝手に触らせるな。」 「…ごめんなさい。」 依冬のその言葉が、オレの耳の中を通って、どこかへ、流れて行った。 ムカつく… せっかく良い気分だったのに、依冬が要らない事をした。そしてオレはとても腹が立った… 桜二のマンションの前まで来ると、オレは依冬の手を掴んで言った。 「路駐しても良いよ、ちょっと来いよ。」 オレの様子に、依冬は素直について来る。 「お！俺たちの方が早くに着いたぞ？ポルシェなんて乗ってるのに、こんな都会だと最速に上げる前にブレーキを踏むんだろ？エンジンが可哀想じゃないか！軽自動車に乗りなさい。」 勇吾がそう言って依冬を馬鹿にしてる。 そうだ…こいつはとんでもない馬鹿野郎だ… だから、これからしっかりと教育し直さないといけない。 躾のし直しだ。