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第6話
「ただいま。」
桜二が玄関にお迎えに来て、オレの怒った顔を見て絶句する。
「どうした…」
そう言った彼に掴んだ依冬を引っ張って見せて言った。
「オレの依冬が…!あの女と、浮気してた!!」
後ろで勇吾と夏子さんがクスクス笑ってる…でも、でもオレは頭に来てるんだ!
「…まぁ、それは…その、えっと…」
そう言って目を泳がせて言い淀む桜二を無視して、依冬を引っ張って連れて行く。
彼は何も言わないでオレに引っ張られて付いて来る。
寝室に連れ込んで、放り投げても転ばない依冬をベッドに押して座らせると、倒れない彼を手でバンバン叩いて押し倒す。
「なぁんで!なぁんで!!」
目からボロボロと涙が落ちて、怒りで声が震える。
「オレは…オレは可愛いんだからな!あんな女よりも…可愛いんだからな!!ばか!ばか!」
「そうだな…。可愛いシロがいるのに浮気するなんて…とんでもない奴だ。」
そう言って勇吾が寝室の入り口から茶々を入れる。
オレは依冬を放置して寝室の扉を閉めると、勇吾が入って来ない様に重い物を扉の前に置いて封鎖した。
「シロ…ごめんね、もう…しないよ。ごめん。仕事の事で、イライラして…発散したかったんだ。好きとかそんなんじゃない…ごめんなさい。」
そう言って項垂れる依冬の顔を、オレは思いきり、フルスイングでぶん殴った。
でも分かるだろ…?依冬とオレだ…
「痛~い!」
オレは手首を押さえてベッドに転がると、足で彼の背中を蹴飛ばして暴れた。
「シロ…大丈夫?手、見せて?」
「嫌だ!依冬は汚くなった!オレの依冬じゃなくなったぁ!!ばか!ばか!」
両手で顔を押さえて泣きながら、足で依冬を蹴飛ばし続ける。
彼はオレに覆い被さると、ギュッと抱きしめてずっと謝って来る。
「ごめんね…シロに酷い事はしたくなかった…でも、仕事で…上手く行かない事が多いんだ…。イライラして…でも、シロにはそんな所は見せたくなかった…。だから…」
「うわぁん…うわぁあん…うっうう…うわぁぁん…」
何も知らなかった…依冬がそんなに大変な思いをしていたなんて…
気付かなかった…
何て事だ。
…躾が悪いんじゃない。
飼い主が馬鹿だったんだ…
「うっうう…うう…可哀想…依冬、可哀想…オレじゃダメなの?オレじゃ依冬を受け止められないの?オレじゃ、頼りないの?」
「違うよ…シロ。違う…愛してる。」
体を起こして、彼の体に抱きついて、彼のジャケットを脱がせながら彼にキスする。舌を絡めて、乱暴に吸い付いて、彼の唇に歯を立てる。
「オレはお前の飼い主だ…」
キスを外すと、彼の瞳を見つめてそう言った。
依冬はオレの目を見つめ返すと、うっとりと目の奥に色を付けて言った。
「あぁ…シロは俺の飼い主だ…」
ネクタイを外す彼の手の下から彼のシャツのボタンを外して、素肌に触れていく。
オレの首に顔を埋めて、食むように舐める彼の舌を感じながら、彼のシャツを思いきり両手で引き裂く。
剥き出しになった肩に思いきり噛みついて、痛がる彼の顔を眺める。
体を押し倒して、依冬の上に跨って乗ると、彼の体を確認していく。
「はっ!お前…これ、なんだよ…」
そう言って依冬の胸に付いたキスマークを指でグリグリと押して、歯でかじると、舌で舐めた。
そして、グルグルのブラックホールを彼に向けて、頬を引っ叩く。
彼の服を全て脱がせて、いちいち確認していく。
誰かの痕跡を見つけたら…同じようにして、同じように引っ叩く。
頭に来たんだ…もう、めちゃくちゃ頭に来たんだ。
だって…依冬はオレの大事な彼氏なのに…!
「汚ねぇな…おい、依冬…。ふざけやがって…」
オレが知ったらどうなるか…お前に、思い知らせてやるよ…
全ての確認を終えて、俺は裸の依冬に跨って彼を見下ろして言った。
「オレにイライラしてる所を見せたくなかった?はっ!ふざけんなよ…笑わせる。お前はな…オレという飼い主がいるのに、どうでも良い雌犬に腰を振った、クソ犬だ。分かるか?それがどういうことか分かるか?」
目に一杯の涙を溜めて、オレを見上げる依冬を見下ろして怒鳴る。
「お前はオレという飼い主を裏切った!もう、オレの犬じゃないんだよ!オレはな、そんなクソ犬は要らねぇんだよ!どっかに行け!」
そう言って彼の体から退くと、彼の衣服を投げつけた。
「消えろ!」
「ごめん…シロ、ごめんなさい…。許してよ…」
「オレはちょろいと思ったのか…頭がイカれてるから…貞操観念が低いから、ちょろいと思ったのか?それはな、オレにだけ適用されるんだよ?お前はオレの犬の癖に…よくもまぁ、オレをコケにしたな…許さないよ。消えろよ…」
そう言って寝室の扉の前に置いた荷物を足で蹴飛ばすと、扉を開いて依冬に言った。
「消えろ。クソ犬。」
グルグルのブラックホールはオレ自身も飲み込んで、止まらなくなった怒りは爆発して頭の中をグチャグチャにした。
依冬はベッドから降りると、オレの目の前に来て、寝室の扉を閉めた。
「シロ…愛してる…」
そう言ってオレを抱えるとベッドに放り投げて覆い被さって来る。
思いきり彼の髪を掴んで引っ張り上げて、足で蹴飛ばして暴れる。
それはまるでベッドの上で格闘している様に…激しく、暴力的だ。
彼の顔に爪を立ててひっかくと、痛みに歪む彼の顔を見て大笑いする。
依冬はオレの両手を押さえつけると、体で覆い被さってオレの動きを止める。そして、耳元で悲痛な声で言った。
「シロ…ごめんなさい。ごめんなさい。馬鹿でダメな俺を許して…。傍に居させて…俺を捨てないでよ…」
くそが!
「あの女に同じようにしてみろよ…おねだりして挿れさせて貰えよ…女を抱いて、オレに会いに来て…どんな気分だったんだよ…?依冬、がっかりしたよ。愛していたけど、もう…要らない。」
オレの言葉に瞳を歪ませると、大粒の涙を落として、依冬が言った。
「シロ…さっき言っただろ。俺はクソ犬だって…。本当、その通りだよ。だから、多分、俺は飼い主の命令なんて…聞かないんだ。」
そう言ってオレの首をかじると、押さえつけたオレの両手を外し、ズボンのチャックを下ろして、パンツと一緒に脱がせた。
オレをいとも簡単にうつ伏せにねじ伏せると、オレの中に指を入れて乱暴に弄る。
「やめろ!クソ犬!」
依冬は怒って暴れるオレを押さえつけて、背中を舌で舐めまわすと中に入れた指を増やして愛撫する。
自分の体がどんどん彼のくれる快感に違う熱を帯び始めて、ゾクゾクと背中に鳥肌を立てる。
ちくしょう…!依冬が…オレの依冬が…!知らないうちに…!!
依冬はオレの体に覆い被さって、いやらしく舌を這わせながら、背中にキスをして言った。
「あぁ…シロ、ごめんなさい…俺を許して。愛してるのはシロだけなんだ…」
ちくしょう!オレは何をしてた…彼が苦しんでる中…オレは何をしていたの?
彼の変化にも気が付かないなんて、ダメな飼い主…
いいや…ダメな恋人だ…
「あっああ…だめぇ!やだぁ!依冬、離してぇ!!」
オレはそう言って彼を興奮させる。
ドSの彼がオレで満足する様に、思いきり煽って、彼に思いきり…ヤラれる。
そうでもしないと、そうでもされないと…オレは彼の躾を真っ当に終えられそうにない。
依冬はオレの腰を乱暴に持ち上げると、クスクス笑いながらオレの尻をペチペチ叩いた。
「や、やだぁ!」
オレはそう言って体を捩って、彼の手に爪を立てる。
「シロ…愛してる…捨てないで…」
捨てたりしないよ…絶対。
こんなに頭に来る程に、愛してるんだ…
でも、お前の変化に気付けない様じゃ、ダメなんだ。
兄ちゃんの様に、オレの目の前から居なくなった後に、気付く様じゃ…ダメなんだ。
だから、オレがお前を受け止められるって…体で分からせてやるよ?
お前はオレの依冬なんだって…分からせてやる。
彼はオレのお尻をむんずと開くと、中に大きくなったモノをズブズブと強引に入れ始めた。
お腹の苦しさに、力を入れていきまない様に、口から息を短く吐いて、彼を受け入れる…
「あっ!ああっ…依冬…苦しい…!やぁだぁ!」
それは嘘じゃない…本当に苦しくて、痛い…でも、オレはお前を愛してるよ。
痛いのが好きな訳じゃない…依冬がもっと痛くないセックスが出来るのも知ってる。
でも、今日はこのままSMファックして良いよ。
だってオレが馬鹿だから、お前は他の雌犬に腰を振ったんだ。
「シロ…シロ…可愛いお尻だね?」
そう言って依冬はオレの桃尻を赤くなるまで引っ叩く。
「痛い…依冬の馬鹿…馬鹿…!」
オレはそう言って、依冬の足を思いきり爪でひっかいてミミズ腫れを作る。
オレの中の奥まで彼が入ってきて、乱暴に強くオレを揺さぶる。
苦しくて歯を嚙み締めて歪めた口が、どんどん快感にだらしなく開いていく。
よだれが口端からこぼれて、ベッドのシーツを濡らす。
「ぁあああっ!おっきい!依冬!はぁあん!あっ、ぁああん!はぁはぁ…んっはぁ!」
快感が爪先まで押し寄せて来る。
「あぁ…!シロ…イキそう、イキそう…!」
「依冬…!痛いの…や、ヤダぁ…あっああん…!はぁはぁ…あっああん!」
オレのモノを手できつく扱いて、先っぽを乱暴にグリグリと押して捩じる。
頭の先まで電気が走ったみたいに、ビクビクと腰が震えて暴れる。
「ぁあぁああっ!!やだぁ!依冬!あっああ!イッちゃう!らめ、らめぇ!!イッちゃうからぁ!!」
オレの背中に歯を立てて、甘噛みしながら腰を振り下ろすみたいに激しく打ち付けて来る。オレはその度に頭をベッドにぶつける。
「あっあああ!!イッちゃう!!イッちゃう!!あっああああん!!や、やぁだぁ!!ああん…んっあっああ!依冬…イッたから!やめて!やだぁ!!も、依冬!!」
オレがイこうが野獣の依冬には関係ない。
こうなってしまったら、これは彼の気の済むまで続くんだ。
桜二何してるかな…
依冬に体を好きにさせて結構時間が経つ。
横に寝転がっても、後ろからオレの腰を押さえつけて、ガンガン突き上げてくる。
オレのモノはダラダラと液を垂れ流して、とっくのとうにダウンしてる。
依冬も、もう何回もイッたから…そろそろ終わりそうだ…
そうだろ?
「ぁああ…ん依冬…!やだ、も離して…ん、はぁはぁあぁあっ.イッちゃう…またイッちゃうからぁ!んっんん!やぁああ…んっあっ!はぁあん!」
オレのモノは申し訳程度に精液を出すと、ビクビク震えてる。
可哀想だ…
オレの中で依冬のモノもドクドクと精液を吐き出して、項垂れる。オレのお尻の周りはカピカピになってしまった…
まるで何時間も、輪姦されてるみたいだよ…
すかさず体を翻して依冬に向かい合ってキスする。
もう良い…もう疲れた…
キスに反応のない彼の舌に恐る恐る目を開けると、穏やかな顔でスースーと寝息を立てて眠ってる。
ウケる…!
「ふっふふ…あっははは…!」
力のない声で笑うと、疲れ切った体を何とか起こしていく。
まるで水泳を何時間も続けた様な体の怠さ…それに、引っ叩かれたお尻がヒリヒリと痛い。
「依冬?」
オレは彼の頭を引っ叩いて揺さぶって、目を開けさせる。
ぼんやりとオレを見つめて微笑む彼に、厳しい口調で確認する。
躾の最終仕上げだ。
「依冬…!お前はオレの何だ?」
「俺は…シロのクソ犬…。」
「違う…。依冬はオレの彼氏…オレの愛する依冬だよ?」
オレはそう言って彼の頭を大事に両手で包み込むと、柔らかいキスをして言った。
「だから…もうダメだよ…?約束して…?」
「やらない…もうやらない…ごめんなさい…」
そう言って依冬は大粒の涙を落として、肩を揺らして泣いた。
一瞬寝落ちしただろ…
オレをこんなにボロボロにした癖に…寝落ちするとか、本当…依冬のそういう所、ふふっ、大好きだよ…。
そのまま頭を抱いて、胸の中で寝かせてあげる。
凶暴だけど、優しくて…乱暴だけど、甘くて…この人が大好き。
「はぁ…つかれたぁ…」
ポツリとそう呟いてベッドから降りると、派手に汚した惨状を見て絶句する。
「桜二が小言を言いそうだ…」
とりあえず依冬にパンツを履かせてあげる。
蹴飛ばされて辛うじて汚れてない掛け布団を手に取って綺麗な場所に置く。
依冬が乗ったままのシーツを上手に引っ張って剥がしていく。
マットレスまで滲みてるの…?オレは知らないよ…依冬がいけないんだ…
掛け布団を彼に掛けてあげて、自分のパンツを履いてTシャツを着た。
汚れたシーツを脇に挟んで寝室の扉を開くと、目の前に勇吾が居て、ボロボロのオレを見ると指を差して大笑いした。
聞き耳を立ててたの?ド変態だな…
オレは勇吾をジト目で見ると無言で通り過ぎて、桜二のいるリビングまで行くと、彼にぐちゃぐちゃになったシーツを渡して言った。
「これ…ぐちゃぐちゃになっちゃった…ごめんなさい…」
激しい格闘の様なセックスの末…オレの体はボロボロになった。
ボサボサになった頭と、無数の噛み跡と、キスマーク…押さえつけられて付いた内出血…お尻からは未だに依冬のモノが垂れ流れて来る…
そんなオレを見て桜二は悲鳴を上げて、夏子さんは大爆笑した。
「可哀想に…シロ、おいで…酷い、あの野郎…!」
桜二はオレを浴室へ連れて行くと、服を脱がせて、傷の確認をする。その度に顔を歪めて怒りを滲ませる。
兄ちゃんみたいだ…
そのまま浴室に入ると、自分が濡れる事も厭わないで、シャワーがお湯になるまで手のひらに当てている。
「内出血まで作って…どんなに乱暴にされたんだよ…ムカつく…!」
オレの足元から温かいお湯をかけると、真っ赤になったお尻を見て舌打ちをした。
「桜二…桜二…良いの…怒らないで。オレがダメだったの…」
彼のシャツが濡れるのに、オレは桜二に抱きついて言った。
「依冬…仕事が上手く行かなくて、イライラしてたんだって…オレにそんな所を見せたくなくて、前に会った事がある女の子を使って…彼女を乱暴に抱いて、憂さ晴らししていたみたい…そんなの、気が付かなかったよ。オレはダメな飼い主だった…」
オレはそう言って桜二の頬を撫でると、お願いする様に言った。
「依冬を怒らないで…オレがちゃんと叱ったから…もう怒らないで?」
「分かったよ…」
桜二は瞳を歪ませてそう言うと、オレの体を綺麗に流した。
お尻にお湯があたるとヒリヒリして、痛い。
桜二が優しく中から掻き出す指さえ痛くて、小さい悲鳴が上がる。
「酷いな…可哀想に…」
彼の体にしがみ付いて、体中の傷に滲みるシャワーを耐えた。
綺麗なシャツとパンツを着せてもらって、いつものパジャマを着せてもらう。
「桜二…キスして?オレをギュッとして…」
向かい合う様に膝まづく彼に、オレはそう言っておねだりして、優しくて甘い彼のキスときつい抱擁を貰う。
「シロ…体張ってるなぁ。…勇ちゃんがねんねさせてあげるよ?こっちにおいで~?」
ソファに座った勇吾がそう言ってオレに手を伸ばすから、オレはヨタヨタと歩いて彼の膝の上に突っ伏して寝た。
「え…」
頭の上で勇吾の戸惑った声が聞こえたけど…オレは疲れてボロボロなんだ。言っただろ?ねんねさせてよ…
締まった勇吾の太ももの筋肉が…ちょうどいい弾力。
「桜ちゃん…シロ、本当に寝た。」
勇吾がそう言った声が聞こえて、オレは口元を緩めて笑った。
まだ寝てないのに…おっかしい…
眩しい日差しが顔にあたって目を覚ますと、目の前に勇吾の寝顔があった。
…寝顔まで綺麗だ。
オレはそっと手を伸ばすと彼の頬を撫でた。
スベスベ…オレと同じ…髭も生えなさそうな滑らかな顎。
あんなスケベ親父みたいじゃ無かったら良いのに…彼も、見た目と中身のギャップが凄いな。
「…スベスベでしょ?」
勇吾は目を瞑ったままそう言った。オレはふふッと小さく笑うと、頷いて答えた。
「うん…スベスベだね…」
オレがそう言うと、勇吾は半開きの瞳を細く開いてオレを見つめて言った。
「お前は…モチモチだね…」
モチモチ…?
彼の気怠そうな瞳と、気怠そうに流れる髪を指で撫でる。
「昨日…疲れた…まだ怠い…」
オレはそう言って勇吾の胸に埋まると瞼を落として彼の胸の鼓動を聞いた…
ドクドクと心臓が動いて、彼の体に血液を送ってる…
「…シロ?どうしてあの子はあんなに乱暴者なの?」
オレの前髪を撫でながら優しい声で勇吾か聞いて来た。おちょくらないで、ふざけないで優しく出来るなら…初めからこうしていたら良いのに…変な人。
オレは口元を緩めて笑うと、目を瞑ったまま彼の質問に答えた。
「依冬は…性癖なんだよ…。いつもはチョロチョロくらいで満足してるけど…蛇口を目いっぱい開かないと満足できない時もあるみたいだね…。たまになら良いよ…毎回じゃなかったら…良い。」
オレの答えに、そう…と小さく言うと、勇吾はオレのおでこにチュッとキスをした。
「ふふ…優しいじゃないか…。いつもそうした方が良いよ。ふざけたり、おちょくったりしないで優しくしてよ…。」
オレがそう言うと、勇吾はすかさずオレの顔を覗き込んで言った。
「シロが…俺の事を愛してくれるなら、優しくするよ?」
おっかしい…変な人。
「勇吾?見返りを求めてるうちはダメだよ?ふふ…特にオレはね…ビッチで汚いから。まともに愛情なんて求めちゃダメだよ…?しかも、頭もイカれてるからね…。詰んでるんだよ…マジで。抱くだけ損するよ。」
そう言って彼の胸に顔を擦り付けると、大きなあくびをした。
「…損するかどうかなんて、どうでも良いよ…」
そう言った彼の言葉を無視して両手を上に上げて伸びをする。
そのまま手のひらをヒラヒラと動かして、落ち葉の様に勇吾の顔に落として笑う。
「ふふ…今のはもみじだ。今度は銀杏の葉っぱ…。」
オレがそう言って彼の顔に手のひらを落として笑うと、勇吾も同じようにオレの顔に手のひらを落として笑った。
「これは?」
「ん?」
「これは何の葉っぱ?」
オレがそう尋ねると、彼は目を丸くしてオレを見つめる。ゆっくりと半開きの瞳を更に細めて、にっこり笑うと、優しい声で言った。
「…これは、そうだな…桜。」
へへ…ロマンティックだね?
「桜二の桜だ…」
オレはそう言って口元を緩めると、彼の手のひらにふーっと、息を吹きかけた。
ヒラヒラと飛んでいく桜の花を眺めながら、目の前に現れた桜二と目が合う。
「今、桜二が飛んで行ったよ?」
オレがそう言って手を伸ばすと、桜二はオレを抱きかかえて持ち上げた。
「昨日どこで寝たの?床で寝たの?それとも依冬と寝たの?」
彼の首に顔を埋めて尋ねると、クスクス笑いながらソファで座りながら寝たと言った。
「可哀想…腰が痛くなっちゃうね…?」
オレはそう言って桜二の髪に顔を埋めると、彼の耳たぶをハムハムした。
オレの座る椅子にクッションを敷くと、どうぞ?と桜二が言った。
「お尻のほっぺが痛い…」
オレはそう言いながら椅子に腰かけて、ジッと固まった。
「ぷっ…」
目の前に座ってる夏子さんが、お茶碗を持ったまま、今にも吹き出しそうな顔をして、ご飯をよそってもらうオレを見つめてる。
いっそ笑えば良いのに…
お箸を持って伏し目がちに視線をあてると、夏子さんに言った。
「夏子さん?笑っちゃった方が良いよ?だって…笑いをこらえてる顔、めっちゃブスだもん。」
「あ~はっはっはっは!!」
堰を切った様に笑い始める彼女を尻目に、オレは卵焼きをひと切れお箸で取ると、パクリと口に入れた。
「シロ~!昨日の凄い喘ぎ声が…ヤバかった!激しすぎだよ!あの子はビーストだね?止まんないの?ねぇ!止まんないの?今度見せてよ!興味ある!あたしの知り合いにもね、すんごい子が居て…その子も、全然止まんないの!彼に似てるかも…あはは、おっかしい!」
夏子さんがそう言ってダイニングテーブルをバンバン叩いて、ぎゃははと笑う中、オレはお味噌汁を一口飲んで桜二に言った。
「油揚げ入ってない~」
「今日は切らしてたんだ。ごめんね?」
ちぇ~
夏子さんの隣の椅子を引くと、同じように笑いをこらえながら勇吾が席に着いて、オレを見つめてプルプルと肩を揺らした。
オレは彼に首で促して笑ってもらう。だって…顔が不細工で見てられないんだ。
「だ~はっはっはっは!」
ひとしきり笑うと、勇吾はヒィヒィ言いながらきりっとした顔をして言った。
「シロはあのビーストボーイの愛を全力で受け止めたんだよ?…ぷぷ。ボロボロになりながら…ぷっ!あのドアから出て来た時の…ぷぷっ!悲壮感は…ぐふっ!ヤバかった…!!」
オレは勇吾を一瞥すると、首を傾げて言った。
「勇吾?勇吾はオレに優しくするんだろ?」
「ふふ…」
口元を緩めて半笑いする彼を見つめて、もう一度首を傾げて言う。
「違うの?」
勇吾はオレを見つめて、驚いたように半開きの瞳を大きく開いた。そして一気に細めるとにっこりと笑って言った。
「あぁ…そうだった。」
オレは卵焼きを全て食べてごちそう様すると、洗い物をする桜二の背中に抱きついてグダグダに甘えた。
「桜二…お肉食べたい…」
「ふふ…じゃあ、今日はお肉にしようか?」
「ヤダぁ…」
「じゃあ…お魚にしようか…?」
「骨があるから嫌だ…」
「取ってあげるよ…ね?」
「やだぁ…やだぁ…」
桜二の腰に掴まって彼を揺らしながらグズグズにごねて甘える。
そんなオレを、もはや夏子さんは見向きもしないで、携帯を眺めてポツリと言った。
「もう…慣れた。」
洗い物が終わると、桜二はオレの髪をかき上げてチュッチュッとおでこにキスして言った。
「じゃあ…魚のつみれは?」
「やだぁ、つみれ嫌いだもん…」
「そう…じゃあ、何食べるの?」
「お肉…」
オレはそう言って桜二の顎にキスをすると、カプリと甘噛みをした。
「ふふ…じゃあ、焼き肉にしようか…?」
「うん…焼き肉食べたい。」
”焼肉“が食べたかったんだ!
オレはすっかりご機嫌になって桜二に抱きついて甘える。
「桜二は焼肉じゃないよ?桜が付いてるから、桜餅だ!…んふふ。もちもちのおもち~!かわいいね?おもちちゃん?」
オレはそう言って桜二のほっぺをツンツンしてケラケラ笑う。
彼はオレを見下ろして目を細めると、オレのほっぺをツンツンして言った。
「シロ?忘れていないと良いけど、明日オーディションの二次選考があるよ?」
え…
「もち…」
オレは思い出すように桜二から目を逸らすと、もち…と言ったっきり黙った。
「忘れてんじゃん!」
夏子さんが携帯を見ながらオレに突っ込む。
「いや…。覚えていたよ?」
オレはしらばっくれてそう言うと、カレンダーを確認しに行く。
「ほら、忘れてんじゃん!」
容赦のない夏子さんの突っ込みの口撃に耐えながら、首を傾げて言った。
「覚えてたよ?」
本当だ…明日二次選考がある。忘れてた…!!
依冬のおかげでオレの体はボロボロだ…大丈夫か?明日までにリカバリー出来るのか…?不安だな…
カレンダーを見つめて固まる…
「シロ?俺にも桜ちゃんみたいに甘えてごらんよ?」
そう言って勇吾がオレの背中にもたれかかって来る。
そう言えば…依冬はどうしたかな?
「桜二?依冬は何処に行ったの?」
オレがそう言って桜二を見ると、彼はオレの背中に乗った勇吾を険しい顔で睨みつけていて、オレの声は届いていないみたいだった。彼の代わりに背中の勇吾がオレの耳元で言った。
「ビーストボーイなら朝早く帰って行ったよ?ぷぷっ!ボロボロのシャツを着てさ…ぷぷぷ!俺と一緒に寝てたシロにチュッチュってするから、俺と目が合ったんだよ!あはは!あの時の気まずさはないね?だはは!」
そうか…良かった。
オレは勇吾を背中に乗せたまま夏子さんの座るソファに行くと、彼女の膝の上にゴロンと寝転がった。
「ん?」
そう言ってオレを見下ろす夏子さんに甘えて言った。
「おっぱいみせてぇ~?」
彼女の目の奥がギラリと光ってオレを見下ろすと、鼻から出るような可愛い声で言った。
「やぁだぁ~、やだ、やだぁ~!」
「んふふ!おっぱい触らせて~?」
「ん~…だめぇ!」
声は可愛いのに、目の奥は笑っていない…このアンバランスさが良い…!
「なんだ、シロ。俺のおっぱいを見せてあげるよ?」
勇吾はそう言うと、オレの腰を掴んで自分の方に引き寄せて、着ていたシャツを捲り上げて胸を見せて来た。
「ぷっ!」
夏子さんが吹き出して笑って、オレは彼のおっぱいを見せつけられたまま固まった。
意外にも彼の胸筋はオレよりも発達していた。
「あれぇ?おっかしいなぁ…こんなに胸筋が付いているとは思わなかった!」
オレはそう言うと、ヨッコラショと体を起こして勇吾の膝の上に跨って座った。
彼の胸を手のひらで撫でて筋肉の深度を確認して愕然とした。
「こ、これは…インナーマッスルじゃない。れっきとした胸筋だ。」
オレがそう言うと、勇吾は楽しそうに笑ってオレの頬を撫でて言った。
「シロ…そのまま勇ちゃんのおっぱい舐めて?」
何て事だ。オレよりも良い体をしている。
オレは勇吾を無視して、胸筋を撫でた手を腹筋に滑らせてお腹の上を撫でまわす。なんだ…オレよりも腹筋が厚いじゃないか。
桜二が隣に来てオレの顔を覗き込んだ。
「桜二?勇吾はオレよりも胸筋が付いていた…そして、腹筋はオレよりも硬くて、厚かった…。同じくらいだと思ってたのに…こいつにも勝てないみたいだ…。」
オレは桜二に報告すると、ジッと目の前の勇吾を見つめた。
同じくらいだと思っていた体格は実は一回りくらい違う事が分かって、軽くショックを受けた。
勇吾はニコニコ笑いながら、オレの太ももを大事そうに抱えて、手のひらでなでなでした。
「まぁいいさ。柔よく剛を制するだ!」
オレはそう言って気持ちを切り替えると、勇吾の膝から退いて、気怠い体に鞭打ってストレッチを始めた。
床にべったりと座って前屈すると、叩かれたお尻がヒリヒリして痛い…痛いよう…
開脚させたオレの足の裏に自分の足の裏を付けると、勇吾が反対側に座り込んで同じように前屈してストレッチを始めた。
「んふふ!」
オレはそう言って笑うと、上体を床にべったりと付けて、彼を見つめる。
勇吾も同じ様に上体を床に付けて、オレのおでこに自分のおでこを付けて笑った。
彼の唇にチュッとキスすると、腰を少しだけ後ろに引いた。
“お前は出来る?”そんな挑むような目つきで勇吾を見つめると、プランクの様に肘を立てて腰を反らして逆立ちしていく。
「すげっ!」
夏子さんが携帯から目を外して、オレの雑技団の様な技を見て笑った。
「ふふ…」
勇吾は鼻で笑うと、オレと同じように体を反らしていく。ブレない足に、彼の体幹と筋力…柔軟性を感じて興奮する。
お尻の位置が少しずれた状態で逆立ちしながら背中合わせになった。
オレは付いた肘を手のひらに変えて、勇吾よりお尻の位置を高くした。
「あふっ!」
彼はそう言って笑うと、同じように肘を手のひらに変えて、オレのお尻よりも高い位置に自分のお尻を持ち上げた。
ちぇっ!
足をゆっくり下ろすと上体をゆっくり上げていく。この時大事なのは、腹筋だけで上体を持ち上げて行くって事!
「勇吾は完璧だ…。ブレないし、揺るがない。」
オレは彼を見てそう言うと、依冬といつも遊んでいる遊びを彼としてみたくなった。
「勇吾?ここに寝転がってよ?」
オレはそう言って勇吾を床に寝転がせる。彼はニコニコしたままオレを見つめて大人しく言う事を聞いてる。
「エッチするの?桜ちゃんの目の前で、勇ちゃんとエッチするの?」
そう言ってワクワクする彼にニッコリ笑顔で言った。
「ふふ…もっと、楽しい事をしよう?」
オレの企んだ声に、桜二がピクリと反応した。
「勇吾、足伸ばして上げて?」
リビングのテレビの前…携帯を弄ってソファにだらける夏子さんと、同じくソファに座ってテレビを見つめる桜二…そんな彼らの目の前で、オレは勇吾に危ない事をさせる。
「何するの?先に言って?じゃないと危ない。」
「あはは…大丈夫だよ?いつも依冬と遊んでるもん…」
たじろぐ勇吾にオレはそう言って、彼の足の裏にお腹を乗せていく。
「もっと下。骨盤で乗って…?」
勇吾がそう言ってオレの骨盤に足の裏を動かした。
「ふふ…」
ほら、この人には何をするか言わなくったって分かるんだ。
体を彼の足の裏に乗せて、彼と手を繋ぐと、上に持ち上げてもらう。
「勇吾?ここからオレを放り上げて?そうしたらオレは勇吾の足の裏にお尻を着いて着地するから!ね…?やって?依冬はしてくれないんだ。勇吾はしてくれるだろ?」
「はは…マジか…出来たら、シロとエッチ出来るの?」
彼はそう言うと、考える様に黙った。
「勇吾は馬鹿だね。見返りなんて求めちゃダメだよ?」
オレはそう言うと、勇吾の足の裏に両手を置いて、スタンバイした。
「シロ…」
桜二がオレに“やめろ”と、注意をする。でも、オレは出来るって思うよ?この人の体なら、この人の経験値なら、絶対できるよ?
「ったく…」
勇吾はそう言うと、オレの体を乗せたまま足を屈伸させて勢いとタイミングを計った。
「あはは!」
オレは楽しくなって笑うと、彼のタイミングを一緒に見極める。
「いっせ~の、せっ!」
勇吾が足の裏でオレを放り上げたタイミングに合わせて、一緒に体を浮かせると、オレは彼の足の裏を手で掴んで、後ろに伸ばしていた足を一気に前に持ってきた。そして、お尻を彼の足の裏にポンと乗せて、体を仰け反らせてポーズを取った!
「や~~!出来た~~!」
桜二があんぐりと口を開いて驚きの表情から戻らなくなった。
「すげーーー!」
夏子さんはそう言って大爆笑すると、ソファの上で転がって拍手をくれた。
オレは勇吾の足の下にズリズリと落ちていくと、彼の体の上に乗って、うっとりと目を見つめて言った。
「さすがだ…勇吾。さすがだね。」
「シロは…馬鹿だな。」
勇吾はそう言ってオレの目を見つめたまま、半開きの瞳を細めて笑った。
「いや。オレは馬鹿じゃないよ?馬鹿は勇吾だ…」
そう言って体を起こすと、オレは桜二に言った。
「出来た!出来た!あの技は不可能じゃなかっただろ?ん?」
「もう…危ないからやらないでよ。ひやひやするんだ。」
桜二はそう言ってオレを膝に乗せると、後ろからギュッと抱きしめた。
勇吾はヨッコラショと体を起こすとあぐらをかいて座った。
丸まった背中が、お爺ちゃんみたいだ…。美系のお爺ちゃんだ…クスクス。
オレが彼を見て笑っていると、スクッと立ち上がってオレを見下ろした。
なんだ…なんだ…?
オレはニヤニヤしながら勇吾を見つめて、期待した視線を送る。
彼はオレの目の前で美しく立つと、おもむろにフェッテターンをした。
「わぁ!綺麗だ!」
オレはそう言って桜二の膝から立つと、彼の目の前に行って同じようにフェッテターンをした。
タイミングを合わせて、同じように足を伸ばして、同じように勢いを付けて、同じように回る。
「あははは!凄いシンクロ率だ!」
オレはそう言って笑うと、フェッテターンから美しく体を反らしていく。勇吾はオレの腰に手を置くと、反れていく体を支えた。
「綺麗だよ…」
そう言ってうっとりとオレを見つめる勇吾の瞳に、ドキッとした。
まるで、王子様だ…
お姫様よりも綺麗な…王子様だ…!
「この2人は昨日からこんな感じだ…。リフトまでして2人で白鳥を踊ってる…。桜二、このままだとシロを取られちゃうね?バレエを習いたかったら、あたしが教えてあげるよ?ふふ!」
夏子さんがそう言って桜二を煽る…
桜二はそんな事、気にしないよね?だって、大人だもん…
「あれくらいになるには、どうすれば良いの?」
「もう32歳じゃ、無理。ただ、リフトの仕方は教えてあげられるよ?30分…15,000円で。」
夏子さんがそう言って桜二が頭を悩ませてる…
「桜二!桜二はそんな事しなくても桜二様だよ?」
オレはそう言って彼の膝の上に座るとチュッチュッチュッとキスをした。
「甘いな…甘いんだよ、この家は…」
そう言って夏子さんはオレにクッションをぶつけると、化粧ポーチを手に取って顔を洗いに行った。
なんだかんだ彼らは桜二の部屋に居座っている。
勇吾がおいでおいでするのを無視して、桜二の顔を覗き込む。
眉間にしわが寄って、飄々とした彼の良さが損なわれている。
「桜二?来て欲しくなかったら来ないでって言っても良いんだよ?」
そう言って、彼を抱きしめてあげる。迷惑な友達に押し掛けられて、生活をグチャグチャにされた桜二に同情したんだ。
彼の頬を両手で挟んで、じっと見つめる。優しく微笑みかけると、彼の唇にチュッとキスした。
「大好きだよ…桜二」
そう言ったオレの体をきつく抱きしめて、守るように包み込んだ。
「俺もシロが大好きだよ…」
知ってる。でも、勇吾に腹を立ててるみたいだね。
彼はオレを抱きたいみたいだ。でも、桜二はそんな事許さないだろ?だから、勇吾がいる時の桜二は、少しだけ怒っている顔の時が多い…
「じゃあ笑って?オレにそんな怖い顔しないで?」
桜二の頬をプニプニと両手で挟んで遊ぶ。
「もちもちのおもちちゃん?可愛い唇でシロにキスして?」
「シロ…」
にっこりと笑ってオレにキスする桜二が可愛い…
彼の頭を両手で抱え込んで、熱心に愛する桜二にキスをした。
「ほら、イチャついてんな。さっさと支度しろ?」
夏子さんがそう言ってオレにクッションをぶつけても、オレは桜二とキスをする。
可愛くて堪らない桜二をうっとりと見つめて、彼にキスするんだ。
「シロ?勇ちゃんともチュッチュしよう?」
そんな勇吾がオレの背中にくっ付いても、オレは気にしないよ?桜二の眉間はピクリと動いたけど、指で押さえて、オレだけを見つめて貰う。
今日は…このメンバーで眼下の六本木ヒルズを散策するんだって…
あんな高い物しか売っていない所を散策して、胸が凍る思いをするんだ。
楽しくなるとは思えないよ?ふふ…
「シロ、これ似合いそうじゃん。」
夏子さんがそう言って値段も見ないでオレに合わせる。
「桁がおかしいもん…怖いからオレに合わせないで自分の物だけ探して?」
オレはそう言ってそそくさと逃げる。だって、普通の洋服の値段じゃないんだもん。
「シロ、これ買ってあげるから着なよ。」
そう言って夏子さんが派手なパーカーを手に取ってオレを呼んだ。
え…?買ってくれるの?
オレは急いで夏子さんの元に戻ると、彼女の着せ替え人形になった。
「う~ん…シロには青系よりも赤い方が似合いそう…」
そうだよ?オレはもともとは赤い髪だったもんね?
夏子さんはそう言うと、手に取ったパーカーを戻して、違う店のパーカーをオレに合わせる。
「なぁんか…違うんだよね…」
そう言うと、また違う店に行って、同じようなパーカーをオレに合わせた。
何件もめぐって、やっとオレに似合うパーカーを見つけると、気前良く買ってくれた。
「あぁ…オレの一番高い服…ありがとう。」
渡された紙袋を胸に抱えて、大事そうに持って、お礼を言った。
「あと、ズボンも買ってあげたいんだ~。」
夏子さんはそう言うと、オレの手を引いて、今度はズボンを探す旅に出る。
「夏子さん?オレはね、桜二が買ってくれた高いジーパン持ってるよ?」
得意げにそう言うと、彼女は鼻で笑って言った。
「シロは革パンが似合うよ?」
そうだ…オレは革パンが良く似合う。ステージでもしょっちゅう着てる。
オレは鼻の下を伸ばして夏子さんにホイホイ付いて行った。
桜二と勇吾は楽しそうにシャツを選んでいる…なんだ、仲良しじゃないか。
オレが原因で、昔からの友達と喧嘩なんてして欲しくないからね、良かったよ。
「これにしよう…よく似合ってる!ハード過ぎないし…ソフトでも無い。」
夏子さんがそう言ってオレが試着した黒い革パンを気に入って即決した。
細身の革パンは主張しすぎないマットな艶で、かっこいい!やった!やった!
「んふふ、夏子さんありがとう。オレが上等になったよ?…お礼に、お茶でも奢らせてよ…?ね?あっちに行こう?」
オレはそう言って夏子さんの腰を支えると、エスコートしながら喫茶店へと向かった。
ダメだ…疲れた…足が棒の様だ!ショッピング行脚に体も、心も、疲れた~。
「そう?シロが奢ってくれるの~?」
夏子さんがそう言ってまんざらでもない様子だ。
オレは満面の笑顔で彼女を喫茶店に連れ込んで、のんびりと出来そうな窓際の席に座ると、まだヒリヒリと痛いお尻を着いて椅子に座った。
「何、飲もっかな~?」
「オレはこれにしよう~。抹茶ラテ~!」
向かい合って頬杖を付く夏子さんを見つめる。彼女は今日もボディラインが出る服を着ているけど、いつもより露出が少ない、落ち着いたファッションだ。
でも胸の大きさはよく分かる。んふふ…
「夏子さん?オレたちはね、きっとカップルに見えるよ?」
オレはそう言って抹茶ラテを一口飲んだ。
「ふふ…そうね、でも見えるとしたら、年増と甲斐性の無いヒモ男でしょ?」
何てこと言うんだ!
オレは目を丸くして言った。
「夏子さんはめちゃくちゃ美人で、スタイルも良くて、素敵なのに…そんな風に言わないで?オレがヒモ男に見えるのは良いとしても、あなたは最高だよ?」
そう。桜二の隣に居ても、勇吾の隣に居ても、彼女は最高だ。
もちろん、女の子の隣に居たって…彼女が最高なのは変わらない。
夏子さんはオレを見てにっこり笑うと、手元のコーヒーの持ち手をぐるっと回して言った。
「シロって絆すの上手いよね?だからかな?勇吾が骨抜きになってんの…ふふ。あいつとは昔から気が合ってね。男女だからかよくカップルに思われるんだけどさ、お互いそんな感情持ってないんだよね。」
そう言ってコーヒーを飲む夏子さんを見て、首を傾げて言った。
「2人はお似合いだよ?」
だって、夏子さんはオレを見る時、いつも勇吾の事を気にしていただろ?だから、彼女は勇吾の事が好きなんだって思ったんだ。
「ふふ!だから違うんだって…!勇吾はね、自分以外に興味が無いの。付き合う人の事だって何とも思わない。超自己中の俺様なんだよ。あたしと気が合うのは…そんな性質を、あたしも持ってるからだと思うけどさ…」
そう言うと、オレの手に手のひらを置いて顔を覗き込むようにして言った。
「そんな勇吾が、シロにベタベタになってるのを見て、驚いてるんだ。何をしたらあんな風におかしくなったの?」
へ?
オレは首を傾げると、一生懸命何かしたかを思い出す…いや、特に何もしていない。
「…何もしてないよ?」
「桜二だってそうだ。あんなやさぐれて、人を小馬鹿にするような奴が、突然ガラリと変わった。ママみたいにシロにべったりくっ付いて離れないのはどうして?それが気になってる。だからさ、面白くって目が離せないんだよね…変化の途中の勇吾から。」
変化の途中?なにそれ!
「あふふ!何それ!おっかしいね?そうだな…まず桜二の事を教えてあげる。」
オレはそう言って前のめりになると、今までの話を要約して教えてあげた。兄ちゃんの事も…オレが少し、壊れてる事も…隠しても仕方が無いから、教えてあげた。
「そんなこんなで、桜二はオレから離れなくなった。勇吾は…どうしてかな?オレを抱きたがってる。きっと桜二がこうなった理由が、知りたいんじゃないかな…。」
不思議と感情もこもらず、淡々と、他人事のように自分の事を話して聞かせる事が出来た。こうして話すと、自分の人生が本当に狂った物だと客観的に、同情した。
夏子さんは口を開けた呆然とすると、オレの手を握って言った。
「あんたって…壮絶。ここまで苦労して来たんだね?それなのに、あんなにバレエも独学で覚えて…ダンスだって、ストリップだって覚えて…めっちゃ頑張り屋さんじゃん!」
頑張り屋さん?はは!面白いこと言う。
夏子さんは潤んだ瞳を拭うと、オレを見つめて見た事も無い悲しそうな目をした。
「そうだね。どちらかと言うと運が良かったんだ…仕事も、知り合った人も、全て…」
オレはそう言って抹茶ラテを一口飲むと、夏子さんに言った。
「今も発作は起こるけど、だいぶ落ち着いて来てるんだ…このまま良くなると良いんだけどね…依冬も、桜二も傍に居てくれるから…前に比べたら安心してるよ。」
ハァ~ッと大きな息を吐いて、夏子さんは体を伸ばすと、にっこりと笑って言った。
「これでようやく分かった!あんたから出てる怪しい雰囲気も、傅く男2人の存在も、桜二に甘ったれる理由も、桜二があんたが大事な理由も…よく分かった!勇吾は、多分シロが言った通りの理由で近づいて…逆にはまっちゃったんだね。ふふ!あんたに惚れちゃったんだ!」
そう言ってケラケラ笑うと、オレの手を握って言った。
「魔性だよ…シロは魔性だ。」
「ぷぷっ!オレが?それは…すごい名誉な事だね?ふふ…」
向かい合ってカップルの様な雰囲気なのに、話す内容がこんな話なんて…
色気が無いね?
夏子さんとお茶していると、桜二から電話が掛かってきた。
オレたちを探しているみたいだ…
お茶を済ませて待ち合わせ場所に行くと、紙袋をいくつも抱えた桜二と勇吾を見つけた。
「ふふ…」
オレはそう不敵に笑うと、気付かれない様に桜二に近付いて、彼を膝カックンして笑った。
「シロ、やめてよ…死んじゃうだろ?」
死なないよ。全く…可愛いんだから。
「シロ?俺は一回部屋に戻って荷物を置いて来るよ。」
桜二はそう言うと、オレの携帯電話を音が出る様に設定し直した。
「…いつも何回掛けても気が付かないからね…」
そうポツリと言ってオレの髪にキスすると、オレが持っていた紙袋も持って部屋に戻って行った。
「あたしは1人でショッピングに行くから~」
夏子さんはそう言うと、手をヒラヒラ振って行ってしまった。
オレは勇吾と2人、高いお店しかない場所に取り残された…
「オレも帰ろうかな?」
オレがそう言うと、勇吾がオレの腕を掴んで言った。
「シロ?勇ちゃんとショッピングしよう?何でも好きなもの買ってあげるよ?」
ふふっ!そんなの、パトロンみたいじゃん。
でも、良いか…
「じゃあ、勇吾?オレと手を繋いでてよ。絶対、離さないで?」
そう言って戸惑う勇吾の手を掴むと、ギュッと握って彼を見た。
「な、な、なんだよ…シロは、やっと勇ちゃんの良さが分かったのか…?」
「ふふ…勇吾は凄い人だよ?そんな事、知ってる。」
オレはそう言うと、ブンブン楽しそうに手を振る勇吾と一緒にショッピングをする。
こうして手を繋いでいたら、この前一緒に踊った時の様な”不思議な力の使い方“を体験出来るかもしれない。彼はただの力持ちじゃない。力を使うコツを知ってる。理論的には説明できないって言っていたから、オレも実践で体験して、習得したいんだ。
でも、ぶら下がったり、引っ張り起こされたりした時とは違う。
今日は、普通の手の引っ張り方しかしない…
オレはわざと遅く歩いたり、手をピンと張ってみたり、逆にだらんと力を抜いたりして、いくつかのパターンを試してみた。
「ん?シロたん?何をしてるのかね?抜け目のない子だ。勇ちゃんが気付かないとでも思ったのかね?」
勇吾はそう言ってオレに向き合うと、繋いだ手を持ち上げて言った。
「でも…そういう所が、大好きだよ。」
人目も憚らず、勇吾はそう言うとオレにキスをした。
ただでさえ人の目を引く美形がキスするから、周りの目はくぎ付けになった…
「エッチさせてくれたらもっと色んな事を教えてあげられるのになぁ…残念だよ?シロたん…。」
そう言うと意地悪に口元を上げて笑う。
ふふ…変な人。でも、嫌いじゃないよ。
手を繋いで一緒に歩いてウィンドウショッピングすると、可愛いトレーナーを見つけて立ち止まって言った。
「勇吾?この猫のトレーナー可愛いね?見てよ。」
サングラスをかけた三毛猫がデカデカとプリントされた派手なトレーナーだ。
その瞬間、クンッと腕を引っ張られて体が持って行かれた。
これだ…この感覚だ!
オレは同じように勇吾の手をクンッと引っ張って、彼の様子を伺った。
特に体を引っ張られる様子もなく、半開きの瞳で見つめる勇吾と目が合うだけだ…
「ふふ…」
口元を緩めて笑いながらオレを見ると、勇吾はやれやれ、といった感じに首を傾げた。
「勇吾。これ買って?」
オレはそう言って猫のトレーナーを手に取ると、上目遣いで勇吾におねだりした。
「はっ!なにそれ!それは…お前、着ないだろ?」
派手過ぎるトレーナーに勇吾は激しく動揺してるみたいだ。こんな可愛い一面もあるなんて、夏子さんが言うような自己中な俺様には今の所見えない…
「オレ着るよ?明日のオーディションに着て行くから、買ってよ。猫、可愛いじゃん…勇吾とお揃いで欲しいよ。」
オレが“お揃い”と言うと、まんざらでもない様子で近づいて来るから、試すように彼と繋いだ手をクンッと引っ張ってみた。
「おっと…!」
勇吾がそう言ってオレにぶつかってきた。
その拍子によろけて転びそうになるオレを、慌てて支えた。
「危ないだろ?急にやるなよ!」
そう怒ってオレの肩にグーパンすると、慌てて撫でて、自分の暴力を誤魔化した。
なるほど…動いてる時に引っ張ると効果的なのか…
「どれにするの?」
オレの顔を見て勇吾が尋ねてくるから、オレは一番かわいい三毛猫を選んで言った。
「これがオレので…この長毛のワインを持ったチンチラ猫のは勇吾の。」
その他にもR&Bなスタイルのシャムネコも居たけど、勇吾は絶対長毛の猫だと思った。
「ちょっと待ってろよ?」
勇吾が店員さんを呼んでお会計する中、オレは自分の手のひらを見つめて考えた。
動いてる時に引っ張るのと、下にぶら下がってる時に引っ張るの、支えるのと、持ち上げるの、全く力の使い方が違う…。
簡単に分かりそうだったのに…知れば知る程、感覚的な事だと思い知る。
「明日、絶対着ろよ?勇ちゃんが買ってあげたやつだかんな?」
「うん、着るよ。勇吾、ありがとう。」
オレはそう言って頷いて笑うと、勇吾に手を差し伸べた。
彼はそれを見て頬を赤くすると、大人しくなって、ギュッと手を握り返して繋いだ。
ふふ、可愛い…
「勇吾?毛利庭園に行こう?緑があって気持ち良いよ?」
オレはそう言って彼の手を普通に引っ張ると、ショッピングを止めて公園へと向かった。
「春には桜も咲いてた…こじんまりとしてるけど、オレはここ、好きだよ?」
そう言って後ろの彼を振り返ると、オレと繋いだ手をぼんやりと眺めながら付いて来ている。借りてきた猫みたいに大人しくなった彼は、ふざけ倒す一面と、今みたいにジッと静かに佇む一面を持ち合わせている様だ。
一緒にベンチに腰かけて、ひとつのコーヒーを分けて飲む。
「もう10月だね…?お店ではハロウィンなんて言ってるけど、あっという間にクリスマスになって、年末が来るんだよ?勇吾はこっちの用が済んだらイギリスに帰るんだろ?向こうはどんな年末なの?」
隣に座った彼の顔を覗き込んで聞いた。
「年末ね…今年は向こうで企画したストリップのガラコンサートみたいなものをやるよ。オーケストラの生演奏で、街のストリッパーが踊るんだ。芸術としてね…。」
へぇ…驚いた。そんな、素敵な事を企画したの…?
「…見たい。」
オレはすぐそう言うと、勇吾の腕を掴んで揺すって、もう一度言った。
「見たい!」
「ふふ、お前は見る側じゃなくて踊る方だろ?しかもセンターだ。お前なら間違いなくセンターだ。」
勇吾はそう言うと、オレの頬を撫でてうっとりと言った。
「お前は凄いよ、素晴らしいダンサーだ。シロ…ここだけじゃもったいないんだ。俺とイギリスに行こう?」
…へ?
「全部面倒見てあげる。桜ちゃんの代わりに甘ったれてもいいし、桜ちゃんの代わりに勇ちゃんがエッチしてあげる。だから、一緒にイギリスに行こう?そして、お前の踊りをもっと沢山の人に見て貰おう?エロいストリッパーじゃない、表現者として正当に評価されるべきなんだ。」
彼の目を見ると、冗談を言っている様には見えない…本気で勇吾はオレを誘ってる。
オレを…オレの踊りを誉めてくれて、認めてくれて、誘ってくれた。
何の価値もない…ゴミ屑みたいなオレを評価してくれた…
でも…
「ダメだよ…オレは行けない。勇吾?オレは…普通じゃない。普通じゃないんだ。」
どうしてだろう…涙があふれて、目の前の驚いた顔の勇吾が歪んで見える。
「ダメなんだ…ダメなんだよ…」
そう言って項垂れると、背中からまるでミミズでも這って来る様な鳥肌がゾクゾクと立ってくる。
初めての感覚に、頭の中にまで、鳥肌が立っていく。
「オレは普通じゃないんだ…。兄ちゃんの傍からは離れられない。もう二度と離れないって…決めたんだ。」
そう言って勇吾に話し始めた…オレの事。
夏子さんに話した時よりも、自分の気持ちを乗せて…彼に話した。
止まらない涙をそのままに勇吾にすべて話すと、彼は半開きの瞳を大きく開いた。彼の目の奥がグラグラと揺れて、オレを見つめる瞳が、哀れみでも無く、同情でも無い、不思議な色を付ける。
「だから…オレは桜二から離れたくないんだ…。彼はオレの兄ちゃんだから、離れたくないんだ…。ふふ、イカれてるだろ?でも、どうしようもない…。兄ちゃんがオレの全てだから…彼さえいれば、他は何も要らない。」
そう言って勇吾の手を握ると、ギュッと握って泣きながら笑った。
「勇吾みたいな人に会えてよかった。オレはね、運が良いんだ。出会う人が、みんな良い人で…優しくしてくれる。まるで小さい頃の不運を挽回するみたいで、笑えて来るだろ?ふふ…」
勇吾はオレの涙を手のひらで拭いて、強く抱きしめてくれる。
それは桜二や依冬と違う…不思議な温かさの抱擁。
「うっうう…勇吾…うう…」
自分の目から落ちる涙が、どういう感情の物なのか分からないまま垂れ流す。
ただ、オレを抱きしめてくれる彼が、オレの過去を聞いても、涙を流さなかった事が、ひどく嬉しかった…
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